頭の中では組み上がっても、文字に起こす気力が……。
ボクの悪い癖です。
昨晩、逃走劇とささやかな夜会を終えた燈火は自室へと戻るとすぐに眠りについた。
逃走劇が程よい運動になったため夜会が終わるころには少し眠気が来ていた。
燈火はこのまま明日の朝は朝食抜きでいいやと考えていたのだが、逃走犯にそんな自由な朝が来るはずもなく――
「燈火ー朝だよー」
寝ていると突然部屋のドアが開きティオナが入り込んできた。
開いた衝撃で燈火はお気に入りのハンモックの上から転がり落ちた。
「~~~~っ!」
後頭部から落ちた燈火は頭を押さえ床でのたうち回る。
「どうしたの?」
燈火が何をしているのか状況がさっぱり分かっていないティオナが首をかしげる。
「頼むから……朝っぱらからそんな大きな声を出さないでくれ……」
涙目になりながら体を起こす。思ていた以上に早く朝が来ていたらしい。
「ご飯だよ、早く来てよ」
「分かったから……ホント分かったから」
腕を引っ張られながら下駄に足を引っ掛け部屋を出る。
部屋を出ると廊下にはアイズが立っていた。アイズを起こした後に寄り道をしたらしい。
この時間までアイズが寝ているのも珍しいものだと思いながらも燈火は頭の痛みを我慢しアイズにおはようと挨拶をすると、アイズも昨日よりも少し柔らかい表情で返事をした。
「今日はやけにゆっくりだな」
「久しぶりに、よく眠れたから」
「そうか、まあよく寝るのはいい事だ」
「燈火は寝過ぎなんだよー」
「いいんだよ、暇な朝ぐらいはゆっくりで」
燈火がまだ渋々と言った様子で答えると、ティオナが何言ってるの? と燈火を覗き込んだ。
「今日はやる事ある日だよ?」
「え? 何かあんの? 俺完全暇だと思ってたんだけど」
今回の遠征に行っていない燈火は装備品などの手入れは必要ない。
ただ行っていないからこその役割があるのは当然なのだ。
ティオナが笑顔を浮かべながら燈火に告げた。
「今日の燈火は、荷物持ちです」
「ああ……なるほど、理解したわ」
肩を落としながら顔に手を当てる。
荷物持ちと言ってもただドロップアイテムを運ぶのではない。もっと貴重で、細心の注意を払わなければいけないものだ。
「フィンが説明するってさ」
「ああ、もう大体わかるからいいわ」
肩を落としながら食堂に入ると既に多くの席が埋まっていた。ただ、大体皆決まったところで食べるので座るところがないということはない。
朝食を取り終えると、それぞれ役割を振り分けられホームを出た。
遠征から帰った後はやることが山積みであり、量が量なので団員がほぼ総動員される。
「夜は打ち上げやるからなー! 遅れんようにー!」
ロキに送り出され街へと散っていった。
***
アイズたちは北西のメインストリート、通称『冒険者通り』に向かった。
普段から冒険者の往来が激しく、また現在の時刻も朝の九時を回った頃なので大通りは冒険者の波であふれかえっていた。
しかしそんな状況でもアイズたちの進む道が人ごみによって阻まれることはない。
【ロキ・ファミリア】は、オラリオでも有数のファミリアなので多くの視線を集めていた。
その中でもやはり畏怖を向けられることが多い。
アイズたちに自然と道が開けられていった。
しばらく歩いていると、先頭にいたフィンが立ち止まり、振り返った。
「じゃあ僕とリヴェリア、ガレスは『魔石』の換金に行ってくる。みんなはこれから各々の目的地に向かってくれ」
そして燈火に向き直り、
「ちゃんと仕事しておくれよ? 燈火」
燈火は諦めたかのように肩を落とした。
「了解了解。ちゃんとやるから」
燈火はティオネ達と一緒に『ドロップアイテム』の換金に向かった。
この班は、【ディアンケヒト・ファミリア】に向かい
たどり着いた建物は、清潔な白一色の石材で造られ、【ディアンケヒト・ファミリア】を表す光玉と薬草のエンブレムが飾られている。
「いらっしゃいませ、【ロキ・ファミリア】の皆さま」
「アミッド、久しぶりー」
アイズたちを出迎えた少女に、ティオネが気さくに手を上げる。
アミッド・テアサナーレ。
精緻な人形、と言う言葉が真っ先に浮かび、一五〇
アイズたちの顔見知りだ。
「本日のご要件は、引き受けていただいた
「ええ、今は大丈夫?」
「はい、どうぞこちらに」
アイズたちは商談室が開いていないとの理由から、カウンターの一角に通された。
ティオネが泉水の入った瓶をカウンターに置くと、アミッドの確認作業が始まる。
一通り確認すると、頷き、報酬として
【ディアンケヒト・ファミリア】が販売するものの中でも最高品質のそれらは、単価五〇万ヴァリスはくだらない。
差し出された報酬をしまうと、ティオナが別の要件を持ち掛ける。
「実は深層で珍しいドロップアイテムが取れたんだけど、ついでに鑑定してもらっていいかしら? いい値を出してくれるなら、ここで換金するわ」
燈火はティオネがこの話を持ち出すとさり気なく距離をとった。これから行われるであろう戦いに巻き込まれないようにするためだ。
燈火は、普段から口が回るためこのような値段交渉の時などよく駆り出されるのだ。
ティオネの場合は、フィンに向けてのアピールの場でもあるのであまり頼ってはこないが、もしものことがあるためこのような措置をとった。
今回持ち込んだドロップアイテム『カドモスの被膜』は、優秀な防具の素材になる一方、回復系の
しかし、市場に滅多に出回らないため、商業系の【ファミリア】からすれば、喉から手が出るほど欲しいドロップアイテムの一つだ。
案の定、燈火の後ろではアミッドとティオナが値段交渉で、静かに――されど激しく火花を散らしていた。
そばには、ティオネの強気な吹っかけに戸惑いを隠せずあたふたしているエルフが、説得を諦め肩を落とす実妹がいた。
彼女らの声は、もう届かない――。
アイズも固唾を呑んでその光景を注視していた。
周りの目など微塵も気にしてはいない様子でティオナは交渉を続ける。
***
しばらくすると決着がついたのだろう、アミッドの溜息が聞こえてきた。
「一二〇〇……それで買い取らせていただきます」
「ありがとう、アミッド。持つべき者は友人ね」
調子のいい台詞を口にするティオネにアミッドは再び溜息をつく。
友人に対してあそこまで強気な吹っかけはしないだろうに……と燈火は内心考えてはいるが、口に出したが最後。どうなるか分からないので決して洩らしたりはしない。
カウンターの奥から他の団員が買い取り額分の金を運んできた。
「さあ、燈火。ここからはあなたの仕事よ。団長のために働きなさい」
「了解っす……」
満足げな表情を浮かべるティオネに促され、燈火は大きな麻袋を受けとった。中では大量のヴァリス金貨がジャラジャラと音を鳴らした。
燈火の今回の役割はこのお金の運搬――現金輸送である。
流石に量が量なので音が大きく、ただ麻袋を引っ提げていては取ってくださいと言っているようなものだと言う事で、このように燈火に任せることが多くなってきている。
燈火の【明鏡止水】、あるいは【鏡花水月】を使い防犯性を高めているのだ。
また、燈火の性格的にもこの役割は適任だと考えられている。
「アミッド、まだここ使ってもいいか?」
「はい、構いません。お好きなだけ整理していってください」
このような大金を運ぶとき、燈火は袋の中の金貨を丁寧に敷き詰め、音が鳴らないようにと無駄にかさばらないようにしている。
アミッドからしてもこの光景は既に見慣れたものになっている。
一枚一枚重ねて、袋の奥に敷き詰めていく。こういった単純な作業は燈火の得意とするところでもある。
「ごめん、アミッド……」
黙々と作業を続ける燈火の横でアイズが思わず謝罪の言葉を口にする。
アミッドもどうかお構いなくと苦笑いを浮かべる。
「足元を見て
お互い痛み分けで手打ちにしましょうと、そう告げられる。
聡明であると同時に心優しい彼女にアイズたちは心を許しており、アミッドもまた、【ファミリア】の利害関係を超えてアイズたちを信頼してくれている。
ぎこちなく微笑み返したアイズは、気休め程度に遠征で消費した
「お前ら先行ってていいぞ。こっちはまだかかりそうだ」
一通りの目的を果たしたアイズたちはこれからまた別の目的地に向かおうとしていた。
【ゴブニュ・ファミリア】
武器や防具、装備品の整備や作製を行う鍛冶の派閥。
先の遠征でティオナが
本来はティオナとアイズの二人だけで行く予定だったのだが、金貨の量が多く作業が終わらないためティオネとレフィーヤもそっちについていくように促した。
心の中で【ゴブニュ・ファミリア】の鍛冶職人たちに同情しながら。
「いいんですか?」
「ああ、気にすんな。その
燈火が純粋な親切心からそう告げると、ティオネがやや眉をひそめた。
「やけに素直ね。何か企んでるの?」
「俺の誠意はそこまで怪しいですかい……」
肩を落としながら
燈火なりに、今回の遠征をサボったことに対する償いとしての行動だった。
ティオネもそこまで追求する気はないのか矛を収め、じゃあよろしくねと出口に向かった。
「ありがとうございます」
「おう」
「ちゃんと来てよねー」
「はいはい、了解ですよ」
レフィーヤも感謝を述べるとティオネの後を追った。
アイズたちも渋々といった様子だが、燈火に促されその場を後にする。
再び作業を開始すると正面から視線を感じた。
顔を上がるとそこにはアミッドが手元をじっと眺めていた。
やけに気恥ずかしくなった燈火は何か? と尋ねた。
「いえ、かなり丁寧な仕事をなさると感心しておりました」
「まあこういう作業的なのは嫌いじゃない」
するとアミッドが燈火の横で山になっている金貨に手を伸ばした。
「……ネコババか?」
燈火が冗談めかして告げると、些かムッとた表情になったが、いくつか手に取った金貨を丁寧に重ね手渡した。
「お手伝いしようかと思ったのですが……私の誠意はそこまで怪しいですか?」
「いえ全然全くホントお世話になります」
悲しそうな表情で揶揄われ気味に告げられたその言葉に恥ずかしくなってしまった燈火は、黙々とアミッドから金貨を受け取り袋に詰め続けた。
***
アミッドの手助けもあったことから、予想よりも早く作業が終わった。
「いやー、ホントに助かったわ。ありがとさん」
「いえ、こちらも懇意にしていただいているのでこれくらいの助力は当然です」
燈火は
改めて礼を言うと、アミッドも浅くお辞儀をした。
「あと、ホントすまん。うちのが暴走しちまって……」
「いえ、こちらも懇意にしていただいているのであれくらいの譲歩は当然です」
今度は真っ直ぐ燈火から視線をそらさず、先ほどよりも無機質に――機械的に告げる。
その瞳から疲労や諦観などが見て取れた気がした。
「ホントに申し訳ないです」
両脇に荷物など抱えていなければ、今すぐにでも深々とお辞儀したい気分になった。
その心情はまるで、やんちゃ坊主の母親のようなものだろう。
そんな思いからか、燈火も
「またなんかあったら個人的にでもいいから依頼してくれ。一人でも取ってくるから」
思いがけない副産物があるとまた今日のようになりかねないので、依頼があればその物だけに集中しようという決心からの言葉だった。
しかし、アミッドはその言葉を聞きやや驚くと、表情を崩した。
「そのような発言は要らぬ誤解を生みかねませんのでお気お付けください」
「俺の誠意は真っ直ぐ受け取ってもらえないのかっ!」
「ですが……まあ考えておきます」
「そこまで無理くり捻り出さなくても良いからね?」
顎に手を添え依頼を考え始めたのを見て、謎の危機感をおぼえた燈火はまたねーと来た時のティオネ同様に手を上げた。
アミッドもそれに応えるように手を上げそうになったが、一応客が出ていくという形のため、慌てて手を下げお辞儀をした。
そんな様子を苦笑いを浮かべながら燈火は見ていた。
今のもそうだが、アミッドが少しとはいえ珍しく表情を崩したので、良いものが見れたと内心得した気分になりながら【ディアンケヒト・ファミリア】の建物を後にした。
もっと早くに投稿できるよう……はい。