実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
「へえ、金曜日の放課後にそんなことが……」
大きな実りのあった対外試合の翌日、週明けの月曜日。
ついに一之瀬が学校へ登校してきた。
やはり昨日の「アレ」が効いたんだろう。
校舎内で一之瀬を直接見たわけではない。しかし、現在一年生の中で最も注目を浴びているといっても過言ではない一之瀬。情報は自然と耳に入ってくる。
とはいえ、だ。
それはあくまでBクラスにとっての重要事。
他クラスの生徒たちも注目していたとはいえ、一之瀬とテスト対策、どちらが大事かと言えばテスト対策に決まっている。
綾小路グループの面々は、昼食時間を利用して啓誠の机の周りに集まってテスト対策を行っていた。
俺と啓誠が共同で作った模擬テスト。前日の夜にそれぞれ自主的に取り組み、現在は採点をしていた。
そこに生まれた待ち時間中に、俺はメンバーから二つの興味深い話を聞いた。
金曜日の放課後、AクラスとDクラスの接触現場に、俺を除く綾小路グループのメンバーが居合わせたというのだ。
そこで軽く暴力沙汰があったらしい。Dクラスの椎名の制止によって大事には至らなかったそうだが。
一番引っかかったのは、最初に手を上げたのがAクラスの橋本だったということ。
「それおかしくないか。暴力事件起こしたら厄介なことくらい、橋本は理解してると思ってたけどな」
「なんでも、今度の生徒会長はちょっとの暴力沙汰なら大目に見てくれる、らしい」
「……どこ情報だよそれ」
「橋本が言ってたんだ」
「その橋本はどこからそんな話を聞いたんだ?」
「それは……さあ。でも、橋本が最初に手を出したから、大目に見るっていうのは本当の話だと思うぞ」
そうだろうな。だが俺が気にしてるのは話の真偽じゃない。
どうして橋本が、暴力沙汰に関する生徒会長の姿勢を知っているか。
話を聞く限り、金曜日の接触現場にいた者の中で、そのことを知っていたのは多くてもAクラスサイドの2人のみ。
とすれば、Aクラスのみが知っていた情報、と考えるのが自然だ。
そこから推測できることは……
「採点終わったぞ。今のところ全員バッチリだ。残された時間で仕上げていけば、問題なく試験は乗り越えられるはずだ」
「啓誠からのお墨付きなら、安心だな」
4人とも80点以上、綾小路にいたっては90点を取っていた。
十分な点数だ。
そのとき、突然教室のドアが激しく開かれた。
「おいみんな、大ニュースだ!」
池が興奮した様子でそう叫ぶ。
教室内は驚きつつも、池の言葉の続きを待った。
「Aクラスの連中がBクラスに乗り込んだらしいぞ!」
へえ、いよいよか。
登校してきた一之瀬に対する、坂柳の最後の仕上げ。
いつか来るとは思ってたが、登校初日か。
出鼻を挫くつもりだな。
「ついに来たようね」
堀北がそうつぶやき、教室を出ていく。
それに続き、須藤や平田などもAクラスが乗り込んだというBクラス教室へと向かっていった。
「俺も行ってくる」
「じゃあ俺も行く。愛理と波瑠加はここに残ってる方がいい。人数が多くても意味はないしな」
「はいはい。じゃあ私たちはここでゆっくりご飯食べてようよ」
言われなくてもそうします、といった対応だった。
「清隆と知幸はどうする?」
「オレは……一応見に行く。なにかできるとは思えないが」
清隆がそう答え、啓誠の視線が俺に向く。
「じゃあ、俺も行く」
当然だ。
ここ最近の、俺と藤野の「尽力」。
その成果を確認したい。
4人で教室を出て、Bクラス教室へと向かう。
すでに騒ぎは学年中に伝わっているらしく、廊下はざわざわとして、少し騒がしかった。
Bクラス教室に到着すると、喧騒はひと際大きくなる。
そこにできていた野次馬に俺たちも加わって、教室内の様子をうかがう。
「何しにきたんだよ、坂柳!」
教室の教壇付近に立っている坂柳に、柴田が詰め寄る。
「ふふ、私はBクラスの皆さんに救いの手を差し伸べに来ただけですよ?」
坂柳のそばにいる取り巻きは神室と橋本のみで、残りは全員自分を敵視している人物ばかり。
そんな完全なアウェイの状況も、坂柳はスリルとして楽しんでいる様子だ。
「どういう意味かな、坂柳さん」
教室の奥の方から、一之瀬が坂柳の前に姿を現した。
「ま、待てよ一之瀬!」
「そうだよ帆波ちゃん、行っちゃだめだよ!」
クラスメイトが止めに入る。
しかし一之瀬はその制止を「大丈夫だから」と断り、坂柳と対面する。
「本題に入る前に、まずは体調が回復されたこと、安心しました。期末テストに間に合ってよかったですね」
「うん、ありがとう」
坂柳としてはこういう話の仕方をするしかないわけだが、そもそも一之瀬の体調が崩れたのは坂柳が原因の大きな部分を占めている。Bクラスからすれば白々しいことこの上ないだろう。
「救いに、といったな坂柳。それは自分が噂の元凶だと認めるということか?」
「いいえ、噂を流したのは私ではありません」
「では、何をもって救うというんだ」
冷静に、しかし確かな怒りを持って坂柳を問い詰める神崎。
「以前、一之瀬さんが大量にプライベートポイントを所持しているという話が持ち上がりましたね。あの時は不正行為がなかったためすぐに鎮静化しましたが」
「それがどうした」
「これは私の想像ですが……一之瀬さんは、Bクラスの銀行役のようなものを担っているのではありませんか?」
「いったい何が言いたいんだ坂柳。どちらにしろ答えられることじゃない」
「ええ、ですので答えを求めているわけではありません。ですが、もし私の言う通りだとすれば……それは非常にリスクのあることだと思ったのです」
そこで言葉を切り、坂柳は一之瀬に視線をやる。
「どうですか、一之瀬さん?」
挑発的な声色。
それを受けた一之瀬は、体を坂柳ではなく、クラス全体に向けた。
そして開口一番、こう言い放った。
「みんな、ごめんなさい!」
頭を下げる一之瀬に、Bクラスの面々は動揺を見せる。
「な、なんで謝ってるんだよ一之瀬」
「柴田くん、一之瀬さんは懺悔をしようとしているのです。彼女の意思を尊重してあげましょう」
今から始まるショーを邪魔するな、とでも言いたげな坂柳。
「私、今までずっと、みんなに隠してきたことがあるの……」
「待て一之瀬、やめろ」
神崎の制止も、一之瀬を止めることはできない。
「ここ最近、私に関する変な噂が広がってたよね……もちろん、そのほとんどはでっち上げだよ」
全員が「ほとんど」という言葉に反応した。
つまり、全部が嘘ではない、ということ。
「でも……その中で一つだけ本当のことがあるの。それは先々週の金曜日、手紙に書かれてた、私が犯罪者だっていうはなし」
教室内も、そして大量の野次馬がいる廊下も、みるみるうちに静まり返っていく。
「そうでしたか。それは驚きました」
わざとらしいセリフを吐く坂柳。
「しかし、皆さん見当もついていないようです。教えてあげてください。あなたがどんな『罪』を犯したのか、この場にいる全員に」
坂柳のなんと愉快そうなことか。
すべて坂柳の想定通りにことは進んでいるといっていい。
「私は―――いま、ここで自分の過ちを告白します」
上機嫌な坂柳とは対照的に、場の空気は張り詰めたものになっている。
一之瀬の目には涙が浮かんでいた。
そして、口が開かれる。
「私の『罪』、それは――――万引きをしたこと」
ついに一之瀬が、自らの罪を明かす。
この決断をするまでに、想像を絶するような苦悩、恐怖、葛藤があったに違いない。
しかし、彼女はそれを乗り越えた。
その結晶を、要約した形で、ここに書き記すことにしよう。
一之瀬は母子家庭の3人暮らしで、家族構成は一之瀬、母、そして2つ下の妹。
働きながら、女手一つで2人の子を育てる母。
貧乏ではあるが、仲良く暮らしていたそうだ。
そんな母親が、一昨年の夏、過労で倒れた。
そのタイミングというのが、妹の誕生日の近くだった。
妹は、自身の家庭に余裕がないことを幼いころから理解し、我慢の生活を送ってきた。
そんな妹が初めて、誕生日プレゼントとして当時流行していたらしいヘアクリップを欲しがった。
だが、母親の入院により、それどころではなくなった。
妹は悲しみ、母親を怒鳴りつけた。しかし、泣き叫んでどうにかなる問題じゃない。
それを気の毒に思った一之瀬は、スーパーマーケットからそのヘアクリップを盗んだ。
そして、それを妹に誕生日プレゼントとして渡した。
そうとも知らず、妹はそれを見てたいそう喜んだ。
だが、後から襲い掛かってくる罪悪感に、一之瀬は心を締め付けられた。
そしてその万引き行為は、ほどなくして母親にバレることになった。
理由は単純。妹がそのヘアクリップをつけ、母親の見舞いに行ったから。
当然妹は、そのヘアクリップは一之瀬がくすねてきたものだなんて知る由もない。秘密にしておけと忠告してはいたものの、妹を責めるのは酷な話だ。
母親は怒り、妹からそのヘアクリップを取り上げた。そして安静を命じられていた病院を飛び出し、スーパーに行ってヘアクリップを返却、土下座して許しを乞うた。
その時初めて、一之瀬は自分がとんでもないことをやったと自覚した。
母親の必死さが伝わったのか、結局、店側が一之瀬を警察に突き出すことはなかった。
しかし、騒動は瞬く間に学校中に広がった。
学校に居場所がなくなった一之瀬は、その後卒業までの半年間、部屋に閉じこもる生活をつづけた。
そんな一之瀬の転機は、教師にこの学校を推薦されたこと。
誰も自分の罪を知らない。金もかからない。しかも、卒業したら好きなところに就職できる。
すべてをやり直すつもりで、一之瀬はここに入学してきた。
「……でも、結局はこうなっちゃった。やっぱり、自分の罪からは逃げられない、ってことなのかな」
自嘲気味に、ぽつりとそうつぶやいた。
「ごめんねみんな、こんな心の弱いリーダーで……」
「そんなことないぜ、一之瀬」
そばで話を聞いていた柴田。
「今の話を聞いて確信した。やっぱり一之瀬は良いやつなんだってさ」
「うん、私も。確かに帆波ちゃんは悪いことをしたけど―――」
カン、と甲高い音が突然鳴り、一之瀬への言葉を遮る。
「良いやつ?笑わせないでもらえますか。くだらない茶番ですね。どんな事情があろうと、万引きは万引き。あなたは『犯罪者』なんですよ」
「うん、その通りだよ」
「今、あなたがクラスメイトから預かっている大量のプライベートポイント、それも卒業間際に盗み取ってしまうのではありませんか?今のようにクラスメイトの同情を誘うやり方で」
気に入らない展開になったのか、少々落ち着きを失っている坂柳。
早口で、語気も多少粗くなっている。
「皆さんもお分かりになったでしょう。これが一之瀬帆波という人間です。はっきりと言っておきますが、彼女のような人物をリーダーに据えている限り、Bクラスに勝ち目はないでしょう。今この場でクラスのリーダーを降りる。そして預かっているプライベートポイントを生徒に返却する。それくらいのケジメを取ることくらい、してみせてはいかがですか?」
坂柳はBクラスの総意をもって一之瀬を降ろすことに限界を感じたのか、今度は一之瀬本人にゆさぶりをかけた。
まあ確かに、それは有効な手法だ。
いや、有効な手法「だった」。
今の一之瀬に、その手は通じない。
弱さをさらけ出す勇気を、弱さを受け入れる勇気を身に着けた一之瀬は、今まで以上に強い心を手に入れた。
その程度で動じるほど、一之瀬の心は弱くない。
この場にいる全員、一之瀬の言葉を待つ。
「確かに、私は万引きという罪を犯した。それに同情の余地はない」
「ええ、その通りです一之瀬さん」
「でも……」
ここで言葉を切った一之瀬。
一つ深呼吸。
そして、言い放つ。
「でも、これで私の懺悔は終わり!」
Bクラス全体に向けて。
そして、坂柳に向けて。
「私はこの罪を背負って、前に進んでいく。そう決めたから」
一瞬、一之瀬がこちらを見た気がした。
しかし、すぐに向き直る。
一之瀬の宣言を聞いた坂柳は、わざとらしく失笑して見せた。
「まさに厚顔無恥、ですね。その開き直り方、これが万引きをした悪人の態度でしょうか?」
「開き直り、かもしれないね。でも私は、もう自分の弱さからも、罪からも逃げない。覚悟は決めてる」
ここ数週間見ることのなかった、晴れ晴れとした表情の一之瀬。
「こんな私だけど……みんな、ついてきてくれる、かな……?」
クラスメイトにすべてをさらけ出した。
その勇気を、まずは素直に称えたいと思う。
そんな一之瀬に対する、クラスメイトの反応は……
「あったりまえじゃん!!」
「もちろんだよ!」
賛同、エール、あるいは声援。
張り詰めていた教室の空気が、温かい言葉によって埋め尽くされ、弛緩していく。
「どうすんの、坂柳」
坂柳の隣に立つ神室の声。
どうするの、とは言いながら、その言葉には「撤退したほうがいい」というニュアンスが含まれている。
「フフフフフ……」
坂柳の頭に、作戦失敗という文字がよぎる。そして不気味に笑い声をあげた。
「なるほど、Bクラスに対しては上手く丸め込みましたね。しかし、あなたの過去の犯罪が消えるわけではありません。これからもずっと、この話は広まり続けるでしょう」
「言ったはずだよ坂柳さん、私は自分の罪から逃げない、って」
「そうですか、では徹底的に……」
「はーい、皆ちゅうもーく」
その言葉は、坂柳の言葉を遮るようにして聞こえてきた。
声の主は、Bクラス担任の星之宮先生。
茶柱先生、南雲会長も一緒にいる。
「これはこれは……一年生同士の問題に、教師が介入するというのですか?」
「ああ、確かにこれは一年生同士の小競り合いだ。だがこの問題は、生徒間の問題、なんて範疇を超えてるのさ」
「……どういうことでしょう?」
その疑問には、茶柱先生が答えた。
「詳細は伏せるが、お前たち1年生の間で、無根拠な誹謗中傷の応酬が行われていることが明確に確認された。一部の生徒から被害の訴えも出ている。期末テストも近づいている今、噂の吹聴によってこれ以上風紀が乱れることを学校側は望まない。よって、これ以上の無意味な噂の吹聴を禁ずる。これを侵した者は、処罰の対象となる可能性があることも、合わせて告げておく」
「……なるほど、そういうことですか」
状況を察する坂柳。
一部の生徒からの訴えとは、俺たちCクラス、Bクラス、Dクラスが教師に泣きついた件だろう。
結果的に、あれが功を奏した形になった。
「学校側が重い腰を上げた、ということかしら」
いつの間にか俺の隣に立っていた堀北が言う。
「あの時、訴えておいてよかっただろ?」
「……結果論で言えば、そうなるわね」
そう呟くが、どこか納得のいっていない様子だ。
「一之瀬さん以外の噂……ほんとうに坂柳さんが流したものなのかしら?」
「は?いきなりどうしたんだよ」
「いえ……少し気になっただけ」
「……そうか」
へえ。
勘が鋭くなったな、堀北。
お前の疑問は当たっている。
一之瀬以外の噂を流したのは、坂柳じゃない。
かといって、俺でもない。
犯人は恐らく、この一件には本来何の関係もなかったはずの人物だろう。
「行きましょう。学校側が動いたのであれば、私たちの出る幕はありませんから」
そういって、坂柳、神室、橋本の3人がBクラスを後にする。
憎むべきAクラスの撃退に、教室が一度、大きく沸きあがった。
一件落着、だな。
~~~~~~~~~~
「ご無沙汰しております、速野くん」
Bクラスの一件が幕を閉じた日の放課後。
綾小路グループの集まりに向かうべく、歩を進めていた俺の目の前に現れたのは、坂柳、そして神室の二人だった。
「久しぶりだな」
「合宿の際にも顔を合わせることはありましたが、このような形でお会いするのは、クリスマス手前にご一緒させていただいたとき以来、でしょうか」
「そうなるな」
人形のような容姿。丁寧な口調。それに反する好戦的な表情。
「何か用か」
「ふふ、今回は随分とご活躍されたようですね」
急にそんなことを言う。
「今回?」
「誤魔化さなくても構いませんよ。私は喜んでいるのです。あなたは私の想定を超えた実力者なのですから」
「待て待て、聞き手を放置して話を勝手に進めるのは感心しないぞ」
「ええ、本当に想定外でした。あなたへの評価を改める必要がありそうです」
だめだ、俺の話なんか聞いちゃいない。
いや、違うか。
俺がとぼけようとしているのをわかってるから、こんな対応の仕方をしてるんだろう。
いくら話の腰を折ろうとしても無駄だと俺に思わせ、素直に話を聞かせることが坂柳の狙い。
「あなたが具体的に何をしたのか、そのすべてを私が知る術は現時点ではありません。ですが、今はそのようなことはどうでもいいのです。ふふふ、狙いとは異なりましたが、ある意味最高の結果に終わりました。いつかあなたと直接勝負をすることを、楽しみにしていますよ、速野知幸くん」
言いたいことだけ言って、坂柳と神室は立ち去った。
なんだそりゃ。
宣戦布告のつもりだろうか。
相変わらず一方通行だな、まったく。
相手の気持ちを推し量るということができないんだろうか。まあこれに関しては俺も人のこと言えないと思うけど。
以前も言った気がするが、俺は坂柳には恐らく勝てないし、勝ちたいとも思っていない。
勝ちたいと思ってるのは藤野だ。俺はそれに手を貸しているだけ。
だから、俺に照準を合わされても困る。
はぁ……試験前だってのに、余計な心配事が増えてしまった。
頼むからこの3日間くらい、テスト勉強だけに集中させてくれ。
原作での一之瀬とはまた違った開き直り方をしています。この小説の中の一之瀬は、過去を振り返らないのではなく、本当の意味で過去を「受け入れる」という形で立ち直らせました。
次話は9巻分最終話です。元々1話にまとめる予定だったものを2話に分割したので、7割くらいはすでに出来上がっています。なので割とすぐ出せると思います。