実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
いや、ほんと、お待たせしました。
1
「マジかよ本堂のヤツ、スリーポイント2本連続で決めるなんて!」
「大活躍じゃん。 すごーい」
クラスメイトからは、本堂の活躍に対して称賛の声が上がっていた。
本堂はバスケが得意なのではなく、シュートが得意なだけだ。はっきり言って、それ以外の動きは並以下。
だがシュートだけは、本当に何故か正確性が高かった。須藤もバスケの授業中、「あいつシュートだけはよく入んだよな」と、何回も洩らしていた。
俺はそこに目をつけ、Aクラスにバレないよう、本堂を文字通りの「秘密兵器」にしようと思いついた。
どうせバスケは種目候補に入ってくる。自分が活躍できるチャンスとあって、本堂の説得も難しくはなかった。
2週間の練習ののち、あの距離、あの角度からなら10本中6、7本の割合で決められるまでになった。まさか本番で2連続決めるとは思ってもみなかったが。これに関しては嬉しい誤算だった。
夕方には勉強。夜は本堂のシュート練習。深夜に監視カメラの映像のダウンロード作業。休み時間にはその映像を早送りで視聴。非常に忙しい2週間だった。
「あなたの采配が見事にはまった、ということね」
「ああ、労も報われるってもんだよ。2本連続はちょっと出来過ぎだが」
Aクラスはこのバスケにおいて、しっかりと勝利を目指した布陣を組んできた。しかし、それでも須藤がいる限り、Cクラス有利は変わらない。そのため、この種目を落とすことはある意味では「想定内」だった。
しかし、本堂という伏兵によって、Aクラス、そして坂柳は、情報戦という「想定外」の面でCクラスに負けを喫した。
Aクラス、そして坂柳には、ただ負けるよりも大きな心理的ダメージが入っただろう。
「須藤の成長もみられた試合だったな」
「そうね。以前なら、本堂くんの言葉にも聞く耳を持たなかったでしょう」
クラス内投票に続き、須藤の成長が特別試験で発揮された。喜ばしいことだ。
2
続く2、3種目目はそれぞれ社会テスト、現代文テストとAクラスの提出種目が選ばれ、どちらも敗北を喫した。
4種目目は弓道。弓道部に所属する明人がAクラス全員を下し、見事にCクラスが勝利をもぎ取った。
5種目目は英語テスト。この時点での残り種目との兼ね合いで、Cクラスは平田、櫛田、啓誠など可能な限りの戦力をつぎ込んで挑んだが、惜しくも敗北した。
ここまででも、司令塔の二人がいる多目的室では様々な心理戦が繰り広げられていただろう。
しかしその様子は、教室内で待機しているだけの俺たちには知る由もない。
だが、互いに自クラスの指定した種目を落とさずにここまで来ているため、経過としては順調と言える。
「おい、なんかBクラスがピンチらしいぜ」
教室の誰かがそう言った。
聞き耳を立てていると、現在の状況は3勝2敗でDクラスのリード。だがBクラスにとってマズいのは、自らが提出した種目で敗北を喫しているところだ。
そしてさらに。
「龍園くんが、司令塔に……?」
驚愕の表情を浮かべる堀北。
やはり、そういう展開になったか。
「背水の陣を敷いてきたな」
「予測のつかなかった展開ね。プロテクトポイントを持つ生徒が司令塔になるものだと、誰もが思っていた」
その先入観も、龍園の作戦の一つではあるのだろう。
敗北すれば、司令塔は退学。だから、プロテクトポイントを持つ生徒が司令塔になるという、至極単純明快な理屈。
ただし、一度退学を決意し、退学を恐れていない龍園は唯一と言っていい例外だ。
なぜ龍園が再び表舞台に復帰したか、その心理を推し量ることはできない。だが恐らくあいつは、この試験の結末として自分が退学するなら、それでも一向にかまわないと思ってるんだろう。
開き直れる人間は強い。ましてや龍園だ。
Bクラスとしては非常に厳しい戦いだろうな。
だが、こちらも相手はAクラス。他クラスの戦いにいつまでも注目しているような余力はない。
6種目目。
選ばれたのは『数学オリンピック』
俺の出番だ。
「6種目目の『数学オリンピック問題』に指名されたのは、速野知幸、高円寺六助の2名です。指定の教室まで移動します。筆記用具を持参し、教室を出てください」
担当の教諭が俺と高円寺を呼ぶ。
指示通り、俺は机の上にあった筆箱のみを右手に持ち、席を立った。
高円寺も、ここで無駄に逆らうようなことはしないらしく、特に何も言わずに立ち上がった。
「本当に大丈夫なの?」
予めわかっていたことだが、高円寺は戦力として数えるわけにはいかないため、戦うのは実質俺一人。
堀北はやはり、そのことに不安が残っているようだ。
「ああ。……たぶん」
「ちょっと、たぶんじゃ困るわ」
「分かってるよ。やれるだけはやる」
俺としてもギリギリの判断だ。
本来は4時間ほどかけて解く問題量を、ボリュームや配点はそのまま、制限時間を1時間に縮めて解く。数学オリンピックに向けて訓練を積んだ生徒ではなく、一般の高校生を相手取って、だ。
Aクラスの中で最も高得点を取る可能性のある生徒は、司令塔である坂柳だった。しかし、司令塔の関与はできるだけ制限した。
この条件のもとなら、二人までなら相手できる、と俺は判断した。
これが正しいものだったのかは、終わってみなければわからない。
堀北と別れ、高円寺とともに担当教諭についていく。
案内された教室に入ると、既にAクラス側の二人は入室していた。
「……」
名前は分からないが、クラス内の話し合いではノーマークだった生徒だ。
Aクラスは、この種目を無理に取りに行くより、他の勉強系種目に高い学力の生徒をつぎ込んだ方がいいと判断したのだろう。有体に言えば「捨てた」ということだ。
いずれにせよ、俺のやることは変わらない。
普段使用されていない教室なのだろうか。教室にある座席は必要最低限の4つだけだった。後ろに下げられている机などもない。
余っていた二つの座席に俺と高円寺が座ると、教卓のそばに立っていた別の担当教諭が、試験に関する説明を始めた。
「それでは、各クラスの司令塔により選出された生徒がそろいましたので、問題用紙、および解答用紙を配布します。名前を記入するのは解答用紙のみで構いませんが、テスト終了後には問題用紙も回収しますので、注意してください。また、既に説明はあったと思いますが、問題用紙に収録されている問題量は、本来4時間ほどの時間をかけることを想定したものになっています。その点に注意して回答してください」
担当教諭は、丁寧にもこのような説明を付け加えた。
だがこれは恐らく、単なる親切心ではない。何らかの背景がある。
4時間余りのボリュームの問題を1時間で解く、などという種目の申請がなぜ通ったのか。よくよく考えればこれは非常に不自然なことだ。
だが俺は堀北に頼んで、種目の申請時に「大学受験においては、制限時間との兼ね合いで解くべき問題と捨てるべき問題の取捨選択の能力が求められる。これは受験だけでなく現実社会でも同様で、タスクの難易度を図る能力は社会生活において備えておくことが求められるものである」という説明を付け加えた。
正直この言い分が通るかは微妙だったが、結果としてこのようになっているのでよしとしよう。
先ほどの教師の説明の付け加えには、恐らくこのような背景があったと思われる。
「司令塔とのやり取りは、合計一分間まで、この端末を使用して可能となります。端末は各クラス司令塔からの指示で、Aクラスには吉田くんに、Cクラスには速野くんに配布します」
そう言って、担当教諭が机の端に端末を置く。
これで、舞台はそろった。
あとは俺が全力で、目の前にある問題を解くだけ。
「時間です。始めてください」
開始の合図と同時に、俺は教室の様子を映しているカメラに一度視線を向け、すぐさま問題に取り組んだ。
3
モニターに映る速野くんの目線が、一瞬だけこちらに向いた気がしました。
速野知幸くん。
私は彼に、未だに勝ったことがありません。
そもそも彼とは勝負をしているつもりはありませんでした。そのため、本来は勝ったも負けたもないはず。
しかし、気がついたら彼にしてやられている。
勝負が決した瞬間、誰に負けたのかすら判然としない。それも二度も続けて。「負け」という結果そのものももちろんですが、それ以上に腹立たしいことでした。
そして、今の彼の私への視線も、そういった私の心情を見透かした上での挑発、ということなのでしょう。
もちろん、正面から受けて立ちましょう。
この試験では、私は綾小路くんとの勝負を存分に楽しむつもりでした。邪魔をしてほしくないというのが本音ですが、問題はありません。問題があるとすれば、これまで彼に対して勝ち切ることができていない私の方。
また、Cクラスのもう一人の生徒は高円寺六助くん。私の見立てでは、速野くん、高円寺くんの学力に匹敵するような人員は、Aクラスにはいません。
そのため私は、他の種目に優秀な人員を採用する方が確実性が高いと判断し、初めからこの種目は「捨てる」ことを決めていました。
種目の勝敗は気にせず、私は速野くんと競うことができます。
司令塔の関与の内容上、司令塔である私と綾小路くんにも問題用紙が配布され、テスト開始時刻と同時に解きはじめます。
Cクラスの10種目が私たちAクラスに通達されたとき、「数学オリンピック」という種目を目にした瞬間、すぐに速野くんが出てくる種目だと察しがつきました。そしてインターネットを使用し、実際に過去に数学オリンピックで出題された問題を見ました。
難易度はかなりのもの。しかし全て、私に解けないほどのものではありませんでした。
目の前にある問題を見ても、その感想は変わりません。数学オリンピックの正規の時間制限であれば、全問正解もそう難しくはないでしょう。
1時間という時間制限の中であれば、私に解けるのは恐らく、多くとも。
いまはそれに全力を注ぐことにしましょう。
これは、横にいる綾小路くんとの対決でもありますしね。
4
解答時間が終了した。
オレは知幸から、事前に「やるのは答え合わせだけでいいから、解答時間中は全力で解いてくれ」と言われていたため、その通りにした。
結果、オレは制限時間中に3問中2問目の途中までを解き、知幸に自らの回答を送信した。
返信はなかった。そのため知幸と答えや解答方針が一致しているかどうかは分からないが、映像で見る限り、オレの回答を端末で受け取ってから手直しをした場面はなかったため、恐らく問題はなかったんだろう。
採点に10分ほどかかるようで、その間待機しているよう、坂上先生から指示が出された。
「どうでしたか綾小路くん。出来の方は」
暇つぶしの雑談、といった具合で、坂柳から話を振られる。
「時間内に2問目の途中まで解いて、要点だけを知幸に送った」
「そうでしたか。大体同じですね」
「そうか」
3問目も解答の方針までは立てられていたが、時間切れで答えを導き出すには至らなかった。
「私も2問目の途中まで解き、解答に使用する定理や公式などをまとめて送信しました。これで、吉田くんの点数が1点、あるいは2点でも上がってくれていればよいのですが……ところで、速野くんは何点でしょうか」
「それは分からないが、話を聞く限り、本人は満点を取るつもりだった」
それを聞いて、坂柳の表情が驚愕に染まる。
「満点……まさかとは思っていましたが、速野くんは本当に1人で勝つつもりだったのですね」
「そうだ」
「彼のペアに高円寺くんを選んだのは、この問題をクリアできるポテンシャルを持つ人間が高円寺くんしかいなかったこと、でしょうか」
「さあ、どう考えるのもお前の自由だ」
坂柳の推測は当たっている。
高円寺が真面目に課題に取り組むとは、Cクラスとしても考えていない。しかし、少なくともポテンシャルは持っている。
解く実力はあるが、やる気のない人物。そしてそもそも解くことのできない人物。これらの二者択一なら、この種目に必要なのは前者の方だ。
「この難易度の問題3問を、たったの1時間で全問正解なんて、可能なことなんでしょうか」
坂柳の感情はもっともだ。
知幸の言ったことは無謀。実際に数学オリンピックの問題を見たとき、そう思った。
オレ自身、全問正解すること自体は造作もない。しかし、それを1時間でやるのは不可能に近い。オレが司令塔ではなく回答に全力を注いでいたとしても、少なくとも1時間半以上はかかっていただろう。
しかし、恐らくそれができてしまうのだ、知幸には。
「採点の結果が出ました」
そして、坂上先生の口から結果が告げられる。
「点数は、1問につき7点の21点満点。個人の点数ではなく、2人の合計点で発表します。まずAクラス、合計6点」
お世辞にも高いとは言えない点数だった。
恐らく、この6点のほとんどは、司令塔である坂柳からの関与によるものだろう。
「そしてCクラス……合計21点。よって、第6種目はCクラスの勝利となります」
それを聞いて、坂柳に衝撃が走る。
高円寺が解答を記述している様子なかったため、恐らく0点。
つまり、この21点は全て知幸が獲得した点数。
知幸は宣言通り、満点をとった、ということになるわけだ。
「本当に、彼は満点を……」
Aクラスが敗北を喫したことよりも、知幸が満点を獲得したことの方が、坂柳にとってショックが大きいようだ。
「正直、オレも驚いた」
例えホワイトルーム生であっても、このような芸当が可能な人物はいないだろう。
数学オリンピックという土俵に関しては、現時点で、知幸はオレや坂柳のはるか上のレベルにいる、ということだ。
しかし、坂柳にとって「知幸に敗北した」という事実は変わらない。
それも、バスケから続いてこの試験で2度目の敗北だ。
ダメージは相当なものだろう。
努めて何とか保たれていた坂柳の冷静さが、この敗北で崩れかけている。
こちらとしては非常に都合がいい。
司令塔の判断力が鈍れば、こちら側の勝率が高まる。クラスの勝ちを優先するなら、このまま放置しておくべきだ。
しかし、そうはしない。
「言う必要のあることだとは思わなかったから言ってなかったが、知幸は数学オリンピック出場経験者だそうだ」
「……本当ですか?」
「ああ。本人がそう言っていた」
この点数の取り方を見ると、嘘ではなかったのだろう。
「私もその可能性を考えて、過去の数学オリンピックのメダリストを調べましたが……『速野知幸』という名前の人物は載っていなかったはずです」
「そうなのか」
「ええ……ですが、その代わりに『平沼知幸』という人物は掲載されていました。彼と名前が一致しているのが気にはなりましたが……そういうことだったのですね」
それは俺も知らなかった。あいつは元々「平沼」って苗字だったのか。両親が離婚した、ってところだろうか。
本人としても触れられたい話題ではないだろうし、こちらも触れたいわけじゃない。これ以上の詮索は控えることにする。
「なるほど、そういうことでしたか。彼は数学オリンピックのメダリストで、作問のクセや、点の取り方を熟知していた。もちろん、その土台にある彼の学力の高さは言うまでもないことですが……だからこそ、あのようなパフォーマンスが可能だった、ということですね」
「まあ、そうなるな」
学力に限った話であれば、恐らくオレ、坂柳、知幸の間に大した差はないだろう。全員、正解を導くことのできる「引き出し」は備わっている。
しかし数学オリンピックの熟練者である知幸の場合、その引き出しの中のどれを開ければいいのか、どこを探せばいいのかの判断が、オレたち2人とは比べ物にならないほど速い。
数学オリンピックの出題傾向、分野などから、瞬時に解法を判断する。これは学力そのものというより経験がモノを言う領分だ。
知幸との回答速度の差はそこだろう。
「そう、そうでしたか。ならば、仕方がありませんね」
自分に言い聞かせるようにそう言う坂柳。
「いけませんね。まだ1種目残っているというのに、少々冷静さを欠いていたようです」
坂柳の表情に、段々と元のゆとりが戻っていくのが分かる。
「お気遣いありがとうございます、綾小路くん。敵に塩を送られた形になってしまいましたね」
「いや、オレは……」
まあ、誤魔化しても無駄か。
知幸が数学オリンピックの手練れだったことを話し、坂柳に冷静さを取り戻させる。
坂柳が動揺したことに関してオレに責任があるわけでは全くないが、このような形で決着がついてしまっては、坂柳は納得しないだろう。
しっかりとした形で決着をつけ、これ限りで綺麗さっぱり片付く方がオレとしても都合がいい。結果として敵に塩を送ることになったとしても、それは大した問題ではない。
ともあれ、これで3勝3敗。紆余曲折はあったが、形だけ見れば互いの種目を順当に取り合って、イーブンということになる。
そして抽選によって最終戦に選ばれたのは……
『チェス』だ。
5
最終種目はチェス。
堀北が指名され、教室を出て行った。
チェスに覚えがあると言っていた清隆に、この1週間教わっていたんだろう。恐らく直接ではなく、ネット上のオンラインという形で。
どうでもいいが、俺はチェスなんてルールすら知らない。
ボードゲームで分かるのは将棋とオセロくらいのものだ。
ただ、チェスは将棋と少し似ているらしい。
教室には対局の様子が映し出されているし、端末で駒の動きを調べて、自分で勝手に次の手を考えたりしてみるか。
チェスの駒の種類は6種。最も強い駒はキングではなくクイーンか……将棋で言うと王に対する竜や馬みたいなもんか。
なるほどな。調べてみると、確かに将棋と似ているとはいいつつも、まったく違う面白さがありそうだ。
しかし、いま駒の動きを知っただけのヤツと、一週間とはいえチェスに触れた人物とではレベルの差は明らか。対局は堀北対橋本だが、二人とも、先ほどからこちらには思いつかないような有効な手を繰り出していく。
「……」
いくら考えても、二人を上回るような手は俺には思いつかないので、興味の対象を対局の様子から端末に移し、俺はチェスプロブレムをやり始めた。将棋で言う詰将棋だ。
端から見れば試験の最中にゲームをやりだすバカタレだが、対局の分析とでも言い訳すればいいだろう。それに教室内を見回しても、ほとんどのクラスメイトは俺と似たようなものだ。試験の勝敗に関して一定の緊張感はありつつも、対局の様子を見ても理解が出来ないため、ほとんどの人間は雑談に興じている。
チェスプロブレムの初級は、まったくの素人である俺にも解けるものばかり。たまに長考が必要だが、それでもほとんどの問題は30秒とかからずに解くことができる。
そのままチェスプロブレムに没頭しているうち、対局はどんどんと進んでおり、気づけば終盤。既に両クラスともに連続30分間に限定された司令塔の関与を発動し、それも互いに残り2分弱となっている。まさに佳境を迎えていた。
「これは……清隆の長考か」
俺に分かるのはこれだけ。盤面の状況で、どちらが有利でどちらが不利か、なんて判断は全くつかない。俺につくはずがないのだ。
しかし。
「……あれ、この盤面……確か」
見覚えがあったのだ。
俺は簡単なチェスプロブレムを解いた後、世の中にはどんな難しいチェスプロブレムが存在しているのかが気になり、調べたのだ。
確かその中に、酷似した盤面があったはずだ。
端末の検索履歴をいくつか遡り、そして見つけた。
「これか……」
考えても分かるわけがないので、すぐに解答が載っているページに進む。
そしてそれとほぼ時を同じくして、堀北が自陣の駒を動かした。
「……」
そして、この盤面にもまた見覚えがあった。
チェスプロブレムを解いていく中で、俺は「サクリファイス」という技があることを知った。
ボーン・サクリファイス、ルーク・サクリファイスなど、そもそもリスクの高いサクリファイスの中でも比較的リスクの低いもの。
クイーン・サクリファイスという、とてつもなくハイリスクなもの。
そしてこの盤面は、そのクイーン・サクリファイスが決定打となる盤面で紹介されていたものによく似ていた。
橋本が駒を動かす。
Aクラス陣営がとった戦法は、何を隠そう、そのクイーン・サクリファイス。
チェックメイト。
Cクラス側の勝ち目は完全についえた。
結果、堀北の投了でチェスは決着。
選抜種目試験、最終結果3勝4敗で、CクラスはAクラスに敗北を喫した。
6
「お疲れさん」
試験終了後、既に解散が告げられた教室にチェスの会場から戻ってきた堀北に声をかけた。
「ええ、あなたこそ。本当に一人で勝つなんてね」
「Aクラス側が、あの種目を本気で取りに来てたわけじゃなかったってのが大きい」
「けれど、満点だったんでしょう?」
「ああ、一応な」
数学オリンピックにはクセがある。この手の問題に慣れている人間と慣れていない人間とでは、同程度の学力を持つ者同士でも歴然の差が出る。
それは例え底が知れない清隆や坂柳、それに高円寺でも変わらない。
どんなにスペックの高い人間でも、いきなりバスケでNBA選手に勝てと言うのは不可能だろう。それと同じことだ。
数学オリンピックに限らずとも、同様のことが言える。
数検や英検にもクセはあるし、大学入試なんてその最たる例だ。大学ごと、作問者ごとに、どのようなアプローチで解けばより高い得点を獲得できるかは微妙に異なる。一定以上の学力をつけた後は、この「クセ」の見分けがカギを握る。
「そっちはどうだったんだ。チェス」
坂柳と清隆の空中戦を体感したであろう堀北。
その表情は、どこか複雑なものだった。
「正直、訳が分からなかったわ。私も彼にチェスを教わってから1週間だけれど……そんな素人でも分かるほどの次元の違いを、肌で感じたわ。あの二人の戦いはそれほどに高度なものだった。負けはしたけれど、私にはどうすることもできなかったわ。彼を責められる人間はいないでしょう」
「……そうか」
映像で見ていただけの俺ですら感じるほどだ。当人たちはより強くそう感じるだろう。
ただ……
「何か気になることでもあるの?」
「いや、いいんだ」
それだけ言って、俺はバッグを背負い、教室を出た。
気になることと言っても、何、そんなに大したことじゃない。
堀北が投了する2手前、司令塔の清隆が長考の末に打った一手。
それが、チェスプロブレムのサイトに載っていた手と性質の違うものだったというだけのこと。
だがサイトの作者も清隆も、チェスに関しては俺とは住む世界が違う。ほんの小一時間チェスプロブレムに触れただけの俺の疑問に、何か価値があるとは思えない。
何はともあれ、これで1学年最後の特別試験は終了した。
結果としては敗北。3勝4敗で、オレたちはクラスポイントを30減らすこととなった。
だがAクラスを相手に大健闘だったのは間違いないだろう。
たらればだが、7種目目にもしCクラス側の提出した種目がきていたら、勝利していた可能性も高い。
ちなみにだが、Bクラスは5勝2敗でDクラスに敗れたそうだ。
クラスポイントで、俺たちCクラスはDクラスに劣ることになる。
俺たちはDクラスで、龍園たちはCクラスで、それぞれ進級を迎えることになりそうだ。
まあ、とにかく今日はとっとと帰って寝よう。疲れた。
坂柳が速野にあのような負け方をして、そのままチェスに移ったら、綾小路に勝てない気がしたんですよね。そのあたりの展開をどうまとめるかに1カ月くらい頭を悩ませていました。
あまり綺麗な終わり方ではありませんが、これで原作11巻分は終了、ということになります。後日談などを書くとすれば、11.5巻分にまとめようと思います。