実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
前回の投稿から約2カ月、ですか……本当に申し訳ありません。
帰省したら更新できないことは目に見えていたため、その前に頑張って3連投したはいいものの、そこから中々再開のタイミングがつかめず、そのままズルズルと引き延ばしてしまいました。
ここからペースを戻していければと思いますので、お読みいただいている皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
堀北、動きます。
1
試験4日目の金曜日。
午前中の授業を終え、昼休みをむかえた。
この時間は特に用事もなく、一人で昼飯をつつく。
いつも通りに昨夜の残り物で作った弁当を開封した、ちょうどその時。
俺の斜め後ろの席から、ガタッと椅子を引く音が聞こえた。
見ると、堀北が立ち上がり、教室を出ようとしているところだった。
「……どこ行くんだ堀北?」
堀北も普段は教室で昼食をとる。
この時間に堀北が教室を出るのは非常に珍しい。
一体どこに行こうというのか。
もちろん昼休み中に堀北がどこに行こうと勝手だが、俺が声をかけた理由はそれだけではない。
立ち上がった瞬間の堀北の表情。
いつにもまして硬く、緊張した面持ちだった。
「……それを知ってどうするつもり?」
「いや、別にどうもしないけど」
単純な興味だ。どうするも何もない。
「なら放っておいて」
そう言って、つかつかと歩いて行ってしまう。
残された俺は、堀北が出て行った教室後方の出入口を見つめるほかなかった。
「……」
なんというか……久しぶりだな、この感じ。
最近は鳴りを潜めていたが、入学当初の堀北はあんな感じで刺々しかった。
刺々しい方がいい、というわけでは断じてないが。なんとなく懐かしさを感じてしまった。
「速野くん」
堀北の姿を見届け、改めて弁当を食べ始めようとしたところ、今度はこちらが声をかけられた。
俺の机の前に、自身の昼食を持った松下が立っている。
「……どうした?」
「お昼ご飯、一緒にここで食べてもいいかな?」
そう言って、松下は近場の誰も座っていない椅子を引いてくる。
ここで、ってのは俺の机でってことか。
「ダメなことはないが……狭くね?」
松下のこの行動が、俺に対する「アプローチ」の一環であることぐらいは分かっている。
不気味なのは、ここまで積極的な行動を起こす松下が、俺への好意を持っていないという点だ。
俺は決して鈍い方ではない。むしろ敏感であるからこそ分かること。
好意を持っていない相手へのアプローチなんて、やってる方は苦痛だろうに。どうしてこんなことをしているのか。
「ううん、大丈夫だから」
「……まあ、そっちがいいなら」
「ありがと」
普通に断ってもいいんだが、松下が動く理由を探るためにはこうして接してみるのがいい。
先約などの諸事情がない限り、出来るだけ松下の話は断らないようにしている。
「いよいよ明日だね、投票」
「そうだな」
「誰に投票するか決めた?」
「あたりは付けてるが、はっきり決めたわけじゃない」
明日の気分で決めるか。あるいは今日、何かしらの動きがあるか。それによって、俺の批判票の投票先は変わる。
松下は、批判票の方は清隆に入れる予定だろう。大グループに参加しているため、少なくとも表向きはそのことに同意しているはずだ。
「賞賛票は速野くんに入れるよ、私」
「……マジで?」
「うん、もちろん」
「それはありがたい」
入れてくれるというなら素直に受け取っておこう。
しかしいまの発言が本当かウソか、それを確かめる術は俺にはない。投票先は学校が永久に秘匿する決まりだ。
話半分に聞いておいた方がいい。
「他クラスへの賞賛票はどうするの? 速野くんは、やっぱり藤野さん?」
言われて思い出す。
そういえば、自分が誰に入れるかに関しては全然考えてなかった。
「あー……決めてない。だから藤野に入れるとも限らない」
「へえ、そうなんだ」
意外そうな表情を見せる松下。
「普通に考えればあいつの場合、退学する可能性はほとんどないしな」
それどころか、プロテクトポイントを獲得する可能性すらある。
むしろAクラスでは筆頭候補だといっていい。
Aクラス内で藤野は人気がある。とはいえ、賞賛票の獲得数では恐らく坂柳には及ばない。
しかし藤野には坂柳と違って、他クラスからの賞賛票を獲得できる余地がある。クラス内での結果をひっくり返すには十分な数だ。
それを加味すると、退学するよりもプロテクトポイントを獲得する可能性の方が高いだろう。
「Dクラスはやっぱり、龍園くんだよね」
「……そうだな。この試験が始まった時点でほぼ確定的だっただろ」
龍園は、藤野とは真逆。
自クラスにも他クラスにも、ほとんど敵しかいない。まさに四面楚歌だ。
この試験ではそういう生徒が一番不利だ。
「でも龍園くんが抜けたDクラスって、あんまり怖くなくなるよね」
松下は少し考えるような表情でそう言った。
まったくその通りだ。
「ああ。だからそうなってくれると助かるんだけどな」
龍園がいなくなれば、他クラスとしてはかなりやりやすくなる。
今は大人しくしているが、いつか復帰するんじゃないかと思うと面倒だ。存在ごといなくなってくれれば、分かりやすくて非常に助かる。
ただし愉快犯的に誰かとの勝負を好むやつの中には、この展開を嫌がる人もいるかもしれない。龍園本人や、坂柳なんかもその部類だ。
そう考えていたところ、松下が困り顔になる。
「なんか……こんな話題ばっかりになっちゃうなあ」
松下としてはもっと明るい話題を俺と共有したかったのか、そんな声を漏らす。
「仕方ないことなんじゃないか。試験期間だし」
そう答えたが、別に試験期間に限ったことじゃない。
松下と俺の共通の話題は、イコールクラス共通の話題だ。必然、試験や授業中のことに限定される。
俺たち二人ならではの話題は本来存在しない。
あるとすれば、混合合宿でのスキーの一件。しかしそれに関することは、既にほとんど語りつくされた。今さら何か話すようなことなんて残っていない。
「そうかもね」
俺の心情を理解したのかは分からないが、松下はそうつぶやいた。
その後は特に話すこともなく、互いに無言のまま時間だけが経過していく。
昼休みが始まってから30分ほどが経過すると、昼食から教室に戻ってくるクラスメイトの姿がちらほら見え始める。
教室の座席の半分が埋まったころ、どこかに行っていた堀北も戻ってきた。
「……」
声をかけようかと思ったが、やめた。
教室を出たときにあった妙な緊張感は今は見られない。
何か吹っ切れた様子。覚悟を決め、どこか清々しささえ感じられた。
俺が実りのない不毛な昼食時間を過ごしている間、堀北は非常に有意義に時間を使っていたらしい。
どこで誰と何をしていたのか、それは皆目見当もつかないが、結構なことだ。
堀北がどう動き、それに伴って状況がどう変化するのか。
様子を見させてもらおう。
2
「予告していた通り、明日は土曜日だが、投票日となっている。遅刻、欠席等がないように。では、これでホームルームを終了する」
そう言って、茶柱先生が場を締める。
先生が、持ってきていた出席票などのファイルを教壇でトントンとまとめて教室を出ようとしたとき。
「みんな、少し時間を貰えるかしら」
立ち上がったのは堀北。
当然、クラス全員から注目を受ける。
茶柱先生も気になったようで、教室を出ようとしていた足を止める。
「どうしたのかな、堀北さん」
平田が反応を示した。
「明日の試験に関して。どうしても話しておかなければいけないことがあるの」
「試験に関して……?」
「ええ。だから、全員教室に残ってもらえるかしら」
帰り支度をしていたクラスメイト達も、そういわれては気になって手を止める。
「なんだよそれー。俺いまから寛治と遊びに行く約束あんだけどさー」
「遊ぶ約束? 随分と余裕があるのね。明日には自分が退学する可能性もあるのに」
「それは……もう何しても無駄だろうし、覚悟を決めたっていうか」
「そう。それはいい心がけだとは思うけれど、全員がそう割り切ることができているわけじゃないわ。これはクラス全員が聞かなければ意味のない話なのよ。協力してもらえる?」
堀北の呼びかけによって、教室内に異様な空気が流れる。
山内も、ここで無視して出ていくのは悪手だと理解しているのか、不満と焦りが混ざったような顔をしながらも、教室に残ることを決めたようだ。
それを確認して、堀北が話し始める。
「今日までの数日間、私なりにいろいろ考えたわ。この試験について。クラスの誰が残るべきで、誰が退学すべきなのか。そしてそれをどうやって導くのか」
「ちょっと待って堀北さん」
堀北の演説を制したのは平田。
「このクラスに退学すべき人なんていないよ」
「そうかしら」
「そうだよ。この40人、全員がこのクラスの大切な一員だ」
「私も好き好んで退学者を考えているわけじゃないわ。でも、この試験はそういう試験なのよ。明日になれば誰か一人が退学する。それに試験が発表されてから今まで、あなたは何もできなかった。それは、どうしようもないということを理解していたからではないの?」
「それは……」
平田もそれは理解している。
だからこそ、言葉に窮してしまう。
「話を続けさせてもらうわ」
その隙に、堀北が話を進める。
「私はずっと疑問に思っていたのよ。クラスの中で退学者を決めるのに、学校側から公式に話し合いの時間も設けられない。これでは、票のコントロールによって退学する生徒が決まってしまう。でも、これからのクラス間での競争を勝ち抜いていくのに、それは望ましくないことよ。もしかしたら優秀な生徒が退学になってしまうかもしれない。だからここで、私なりに考えた、このクラスで最も退学すべき生徒を名指しさせてもらう」
力強くそう言った。
なるほど、と思う。
昼休みの堀北の行動は、これにつながっていたのだ。
恐らく堀北は以前からこうすべきだとは思っていたが、一歩を踏み出す勇気がなかった。
しかし、昼休みの何らかの行動により、その勇気を得たわけだ。
「君にどのような心境の変化があったのかは分からないが、実に賢明な話だねえ。続けてくれたまえ」
そう言って堀北に乗っかったのは高円寺だ。
一方、平田は必死で流れを止めようとする。
「ちょ、ちょっと待って堀北さん」
「悪いけれど、今は私に話させて。きちんと理由は説明するわ」
「こんなのだめだよ。みんなを混乱させることにしかならない。僕は反対だ」
あくまで平田は認めようとしない。
しかし平田の旗色は悪い。
理路整然と話す堀北に対し、平田はなんの論理性もなくただ嫌だと言うだけ。これではまるで駄々っ子のようだ。
「意見を言う権利ぐらいあるだろ。まずは聞いてから反論しろよ」
須藤が堀北を擁護する声を上げる。
すると、高円寺もそれを後押しする。
「レッドへアー君の言う通りだねえ。わけの分からない理由で駄々をこねて、混乱を招いているのは君の方じゃないのかな?」
「そ、それは……」
再び言葉に詰まる平田。
「どうやら反論はないようだねえ。続けてくれたまえ」
「ええ。では言わせてもらうわ」
高円寺の言葉を受け、堀北は居直る。
そして、自分の席から教室前方の教壇へと移動した。
クラス全員に自分の話が伝わりやすくするためだろう。
ゆっくりと口を開く。
「私は今回の試験……山内くん、あなたを退学者に指名すべきと判断した」
ついに告げられた一人の名前。
「……は? ちょ、ちょっと待てよ! なんで俺なんだよ!」
名指しを受けた山内は当然反論する。
思えば、このような全体の場で、誰かが名指しされるようなことは初めてだ。
まあ、それも当然。クラスのほとんどの生徒はこの試験期間中、俺たち綾小路グループと同様に、目立たず、無難にやり過ごすことを心掛けていたはずだ。
「まずこの一年、あなたのクラスでの貢献度は極めて低いわ」
「は、そ、そんなことねえし!」
「あるわ。テストでは常に最下位争いよね」
「は、け、健だってそうだろ!」
学力という面で最初に名前が出されるのは、やはり須藤だ。
「それは以前までの話よ。彼は今回順位を大きく上げ、あなたよりも上位に立ったわ。それに、須藤くんの運動神経に目を見張るものがあるのは知っているでしょう」
「て、テストと運動だけで判断されるとかわけわかんねー! つ、つかよ、だったら寛治はどうなんだよ!」
次に、勉強や運動などでは山内と似たり寄ったりの池の名前が出てくる。
しかし堀北は、それも即座に否定する。
「学力と運動、という面で言えば、そうかもしれないわね。でも覚えているかしら。無人島で行われた特別試験、池くんのキャンプに関する知識がかなりクラスの助けになったわ。これからの学校生活でまた生きる場面が出てくるかもしれない」
覚えている。
川の水を飲料水として使う案や、焚火の起こし方。ああいった場面での池の活躍は見事だった。
「逆に聞くけれど、あなたが今までにクラスに何か貢献したことがあったかしら?」
「それは……で、でも、そんな奴たくさんいるだろ!」
「だから学力というわかりやすい基準を示したのよ。加えて、授業態度や遅刻欠席、日常生活での行動など、あなたを退学に指名する要因は多々あるわ」
「じゅ、授業態度と行動って、俺がなにかしたかよ!」
「そうね。直近で言えば先日、このクラスに事実無根の噂が流れたときかしら。あなたは1人、噂を面白がって騒ぎ、クラス内に混乱をきたした」
「あれは……」
「あの時は、いまあなたが名前を出した池くんに止められていたわね。その点でも、あなたと池くんの間には明確な差異が生じているのよ」
記憶に新しい出来事だ。
俺も堀北と同意見だ。池と山内との間に差が表れた出来事として、あれは強く印象づいている。
山内から名前を出された須藤と池は、非常に複雑な表情をしていた。
自分が堀北から名指しを受けなかったこと。しかし友人である山内が指名されたこと。そしてその山内が自分たちをやり玉にあげていること。
この3つを、心の中でどう整理していいかが分からないんだろう。
「じゃ、じゃあ高円寺はどうなんだよ! あいつもクラスに迷惑ばっかかけてんだろ! 俺はあいつみたいに試験をさぼったりしないぜ!」
山内はとにかく逃れようと、必死に誰かをやり玉にあげる。須藤、池ときて、次は高円寺だ。
「高円寺くんに迷惑をかけられているのは事実よ。でも、彼は確かな実力を持っている。少なくとも今回の試験で退学すべきではないわ」
「フッ、賢明な判断だよ」
高円寺はそう言って髪をかき上げ、いつものような不敵な笑みを浮かべる。当然と言わんばかりだ。
しかし、高円寺にもリスクはある。
それが分かっているからこそ、先ほどからこの堀北の演説に乗っかっているのだ。恐らく、堀北が自分を退学者に指名するはずがないということも想定済みだっただろう。
堀北は再び山内に向き直って、口を開く。
「そして山内くん、あなたにはいま、誰にも言えない後ろめたいことがあるはずよ」
「な、なんだよ。なんのことだよそれ……」
話題が切り替わったのを感じ取る。
「これは、私があなたを退学者に指名した決定的な理由でもあるのだけれど、ここで話してもいいかしら」
「だ、だから何だよそれ! 後ろめたいことなんかねえって!」
「そう、自分から話す気はないようね。なら、私から言わせてもらうわ。あなたは試験期間中、櫛田さんを使って、綾小路くんを退学させるためにクラスメイトに口利きをしていたわね?」
一気にざわめく教室。
クラスの半数以上の生徒は、清隆に批判票を集める計画について、櫛田から持ちかけられていた。しかし、櫛田のバックに山内がいたという事実は知らなかっただろう。
だが、堀北が告げた事実に最も驚いていたのは、綾小路グループのメンバー。
そして、平田だった。
「綾小路くんを、退学に……?」
彼らは、山内のことはおろか、清隆が退学の危機に瀕していたことも全く知らなかったのだ。
当然のことだ。綾小路グループのメンバーにこの話が伝われば、清隆にも瞬時に伝わる。
平田も、この計画を知れば猛反対していただろう。
「ええ。そうでしょう?」
堀北の呼びかけで、動揺を見せる多くの生徒。
それで平田も理解しただろう。
「そうか……それでみんな、あんなに落ち着いていたんだね……」
平田も教室の雰囲気の違和感には気づいていたようだ。
「ちょ、ちょっと待てって! 俺じゃないって!」
「では、誰がやったのかしら」
「し、知らねえけど……でも、綾小路に票を入れろって言われたんだよ!」
「誰から言われたの? あなたが主犯でないとしても、誰かから話を聞いたのは事実なんでしょう?」
「それは、だから、その……そう、寛治だ! 寛治に言われたんだよ!」
苦し紛れに池の名前を出した山内。
「は? いやいやいや、違うって……」
当然、池は否定する。
「では、あなたは誰から言われたの?」
「お、俺は……その、桔梗ちゃんに言われたんだよ。ある人が困ってるから、助けるために綾小路に票を入れてくれって……」
池が櫛田に言及し、櫛田の体が跳ねる。
「まさかあなたが主犯なの? 櫛田さん」
堀北の鋭いまなざしが櫛田を捉える。
「ち、違うの……私はただ、ある人に助けてほしいって頼まれて、それで……」
「そのある人、とは誰のことなの?」
「それは……」
櫛田は口をつぐむ。
だが、全員うっすらと理解はしたはずだ。
その「ある人」が山内であろうことを。
「一ついいか」
教室内に沈黙が流れる中、俺は挙手して発言した。
ここで俺が何かを発言するとは思っていなかったのか、堀北を含め、教室のほぼ全員が驚きを見せる。
「……何かしら」
「実は……それに関して、櫛田から相談を受けてた」
突然の告白に、ざわつく教室内。
「ちょっと待って。それは本当?」
「ああ。試験が発表されたその日に、電話で」
しっかりと通話記録も残っている。
「……頭の整理が追い付かないわ」
「ああ、俺もそうだった。相談を受けたときは山内の名前も清隆の名前も出されなかったし、なんで俺なんだって思ったよ。でも、いまになってやっと少し合点がいった」
「……どういうこと?」
「多分、櫛田自身にも罪悪感があったんだろ。清隆と仲のいい俺に伝えて、あわよくば、清隆が狙われていることに気付いてほしい、みたいな考えがあったんじゃないのか?」
顔を櫛田に向けてそう言ったが、本人は否定も肯定もしなかった。
俺はさらに続ける。
「あともう一つ。これは多分、話を持ちかけられたのが山内だったから、じゃないか」
「は、速野! だから俺じゃないんだって!」
「見苦しいよ。すでに君を除く全員が、君の仕業だと考えているんだ。今はスマートボーイのターンだ。邪魔しないでくれたまえ」
山内のわめきを高円寺が封殺した。
「それはどういうこと? 速野くん」
「つまり……この件に関して、山内がAクラスとつながりを持っていた、ってことだ」
俺がそう口にした瞬間、教室内の誰もが坂柳を思い浮かべたことだろう。
最近、山内と坂柳が頻繁に接触していることは全員知っている。
「ど、どういうことだよ春樹……お前まさか、坂柳ちゃんと……」
親友である池も、このような疑問を呈する。
「で、でたらめだ! どこにそんな証拠があるんだよ!」
「……確かに、決定的な証拠はないな。でも証言はある。『坂柳が山内を使って、Cクラスに何か仕掛けるかもしれない』って、藤野から忠告を受けた」
学年で、櫛田や一之瀬と肩を並べるほど信頼の厚い藤野。
当然、坂柳と藤野が裏で対立していることなど知る由もない。全員、Aクラスの中心人物の一人という理解だ。
そんな藤野からの証言。これはかなり効くだろう。
「山内から話を持ちかけられた段階で、多分櫛田は山内と坂柳のつながりにうっすら気づいていた。それで、その山内と同じく、Aクラスの生徒と強いつながりを持つ俺に相談してきた、ってとこじゃないか」
なぜ櫛田が相談相手に選んだのが、平田でもなく堀北でもなく、俺だったのかがこれで分かっただろう。
「あとは……怖かったんだろ。山内の裏に坂柳がいるんだとしたら、この話を断って坂柳を敵に回せば、自分が何かされるんじゃないか、って」
すると櫛田は、今度は小さく頷いた。
言うまでもなく、全肯定のサインだ。
この瞬間、櫛田は全てを認めたことになる。
山内が首謀者であることも。
「そ、そんな! 俺は……!」
山内は必死に弁明しようとするが、言葉は続かない。
「て、てか、Aクラスと繋がってるのって速野じゃんかよ! そっちはいいのかよ!」
「……」
おっと、今度は俺に飛び火してきた。
まあ確かに。そう言われればその通りなんだが。
しかし、ここは堀北が反論した。
「彼と藤野さんのつながりは入学直後からのものよ。その間、何か私たちのクラスに彼が悪影響をもたらしたことがあった? 成績は常に学年トップの上に、スキーの試験では15のクラスポイントをもたらしたわ。テスト前の勉強会で、彼の助けを借りた人も少なくはないはずよ。彼のクラスへの貢献度は非常に大きい。退学どころか、クラスに必要不可欠な存在よ」
ありがたいことに、堀北の中での俺の評価はかなり高かったようだ。
考えていた通り、実力ベースで見た場合の俺の退学リスクは低い。
再び、堀北が山内に向き直る。
「これではっきりしたわね。山内くん、あなたがこの件の主犯であるということが」
「ち、違うんだって!」
「速野くんの言った、あなたと坂柳さんがつながっているという話は私も知っていたわ。もしかしたら、あなたが喜んで協力する話もあったかもしれないわね。例えば彼女から交際の申し出でもあった、とか」
「うぐっ!」
山内の反応を見るに、図星らしい。
とは言っても、恐らくは山内がそう思っているだけ。思わせぶりなセリフの一つや二つでも言っておけば、山内は勝手に妄想を膨らませて勘違いするだろうからな。坂柳としても扱いやすかっただろう。
「クラスへの貢献度も低い。そのうえ、簡単にクラスを裏切ってしまう人。あなたが完全にAクラスの、いいえ、坂柳さんの手駒になってしまうのも時間の問題だったでしょうね。これが、あなたを退学者として指名する理由よ」
「なるほどねえ。自分の身を守るだけなら理解できないこともなかったが、このような下種な理由で敵であるAクラスに魂を売るとは、実に愚かな行為だ。堀北ガールの案に賛同しようじゃないか」
高円寺も全面的に乗っかる。
「春樹、お前……」
「ま、待てって寛治! 皆も! 俺は絶対裏切ってないんだって! 命にかけて!」
ここまで白日の下にさらされてしまっては、山内の言葉に重みはない。
命をかけると言っても、もう誰も信じないだろう。
「健! 何とか言ってくれよ!」
「……春樹……」
ここまで沈黙してきた須藤に泣きつく山内。
「俺は……やっぱ、春樹に退学してほしくねえよ……」
まずは友人として、素直な感情を吐露した。
「けど悪い……俺にはどうすることも、できねえ……!」
最終的に、須藤はそう判断した。
友人より、クラスを優先した。
非常に理性的な判断だ。
「決まりのようだねえ」
「ま、待てよ! あり得ねえし! つーか、馬鹿げてるって!」
「どう思ってくれても構わないわ。山内くんも、それ以外のみんなも。私のことが認められないなら、私に批判票を投じればいい。でも、私の考えは伝えた」
大々的に誰かを退学者に指名するのは、かなりのリスクを伴う。
その恐怖をはねのけ、ただならぬ覚悟を持って臨んだ堀北の、捨て身ともいえる一手だった。
「へっ、無駄だよ無駄! もうみんな、綾小路に入れるって約束してんだから! なあ!」
全方位から向けられる軽蔑の目をはらうようにして、山内はそう叫んだ。
しかし。
「……私……取り消す」
「え?」
うつむいていた櫛田が突如立ち上がって、言う。
「何も見えてなかった……綾小路くんに批判票を入れてって頼んで回ったの、全部取り消す!」
「そ、そんな! ひどいじゃんかよ! 約束破るなんて!」
「ひどいのは山内くんだよ……何か事情があって、Aクラスの子たちと協力してると思ってたのに……まさか、本当はこんなことだったなんて……!」
「な、だ、だからあれはでたらめだって! 信じてくれよお!」
その必死の訴えを素直に聞き入れる者は、もういない。
山内は、クラスで完全に孤立した。
これで、誰が退学するのか全くわからなくなった。
クラスメイトからすれば、櫛田の頼みだから清隆に批判票を入れようとしていただけ。櫛田がそれを取り消し、しかも背後にいたのが山内であることが発覚した以上、もはや清隆に票を入れる理由はなくなった。しかし、誰に批判票を入れるか決めあぐねていた人の中には、そのまま清隆に入れる者もいるかもしれない。
対して、山内にはかなりの数の批判票が入るだろう。仲のいい池や須藤を除けば、山内に批判票を入れない理由を見つける方が難しい状況になった。
堀北はどうだろうか。確かにリスクのある行動だったものの、結果として正義は最初から最後まで堀北にあった。評価が下がることはないだろう。
「私の話を加味した上で、誰に投票すべきか考えて。それでどんな結論に至っても……」
「……ダメだ」
堀北の発言を遮るようなその言葉。
誰が発した言葉なのかが分からず、教室を見渡す。
しかしそれはすぐに判明した。
直後に、平田が立ち上がったからだ。
「……何がダメだというの、平田くん」
「こんな形で、誰かを退学に追い込もうとすることだ」
「一体何を言っているの? この試験はそういう試験なのよ」
「ダメだ……僕は認めるわけにはいかないんだ。誰かに批判の矛先を誘導するなんてやり方は……」
その言葉は堀北だけでなく、自分に向けられているようでもあった。
「じゃあどうしろというの? 何かいい案があるなら聞かせてもらうわ」
「少なくとも、こんなやり方は最悪だ。絶対に容認するわけにはいかないんだ……」
「話にならないわ。あなたは―――」
ガンッ!
教室中に響く、無機質な音。
平田が、自らのこぶしを机に叩きつけた音だ。
その突然の音に、全員の心臓が跳ねあがった。
何よりこのようなことをあの平田がやったという事実を、頭の中で処理するのに時間がかかった。
対面する堀北も、一歩下がって話を聞いていた茶柱先生でさえも、動揺を隠せない。
「あ、あなた、何を……」
「僕は認めない……絶対に」
平田の裏ともいうべき場所に潜んでいた闇。それが表出した。
「……確かに今回の試験は非常に理不尽で、残酷なものだ。僕は未だに受け入れられずにいる。それでもどうにか黙認できる結末があるとすれば、それは誰にも操作を受けない、自然な形での投票だった」
「それは綺麗ごとよ。山内くんが櫛田さんに頼み込んで、櫛田さんが動いた時点で、実現し得ないことだわ」
「そうだ、それも最悪な行為だ。でも、こうして露骨にみんなに呼び掛けるのとは違う」
「いいえ、何も変わらないわ。私が今日ここで話をしなければ、山内くんによって誘導された投票の結果が出ていただけよ」
変わらないどころか、裏で動いて、自分は手を汚そうとしなかった山内の方がよほど悪質だという見方もできる。
「あなたの言う自然な投票を実現したかったなら、試験が発表された初日の時点で、山内くんの動きを止めるしかなかったのよ」
そんなことができるわけはなかった、と、「自然な投票」の不可能性を示した。
「……そうだね。もう取り返しはつかない」
堀北との会話の中で少しだけ正気を取り戻したのか、語気の粗さは解消されていた。
「だから僕は明日、堀北さんに批判票を投じることにするよ。望まない形を作り出した君を、僕は容認しない」
堀北との、明確な敵対の宣言。
やはり、まだ普段の冷静さとは程遠いようだ。感情だけで思考している。
いや、そうせざるを得ないのだ。
理詰めで考えていけば、平田は必ず自らの矛盾にぶつかってしまう。
そのため論理的な思考を捨て、感情で動くしかなくなっている。防衛機制のようなものだ。
「ええ。好きにして」
既に腹をくくっている堀北は、平田の言葉を正面から受け止めた。
「いいか堀北」
「はい。私の言いたいことは全て言い終えました」
「そうか」
それまで端から話を聞いているばかりだった茶柱先生が、ゆっくりと教卓へと戻り、口を開いた。
「今回の試験を非情だ、理不尽だと思う生徒がほとんどだろう。いや、今回だけじゃなく、今までにお前たちに課した試験も、学校からの嫌がらせのように思ったかもしれない。だが、ここは腐っても教育機関だ。全てのカリキュラムは、お前たちを成長させ、将来の日本の未来を担うのに十二分な能力を身に着けさせるように設計されている。追加、と銘打ったこの試験も例外ではない。社会に出れば、組織に不要な人間を切り落とさなければならない場面に出くわすだろう。そのことを頭に入れておけ。本来であれば、教師である私が口をはさむことではないが……敢えて言うならば、この話し合いは、非常に有意義な時間だったと考えている。全員よく考え、明日の投票に臨むことだ」
そう言い残し、茶柱先生は教室を後にした。
あとに残ったのは、総勢40名、一人も欠けることなく揃った1年Cクラスのメンバー。
静まりかえった教室。
居心地を悪くした山内が教室を飛び出していったのを皮切りに、一人、また一人と、教室を出て行った。
オリ主の干渉により、原作とは流れが少し異なっています。