実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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お待たせしました……少し長めになっています。


ep.85

 

「昨日の話し合いはどこまで進んだんだ?」

 

 試験発表日の翌日の昼食時間。

 今日は、この時間には特別試験に関する話し合いは行われない。そのため綾小路グループの面々で集まり、教室の端で昼食をとっていた。

 つまり、俺と清隆の席の周辺だ。

 堀北の席には明人が、俺の隣の席には波瑠加が。啓誠と愛理は椅子だけを持ってきて、それぞれ俺の席、俺の隣の席を間借りするような形で座っていた。

 

「堀北から聞いてないか?」

「ああ」

 

 報告してないのかあいつ。優しくないな。

 俺はそう思ったが、波瑠加は堀北の行動に理解を示す。

 

「それも無理ないかも……結局みんな、ルール把握するのに苦労してさ。昨日はそれだけで終わっちゃった」

「話し合いにもならなかったよ」

 

 啓誠もうんざりしたような溜息をもらす。

 まあ、こいつはルールを把握できていた側だろうからな。なんでこんなことをいつまでも、みたいに考えていても不思議ではない。

 苦い表情で啓誠は言葉をつづける。

 

「それに対して、Aクラスは一歩も二歩も先に進んでる」

「そうなの?」

「昨日、話し合いが終わって廊下に出たとき……Aクラスの生徒が何人かいたんだ。たぶん、盗み聞きでもしてたんだろう」

「ほ、ほんとに……?」

「こっわ。もう仕掛けてきてるんだ、坂柳さん」

 

 一種の恐怖のようなものを感じる愛理と波瑠加。

 

「知幸は見なかったか? 確かトイレに立ってただろ」

「ん、ああ、見たぞ。橋本がいたな」

 

 明人の問いに素直に答える。

 そのときは橋本以外にAクラスの影は見当たらなかった。俺が教室に戻ってから、偵察の人数が増えていたようだ。

 

「追い返さなかったのか?」

「誰かと待ち合わせてる、とか言われたら何も言い返せないからな。基本的に廊下は共用スペースなんだし。それに、今回はルールに関する話し合いしかしてなかったから、まあいいか、と思ってな」

「確かにそうだが……でも今日以降は、何か対策しないとまずいんじゃないか」

 

 それはその通りだ。

 昨日はルールの把握だけで終わってしまったが、逆に言うと昨日でルールはしっかりと浸透した。今日以降はいよいよ、勝つための戦略を考えていく段階になる。

 そうなると、クラスの内情が関わってくる。誰がどのような性質を持っているのか。その情報を敵であるAクラスに知られてしまうのはまずい。

 

「対策もそうだけどさ、私たちもAクラスの情報を取りに行った方がいいんじゃない? Aクラスの教室に行くとか」

 

 情報を守るばかりではなく、こちらからも仕掛けるべき、という波瑠加の提案。

 

「それができたらいいんだけどな……イメージだが、どんな種目にするとか、誰が出るとか、そこらへんの情報を知ってるのは、Aクラスの中でも一部だけなんじゃないのか?」

「あー、確かに。坂柳さん、下っ端にはほとんど何も伝えなさそう。独裁体制って感じ?」

「平たく言えばそうだな。だから多分、大人数での話し合いは行われてないと思う」

「そっかー……」

「逆にAクラスがそんなことしてたら、そこで流れてる情報は嘘がほとんどだと思った方がいい」

 

 啓誠の言う通り、Aクラスの方針は坂柳からのトップダウン方式で決まるだろう。

 今日の時点では何も知らされていないと思われる。

 

「でも、それは現時点での話だ。一週間後には、十種目を互いに知らせる。そのころには十個のうちどれが本命か、全部じゃないにしても、ある程度クラス内で共有されてるはずだ。狙うとしたらそこだ」

 

 全員で話し合いを持つ俺たちCクラス、そしてBクラスとは違う。

 そこがAクラスの強みでもあり、不安要素でもある。

 

「ともやん、藤野さんから情報取れたりしないの?」

 

 波瑠加が聞いてくる。

 Cクラスの中で数少ない、大っぴらにAクラスの人間と密なつながりを持っている俺。白羽の矢が立つのも当然か。

 

「ああ……あいつがそう簡単に情報漏らすとは思えないけどな。探ってるのに気づかれたら、逆に嘘を教えられる可能性もある」

「確かに……じゃあ、藤野個人のことは何か知らないのか? 得意分野とか」

「あいつの得意分野は……一言では言えないな。なんでもそつなくこなす、タイプとしては平田や櫛田と同じ感じだ。強いて言えば、バレーの経験者ではあったはずだ」

 

 清隆には覚えがあるだろう。

 夏休み中、プールに遊びに行った際、藤野のバレーのプレーは見ていたはず。

 

「思いつくのはそれくらい、だな」

「いや、重要な情報だ。これで何もなかった状態から一歩進むことができた」

 

 満足そうにうなずく啓誠。

 しかし、愛理の反応は少し違った。

 

「でも、その、よかったの? 知幸くん……これで藤野さんとの関係、悪くなったりしない?」

 

 心配されてしまう。

 まあ確かに、友人関係を利用してるようなもんだからな。

 

「大丈夫だろ、たぶん。そういうのは互いに許容しあってる。だから逆に、むこうにも俺の情報が流れてると思った方がいい」

 

 知っている情報を利用したり、情報を探るだけなら、関係が悪化することはないだろう。

 友人関係以外の「契約」の存在も相まって、そういったことには寛容的だ。

 

「たださっき言った通り、藤野から探ってもそれを鵜呑みにするのは危険すぎる。あいつの言ってることが嘘か本当か、検証する術がない」

 

 コミュニケーション能力が高いということは、相手がどのような目的でこのやり取りを行っているかを理解する能力が高いということだ。

 こちらが探っていることを悟られた時点で負けだ。そして悟られない自信はない。

 

「どうやって情報を取るか……」

 

 俺の話を聞いて、藤野から情報を取る、という線は啓誠の中で薄まったようだ。

 敵からの情報というのは基本的に信頼を置けない。

 敵に関する情報のソースとして、ある程度信頼を置けるものがあるとすれば、それは2つ。

 自分の味方か、敵の敵か。このどちらかしかない。

 事情を知る俺からすれば、藤野はこのうちの「敵の敵」に近い存在ではあるが、啓誠たちがそれを知る由はない。交渉相手の選択肢から外すのも当然だ。

 ただその代わりに、啓誠の中では、ある一人の顔が思い浮かんでいるだろうが……

 それも見通しはよくない。あまり期待せずにいた方がいいだろう。

 相手の情報を正確に盗み取ることは困難を極める。

 情報戦をするなら、これとは違った角度から切り込む必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 Cクラスでは、今日も試験に向けての話し合いが行われる。

 しかしホームルーム終了直後、平田は席を立った。

 

「ひ、平田くんっ!」

 

 何人かの女子が、教室を出ていく平田の後を追いかけようとする。

 市橋、園田、王など、今まで平田に助けられ、恩を感じているであろう女子生徒たち。

 

「待って」

 

 しかし、教壇に立っていた堀北が、それを止める。

 

「気持ちは分かるけれど、これから話し合いなのよ。席に戻って」

「で、でも……」

「これ以上人数が減ってほしくないのよ。今は彼のことより、特別試験に気持ちを集中させて」

 

 特別試験の話を出されては、無暗に飛び出していくこともできない。しぶしぶ、といった様子で、全員自分の席に戻った。

 しかし諦めはつかないのか、平田の出て行った教室の扉を、しばらくのあいだ名残惜しむように見つめていた。

 

「あなたは参加してくれるのね、高円寺くん。てっきり、ほっぽりだそうとすると思っていたわ」

 

 意外そうに言う堀北。

 ほっぽりだす、ではなく「だそうとする」と言ったのは、決してそうはさせないという堀北の意地がこもっているのだろう。

 それを知ってか知らずか、高円寺はいつもの調子で答える。

 

「フッフッフ、心外だねえ。私はCクラスの一員。当然参加するさ」

「てめえ、白々しいことを……!」

 

 高円寺のセリフに露骨に苛立ちを見せる須藤。しかし、これは俺含めてクラス全員が思っていたことだった。

 さらに高円寺は続ける。

 

「しかし、可能ならば話し合いはこの一回のみにしてほしいものだねえ。私は多忙なのだよ」

「それは難しい相談ね。この試験は非常に複雑なものよ。話し合いを重ねていくことが攻略への第一歩だもの」

 

 どこまでも自分勝手な高円寺。しかし、堀北もそれに真っ向から反論する。

 だが、それも高円寺には響かない。

 

「ならば、私の参加はこの1回のみになるねえ」

 

 しびれを切らした須藤が高円寺に向かっていこうとするが、堀北が目線でそれを制すと、須藤は大人しく腰を下ろした。

 

「私としては、あなたが参加してくれるように働きかけていくだけよ」

 

 きっぱりとそう言い切る堀北。

 だが、恐らく無駄だろうな。高円寺は今日限りで、この話し合いに姿を現すことはないだろう。

 

「高円寺くんだけじゃない。全員に理解してもらいたいわ。この試験、一見少数精鋭での勝負になるように思える。けれどそうとは限らないわ。ルール上、一つの試験には20人まで参加させられる。相手がそのような大人数での種目を指定してくる可能性を考えると、クラスの中に誰一人として試験に無関係な人はいないわ。それをよく理解して」

 

 学力や身体能力などで優れているとは言えない生徒もいる。

 自分の出番がないのではないかと思い込んでいる生徒への、堀北からの喝のようなものだった。

 

「今日の話し合いには時間はかけないわ。やってもらいたいことは二つ。まず一つ目は、自分が得意だと思う種目、Aクラス相手でも勝つ自信がある種目を、明日の話し合いまでに各自考えて、私に報告して。個人競技、集団競技問わずね」

 

 得意な分野の把握か。手順としては絶対に必要なことだ。

 

「でも、種目って学校側の承認が必要なんだろ? 基準が分からないとどうしようもないんじゃないか?」

「取り敢えず、いまそれは度外視して構わないわ。それを考えるのは今じゃない。どんな突拍子のないものでもいいの」

「それって、ゲームとかでもか?」

「もちろんよ。勝てる自信があるならば何でも構わない。ただし、その種目に多少覚えがあるだけで、勝つ自信がないなら、それを書くのは遠慮して。中途半端な実力では、確実に勝利をもぎ取ることができない。得意種目が思いつかない、という人は白紙回答でも構わないわ」

 

 とにかく正直に答えて、と堀北が念を押す。

 

「なあ、それって堀北に直接言えばいいのか?」

 

 回答方法に関する質問が堀北に飛ぶ。

 

「やってもらいたいことの二つ目が、それに関連するわ」

 

 そう言うと、堀北は自身の端末を操作し、ある画面を教室全体に見せる。

 

「チャットアプリ……?」

「そう。入学時、端末に最初からインストールされていた機能。これを使うわ」

「でも俺、堀北の連絡先持ってないんだけど……」

 

 それは当然の声だった。

 クラス内で堀北の連絡先を知っているのは、俺、清隆、須藤と、恐らく櫛田もか。

 正確には何とも言えないが、ほとんどのクラスメイトが堀北の連絡先を持っていないということは、少なくとも事実だ。

 このチャットアプリは連絡先と連動している。

 連絡先を知らなければ、個人宛にチャットでメッセージを送ることはできない。

 

「ええ。だからまずは個別ではなく、クラス全体のグループチャットを作ってほしい。これがやってもらいたいことの二つ目よ」

 

 クラスのグループチャットの作成。これが堀北の提案だった。

 Cクラスには今まで、クラスのチャットというものが存在していなかった。

 1学期に池から聞いた話では、クラスメイトの多くが入っているグループはあるらしいが、それもクラス全体のチャット、というには参加率が低い。

 1年経って今さらではあるが、新しい試みだった。

 

「櫛田さん、頼めるかしら」

「うん、わかった。新しくグループを作って、一応全員を招待しておくね」

 

 櫛田は恐らくクラス全員の連絡先を持っているはず。こういったことには最適といえる人材だ。

 少しして、ピロン、ピロンと端末の通知音がいくつも教室内に鳴り響く。

 俺の端末にも来た。グループに招待されたという通知だ。

 当然、『参加』をタップする。

 参加人数はみるみるうちに20、30と増えていき、2分ほどが経つ頃には、クラスのほぼ全員が参加した状態となった。

 

「ありがとう櫛田さん。得意な種目が思いついたら、このグループチャットに報告して」

 

 これで、一々堀北と直接交渉しなくても、各々の得意種目が堀北に伝わる。考えたな。

 

「それから今後、特別試験に関する重要な話し合いは、このグループチャットで行うことにしようと思っているわ」

「え、な、なんで?」

「幸村くんから指摘があったのよ。教室に集まって話していたら、盗み聞きされて不利になってしまう、とね。もちろん私も、その部分は懸念材料だった。その対策としての一手よ」

 

 昼食の後、どのタイミングかは分からないが、啓誠は堀北に接触していたのか。

 

「教室に集まって口頭でのやり取りをしつつ、外部に漏れてはいけない重要な情報はチャットで話す。これで、盗み聞きは無効化できるわ」

 

 出入り口の扉に目を向ける堀北。

 俺の席からは視認できないが、恐らく今日も橋本あたりが俺たちの話を盗み聞きしてるんだろう。

 いまの堀北の言葉は実質、Aクラスの偵察者に向けてのものだった。

 

「確かに、これなら大丈夫だな」

「携帯さえ見られなければ、Aクラスも何話してるかわかんねーもんな」

 

 口々に得心の言葉を発するクラスメイト。

 啓誠も納得顔で、この対策に文句はなさそうだった。

 

「話し合いは終わりのようだねえ。では、私はこれで失礼するとしよう」

 

 そんな中、高円寺はそう宣言し、荷物をまとめて帰り支度を始めた。

 すかさず堀北が制止を試みる。

 

「まって高円寺くん。あなたは少なくとも、今回の話し合いには参加する、と言った。ならばグループチャットへの加入、そして得意種目の報告、両方きっちりとやってもらうわ」

「しっかりとメンバーを見たまえ。私は参加しているだろう?」

 

 グループチャットのメンバーの中には「高円寺六助」の名前もある。間違いなく参加しているようだ。

 

「では、得意種目の報告の方もきっちりやる、そう捉えていいのね」

「得意種目、ねえ」

 

 堀北に詰められるような言い方をされても、高円寺は余裕のある笑みを崩さない。

 

「どんな種目でも、私に敵う者などいないさ」

 

 当たり前のように、軽くそう言ってのけた。

 

「つまり、どんな種目でも、誰が相手でも、あなたは勝ちをもたらす。そう考えていいのね?」

 

 これはある種の煽りだった。

 もちろん、それが高円寺に通じているとは思えないが……

 続けざまに堀北は口を開く。

 

「もしそれを約束してくれるなら、今後この話し合いには参加しなくても構わない。どんな種目でも勝てるというなら、話し合いは無意味だもの。けれど、もしそれで手を抜いたり、あるいは負けたりしたときには……これから先、あなたの発言が受け入れられることはないと思って。そして、次に前回のクラス内投票のような試験があったら、真っ先に名前を書かれるのはあなたよ」

 

 脅し。

 悪くないやり方ではある。

 なんだかんだで高円寺は、自分が退学にならないよう計算して動いている。

 つまりいかに高円寺とはいっても、退学は嫌だということ。ならば普通に考えて、この脅しは有効だ。

 ……しかし、そんな普通の考えは、高円寺という男には通じない。

 そもそもこの脅しが効くような人間は、「どんな種目が来ても勝てる」なんて軽く答えたりはしない。

 

「一つアドバイスをしておこう、堀北ガール。そんな言葉では、この私を縛ることはできない。誰が相手でも勝てる、というのは疑いようのない明確な事実さ。しかしその能力を君やクラスのために使うかどうか、決めるのは私自身だ」

 

 やはり、高円寺はどこまでも変わらない。

 誰もこの男を制御できない。

 俺たちはひたすら、こいつの「気まぐれ」が、クラスにとってのプラスに作用することを祈るしかないのだ。

 

「君のリクエストには全て答えた。では、失礼するよ」

 

 それだけ言い残し、高円寺は退室してしまった。

 得意種目は「全て」。ふざけた回答だが、堀北の出した課題はたしかにクリアしている。

 そして、「話し合いへの参加」の達成に、試験に真面目に取り組むかどうかの保証は必要ない。恐らく高円寺はそう考えているんだろう。

 

「くそっ、なんだよあの野郎……バスケなら俺がぶっ潰してやるのによ……」

「落ち着きなさい須藤くん」

「け、けどよ……つか、よかったのかよあれで。あいつもう話し合いにこねーんじゃ……」

 

 確実に来ないだろうな。

 あいつは戦力としては数えられない。

 だがそれはいつも通りだ。決してクラスの不安要素が増えたわけじゃない。

 しかし、それが今の平田の状況と合わさって、いつも以上にクラスの雰囲気にマイナスに作用していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ、こんな時間に呼び出して」

 

 教室での話し合いが終わり、寮の自室に到着して1時間が経過したころ。

 俺は堀北から呼び出しを受け、堀北の部屋を訪れていた。

 

「こんな時間、というほど遅くはないと思うけれど。都合が悪かったかしら」

「正直良くはないな。いまから夕飯の材料の買い出しに出るつもりだったんだよ」

「……なるほど、その空の手提げカバンは、買った食材を入れるためのものだったのね」

 

 その通り。所謂マイバッグというやつだ。

 

「それは悪いことをしたわね。日を改めても構わないわよ?」

「いやいい。なるべくパッと済ませてくれ」

 

 俺が日頃よく利用しているスーパーは、夜9時まで開いている。

 流石にここに何時間も拘束されることはないだろう。

 堀北は俺の要求に頷き、話を始める。

 

「来週までにリストアップする10種目、その中に必ず入れておきたいのが、少数精鋭でCクラスが確実に勝つことのできる種目よ」

「まあ、そりゃそうだな」

 

 何かに突出した力を持つ人物なら、Aクラス相手でも凌駕できる。しかし、そのような人材を何人も用意することはできない。そのため、その種目に必要な人数が増えれば増えるほど、勝率が減ってしまう。それを防ぐために、少数の精鋭で挑む必要がある。

 

「その上でのキーとなる人物は、このクラスには少なくとも3人いると考えているわ。須藤くん、王さん、そしてあなたよ」

「須藤が身体能力、王が中国語、俺が学力か」

「ええ。だからその3人と、個別で話し合いを持ちたいと思っているのよ」

「で、今日が俺だったわけか」

「そういうこと」

 

 恐らくは明日、明後日と、どちらかに須藤、どちらかに王が堀北に呼び出されるということだ。須藤は小躍りしそうだな……

 雑談はここまでにして、早速本題に入るとしよう。

 

「それで、何が聞きたい?」

 

 単刀直入に質問する。

 

「あなたの望む勝負形式、関与、そして最大何人までなら安全圏か、この3つね」

 

 なるほどな……

 最大何人まで安全圏か、というのは、「同じ人数の種目は複数リストアップできない」というこの試験のルールによるものだろう。安全圏の人数が多いほど、人数設定の自由度が高まり、ほかの種目に1対1を割当られる。

 

「数学検定なら、俺だけしか合格できないような階級を選んで、合格レベルに達した人数、って形式にすれば、正直何人でも行けるんだがな」

「……あなた、そんなことができるの?」

 

 驚きの表情を浮かべる堀北。

 恐らく「1級」や「準1級」といった階級が頭に浮かんでいるんだろう。

 しかし、そう甘くはない。

 

「いや、思い付きで言っただけだ。実際は厳しい。まず1級は俺が解けないし、準1級は、Aクラスの中に解けるやつがいないとも限らない」

「……そう。あなたにも解けない物はあるのね」

 

 どこか安堵の表情を浮かべる堀北。

 

「いや、当り前だろ……習ってない範囲はさすがに解けない」

 

 limや∫、Σなどの記号の意味や、三角関数、複素数平面、指数関数、ベクトル、数列の概念など、いまでこそ理解しているが、知識がなければどうしようもないものはいくらでも存在する。

 俺の守備範囲は高校まで。それ以上の知識を要する範囲には対応できないし、現時点ではする必要もないと考えていたが……最近はその考えも少し改めている。学習部で、何かの検定試験に合格すればポイントがもらえるかもしれないな。時間的コストを考えて、行けると思ったら勉強してみることにしよう。

 しかし、いまは無理だ。

 

「それに今考えると、自分以外は誰にもできない種目ってのも、かなりのリスクではあるな。例えば王は中国語の他に、英語の成績もかなり優秀だ。そこに使えないってのは痛手だ」

「確かにそうね……」

 

 もし英語の対決で王を使ってしまい、その後に中国語が選ばれてしまったら、誰も解けない。そのため、王を英語で使わけにはいかない。

 それと同じで、俺にしか解けない種目を選ぶと、俺はそれ以外の学力系の種目に参加できなくなる。

 自分の種目が選ばれる確率は70%。3つとも選ばれる確率は29.167%。これをどう捉えるかだ。

 

「……そこはもう、割り切るしかないんじゃないかしら。あなたたち3人に特化した種目が選ばれなければ、その時は運がなかったと考えるしかないわ」

 

 なるほど。

 堀北は「攻め」に出た。

 

「そうか。それでいいんだな」

「ええ」

「分かった」

 

 ならば、遠慮なく要求させてもらおう。

 

「種目は……数学オリンピックレベル問題。必要人数は2人以下。本来は4時間半かけてやる問題を、分量を変えずに1時間の時間制限を設けて出題してもらう。それで、合計点の高い方の勝ちだ」

「1人じゃなくてもいいのね?」

「ああ」

「分かったわ。ありがとう」

 

 3人以上にすると、負けるリスクが高まってしまう。

 だが2人なら、たとえ俺以外の1人が0点だとしても、恐らく問題なく勝てるだろう。

 

「司令塔の関与はどうするの?」

「最小限に留めるのが得策だな。Aクラスでこの種目をクリアできるやつがいるとすれば、たぶん坂柳ぐらいなもんだろう。だからそうだな……連続して1分間、回答者に好きにアドバイス可能、とかな」

 

 数学の回答には、論理性が求められる。

 考え方、それに答えまで合っていても、記述に穴があれば満点はもらえない。

 流石の坂柳も、貰える時間が1分間だけでは限界がある。影響を与えられても高々1、2点だろう。

 

「なるほど……分かったわ」

 

 ノートにしっかりとメモを取る堀北。

 俺から聞いた話だけでなく、その隣のページにも、何やらびっしりとメモが取られている。

 このノートを軸にして考察していくつもりらしい。

 それにしても、2日目にしてこの量か……堀北の気合の入りようが伝わる。

 

「じゃあ、もう行っていいか」

 

 腕時計を見ると、時刻は6時半。閉店までまだ余裕はあるが、そろそろ買い出しに向かった方がいいころだ。

 

「十分よ。ありがとう。他に何か思いついたことがあれば、いつでも連絡してきて」

「ああ、分かった」

 

 玄関で堀北と別れ、そのままの足でスーパーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパーの店内に人は少ない。

 ここのスーパーは授業が終わってすぐ、午後4時から5時にかけて最もにぎわう。

 校舎から寮に向けての道のりとは逆方向にあるため、授業が終わってからそのままスーパーに行く人が多いのだ。

 閑散としたスーパーの無料コーナー。相変わらず粗末な品揃えの商品棚を眺めつつ、今日から4日間の夕飯のメニューを考える。

 インスピレーションを求め、調味料を見たり、野菜を見たりとキョロキョロしていたその時。

 

「ぉ……っ!?」

 

 心臓が跳ねた。

 俺が目にしたのは、ほかでもない、覇気なく、暗く俯き、ゆっくりとした足取りで店内を徘徊している、平田洋介その人だった。

 なんでこんな時間にこいつが……と一瞬思ったが、そんなに難しいことではない。

 あいつなりに、人目を避ける方法を考えたんだろう。

 誰かと会わないためには、部屋に篭っているのが一番いい。

 しかし、当然ながら飯は食わないと生きていけない。

 だから、敢えて人の少ないこの時間にここを訪れているってことだ。

 さて、心拍数が落ち着いたところで、どう対処するかを考えなければ。

 恐らく向こうは俺に気づいていない。そりゃ俯いて下ばっかり見てるんだから、俺の姿に気づくはずがない。

 普通ならスルー一択だ。しかし今は状況が違う。

 

「……」

 

 声、かけた方がいいよなあ……

 ということで、平田に近づき、声をかける。

 

「おい」

「……」

 

 俺の声を聞き取るには十分な距離のはずだが、平田は反応を見せず、歩みを止めない。

 

「おいって」

 

 今度は声と同時に、肩を掴んで強引に俺に気づかせる。

 さすがに今回は歩みを止め、俺の方を振り返る。

 

「……離してくれないか」

 

 平田の第一声は、要件の確認ではなく、手を離せ、だった。

 

「ん、あ、ああ、悪い」

 

 こうして平田と面と向かって話すのは、前回のテスト対策の勉強会の後にピザ食いに行ったとき以来だが……改めて、その時と今とでは全くの別人だと感じた。

 言われた通りに手を離すと、平田はまた前へと歩き始めてしまった。

 

「おいまてって」

「……何かな。君はこんな風に誰かに話しかけるような人じゃなかったよね」

「嫌だったか?」

「ああ、嫌だよ……僕のことは放っておいてほしいんだ」

 

 ……なるほどな。

 おそらく俺の関知しないところで、何度も何度もこうして声をかけられてきたんだろう。そしてそのたびに「放っておいてくれ」と答えているはず。

 受け答えの仕方も、どこかうんざりした様子に見える。

 

「なら平田、全員に放っておかれるいい方法を教えてやろうか」

「……何かな」

「退学だよ」

 

 外部から隔絶されたこの学校。

 その外部に出てしまえば、クラスメイトにこうして声をかけられることもない。

 

「……それは」

「クラスに迷惑がかかるから簡単にはできない、か?」

 

 平田は何も反応しない。

 そんな平田に、俺はあえて厳しい言葉を投げつける。

 

「この現状で……お前がクラスの迷惑になってないとでも思ってるのか」

「っ!」

 

 事実、平田のせいでクラスの雰囲気は悪い。それでもまだCクラスが機能停止に陥っていないのは、堀北の奮闘があるからだ。

 

「お前は何がしたいんだ」

 

 改めて問いかける。

 

「……さっきから言ってるじゃないか。放っておいてほしいんだ」

「答えになってない。お前自身の欲望を聞いてるんだよ」

「1人になりたい……こう言えばいいかな」

「1人になって、その先はどうするんだよ? 言っとくが、このままの状態をキープできるなんて思わない方がいいぞ。塞ぎ込めば塞ぎ込むほど、負の連鎖は続く」

 

 今はまだいい。理性が働いている。その間はまだ大丈夫だ。

 だがこのままでは、いずれ完全に心が壊れるだろう。

 

「……君に一体、何がわかるって言うんだ……!」

 

 語気を強める平田。

 もちろん俺は何も分からない。

 

「さあ、俺には何も。ただ、分かってくれるやつはいるだろう」

「……誰のことかな」

「今お前が頭に思い浮かべた人物だよ」

 

 俺にはその人物が誰か、確定させることはできない。

 しかし推測はたつ。

 前々から疑ってはいた。俺と平田の間にある程度の協力関係があるように、清隆との間にも、何かあるんじゃないかと。

 夏休みの前後で、平田の清隆への接し方が妙に違っていた。

 言語化はできないが……何かが違う。そんな違和感があった。

 そしてもう一つ、軽井沢の存在。

 軽井沢も平田とほぼ同じタイミングで、清隆と急接近した。

 おそらく軽井沢を介して、平田と清隆はつながりを持っている。

 

「……結局君は、何が言いたいんだ」

 

 具体的なことは言わない俺の言い方に、平田は露骨に苛立ちを募らせている。

 

「お前が腹に一物抱えてるのは見れば分かる。その抱えた物の中身を、誰かに話せ」

「……話して、何になるんだ」

「さあ、それはお前とその人次第だろ」

「……話にならないな。僕はもう疲れたんだよ。もう一度言うけど、放っておいてくれ。じゃないと……」

 

 言葉を止める平田。

 

「……じゃないと、なんだよ」

 

 俺はその続きを求める。

 

「……分かるよね?」

 

 握り拳を作り、俺を強く睨みつける平田。

 ああ、なるほど。

 強硬手段に出るぞ、と、そう言いたいんだな。

 だが、悪いな。その脅しは俺には通じない。

 もちろん、俺が喧嘩慣れしてる、なんてことはない。

 逆だ。

 自分から暴力を振るったことはないが……振るわれたことなら、俺のカートに入っている米の粒の数ほどある。

 だからもう、暴力を振るわれても「痛い」と思うだけだ。その痛みという感覚は、俺にとっては「暑い」とか「寒い」とか、そのレベルで当たり前のものになっている。

 できることなら避けたい感覚。しかし、素手で与えられるダメージなんてたかが知れている。いくら平田がスポーツをやっているとはいえ、目的遂行の妨げになるレベルのものじゃない。

 

「……もういいかな。できるなら、二度と話しかけないでほしい」

 

 俺を拒絶するセリフを吐き捨てて、平田はその場を立ち去る。

 今度は呼び止めることなく、その様子を見届けた。

 とりあえず、いま俺にできるのはこれだけだ。

 どれほど響いたかは分からないが……。

 だが取り敢えず、収穫はあった。

 自身のことを理解し、現状を打開してくれるかもしれない、と平田が考えている人物。

 清隆かもしれないし、それ以外かもしれない。だがいずれにせよ、その人物が少なくとも存在はすることがわかった。

 これだけでも前進だ。

 あとはその人物が、いかにして平田と接触し、解決に導くか。

 絶望的に見えても、まだ芽は残されている。




平田と軽井沢が偽カップル、という真実にはいつまでも辿り着けないオリ主です。
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