実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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またまた1ヶ月ほどお待たせしてしまいました……申し訳ないです。
11.5巻分の2話目です。ちょい文量多めです。
「あの件」が片付きます。


ep.92

 

 修了式、そして帰りのホームルームが終わり、俺たち在校生も、1年間の学事を全て終えることとなった。

 4月4日までの期間は春休みとなる。

 

「ねえ、この後どっかいかない?」

 

 教室の一角に綾小路グループで集まる中、波瑠加がそう提案する。

 

「どこか行きたいところがあるのか?」

「ここ、ってところは別にないけど。でも今日で学校終わったし、パーっと打ち上げってことで」

「いいんじゃないか。俺は大丈夫だ」

 

 最初に賛成の声をあげたのは啓誠。

 

「オレもいいぞ」

「私も、大丈夫だよ」

 

 清隆、愛理も続けて参加を表明する。

 

「明人は、部活の打ち上げとかはないのか」

「それは昨日やったからな。今日は特に予定はない」

「そうだったか」

 

 式の直後が一番気分が乗りやすいだろうからな。急ぎでなくとも、昨日打ち上げを敢行するグループは少なくない。

 

「ともやんは?」

 

 この中で唯一、参加の可否を明らかにしていない俺に波瑠加が問うてくる。

 

「ああ、悪い。今日はちょっと用事がな」

「え、ほんと?」

「嘘ついてどうすんだ」

 

 とは言うが、波瑠加以外も驚いたような表情をしているのを見ると、俺に対する認識は全員一貫して四六時中暇人、って感じらしい。まあ暇かはともかくとして、四六時中予定がない、ってのは間違いじゃない。

 ただし、今日は例外だ。

 

「んー、まあ仕方ないか。今日はもう帰るの?」

「そのつもりだ。ただ、その代わり、ってわけではないんだが」

 

 俺はここで言葉を止め、自分の鞄の中をあさる。

 そして取り出したものを、波瑠加と愛理に手渡した。

 

「ほら、これだ」

「これもしかして……」

「お返しだ。ホワイトデー付近は特別試験で忙しくて、用意できなかったからな」

 

 バレンタインデーに女が男にチョコレートを渡す、という文化は日本限定。ホワイトデーに関しては存在自体が日本にのみ、とのこと。由緒のかけらもない、言ってしまえば製菓業界が旗を振る商業イベントでしかないわけだが、返礼を渡すこと自体は至極真っ当だ。

 二人には同じチョコレートのクッキーを焼いた。寮にある電子レンジの性能ギリギリだったが、食ってみたら普通に美味かったので問題はないだろう。

 問題があるとすれば、一結びにされた透明なビニール袋、というクソとしか言いようのないラッピングくらいだが……その点について二人が気にしている様子はない。

 

「すご。ありがとう」

「わ、私もありがとう」

「まあ……礼節としてな」

 

 昼食後のデザートにでもしよう、と話し合っている二人を眺めつつ、この後の行動を考える。

 

「もしかして、お前の用事って……」

 

 そんな中、明人が何かを察したように俺を見る。

 

「ん、ああ……多分合ってる」

 

 俺の今日の用事とは、今のこの二人と同じく、バレンタインデーに俺がチョコを受け取った人物全員へのお返しを渡すことである。明人が予想を立てたのは恐らくこっちだろう。

 

 しかし、俺の用事はそれともう一つ。

 

 

 

 

 

 

 

2

 

「……ほい」

「わあ、ありがとう速野くん。開けてもいい?」

「ああ、お好きにどうぞ」

 

 教室で綾小路グループと別れた俺は、ショッピングモールのフードコートにて藤野と落ち合い、昼食を取っていた。

 そして、良きタイミングで藤野にお返しを渡した。

 

「これは……マフィンかな?」

「……ご名答」

「へえ、速野くん、お菓子も作れるんだ」

「んなわけないだろ。レシピ調べて真似しただけだ」

 

 俺の料理スキルが有効なのは、基本的に三度の飯のみ。そのため、先ほど波瑠加と愛理に渡したクッキーもレシピの見よう見まねだが、カテゴリーが全く違うとはいえ料理は料理だ。完全な料理素人に比べれば、手際は格段に違うだろう。

 

「そうだったんだ。ありがと」

「まあ、手作りには手作りで返した方がいいかと思ってな」

 

 そのため、チョコを貰いはしたが、手作りではなく市販のものだった櫛田と松下には、同じく市販のものを返すことにしている。我ながら面倒な性格をしてるもんだ。

 

「あはは。すぐにでも食べたいけど、これは持ち帰って部屋でゆっくり食べることにするよ」

「ああ、それがいい」

 

 マフィンは、ここでは用意できない紅茶やコーヒーとよく合う。より美味しく味わうためにも、自室で食べるのが最善だろう。

 それに、藤野はこの後友人と遊びの予定があるそうだ。そんなにゆっくりまったりしている時間はない。昼食の時間を俺に割いてもらっただけありがたいと思うべきだ。

 そのため、こちらもインターバルなしで行くことにする。

 

「それで、試験後のAクラスの様子はどうだ」

 

 俺の質問を聞いた藤野は、一瞬固まるが、すぐに元の柔和な表情に戻る。

 俺のいうAクラスとはつまり、坂柳陣営のことである。

 そのため厳密にいえばAクラス全体のことを指しているわけではない。

 藤野はそれらを理解した上で、俺の質問に答える。

 

「少し動揺はあったけど、形の上では勝ちだったから。大崩れはしてないよ」

「……まあ、そんなもんか」

 

 どこに耳があるか分からない。言葉を慎重に選んで会話を行う。

 

「ただ坂柳さん、試験が終わった後により好戦的な雰囲気になってた気がするなあ」

「たぶん、バスケの件だろうな。油断してたわけじゃないだろうが、Cクラスがあんなことを仕掛けるとは思ってなかったんだろ」

 

 あのバスケの仕掛けで、俺は坂柳の冷静さを奪うように仕向けた。

 それはあの特別試験中だけでなく、今後の学校生活も含めた話だ。

 基本的に無闇に誰かに目をつけられるようなことは嫌だが、それに見合うリターンがあれば別の話だ。

 俺は坂柳がより俺に気を回すように、誘導した。

 そしてそれは相対的に見て、坂柳がクラスに配っていた気を減らすことにつながる。少ないながらもその分隙も増える。

 これらは全て、藤野たち中立派のための動きだ。

 

「あれは見事にやられたーって感じだったよ。あれと同じようなことを私たちの選抜した種目でされてたら、多分うちは負けてたかも」

「無理だよ。バスケだからできた仕掛けだ」

 

 本来であればこんなボロを出しかねない危険な会話、わざわざこんな公衆の面前でする意味はない。

 しかし、だからこそいい。さっき偶然を装って俺たちの近くに陣取った、Aクラス坂柳派にわざと聞かせるための会話だ。これによって、俺たちは自分たちの存在に気づいていない、と思わせることができる。

 バスケの件が俺の仕業だとバレても問題はない。どちらにせよ既に坂柳に目をつけられている。

 そしてこんなところにAクラスの坂柳派がいるということは、やはり藤野への監視の目が強まっている。そして坂柳派は坂柳派でも、元々は葛城派だったのが、葛城の勢力弱体化以降に坂柳派についた「外様」とでも言えるような生徒をスパイに起用しているところも、坂柳らしいといえばらしい。

 ターゲットはおそらく俺ではないだろう。俺と藤野は向かい合って座っているが、あいつらが陣取ったのは藤野の背後の席、つまり俺から見た正面だ。これは俺ではなく藤野にバレないようにしている証拠といえる。

 Aクラスの裏に存在する藤野派の動きを、坂柳が嗅ぎつけたか。あるいは前々から勘づいていて、ついに具体的な行動に出たか。

 いずれにせよ問題はない。

 

「じゃあ、私はそろそろ約束の時間だから、出よっか」

「ん、ああ、そうだな」

 

 帰り支度をして立ち上がり、トレイを返却口に持っていく。その道中で、藤野は先ほどのAクラスの生徒に声をかけていた。

 後ろを取られていた藤野だが、恐らくスパイの存在には気付いていたんだろう。

 その上で、普通に仲良さそうに話している。

 お互いに内心では少なからず腹の探り合いをしているんだろうが、少なくとも坂柳派との表立った対立はない、それどころか非常に友好な関係を持っているということだ。

 派閥間対立なんて、クラス内は殺伐としてただろうに、一体どんだけの人徳があるんだよ藤野には。

 

 

 

 

 

3

 

 藤野と別れた後、櫛田にチョコレートのお返しを渡し、気がつけば時刻は日没を過ぎていた。

 本日最大のイベントの時が近づいている。

 今俺がいる場所は、敷地内のとあるベンチ。ここで俺は待ち合わせをしている。

 その相手は何を隠そう、クラスメイトの松下である。

 俺がバレンタインのお返しを渡す必要のある人物は、松下で最後だ。

 クラスメイトである松下に、単にチョコを渡すだけなら、波瑠加や愛理のように教室で渡せばいい話。

 そうせず、わざわざ人目のつかないこの場所に松下を呼んだのには、しっかりとした理由がある。

 俺は今日、終わらせる。

 謎に包まれていた松下の行動を、今日限りで終わらせるのだ。

 全く好意を抱いてもいない俺になぜ近づき、まるで好意を抱いているかのように接してきたのか。

 俺一人で考えても答えには行きつかない。

 ならば、本人に直接確認するしかない。

 もちろん、松下がそう簡単に認めるわけはない。こちらも会話をコントロールして、なんとか誘導する必要がある。

 風に揺れる木と、俺の鼻息以外に音がなかったこの空間に、控えめな靴音が聞こえてくる。

 いよいよ、始まりだ。

 

「あ、速野くん」

「……悪いな、こんなところに呼び出して」

「ううん、全然。こっちこそ、待たせた?」

「いやそんなに」

 

 松下が到着した。出会い頭のありきたりな挨拶を軽く済ませる。

 一瞬の間合いの後、松下はすぐに口を開いた。

 

「えっと……何かな、話って」

「……すまんがちょっと待っててくれ」

「?」

 

 持ってきていた鞄からチョコを取り出しつつ、考える。

 混合合宿以降の、松下が積極的に俺に接してくるようになった期間、松下は俺との雑談を好んでいた。いや、実際に好んでいたかどうかは分からないが、会えばまずは取り敢えず雑談、といった具合だった。

 しかし、今日はいきなり本題を言うように促してきた。

 自覚的であるか否かは分からないが、どうやら松下の気持ちは急いているようだ。

 

「これ、バレンタインにもらったやつのお返しだ」

「え、いいの?」

「ああ。市販だが、もらってくれるか」

「う、うん、もちろん。ありがとう」

「……ああ」

 

 俺からチョコを受け取った松下は、包装を傷つけないよう、丁寧に扱って自身の持つ鞄にしまった。

 そして、また沈黙が流れる。

 口を開いてそれを破ったのは、俺だった。

 

「今日は……まあ、お前に言いたいことがあってな」

「う、うん」

 

 松下の目をまっすぐ見据え、話す。

 

「こう、今更な気がするかもしれないが……混合合宿以降、よく話しかけてくるようになったよな」

「……うん」

「最初は確か、俺がスキー場で助けたやつのお礼をしたい、って話だったっけか」

「うん、そうだったね」

「……恥ずかしながら、めちゃくちゃ戸惑ったんだよ」

「え、どうして?」

「これは別に、全くもって文句ってわけじゃないんだが……話しかけてくれるのはいいんだが、元々の目的だったはずのお礼ってのが中々来なかったからな……」

「……」

 

 沈黙、というより絶句といった方が正しいか。確かにこちらが礼を受ける立場とはいえ、「お礼が中々来ない」なんて言うのはいささか図々しい行為だ。

 しかし、「お礼が中々来ない」というのは何も「早くしろ」と言っているわけではない。言葉を続ける。

 

「ただ、考えていくうちに段々と分かってきたんだ。実はお礼ってのはさして重要じゃなくて、本当に大事なのは話す時間そのものだったんじゃないか、ってな。俺の盛大な勘違いだったら否定してくれ、松下」

 

 そう問いかけるが、松下は動かない。肯定もしないが否定もしなかった。

 本来、こんなことを本人を前にして確認するなんて野暮もいいとこだ。しかしこと松下相手の場合は、そうではない。

 

「そんな中で、俺が一つ確信に至ったことがあったんだ」

「……それは、何?」

 

 松下の表情。ポーカーフェイスを貫いているが、まだまだと言わざるを得ない。隠しきれない期待が、松下から溢れている。

 

「お前は……その、俺のことを……」

 

 恐らく、松下は自らの勝利を確信している。

 松下の行動理由は一向に分からないが、行動目的は分かる。

 それは恐らく、端的にいえば、俺に告白させること。

 

「俺のことを、微塵も好きなんかじゃないってことだ」

 

 だから、俺はそれを盛大に裏切ってやる。

 

「……え?」

 

 あまりに予想外のセリフに、松下は面食らい、固まっている。

 

「え、えっと、どういうこと……?」

「別に、いま言ったまんまだよ。お前は俺相手に恋愛感情なんかこれっぽっちも持っていない。違うか」

「……」

 

 改めて問いかけるが、松下は俯いたまま、微動だにしない。

 恐らく、気持ちを落ち着けて、冷静さを取り戻そうとしているんだろう。

 この展開は予想外ではあるだろうが、おそらく最悪の事態として想像していなかったわけではないだろう。それなりのシミュレーションもしてきているはず。

 落ち着いたのか、松下がこちらを見て言葉を発する。

 

「……ううん、違う、違うよ」

「違うのか」

「うん。私は……私は! 速野くんのことが……好き、なの!」

 

 周囲に人がいれば、間違いなく何事かと振り向くほどの声量だ。しかし、ここには人はこない。俺がそういう場所を指定したからだ。

 にしても、そうか。思ったよりも素直に口にしたな。

 松下は常に俺への偽の好意を匂わせつつも、直接言葉にして何かを言うことは絶対になかった。

 しかし、それが失敗したと見るや、すぐさま切り替えて直接口にする選択肢をとった。悪くない選択だろう。そこそこ頭は回るようだ。

 

「そうなのか」

「うん。本当だよ! なのに、なんであんなこと言うの……?」

「じゃあ聞いてもいいか」

「な、なに……?」

「お前が俺のことを好きってのが本当なら、それは素直に嬉しい。ただ、それはいつからだ。いつから俺に好意を抱いてるんだ」

「そ、それは、スキー場で助けてもらったときからだよ……」

 

 これだ。

 俺はこの言質がほしかった。

 俺への好意が嘘である、ということを松下に認めさせるのは、元々至難の業だ。言動、行動に何かしらの齟齬があったとしても、それらは大体が「照れ隠しだった」みたいな言い訳で片付けられてしまう。

 しかし恋愛において、たとえ照れ隠しであっても嘘をつくとは思えないものの一つが、その人への好意を自覚したタイミングだ。本当に照れ隠しであれば、嘘をつくのではなく、そもそも教えない、という選択をするだろう。

 しかし、松下はそうしなかった。

 俺が質問を飛ばしてから答えるまでに迷いが見られなかったのは、それが用意していた答えだったからだろう。

 さらに言えば、恐らく「教えない」と答えることで、ただでさえ好意そのものを疑っている俺に、余計な不信感を植え付けることを嫌った、とも考えられるな。

 

「……そうだったか」

「……うん、そうだよ。だから、あんなこと言わないでよ……」

 

 松下がもし本当に俺に好意を抱いているんだとしたら、これまでの松下の言動に不自然な点はない。

 実際、松下が俺に好意を抱いたキッカケとして、スキー場の件は十分にその役割を果たす。

 しかし、それが嘘だということに関して、俺はかなり大きな自信を持っている。

 

「なら松下、お前はなんで、俺と同じように『滑れないフリ』をして、基礎コースに入ったんだ」

「……!?」

 

 やっぱり、ここまで読まれてることは流石に想定外だったようだな。明らかに動揺が大きくなってる。

 

「ど、どうして、そんなこと」

「俺が経験者だからだ。だから分かるんだよ。素人のフリした経験者の動きは。ましてや、俺自身も同じことをしてたんだからな」

「そ、そんなことしてないよ、私」

「俺の勘以外にも根拠はある。あのスキー場の基礎コース周辺の構造は、スタート地点からゆったりとした下り坂になって、ゴール地点にかけて再び上り坂になっていく、鍋蓋の裏みたいな感じになっていた。たぶん、お前みたいに誤って転落する生徒が出ないようにするためだろうな」

 

 傾斜の関係で、ゴール地点付近でスキー板は勝手に失速するようになっている。

 

「ゴール地点の後ろのあの傾斜を、あのスキー板の跡を残して登っていくには、しっかりとした技術が必要なんだよ」

 

 ゴール地点からスタート地点に戻る際には、先程の下り坂は上り坂へと変化する。そこでも坂を登る必要があるわけだが、生徒たちはストックを必要以上に強くついて無理やり登ったり、スキー板を外して歩いて登ったりしていた。初心者にはそのような登り方しかできないのだ。

 その上、スタート地点の傾斜はゴール地点よりも緩やかになっている。登る難易度はゴール地点の方が格段に高い。

 それを松下は登ったのだ。

 

「それに、お前の怪我の具合も不自然だった。運が良かったと言えば、まあ確かにそれまでなんだが……ゴール地点の後ろの下り坂は結構スピードが出る。基礎コースで滑り続けてたお前が、あのスピードを殺すほどのブレーキをかける術なんてあるわけがないのに、森に突っ込んで怪我があんだけってのは、ちょっと軽すぎる」

 

 松下は誤って滑り落ちたのではなく、意図的に滑り降りたのだ。

 そして木にぶつかる直前でブレーキをかけて、怪我が重くならないようにした。

 足が攣ったなんて真っ赤な嘘だ。

 

「どうしてそんなことをしたか。俺が答える。俺にあの現場に駆けつけてもらうためだろ?」

「……」

「そのためにお前はスキーの時間中、常に俺の一つ前に並び続けたんだ」

 

 当時は特に疑問に思うことはなかったが、今にして思えば、あれは自身の異変に気づかせるための戦略だったということだ。

 

「つまり、スキー場で助けた時から、っていうさっきのお前の話は大嘘だ。お前はそれよりもっと以前から、なんらかの理由で俺に目をつけ、スキーを利用して、『自身が俺に好意を抱いても不思議ではない状況』を作り出したってことだろ。そして、そんな嘘をつく必要があった理由は簡単だ。それがきっかけとして一番合理的で、『もしかしたら俺に好意があるんじゃないか』という思考に俺を誘導しやすかったからだ」

 

 口をつぐむ松下。

 

「ただ、それが嘘だと分かってしまえば、好意そのものの根本も崩れる」

「……」

「さっきと同じことをもう一度言うが……何か間違ってたら、否定しろよ」

 

 そう問いかけても、松下は口を開こうとしなかった。

 実の所、今の俺の話にはハッタリが多分に含まれている。

 松下がスキーにおいて俺と同様に滑れないフリをしていた、という話の根拠として、スキー版の跡やら経験者だから分かる動きやらと根拠を述べたはみたが、当時はそんなもの意識して見ていなかったし、覚えているわけがない。したがってこれらは判断材料ではない。

 しかし。

 滑る際に松下が俺の前に並び続けていたこと。

 本当にあの坂を誤って滑り落ちたら、あんな程度の怪我では済まないこと。

 そして、松下の後ろにいた俺が気づかないほど、スムーズにゴール地点の坂を登って行ったであろうこと。

 これらの事項から、先程の俺の話は十分に推測可能だ。

 

「……はぁ」

 

 ずっと沈黙を守っていた松下が、息をつく。

 

「ここまで完璧に読まれるとは、思ってなかったよ」

 

 諦め、そして降参の意図が、声色から読み取れる。

 

「じゃあ、今の俺の話は……」

「うん……全部速野くんの言った通り。1から10までね」

「やっぱりそうか」

 

 松下はもう一度ため息をつき、先ほど松下の到着を待っている時に、俺が座っていたベンチに腰掛けた。

 

「聞いてもいい?」

「なんだ」

「いつから気づいてたの?」

「お前が俺に微塵も好意を抱いていない、ってことに関しては、最初からだ」

「そうだったんだ……それにも何か根拠があったりする?」

「いや、それは完全に俺の勘だ」

 

 そう、勘だ。それ以上でも以下でもない。

 同じような人間を……それも松下よりもはるかにレベルの高いものを何人も何人も見てきたからこそ養われた、俺の勘だ。

 

「……じゃあ、最初から私に勝ち目はなかったんだね」

「これを勝負と捉えるなら、まあそうなるかもしれないな」

 

 松下と警戒心なく会話をするのは、随分久しぶりだ。スキー場以来か。

 

「ただ、一つ全く分からないのは、お前がなんでこんなことをしたのか、ってことだ。好きでもない相手にあんな接し方するのは、ストレス以外の何物でもないだろうに」

 

 実を言うと、櫛田にチョコを渡してこんな遅い時間になってしまったのは、このことについてあいつに意見を聞いていたからだ。

 もしかしたら松下も、櫛田には何かしら話してるんじゃないか、と考えた。そうでなくとも、こと対人コミュニケーションに関して誰よりも高い能力を持つ櫛田なら、何かしら答えに辿り着けるのでは、と期待もしていた。

 しかしアテは外れ、結局答えには辿り着かなかった。

 

「速野くんは……なんていうか、私の理想に一番近かったんだよ。結構イケメンだし、学力は十分すぎるほど高いし。それに学力だけじゃなくて、ちゃんと思考力も持ってる。運動もそこそこできる。コミュ力はアレだけど……」

「アレって……いや、否定はしないが」

「でも、それも入学当初と比べれば成長してると思うし。それに恋人の一人でもできたら劇的に変わるかもしれない。将来性の塊だよ。だから、そういう相手に自分を意識させるための練習、っていうのが答えかな」

「……お前、さらっともの凄いこと言うな。つまりあれか、俺は将来に向けての練習台だった、ってことか」

「申し訳ないけど、そういうことになるね」

「……そすか」

 

 あまりにもすんなりと言うので、それ以外に言葉が出なかった。

 

「でもああやって接していくうちに、好きって感情が生まれてくるんじゃないか、とは思ってたよ。元々理想に一番近かったわけだし。結局、そんなことはなかったけど」

 

 一度バレたら潔いというかなんというか……もうちょい悪びれてくんねーかな松下さんよ。それともあれか、全部見破られたことへの憂さ晴らしか。

 

「もし仮に、俺がお前の戦略にハマって告白してたら、どうしてたんだ」

「それはもちろん、オッケーする予定だったよ。流石にあそこまでやっておいて告白はダメ、ってなったら、間違いなく私に悪評が立つし、速野くんにも申し訳ないしね」

 

 その申し訳なさ、もう少し早い段階で感じて欲しかったんですけどねえ。

 

「正直、ここまで完璧にバレるとは思ってなかったけど……でも、どこかでこうなることを期待してなかった、といえば嘘になるかも」

「……どういうことだ?」

「私の行動をここまで見破った速野くん。これ、クラスの人たちが知ったらどう思うかな」

「……なるほどそういうことか」

 

 クラスにおいては俺は、成績はいいが、ただそれだけ、といった感じで通っている。

 ゴミレベルのコミュ力で、当然ながら恋愛経験なんてあるはずがない。松下のような女子に言い寄られれば、一瞬でコロっと落とされる。ましてや松下の行動の裏を読むことなんて到底できやしない。

 俺のことをそのように思っているであろうクラスメイトが、今日この場の出来事を知ったら、強烈な違和感を覚えるだろう。

 

「強がりみたいに聞こえるかもしれないけど、私としては、正直どっちでもよかったんだよ。速野くんを落とすことに成功すれば、私の自信につながる。今みたいに全部を見破られて失敗しても……速野くんの本当の実力が見られる、と思ってたから」

「その割に、さっきはかなり焦ってた感じだったが」

「そ、それは……流石に、ここまでとは思ってなかったし」

「ああ、そう」

 

 松下を動揺させたのも作戦の一つだ。途中まで上手くいったと思わせておいて、そこから突き落とす。この落差で、大きな衝撃を松下に与え、動揺を誘う。

 心理戦では常套手段だ。

 ただ、成功しても失敗してもどっちでもよかったと言うなら、はじめから勝ち目がなかったのは松下ではなく俺の方だな。

 とにもかくにも、これで俺の長きにわたる疑問は解消した。

 答えはかなりエグいものだったが、どちらにせよいい話が聞けるとは思っていなかったので、そこはまあよしとしよう。全然よくないけど。

 

「でも、よかったの? 私に実力を悟らせずにやり過ごすなんて、速野くんなら簡単にできそうだと思ったんだけど」

「お前な、好かれてもない奴からあんな接し方されるの、想像以上のストレスだぞ」

 

 一年前の堀北の気持ちがよく分かった。確かにあれは拒絶したくなる。気分が悪くて仕方がない。

 それに、あまり思い出したくないことも思い出すし。

 この観察眼だって、養いたくて養ったわけじゃない。

 

「ていうか、実力を隠してたってこと、あっさり認めるんだ」

「普段からそう努めてるのは、事実だからな」

 

 これに関しては最初から加味している。

 

「もし私が言いふらしたら、どうするつもり?」

「そんなことしないだろ。お前にメリットがないどころか、デメリットがデカすぎる」

 

 松下があまりにも悪びれていないせいで矮小化されてる気がするが、実際のところこいつがやったのはかなりえげつない行為だ。思春期の多感な時期、軽くトラウマになっていてもおかしくはない。

 俺のことを言いふらすということはつまり、そんな自分の行為についても言いふらすということ。そんなことをすれば、世紀の性悪女として一躍有名人だ。

 そんな愚行はしないだろう、こいつは。

 

「俺からも聞きたいんだが……俺が実力を隠してたって、いつから気づいてたんだ」

 

 今度はこちらから質問を飛ばす。

 

「明確にいつから、っていうのは分からないよ。学校生活の中でだんだん疑いが強くなっていった、って言い方が正しいと思う。だから、速野くんと同じ『勘』って言い方もできるかな」

「そうか……」

「でも強いていえば、無人島の特別試験のときだね」

「……なんかやったっけ」

「軽井沢さんの下着が盗まれた、って事件があったじゃない。あの時に、荒ぶる篠原さんを言いくるめたとき。勉強がもの凄いできるっていうのは知ってたけど、ああいうこともできるんだ、って思ったよ」

「ああ、あれか……」

 

 荒ぶる篠原って……確かに的確な表現ではある。

 ただ、確かこいつ篠原と仲良かったよな。親しい友人相手にそんな言い方するとは。

 心の中では下に見ているのか、あるいは実は俺が知らないだけで、これが普通の友人関係なのか。

 まあいいかどっちでも。

 

「それで松下、お前さっき、俺の本当の実力が見られるかもしれない、とか言ってたけど……いま実際に見て、どうするんだ。それとも、単なる興味本位だったのか」

 

 興味本位だけでこんなに回りくどいことをできるんだとしたら、それはそれで恐ろしい行動力だが……

 

「興味本位っていうのも、あるにはあるんだけど……それ以上に、もし速野くんが高い実力を持ってるんだとしたら、私たちのクラスは、もしかしたら上に行けるんじゃないか、って思うようになったの」

 

 松下の口から出てきたのは、クラスの浮上だった

 なんとも意外なことを言い出した。

 

「お前はAクラスだのなんだのに、あまり興味を持ってないイメージだったんだが」

「最初の頃はね。この学校に入学した理由も、なんとなく、家族から離れて自分だけで生活してみたい、っていうのが強かったし。それに、私たちにAクラスへの望みが極端に薄いと考えてたから、っていうのもあるの」

 

 まあ確かになあ。5月にいきなり0ポイントになってしまえば、Aクラスに対してそこまで熱意のない生徒は早々に諦めるだろう。このクラスは無理だと。

 

「でも、それは別にAクラスに行きたくない、っていうことじゃないから。私だって行けるなら行きたいよ。将来を有利な方向に持っていきたいし。そして、もしかしたらそれが叶うかもしれない、って人材が見つかったら、興味を持たずにいられないのは当然だよ」

「……まあ、そうかもしれないな」

 

 それに振り回される側はあまりいい気はしないが。

 ともかく、松下がAクラスへの熱意を持っていることは伝わった。しかしまだ抽象的な話しか聞けていない。

 

「それで、具体的には?」

「速野くんが、私じゃ足元にも及ばないぐらいの実力者、っていうことは、今回の件で十分理解したつもり。だけど一応私も、普段は実力を隠して、あまり目立たないように生活してる」

「ああ、それはそうだろうな」

 

 こんなことを企てること自体、そこそこしっかりとした頭脳を持っていなければできないことだ。

 また、松下が俺に好意を抱いていない、ということ以外、俺は松下の行動に関して、推測は立てられても、最後まで確信を持つことはできなかった。つまり尻尾を見せなかったということ。

 それに第三者からみれば、松下は俺に好意を抱いている、という風に間違いなく映っていただろう。櫛田の目も誤魔化せたほどだ。十分といえる。

 これらを加味しても、松下が学校内でも有能な部類に入るであろうことは、間違いないだろう。櫛田、平田クラスに比べるとやはり見劣りはするが、それでも少なくとも上位20%くらいには入ってくるんじゃないだろうか。

 そしてそれは、松下が普段の学校生活では全く見せていない一面でもある。

 

「だから私は、速野くんの力になれると思ってる。本当は表立って思いっきり行動してくれるのが一番いいけど、そこまでは求めない。だからAクラスを目指すために、私と一緒に行動してくれないかな」

 

 要するに、内容的に違いはあっても、去年5月の堀北と似たようなもん、ということか。

 

「……一緒に行動する、ってのはどういうことだ」

「基本的に、速野くんが出した指示を聞いて私が動く、と捉えてくれていいよ。さっきも言ったけど、私じゃ速野くんを動かすなんて絶対に無理だから、対等な関係ってわけにはいかないことも理解してる」

「……なるほどな」

 

 さらっと話を聞く限りでは、俺の方にデメリットはないように思える。

 松下がこんなことを言うなんてあまりにも意外すぎるが、別に悪い話ではない。

 しかし、話はそう単純じゃない。

 

「松下」

「なに?」

「悪いがいまの時点では、お前の話に乗っかることはできない」

 

 実質的な拒否。

 しかし松下は特に焦った様子もなく、努めて冷静に会話を続ける。

 

「理由を聞いてもいい?」

「まず、お前は俺に対して絶望的なまでに信用がないこと、これを理解してるか?」

「それは……うん、そうだよね」

 

 あんなことをされた直後で、簡単に信用しろという方が無理な話だろう。松下は俺の信用を自分からかなぐり捨てたのだ。

 

「信用できないやつには指示はできないし、もちろん指示にも従えない。単純な話だ」

 

 こいつは自分の指示に従う、という信用。これが持てないやつに指示を出すなんてあまりにも危険すぎる。

 そういう意味では、櫛田には一定の信用があるといえる。

 

「それともう一つ、俺が表立って行動してない理由を単に『目立ちたくないから』と理解してるみたいだが、全然違うからな」

 

 さっきこいつが言った、そこまでは求めない、というセリフ。

 完全に理解不足から来ている。

 その点を指摘すると、松下は少し考えた後に言う。

 

「……たしかに、そうだね。もしそれだけが理由だったら、試験でも手を抜いてるし、スキー試験でも、あんなことするわけがないよね」

「そういうことだ」

 

 こちらが最後まで言わずとも、理解してくれたようだ。

 

「でも速野くん、さっき『いまの時点では』って言ったよね。それってつまり、まずは信用を獲得しろ、ってこと?」

「……まあ、どう捉えても構わない」

「……そう。じゃあ、頑張るね」

 

 こういった言い方をすれば引き下がると思ってたんだが、俺の想定以上に松下の本気度は高いらしい。

 目立たないことを第一とした学校生活に、飽きがきてたりするんだろうか。

 正直なところ、初めのうちは松下をどうにか利用してこっちの駒にできないか、と考えてはいたのだ。

 しかしこいつの動機があまりにもアレだったので、流石にキツいと判断したんだが……まさか向こうのほうから申し出てくるなんてな。

 

「……そろそろ時間も遅いな」

「そうだね。帰ろうか」

「ああ」

 

 俺が最初に歩き出すと、松下はカバンを持ってベンチから立ち上がり、こちらの一歩後ろについた。

 

「あ、そうだ。4月以降なんだけど、私が告ってフラれたってことにしておくね。恋人は無理だけど、まずは友だちからお願い、って言われたって感じで。そしたら私たちが話してても不自然じゃなくなるでしょ?」

「ん……じゃあ、それで頼む」

「オッケー」

 

 たぶんそれが一番楽に片付くだろう。特に異論はなかった。

 

 警戒心を解いた上での松下との会話は……まあ、思っていたより悪くなかった、と言っておく。もちろん気を許したわけではないが、それはまた別の話だ。

 展開が少し違えば、もっとすんなり「良好な関係」を築けていたかもしれないな。

 そんな仮定に意味はないのだが。




スキーの場面での伏線の張り方があまりにも雑で甘すぎたのが、大きな反省点の一つですね。あの場面でオリ主の松下に対する疑念の描写ができていれば、もっと綺麗にまとめられたと思います。
原作と違い、松下は実力者の疑いを綾小路ではなくオリ主にかけています。はからずも、オリ主は綾小路の隠れ蓑のような役割を果たしていることになりますね。
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