実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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ほんとに、もうほんとにお待たせしました……
.5巻の構成難しすぎる


第11.5巻
ep.91


 

「答辞。梅の香りに、春の息吹を感じるこの日、私たち3年生は、卒業を迎えます」

 

 壇上から、卒業生代表の答辞がマイクを通して在校生全員に伝わる。

 堀北学。

 最終特別試験を見事クリアし、Aクラスのリーダー、そして卒業生の代表としてこの舞台に立っている。

 特別試験においては、現生徒会長である南雲先輩から何らかの妨害を受けたと予測されるが、それをはねのけ、Aクラスで卒業することになった。

 生徒会長とは言え、学年という壁はやはり大きかったか。個人の実力で見ればあの二人に大きな差はなさそうだが、3年Aクラスの牙城を崩すには至らなかったようだ。

 俺と堀北学との関わりは、大して深くない。ただ、他の生徒と比較して薄いわけでもないだろう。

 あの人から、生徒会へ勧誘されたことを思い出す。

 俺を誘った目的は一つ。現南雲会長のストッパーとしての役割を俺に負わせること。

 当然俺は断った。

 そしてこの人が生徒会を引退した後、南雲会長を止める手伝いをしてくれと頼まれた。

 だがそれも断った。その件に関しては龍園も話に加わっていたが、結局は清隆一人がその役目を受け負うことになった。

 それ以降、清隆がどのように動いているかは分からない。だがまあ、あいつのことだ。「よきように」しているんだろう。

 堀北先輩の期待通りに動いているとしても、そうでないにしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式は、その全日程を滞りなく終了した。

 この後は、卒業生、およびその保護者、そして高度育成高等学校の教員を交えて、謝恩会が開かれるらしい。

 謝恩会の会場は体育館。そのすぐ外で、部活などでお世話になった先輩の出待ちをする者も少なくない。ただ、特に先輩とのかかわりを持たなかった在校生は、そのまま帰宅という者がほとんどだった。

 あるあるだな。仲いい友達は部活やってて先輩と楽しそうにしてる中、自分は帰宅部で何もやってなかったから卒業式の日にぼっちで手持無沙汰になるパターン。俺はそんなことにはならなかったけどな。まあそもそも仲いい友達がいなかったからなんだが。

 俺の所属する学習部の部員は俺一人。当然見送る先輩などいるはずがない。そのため俺も直帰するという選択肢を取ることはできるが、それは流石に気が引ける。せめて堀北先輩の見送りくらいはすることにしよう。

 謝恩会は1時間ほどを予定していたはず。それまでに体育館前にいけば大丈夫だろう。

 卒業式が終わった後、在校生は一度各々の教室に集められている。担任から軽く連絡事項を受け、その後は完全自由行動となっている。

 謝恩会が終わるまでの間、時間をつぶす必要がある。

 教室でボーっと待つのもいいが、俺は退屈しのぎに校舎内をふらつくことにした。

 この学校の校舎は広い。俺も約1年間ここで過ごしてきたことになるわけだが、今までに行ったことのない場所なんていくらでもある。

 今後校舎を使った特別試験がないとも限らないし、その予習だと思えば多少の意義も生まれる。

 生徒は普段立ち寄らないような場所。

 体育館前の喧騒はここには届かない。俺が地面を踏みしめる足音以外にあるのは静寂ばかり。

 距離的には近いからこそ、まるで別世界に来てしまったかのような不思議な感覚に陥る。

 同時に、どこか冒険心をくすぐられるような感じを受けた。

 どのような用途で配置されているかもわからない教室。その多くはカーテンがかかっており、窓から中の様子を覗き見ることはできない。

 そんな教室をひたすらに通過していき、15分ほどが経過したころだろうか。

 頻繁に立ち寄るわけでもないが、かといって全く知らないというわけでもない、そんな場所にたどり着いた。

 応接室。

 直近では、学習部の対外試合について茶柱先生と話し合う際に使用した場所だ。

 

「……ここはいいか」

 

 俺が求めているのは目新しい場所。応接室はそれには当てはまらない。

 そう考え、引き返そうとしたその時。

 

「……?」

 

 微かに廊下に響く1人分の足音が聞こえてきた。

 この時間、この場所に、俺以外に誰かが一人でいる。

 教職員は謝恩会に出席しているだろうから、生徒である可能性が高い。

 妙に気になる。

 俺に足音が聞こえているということは、恐らく向こうにも俺の足音が聞こえていたはずだ。

 その「誰か」に不自然に思われないよう、俺はすぐ近くの階段を一度下りて、向こうの人間に俺の足音が聞こえなくなっても自然であるような状態にする。そして次に足音を立てず、気配を殺して一度降りた階段を上った。

 そして踊り場の壁に隠れ、先ほど足音が聞こえた廊下の様子をうかがう。

 

「失礼します」

「……!?」

 

 声だけで、それが誰なのかがすぐに分かった。

 危なかった。

 驚きのあまり音を立ててしまうところだった。

 しかし恐らくは大丈夫なはず。

 音は立てていないし、気配も殺した。足音のみで距離を測って相手の背後に回っていた上、視線は一切寄越さなかった。

 その他諸々の条件を踏まえても、俺に気づく要素はない。

 たとえ相手が、底の知れない「清隆」であったとしても。

 そして何より今、清隆がそのまま応接室に入っていったのがその証拠。

 卒業式が終わってから、あいつが教師に接触、あるいは呼び出されるようなことがなかったのは覚えている。つまりあいつが応接室に足を運んだのは、事前に予定されていたことの可能性が高い。

 となれば、これはオフレコだろう。その様子を俺に見られていることに気づいていたとしたら、応接室を何食わぬ顔でスルーして、別の方向に行くか、あるいは偶然を装って俺に声をかけるかしていただろう。

 ……まあ、俺に気づいたうえで「問題ない」と判断している可能性も捨てきれないが。その時は大人しく認めるだけだ。こちらに何らやましいことはないのだから。俺は校舎をふらついていたら、たまたま応接室に入っていく清隆を目撃しただけ。

 それより少し気になるのは、清隆一人で入室したこと。

 応接室を使用するということは、誰かしら教師が関わっているはずだ。

 「失礼します」と清隆は言っていたが、既に中に誰かがいたからと考えるのは早計だ。予め概ねの集合時間だけ決めておいた場合、自分が先か、それとも相手が先かが分からず、とりあえずの措置として発言した可能性もある。

 10分ほど息をひそめて待っていると、再び足音が聞こえてきた。

 今度は二人分の。

 先ほどと同じように、そちらの方に視線を向けることはない。

 しかし、そのうちの1人が誰なのかはすぐにわかった。

 足音に混ざり、カツ、カツと、杖の音が聞こえてきたからだ。

 坂柳だ。間違いない。

 ほどなくして、応接室の扉をノックする音が聞こえてくる。

 ノックの強さからして、同行者は教師、それも男性か。

 

「既に集まっているようだな」

 

 聞き覚えのある声。Aクラス担任の真嶋先生だ。

 そして「集まっているようだな」というセリフ。

 応接室内にいる人物が清隆一人だけなら「集まっている」なんて日本語は使わない。つまり応接室内には少なくとも2人、清隆以外にも誰かがいることになる。

 その人物が誰か、思い当たるとすれば、俺たちの担任であり、学習部顧問の茶柱先生。

 茶柱先生は、清隆が実力を隠していることを知っている。

 星之宮先生の様子を見る限り、全ての教師が清隆について知っているわけではない様子。しかし少なくとも茶柱先生は知っている。

 そして何らかの形で清隆に脅しをかけ、実力を発揮させようとしていた。恐らくは清隆の進退に関わる手法で。

 清隆が教師と密会を持つとすれば、茶柱先生が関わっている可能性は高いとみるべきだ。

 だが、分からない。全く見えない。

 茶柱先生と清隆、清隆と坂柳、坂柳と真嶋先生、真嶋先生と茶柱先生、というようにペアごとに分けて考えれば、その繋がりはまだ分からなくもない。だが、誰がこの4人を一直線につなげた?この密会の発起人は?いやそもそもの話、中にいたもう一人は本当に茶柱先生なのか?

 そして、真嶋先生が謝恩会をわざわざ抜け出してまで顔を出す、この密会の内容は?

 

 

「……なんか、見ちゃまずいもん見たかもな」

 

 何もかもが分からないことだらけ。

 一つ推測できることがあるとすれば……俺が感じている、清隆と坂柳の裏にある何らかの繋がり。それがこの密会に関わっているであろうということだ。

 どうにも匂う。

 だが……果たして、俺が深追いをしてもいいことなのだろうか、これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、足早に応接室を離れた俺は、これ以上校内を探索する気にもなれず、そのまま教室に戻った。

 教室の様子を見ると、中には寮に帰った生徒もいるようだが、それでも多くの生徒は教室に残って、卒業生が謝恩会を終えるのを待機していた。

 そして、その中には堀北の姿もあった。

 椅子に腰かけつつ、声をかける。

 

「帰らないのな」

「……別に、あなたには関係のないことよ」

 

 目をそらしてそう答える堀北。

 

「関係ないことはないだろ。多分目的は俺と一緒だろうしな」

「……どういうこと? あなたと兄さんの間に、あなたが出待ちをするほどの関わりはなかったと記憶しているけれど……」

「ああ、やっぱりお前は堀北先輩を待ってるのか」

 

 ある意味、堀北が墓穴を掘った形。それに気づいた堀北がこちらをにらみつけてくる。

 

「そう睨むなって。別に言葉遊びがしたいわけじゃない。あの人とはお前の知らないところで色々とあったんだ」

「……そう。正直意外だわ。あなたと兄さんにつながりがあったなんて」

「まあな」

 

 堀北は、その詳細を敢えて聞いてくることはしなかった。

 俺は聞かれても答えないと踏んでいるんだろう。

 確かに洗いざらいってわけにはいかないが、答えられる範囲のことは答えるけどなあ。

 

「でもまあ、色々あったとは言うものの、お前とは違って直接話しかけるほどの間柄でもないからな。俺は遠巻きから見るだけにとどめておくつもりだよ」

「私は……別に、兄さんと直接話すつもりはないわ」

「え、そうなのか」

「ええ。兄さんを慕う生徒はたくさんいるはず。1年生にも、2年生にもね。そこに私が入っていく隙はないわ」

「ふーん……」

 

 個人的な考えを言えば、最後に会って1対1で話をした方がいいだろう。ただ、まさか無理やり引っ張って堀北先輩の前に突き出すわけにもいかない。

 最後に決めるのは本人だ。本人が話したくないと言うなら、俺はそれを尊重するまでだ。

 本当に「話したくない」なら。

 

「少しいいかしら」

「ん、なんだ」

「参考までに聞きたいのだけど。あなたは、この一年間のこのクラスをどう見る?」

 

 教室を見渡しながら、そんな質問を飛ばしてくる。

 

「総括しろってことか」

「短くまとめると、そういうことになるわね」

 

 難しい問いだな。

 そもそも俺が総括をするような立場にあるかという疑問は、この際放っておこう。問いの前提を崩しても無意味だ。

 1年間を頭の中で振り返りつつ、言葉を紡いでいく。

 

「……まず間違いなく、全体として成長してるだろうな。去年の5月を起点として、停滞している生徒はほとんどいない。程度の差はあれ、ほぼ全員何らかの形で成長を見せてる」

 

 定期試験や特別試験の中で活躍できている、できていないは関係ない。比較対象は他人ではなく、過去の自分。

 クラス内投票の際、俺が批判票を入れる候補に挙げた佐藤、井の頭、そして愛理も例に漏れない。活躍はできていないかもしれないが、成長していることだけは間違いない。

 もちろん、俺自身もだ。

 

「特に顕著なのは須藤、そして堀北、お前だと思う。体育祭以降のDクラスの躍進の原動力は、間違いなくお前ら2人の大きな成長だろう」

 

 一度完全な挫折を味わった二人。一之瀬のときもそうだったが、一度壊れ、そして再び戻ってきたものは強い。

 そういった意味では、平田の今後の成長にも期待がかかるところだ。

 

「ただ、他クラスも同じように成長してる。昨年5月との比較でポイントを最も伸ばしているのは俺たちだが、実際のところ、清隆一人の暗躍によるところも大きい。クラス全体としての成長って意味じゃ、数字だけを見ての過大評価は禁物だな」

 

 特に無人島試験での清隆の動きは、Dクラスの窮地を救った。

 船上試験でも、あのグループを勝利に導いたのは清隆だ。

 夏休み前、茶柱先生が清隆に何らかの圧力をかけて、力を発揮せざるを得ない状況にした。もしそれがなければ、今のこのクラスはなかったかもしれない。

 

「まあ、こんなところだ」

 

 総括といっても、このようなありきたりなことしか言えない。もちろん清隆の動きを多少知っている分、それを踏まえた分析については他の生徒よりもできる。だがこれくらいのことは、俺に言われずとも堀北もわかっているだろう。

 

「それで、成長を見せていない生徒とは、誰のことかしら」

 

 お前のやることなんてお見通しだ、とでも言わんばかりの鋭い視線でこちらを捉える堀北。

 

「……耳ざといな」

 

 まあ、指摘されてしまえば言うほかあるまい。

 「ほとんど」ということは、全員がそうというわけではない。

 

「……櫛田だよ」

 

 声を潜め、堀北以外に聞こえないように、その生徒の名を口にした。

 いま櫛田本人は席を外しているようだが、他の生徒であっても聞かれるのはまずいからな。

 櫛田は未だに自身の過去に囚われ、そこから抜け出せないでいる。元々のポテンシャルの高さで試験では活躍できているが、入学時から成長できているかといえば、俺は首を縦に振ることはできない。

 俺はそこを利用させてもらってるわけだが……

 それを受けた堀北は何を思っただろうか。いずれにせよ、堀北の表情は微塵も変わることはなかった。

 

「そう。ありがとう、参考にさせてもらうわ」

「お、おう。そうか……」

 

 特に反論することなく、素直に俺の言葉を受け取った。

 ……やっぱり慣れないな。こいつがこんな素直な反応を示すのは。

 なぜ俺が櫛田にこのような評価を下したのか、その思考回路まで恐らく堀北は分かっているだろう。

 そのうえで、こう考えているはず。櫛田を過去から解き放ち、このクラスが躍進するためのピースへと成長させるためには、どうしたらいいか。

 それは答えの出ない問いだ。

 櫛田は、自分の過去を知る人物が同じ空間にいることが許せない。櫛田のこの認識が変わらない限り、過去を知る人物か、もしくは櫛田本人のどちらかがその空間から消えること以外に解決策はない。

 櫛田を利用したい俺からすれば、現状維持のままで構わない。だが堀北はそれを望まないだろう。

 この課題に堀北がどう取り組んでいくのか、どのような結論を出すのか。非常に見ものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 60分を予定していた謝恩会は、校内放送にて30分の延長がなされることが告知された。

 合計90分間の謝恩会がそろそろ終わろうかという時刻になり、卒業生を待っていた生徒がぞろぞろと教室を出始める。

 俺と堀北の目的の人物は同じのため、自然と一緒に教室を出ることになる。

 目的地である体育館前に着くと、やはり卒業生を待つ在校生でごった返していた。

 

「すごい人ね」

「まあ、こんなもんじゃないか」

 

 中学の卒業式もこれくらいの盛況だったと記憶している。

 もちろん、俺とは無縁の人だかりだったわけだが。

 ちなみに俺と堀北は、在校生の集団からは少し離れたところに立っていた。

 堀北先輩は恐らく注目の的。人の集まり具合を見れば、わざわざ近づかなくても分かるだろうという判断だ。

 だが、俺たちのような生徒は少数派。そのため、こちら側に向かってくる人影があれば目に付く。

 校舎の方から、清隆がこちらの方に近づいてきた。堀北の横に立っている俺に気づき、手を上げてきたので、俺も軽い会釈で応える。

 

「やっぱり来たんだな」

 

 合流すると同時に、堀北にそう話しかける清隆。

 

「……いけないかしら」

「いや、そんなことはない。むしろ見直したくらいだ」

「見直す? 妙な言いまわしをするのね」

「別に他意はない。ただ、以前のお前ならこの場には来られなかったんじゃないかと思ってな」

 

 そのようなやり取りを横目に、俺は堀北ではなく、清隆の方に意識を注いでいた。もちろん、悟られないようにではあるが。

 応接室で、いったい何をしていたのか。

 こいつから聞き出すことは、恐らく叶わないだろう。

 

「お、出てくるみたいだぞ」

 

 待機すること数分、体育館の扉が開き、中から卒業生が出てきた。

 在校生の集団は一気に盛り上がりを見せる。

 目当ての卒業生に近づいていき、様々なことを語り合っている。中には感極まって、涙を流している者も。

 もちろん、そうでない卒業生もいる。後輩たちと接点を持ってこなかった者は、誰からも話しかけられることなく、一人でその場を後にしていた。去年の俺とまったく同じだ。心が痛むと同時に、親近感を感じる。

 このように陽と陰の側面が如実に現れている中、元生徒会長・堀北学は……圧倒的に前者の人間だった。

 

「堀北先輩も出てきたよ。本当に行かなくていいのか」

「……ええ」

「今を逃したら、余計に行きづらくなるぞ」

「分かってるわ、そんなこと……」

 

 俺と清隆が交互に話しかけるが、堀北の足が動くことはなかった。

 直接話すつもりはない、と啖呵を切ってはいたが……いざ来てみると、話したいという欲求との葛藤は避けられないようだ。

 そうこうしているうちに、堀北先輩の周りには、他の卒業生よりひと際大きな輪が出来上がっていた。

 輪の中には、2年生はもちろん、どこで接点を持ったのか、1年生の姿も予想外に多く見られた。

 駆け寄ってくる後輩たちに、柔らかな表情で応えていく堀北先輩。

 この学校で生徒会長として、そしてよき先輩として、或いは堀北学という一人の人間として勝ち取ってきた人望、信頼。その結実と言っていい。

 

「……あんな顔の堀北先輩は初めて見たな」

 

 一学期の間、俺はあの人に勝手に鉄仮面のようなイメージを抱いていた。しかし混合合宿、そして今回と、あの人の人間らしい一面を見られたような気がする。

 それが見られたら、俺としてはもう十分だ。

 

「帰るのか?」

 

 帰ろうとしている俺に気づいた清隆が問うてくる。

 

「ああ。元々この光景さえ見られれば満足だったからな」

「そうか。じゃあな」

 

 別れの挨拶をしてくれる清隆に対し、堀北は無視。というより、俺がその場から離れたことに気づいてすらいないようだった。

 俺のことなど眼中にない。いま堀北の視線が捉えているのは、堀北先輩だけなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清隆、堀北と別れてからは、教室に戻って荷物を取り、そのまままっすぐ帰路についた。

 昼食を済ませてからさっと部屋の掃除をし、2時間ほど勉強したあとに昼寝をした。しかしアラームをかけなかったため寝過ぎてしまい、目を覚ましたときには夜の8時半をまわっていた。

 

「……失敗した」

 

 在校生は明日も午前中だけではあるが学校がある。

 これだけ長い時間昼寝をしてしまっては、夜寝られるかどうか。つか昼寝じゃねーなこれ。いまもう夜だし。

 まあ仕方がない。いずれにせよ今やるべきことは飯だ。

 冷蔵庫には今日が消費期限の鶏肉がある。今日は唐揚げだな。

 と、思っていたのだが。

 

「醤油がねえ……」

 

 なんとも間が悪い。醤油の残量は、だいたい寿司三巻くらいつけたらもうなくなるくらいしかない。これでは足りない。

 諦めて別メニューにする、などという選択肢はなかった。俺の脳も舌も腹も「唐揚げぇぇぇええ!!」と叫んでいる。口からも叫びそうだ。嘘だが。

 適当に考えついたメニューだが、想像以上に今の食欲にドストライクだったらしい。

 ということで、こんな時間ではあるが買いに出ることに。

 こればかりは仕方がない。何が悪いかといえばたぶん唐揚げが悪い。まったく罪な揚げ物だ。

 醤油は無料コーナーにはなかったため、一般のコーナーにて購入。これで唐揚げが作れる、とルンルン気分で寮に帰ろうとしたとき。

 

「あれは……」

 

 ショッピングモールの方から、堀北先輩が出てくるのが見えた。

 何故か一人で。

 不思議に思って見ていると、向こうがこちらに気づいたらしく、進行方向をわざわざ変えて歩いてきた。

 

「あ……どうも」

 

 声が聞こえるほどの距離に近づいたとき、軽く会釈をする。

 

「買い物か」

「え? あ、まあそんなもんです」

「……醤油だけとは、珍しい買い物だな」

「醤油切らしてたの忘れてまして……」

「そうか」

 

 醤油を使わない料理を作ればいいんじゃ、なんて疑問が湧きそうなもんだが、それ以上は踏み込んでこなかった。

 

「堀北先輩は、なんで1人なんですか。モールから出てきたってことは、打ち上げか何かに参加してたんじゃ……」

「そうだが、後輩たちには先に帰ってもらった。お前たちは明日も学校があるだろう。あまり遅くなるわけにはいかないからな」

「じゃあ、ひとりで何を?」

「施設を見ていた」

「施設を……」

「俺にも、思い出にふけることくらいはある」

「はあ……」

 

 思い出にふける、か。この施設に思い出があるのか。

 正直なところ、この人がここらへんの施設を利用する光景はあまり思い浮かばない。

 が、この人も息抜きくらいはするだろう。それは人間として当然のこと。堀北先輩を鉄仮面なんて思ってた俺が言うのも変だが。

 大抵の人間、まあ特に日本人だが、何食わぬ顔して意外とやることやってるもんだ。

 

「そういえば、橘先輩はどうしたんですか」

「今日は別行動だ。常に一緒にいるわけではない」

「ああ、そうなんですか……」

 

 もちろんそれはわかってるが、この人とエンカウントすると、だいたい半分くらいの割合で橘先輩もセットってイメージがある。

 

「俺はもう少しここにいる。お前も早く帰るといい」

「あ、ああ、はい。それじゃあ……」

 

 また、と言いかけて、はたと思いとどまる。

 そうだ、この人は卒業した。

 つまり、「また今度」はないのだ。

 

「先輩、いつ学校出るんですか」

「1週間後、31日の正午過ぎだ。それがどうかしたか」

「そうですか……」

 

 月末か。意外に余裕持ってるんだな。

 

「それじゃあ堀北先輩、ひとつ頼みがあるんですが」

「なんだ」

「帰るまでに、堀北と……妹と会ってやってくれませんか」

「鈴音と……?」

「そうです」

 

 非常に不躾であることは十分わかっている。その上で、口にする価値のある頼みだ。

 外灯の明かりは届いているが、堀北先輩の表情をしっかりとうかがうことは叶わない。

 

「お前から、まさかそんなことを頼まれるとはな」

「意外ですか」

「ある意味では意外だが……少し考えてみれば、またある意味ではお前らしいともいえる」

「……」

 

 この人はほんとに、どこまで……

 

「お前に言われるまでもない。俺は会う気でいる。あとは、鈴音の心持ち次第だ」

「はあ……」

 

 つまり、堀北が会おうと思えば、会える状態にあるってことか……

 

「……なるほど、誰か……いやまあたぶん清隆なんでしょうけど、堀北に伝言を?」

「そうだ。俺が帰る時刻に、校門の前で待つ、とな」

 

 やっぱりそうか。

 それなら、これ以上俺がここでやることはないな。

 

「そうでしたか。すみません、余計なことでしたね」

 

 一応の礼儀として謝罪する。

 

「構わない。だが悪いと思っているなら、ひとつ質問に答えてもらいたい」

「……なんでしょう」

 

 堀北先輩は眼鏡の位置を直し、俺を観察するように見て、言った。

 

「お前がクラスポイントより、プライベートポイント本位で動いていることは明らかだ。だがプライベートポイントを集めた先に、お前は何を見ている?」

 

 ……なんだ、その質問。

 

「普通に考えれば、2000万ポイント集めてクラス移動の資格を得る、って結論に至りそうなものですけど」

「それならそれで構わない。それがお前の本当の答えならな」

「……」

 

 いや、違う。

 当然俺はAクラスなんて興味はない。

 興味があるとすれば……そうだな、俺らしくもないが、『人間』か。

 そういえば以前、茶柱先生にもほとんど同じようなことを聞かれたな。

 あの時は適当にはぐらかしたが……今回は、少し真面目に答えよう。

 こう言ってはなんだが、卒業祝の代わり、とでもしておこうか。

 

 

「端的に言えば……たちの悪い逆恨みですよ」

「……逆恨みだと?」

「はい」

「……要領をえないな」

「まあ、でしょうね」

 

 これで分かったらこええよ。

 俺の発言の真意を看破できる人間は、恐らくこの学校の中にはいない。……と、そう思いたい。

 

「……贖罪とはいっても、俺に言えるのはここまでです」

「そうか。十分だ」

 

 要領をえない、と言った堀北先輩だったが、どこか満足顔だった。

 底が知れない堀北先輩だからこそ、不安になる。どこまで読まれているのかと。

 ……まあ、もう俺にはどうしようもないか。

 

「じゃあ、俺はそろそろ戻ります」

「ああ、そうするといい」

「はい。またいつか」

 

 これだけの器を持った人だ。恐らくそう遠くない将来、社会で名前を上げることになるだろう。

 俺はそれを蚊帳の外から見る、って感じになるだろうな。

 その時になって、俺がちゃんとした社会生活を送れていれば、の話だが。




次はもうちょい短い間隔で投稿したいです……
絶対エタらないことだけは約束します。
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