実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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ほぼ1カ月ぶりですね……本当にお待たせしました。


ep.88

 

「ふぁー……」

 

 寮のエレベーターを降りると同時にあふれ出すあくび。

 ここ最近、少し睡眠時間を削って特別試験へ向けての対策を行っている。

 勝つためにはやむを得ないことだ。そのため文句はない。

 しかし、試験直前までこの状態ではさすがにまずい。この土日はしっかりと睡眠をとることにする。

 

「あ、おはよー速野くん!」

 

 ロビーの自動ドアを通り過ぎたところで、後ろから名前を呼ばれた。

 

「……一之瀬か。ああ、おはよう」

「う、うん、おはよ」

 

 第一声の威勢はよかったのに、俺の隣に来た途端、なぜか少しトーンダウンする一之瀬。そのことはあまり気に留めず、二人並んで学校へと歩を進める。

 一之瀬との距離は1メートル弱。この距離にいて、気づいたことが一つある。

 ……今日はあの香水、つけてないんだな。

 俺としては非常にありがたい。

 まあ一之瀬にとっては俺のそんな心情など知る由もなく、単純につけ忘れたか、飽きたかのどちらかだろう。

 どんな理由があるにせよ、くしゃみを連発せずに済むのはいいことだ。

 一方的な感謝の気持ちをこめて一之瀬に視線を向けると、なぜか歩きながら深呼吸していた。

 

「……どうしたんだ、深呼吸なんてして」

「えっ!? あ、その、く、空気がおいしいなあーって、ね。にゃはは……」

 

 一之瀬の言っていることもわからないではない。

 3月中旬。春の足音が明確に聞こえ始める今日この頃。しかし登校時間、まだ8時を回っていない時刻の空気はひんやりとしていて、冬の名残も感じられる。

 それを心地よく感じる人は少なくないだろう。

 まあ一之瀬の反応からして、いまのは何かを誤魔化すための方便なんだろうが、結局一之瀬がなんで深呼吸をしていたのかは分からずじまいである。

 一之瀬は話題の転換を図るため、俺に質問を飛ばしてくる。

 

「え、えーと、試験は順調?」

「ん、まあ、見える範囲で特に問題は起きてないが」

 

 坂柳がなにかを仕掛けてきている様子はないが、それはあくまでも現時点、そして俺の観測範囲での話。

 こちらが気付かないうちに布石が打たれている可能性も捨てられない。その場合はもう、相手が一枚上手だったと思うしかないだろう。

 

「そっちはどうなんだ。あれ以降、Dクラスからの嫌がらせはあったか?」

 

 そう問うと、一之瀬の表情が少し曇る。

 

「実は……ひどくなってるんだよね」

「……本当か」

「うん。まだ暴力沙汰とかにはなってないんだけど……前よりも絡み方がきつくなってきてる」

「なるほどな」

「多分、昨日の10種目発表を基準にして、動きを強めるのが元々のDクラスの作戦だったんだと思う」

「陽動も継続して、あわよくば情報を、ってところか」

 

 頷く一之瀬。

 

「そういえば、Dクラスのリストアップした10種目はどんな感じだったんだ?」

「ほとんどが格闘技系の種目。空手とか、柔道とか。だから正直、私たちも安全圏とは言えない状況だよ。ある程度こういう種目が来ることは予想してたけど、ここまで振り切った種目選択をしてくるなんて……」

「……」

 

 それはまた随分と思い切ったな、Dクラスは。

 

「でも、これはプラスにも考えられる。ある程度切り替えることができるからね」

「……まあ確かに、そういう側面もあるな」

 

 Dクラスの種目は格闘系、と、ある意味で簡単に片づけられる。

 それに、空手や柔道なんてメジャーな競技であっても、通常、経験者はクラスで1人2人いればいい方。そんな格闘系種目を10種もひねり出したのだから、ほとんどは素人対素人の対決になることが予想される。

 となれば、技術うんぬんではなく、純粋な体の強さがモノを言う。Dクラスの種目での対決はその方面に向いた生徒に任せて、残りの人員は自クラスの種目に集中できる。

 こう考えれば、プラスの面もないことはない。

 しかし、そう楽観視ばかりしてもいられないだろう。

 一連の陽動作戦に、極端な種目選択。

 前者はまだしも、後者のような作戦を、石崎や金田が選択する、いや、選択できるとは考えにくい。

 このような強い判断力を要する作戦を実行できる、Dクラスの生徒。

 頭の中でチラつく、龍園の影。

 一之瀬は、そしてBクラスは、それを感じ取ることが出来ているか。

 そして……試験当日、龍園が司令塔として登場する可能性に、思い当たっているかどうか。

 もし、そのような事態に向けての準備ができていなければ……

 Bクラスが食われる可能性も、十分にあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんの動画見てるんだ、知幸」

「ん? ああいや、ちょっとな」

 

 動画の再生を止め、声をかけてきた明人に向き直る。

 

「何か用か?」

「いや、大したことじゃない。今日はグループでの昼飯がないからな。個別でお前と食べようかと思って誘いに来た」

「ああ、そういうことか……」

 

 素直に嬉しい誘いだ。当然、拒否する理由はどこにもない。

 

「構わないぞ。どこで食うにしても、俺は自前の弁当になるが、それでよければ」

「なら、学食でも行くか。あそこなら悪目立ちもしないだろ」

「分かった」

 

 学食では、コンビニで買ったものを持ち込んで食べている生徒や、俺のように自前の弁当を用意して友人と食べている生徒もいる。今の俺たちにはもってこいのチョイスだ。

 弁当を持って立ち上がり、明人とともに教室を出る。

 

「毎日弁当作るの、大変じゃないのか」

 

 俺の手元の弁当を見て明人が言う。

 

「この弁当自体は別に大変ってことはない。夕飯の残りを詰め込むだけだからな。ただ、その夕飯づくりが億劫なことはある」

「なるほどな。確か、スーパーで無料の食材買ってるんだっけか」

「いつポイントが必要になるかわからないからな。当初から増えたとはいえ、俺たちの支給額は多いわけじゃない」

「まあ、それはそうだが……知幸に限っては、スキーの報酬で結構入ってきただろ。それでも続けられるメンタルがすげえと思うぜ。俺には真似できない」

「ドケチなんでな」

「はは……」

 

 乾いた笑い声を発する明人。

 いや、ふざけているようで、実際これは割と真理に近かったりする。

 以前坂柳に言われた通り、俺はポイントに大きなこだわりを持っている。

 恐らく異常と言ってもいいほど、俺は「カネ」というものに執着している。

 「ドケチ」や「守銭奴」なんて言葉じゃ足りないくらいに。

 

「そういや、啓誠と清隆がどこに行ったか知ってるか?」

 

 思い出したように明人が俺に言う。

 

「さあ……授業が終わった後、啓誠が清隆に声かけに来てたから、もしかしたら一緒にいるかもしれないが……どこにいるかまでは」

「そうか……」

 

 俺があいまいな答えを返すと、考え込む様子を見せる明人。

 

「まあ廊下歩いてたら、偶然すれ違うこともあるんじゃないか」

「それもそうかもしれないな」

 

 2人の居場所についてこれ以上は何もわからないだろうということで、話題は別のものへと転換していく。

 明人には悪いが、いまのは嘘だ。この廊下を歩いていても、恐らくあの二人とすれ違うことはない。

 あの二人はいま、人目のつかない場所にいて、葛城と交渉し、なんとかAクラスの情報を引き出そうとしている。啓誠は清隆に声をかけたとき、その用件の詳細を俺には悟られないよう、声を潜めて話していたが、表情や雰囲気、そしてわざわざ俺に隠そうとしたことからも推測できる。

 清隆も同行している理由は恐らく、啓誠が少々強引に誘ったからだろう。

 気の毒にも、全くもって無駄な労力であることをかけらも認識しないまま、啓誠は動いている。

 しかし、俺にそれを止めることはできない。

 葛城の篭絡が不可能である決定的な理由は、本来俺が知るはずのないものだからだ。

 そうこうしているうちに、目的地である学食に到着した。

 適当に二人分のまとまった空席を見つけ、立ち上がる用事のない俺が二人分の席取りを行う。

 

「じゃあ、注文してくる。先に食べ始めてていいぞ」

「ん、ああ。じゃあそうさせてもらう」

 

 ただ、いつもの速度で食べ進めたら、明人が戻ってくる前に弁当箱は空になっているだろう。

 少しペースを調整しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホームルームが終わり、放課後。

 いつものように、平田は席を立ち、そそくさと帰宅しようとする。

 それを止めたのは、堀北だった。

 

「待って平田くん」

 

 堀北の呼びかけ。今の平田なら無視する可能性もあったが、声に反応して教室の入り口付近で立ち止まった。

 

「今回の試験、私はあなたに出番を与えるつもりは毛頭ない。けれどそれはCクラスの種目での話よ。今のあなたの状況を知ったAクラスが、大人数での種目を採用して、強制的にあなたを表舞台に立たせてくる可能性もある。そうなったとき、あなたはどうするの? 最低限の働きはしてくれるの? それとも、無気力に私たちの足を引っ張る?」

 

 堀北の問いは重要だ。平田がある程度計算のできる働きをするか否かで、状況は大きく左右される。

 正直言って、平田の状態がこのまま改善を見ず、尚且つAクラスが平田を強制的に引っ張り出す種目選択をしてきても、やりようはある。

 すなわち、俺の出る「数学オリンピックレベル問題」に参加させればいい。

 たとえ平田が0点だろうと、俺には勝てる自信がある。元々、俺以外の生徒が0点だとしても勝てる最大人数設定は何人か、という問いに対して出した答えが「2人」だからだ。このケースでは、それが平田であるというだけのこと。さしたる問題ではない。

 しかし、それはこの種目が選ばれればの話だ。それに選ばれたとしても、順番が最後の方であったら、その前に参加人数が一周してその中に平田を参加させざるを得ない、という場合も十分にあり得る。

 その点で、この試験における平田の姿勢はとても重要だ。

 しかし、平田は口を開こうとはしなかった。

 

「……答えてはもらえないのね」

 

 堀北の諦めの声とほぼ同時に、平田は向き直り、教室を出て行った。

 

「ま、待って! 平田くんっ!」

 

 無言で立ち去る平田の後を追って、王も教室を出ていく。

 それを見て、最近王の目付役のようになっている清隆も、教室を出て行った。

 Cクラスで平田にあれほど積極的に関わろうとする生徒は、もはや王を措いて他にはいない。

 王も、先日あれだけ明確な拒絶を受けた。普通ならその他大勢と同じように、しり込みしてもいいはず。しかし王は尚も平田に手を差し伸べようとする。

 その様子が、どこか入学直後の櫛田と堀北の様子に重なった。

 しかし、内実は大きく異なる。

 あの時の櫛田は、堀北の懐を探るために近づいていた。

 だが今の王はそのような裏などなく、純粋に平田が元通りになることを願って動いている。

 そんな王を、堀北はもう止めなかった。

 恐らく、王の役割が「中国語」で完全に固まっているからだろう。

 

 

 

「もう試験まで時間がないわ。私もまだ、彼が元に戻ることを諦めたわけじゃない。けれどこの試験に限っては、彼は完全に機能しないものとして扱わざるを得ない。それで構わないわよね?」

 

 今の平田の状況を見て、堀北の発言に首を横に振る生徒は出てこなかった。

 それは、今まで必死に平田に手を差し伸べてきた女子生徒たちも同様だった。

 平田を完全に切り捨てる。

 それが特別試験での最善策だと、仕方のないことなのだと誰もが理解していながらも、クラスの雰囲気はどうしようもなく悪化していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平田と王が教室を出て行って、40分ほどが経過したころ。

 教室でのグループチャットを使っての話し合いは終わり、今日のところは解散となった。

 何人かは教室に残って友人と雑談している様子だったが、当然その中に俺が入ることはなく、一人で寮へと向かう。

 下駄箱で外履きに履き替えたちょうどその時、ポケットの中の端末がバイブレーションを起こした。

 

「……なんだ」

 

 バイブレーションは1度で途切れたため、それが電話ではなく、メールかチャットの通知であると理解する。

 校舎を出てから端末を確認すると、清隆からチャットのメッセージが届いていた。

 

「平田を探すのを手伝ってくれ……?」

 

 要領を得なかった俺は、返信ではなく、清隆に電話をかける。数コール置いて、清隆は出た。

 

「おい、どういうことだあれは」

『メールは読んでくれたのか』

「ああ、読んだよ。その上で説明を求めてるんだ」

『読んで字の如くだ。あの後、寮のロビーで平田、王、高円寺の間でちょっとしたゴタゴタがあってな。平田はまだ外にいるはずだから、探すのを手伝ってくれ』

 

 そのゴタゴタの内容を聞きたいところだが、電話口で説明することじゃないか。あとで聞けばいい。

 

「……構わないが、俺にも試験勉強がある。5時半までに見つからなければ、俺は諦めて帰るぞ」

『十分だ。頼む』

 

 電話を切り、端末をポケットにしまう。

 さて、平田の居場所か。

 いまのあいつの行動原理は、とにかく人の目に触れないことだ。

 とすると、通学路や、放課後に賑わう傾向のあるケヤキモール付近にはいないはず。

 俺と出くわした経験から、食品スーパー付近にもいないだろう。

 寮からの移動経路のうち、人通りの少ない場所といえば……まず思い浮かぶのは、通学路と真反対の位置にある、バスケットコートへと続く道。俺がよく利用している場所だ。

 二度手間を防ぐために清隆に確認をとると、その場所は既に捜索済みで、平田はいなかったとのこと。

 なら、通学路でもバスケットコートの方向でもない場所に絞って探すとするか。

 俺は通学路を外れて、普通に生活をしていればあまり利用することのないであろう道を歩く。

 数百メートルほど歩いただろうか。俺は反り立つ高い壁に行き当たった。

 これは、高度育成高等学校の敷地の境界。つまり、この学校の最も外側だ。

 普段利用する人なんてほとんどいないだろうに、しっかりと歩道、街灯が整備されている。

 そして、一定間隔でベンチも設置されていた。

 俺はその中に、腰掛けている人を一人見つけた。

 

「……」

 

 間違いなさそうだな。

 学校のマップから位置情報をコピーし、清隆に送信。

 すぐに既読がつき、返信が来た。

 謝辞、すぐに行く、そして、その場で待っていてくれ、と書いてあった。

 

「……マジかよ」

 

 正直気は進まない。このまま帰りたいというのが本音だが。

 平田と清隆の間で繰り広げられるやり取りが気にならないと言えば、嘘になる。

 ただ、あの二人の間に俺が入っても大丈夫なのか、という疑問はある。

 そこは清隆が何とかするのか。

 いやまあ、単純に平田がどこかに立ち去らないか見張らせてるだけ、って可能性もあるか。

 それならそれで、清隆が来た時点でありがたく帰らせてもらうだけだ。どっちにせよ、今はあいつが来るのを待つことにする。

 数分して、清隆が到着。

 会話はせず、アイコンタクトで最低限のやりとりを行い、2人で平田の元へと向かう。

 俺は清隆の3歩ほど後ろを歩く。

 

「平田」

「綾小路くん……と、君もいるのか、速野くん」

「知幸には、お前を探すのを協力してもらってたんだ。平田、少し時間を貰えないか」

 

 どうやら、俺を帰す気は清隆にはないらしい。

 ここでのやり取りを見届けろ、ってことか。

 もしそうなら、清隆は最初から俺に見せるために、わざわざ平田の捜索を俺に頼んだわけだ。

 相変わらず回りくどいやり方をするもんだ。

 

「……君だけは、僕に何もしてこないと思ったんだけどね。正直いって、失望したよ」

「悪いな。本当に嫌なら、みーちゃんみたいにオレを突き飛ばすか?」

 

 みーちゃん、とは、王の愛称だ。

 平田が王を突き飛ばした。清隆の言っていた、寮でのゴタゴタの一端か。

 精神的に、本当に限界が来てたんだろう。

 スーパーの店内で見たときも酷かったが、そのときよりさらに顔色は悪いし、やつれている。

 

「時間、だったね。構わないよ。というよりもう、僕には逃げる気力なんて、残ってないからね……」

 

 平田も、俺をこの場から排除しようとはしなかった。

 平田の隣に清隆が腰掛け、その隣に俺が腰掛ける。

 3人掛け用のベンチらしく、ジャストサイズだったのが、逆に少し気持ち悪かった。

 

「それで、話って何かな」

 

 どこか諦めたように、清隆に促す平田。

 

「平田。……お前の話を聞かせてほしい」

「……っ!」

 

 返ってきたのは、意外な言葉。

 そして、平田にとっては強烈なインパクトを持った言葉だった。

 

「君は……君たちは、いったい、どこまで……」

 

 力の入らない顔を思い切り強張らせ、驚愕しつつ俺と清隆を交互に見る平田。

 

「……想像はついてると思うけど……僕はいろんな人から声をかけられたよ。でも、みんな口をそろえて、僕は悪くないとか、あんなことをした山内くんが悪かったとか……そんなことばかりを言ってきた。みんな、僕を気遣ってのことなんだろうけど、正直言って、苦痛でしかなかったよ」

 

 みんな、平田を気遣った。

 しかし、平田は自身への気遣いなど望んではいなかった。

 

「……君で3人目なんだ、綾小路くん。僕に声をかけてきた人で、そんなことを言わなかったのは。一人は高円寺くん。それは君もみていたよね」

 

 再び出てきた、先ほどのゴタゴタの話。

 俺はその場にいなかったので、どのようなやり取りがあったのかは全く分からない。

 だがもし高円寺が平田に声をかけたとしたら、励ましとか、そんな言葉を投げかけるはずがないことくらいは想像がつく。

 

「もう一人は……そこにいる、速野くんさ」

 

 平田の口から出る俺の名前。

 

「……そうなのか」

 

 清隆は当然、そのことを知らない。

 

「……速野くんはこう言ったんだ。僕が腹に抱えてるものを、誰かに吐き出せ、ってね。そしたら、君は僕の話を聞きたいと言ってきた。まるで示し合わせていたみたいに……」

 

 平田はそう言うが、もちろん俺と清隆が示し合わせていた、なんて事実はない。

 しかし、掴んでいた解決策の糸口は、同じようなものだったのだろう。

 俺は口を開く。

 

「平田、お前、俺が声をかけたときに言ったよな。俺に何が分かるんだ、って。それは裏返せば、誰かに自分のことをわかってほしい、って欲求の発露だったんじゃないのか」

 

 それはきっと、普段じゃ自分でも気づかない深層心理。

 だが、本当に誰にも知られたくないことなら、そもそもその存在を相手に仄めかすような言葉遣いはしない。

 「お前に何が分かる」というセリフは、相手への拒絶と同時に、心の奥深くから漏れ出たSOSのサインでもあるのだ。

 

「改めて言う。平田、お前の話を聞かせてくれ。お前はずっと、何を考えてたんだ」

 

 清隆の顔は、平田を正面から捉える。

 こちらからは、清隆の表情を見ることはできない。

 しかし、それを見ている平田の目には……明確な恐怖が浮かんでいた。

 そして少しずつ、言葉を紡ぎ始める。

 

「……中学のころ、昔からの親友がいじめの被害にあった、って話は、綾小路くんにはしたよね……?」

「ああ。杉村だったな」

「よく、覚えてるね……そう、そして僕はいじめのターゲットが自分になることを恐れて、彼に何もしてあげられなかった……」

 

 普通の公立中学では、いじめはありがちな話ではあるかもしれない。

 俺の中学でもいじめ自体は存在していた。俺もそのターゲットになったことはあったが、全く気にせずひたすら無視していたら、その連中は飽きたのか、ある日を境にピタリと止んだ。代わりに別の奴がいじめを受けたが、俺は何もしなかった。する余裕もなかった。

 ただ、親しい友人がその被害にあうことは、自身が被害にあうこととは違った難しさがあるだろう。

 

「それが、今のお前の状態に関係しているのか」

「そう……ともいえるね。でも、この話には続きがあるんだ……」

 

 段々と、平田の表情に苦しみが表れてくる。

 

「彼はそのいじめに耐えかねて……飛び降り自殺を図ったんだ」

 

 平田が告げた衝撃の事実。

 いじめによる自殺。メディアで取りざたされることはあるが、それは画面越し、或いは紙面越しの他人事だった。

 まさか、こんな身近にその経験者がいたとは。

 

「図った、ってことは……」

「うん。一命はとりとめた。けど……今でも、彼の意識は回復しないままだよ」

 

 所謂植物状態、というやつか。

 

「いじめを行った人たちを、僕は絶対に許せない。でもそれと同じくらい、何もしようとしなかった自分自身のことも許せないんだ」

「その罪の意識が、この学校でのお前の行動を動機づけていたのか」

「……確かに、その面もあるね。でも、正確には少し違う」

 

 平田の話は、これで終わりではないってことか。

 

「思い出すだけでも、嫌な話なんだけどね……彼が自殺を図ってしまった後、次は僕のクラスメイトが、いじめのターゲットになったんだ」

 

 いじめは人の命を奪いかねない。そのことが心に刻まれ、いじめはなくなると思うのが自然だ。

 しかし、現実はそうではなかった。

 

「人間の底知れない、恐ろしい闇を見たよ。あんな悲惨なことがあっても、いじめがなくなることはなかった。それどころか、今までいじめに加担していなかった人まで、いじめを行うようになってしまった」

 

 怒りに打ち震えるように、強く手を握りしめて話す平田。

 だがそいつらの行動はある種、防衛本能ともいえるかもしれない。

 傍観者のままでいて、いじめのターゲットにされるリスクを負うくらいなら、いじめの加害側になってしまった方がいい。そういう心理が働いたのだろう。

 自殺者が出たのに、ではなく、自殺者が出たからこその帰結。もちろん、そうでない快楽要因もあるだろうが。

 

「絶対に止めなきゃだめだと思った。もう二度と、あんなことは起こさせてはいけない……。その一心で、僕はある行動をとったんだ」

 

 ある行動、とぼかして表現されたもの。

 俺には覚えがあった。

 

「……まさか」

 

 思い出される先日の光景。

 俺が声をかけた際に、最終手段として平田が頼ろうとしたもの。

 

「暴力による恐怖で、そのいじめの連鎖を断ち切ろうとしたんだ」

 

 やはり、そういうことか。

 俺もあの時に感じた。あれは単なる脅しじゃない。本気で暴力に訴えてくる人間、暴力を使いなれた人間の目をしていた。

 

「もちろん、僕は喧嘩自慢ってわけじゃない。でも人間、本気で暴力を使える人なんてそうはいない。一切の容赦なく拳をふるう僕に、逆らえる人はいなかったんだ。そして実際に、学校からいじめはなくなった」

 

 いじめは、集団内のカーストの上位、下位、つまり不平等が存在することによって発生する。それを平田は、自分一人を上位に、そして下位にそれ以外の全員を平等に置くことで排除しようとした。

 荒療治だが、「合理的な」解決方法の一つではある。

 

「でも結果的に、僕の学年は壊れてしまった。ただ学校に来て、授業を受けて、帰る。ここ最近の僕のような生活を、全員で1カ月ほど送り続けたんだ。その後、全クラスが1度全て解体され、再編。そして卒業まで、厳しい監視の目がつき続けた。このことは、僕の住んでる地域の間では、ちょっとした事件扱いされていたよ」

 

 明らかにされた、平田の過去。

 なぜ平田が、あそこまでの平和主義者になったのか。

 それは、このクラスから誰も取り残させない、ということと同時に、二度とあのような方法は取らない、という強い反省、後悔の念から来たものだったわけだ。

 

「クラスが山内を排除しようとする動きが、お前の過去と重なって見えたんだな」

「うん……。僕はあの試験に関して、ずっと沈黙を貫いていたかったんだ。もしまたあの時のようなことが起こってしまったら……なら、いっそ僕は何も知らない方がいい。いや、知りたくなかったんだ」

 

 あの時平田は、「唯一納得できる形は、自然な形での投票で結果を出すこと」と言っていた。

 あの発言に嘘はないだろう。しかし正確じゃない。平田が本音で望んでいたことは、「平田自身が、自然な形で投票は行われたと思うことができる形で、投票の結果が出ること」だったのだ。

 しかし、堀北によって全てが白日の下にさらされた。結果山内が排除された。

 平田の希望は全て裏切られ、そして絶望を味わった。

 

「僕はやっぱりダメなんだよ……今まで必死にリーダーのような顔をしていたけど、いざというときに僕は責任を逃れようとしたんだ。挙句の果てに、僕はまた恐怖でクラスを支配しようとした……絶対にやってはいけないと、分かっていたはずなのに……」

 

 声はだんだんと震え、かすれていく。

 このような背景を持つ平田に、励ましの言葉など響くはずがなかった。

 山内を守れなかったことに絶対的な絶望を味わっている平田に、「平田は悪くない」なんてことを言うんじゃあだめだ。

 ましてや、山内が悪い、なんて言うのはもってのほか。山内を排除しようとするその姿勢こそが、平田をこんな状態にしてしまったのだから。

 

「山内が退学したのは、堀北のせいでも、オレのせいでもない」

「分かっているよ。君たちを責めたりはしない」

 

 清隆は外見上、単に坂柳に利用されただけの人物だ。どうしようもない。

 そして堀北は、これからCクラスが上に上がっていくために何が必要かを考え抜き、非常に大きなリスクを背負って行動した。責められるべきものじゃない。

 

「もちろん櫛田のせいでもないし、知幸のせいでもない。山内に批判票を入れた生徒の責任でもない」

「ああ、そうだね……」

 

 櫛田は山内に、あるいはその背後にいた坂柳に利用されていた。そして俺は少し相談を受けただけ。

 山内に批判票を入れたことも、あの時点では当たり前の選択だった。山内を退学に追い込んだのはその批判票ではあるが、責任があるかと言えばそうではない。

 平田はいま、必死に理解しようとしている。山内が退学したのは、他でもない山内自身の責任でしかなかった、と。

 いじめられ、自殺を図ったという杉村を山内と重ねて捉えている平田にとっては、この思考は相当つらいものだろう。山内に責任を負わせることは、平田にとっては杉村に責任を負わせることと同じようなものだからだ。

 もちろん、杉村と山内では置かれた状況が異なる。しかし、大勢がひとりを排除しようとする、という図式こそを絶対的な悪と考えている平田にとっては、そんな違いは意味をなさない。

 悪かったのは山内。あれはどうしようもなかった。避けられなかった結末だった。そう思おうとしているのだろう。

 しかし。

 

「お前なんだ平田」

 

 そんな平田に、清隆がかけた言葉。

 

「……え?」

 

 意味が分からない、と平田が聞き返す。

 

「分からないか? なら何度でも言う。山内が退学したのは、平田。全てお前の責任だ」

「なっ……!」

 

 冷たく言い放つ清隆。それを受ける平田の目には、再び恐怖の色が浮かぶ。

 

「どうして僕が……! 打てる手は打ったよ! でも、あの時点で山内くんを助ける術は……」

「だがBクラスの一之瀬は、退学者を出すことなく試験を乗り切った」

「そ、それは……Bクラスは、ポイントを積み立てていたからこそできたことだ。入学して1カ月でゼロポイントになってしまった僕たちには、そんなことは不可能だった!」

「なら、それも含めてお前の責任だ。ポイントを積み立てていなかったことも、ゼロポイントになったことも」

「そんな……」

 

 理不尽に、強く平田を責め立てる清隆。

 

「全員を守りたい、誰の脱落も許せないと、思うだけならそれはお前の勝手だ。だがその姿勢をクラス全員に求めるなら、全責任を負う覚悟が必要だ。その程度の覚悟もないなら、そんな幻想を追い求めるなんてできないし、その資格もない。何も考えずに『金持ちになりたい』なんて嘯いているのと変わらない」

 

 細かな違いはあれど、やっていることは俺が一之瀬に対してやったことと似たようなものだ。

 所々に極論を織り交ぜ、話を大きくし、相手に重圧を与える。ショック療法に近い。

 相手に吹っ切れさせるのに有効な手法だ。

 だがこれは、それをやられた相手が、与えられた重圧に押しつぶされるような器じゃない、と信頼していなければとることのできない方法でもある。

 

「全員を守りたいなら、戦うしかない。先頭に立って、前に進むしかない。その過程でもし誰かが脱落してしまっても、それは受け入れるしかない。お前が逃げたり、立ち止まったりしたら、それこそより多くの人が脱落していく」

「……僕は、立ち止まることすら、許されないのかな……?」

「そうだ。だがどうしてもダメなときは、周りに頼ればいい。前を歩くってことは、孤独になるってことじゃない。お前がくじけそうになっても、いや、実際にくじけてしまっても、お前の後ろについてきている人たちが、お前に手を差し伸べるはずだ」

 

 人が転んでしまった時、それに気づくのはそいつの前を歩く人間じゃない。

 そいつの後ろにいて、そいつの姿を常に見ている人間だ。

 前を行く人間には、後ろの人間の支えを受ける権利がある。

 

「こんな……こんな弱い僕が……前を歩いても、いいのかな……?」

「いいんだ。お前が前を歩いていくべきなんだ、平田」

 

 今までの平田は、良くも悪くもクラスの「まとめ役」に過ぎなかった。

 極端な話、たとえクラスが負けようとも、平穏無事であればそれでいい。平田が表面上クラスの勝利を標榜していたのは、それがクラスをまとめるのに有効な旗印だっただけのことだ。

 勝利を目指すためにまとめるのではなく、まとめるために勝利を目指す。一見自己目的化しているようにも見えるが、平田にとっては筋の通った行動だった。

 しかし、今日からは違う。

 

「今のお前なら、前を歩いても大丈夫だ」

「っ……ありがとうっ……ありがとう綾小路くん……!」

 

 清隆がしきりに繰り返している「前を歩け」の言葉。

 これが、平田を「まとめ役」から、真の意味での「リーダー」へと昇華させるだろう。

 これからも退学者は出る。

 そのたびにクラスが機能不全に陥っては、この学校で生き残ることはできない。

 何があっても、クラスの動きが滞ることがないように、清隆は平田という「不良品」を改良し、完成されたパーツへと変化させようとしている。

 それこそが、このクラスが生き残る道だと踏んでいるからだ。

 恐らく、清隆に平田への慈悲などありはしない。

 平田というパーツの価値の高さを見込んでいるからこそ、このようなことを行っているんだろう。

 大粒の涙を流す平田。

 隣で平田の方にそっと手を添える清隆。

 俺はその光景を、外側から、少し冷めた感情で見つめていた。




悩みに悩んで、結局こんな感じでオリ主を同行させました。
原作とほぼ描写が一緒なのはお許しください……

また、次話も少し間が空くと思われます。申し訳ありません。レポートやらの諸事情で……
今しばらくお待ちいただければ幸いです。
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