実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
やっと書き終わりました。
これは、2月14日のバレンタインデー。
その日に開かれた勉強会の、その後のお話。
~~~~~~~~~~
「あー、これは授業で先生が強調してた内容だから、思い出せるはずだ。名詞の直前にきて、その名詞を修飾する品詞はなんだ?」
「えっと……形容詞?」
「そうだ。で、この4つの選択肢の単語は全て、lyで終わってる。lyで終わる単語にはどの品詞が多い?」
「……副詞と形容詞だっけ」
「そう、その2つだ。つまりこの問題は、lyで終わる4つの単語の中から形容詞を選択する問題だ。授業の内容を思い出してみろ。先生が言ってたはずだ」
「……あっ、もしかして"friendly"?」
「そう、正解だ。ちなみに、lyがつく単語の品詞を見分ける方法も授業内で説明されてたはずだ。覚えてるか?」
「えーっと……なんだっけ?」
「名詞にlyがついたら形容詞に、形容詞にlyがついたら副詞になる」
「ああっ、そういえば!」
「思い出したか?この問題は、センター試験でもよく出されてるものだ。品詞の見分けは文法問題の典型例と言っていい。期末テストでもこのパターンは出される可能性が高いから、覚えておいた方がいい」
「わかった。ありがと!」
「速野くん、こっちもお願い!数学なんだけど……」
「……ああ、どの単元だ?」
「これなんだけどさ、全然答え出なくって」
「……もうこれ答え出かかってるぞ」
「え、うそ?」
「見逃してるところがある。それさえ解けばきれいな形になる」
「どこー……?」
「三角比の基本的な公式思い出せ。基本中の基本、一番最初に習うやつだ」
「……あっ!」
「わかったか?」
「うん!これ足したら1になるんだよね?」
「そうそう。その式だとsinとcosが離れてるから分かりづらいな。式を簡単にする問題は、常にどこかに整理できる式がないか意識して解く必要がある」
「そっかー。ありがとう!」
こういった感じで質問者をさばいていく。
当初想定していたよりも、かなり忙しい役だ。
これまでのテストでも、何回かこういったチューター役を引き受けたことはあるが、ここまで忙しくなかった気がするんだけどなあ……
おかげで対外試合に向けての勉強がほとんどできていない。
他方、人に教えるということは、自分の理解度を高めることにもつながる。自学自習という意味では全くできていないが、アウトプットという観点で言えば、テスト勉強に関してはこれ以上ないくらい順調であるといえる。
質問に来る人の流れが途切れたところで、教室にチャイムが鳴り響いた。
「7時になったね。じゃあみんな、そろそろ切り上げようか。あんまり遅くなるのもまずいからね」
まとめ役である平田がそう宣言すると、はーい、という返事とともに、机の上の勉強道具を片付ける音や、「疲れたー」などの話声で教室が騒がしくなる。
俺も勉強道具をバッグに片付け、一つ大きく伸びをした後、平田のもとへと向かった。
「さて平田、本当に奢ってくれるのか?」
「ああ、もちろんだよ速野くん」
俺は今日、勉強会のチューター役を引き受ける見返りとして、平田に夕飯をごちそうになることになっていた。
「ただ、一つ頼みがあるんだ」
「……?」
「佐藤さんと松下さんも一緒に参加していいかな?」
これはまた……なんというかこう、陽キャラ度が恐ろしく高いメンバーだな……眩しすぎて俺焼け死ぬんじゃね?
まあでも、断る理由もないしな……
「……別にいいぞ」
「ありがとう。じゃあ二人の準備が終わるまで、少し外の廊下で待ってようか」
「ああ」
廊下の電気はついているものの、豆電球のように弱い光だ。完全消灯時刻が近いことを暗示させる。
「なんか悪いな。多分お前より圧倒的に金持ちなのに、おごってもらって」
「はは、確かに。でも、こういうポイントの使い方はとても有意義だと思う」
「……さすが」
俺のような守銭奴とは人徳が違うな。
「じゃあね平田くーん」
「また明日。仮テスト、頑張ろうね」
「うん!」
このようなやり取りが幾度となく繰り返される。
帰る生徒のほぼ全員が平田に声をかける。
一方で俺の方はというと、この勉強会で質問に答えた人にたまーに声をかけられるぐらい。
いやまあ、それでもありがたい話ではあるんだが。
少し前なら全スルーされてただろうしな。
「お待たせー」
「ごめんごめん、遅くなっちゃって」
「よし、これで揃ったね。じゃあ行こうか」
こうして平田、佐藤、松下、俺という、よくわからない4人の集団が出来上がった。
明らかに俺だけ浮いている。フライドポテトの中に虫が混入してるレベルだ。
「どこに行こうか。何か希望はある?」
「あ、速野くんに決めてもらおうよ。今日すごく頑張ってたし」
松下がそう提案してくる。
「いいのか?」
「佐藤さんが構わないなら、僕はいいよ。どうかな、佐藤さん?」
「あたしは全然いいよー。何食べたいっていうのもないしー」
……急にこういう展開になってもな。
俺も佐藤と同様、特段「これ食べたい」というものはない。
ただ、せっかくの機会だ。
ここは、普段自分では作らないようなものにするか。
そうなると……
「……ピザ、とか」
俺がそう言うと、3人は目を丸くして俺の方を見てきた。
「……なんだよ」
「いや、意外だなー、って思って」
「確かに。速野くんとピザって、あんまり結びつかないかも」
そう言ってからかうような視線を送ってくるが、ピザという提案そのものには乗り気のようで、「ピザ久しぶりー」など、テンション高めの佐藤と松下の会話が聞こえてきた。
「正直、僕もその提案は意外だと思ったよ。ピザ好きなの?」
「いや、特別好物ってわけでもないんだが、折角だし普段食べないものにしようと思っただけだ」
「なるほどね」
「ところで、あの二人にもお前が奢るのか?」
「一応その提案はしたんだけど、悪いから自分たちで払うって言ってくれたよ」
「……そりゃ助かったな。しっかし、こうなると奢ってもらってる俺が申し訳なくなってくるんだが」
「遠慮することはないよ。今日の勉強会での君の頑張りを見れば、悪く思う人はいないさ」
まあ確かに、俺結構頑張ってたよなあ、と自分でも思う。
学校を出て向かった先は、ピザを中心とした飲食店「シェイクス」。
メニューもそこそこ豊富で値段もリーズナブル(とはいえ今のCクラスには少々きつい)。平田曰く、結構な人気店らしい。
テスト前ということもあるのか、店内に混雑は見られず、すぐに4人用のテーブル席へ通される。
平田がこの集団の先頭を率いていたため、そのままの流れで奥側の席につく。
必然、俺は手前側になる。
「あたし奥座っていい?」
「あ、いいよ。じゃあ私が手前側だね」
こうして、俺の向かい側には松下が座ることになった。
「どうしようか。食べ放題にする?単品で頼むこともできるけど」
「単品で頼むのがいいだろ。自分たちのペースで食べられる」
「さんせー」
「私も単品がいいと思うな」
「じゃあ、そうしようか」
平田はテーブルの脇にある2つのメニューのうち一つを俺に渡し、もう一つは自分で持って、佐藤と何を頼むか相談し始めた。
これは、俺が松下とメニューを見るパターンか。
隣同士で見た方が見やすくね?という疑問を抱えつつも、松下にも見えるようにしてメニューを広げる。
「やっぱりメニュー豊富だねー」
「……結構この店くるのか?」
「四月に一回来たきりだよ。あの時は財布のひもがかなり緩かったからね」
「……ああ、確かに」
少しうんざりしたような乾いた笑いが出てしまった。
まあ、毎月十万貰えると思ってれば、大体の人はそうなる。
ただ、当時の佐藤や篠原が10万ポイントをほとんど使いきってヒーヒー言ってる中、松下がポイントに困っている様子はなかったと記憶している。
「速野くん何食べたい?」
「ん、あー……特に希望はないんだが、強いて言えばオーソドックスなピザがいいな。チーズやらケチャップやらがかかってる、イメージ通りのやつ」
「じゃあ、マルゲリータとか?」
松下がメニューのマルゲリータを指さす。
掲載されている画像を見ると、なるほど、俺のイメージにある程度近いものだった。
「そうだな。それで」
「うーん、私はどうしよっかな……あっ、エビコーンピザとかいいかも」
「じゃあその2つのハーフでいいか」
「うん」
量としては、4人で2枚がちょうどいいだろう。
俺、松下のペアで決めたハーフの一枚、平田、佐藤ペアで決めた一枚を4人で食べることになるはずだ。
「決まったかな?」
「ああ」
「じゃあ、僕が注文するよ」
「頼む」
平田に松下と決めたメニューを伝えると、平田はすぐにメニューが置かれていた場所の横にある店員呼び出しボタンを押した。
「平田君からも聞いたけど、改めて聞くね。速野くんは、スキーやってたんだよね?」
間髪入れず、松下が俺に話題を提供してくる。
「一応、経験者だ」
「どれくらいやってたの?」
「年数で言えば……3年半くらいだ」
「中学のとき?」
「まあ、一応」
嘘は言ってない。中3の後半はスキーやりまくってたし。
正確な時期を言えば、小2から小4までスキーのクラブチームで3年間、その後4年半のブランクを経て中3の半年間、これで合計3年半という感じだ。
「そうだったんだ。あんなに速いのも納得だよ」
「それはまあ、未経験者と比べたらな」
前にも言ったが、俺は経験者の中ではかなり遅い方だ。
それでも、未経験者に負けるレベルではない。
ただ、未経験者相手にちょっと無双したからって、それはなんの自慢にもならない。
「まあ一番の功労者は、あの採点基準を見抜いたやつだけどな」
「え、速野くんがやったんじゃないの?」
「いや、俺はある人からアドバイスを受けただけだ。本人の希望で名前は伏せるが。一応謝礼としてそいつに50万渡した」
今のこのセリフは、1から10まで真っ赤な嘘だ。
俺にアドバイスをした人物なんて存在しないし、誰にも50万は渡してない。
だが、この3人は俺のこの言葉を信じるだろう。
松下、佐藤には「誰のことだろう」という想像を与え、
そして平田には、「綾小路のことなんじゃないか」という盛大な勘違いを与える。
「堀北さんでもないの?」
「……堀北なら、そもそも伏せろとは言わないだろうな」
「あ、そっか」
「ま、誰がやったかは想像に任せる」
その「誰」なんて、実はいないんだけどな。
~~~~~~~~~~
「あー、食べた食べた」
満足そうな表情で腹をさする佐藤。
「ちょっと少ないかと思ったけど、十分な量だったね」
「ああ。それに美味かった。ご馳走様」
「喜んでくれてよかったよ」
俺の分の会計約1000ポイントを、平田は本当に奢ってくれた。
感謝感激雨あられである。
奢ってくれたことに関しては、だが。
「僕はちょっと本屋に寄りたいんだけど……」
「あ、あたしコンビニ行きたい」
平田と佐藤が、同時にそんな主張をしてきた。
「俺はまっすぐ寮に帰るが」
「私も寄りたいところはないかな」
「じゃあ、僕は佐藤さんと寄り道することにするよ。松下さんと速野くんは一緒に帰る、ってことでいいかな?」
平田の提案に、松下はうなずく。
「……わかった」
「じゃあ、ここで解散にしようか。明日の仮テスト、頑張ろうね」
「うん。じゃあバイバイ!」
「また明日ね」
「じゃあな」
平田と佐藤はまずは本屋に行くようで、その方向へ歩いて行った。
平田がこの時間に寄り道ってのも、なんか変だな。
教室では「遅くなるとまずい」とか言ってたのに。
……まあいいか。
「帰るか」
「うん」
帰宅組の俺たちは、寮に向けて歩き出す。
食事中、若干鬱陶しいくらいに俺に話を振ってきた松下だが、今は黙って俺の隣を歩いている。
いや、鬱陶しいとは言ったものの、別に話を振られたことが嫌なわけではない。
むしろありがたかったくらいだ。あれで場が気まずくならずに済んだ。
多分、平田ならもっと上手くやってただろうけど。
今日の平田はその役を松下に譲っていた印象だ。
「……?」
「あっ、ごめん」
松下の左手が、俺の右手にぶつかった。
すぐに手を引く松下。
なんで手がぶつかったのか。
さらに言えば、なんで手がぶつかるほど近い距離に、松下は歩いているのか。
……いや、もう大体わかってはいるんだ。
この後の展開もなんとなく読める。
ほら。言ってるそばからきたぞ。
「……あれ、どうした松下」
急に立ち止まった松下。
「速野くん」
「……なんだ」
「これ……貰ってくれる?」
そうして、松下から差し出されたモノ。
かわいらしいラッピングがなされ、サイズは手のひらに収まるくらい。
今日の日付は2月14日。
「……チョコレートか」
「……うん」
本命か、それともスキーの件での義理か。
いや、そこは恐らく大した問題じゃないんだろう。
「……ああ、ありがたく受け取る」
どのような意図があろうと、チョコがもらえるのはうれしいことだ。
「あ、あのさ」
「ん、なんだ」
「その……速野くんて、どんな子が好き……なの?」
……なるほど。
これはまた、ずいぶん踏み込んできたな。
さて、どう答えたものか。
「そうだな……取り敢えず、下心で近づいてくる奴は好きじゃないな」
そう言った瞬間、松下の顔が一瞬歪んだ。
しかしあくまで平常心を演じたいのか、すぐに元の表情に戻る。
「下心、っていうと……どういうことかな?」
「その人が好きなんじゃなくて、その人が持つ資産やらにほれ込んで近づいてくる奴ってことだ。美人局とか結婚詐欺とかそういうのだよ」
「あ、なるほど、そういうことなんだ……」
本来、この場面で望ましい回答の仕方ではないことは分かっている。
そのうえで、あえてこんな答え方をした。
松下が一生懸命作った雰囲気が台無しである。
そこから寮まで、俺たちの間には微妙な空気が流れ続けた。これは完全に俺のせいだ。
寮のエレベーターが俺の部屋の階に到着し、松下と別れる。
「じゃあな。チョコレートありがとう」
「あ、うん。また明日ね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その夜。
俺はある人物に電話をかけた。
6コールほど間を置いて、その人物が電話に出る。
「もしもし」
「速野くん。もしかしたらかかってくるんじゃないかと思っていたんだ」
電話の相手は……そう、平田だ。
「こんな時間だし、単刀直入に聞くぞ。今日の一連の流れは全部、松下の『仕込み』ってことでいいんだよな」
言葉を濁すこともせず、ド直球に尋ねる。
一瞬の間の後、平田は静かに「その通りだよ」と呟いた。
平田が俺にチューター役を頼んできたこと。その礼として夕飯をご馳走になること。そしてその夕飯に松下と佐藤も同席すること。
その全ては、松下の描いたシナリオ通りだったというわけだ。
気づけるヒントはいくつかあった。
食事の席において、平田が話を回すのを抑えめにし、その代わりに松下がやたら俺に話しかけてきた。
そして帰り道、平田と佐藤が突然離脱した。これは恐らく、松下が俺と2人きりの場面でチョコを渡すためだろう。
「すまない。不愉快な思いをさせてしまった」
「いや、別にお前が謝ることじゃないだろ。松下は、頼む相手がお前なら断られないってのも計算に入れてそうしたんだろうし。それに、不愉快ってわけじゃない」
チョコはもらったし、飯もご馳走になった。
プラスはあってもマイナスは特にない。
「テストも近いから、あまりこういうことを言うべきタイミングじゃないとは思うけど……人が向ける好意には、真剣に向き合ってほしいんだ」
善人である平田らしいセリフだ。
恐らく松下は、平田に恋愛相談のような形で今回のことを仕組んだんだろう。
もちろん、平田の言うとおりにするつもりだ。
「……松下が本当に俺に好意を向けてるならな」
「え?」
「悪かったなこんな時間に。じゃあな」
「あ、ああ。おやすみなさい」
「おやすみ」
通話が終わり、端末を充電プラグにつなぐ。
平田は、俺の言っている意味が汲み取れなかったようだ。
ベッドに横になり、目を閉じて少し考える。
なぜ松下が急に俺に近づいてくるようになったのかが、全く分からない。
側から見れば、単純に「松下が俺にアプローチをしている」ようにしか映らないだろう。
だが、それは違う。
断言する。
松下は、俺に全く好意を抱いていない。
これは間違いない。
理屈じゃなく、直感だ。
では、なぜ松下は俺に近づいてくるのか。
スキーの時に助けたことに対する感謝、というには不自然すぎる。
俺が100万ポイント稼いだから、それ目当てか?
あるいは、坂柳が山内にやってるのと同じようなもので、俺をおちょくってるだけ?
「……分からん」
筋の通る説はいくつも思いつくが、どれもしっくりこない。
とりあえず、今日のところは眠りにつこう。
一つ確実なことは、これからも松下の謎のアプローチは続く、ということだ。
最初は単純に松下が速野に惚れる流れにしようと思ってたんですが、11.5巻を見てしまうと、どうもそういうわけにもいかなくなってしまいまして……
皆さんは松下が速野に近づいている理由、分かりますか?
一応松下の性格に照らし合わせたつもりなんですが……ぜひ予想してみてください。