実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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三日連続更新なんていつぶりですかね……?

文量としては多くありませんが、キリが良かったので、ここまでで区切ることにしました。


ep.79

 

 

 木曜日の朝。

 俺が登校してくると、Cクラスの教室には、いつも通りの光景が広がっていた。

 そう、いつも通りの。

 まるで、昨日までみんなの頭を悩ませていた試験なんて、存在していなかったかのような。

 楽しそうに雑談を行う生徒たち。

 次に控える、この学年最後の特別試験について話しているグループも、中には見受けられた。

 

「……」

 

 俺が席に座ろうとしたとき、清隆がこちらに目線を合わせてきた。

 

「……なんだ。顔にジャムか何かついてるか?」

「いや、別に」

 

 清隆も、教室の雰囲気の変化には気づいている様子だ。

 だが、俺たち綾小路グループの行動方針は、とにかく目立たないこと。

 変化に気づいたとしても、それを大っぴらには言わないのが得策だ。

 お互いそれは承知の上で、あんな頓珍漢な会話を行った。ジャムなんてついてたら自分で気づくわな、普通。

 

「はぁ……」

 

 席に座り、一息つく。

 それにしても……感心した。

 大きなグループが形成され、「誰を退学させるのか」というターゲットが大多数に共有されただけで、クラスの雰囲気はここまで変わるのか。

 聡い人間であれば、いや、よほど鈍感でなければ、クラスの雰囲気が昨日と全く違うことには気づく。

 教室全体を見回すと、このCクラスの雰囲気に違和感を覚えている人が少なからず見受けられた。

 誰が批判票のターゲットになったのか、知らされていない人たちだ。

 まあ、その中でも須藤は全く気付いている様子がないが……あいつは単純に鈍感なだけだろう。

 清隆は恐らく、大グループが形成された可能性にまで思い至っているだろうが、他の人たちはどうか。

 先ほどから何度も、綾小路グループのチャットの通知が飛んでくる。

 主に今日早めに登校する当番だった、啓誠からのものだ。教室の雰囲気に変化がある旨が書かれている。

 どうやらしっかりと、この違和感を感じ取ったらしい。が、大グループに関する言及はなかった。

 さて、この状況でどう対処するのか、見ものだな。

 俺の後ろの席に座る、Cクラスのターゲットが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、綾小路グループの集まりを終え、俺は寮に帰宅していた。

 清隆はやはり、大グループ形成の可能性に気づいていたようだ。はじめは啓誠の口からその話がメンバーに伝えられたが、のちにそれは、清隆が啓誠に個人チャットで話していたことによるものだったことが発覚した。

 大グループが形成されたことに勘づいたなら、次は、誰がそのターゲットになっているかだ。

 そのターゲットは、何を隠そう、綾小路清隆だ。

 あの場では、清隆が自身に退学の危機が迫っていることに気づいているかどうか、その判断はできなかった。

 もし気づいていたとしても、あいつなら「混乱を避けるため」とか言って、ギリギリまで、或いは最後まで伝えないだろう。

 しかし、単純に綾小路が気付いていないだけかもしれない。

 どちらの可能性も、現時点では捨てきれない。

 

「……まあ、何とかするだろ。知らんけど」

 

 清隆なら、何らかの方法で絶対に退学を回避する。俺はその点において、清隆に絶大な信頼を置いていた。

 それに、この試験の結果によっては、面白いことが分かるかもしれない。

 その点についても、多少興味があった。

 

「……さて」

 

 ここからは、Cクラスとは何の関係もない、大きく外れた行動だ。

 言うなれば「仕事」のようなもんか。

 俺は端末を起動させ、メッセージを送った。

 相手は一年Bクラス、一之瀬帆波。

 

『朝比奈って先輩から話は聞いた。悩んでるなら、藤野あたりに相談してみたらどうだ』

 

 そのメッセージには、すぐに既読がついた。

 しかし、返信はこない。

 まあ、そりゃそうか。急にこんなことを言われたら、どう返せばいいか悩むのは当然だ。

 数分待っても返信が来る様子はないので、一旦端末の画面を消し、今日の夕食の準備に入ることにする。

 そうして椅子から立ち上がろうとしたちょうどその時、端末から、電話の着信音が部屋に鳴り響いた。

 もちろん、相手は一之瀬。

 チャットの返信ではなく、通話という選択肢をとったようだ。

 

「もしもし」

『あ、速野くん、急にごめんね。いま大丈夫かな?』

「ああいや、こっちこそ、急にあんなメッセージ送って悪かったな」

『ううん、それは全然。でも、そのことでちょっと話したいことがあって。今から速野くんの部屋に行ってもいいかな?』

「え?」

 

 ……マジかよ。

 いや、元々直接会って話すつもりではあったんだが、まさか一之瀬の方から言ってくるとは。

 

『あ、ごめん、迷惑だよね……』

「いや、悪い、そういうわけじゃないんだ。今からだったな。別にいいぞ」

『ほんと?』

「ああ」

『ありがとう……じゃあ、5分くらいで行くね』

「分かった」

 

 その約束だけを取り付け、通話は終了した。

 5分か……かなり微妙な時間だ。

 時間がかかるようなら、先ほどやろうとしていた夕食の準備を進めようと思っていたが、5分では何もできない。

 しかし、何もせずにいるには長い。

 部屋を見回し、何かやることがないか探した結果、少々散らかっていた机の上を片づけた。

 そうこうしているうちに5分ほどが経過し、部屋のインターホンが鳴る。

 玄関に行くと、私服に着替えた一之瀬が立っていた。

 

「上がってくれ」

「ありがとう。お邪魔します」

「適当に座っててくれ。なんか出すから」

「そんな、お構いなく」

 

 遠慮する一之瀬だが、大したものを出すつもりはない。というか買ってないので出せない。

 何かを温める時間もない。

 結局、棚にあったクッキーを数枚皿に出して、一之瀬の元へ持っていった。

 

「ありがとう」

 

 こういう場合、飲み物ではなく食べ物が出されたら、客人はあまり口をつけない傾向にある。

 夕飯が近い時間帯ということもあるし、恐らく一之瀬は、このクッキーを一枚も食べずに部屋を出るだろう。

 

「それで、話って?」

 

 世間話をしているような時間はない。

 単刀直入に、本題に入ることにする。

 

「あ……うん。朝比奈先輩から聞いたって……どこまで聞いたのか、教えてくれないかな?」

「どこまで……と言われてもな。一之瀬がBクラスから退学者を出さないために、南雲会長に不足分のポイントを借りる。その見返りとして、お前が南雲会長と付き合う、って話だったが」

「にゃはは、ほとんど全部知られちゃってるんだ……」

 

 と、困ったように笑った。

 俺は説明を付け加える。

 

「実をいうと、俺は朝比奈先輩から清隆への伝言を頼まれただけなんだよ」

「綾小路くんに……?」

「ああ、昨日の早朝に。だからこの話はあいつも知ってる」

 

 清隆も知っている、というより、本来知り得なかったはずなのは俺の方だ。

 それを朝比奈先輩から、偶然聞かされただけ。

 

「あいつからは何か言われたか?」

「綾小路くんから? ううん、特に何も……」

「そうか……」

 

 清隆から動きはなし、か。

 

「なんで朝比奈先輩は、綾小路くんにこの話をしようと思ったんだろう……」

「清隆ならなんとかしてくれると思ったから、だそうだ。朝比奈先輩はこの取引を好ましく思っていないらしい」

 

 頭の回転の速い一之瀬は、それを聞いてすぐに事情を理解したようだ。

 

「そうなんだ……じゃあ、速野くんを伝言役に頼んだのは、どうしてなのかな?」

「それは単なる偶然だ、と思うぞ。昨日の朝、早めに出なきゃいけない事情があったんだが、その時にたまたま登校時間が被ったんだ」

「あ、朝早く、だったんだ……そっか、それで……」

「……?」

「あっ、何でもないの。ごめんね」

 

 手を振って、否定のジェスチャーをする一之瀬。

 ちょっと何言ってるかわからないので、聞き流して話を進める。

 

「ちなみに、無利子なのか?」

「うん。3カ月以内に、借りた額をそのまま返済すること、っていう条件。明日いっぱいまでに、どうするか決めろ、って」

「その不足額は?」

「400万と少し、かな」

 

 ……なるほど。

 

「実は南雲先輩から、この取引は誰にも言うなって言われててね……せっかくのアドバイスなんだけど、藤野さんには相談できないんだ」

「……そうだったのか」

 

 南雲先輩としては、この取引が大人数の耳に入ることは望ましく思っていないってことだ。

 

「となると、俺の口からも伏せておいた方がいいか」

「うん。お願いできるかな……?」

 

 あまりに知っている人が多くなってしまうと、一之瀬が契約違反をしたとして、取引を反故にされる可能性もゼロではない。

 

「分かった」

 

 この話の流出は、俺と清隆までで食い止めておくべきだろう。

 清隆なら心配はいらないだろうが、あとで一応、メールでその旨伝えておくか。

 

「速野くんは……どう思う?」

「どう、というと?」

「私のこの戦略。もちろん、南雲先輩は尊敬する人だけど……ポイントの代わりに交際なんて……」

 

 そこに、いつもの快活な一之瀬はいない。

 いるのは、ジレンマに押しつぶされそうな、弱い女の子だけ。

 先日の一件で、自分の弱さを受け入れた一之瀬。

 そしていま、その弱さを俺に見せているのか。

 

「……まあ、ぶっとんだ話ではあるよな」

「そうだよね……でも、Bクラスの全員が生き残るためには、たぶん……」

「……そうだな。お前の戦略は間違ってない」

 

 頭ではわかっていても、心が追い付いていない。

 自分の身を犠牲にする勇気が持てない。

 そんな様子だ。

 ……そろそろ、踏み込んでみるか。

 

「一之瀬」

「うん?」

「今から数分間のことは、誰にも言わず、墓場まで持っていくことを約束してくれ」

「は、墓場まで? うん、わかった……」

 

 一之瀬は戸惑いを見せるが、これは決して大げさな表現じゃない。

 絶対に外部に漏らしてくれるな、という俺の意思表示だ。

 俺は充電プラグから端末を外して操作し、その画面を一之瀬に向ける。

 それを目にした一之瀬は……

 

「……う、うそ、でしょ……?」

 

 目は見開かれ、口はあんぐり。一之瀬の表情は「驚愕」の二文字に染まっていた。

 まあ、当然だ。

 見せているのは、ポイント残高の画面。

 そこには、約500万もの数字が表示されているのだから。

 

「な、なんで、こんな……」

「それは想像に任せる。が、全て俺個人が所有し、自由に使えるポイントだ」

「……ごめん、ちょっと頭の整理が追い付かないや」

 

 一之瀬も俺と同じように、大量のポイントを自らの端末に保有している。

 しかしそれは額面だけ。所有ポイントのほとんどは、クラスメイトから預かっているだけのものだ。当然、一之瀬のポイント、とは言えない。

 そんな一之瀬だからこそ分かる。

 500万という数字が、いかに大きいか。

 

「これなら、不足ポイントを補うにも十分、だよな?」

「う、うん、それはもちろん、そうだけど……」

「もう一度聞かせてもらうが……不足ポイントはいくらだ? こんどは一の位まで具体的に」

「え、えっと、ちょっと待ってて……」

 

 まだ戸惑いは残っている様子だが、俺の質問に答えるべく、自分の端末を操作して確認をとる。

 

「えっと、404万3019ポイント……だね」

「そうか。なら余裕だな。俺が不足分を貸し付けてやれる」

「ほ、ほんとに?」

 

 この部分だけ聞けばかなりの好条件だが、本題はここからだ。

 

「ああ。ただ、俺とお前とじゃクラスが違う。敵同士だ。交際だとかそんなバカげた話はしないが、ポイント面での条件は、かなり厳しめのものをつけさせてもらう」

 

 当然のことだ。

 何度も言っているように、プライベートポイントはいつ必要になるかわからない。

 Bクラスの不足分を補填しても、手元にはまだ80万弱残る。とはいえ、それをタダで貸すほど、俺はお人よしじゃない。

 

「何かな、その条件って……」

 

 話の先を促す一之瀬。

 

「南雲会長との取引では、返済期間は3カ月だったな」

「う、うん」

「なら、俺が提示する条件は……」

 

 一呼吸おいて、それを明かす。

 

「毎月の初めにBクラスに支給される全員のプライベートポイントを、3カ月間、全て俺に振り込むことだ」

 

 かなりキツく、そしてあまりにも俺に有利すぎる条件。

 一之瀬にとっても、俺の提示した条件は予想以上だったらしく、驚いたようすだ。

 もし、いまのこの話を受けたら、Bクラスは、2年生に進級してから3カ月間、毎月のプライベートポイントがなくなってしまう。

 対して俺は、元金から少なくとも100万ほど上乗せされた額が、3カ月後には入ってくるだろう。

 普通なら、すぐに断られてもいいような、まったく釣り合いの取れていない話。

 しかし、クラスメイトを守ることに固執しているいまの一之瀬なら、こんなアホらしい選択肢にさえも、検討の余地を与えてしまう。

 

「どうする、一之瀬」

 

 俺はいま、かなり残酷な二択を迫っている。

 南雲会長から借り、一之瀬自身を犠牲にするか。

 俺から借り、クラスメイトを犠牲にするか。

 一之瀬の中の葛藤が目に浮かぶようだ。

 さて、どちらを選ぶのか。

 

「……なんてな」

 

 悩む一之瀬の答えを待たずに、俺は冗談めかしてそう言った。

 

「……え?」

 

 一之瀬の、間の抜けたような声。

 

「本気にしたか?」

「え……冗談、だったの?」

「冗談3割、本気7割ってところだな」

「そうだったんだ……え、本気7割?」

 

 先ほどまで緊張していた空気が、このやり取りによって一気に弛緩していく。

 

「まあ、あれだ。俺なりの後押しだ。クラスメイトに3カ月間……いや、今月も含めたら4カ月か。そんな長い間、ゼロポイントで生活しろなんて言えないだろ、一之瀬は」

 

 そう言うと、一之瀬は「その通り」と言わんばかりに、一度大きく頷いた。

 

「……うん。みんなは優しいから、ゼロポイントの生活も受け入れてくれると思う。でも……私が南雲先輩と付き合えば、皆がそんな苦労をする必要はなくなるもんね」

 

 どこまでもクラスメイト思いで、そして見栄っ張りなところがある一之瀬だ。

 激しい葛藤はありつつも、どちらの選択肢をとるか、腹は決まりかけていただろう。

 

「ああ、そうだな。でも結局、最後は一之瀬の気持ち次第だ」

 

 俺ができるのは、友人としての後押しまで。

 

「うん、わかってるよ」

 

 そう答える一之瀬の表情は、来た時よりも少し晴れ晴れとしているように感じた。

 話もひと段落し、お互いに目的は達した。

 一之瀬は帰り支度を始める。

 

「まあ、タイムリミットまではあと1日ある。それまで、ずっと考えるといいんじゃないか。ああ、俺と契約したくなったらいつでも言ってくれ」

「にゃはは、うん、ありがとう。少し元気出たかも」

「そうか……それはよかった」

 

 俺の提示する契約内容は、一之瀬の中では完全に冗談として処理されているようだ。

 

「じゃあな。あ、さっきのことは……」

「うん、わかってる。秘密にしておくよ。……二人だけの」

 

 ならよかった。

 ドアが閉まり、一之瀬の姿が見えなくなる。

 そして、訪れる静寂。

 鍵を閉めるガチャッという音が、やけに部屋に響いた。

 部屋に戻り、案の定手の付けられていなかったクッキーを、さっと片付ける。

 

「……夕飯作るか」

 

 キッチンに立って、棚から米を適量取り出し、研ぎはじめる。

 今日のメニューは、鶏肉のねぎま風炒めだ。

 

 

 

 

 

 とりあえず、いまのところ問題はない。順調に、プラン通りにいっている。

 あとはこのまま、「あいつら」がやるべきことをやってくるだけだ。




明日から少し予定があり、一時的に更新が滞りますが、今までのように数週間や1カ月空くようなことはありませんので、ご安心くだされば幸いです。
では、次回もお楽しみに!
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