実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
1
翌日から、平田は見違えるようだった。
教室に入ってきて開口一番、全員に謝罪。そして、これまでひどい扱いをしてきた王にも謝った。
この変わりように、はじめは全員戸惑ったが、すぐに「以前の平田が帰ってきた」と歓喜した。
正確には、以前の平田よりいっそう精神的に強くなってはいるが。
ともかくこれで、平田はCクラスの不安要素などではなく、心強い戦力になった。
Aクラスも、平田の復活は当然嗅ぎつけているだろう。
もちろん、平田は復活しない、なんて希望的観測に基づいた作戦を、あの坂柳が練っていたとは考えられない。
こちらも平田の復活に浮かれることなく、今日という日に向けてしっかりと準備を重ねてきた。
3月22日月曜日。特別試験本番である。
ホームルームは既に終了し、清隆は多目的室へと移動した。
「あなたの戦略が功を奏するかどうかは、かなり重要よ」
「そうだな。でも、お前も成功すると思ったから反対しなかったんだろ」
「それはそうだけれど……」
まあ実際のところ、あまり心配はしていない。
「あの種目」に関しては、恐らく地力でもこちらが上回っている。
あとは、どの種目が選ばれるか、運を天に任せるほかない。
2
場所は変わって多目的室。
公平を期すためか、進行役の教師は、対決クラス以外のクラスの担任が務めていた。
そのため、Aクラス対Cクラスの対決の進行役は、星之宮と坂上である。
二人から試験に関する一通りの説明を終え、いよいよ、試験開始時刻だ。
目の前のモニターには、司令塔である綾小路を除いたCクラス総勢38人の顔写真、そしてCクラスが用意した10種目が表示されている。
「では、本命として提出する5種目を選択してください」
坂上がそう告げた。
Aクラスからは「チェス」「社会テスト」「現代文テスト」「英語テスト」「バドミントン」の5つが、Cクラスからは「タイピング技能」「数学オリンピック問題」「バスケット」「弓道」「中国語検定準1級」の5つが、それぞれ選択された。
「予告通り、ここからは完全なランダム抽選で7種目を決定していきます。選ばれた種目は中央の大モニターに表示されます」
坂上の言葉通り、合計10種が選択され終わった直後、モニターの画面が切り替わる。
そして選ばれた第1戦目の種目は……
『バスケットボール』
Cクラスが選択したバスケットボールだった。
この特別試験では、自クラスが選択した種目での負けは絶対に許されない。
つまり、自クラスの種目が選ばれることは有利であると同時に、プレッシャーがのしかかるということでもある。
「坂上先生、生徒間での私語は自由なのでしょうか?」
参加生徒の選択のカウントが始まってすぐ、坂柳が坂上に問う。
「特に決まりはありません。ご自由にどうぞ」
「ふふ、そうですか。つまり、舌戦を繰り広げる分には何も問題はないということですね」
「ええ。その通りです」
「うっわー、さっすが坂柳さん」
学校側としては、対戦クラスの司令塔同士での舌戦も、特別試験の要素のうちであるという方針だ。坂柳の行動に問題点は一切ない。
「やはり、Cクラスが持つアドバンテージを有効に活用してきましたね。速野くん、王さん、須藤くん、三宅くん。どの種目に誰が参加するか、私たちに手の内を知られたうえでも勝てる種目を選んできた、ということでしょうか」
学校側からのお墨付きを得た坂柳は、容赦なく綾小路に言葉を投げかける。
しかし、綾小路は反応を示さない。
「余計なことは話すな、と堀北さんに念を押されましたか?」
「そうだ」
「フフ、ダメですよ綾小路くん。あなたはいま、Cクラスの作戦指揮は堀北さんがとっている、という情報を私に与えてしまいました」
「いや、それは……」
こんな調子で嬉々として饒舌になる坂柳に対し、常にしどろもどろな綾小路。この場にいる教師の目から見ても、2人の間の力の差は明らかだった。
しかし、これは2人の暗黙のうちの戦略。教師に対して綾小路の実力を隠すためのものだ。坂柳は、わけあってそれに加担している。
そこからは一度会話を打ち切り、互いにメンバー選定を進めていく。
Aクラスは「町田浩二」「鳥羽茂」「神室真澄」「清水直樹」「鬼頭隼」の5人。
Cクラスは「牧田進」「池寛治」「本藤遼太郎」「小野寺かや乃」「南節也」の5人。
「概ね予想通りの人選ですね。私たちAクラスが入れ込んだバドミントンへ向けて、須藤くんをあえてメンバーに入れず、温存を図る。彼の身体能力はかなりのものですから、バスケット以外に活躍できる種目がいくつあってもおかしくありません」
もしもAクラスが5種目すべてを学力系で固めていたら、綾小路は迷わず須藤を投入するつもりだった。須藤の出番はスポーツ系種目のみのため、温存する必要がないからだ。
しかし、バドミントンが入ってきたことで、そうもいかなくなった。Aクラス側はそこまで見越して、学力系で全て固めるのではなく、スポーツ系種目であるバドミントンを入れたのだ。
「ふふ、Cクラスの狙いが透けて見えるようです。司令塔の関与である『任意のタイミングでメンバーを一人だけ入れ替えることが出来る』。試合展開を見て、須藤くんを投入するためのものですね。非常に推測は立てやすかったですよ」
Cクラス側は須藤を温存することで優位に立とうとしていたが、坂柳にその狙いを完璧に看破され、逆に後手後手に回ってしまっている。
「簡単に勝ちを拾うことはできないでしょう。しかし、チャンスはありそうですね。私たちは最初からベストメンバーで挑みますから」
その言葉通り、坂柳が選んだ5人は、Aクラスのバスケットボールにおけるベストメンバーだった。
須藤がいるとはいえ、Cクラスは楽な戦いをさせてもらえない。
中央のモニターには、試合会場である体育館の映像が映しだされている。
両クラスとも準備を終え、ついにティップオフ。
ここから司令塔ができることは、関与を除き、ただ観戦を行うことだけだ。
「そういえば、何やらCクラスの方でも戦略が繰り広げられていたようですね。狙いは……そうですね、Cクラスがバスケットを選ぶか、それとも走り幅跳びを選ぶかを迷わせる、といったところでしょうか」
観戦中の時間つぶしに、とでも言わんばかりに、坂柳は再び綾小路に舌戦を仕掛ける。
「ちょうど1週間前の月曜日、速野くんが行動を起こしていたようですね。翌日の夜9時半ごろに寮のロビーに来るよう、廊下で須藤くんに持ちかけていたのを、Aクラスの生徒が目撃していました」
綾小路は無反応を続ける。
「私は報告を受け、見張りを付けました。火曜日の夜9時半、寮のロビーに集合していたのは……須藤くん、速野くん、そして綾小路くん、あなたたち3人でしたね」
坂柳の言っていることは全て事実だった。
先週火曜の夜9時半、先ほどの3名が寮のロビーに集まり、そしてグラウンドに移動した。
「そこでやっていたのは、走り幅跳びの練習だったそうですね」
「……」
グラウンドの電灯は夜10時半まで点灯している。その時刻までであれば、学校側に許可さえ取れば、グラウンドを使用した練習を行うことが出来る。
当然、グラウンドでは秘密裏の練習を行うことはできないが、この練習に関しては完全な秘密でなくてもよかったのだ。
「あくまでも私たちを迷わせることが目的。完全に秘密にしてしまっては、この策の意味がありません。恐らく速野くんは、盗み聞きされてしまったのではなく、廊下にAクラスの生徒がいることを確認したうえで、わざと盗み聞き『させた』のでしょう。Aクラスにできるだけ悟られないように走り幅跳びの練習を行っている、ということが私たちに伝われば、当然、本命はバスケットではなく走り幅跳びなのではないか、という疑いが生じます。関与の内容や練習に参加していたメンバーも、Cクラスにとっては高い確率で勝ちを拾うことのできるものでしたから」
走り幅跳びの関与の内容は、一度だけ代わりに跳ぶことが出来る、というもの。
これはルールの穴をついた関与の設定だ。
スポーツ系の種目の場合、このような関与の仕方を設定すれば、男子と女子の間で明確な有利不利の差異が生まれる。ましてやAクラスの司令塔は坂柳。走り幅跳びなんてできるはずがない。
しかし、チェスや囲碁、将棋などのボードゲームにおいて、司令塔が一手指しなおせる、という関与が認められている以上、スポーツ系種目でもそのような関与が認められなければ整合が取れない。関与に関して男女間の違いを考慮する、というルール設定はなされていなかったからだ。
そして走り幅跳びが選ばれた場合、一人目に須藤が跳んで勝ち、二人目の女子のところで綾小路が関与し、Cクラスの女子の代わりに跳べば、確実に2勝を手にすることができ、Cクラスは確実にこの種目で勝利することができる。
このルールの穴をついた関与の設定。当然学校側も問題視したが、ここに手直しを行うと大幅なルール改正が必要となり、試験期間に収まらなくなってしまう可能性があるため、改善は行われなかった。
しかし、Cクラスは敢えて、一見勝率が100%に近いと思われる「走り幅跳び」を選択しなかった。
「Aクラスに、走り幅跳びの経験者がいないとは限りませんからね。いくら須藤くんの身体能力が高いとはいえ、走り幅跳びに関してはあくまで素人。経験者にも確実に勝てるかといえば疑問が残ります。そして、バスケを捨て、走り幅跳びを選んで負けてしまった場合、1敗以上にクラスにしこりを残すことになるでしょう。この試験を終え、2年生になってからも、このことを引きずりかねない。ならば、須藤くんの最も自信のある競技であるバスケで挑んでくる。そう結論付けました」
坂柳の完璧な推理。1から10まで全て当たっていた。綾小路としては返す言葉もなく、ただモニターを見つめることしかできなかった。
バスケの試合はひっ迫していた。
Cクラスの牧田進は、バスケ部に未所属でありながらも、スキルはかなりのものだ。チームのエースとして十分な役割を果たしている。
対するAクラスのエースは鬼頭。実力は牧田とほぼ互角。
この二人を中心とした攻防で試合は進んでいく。
須藤を投入するか否か、終始非常に悩む展開。
結局前半10分を折り返して、12対11。須藤は投入しなかったが、Cクラスが1点をリードして後半を迎える。
「面白い試合ですね。まさに一進一退、といったところでしょうか」
坂柳が言う。
たしかに、単純な点差や試合展開だけを見れば、両者の実力は互角に見えた。
しかしや綾小路は、ここで迷わず関与を行う。
須藤の投入。池とメンバーチェンジだ。
「ふふ、温存は諦めましたか」
「ここで勝ちを逃したら本末転倒だからな」
「妥当な判断だと思いますよ。こちらは変わらず行かせていただきます」
Aクラスは当然、ベストメンバーであるこの5人を変えることはない。
数分の休憩をはさみ、いよいよ運命の後半が始まった。
須藤のマークについたのは鬼頭。
しかし、須藤はすぐに違和感を察知する。
『テメエ、やっぱり前半は手ェ抜いてやがったな!?』
鬼頭の動きは前半のものと明らかに質が違う。
一見互角に見えた前半の戦いは、Aクラスによって演出されたもの。須藤を引っ張り出すための布石だった。
しかし、それには綾小路も須藤も感づいていた。だからこそ、綾小路は迷わずに須藤を投入し、須藤もほぼ互角の展開での投入に何の疑問も抱かなかった。
鬼頭の動きのキレは相当なものだが、やはり個人技では須藤が一枚も二枚も上だ。ドリブルで抜き去り、ゴールを決める。
『鬼頭! テメエ経験者だろ!』
『いや、俺たちは種目が発表されてからの1週間しか練習していない。お前は自分が思っている以上に大したことがない、ってことだ』
『んだと!』
煽りを受け、徐々に冷静さを欠いていく須藤。
それに対し、Aクラス側の動きはだんだんとよくなっていく。
後半開始から1分半が経過。須藤を投入したにも拘わらず、差は広がらない。
「フフ、あれは嘘ですよ。鬼頭くんは中学までバスケの経験者でした」
「あの動きは、間違いなくそうだろうな」
16対15。点差は前半終了時と変わらず1点。
「おや、あれは……」
モニターを見ていた坂柳が、ぽつりと声を漏らした。
そこには、Cクラスの本堂が、須藤に声をかけている光景が映し出されている。
一言二言かわし、須藤はうなずいてオフェンスへと上がっていく。
本堂の声かけにより、須藤はいくばくか冷静さを取り戻したようだ。
「ふふ、まだまだですよ。彼の心に隙間がある以上、私たちは執拗にそこを狙います」
ハーフラインを越え、ボールをキープする須藤。
ディフェンスは同じく鬼頭。
須藤が鬼頭を抜きにかかる。
それに対し、俊敏な動きで鬼頭はその前に立ちはだかる。
しかし次の瞬間、予想だにしていない動きが須藤から繰り出される。
『本堂!』
スリーポイントラインから、本堂にパス。
Cクラスのメンバーの中では一番動きが悪く、マークが甘めだったために完全にフリーだった本堂。
スリーポイントラインから数センチ後ろ。角度は左斜め45度。
とても綺麗とは言えないフォームから放たれたスリーポイントシュートは、スパッとリングを通過した。
スリーポイントシュート。Cクラスに3点が加わり、19対15となる。
『よっしゃあ! ナイス本堂!!』
『ああ!』
Aクラスからすれば、まったく予想外の出来事だった。動揺が収まらない中でのオフェンスは、須藤により簡単にカットされてしまう。
再び須藤対鬼頭の1on1。しかし、またしても須藤は本堂にパス。
先ほどと全く同じ位置から、まったく同じ軌道を描いてスリーポイントシュートが決まった。
『っしゃああ! このまま行くぜ本堂!』
須藤に対する挑発でAクラスに傾きかけていた流れは、いまの2つのプレーで完全にCクラスに戻ってきていた。
「マグレ……というわけではなさそうですね」
坂柳自身も、本堂という伏兵には驚きを隠せていなかった。
シュートフォームは素人そのものだったが、二回連続で決めた以上は、マグレではなく実力であると見るべきだ。
須藤の動きにも、段々と元の精細さが戻ってくる。そうなれば、鬼頭であっても須藤を止めることはできない。
『ちょっと熱くなっちまったけどよ、お前じゃ俺には勝てねえんだよ!』
『ぬぅっ!?』
Aクラスのディフェンスをぶっちぎり、豪快にダンクまで決めてしまった。
鬼頭の挑発も、須藤にはもう通じない。須藤もこの1年間で大きく成長したのだ。
じりじりと点差は開いていき、残り2分の段階で30対17。大勢はすでに決していた。
本堂がなぜ、二本連続でスリーポイントシュートを決めることができたのか。
その理由は単純。猛練習を重ねたからだ。
特別試験の発表があってから2週間もの間、本堂は左斜め45度からのスリーポイントシュートのみを、ひたすらに練習し続けた。そのほかの位置からのシュートや、ドリブル、パスなどは一切やらず、このシュートのみを、「速野の指導の下で」徹底的に練習した。
シュートを打つ時のゴール板とリングの景色、ジャンプの高さ、ゴールまでの距離、体の力の入れ具合などを、これでもかというほどに体に覚えこませた。
その結果、フリー且つあの角度からのシュートであれば、高い確率でゴールに沈められるようになった。
もちろん、元々シュートのセンスがあった本堂だからこそできた芸当だ。体育の授業でも、本堂はシュートの成功率だけは高かった。
坂柳が推理で看破した走り幅跳びは、速野によって仕掛けられたトラップ。「Cクラスが選ぶのは走り幅跳びか、それともバスケットか」の謎解きに坂柳の考えを集中させ、本堂という伏兵の可能性に気づかせないための罠だったのだ。
速野はAクラスがこれに気づいていないかどうか、細心の注意を払っていた。
練習場所であるバスケットコート周辺には監視カメラを仕掛けた。本堂との練習の様子を盗み見されていなかったかどうか、また逆にAクラスが監視カメラなどを仕掛けていなかったかを、その映像を見て入念にチェックしていた。
結果として、Aクラスは本堂のスリーポイントの練習に気づかず、今日を迎えてしまった。坂柳の推理は1から10まで正解だったが、その先にあった11以上の存在を感知できなかった。
そして10分が経過し、試合終了。最終スコア34対19で、Cクラスの勝利となった。
「認めざるを得ません。完敗です。まさか本堂くんがあれほどのシュート精度を持っていたとは、思いもよりませんでした。きっと試験期間中、猛練習を積んだのでしょう。それを見抜けなかったのは大きなミスでした。あれは堀北さんの策ですか? それとも……速野くんが関わっていたりするのでしょうか?」
負け惜しみ、というより、単純な興味で綾小路に聞く坂柳。
「悪いが答えられない」
「ふふ、そうですか。ならば仕方ありませんね」
表情や声音こそ穏やかだったが、坂柳の内心では速野に対する闘志が燃えたぎっていた。
もしも本堂のシュートが速野の差し金によるものであるなら……一之瀬の件と合わせて、二度も速野に不覚を取ったことになる。そのことが、坂柳のプライドにたまらなく障った。
しかし、今は特別試験中。常に冷静さを失ってはいけない、と自分に言い聞かせ、次の2戦目に備えて気分を落ち着かせた。
紆余曲折はあったものの、結果としてみればCクラスの圧勝という形で、1戦目は幕を閉じた。
いやー、筆が乗りました。やはり種明かしはいいものですね。間が開くかも、と言っておいて1日も経たずに完成してしまいました。
坂柳の頭脳レベルがあったからこそ、速野のトラップに引っかかった、ということですね。バスケットでも似たようなことがありまして、しっかりとしたスキルがなければ、フェイクを仕掛けられたことにすら気づかない、というものです。
面白い頭脳戦を書けていましたでしょうか……?