実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
1
その日の放課後。
Dクラスの生徒たちは、常々とは違う行動を取っていた。
いつも放課後にどこに行って遊ぶかを相談している連中は、平田の開く話し合いに参加するために席についている。
いや、そもそもそういった生徒にはポイントなんて残っていないだろう。
遊びたくても遊ぶ金がない。少なくとも1ヶ月間、我慢と禁欲の地獄生活が、彼らを待ち受けている。
ほんと節約しといてよかったー……おかげですぐに金欠になることはなさそうだ。
でもやっぱり、新しいポイントが入らないってのはちょっと辛いものがあるな。
一応予想していたシナリオの一つとはいえ、俺だって本気で考えていたわけじゃない。
そんなことあるわけないよな、ははは、程度のものだったのが、現実になってしまった。
まあ俺の場合「金」を使わない生活にはすでに慣れてるし、現時点ではあまり心配はしていない。
しかし普通は、1か月間ゼロポイントで生活するなんて考えられないだろう。教室を見渡していると、どうやらクラスメイトからポイントを貸してもらおうとする人もいるようだった。
たとえば、山内は綾小路にゲーム機を売りつけようとしている。絶対売れないだろうなあ。綾小路がゲームしてる姿なんて、ちょっと想像がつかない。
また、軽井沢に関しては「あたしたち、友達だよね?」という言葉を使い、確実に返すつもりがないであろうポイントをいろんな人から借りていた。
そろそろ話し合いが始まりそうなのを予期して、俺は1人で教室を出る。
その時、校内放送のピンポーンという音が校舎に鳴り響いた。
『生徒の呼び出しをします。1年Dクラス、綾小路清隆くん。1年の綾小路くん、茶柱先生がお呼びです。職員室までお越しください』
山内のゲーム機の押し売りを追い返し、櫛田と話していたとみられる綾小路に、哀れみの感情を含めた視線を送る。向こうは「そんな目で見るなら助けてくれ」とでも言いたげな表情だ。
だが俺にはどうしようもない。悪いな。
やはり綾小路は、自身の言う事なかれ主義という生き方が板についていないように思える。
どちらかというと目立ちたくない主義、という方がしっくり来る気がした。
なんで目立ちたくないのかは知らないが、その努力は身を結び、クラスでは地味で取るに足らない生徒、という評価が下されていた。小テストの点数も、ちょうど半分にあたる50点。平均をかなり下回る結果だった。あいつそんな頭悪そうには見えなかったんだけどな……
そんなことを考えながら、気を取り直して歩き出そうとした。
「ねえ、速野くん」
しかし誰かに呼ばれ、再び足を止めることになってしまう。振り向くと、後ろに立っていたのは櫛田だった。
「本当に参加してくれないの?」
少し不安げな表情を浮かべ、こちらを見上げる櫛田。
「ああ、悪いな」
「……そっか。うん。ごめんね? 急に呼び止めて」
「いや、いい。じゃあ、話し合い頑張ってくれ」
「うん、ありがと」
そう言い残して、俺は今度こそ、今度こそDクラスの教室から離れた。
俺が話し合いに乗り気ではなかったのは、堀北が断った理由とは厳密には違う。
あいつはバカが何人集まっても意味がないと言っていた。
対して、俺は話し合いそのものに意味がないとは考えていない。
話し合いで決まることが大体予測できるからだ。
一つ予言しておくと、この話し合いでは、授業中の私語を止めること、遅刻欠席を止めること、授業中、携帯の電源は切っておくことなどが提案されるんじゃないだろうか。
さらに言えば、中間テストに向けての提案として、勉強時間を増やすこと。もしくは、自分たちで勉強会を開くことなんかも可能性としてはあり得る。
そして学校に対する姿勢として、先生の話をよく聞き、疑問に思ったことはすぐに質問するよう意識することも、平田あたりは考えていそうだ。
だが、ポイントの増やし方が不明である以上、それは根本的な解決にはならない。そんなことは誰でも分かっている。
だからこの話し合いの目的は、解決ではなく、解決の糸口を掴むこと。
そしてもう一つ、クラス全体の意識や雰囲気づくり、一致団結のある種の儀式としての意味合いも強いだろう。
そういや堀北のやつ、今日はやけに早く教室出てったな。
2
「たうあ!?」
「どうした綾小路、私語か?」
「い、いえ、ちょっと目にゴミがですね……」
何やってんだこいつ。
そう思って後ろを見ると、堀北がコンパスを筆箱にしまっているのが見えた。
「……」
俺はガタガタと震え上がりながら、授業を終える羽目になってしまった。
衝撃的な始まりで迎えた、皐月5月。そこから1週間ほどが経過したある日。
茶柱先生の指摘以降、Dクラスの生活態度は劇的に改善していた。悪態をついていた須藤も、なんだかんだで改善はしてきている。授業中普通に寝てるけど。
昼休み、昼食のために各々教室から出てこうとしていたところで、平田が立ち上がった。
「茶柱先生の言っていた中間テストが2週間後に迫ってる。そこで、僕たちで勉強会を開こうと思うんだ」
それは平田からの提案だった。予想的中だ。やったね。
俺もしかしたら占い師とか向いてるかも。
「今日の5時からテストまでの間、毎日2時間、この教室で勉強会を開くことなった。途中で帰ってもかまわない。でも、出来ることなら是非参加してほしい。僕からは以上だ」
平田が座ると、須藤、池、山内を除く赤点組や、平田目当ての女子がこぞって平田の元に駆け寄った。
一番参加しないといけないのって、その3人なんだけどなあ……
そんなことを考えながら、いつもの通りに弁当箱を広げようとしたところ、堀北の声が後ろから聞こえてきた。
「あなたたち、お昼暇かしら?よければ一緒にどう?」
俺が振り返るが、特に堀北は違和感を見せない。呼びかけられたのは俺と綾小路で間違いないだろう。
「急にどうしたんだ? 怖いぞ」
「怖がる必要はないわ。山菜定食で良ければ奢らせてもらうけど」
「お前それ無料のやつだろ……」
「冗談よ。ちゃんと奢ってあげるわ。好きなものを食べて構わないわよ」
「……やっぱ怖いな。何か裏があるんじゃないだろうな?」
綾小路が疑いの視線を堀北に向ける。
しかしその視線を躱して、堀北は言った。
「人の好意を素直に受け取れなくなったらおしまいよ?」
「まあ、確かに……」
俺はそもそも堀北に善意が存在したことに驚きなんだが、綾小路は行く方針で固まったようだ。
「悪いが俺はパスな。弁当持ってるし」
「そう。残念ね。たまには少し高いもの、食べたくならない?」
「今日は随分食い下がるな、堀北。一度断ったあと、もう一度同じ提案される不快感は知ってるだろ?」
俺は実際に堀北が嫌がっているところを、櫛田の件と平田の件の二度目撃している。
そう言うと、堀北も諦めて引き下がり、綾小路と2人で食堂に向かって行った。
……カッコつけて啖呵切ってはみたものの……本当はあの日の生姜焼き定食、改めてちゃんと食いたかったなー……
3
放課後を迎えた。
さっさと帰ろう、と早々に帰り支度を済ませ、教室を出ようとしたところで声をかけられる。
なんか毎日声かけられてる気がする。この世界は俺に素直に帰宅させたくないの?
「速野くん、少しいいかしら」
「今度はなんだ。昼といい今といい、ちょっと不自然だぞ」
「あなたは私の自然を知っているとでも言うのかしら?」
「……まあ、そりゃそうか」
同じクラスとは言っても、こいつと過ごしている時間は1ヶ月。
他のクラスメイトより話す機会が多いとはいえ、関係は希薄。それだけの期間で1人の人間を理解することなんて不可能だ。
「で、要件は?」
「歩きながら話すわ」
どうやらすぐに話すつもりはないらしい。歩きながら、となると、寮まで一緒に帰ることになりそうだ。
こいつと帰宅すること自体は2回目だが、教室から、というのは初めてだ。
てか、教室を誰かと一緒に出たことそのものが初めて。廊下を誰かと歩くというのは少し新鮮な感じがする。と同時に、俺がどれだけDクラスに話せるやつがいないかがうかがえると思う。
俺と堀北の身長差は大体20センチほどだ。それだけ歩幅も違ってくる。俺は特に気にせず歩いているが、堀北も文句は言わずについてくるので、これからも配慮の必要はなさそうだ。
学校から出て数分歩いたところで、堀北が言った。
「用件を言うわ」
「ああ、やっとか」
続きの言葉を待つが、堀北は何か迷っているのか、少し間が生まれてしまう。
だがそれも数秒の間で、決心したようだ。
「……今日の夜、私の部屋に来て」
ポク・ポク・ポク・チーン。
「……うん?」
「聞こえなかったかしら。今日の夜私の部屋に来なさいと言ったのよ。夕飯、こしらえてあげるわ」
「……うん?」
びっくりして、1回目と同じ反応をしてしまった。
「馬鹿なの?」
「いや、言ってる意味は分かる。わからんのは行動の意味だ。俺を部屋に呼んで、飯を食わせてどうする。餌付けでもするつもりか?」
「餌付けしても私が迷惑なだけよ。それにさっき、あなたも聞いていたでしょう? 人の好意は素直に受け取るものよ。スペシャル定食を食べて、綾小路くんは美味しそうな顔をしていたわ。たまにはこういうこともやってみるものね」
「……」
あ、怪しい、猛烈に怪しい……こいつが何をするつもりか知らないが、ひじょーーに嫌な予感がする。
脳内では、これは地雷だと言い張る俺と、ほらほら、女子の手料理だぞ?と誘うもう一方の俺がせめぎ合っていた。
この脳内の戦いは、しばしば「天使と悪魔の戦い」なんて表現されるが、この場合はどうなるんだ……?
一方が悪魔なのは確定だとして、もう一方は天使じゃないだろこれ。まあいいや。考えは理性的だし人間ということにしよう。
そして、生身の人間と悪魔が戦って、人間に勝ち目があると思うか?
答は否だ。
「……わかったよ。ただ、飯作ってくれるなら俺の部屋にしてくれ」
俺の部屋なら、材料は俺の部屋のものを使うことになる。期限ギリギリの材料を今日の夕飯と明日の昼飯に使って、明日買い足すつもりだったのだ。堀北の部屋で食ったら、1日ずれて材料が無駄になってしまう。
「それで構わないわ」
こちらの意図を汲んだのかはわからないが、ひとまずの了承をもらい、堀北に俺の部屋の場所を伝えてエレベーターの中で別れた。
4
「……どうしたの?早く食べないと冷めるわよ」
「あ、ああ……」
俺は今、崖っぷちに立たされている。
堀北は約束通り、俺に夕飯を作ってくれた。白米に味噌汁に煮付け。ザ・和食という感じのメニューだ。俺的にもありがたかった。おそらく、賞味期限ギリギリの材料を使い切ることのできるメニューを考えて作ったんだろう。
手際もよく、いい匂いが俺の食欲を刺激した、まではよかったんだが……
まず、用意された飯が俺の分だけで、こいつはただ見てるだけっていうこの状況が気まずいっていうのと……なんかこう、ここでいま、俺の箸に挟まっている大根の煮物を口に入れた瞬間、俺の中で何かが終了する気がした。
だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
覚悟を決め、口に入れる。
うん、出汁がきいてて美味い。口の中に広がる味わいが「早速だけど、話を聞いてもらえるかしら」
「……」
俺の脳内食レポを遮って、堀北が言った。
やっぱり地雷だった……あの時のバトルは人間が正しかったんや……
「なんとなくこうなるのは知ってた……で、お前の本当の要件はなんだよ」
「潔いのは良い心がけね」
そう言いながら、話を始める。
なんでそんな上から目線なんですかね……
「Dクラスの態度は改善傾向にあるわ。でも、それはマイナス要素を削れただけ。ポイントを増やしてAクラスに上がるためには、プラスに持っていかなければ意味がない。そのためには、中間テストで結果を出すことが、間違いなく鍵になってくる」
さらっとすごいことを言ってくる。Aクラスに上がる、という目標をこいつは掲げているらしかった。
そういやこの前、この状況を受け入れられない、とか言ってたな。
自分がDクラス評価を受けたことに合点がいっていないのだろう。
「まあ、直近でいえばそうだな。平田も動いてた。5時から毎日2時間って言ってたから、今もやってるんじゃないか?」
平田の求心力は並ではない。参加率は高そうだ。
「ええ。でも、平田くんのところにも、全員が参加しているわけではないわ。特に赤点組のあの3人、最も参加しないといけないのは彼らのはずなのに……これは非常に大きな問題よ」
結局参加してないのか、あの3人。
後でちゃんと参加してくれれば……と考えていたが、参加していないらしい。考えが甘かった。
ここまでの堀北の話や口ぶりを総合して判断してみる。
「……で、つまりお前は自分で須藤たちのための別の勉強会を開くってことか?」
「物分かりがよくて助かるわ。概ねそういうことよ」
「なるほど……いやいややっぱりなるほどじゃない。なんでお前が進んでそんなことするんだ? お前、そんなボランティアみたいなことする善良な人間だったっけ?」
「それは喧嘩を売っているのかしら……? 私はあくまでAクラスに上がるため、自分のためにやっているだけ。勘違いしないで」
「……」
決して須藤たちのためではない、か。
こいつの場合、アニメでよくある「ツンデレ」とかいうパターンもなさそうだし、多分本気で言ってるんだろう。
「お前昼休みに綾小路とその話してたのか。で、奢られた飯のためにあいつは従わざるを得なかった、と」
そういえば昼休みの終わり頃、綾小路が須藤と池に話しかけているのを見た。これに関連したことだったんだな。
「で、どうなのかしら。私が言いたいことは分かるわよね?」
堀北の要求は、おそらくその勉強会に協力すること。それは半ば脅しに近いものだった。
料理、食べたわよね?と目で圧力をかけてくる。
だが、俺は悪あがきをやめない。
「ちょっと待て。綾小路が協力したんだろ?ならそれで十分じゃないのか」
「彼の役は、あの3人を勉強会に参加させることよ。あなたに命じるのはそれとは別。私と一緒に、彼らに勉強を教える役よ」
「命じるって、もう上司気分かよ……」
嫌味のつもりで言い返す。またどんな言葉が返ってくるのか、と身構えていたが、この時、堀北の雰囲気からいつもの強気な態度が消えていた。
「……それ、逆に聞くけれど嫌味のつもり?」
「は?」
「小テストの結果、90点で同率2位だった私と、『満点一位』を取ったあなた……どちらが教えるのに適しているかくらいは、理解しているつもりよ」
「……」
堀北の悔しそうな表情。前は焦った表情も見せてたな。入学当初から堀北=鉄仮面みたいなイメージ持ってたが、そうでもないらしい。
それはさておき、今はこの話を受けるかどうか……でも、俺もこいつの手料理完食しちまったし、美味かったし、何ならちょっと餌付けされてもいいかなーレベルで……いや最後のは流石に言いすぎた。
しかし、断る理由は特に見つからなかった。俺自身、須藤たちが赤点を回避し、この学校に残った方が俺らにとってプラスになるだろう、と踏んでいる。
それを踏まえ、堀北に返答する。
「……分かった。あの赤点3人が集まるならやってもいい」
「そう。では契約成立ね」
「……」
ころっと雰囲気が変わる堀北。
「勉強会は明日から始めるわ。今日の夜、発表されたテスト範囲の絞り込みをやっておいて」
堀北にそう命じられてしまう。
俺は開いた口が塞がらなかったが……まあ、さっきの堀北よりはずっと本人らしいな、と思っていた。
一つ言っておくが、俺は決してマゾヒストではない。断じて。あんまり信じてないけど、神に誓ってでもそれは言い切らせてもらう。
「では、そろそろお暇するわ」
俺が完食するのを見計らっていたかのようなタイミングで、堀北が帰宅を宣言する。
「ああ」
一応の礼節として、玄関先までは見送ることにした。
「さっき言ったこと、必ずやっておいて」
「テスト範囲の絞り込みだろ? 分かってるよ……」
「ならいいわ。これ、私の連絡先よ。何かあったら連絡するわ。では、さようなら」
連絡先が書かれた紙を渡され、呆気に取られているところで堀北が帰ろうとした。
しかし、それを俺は引き止める。
「ちょっと待て堀北」
「……何?あまりここに長居することは避けたいのだけど」
確かに、すでに日が暮れているこの時間帯、誰かに見られたら何事かと勘違いされかねない。
「すぐに終わる。聞きたいことは一つだ。お前がAクラスを目指すのは、本当に自分のためか?」
そう質問する。
前々から気になっていたことだ。普段から、何にも頼らず1人で解決しようとする性分の堀北が、こと就職や進学に限っては、この学校の世話になろうとするのだろうか、と。
確かに人生の一大イベントだから例外、という見方もできるかもしれないが、そう考えても、いまいち納得するには至らなかった。
堀北は一瞬目を伏せたが、すぐに向き直って、答える。
「……ええ、そうよ。さっきも言ったでしょう?」
「……ああ、そうだな」
言って、堀北はドアを閉めて俺に部屋を後にした。
堀北が声を発する直前、中途半端に生み出された「間」が少し気になる。
しかし、堀北のいう「自分のためだ」という主張も、嘘ではない気がした。
とにかく、なんだかんだで、俺は堀北の連絡先を入手してしまった。
やっぱりオリジナルって書くの難しいですね。作家さんたちに脱帽です。
これも本当にオリジナルかといえば、まあ、グレーゾーンってことで……