実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
1
追加特別試験が発表された日の翌朝。
俺はいつもより20分ほど早く、自室を出発していた。
理由は、綾小路グループのチャットのやりとりにある。
「早めに登校して情報収集、か」
夜11時ごろだったか。
試験日まで、誰か一人が早めに登校して、教室で情報を集めるのはどうか、という提案が明人からあった。
既読をつけるのが早くない清隆を除いた全員が、すぐにそれに賛同し、今日のところは俺が当番になったという経緯だ。
悪くはないアイデアだ。ただ、正直なところ無駄足になる可能性は低くない。
さすがに、重要な情報を教室内で漏らすようなヘマをするとは思えない。
何か少しでも情報を得られたらラッキー、くらいの気持ちでいた方がいいだろう。
「……誰に票を入れるべきか」
賞賛票の方は、綾小路グループから3人入れることは決まっている。
批判票も、綾小路グループの中で高円寺以外の結論が出たらそれに従うつもりではある。だが、それ以外にも独自で投票先を絞っておく必要はある。
今までにクラスにほとんど貢献しておらず、そしてこれからも貢献するとは考えにくい、且つ、他と比べて劣る部分が目立つ生徒は、俺の中では4人ほどいる。
山内、井の頭、佐藤、そして愛理。
友人である愛理を除外すると、山内、井の頭、佐藤の3人だ。
このまま特に何も起こらなければ、この3人の中から選ぶことになるだろう。
ただ、誰が退学になる方がいいか、という個人的な印象と、誰が退学になりそうか、という客観的なリスクは別物だ。
例えば池、高円寺、須藤の退学リスクは高いが、俺はその3人は退学しない方がいいと考えている。
一方で、俺自身の退学のリスクは、正直言ってそんなに高くないとみている。
定期テストの勉強会では、そこそこ一生懸命働いているつもりだ。それに、何か悪目立ちした覚えもない。強いて言えば、無人島試験中に軽井沢の下着がなくなったとき、怒る篠原に一言二言反論はしたが、のちに犯人が伊吹だとわかって解決した。そのことで逆恨みはされていない……と思いたい。篠原も、勉強会では俺に何度か質問をよこしてきたし。
何より、直近のスキー試験の個人報酬で、俺は30のクラスポイントを獲得している。印象も決して悪くはないはずだ。
クラス内に友人が少ないとはいえ、俺がターゲットにされる可能性は高くないと思う。
もちろん、油断は禁物だが。
「あっ、確か君は……」
俺がエレベーターを降り、ロビーに出たのと同じタイミングで、隣のエレベーターから降りてきた人物が、俺を見て何か気づいた様子。
俺もその人に見覚えがあったので、軽く会釈をする。
「速野くん、だったっけ」
「はい……どうも」
一昨日、俺が南雲生徒会長に絡まれたときに、会長を取り巻いていた人物の一人。
去り際に俺に口パクで謝ってきた女子生徒だった。
「いやー、一昨日は急にごめんね。あいつにも悪気はなかったはずだからさ」
「いえ……」
あいつ、とは南雲会長のことか。
まあ、悪気はなかっただろうな。あったのは俺に対する興味だけだろう。
「にしても、朝早いねー」
「……え?」
やり取りは終わるかと思いきや、まだ続けるつもりのようだ。
俺には早朝に登校するというタスクがあるため、教室に向けて歩き出すと、この人も隣についてきた。
仕方なく会話を続ける。
「ああ、はあ。今日はたまたま」
「あ、そうなんだ。私も今日はなんか早く目が覚めちゃってねー」
興味ねえ、と思いつつも、口では「へー」と言っておく。
「そういえば君、私の名前知らなかったっけ」
「はい、まあ……知る機会なんてなかったですし」
付け加えれば、別に知りたいとも思ってないし。
「だよね。私は朝比奈なずな。まあ学年も違うし、そんなに関わることはないだろうけど、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします……」
向こうは俺の名前を知ってるようだし、名乗らなくてもいいか。
「でさ、君、確かCクラスよね?」
……なんで知ってんだろう。
いや、まあいいか。
「そうですけど……」
「じゃあ、綾小路くんと仲良かったりする?」
突如出てきた清隆の名前。
困惑しつつも、事実を答える。
「割と仲はいい方だと思いますけど」
「そっか。ちょうどよかった。君に綾小路くんへの伝言を頼みたいんだけど、いいかな?」
「伝言、ですか」
正直面倒だが、ここで話を断って、それが南雲会長に伝わるとさらに面倒なことになる可能性もある。
ここは素直に頼まれておこう。
「すぐに教室で会いますし、構いませんよ」
「ありがとう。実は、帆波のことなんだけど……あ、帆波、で分かるかな?」
「一之瀬のことですか」
「そそ」
元の知名度の高さに加え、最近の騒動のこともあるので、ファーストネームであっても知らない人の方が少ないと思う。
「帆波って、クラスメイト思いだからさ。今回の試験のことで相当悩んでるのよね」
「まあ、想像はつきます」
平田と同じように、クラスメイトの誰かが退学する、なんて現実は受け入れられないだろう。
「それで、どういう結論を出したと思う?」
「退学者を出さないようにするなら、2000万払う以外に方法はないですよね」
「正解。でもBクラスだけじゃ、2000万ポイントには届かない。そこで帆波が頼ったのが雅……南雲生徒会長なの」
「そうですか。……まあ、妥当なんじゃないですか」
一年生で唯一、生徒会に所属しているからこそ使えるパイプ。
それを有効に使っている戦略だ。悪いものじゃない。
「承諾したんですか、会長は」
「二つ返事でね。あいつかなり持ってるから、金額の面だけ見れば、全然問題ないんだけどね」
「それ以外で問題がある、と」
「そ。まず、あいつと同じクラスの私としては、大量のポイントをポンと渡すことに疑問があるわけ。帆波自身に退学の危機があるならともかく、その可能性はゼロに近いでしょ? 私たちだって、これから特別試験を控えてる。そこでポイントが必要になるかもしれないじゃない?」
「それはまあ、そうですね」
朝比奈先輩は、一之瀬とかなり親しくしているんだろう。ただし、それは一之瀬個人に限った話。一之瀬のクラスメイトのために、一時的とはいえ大量のポイントを手放すのを素直に呑むことはできない。全くもって正しい感覚だ。
ところで、先ほど朝比奈先輩は「まず」と言った。
つまり、いま説明されたこと以外にも、まだ問題はあるということだ。
それから……と、先輩は口を開く。
「……あいつ、ポイントを貸す見返りとして、自分との交際を突き付けたの」
「……」
なんというか……反応しづらいな。
一之瀬は南雲会長にかなり好印象を抱いている。交際することに抵抗がなくてもあり得なくはないが……「問題」としてこの話をしているってことは、恐らくそうではないんだろう。
「私たちにとっても帆波にとっても、この取引はあんまりいいものじゃないのよね」
「そう、ですね……」
事情は分かった。
だが、この話を清隆に通しても、あいつが何か動くとは考えにくいんだけどな……
そもそも、この人と清隆の間には何のつながりがあるんだ。
わからないことが多いな。
「取り敢えず、伝えるだけ伝えます」
「うん、よろしく」
満足そうにうなずく朝比奈先輩。
「でも、あいつに何を期待してるんですか。問題があるのは分かりましたが、あいつになんとかできるような話じゃないと思いますけど」
「うーん、なんとなく、かな。あの子なら、何かやってくれそうな気がして」
「難しいんじゃないですか。そもそも一之瀬は他クラスですし」
「それはまあ、そうなんだけどね……」
それに、清隆が純粋に一之瀬を助けることを目的として動くとは思えない。
何かそれ以上の動機があれば、また話は変わってくるかもしれないが。
「じゃ、お願いね。あ、そうだ。私の連絡先教えようか」
「え?」
突然すぎる申し出。
どのように対応するのが正解かわからず、否定も肯定もできない。
「これも何かの縁だし、今回のお礼、ってことで。上級生とのパイプは作っておくもんだよ? 何か質問あったらいつでも聞いていいから。答えられる範囲で答えてあげる」
……なるほど、それはたしかに間違いない。
「あー、じゃあ、お願いします……」
この人は、南雲会長とかなり距離が近い生徒だ。
もし今の一連の流れが、全て南雲会長からの差し金だとしたら。
……いや、その線は薄いか。
俺と朝比奈先輩が全く同じタイミングで寮のロビーに到着したのは、間違いなく偶然だ。
それに、もし南雲会長が糸を引いているとしても、俺は下級生として純粋に気になることを、朝比奈先輩に聞けばいいだけだ。
というかそもそも、この学校の生徒会長様が、俺のためにわざわざこんな回りくどいことをしているかも、なんてかなり自意識過剰な発想だ。
あまり気にせず、素直な厚意として受け取るとしよう。
俺の連絡先の件数が、久しぶりに1つ増えた。
2
時はさかのぼり、3月1日、朝のホームルーム。
「私は今回の試験、葛城くんに退学していただきたいと考えています」
Aクラスの教室。
担当教諭の真嶋が追加特別試験の説明を終え、教室を出た途端、坂柳がクラス全員にそう告げた。
指名を受けた葛城。しかし、全く動じた様子はない。
彼は頭の切れる男だ。
説明の序盤の時点で、自らが標的にされることには考えが及んでいた。
ただ実をいうと、説明の直後に、ここまで大々的に宣告されたことには、内心少し驚きもあった。しかしすぐに得心し、自らの運命を受け入れるのだった。
「な、なんだよそれ! 卑怯だろそんなの!」
そう叫ぶのは、戸塚弥彦。
この学校が始まって以来、今でもずっと葛城を慕い続けている。
葛城が派閥争いに完敗し、クラスの第一線から退いた後も、変わらずに葛城についていっている。
親交を超え、もはや信仰ともいうべき域に達している。
「やめろ弥彦」
葛城は、そんな弥彦の叫びを一蹴する。
「で、でも……」
「やめろ。俺は受け入れている」
悔しそうに表情を歪める弥彦。
しかし彼自身、理解はしていた。
抵抗する術などないことを。
自分一人が声を上げてもどうにもならない。
自分以外に、表立って坂柳に反抗する生徒などいない。
そう思っていたのだが。
「ちょっとまって坂柳さん」
その声は、藤野麗奈のものだった。
クラスで最も影響力のある人間は、葛城から坂柳へと変遷していった。しかし、クラスで最も信頼のおかれている生徒は、入学以来ずっと変わることなく、藤野だ。
彼女は葛城の派閥ではないが、同時に坂柳の派閥でもない。
そのような所謂「中立派」は、藤野を含めて十人ほどいる。
しかし藤野個人としては、どちらかと言えば葛城の戦略に賛意を示すことが多かった。
そのことと、彼女の求心力の強さもあって、一時期は、葛城を支える補佐役のようなものを務めていたこともある。
だがそのときも、葛城の戦略に疑問点があれば、彼女は常にそれを葛城にぶつけていた。それは、派閥そのものからは距離を置き、派閥内にある同調圧力を受けない彼女だからこそ可能だったことだ。
特に無人島試験、葛城が龍園と結ぼうとしていた契約に、最後まで疑問を呈し続けていたのは彼女だった。
結局契約は結ばれ、自分が葛城に積極的に協力するのは無人島試験まで、と告げて、葛城と藤野は決裂した。
そんな藤野から上げられた声。
弥彦は、それに一縷の望みを託すことにした。
「何か疑問点でも?」
「どうして葛城くんなのか、理由を聞かせてくれないかな」
藤野を含めどちらにも属していない生徒はいつでも、坂柳や葛城などの「人」ではなく、「戦略」に従ってきた。
誰が提案した戦略であろうと、納得すれば従う。納得できなければ従わない。その姿勢は一貫していた。
「私を含め、多くの生徒は彼の退学を望み、彼はそれを受け入れている。これで十分ではありませんか? これ以上ない、円満な解決だと思いますよ」
「じゃあ聞き方を変えるね……どうして坂柳さんは、葛城くんの退学を望むの?」
「フフ、簡単なことです。組織にリーダーは二人も必要ありませんから」
「えっ? ……リーダー?」
「ええ。どちらかが退場するとなれば、より有能な方を残すのが順当。それに、かつて私と対峙した彼を切れば、士気も上がりますからね」
藤野は一瞬、考えこむ。
坂柳の言ったことに矛盾はない。
組織にリーダーは2人もいらないことも、葛城を消せば坂柳派の士気が上がることも、全て事実だ。
考えた末、自分の中で結論を出す。
「……そう、なんだね」
「ご納得いただけましたか?」
「……うん」
「そんな……!」
弥彦の託した望みは、一瞬で崩れ去った。
全員表情には出していないが、Aクラスの裏で存在している「藤野派」の生徒も、藤野の引き際の速さに少し驚いていた。
「では、挙手で決を採ってはっきりさせましょう。葛城くんの退学に、異論のない方は挙手を願います」
当初から坂柳に従っていた生徒は、すぐに手を上げる。
次に、少し坂柳に不満がありつつも、仕方がなく従っている生徒。
最後に、藤野など中立に立っている生徒。
最終的に、坂柳、弥彦、葛城を除く37名の手が上がった。
「では、決まりですね。あまり明るい話題ではありませんし、試験に関する話は、これで終わりにしましょう」
坂柳がそう締めくくると、生徒たちは全員、いつも通りの朝を過ごす。
弥彦だけは、まだ何ごとかわめいていたが、坂柳はそれを愉快そうに見ているだけだった。
「意外ね。藤野があんなに素直に引き下がるなんて」
近くにいた神室が、坂柳に話しかける。
「フフ、彼女は意外に、頭のいい人のようです」
「……どういう意味?」
「気づきませんでしたか?」
「は? 気づくって何に?」
坂柳が、こういった勿体ぶるような言い方をするのは珍しくない。
そのたびに、神室はそれに嫌悪感を示すわけだが。
藤野の物分かりの良さ、潔さを言っているのかと考えたが、それなら「頭がいい」なんて表現はしないはず。神室の頭の中で疑問が駆け巡る。
「真澄さんもまだまだですね。ずっと私の近くにいるあなたより、藤野さんの方が、よっぽど私のことを理解している」
「……こっちは別に、好きであんたの近くにいるわけじゃないんだけど」
発言の真意を言うつもりはないと悟り、神室は追及をあきらめた。
もっとも、神室の追及が実ったことなど、ただの一度もないのだが。
いずれにせよ、まだ試験は始まったばかりだ。
3
これが、試験の説明時にAクラスで起こっていた出来事……だそうだ。
追加特別試験2日目の放課後。俺は藤野とともに食材の買い出しに行き、藤野の誘いで寄り道したカフェで、この話を聞いていた。
それを受け、俺は今後の展望に関して、俺の考えを藤野に伝えた。
もしかしたら、坂柳攻略のチャンスが広がったかもしれない、と。
まあでも、それが実るのは恐らく、2年生に進級して以降になるだろう。
話すべきことを話し終え、話題はAクラスのことから離れていく。
「でも速野くん、災難だったね。休むどころか、試験が入っちゃうなんて」
「そうなんだよな……まあ、1日休みが取れただけよかった、と考えるしかない」
「疲れはとれたの?」
「一応な」
1日休むだけでも全然違う。俺の取った選択肢は間違っていなかった。
欲を言えば、あの日南雲会長に遭遇していなければな……もうちょっと気が休まっただろうし、今朝俺が朝比奈先輩から伝言を頼まれることもなかっただろう。
ちなみに、清隆への伝言役はしっかりと全うした。
清隆からは「なんでオレに?」と聞かれたが、そんなもんは知らんので「知らん」と答えた。
こっちが聞きたいくらいだっつーの。
「速野くん、水だけでいいの?」
ロイヤルミルクティーを飲んでいた藤野が、俺の手元に目を向けて言う。
「……やっぱ気になるか?」
確かに、開けたフードコートの一角で、何も頼まずに白湯を飲むのと、閉鎖空間であるカフェに来て、無料で出される水しか飲まないのは少し違う。
「何か頼んだ方がいいと思うけど……」
「……そうだな」
俺はメニューを見て、一番安いアメリカンコーヒーのホットを注文した。
「相変わらず、かなり節約してるんだね」
「まあな。いつ試験でポイントが必要になるかわからないし」
「……確かに」
もし2000万プライベートポイントがあれば、退学者を出さずに済むからな。
ポイントが用意できること。そして、「退学した方がいい」と言われるような、クラスのマイナス要因の生徒がいないこと。
この2つの条件を満たせば、そのクラスは退学者を出さないためにポイントを払うという意思決定をするだろう。
それによってそのクラスは、他クラスに比べ、一人分の人数アドバンテージを得ることになる。
例えば、無人島での試験。
あの時Aクラスは、坂柳の欠席によって、問答無用でマイナス30ポイントを受けた。どこかのクラスで退学者が出ていたら、欠席と同様にその分だけマイナスが計上されていた可能性もある。
しかし退学者がいなければ、そんな恐れはない。
あるいは、ペーパーシャッフルのように、クラス内でペアを組んで行う試験。
退学者が出たクラスには何らかの負担がかかるだろう。が、退学者がいなければそれもない。
もちろん、このケースはCクラスには当てはまらない。ポイントは足りないし、退学した方がいいマイナス要因の生徒もいる。
「速野くんは今回、どう動くの?」
「まあ……状況に応じて、って感じだな。大人しくしとけば、俺自身が退学になる危険性はそんなに高くないと思ってる」
「私も同感かな。速野くんのクラスへの貢献度、結構大きいもんね」
クラス外ではあるが、こうして藤野が客観的に言ってくれることで、俺も安心できる。
その後はいつも通り、他愛もない雑談に興じていたが、俺がコーヒーを飲み終えたところで藤野に帰宅を提案する。
「……そろそろ出るか。コーヒー飲み終わったし、要冷蔵のものもあるしな」
「あ、うん。そうしよっか」
カフェの店内は、過ごしやすいように暖かく保たれている。居心地はいいが、この空間に肉製品を長時間放置するのはよくない。
藤野と別れて部屋に戻り、片付けを済ませたあと、俺はある人物と連絡を取った。
「Cクラス内で、一波乱起きそうだな」
なんとしても、その混乱には巻き込まれないようにしなければ。
ただ……今回の場合、よりリスクが高いのは俺ではなく、あいつの方だが。
実はこのオリ主、今まで裏でこそこそやってきてますが、割と表立ってもクラスの役に立ってるんですよね。