遠征から戻ってきたアイズたちは自分たちのホーム『黄昏の館』の正面まで来ていた。
団員たちはそれぞれ自分たちの物資を抱え、あるいは引きずっている。
その集団全体からは疲労の色が見て取れる。
ダンジョンでは思わぬ事態――
そこはいくらオラリオ有数のファミリアとは言え、疲れるものは疲れるのだ。
門前に来ると、フィンが門番に声をかける。
「今帰った、門を開けてくれ」
門番が敬礼と共に門を開く。すると――
「――おっかえりぃいいいいいいいいいっ!」
開門と同時に門の内側から朱色の髪を揺らす女性が、男性団員たちにわき目も触れず女性団員――アイズたちのもとへと閃光のごとく突っ込んだ。
バイクのテールランプの様な軌跡を描けそうな勢いだ。そんなものは勿論無いが……。
両手を突き出し突進してくる彼女をアイズ、ティオナ、ティオネが帰還後のルーティンのごとく躱す。
しかし、そのさらに後ろにいたレフィーヤは見事に直撃を受けてしまった。
「え? ちょ、きゃあー!」
赤き閃光に押し倒されたレフィーヤを他所にフィンが報告する。
見る者に黄昏時を思わせる朱色の髪。細目がちな瞳は、今はエルフの少女の体を堪能し弓なりに曲がり、端麗な顔立ちとともに表情を崩している。
彼女からフィンへと向けられる眼差しは、子の息災を喜ぶ神のそれだ。
天界での生活に飽き、娯楽を求めて下界へと降り立った神々の一柱――
この変態極まりない彼女こそがアイズたちが契りを交わした【ファミリア】の主神――ロキだ。
そんな行為を見かねてか、ティオナがレフィーヤ開放を促す。
「ロキー、レフィーヤも疲れてるから放してあげなよー」
「すまんなーレフィーヤ。感極まって、つい」
「だ、大丈夫です。ティオナさんもありがとうございます」
「いいよー気にしないで。ロキはいつものことだし」
「それよかレフィーヤ……ンフフ、ちょっと――おっぱいおっきなったんとちゃうか?」
ロキの鑑定に顔を真っ赤にした。
「ななななってませんっ!?」
「ロキー、やっぱりもう少し揉んでていいよー」
「ティオナさん!」
自分のコンプレックスの対象である胸の話で、僻み故にレフィーヤを売る。
「ティオネも……その胸に巻いてるのフィンの腰巻やろ!? まままさか!? 自分、ダンジョンでポロリしたんかっ!? サービスタイム突入で媚びっちゃったんか!」
「うるさいわねー、そんな訳ないでしょ」
こんなので崇拝や畏怖の対象として見られていないのは一目瞭然だ。
人知を超えた彼女に向けられているのは、むしろ家族としての心安さと情愛だ。
それはアイズとて例外ではないのだが――今のアイズはいつもとは少し違う。
ロキがアイズにも声をかける。
「アイズも、お帰りぃー」
「ただいま、ロキ……」
ここまでならいつもと同じ光景なのだが、アイズはおもむろにロキへと近づいた。
「おお! なんや、アイズたんも抱きしめて……ぶっ、にゃにしゅんねん」
いきなりロキの顔を両手で挟み込んだ。
「……燈火は?」
「ん? ちょうか? うんっしょと……今日は見とらへんよ?」
アイズの手を除けて、すりすりしながら答える。
「……リヴェリア」
近くで聞いていたリヴェリアにも声をかける。
「朝も見てないのか?」
リヴェリアに聞かれロキは首をひねりながらうんうんと唸っている。
「見てないなー、ちゅうかここ三日間くらい見てへんな」
「三日間も?」
今度はアイズたちが首をひねった。
燈火が三日間くらい帰らないのは別段珍しい事ではないのだが、やはり気にはなる。
「おおかた我々の帰還がいつごろか分からないからどこか逃げたのだろう。恐らく今日帰ったというのは知っているだろうから、ここで待っていれば来るはずだ」
リヴェリアの言う通りなのだが、自分が逃げていると自覚あるものがわざわざ正面切って這入ってくるだろうか、いや来ない。
その事にアイズも気づいているのだろう、どこで待ち伏せるか考えている。
「スキルは……大丈夫、見破る。後は……」
「這入り込んでくる場所だな。あいつなら……分からん。どこでもありそうだ」
燈火の性格や人間性からの判断は難しいらしい。
定石通り来ることもあれば、やはり奇想天外なことをしでかしそうな雰囲気もある。
リヴェリアが言う強か者の所以だろうか。
「とりあえずシャワーでも浴びてくるといい。これからまた一悶着あるかもしれないからな。おそらく夕飯も取れるだろう」
「分かった。ロキ、見張ってて」
アイズに見張りをお願いされたロキはこの世の終わりのような顔をしていた。
「えーー! なんでや! ウチはこれから――」
「浴室には、来ないで」
「いやぁあああああああ!」
アイズの死刑宣告にロキが絶叫する。
「まあ我慢しろ、私も付いていてやるから」
「それ余計に首締まるだけやんか!」
リヴェリアに首根っこを掴まれ、引きずられながら門の方へと歩いていった。
「アイズー、早く行こー」
「うん、今行く」
ティオナに呼ばれ、浴室へと向かった。
「アイズたん、なんや不機嫌やな」
「最近置いてきぼりをくらってるらしい」
「あーなるほど。燈火もあれで妙に気が回るからなー」
引きずられながらアイズの様子がおかしい事を考えていたらしい。
「その被害を受けたのさ」
「まあしょうがないんとちゃうん?」
「そんな気は回して欲しくないんだろう」
「二人ともお年頃やし、色々あるんやねー」
ロキは自分の子が成長するのを喜ぶように笑っている。
「燈火って何気に倍率高いんやで」
「なんとなくは察している。ただそこは我々が口出しすることではないだろう」
普段の生活で露骨に表すものや、遠回しに伝わってくるものなど、リヴェリアの中でも何人かは見当がついているらしい。
「せやなー、そこら辺はちゃん自分たちで幸せになってもらわんと」
「まあどれだけ先のことになるかわからないがな」
「最終的に⋯⋯ハーレムエンドだったりしてな!」
ロキがワクワクしながらとんでもないことを口走る。
しかし、リヴェリアもその結末があまりにも容易に想像できてしまったのだろう。否定ではなく溜息ばかりが口を衝いている。
「もし万が一そんな事にでもなれば――私が教育してやろう」
するとロキが揶揄うようにリヴェリアを覗き込む。
「なんや? 仲間はずれは寂しいぃいい痛い痛い痛い! ウチが悪かったから手ぇ離してぇええええっ!」
「くだらないことを抜かすな」
掴み所を首根っこから顔面に移したリヴェリアはそのまま門の方へと歩いていった。
その表情は、直前のロキの発言に対して怒っているものではなく、一人の少年を――色々と――心配する母親のようだった。
***
時間を潰すため訪れたギルドから出た燈火は夕飯のことを考えていた。
今の燈火は、この夕飯をどこでとるかによってこの後の状況が大きく変わってくる。
(このまま帰って万が一捕まったら、吊し上げられながら飯食う羽目になりそうだな)
【ロキ・ファミリア】では、ロキの方針で「飯はいるもん全員でとる」と言う事になっている。
今ホームに戻り捕まれば、衆目に晒され責め立てられながらの夕飯となるに違いない。
リヴェリアとかアイズとかに。
こう言う場合、意外と何も言わないのがフィンなのだが、何も言わないということは助けてもくれないのだ。
「仕方が無いよ」と肩にぽんと手を置きながら降伏を促しそうだ。
(今日の夕飯は⋯⋯やっぱりあそこだな)
そう結論を出すと、燈火はギルドを出た北西のメインストリート――『冒険者通り』からホームのある北部ではなく、西のメインストリートを目指し歩き始めた。
久しぶりの本編。
これからはもう少し早く投稿できると思います。