実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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10巻分2話目。すこし長めです。


ep.77

 

 

 Cクラスの教室内の雰囲気は明るい。

 昨日予告のあった特別試験に向けて気を引き締める必要があるとはいえ、試験は一週間後。今からピリピリしていても仕方がない。

 今なら、これくらいの緩さでも特に問題はないだろう。

 朝のホームルームのチャイムと同時に、教室に茶柱先生が入ってくる。

 そして生徒たちは、すぐに先生の違和感を察知した。

 

「あの、何かあったんすか、先生」

 

 茶柱先生の様子は、昨日とは大違い。

 非常に険しい表情、そして雰囲気を放っていた。

 

「———お前たちに、伝えなければならないことがある」

 

 努めて冷静を装ってはいるが、喉の奥から絞り出されるようなその声から、俺は微かな動揺を感じ取った。

 言葉を続ける茶柱先生。

 

「お前たち1年生は、決して生易しくないこの学校の課題を、順調に、脱落者を出さずにクリアしてきた。そう、順調すぎるほどに、な」

「順調すぎる、ですか……」

「先日の期末試験を終えても、本学年からは1人の退学者も出ていない。これはこの学校の歴史上、一度もなかったことだ」

 

 正確には、一度須藤が退学の通告を受けてはいるが、俺、堀北、そして清隆によってそれは取り消されている。

 

「何か問題があるんでしょうか。この状況が学校側に何か不都合であるような言い方ですが」

 

 俺の斜め後ろに座る堀北が発言する。

 

「退学者をできるだけ出さないことを理想とするのは、学校側としては当然だ。だがそれでも、予定と異なる、という点においては、お前の言う通り不都合であると言わざるを得ない」

 

 どういうことだ。

 無理やり解釈するとすれば、「退学者が少ないこと」は理想だが、「退学者がゼロであること」は問題である、ってところか。

 

「その事情を考慮し……特例措置として、今日、3月2日より、追加特別試験を行うことが急遽決定された」

 

 突然の発表に、ざわめく教室内。

 黒板には、3月2日、追加特別試験、と書き出される。

 

「この試験をクリアすることのできた者のみが、次の3月8日の試験へと進むことができる」

「は……はあ!? なんすかそれ! 退学者が出なかったからって追加で特別試験とか、ガキみたいじゃないっすか!」

 

 そう叫ぶ池だが、茶柱先生は全て受け流した。

 いや、流さざるを得なかった、というべきか。なぜなら池の言っていることは正論だからだ。

 茶柱先生は先ほど「予定と異なる」という点で問題があるといった。

 つまり学校側としては、先日の期末試験を終えた時点で何人かの退学者が出る予定だったということ。

 その予定を立てたのは学校側なのだから、予定と異なる状況になったのは、単に学校側の見通しが甘かっただけの話だ。

 よって問題があるとすれば、それは生徒ではなく学校側。すべては学校側の責任において解決すべき問題だ。

 にもかかわらず、特別試験を生徒に課すことでそれを解決しようとしている。

 非常に幼稚な態度であり、理不尽というほかない。

 

「不平不満を感じるのも理解はする。本来あるはずのなかった特別試験。生徒たちに負担をかけることになってしまった事態を、私を含め、教師一同は非常に重く受け止めている」

 

 教師一同「は」という言い回し。

 つまり、この特別試験の実施を決定したであろう、教師ではないこの学校の首脳陣はそう思っていないということか。

 

「先生、その追加特別試験はどんな内容なんですか」

 

 全員が気になっていたであろう内容を、平田が質問する。

 

「今から説明を始めようと思っていたところだ。今回の試験は、学力や体力など、個人のスペックを求めるものではない。内容は至ってシンプル。そして退学率もクラスごとに3%未満と、決して高くない」

 

 突如として出てきた、退学率という指標。

 今までそんな指標を説明に用いたことなんてなかったのに、どうして急にそんなものを持ち出す必要があるのか。

 そもそも3%と言っても、その分母が何なのかによって、数字が持つ意味は大きく変わってくる。

 クラス内で退学者が出る確率が3%なのか。

 自分が退学者になる確率が3%なのか。

 

「今回の追加特別試験の名称は———『クラス内投票』」

「クラス内、投票……」

 

 なるほど、たしかに学力や体力はあまり関係なさそうだが……俺たちが何に票を投じればよいのか、名称だけでは見えてこない。

 

「お前たちには今日からの4日間で、クラスメイトに評価をつけてもらう。そして投票日である5日後の土曜日に、自分が最も高く評価したクラスメイト3名に『賞賛票』を投じ、逆に最も低く評価したクラスメイト3名に『批判票』を投じる。そしてもう一つ、他クラスの生徒へ『賞賛票』を一票投じる。もちろん、個人の投票先の秘密性は、学校側が絶対に保証する。試験の内容はそれだけだ」

「え……ほんとにそれだけ?」

「そうだ。それだけだ」

 

 内容はシンプル。

 となると、気になるのは結果に関してだが……

 

「投票の結果、獲得した賞賛票1票につき1点、批判票1票につきマイナス1点が計上される。点数を集計し、最も高い点数を取った者には、『プロテクトポイント』という新しい特別報酬が与えられる」

「プロテクト、ポイント?」

 

 今まで聞いたことのない制度。必然、全員が興味を示す。

 

「これは、退学処分を受けた場合に、それを取り消すことのできる権利だ。ただし、他者への譲渡はできない」

「た、退学を取り消せる!? マジっすか!?」

「そうだ。考えようによっては、プライベートポイント2000万以上の価値がある」

 

 これは……凄まじいな。

 例えば、先の混合合宿においてプロテクトポイントを持つ者がいれば、そいつが所属したグループの邪魔をしまくって、責任者を退学に追い込むことも可能ということになる。

 もちろん、その場合の対策もあるにはあるが、重要なのは、それほど大きなリスクのある作戦をとれるということだ。

 そして、上位の報酬がこれほどのモノであるということは、下位のペナルティも、とてつもなく重いものであることが予想される。

 

「下位には、どのようなペナルティがあるんでしょうか……」

 

 俺と同じ考えに至ったのだろう。平田が恐る恐るといった感じで質問する。

 

「すでに説明した通り、今回の追加特別試験は、『退学者が出ていない』という事態を解消するために行われるものだ」

 

 つまり学校側としては、この追加特別試験で退学者を出す必要があるということ。

 それを達成するために設定すべきペナルティは、非常に単純明快。

 

「クラス内で最も得点の低かった生徒1名は……退学処分とする」

 

 多くの生徒が予想していたであろう内容。

 分かってはいても、改めて突き付けられて、事態の重みを実感させられる。

 茶柱先生も「退学処分」という言葉を絞り出すのに、少し時間がかかっていた。

 先生としても、本当にこの試験に納得していないようだ。

 そしてやはり、3%という数字が持つ意味は「自身が退学になる確率」だったか。

 

「そんな……ま、マジで言ってんすか?」

「そうだ。理不尽に思うかもしれないが、それは我々教師も同じことだ。だが、これは決定事項だ。どうあっても覆ることはない」

「つまり、来週には……この中の誰かが、確実にいなくなっている、ってことですか……?」

 

 平田の悲痛な言葉。

 退学になるのは誰なのか。

 そんな視線が、教室内を錯綜する。

 

「そうだ。ある一つの方法を除いて、必ず誰か一人が犠牲になる」

 

 その説明に、Cクラスは一斉に反応を示す。

 

「ひ、一つの方法!?」

「そんなのがあるんですか!?」

 

 絶望の中にあったCクラスに、突如もたらされた希望の光。

 だが、おそらくそれは……

 

「残念だが、お前たちの期待するような方法ではない。退学を回避する唯一の方法は極めて単純。プライベートポイントを支払うことだ」

「い、いくら支払うんですか……?」

「2000万ポイント。この額を出すことができれば、退学処分を無効にすることができる」

 

 そうなるよな。

 プライベートポイントで買えないモノはない。つまり、どうしても退学を回避したければ、「退学を取り消す権利」を買う必要がある。

 だがもちろん、そんな資金力はCクラスにはない。

 いまのCクラスで最も多くポイントを所持しているのは恐らく俺だが、それでも目標額の2割ほど。Cクラスの生徒全体のポイントを足しても、700万に届けばいい方だろう。

 まあ、仮に俺を含めたCクラス40名分のポイントを合計して2000万に届いたとしても、俺はそれには出資しないけどな。

 

「2000万なんて……そんなの無理に決まってるじゃないっすか」

「そうだろうな。だが先ほど説明したように、これが学校に抗える唯一の方法だ。これ以外の方法は絶対に存在しないと断言する」

 

 普段説明をあいまいにしがちな学校側が、ここまで「絶対」を強調してくるとは。

 本当にこれ以外に方法はないんだろう。

 逆に言うと、学校側はそこまでしてでも退学者を出したいってことだ。

 

「教卓に試験に関する資料を置いておくので、各自読み込むように。あとは、全てお前たちが決めることだ。これでホームルームを終了する」

 

 茶柱先生が教室を出ると、途端に教室内では騒ぎが起こる。

 

「おいおいやばいってこの試験!」

「つかわけわかんねーよ! 票取れなかったら退学ってなんじゃそりゃ!?」

 

 俺自身、この試験に関しては少々思うところがある。

 前回の混合合宿の退学規定も、今までと少し毛色が違うな、と感じたが、それは南雲会長が試験の作成に大幅に介入していたことが要因だった。

 しかしこの試験は、俺たち1年生だけの緊急の試験。生徒会が関わっているとは考えにくい。

 とすれば、無人島試験や船上試験、ペーパーシャッフルといった試験を作成したのと同じ機関、集団により作成されているはずだ。

 非常に違和感がある。

 厳しくとも、合理性のあったこれまでの試験とは違う。あまりにも理不尽すぎるこの試験。

 意思決定を行う組織のトップが変わった、としか思えないような変わりようだ。明らかにおかしい。

 

「綺麗に逃げ道が潰されているわね」

 

 資料を読んでいる堀北がそう呟く。

 

「試験は退学者が決まるまで行われる、とあるわ。つまり、票を操作して全員同じ点数にする作戦は無駄ということね」

「そうだな。それにその作戦だと、他クラスからの賞賛票もコントロールする必要がある。そもそも現実的に不可能だ」

「そうね……」

 

 万が一、いや億が一、他クラスからの賞賛票をコントロールできたとしても、こんどはクラス内の裏切りを防ぐ術がない。

 仮に、誰が誰に賞賛票、および批判票を入れるか、事前に調整して決めておいたとしよう。

 櫛田は堀北を退学させたいと思っている。このとき、調整によってもし俺が堀北に賞賛票を入れることになったとしたら、櫛田は俺に取引を持ちかけてくるだろう。

 櫛田がもし池に賞賛票を入れる担当だったなら、櫛田は池の代わりに俺に賞賛票を入れる。そして、俺は堀北の代わりに池に賞賛票を入れる。

 こうすると、堀北に入るはずだった賞賛票1つが俺に移動した形になる。結果として、櫛田と池の点数はそのまま、俺はプロテクトポイントを得て、堀北は退学する。

 こういった形の取引が乱発するだろう。そして乱発すればするほど、誰がどのような取引を行ったかの特定は難しくなる。投票先の秘密は学校により保証されているため。どのような結果になろうと、「自分はちゃんと予定通りに投票した」と言い張れば、それで真実は闇の中だ。

 先生も説明していたように、どのような策を弄しようとも無意味。巨額のプライベートポイントを支払うこと以外に退学を防ぐ方法はない。

 

「相変わらず醜いねえ、君たちは。今さらジタバタしていても、どうにもならないだろう?」

 

 その声を聞いて、騒ぎが起こっていた教室内が一時的に静まる。

 高円寺六助。

 この特別試験にも動じることなく、いつも通りのデカい態度を貫いている。

 そのような言動や態度が気に食わないのか、須藤が高円寺に突っかかる。

 

「は? テメエだって余裕ぶっこいてる場合かよ。無人島試験も体育祭も、テメエは一方的に棄権しただろうが。クラスに迷惑ばっかかけやがって。退学の第一候補だぜ、テメエは」

「何もわかっていないようだねえ。いいかいレッドへアー君、この試験は過去ではなく、未来を見据えて行うべきなのだよ。通常、クラスから退学者が出る場合には大きなペナルティが発生するだろう? しかし今回はそれがない。つまり、クラスのためを想えばこそ、未来を見据えて、最も不要である生徒をデリートするのに最適な試験というわけさ」

 

 つまり、過去にどれだけの利益をもたらしたかではなく、未来にどれだけの利益をもたらす見込みがあるかで判断すべきということだ。

 俺の考えと一致している。

 

「だから、テメエがその最も不要な生徒だっつんだよ!」

「いいや、それはないね。私は誰よりも優秀なのだから」

 

 何のためらいもなく、そう言ってのける高円寺。

 

「例えば筆記試験、私は今回クラス内で3位という成績だったが、私が本気を出せば、そこのスマートボーイと同じく満点を取ることなど造作もない。身体能力の面でも、私が君を凌駕していることは明らかだろう?」

 

 高円寺は一瞬だけ俺に目を向けた。

 

「だったらなんだってんだよ! 真面目にやってなきゃ意味ねえだろうが!」

「そうだね。だからこれからは心を入れ替えようじゃないか」

 

 クラス全員が、その発言に驚く。

 

「……はっ、誰が信じるってんだよそんなの!」

 

 当然、誰も信じない。この試験を乗り越えるためのハッタリであることは、誰の目にも明らかだ。

 

「確かに、私の発言を信じられないと思うだろう。だが私以外の、今後全く役に立つ見込みのない生徒はどうだ。秘めたポテンシャルのない生徒が、私のように、今後は役に立つような生徒になると言って、君たちはそれを信じられるというのかな?」

 

 なるほど。

 感情論を抜きにして考えれば、頑張らない生徒と、頑張っても結果が出ない生徒に何ら違いはない。

 むしろ、頑張れば結果が出る余地のある高円寺の方が、潜在的な価値は高い。そう言いたいんだろう。

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ高円寺。俺はお前が不要だと思うぜ。それは変わらねえ」

「なら、それもまた自由さ。だが、その程度の判断力しかないのなら……いつまでもこのクラスは、落ちぶれた不良品のままだろうねえ」

「んだと!?」

 

 売り言葉に買い言葉。

 高円寺が余裕そうに挑発するような発言を繰り返し、須藤はそれを受けてますますヒートアップしていく。悪循環だ。

 普段なら、このあたりで平田の仲裁が入るんだが……当の平田は、非常に困惑した表情で須藤と高円寺のやりとりを見ているだけで、何もしようとしない。いや、できない。

 そんな時、堀北が席を立ち、須藤に近づいて行った。

 

「やめなさい須藤くん。これ以上無意味なやり取りを続けるつもり?」

 

 突然の堀北の来訪に驚く須藤。

 堀北が近づいてきていることに気づかないほど、頭に血が上っていたんだろう。

 

「いや、でもよ……」

「やめなさいと言っているでしょう」

「……わかった。わりい鈴音」

 

 堀北には逆らえず、須藤は高円寺をにらみつつも自分の席に戻っていく。

 

「まあ、こうするしかないよな」

 

 戻ってきた堀北に、清隆が声をかける。

 

「ええ。現状最も退学のリスクが低い平田くんが仲裁しようとしても、逆効果だもの」

 

 あの場面で平田が「冷静に」なんて言っても、「お前は自分が安全だから冷静になれるんだろ」など、反発されるのは目に見えている。

 それが分かっているため、平田は動けなかったのだろう。

 今回の試験、平田の活躍は期待しない方がいいな。

 

「それにしても……厄介なことになったわ。自分たちの手で退学者を決めなければならないなんて……」

 

 本気で困っている様子で、考え込む堀北。

 元々堀北は、誰かを切り捨てることに躊躇いを持つような人間ではなかった。

 しかし、学校から課される様々な課題の中で、自分一人でクラス間競争を勝ち抜くことは不可能であることを実感し、団結、協力の大切さを学んだはずだ。

 その矢先にこれだ。非常に受け入れがたいものがあるだろう。

 

「でも……それでも、私は……」

「……堀北?」

 

 その呟きは小さなもので、堀北の中にある迷いが読み取れた。

 そりゃそうだ。迷って当然。独裁的な坂柳のAクラスや龍園のDクラスと違って、そこそこ民主的なB、Cクラスは、どのような結末を迎えるのかが全く読めない。

 そんな先行きの不透明さが抱かせる不安は、登校時には明るかった教室の雰囲気を不穏なものへと変え、俺たちCクラスはその中で1日の授業を消化することを余儀なくされた。

 

 ……あれ、これ「完全休息日」とか言って休んでる場合じゃなくね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 俺は、元々は参加する予定のなかった綾小路グループの集まりに、急遽参加していた。

 場所はケヤキモール内にあるフードコートの一角。みんながコーヒーやミルクティーなどを注文して飲んでいる中、俺はウォーターサーバーの白湯を飲んでいた。

 

「ともやんなんで白湯なんか飲んでるの? なんか買えばいいのに。せっかく100万入ったんだからさー」

「いいんだよこれで。切り詰める生活が板についてるんだ」

「ふーん」

 

 どうしてもコーヒーや紅茶の類が飲みたければ、部屋で飲めばいい話だ。

 選り好みするほど舌は肥えていないので、店で出される200円ほどのコーヒーも、一杯数十円ほどのインスタントコーヒーも同じようにしか感じない。

 これを金のかからない便利な舌と捉えるか、味の分からない残念な舌と捉えるかは人次第だが。

 

「にしても、嫌な展開になったな」

「ほんと。学校も何考えてんだかって感じ」

 

 明人と波瑠加のやり取りを皮切りに、話題が今回の追加特別試験へと移っていく。

 

「クラス内で争わせる、っていうのが気に入らないな。他クラスと協力する必要のある試験は今までにもあったし、趣旨として理解できなくはない。けど、クラスメイトが敵、なんて試験は初めてだ」

 

 啓誠の意見に、みんなもうなずく。

 

「本当にみんなが助かる方法って、ないのかな……」

 

 不安そうにつぶやく愛理。

 

「ない、と思う。試験の説明のときに、あれほど『絶対』を強調されたことって、今までになかっただろ。資料にも、退学者が決まるまで試験は行われる、って書いてある。一度クラスから退学者を決めて、あとからそれをポイントを払って取り消す以外に方法はないってことだ」

 

 この「退学者が決まるまで試験は行われる」という文言によって、退学者を出さないための全ての戦術が封じられている。

 

「俺たちにできるのは、自分たちの退学を防ぐことだけ、か」

「そうなるな。そこで提案なんだが、俺たちで票を入れ合うっていうのはどうだ?」

 

 啓誠からの提案。

 

「それって、賞賛票を入れ合うってこと?」

「ああ。4人以上のグループでお互いに賞賛票を入れあえば、全員に3点ずつ入る。加えて、誰か一人をターゲットにして批判票を入れれば、そいつに6点のマイナスをつけられる。そうすれば、暫定的にだが、そいつとの間に9点の差をつけることができる」

「9点か……」

 

 勝負を決定づけるほどのものではないが、決して小さくはない数字だ。

 

「……でも、こんなことしても、いいのかな……?」

「組織票になるのは、先生もクラスの奴らも承知の上だ。それに、恐らく俺たち以上の大グループも作られるだろうしな」

「だよねー……じゃあ、私たちも早めに誰かに声をかける、とか?」

「いや、それはやめた方がいい。俺たちは試験期間中、とにかく目立たず、事を荒立てないようにやり過ごす。大グループのターゲットにされることを避けるんだ」

 

 それが得策だな。

 何もせず、極力他のグループの視界に入らないようにする。

 当然、賞賛票は入らないが、同時に批判票というリスクを大きく下げられる。

 そのうえで、信頼できるこの6人で固まるのが確実だ。

 もちろん、どこか他の大きなグループから誘われるようなことがあれば、一考の余地はある。だが、このグループのメンバーの性質上、そういった可能性は高くない。

 

「じゃあ、次は誰に批判票を入れるかだな」

「ああ、それに関してなんだが……朝の高円寺の話、どう思った?」

 

 明人は元々、どこかでこの話題を出すつもりだったんだろう。タイミングを測ったように聞いてくる。

 

「実力のあるやつを残すべきだって話だったか。まあ一理あるが、俺はそれでも高円寺こそ退学させるべきだと思う。実力があるのは間違いないんだろうけど、あいつはクラスの輪を乱す」

「それに高円寺くんなら、退学になってもあんまり心が痛まないよね」

「確かに、それもあるな」

 

 なるほど、心が痛まない、か。その視点はなかった。

 

「知幸はどう思う?」

「え? あー……どうだろう。俺は今のところ、高円寺には批判票を入れるつもりはないけど」

 

 そう答えると、みんな意外そうな表情を見せる。

 

「え、ほんとに?」

 

 波瑠加のつぶやきに頷く。

 

「理由を聞いてもいいか」

「ん、ああ。高円寺がクラスの輪を乱すってのは確かに事実だが、ここまでを振り返ると、あいつはクラスに迷惑をかけた以上に、貢献してもいるんじゃないかって思ってな。もちろん、本人にその気はないだろうけど」

 

 俺はカバンから、一枚の紙とボールペンを出して、説明を試みる。

 

「まず無人島試験。一日目で高円寺はリタイアして、俺たちはマイナス30ポイントを受けた。だが、次の船上試験では、高円寺は自分のグループの優待者を的中させ、プラス50クラスポイントが入った」

 

 この時点で、高円寺はプラス20クラスポイント分、クラスに貢献している。

 

「体育祭は全てを欠場。だが次のペーパーシャッフルでは、高円寺はいつもの定期試験と同じく高得点を取ってたし、スキー試験では個人報酬でプラス15のクラスポイントを勝ち取った」

 

 先ほどの20に15を足して、35。

 高円寺だけで35のクラスポイントを稼いでいることになる。

 

「高円寺の気まぐれは、これからのクラスにとってプラスに働く可能性が高い、と俺は思ってる」

「なるほど……」

 

 数字という定量的なデータを示すことで、啓誠にも再考の余地が生まれる。

 

「それともう一つ」

「まだあるのか」

 

 まだあるんです。

 

「この試験で重要なのは、自分のクラスにとって重要な人を退学させないことはもちろんだが、それだけじゃない。他クラスにとって退学してほしい人を残すことも、考え方の一つとして持つ必要があると思う」

 

 俺たちは全員、他クラスの生徒への賞賛票を一票持っている。

 この試験は、自クラスの視点だけでは不十分だ。

 

「高円寺は良くも悪くも規格外だ。でも、それは他クラスにとっても同じことだ。高円寺がいなくなることで、他クラスは幾分やりやすくなる。つまり、高円寺を退学させることが、他クラスへのメリットになり得る」

 

 もちろん、高円寺を残すことによるデメリットも存在する。

 自クラスだけでなく、他クラスのメリットデメリットも考慮し、どちらが上回るかは個々人の基準により異なるだろう。しかし、少なくとも俺は高円寺を残すことが得策だと踏んだ。

 

「うーん、なんかよくわからなくなってきた……」

「俺もだ。高円寺を残すべきかどうか……」

 

 みんな俺の話を聞いて、高円寺に投票すべきかどうか迷い始めていた。

 

「いや、俺に合わせる必要はないぞ。それに、批判票の枠は3つある。高円寺以外の候補者をターゲットにして、2人目として高円寺に票を入れるんでもいいし」

「……そう、かもしれないな。ひとまず高円寺のことは保留にして、他を考えよう」

 

 啓誠も、いま結論を出すのは無理だと判断したようだ。

 

「高円寺以外に退学の候補者って言ったら……池、山内、須藤あたりか?」

「そうだな」

 

 すぐに思い浮かぶのはその3人だ。

 ただ、最近の須藤の成長スピードには目を見張るものがある。

 それを抜きにしても、須藤の身体能力はCクラスの大きな資源だ。体育祭でそれがよりはっきりした。退学させるわけにはいかない。

 その後も話し合いは続いていったが、最終的な結論は後日に持ち越しとなった。

 まあでも、俺たちの当面の方針はとにかく目立たないことだ。

 結論を出すのに、そんなに焦る必要はないだろう。




高円寺って、実は自分が退学しないようにちゃんと計算して動いてますよね。あの場面で須藤と言い合ってなければ、多分もっと批判票を集めてたでしょうし。
もちろん退学を恐れていないのは事実なんでしょうけど、同時にこの学校で3年間を過ごすことにも価値を見出していそうな感じがします。

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