実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
たったいま、よう実2年生編2巻発売延期のニュースを目にしまして……非常に残念ですが、昨今の情勢から仕方ありませんね。
延期の間、私の拙作が皆さんのよう実ロスの軽減に少しでも役立てば幸いです。
1
「説明してもらえる? 櫛田さんから相談を受けたって」
放課後、カフェでの綾小路グループの集まりに参加した俺は、愛理、清隆を除くメンバーから追及を受けていた。
「落ち着けって……教室で言った以上のことは何もない。クラスで誰か一人を退学に追い込もうと頼み込まれた、って、それだけだ。山内の名前も、もちろん清隆の名前も出なかった。話を共有しなかったのは悪かったとは思うが、それは櫛田に秘密にしてくれって頼まれたからだ。クラスで大きな力を持つ櫛田を敵に回すことだけは避けたかったんだ」
櫛田の根回しの威力をもろに受けた人物が、俺の隣に座っている。
櫛田を敵に回していたらどうなっていたか、想像するのも恐ろしいというものだ。
「相談にはなんて答えたんだ?」
「個人的な考えは伝えた。クラス間競争のことを考えるなら、実力で判断したほうがいい、ってな。矛先が俺じゃないと嬉しい、とは言ったが。まさか、ターゲットが清隆だったなんてな……」
「ってことは、止めはしなかったんだな」
「無理やり止めるのも変だろうと思ったんだ。それに、徒党を組んで試験に臨もうとしていたのは、俺たちだって同じことだからな」
自分がそれをしているのに、櫛田を止めるのでは理屈が通らないということだ。
啓誠は何やら考え込んでいる様子だが、どこをとっても、俺の話に矛盾点は見つからないはずだ。
それもそのはず。
これは、初日に櫛田が山内に票の誘導を持ちかけられたことを俺に報告してきてから作り上げた、一つのシナリオだからだ。
清隆なら、何らかの方法で自らの退学の危機を悟り、そしてそれを拭おうとしてくる。
恐らくその情報源は軽井沢だろうが……いまはその話はいい。
退学を阻止する方策として、山内のやったことを全て晒す可能性が高いと踏んでいた。
そうなった場合、櫛田がクラスメイトから余計な不信感を持たれる恐れがあった。
それでは困るのだ。櫛田には俺の手札として動いてもらうために、常にクラスメイトから全幅の信頼を置かれる存在である必要がある。
そのために、先ほどのようなシナリオを作り上げ、櫛田は様々な方面から動きを制限され、山内の申し出を受けざるを得なかったんだ、という「被害者感」を演出した。
さらに話の中で、山内のAクラスとのつながりを出し、堀北の責める矛先を櫛田から逸らさせた。
俺があの場でわざわざ発言したのは、これが狙いだった。
それに、あの話は全てが嘘というわけでもない。事実も多く含まれている。
俺と櫛田が口裏を合わせてさえいれば、全てのつじつまが合うように作られた筋書きだ。
「いや、悪いな知幸。別に疑ってるわけじゃないんだが」
「別にいい。こっちこそ、目立たず騒がず、って方針だったのにあんなことして悪かった」
「あの場ではああするのが正解だったと思うぞ」
そう言って俺を擁護したのは、件の人物、清隆だった。
そんな清隆の様子に、明人がため息を漏らす。
「清隆、お前自分が退学になるところだったってのに、なんでそんな落ち着いていられるんだ」
「そう見えるか? 表情に出てないだけで、内心は不安でいっぱいだ。でも、こればかりは自分ではどうしようもないことだからな」
清隆はそう言うが、果たしてどうだろうかね。
昨夜、清隆が櫛田に電話をよこしたことは、櫛田からの報告で把握している。
櫛田曰く、清隆は自分が退学候補者であることを知っていた、と。
こいつがただ情報を入手するだけとは考えづらい。
それを利用し、すでに自分が退学を回避する策を打っているとみるべきだ。
その策の表出が、先ほどの堀北の演説だとしたら。
今のこいつのセリフの捉え方も、全然違ったものになってくる。
「実際のところ、清隆にはどれくらいの批判票が集まるんだろうな?」
「どうだろ? 堀北さんの話を聞いて、かなり減ったとは思うけど」
「それでも、池や須藤、それに本堂あたりの山内と仲のいいやつらは、入れてくると思った方がいい。多く見積もって7票くらいだな」
「女子の方はどうなんだ?」
「うーん……堀北さんは間違いなくきよぽんに賞賛票入れるんじゃない? あとは……正直わかんない。愛理はどう思う?」
「私は……佐藤さんと軽井沢さんは入れない、んじゃないかな」
「どうして?」
「えと、その、なんとなく、だから……」
「女の勘ってやつね」
「あてにはならないな」
バッサリと切り捨てる啓誠。
「そうでもないかもよ? 案外当たってると思うし。ほかならぬ愛理が言うんだから」
「ほかならぬ愛理ってどういうことだ? 佐藤はまだ分かるとしても、軽井沢は分からないだろ」
「いいからいいから。その二人は除外してオッケーってことで」
清隆と軽井沢が何らかの形でつながっていることを知っている俺としては、啓誠とは真逆だ。
なんでそこに佐藤が入ってくるのかが理解できない。
まあ、今はあまり考えなくてもいいか。あとで誰かに聞けばいい。
「まあ、いま名前が出た3人以外がきよぽんの名前を書く約束を律儀に守ったとしても、同時に山内くんの名前も書くんじゃない? 山内くん、あんまり好かれてないし」
「同感だ。山内の名前を書かない理由が見つからない状態だからな。それにその他大勢の生徒としては、取りえず退学候補者の名前を並べて書いておけば、自分は安全だ」
そう。それがこの試験の事実上の肝だ。
誰を退学させるか、ではなく、いかにして自分が退学にならないか。
裏を返せば、退学するのが誰であっても、自分でなければそれでいい。
退学するのが山内だろうが清隆だろうが、そんなものは些細な違いだ。
「私たちは誰に批判票を入れるべき?」
「そりゃ、山内だろ。そうすべきだ」
「1票はそうするとしても、他の2票はどうする?」
「山内の味方をする奴らに入れるか……もしくは、適当に散らすかだな」
「え、どうして?」
「退学者を山内一本に絞るためだ」
それもいい。
クラス内のどの生徒も、山内より退学すべきといえる人物ではない。
下手に池や須藤に票が集まってしまうと、この二人が退学になってしまう可能性もある。実際、この二人の点数は低くなるだろう。決して最下位にならないよう、注意して投票する必要がある。
そのため、例えば……そう、松下なんて、この場合の批判票の投票先として適任じゃないだろうか。
松下は今まで、非常に無難に学校生活を送っている。多くの賞賛票は入らないかもしれないが、同時に批判票もほとんど入らないだろう。退学リスクの低い生徒の1人だ。俺の批判票が1つ入ったからといって、進退に影響することはない。
「あとの二つは、わざわざグループで決めておかなくてもいいんじゃないか。投票するときにその場で考えればいい」
俺はそう提案した。
松下という具体的な人物まで考え付いたものの、まだ誰に票を入れるか決めたわけじゃない。
山内を切り捨てる、ということだけ共有しておけば、あとは個々人の好きにすればいい。
「そう……だな。無理に一致させる必要もないか」
「だね」
グループ内のコンセンサスが取れ、俺の提案通り、残り二つの批判票は自由枠ということになった。
その後はグループ内で誰が誰に賞賛票を入れるか、その票数と投票先の調整を行い、カフェを後にした。
2
カフェからの帰り道。
俺たちは、無表情でベンチに座り込んでいる平田を視界にとらえた。
「やっぱり、かなり精神的にこたえてるみたいだな」
誰の目にも、それは明らかだった。
今の平田がまとっている雰囲気には覚えがある。
無人島試験最終日の前日。ベースキャンプで火の手が上がったのはよく覚えている。
下着泥棒の件もあり、クラスメイトの間で罪の擦り付け合いが始まって収拾がつかなくなった。
その時の平田と似ている。
「少し、話してみる」
そう言って平田のいるベンチへ歩き出そうとしたのは、清隆だった。
「やめとけよ。いまはそっとしといた方がいいぞ」
「かもな。でも、ちょっと気になることがあるんだ。先に帰っててくれ。話すなら一人の方がいいと思う」
明人の制止には従わず、清隆は平田の元へ向かっていった。
「……なんだろ、気になることって。ともやん分かる?」
「分かるわけないだろ。でもそれとは別に、俺も少し気がかりな部分はある」
「え、なにそれ。聞かせてよ」
波瑠加が食いついてくる。
「もしかしたら、平田は自分に批判票を入れるように呼び掛けるんじゃないか、ってな」
そう言うと、全員一度驚きの表情を見せたが、すぐにどこか納得したような顔に変わった。
「なるほど、あり得るな」
「で、でも、そんなことになったら……」
愛理が心配そうにつぶやく。
「そんなに心配はいらない、というより、皆が同じ心配をするだろうな。もしこのクラスから平田がいなくなったら、と。だから多分、平田に批判票が集まることはないと思う」
啓誠の推理は恐らく正しい。
平田は間違いなく、クラスにとってなくてはならない生徒。本人が退学を望んでも、周囲がそれを望まない稀有な存在だ。
とはいえ、絶対ではない。現時点では。
今日の夜、そして明日になれば、その可能性は限りなくゼロに近くなっていることだろう。
先ほど、なぜか平田の姿をカメラで撮影していた清隆の尽力によって。
俺は清隆が平田の隣に腰掛けたところでそこから目を切り、4人に歩幅を合わせて歩く。
「あの……気にするほどのことじゃない、かもしれないけど……」
少しして、愛理が遠慮がちに発言した。
「堀北さんは、どうやって山内くんの件に気が付いたのかな、って思って」
……愛理はたまに鋭いところがある。
確かに、端から見れば不可解だ。
教室内の反応からして、堀北がこの件について知っていたのは完全に予定外のことだった。
話を共有する枠組みの中に、最初から堀北は入っていなかったということだ。
となると、正規のルートからの情報ではない。
「うーん、誰かは分かんないけど、きよぽんが退学になるのが嫌だった人が堀北さんに話したんじゃない?」
「となると、佐藤とかか?」
「さあ……?」
その可能性も否定はできないが、俺の考えは違う。
山内の件が堀北の耳に入ったのは恐らく、今日の昼休み。
先ほどの演説での口ぶりからして、堀北は元々山内が退学すべき存在だと結論付けていたはずだ。そこに山内とAクラス、坂柳がつながっているとの情報が舞い込み、自説の補強に使用した、ってところだろう。
ここからは俺の憶測にすぎないが、情報の流れは、恐らくこうだ。
まず、清隆を退学させるという話が軽井沢の耳に入る。
そして、軽井沢から清隆へと情報が渡る。
その後、山内が首謀者であるという話が櫛田から清隆へ伝えられた。
清隆はそれらの情報を、十中八九、堀北先輩に伝えたはずだ。
そして今日の昼休み、堀北兄から堀北妹へと話が伝わった。
短時間で堀北にあれほどの変化を与えられる人物は、堀北先輩しかいない、という何とも脆弱な根拠だ。
推測に推測を重ねているため、かなり精度の低い憶測になってはいるが、こう考えるとすべて綺麗に片付く。
気の毒ではあるが、この4人がその真実にたどり着くことは不可能だ。
3
日付が変わるまであと30分ほどというところ。
俺はある人物に呼び出しを受けていた。
本当はもっと早い時間に会う予定だったが、俺が頼んで時間を遅らせてもらった。
場所は、寮の奥にあるバスケットコート。
「悪い、待たせたな須藤」
「あ……ああ」
俺を呼び出した相手、須藤健は、バスケットボールを持ち、フリースローラインにたたずんでいた。
「……どうした?」
俺は呼び出された側。つまり、話があるのは須藤の方のはずだが、話始める様子が一向にない。
すると、須藤はドリブルをはじめ、綺麗なフォームでレイアップシュートを決めた。
速く、そして高い。
夏に一度須藤のプレーは見たが、さらに上達しているのが目に見えて分かる。
肌寒いこの時間、この場所でこれほどの動きができるということは、コンディションを整えればさらにいいプレーができるということだ。
やはり、こいつの身体能力は末恐ろしい。
すると突然、須藤はボールを俺にパスしてきた。
これは……シュートを打て、ってことか。
要求通り、俺はスリーポイントラインからシュートを放つ。
ボールは放物線を描き、ガツン、とリングに当たる。その後リングに2度、3度とバウンドし、最終的にはゴールが決まった。
「……綺麗な決まり方じゃなかったな」
「何言ってんだよ。十分だぜ」
「……そうか」
意外だった。
だっせー、とか、綺麗に決めろよ、とかそんな言葉をかけられるかと思っていたが。
これも成長、か。
少し感心していると、須藤は覇気なく、小さくつぶやいた。
「なあ……俺はどうすりゃいい」
「は?」
「決まってんだろ。明日の試験のことだよ」
ジャンプシュートを決めつつも、須藤の表情は困惑に染まっていた。
想い人である堀北は、山内を退学させたがっている。
しかし、自分は友人である山内を失いたくない。
その葛藤に苛まれている。
「……春樹の奴が悪いのは分かってんだ。でも、これでもダチだ。簡単に切り捨てるなんてできねえ。できねえけど……」
「気持ちの整理がつかない、か」
「……ああ」
須藤からパスを受け取り、スリーポイントシュートを放つ。
今度は綺麗にスパッとリングを通過した。
こいつの場合、自分がだれに投票したかは分からない仕組みだ、とか、みんな仲いいやつと固まって賞賛票書き合ってるはずだ、とか、そういった声かけは意味をなさないだろう。
山内への友情。そして堀北への恋心。誤魔化しのきかない、二つの矛盾した感情がぶつかっている。
山内を取れば、堀北を裏切ることになる。堀北を取れば、坂柳を追いかけてクラスを裏切った山内と同じ穴のムジナになる。
「残酷な言い方をするようだが……クラスのことを考えるなら、山内を切ってしまった方がいい、ってのは分かってるのか?」
「……ああ」
ならいい。十分だ。
せっかく頼られたんだ。
一応、答えは示しておこう。
「なあ須藤。もし山内がこの試験で生き残ったとして、山内はどうすると思う? 反省すると思うか?」
「……する、んじゃねえのか」
「一時的にはそういう素振りも見せるだろうな。だが、山内が坂柳とのつながりを絶つと思うか? 山内は坂柳にいいように利用されてるってのは、お前にも分かるはずだ。でも、山内はその現実を見ようとしない。坂柳は自分のことが好きだから近づいてるんだ、って呪いをかけるかのように自分に言い聞かせてる。そんなことしてたら、いずれまた同じようなことをやらかすと思わないか?」
「……」
須藤は答えない。
しかしこう思ったはずだ。
山内はまたやらかすかもしれない、と。
「あいつも別に、クラスに迷惑かけたいって思ってるわけじゃないだろうけど……女子が絡むと、優先順位がおかしくなっちまうんだよ、たぶん」
「そう……かもしれねえ」
「だからある意味、あいつも苦しんでるんだよ」
「……」
「山内を坂柳から引きはがして、呪縛から解放してやる。これも友人の仕事じゃないか、須藤」
「……」
「生き残らせることだけが全てじゃない、と俺は思う。お前と山内の友情が本物なら……決断すべきじゃないか」
変わらず、黙り込む須藤。
しかし、一呼吸ついて、意を決したように口を開いた。
「……かも、しれねえな」
須藤は、ついに決断した。
「あんがとよ、速野。なんとか気持ちの整理がつきそうだぜ」
「……そうか」
どこか晴れ晴れとした表情の須藤を見て……俺は少し、申し訳なく思った。
「っと、やべえやべえ。早く帰って寝ねえと、明日遅刻しちまうぜ。じゃあな速野」
「……ああ。また明日」
バスケットボールを右脇に抱え、須藤は寮へと走っていった。
「……俺も帰るか」
これ以上、このコートにいても何もすることはない。ただただ肌寒いだけだ。
「……やってることは、坂柳とあんま変わんないよなあ」
寮への道を歩きつつ、独り言をつぶやく。
須藤の葛藤は、理屈でどうにかできるものではなかった。
自分では誤魔化しきれない、いや、須藤にとっては誤魔化すわけにはいかない二つの感情、そしてその矛盾。
それを解消するためには、自身が誤魔化されたことに全く気付かないように、須藤を丸め込めばいい。
解決すべきは、須藤の内部の感情だけだ。客観的に見ればただの誤魔化しでも、須藤自身がそれに気づかず、納得してしまえばそれで解決だ。
以前の須藤であればこうはいかなかっただろう。
自分さえよければそれでいいとしか思っていなければ、山内が退学になってしまうのが嫌だ、という個人的な感情だけで動く。
しかし、今の須藤は違う。曲がりなりにも、相手の立場に立って物事を考えることができるようになっている。
須藤は山内のためを想えばこそ、山内の退学を受け入れられずにいた。
しかし、山内にとっての幸せは、この試験で退学してしまうことであると須藤に植え付ければ、そんな葛藤は消えてなくなる。
山内の退学が山内のためになるなら、堀北のこともクラスのことも綺麗に片が付く。
こうして須藤は、俺の用意した「山内の退学」を正当化する屁理屈をまんまと採用してしまった、というわけだ。
「呪い」だの「呪縛」だのとインパクトの強い言葉を使ったのも、須藤の心理を誘導しやすくするため。
ひどい言い方になるが、須藤レベルの思考力であればこれで十分だ。
それにしても、こんな形で須藤から相談を受けるとは思わなかったな。呼び出しの電話をもらった時はかなり驚いた。
相談相手に俺を選んだ理由は、間違いなくバスケだろう。
バスケを交えながら考えた方が、気持ちの整理もつきやすいと思ったんだろうな。
狙いは悪くない。
「……あと2年間、もつかねえ」
今のペースで須藤が成長を続ければ、今日の俺のまやかしにいずれ気づく時が来るだろう。
そして俺の口車に乗って友人を見捨ててしまった自分を責め、こんなことをした俺を恨むかもしれない。
その時が、高度育成高等学校の在学中でないことを祈るばかりだ。
超久々のバスケ要素。最近何かと持ち上げられがちな須藤を添えて。
須藤が他人の立場に立って考えられるようになったのは、堀北という他人のことを四六時中考えているからかもしれませんね。あると思います。