鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

7 / 12
ダンまち!本編13巻!外伝9巻!計22巻全部読みました!とてもおもしろかったです!特に良かったのは8巻です!ベートかっこいい!


『恩恵盗み』の始まり 1

「はぁああ!」

 

ベルは短刀を力強く振り回す。その刃はウォーシャドウの額に深く刺さる。

 

ここはダンジョンの六階層。彼の周りにはモンスターの死体や魔石と灰の山がいくつもあった。それは怪物達との闘争の末にできた証だった。

 

 

ベルはあの酒場から出てすぐダンジョンに向かった。ー雑魚じゃ釣り合わねぇ。狼人が声に出したその言葉が彼の心に突き刺さる。

 

 

 

こんな弱い自分ではあの憧れた彼女。アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格などない。そういうことだ。そんなの嫌だ。だけど今のままじゃ憧憬は憧憬でしかない。憧れを超えるためには僕は何をすればいい?Lv5の彼女とLv1の僕との違いは圧倒的な冒険者としての力量。そして器だ。それに近づくためにはどうすれば良いのか。それは・・・

 

 

モンスターを倒して経験値を得ること。

 

 

だから僕は目の前のフロッグ・シューターの体にナイフを突き立てる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

まだだ。足りない。これでは彼女に追いつけない。もっと。もっと。もっとモンスターを倒さなきゃ。

 

彼の体は連戦に次ぐ連戦で体力を著しく消耗している。それに迷宮を潜るための準備もしていない。防具すら装備していないのだ。だからベルの体はモンスターの攻撃によって傷だらけ。着ていた服のいたるところが破け血が滲んでいる。正直これ以上潜るのは危険だ。

 

「ぐぅっ!?」

 

ダンジョンの壁から新しく生まれたウォーシャドウにベルは背中を鋭利な爪で切り裂かれる。ついに彼はその攻撃によって床に伏せてしまった。このままでは、怪物達に囲まれ、ベルはダンジョンに葬り去られるだろう。

 

それは慢心だったのか。調子に乗ってしまったのか。それとも強くならねばという強迫観念だったのか。彼はつい最近まで”鈴木悟”と2人でダンジョンに挑んでていたというのに1人で潜ってしまった。それは自殺行為に近い。ずっとソロの冒険者だったならまだしも、背中を預ける仲間の力を覚えてしまった彼にはダンジョンの六階層は早かった。

 

「あぁ・・・」

 

僕はなんて馬鹿なんだろうか。自分のちっぽけな矜持で自らの命を散らそうとしている。相談して頼るべきだったサトルさんや神様を残して。そう、ファミリア。家族に頼ればよかったんだ。

 

彼の脳裏にヘスティアの泣き顔が浮かぶ。そしてその隣にはとても悲しそうな顔をした鈴木悟がいた。

 

いやだ。いやだ。いやだ!死にたくない。僕はまだ生きたい!あそこに帰るんだ!まだ何も成し遂げていないんだ!

 

彼はとても原始的な願い。生存を求めた。だが目の前の怪物にはそんなことは関係ない。ウォーシャドウは無慈悲に三本の爪を天井へと挙げる。ベルに突き立てるためだ。彼を確実に殺すために、

 

それは振り下ろされた。

 

 

 

 

その瞬間だった。ベルを殺そうとした怪物に漆黒の一線が走る。魔石が砕かれたのか、ウォーシャドウは灰になった。

 

 

 

 

漆黒の長剣を持った鈴木悟がいた。彼が作ったモンスターの死灰の前に。

 

 

 

彼はすぐさまベルの周りのモンスターを斬る。斬る。斬りまくる。的確に魔石を砕いたためか、もうそこには灰しか残らなかった。その剣筋はとても見事なものであるが、技の美しさはない。どちらかと言うと徹底的に無駄を省いたものに見える。

 

ベルは違和感を覚えた。近接戦闘が苦手なサトルが剣を持って戦うなんて珍しい。それにあの長剣はとても高価な物に見える。サトルさんは持っていなかったはずだ。

 

「ぁ・・・サトルさん?」

 

「傷だらけじゃないか。でも生きててよかったよベル。さぁホームへ帰ろう」

 

鈴木悟はベルに優しい言葉をかける。だがその口調はとても冷淡だ。それは怒っているようにも無感情とも感じ取れる。ベルはその時はダンジョンの薄暗さと血の気のなさで気づかなかったが、鈴木悟の顔は無表情だった。まるで人形みたいだった。

 

ベルは鈴木悟に肩を担がれ運ばれる。

 

「・・・すみません。・・・僕のせいで迷惑をおかけしました」

 

「・・・」

 

ベルは自らのプライドが起こした愚かな行為を恥じて鈴木悟に謝罪する。対して謝られている彼は無言だ。それは彼がベルに立腹しているようにも見える。

 

 

 

 

彼らはダンジョンを歩む。不思議な事に出口へと向かう途中、モンスターは一匹も現れなかった。それは満身創痍な冒険者にとって小さな奇跡だ。

 

 

道すがら、鈴木悟達の様子は終始無言だった。

 

ベルは鈴木悟の様子から怒っているのではないかと思った。先ほどの謝罪への無視もあり、とても気まずい。なにか話を切り出したい。彼は鈴木悟が身につけている武器を思い出す。

 

そうだ。先ほど使っていた剣の事を聞こう。それに剣を使うなんてサトルさんらしくないしなぁ。どこで手に入れたのだろうか?

 

それは鈴木悟の腰に刺さった黒い剣。宝石などの装飾はないが、とても実直で鍛えられているように見える。もしかすると鍛冶系ファミリアが作った第二等級武器。いや第一等級武器かもしれない。

 

「・・・その剣どこで手に入れました?あの酒場では持ってなかった、いや初めて見た気がするんですけど」

 

鈴木悟は問いをかけたベルに顔を向けずに答える。

 

「ダンジョンで拾ったんだよ」

 

相変わらず彼の声が冷たい。それしても迷宮内で手に入れたとは。確かに冒険者がモンスターとの戦いで敗走した場合、武器をダンジョンに置いて逃げる事もある。死んでしまった冒険者も同様だ。

 

しかし、ここは6階層。Lv1の冒険者が多いこの場所でその高価な武器を拾うのには無理があるのではないか。それこそ彼が手にしている剣はLv2以上の上級冒険者が使うものだ。この階層では遅れをとるはずがない。

 

当然のようにベルはその事に疑問を覚える。だが、彼に必要以上に問いただしても機嫌を損ねるだけだ。普段の優しい彼ならば問題ないが今は怒っている。と思ったからだ。

 

ベルは話題を変えようと考える。そうだ。確かにその黒剣は気になる。がもっと聞きたい事があった。

 

 

それは鈴木悟が魔法を使わないでモンスターを倒した事だ。それも苦手な近接のみで。

 

 

普段の彼ならば魔法を使うはずだ。遠距離から無詠唱魔法で攻撃し、接近してくるモンスターがいた場合はVR世界で熟練した立ち回りで翻弄し隙を作って魔法を撃つ。それが彼の戦闘スタイルだ。

 

それとは真逆じゃないか。それに先ほどの剣舞はアイズ・ヴァレンシュタインほど美しさはないがとてもすごかった。苦手とはなんだったのか?だからベルは鈴木悟に聞いてみた。

 

「サトルさん。なんでさっき魔法を使わなかったんですか?いつもなら・・・」

 

「効率的だからだよ」

 

「え?」

 

ベルの言葉を遮るように鈴木悟は喋る。そして彼は続ける。

 

「弱いモンスターを倒すのは物理で殴るのが一番早いじゃないか」

 

それに魔法のための精神力も使わないからねと彼は淡々と言う。

 

弱いモンスター?つい先日まで二人で協力しながら倒していたと言うのに?おかしい。二日前、ミノタウロスに襲われたあの日。6階層まで潜った道中だってベルがいなければ危うい状況だってあったのに。彼はその日ステータスを更新していたが昨日の戦闘は多少成長していたがいつもの鈴木悟だった。

 

ベルの頭に疑問が渦巻いていく。鈴木悟が放った弱いモンスターという言葉がそんな相手をあしらえないベルを指して彼を小馬鹿にしているのだが、ベルの頭にはその意味は伝わるほどの余裕はなかった。

 

「ベルの傷の具合もよくないだろう。そろそろ無駄話はやめようか」

 

彼は余り喋りたくないらしい。ベルの怪我を引き合いに出し強引に話を切り上げる。

 

 

 

彼らは着々と階層を昇り、迷宮の出入り口に向かう。そら、もう街の魔石灯の明かりが見えてきた。でも、もう時刻は深夜あたりなのだろうか。光は少ない。

 

そしてベル達は薄暗い西のメインストリートを進み、ホームである廃教会についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

ミアハは赤い液体が入った小さいフラスコを書類やら摺り鉢などで散らかっている机に置く。彼は新薬の研究で少し疲れているようだ。だが表情はとても明るい。

 

ここは青の薬鋪。ミアハファミリアのホームだ。彼は訪ねてきたヘスティアが帰ったあと彼の眷属であるナァーザと一緒に黒い甲冑を着た人物。モモンからもらった物理的な怪我ならば霊薬以上の効果がある赤いポーションを調べていた。

 

「ナァーザ、もう深夜近くだ。これ以上やると徹夜になってしまう。寝なさい」

 

「・・・いやです」

 

ミアハは手を眉間に添える。それは悩ましいポーズだ。ナァーザがこの水薬から離れない。よほど自身に起きた出来事が彼女を揺さぶるのだろう。自分と同じ境遇の人も救えるのでないか?ということなのだろうか。もう欠損した腕やら足に苦しめられない。本当の肉の手足が戻るのだ。エリクサーではできないそれは神の所行に近い。

 

 

 

「まったく・・・」

 

私は”白い右手”で摑んだ試験管とにらめっこするナァーザを見て思い出す。そう、あれは二日前の事だ。時刻はそうだな・・・今と同じ深夜近くだったか。

 

黒鎧の彼。モモンさんは営業時間すぎたこの店に訪ねてきた。扉を叩く音がしたが、店番のナァーザはもう寝床についてしまってかわりにヘスティアからもらったスズキ・サトル君の体の中にあったと思われる絡繰り仕掛けの臓器を分解し、研究するために起きていた私が応対した。

 

「何の御用かな?」

 

「私の名前はモモン。医神であるミアハ様に礼を言いに御訪ねしました。夜分遅く申し訳ない」

 

扉を開けると偉丈夫が立っていた。なんと私に用があるらしい。お礼を言いにきたがと言っているが彼にはあった記憶がない。モモンさんは漆黒の甲冑を身に纏い素顔は見えなく身元を探るのは難しい。ぱっと見の印象は歴戦の冒険者だ。それに声も聞いた事もない。彼の声は冷たい氷を連想させるほど無感情だ。とても印象的だがどうも覚えがない。どうしたものか・・・

 

「ヘスティアファミリアの鈴木悟をご存知かな?彼があなたの治療を受けたと噂で聞きました。そしてその治療にとても高い霊薬を使った事も。」

 

噂か。余り広めてディアン・ケトの耳に入ってほしくはないのだが・・・なんでわしにそれを売らんのだ!それ売れば早く借金返せたのに!金返せ!彼の怒声が頭に浮かぶ。

 

「私は彼を助けてくれたあなたにお礼を言いにきました。それとと霊薬の代金を渡したい」

 

代わりにお礼?そうだったのか。それなら初対面のはずだ。もしやモモンさんはスズキ・サトル君の友人なのかな?いやヘスティアの眷属と考えるのが妥当かな。それにしても彼女にこんな強そうな冒険者がついているなんて知らなかった。団員はベル君一人だと言っていたが、こんな隠し球を持っていたとはヘスティアの意外な一面だな。こやつは。

 

それにしてもあのエリクサーの代金か。ヘスティアは自分で払うと言ってたんだがどういう事のだろうか。しかし、彼は無手だ。手には何もなく、荷物を入れるカバンも見当たらない。さてどこにお金があるのか・・・

 

「っ!」

 

私はとても驚いてしまった。彼が横に手を伸ばしたら、何もない空間が歪みそこから人が入りそうなとても大きい袋を取り出しのだ。床に置かれたそれはとても重いため床がギシギシときしんだ音が聞こえる。これが彼がバックやポーチを持っていない理由か。スキルか?初めて見るものだ。

 

「とても驚いている様子だが、どうしました?」

 

「ぁ・・・いや、それはスキルかね?」

 

・・・は!?しまった。つい気になって言葉に出してしまった。冒険者のステータスやスキルの詮索はご法度だというのに。でも目の前でスキル使われてしまったのだ。とても気になってしまうのはしょうがないことだと思う。

 

「あぁ・・・スキルですよ」

 

なんと、彼は私の失礼な質問にも答えてくれた。こんなスキルがあったら中身の容量によるがとても便利だ。遠征やダンジョン探索で荷物を減らすことができる。手荷物の多さは冒険者にとって足かせになる。専用のサポーターを雇って怪物に襲われて積荷を失ってはたまらない。しかし、荷を持っていかないとうのは選択できないだろう。迷宮内は人間が食べる食料も物資も乏しいのだから。

 

彼のそのスキルだけでも広まってしまったら他のファミリアの勧誘がたくさん来るだろう。神々のことだ嵐のような出来事になってしまうな。それほどのレアスキルだ。

 

だが、そんな大事なことを喋ってしまっていいのだろうか?私自身は他の神に吹聴する気はないが、口の軽い奴ならばそうではあるまい。そして秘密にしてないのなら今日初めて聞いたというのは不思議だ。それに、あの間はなんだったのだろうか?私に聞かれた時、彼は何か考えて答えたように見える。そう、それは嘘をつくときの様子だ。

 

でも、真偽を確かめようと彼の眼を見ようにも兜の隙間が暗くてわからない。

 

 

「金額はこれでいいですか?」

 

彼は大きな袋の口を広げ、それをを私に見せる。私は袋に手を入れ一つとって見る。これは・・・オラリオの金貨ではない。袋一杯の金貨。ここで使えるかわからないが、とても枚数が多い。金の量、金属としての価値だけ見てもあの霊薬の代金には事足りるだろう。いや、多いか。

 

「ああ。でもちょっと多いかな・・・」

 

「そうですか。しかし彼を診たのは夜遅くだったと聞きます。深夜診察料金として受け取ってください」

 

おぉ。気を使われてしまった。私自身あまり気にしてないのだが、まぁいい。彼の好意を甘えるとしよう。無下にはできなしな。

 

「あともう一つ。あの霊薬は特別なもので作ることが難しい。いや、材料を手に入れることさえ難しいと伺ってますが本当ですか?」

 

「本当だ」

 

私は頷く。あれは本当に”特別”なものだ。今のままでは作ることができるのは当分先になるだろう。私もらしくないことをしたものだ。親しい友神に弱音を吐くなど。しかし、酒の席で溢してしまったがよく材料が集まったものだ。一度だけとは言え皆優しい。いや出来すぎかな。彼らはそこまでお人好しではない。必ず見返りを求める神も中にはいた。だが、求めなかった。おかしい。あれはまるで”因果”を操らているようだった。

 

まぁ、色々と気になることがあるが昔のことだ。疑うことは良くない。今は感謝していいだろう。

 

 

「では代わりにこれを」

 

私が昔のことにふけっていると、彼は赤い液体が入ったガラス瓶をを差し出した。代わりにということはエリクサーの代替え品なのか?その瓶はとても美しい。とても高名な職人が作った物に見える。そして中身はなんだろうか?色は血のようにとても赤い。酒みたいだ

 

「これは何かね?」

 

「ヒーリング・ポーションですよ。効果は最上位の物なので肉体の治癒ならば、あなたが作った霊薬に近いでしょう」

 

ポーションだと?それもあのエリクサーに匹敵する?冗談か?しかし、ただのポーションならこんな高い入れ物には入れないだろう。ではそういう事なのだろうか。しかし、あの”霊薬”と同じくらいの治癒力ある物はオラリオでは一番大きい医療系ファミリア。ディアン・ケトの子ではまだ作れないと思うのだが。素材だってダンジョンの深層の物が多い。私だって神の力を使わず奇跡的に作る事ができたのに。正直、本当に効用があるのか疑ってしまう。

 

「なるほど。本当に効くか疑っているんですね」

 

おや顔に出てしまったか。申し訳ない事をしてしまった。

 

「ですが怪我をした者がいなければ効果を確かめことができませんね。・・・そうだ。ミアハ様の眷属の一人は義腕でしたよね。なんでもモンスターに片腕にされてしまったとか。彼女で試してもらえませんか?腕が生えるかもしれませんよ?」

 

 

なぜその事を知っている。彼女が義腕なのはあまり周りには言っていない。だが、ギルドや腕を買ったディアン・ケトファミリアを調べたり、聞いたりすればわかること。問題はこやつはその情報をあらかじめ仕入れてきてここに来た事か。どうやらきな臭い。がこの水薬の治癒力は気になる。

 

しかし、ナァーザを薬の実験台にするのはあまり気持ちのいいものではない。断ろう。

 

「いや、代金だけで結構だ。ナァーザで薬の検証はしたくない。それはお引き取り願おう。それは高価な物だ。ご自身で使われると良い」

 

「そうですか、それは残念です」

 

モモンさんはすんなりと身を引いた。やはり、高価な物でもったいないと思ったのだろうか。では、またと彼は用件が終わったのか出口の扉へと向かう。

 

 

その時だった。

 

 

「・・・それは本当ですか?」

 

 

いつの間にかに寝床から起きていたナァーザが私たちの会話を聞いていたのだ。

 

「・・・ミアハ様。私なら大丈夫です。・・・こんな機会ありませんから」

 

それにタダですから小声でナァーザ言う。モモンさんにも聞こえるぞ。まぁ、確かにこんなチャンスは滅多にこないだろう。そして私は忘れていた。彼女は”あのエリクサー”が置いてあった棚を良く見ていたという事を。あの眼は後悔と期待が合わさった色だった。ナァーザはいくら自由自在に動かせる義腕があるからと言って本当の自分の腕がいらない訳ではない。欲しいはずだ。

 

「モモンさん、無礼を申しますが先ほどの提案お願いします」

 

私は頭を下げる。どうやら私はお門違いをしていたようだ。被験者になるのはナァーザが決める事だ。なのに私の一存で決めてどうする。

 

「ほう。では一つ条件を付けよう。ここで使ってみてくれないか。お嬢さん」

 

モモンさんの口調が少しだけ怒気を感じられるようになった。彼は自分の提案が拒否されて、兜を被っていたため表情がわからなかったが少し怒っていたようだ。それもそうだろう。一度断っておいてやっぱりやりますというのは心にくるものがある。

 

条件か。ここでという事は治癒の瞬間を見たいという事だろうか?不思議だ。やはり彼も使った事がなく効用がわからないという事なのかもしれない。・・・ますます心配になってきた。

 

一方、ナァーザはそれを承諾したのか、自室で右腕の付け根が見えるような服を着てきた。義腕を外したため接合部が生々しい。

 

 

 

 

 

「・・・ではお願いします」

 

彼女は椅子に座って薬を掛けられるのを待っている。私は彼からポーションをもらい彼女に使った。

 

しかし、何も変わらなかった。つなぎ目から垂らしてみたのだが変化はない。やはりこれは偽物?

 

 

「そうか。その接合部が邪魔をしているのか」

 

背後から冷たい声が聞こえる。モモンさんの声だ。私は振り返って彼を見る。黒いガントレットには棒状の物が握られている。それは・・・剣?

 

なぜ、なぜ彼は剣を持っているのだろうか?それを何に使うのだろうか?

 

 

 

「きゃあぁあああああああああ」

 

 

 

鉄の。赤血球の匂いがする。何が起こったのだ?なぜナァーザが血まみれで床でのたうち回っているのだ?なぜ右肩を押さえている?なぜそこから血が出ている?なぜ真っ赤になった接合部の一部分が床に落ちている?

 

「ポーションを使え」

 

 

無慈悲で冷淡な声がまた聞こえた。彼を見る。その右手には血が付いた剣があった。あぁコイツがナァーザを傷つけたのか。なんてやつだ。ポーションを使えだと?効果が無いのを見ただろうに。何を言っているんだ?

 

「はぁ、しかたがない私がやるか」

 

私はあまりにも衝撃的な出来事で立ちすくんでしまった。その様子が見かねた彼が赤い水薬を床に伏せたナァーザに降り注いだ。

 

 

奇跡が起きた。

 

 

いや神である私が軽々しく奇跡などという言葉を使うのはどうかと思うが、それは奇跡としか言いようがない。

 

 

ナァーザの腕が生えたのだ。それも綺麗に。筋肉の衰えも見えない。あたかもそうであったように生えたばかりの右腕が左腕と同じようにバランスよく肉がついている。まるで私の作ったエリクサーのようだ。いや、それ以上かも知れない。

 

「・・・あぁ、私の腕。私の右手」

 

血まみれのナァーザは左手で白い右手をさする。彼女の瞳には涙があった。嬉し泣きだ。とても嬉しい。そう感じさせるような満面な笑みだ。

 

「少々乱暴だった。すまない。だが生えた。信じてくれるかね?」

 

「ぁ、ああ」

 

私は動揺してしまった。正直目の前でこんな物を見せられたら信じるしか無い。確かに乱暴だったが結果は良かった。どうやら接合部のパーツが治癒を邪魔していたらしい。それを切断してしまうとは普通の人ならばできないことだ。効果がなかったらどうなっていたことか。

 

「良い物を見せてもらった。痛い思いをしたお嬢さんに免じてこのポーションは多めに渡す事にしよう。ミアハ様。受け取ってくれるかな?」

 

そう言って彼は何も無い空間にできた歪みから先ほど使ったポーションを3本出し机に置いた。あれほどの物がぽんぽん出てくるとはいったい彼は何者だろうか?

 

「おっと。血で部屋を汚してしまったな。店内が鉄の匂いがしては困るだろう」

 

彼は己が起こした惨状に気づいたようそれを言葉に出す。当たり前だがこんな状態の店ではお客が困惑するだろう。

 

「《清潔》」

 

モモンさんは無詠唱魔法を唱えた。この人は魔法まで使えるのか。するとたちまち血の匂いは消え、床の赤い染みがなくなったではないか。なんと言うか見た目から反して家庭的な人なのか?魔法の発現はその人の思いや経験に依存する。収納のスキルやら掃除の魔法・・・考えるのをやめよう。正直、目の前の厳つい甲冑を着た戦士とはあまりにもイメージがかけ離れている。それに過激なことをする人だ。違うだろう。

 

 

モモンさんはもう用件が済んだのか扉手に手を添えていた。彼はもう帰るようだ。

 

 

 

「ああ、そうだ。また”近い内”に鈴木悟があなたに世話になるだろう」

 

 

 

彼はその意味深な言葉を残してこの私たちのホームから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナァーザ。早く寝ないと目の下に隈ができてそなたの美しい顔が台無しになるぞ?」

 

「ぅ・・・ミアハ様。・・・それズルイです」

 

ナァーザは頬を赤らめて寝床へ向かった。彼女はあの薬で治った夜から寝る間を惜しんで研究していた。医療に携わるものとして睡眠不足というのはあまりよろしくない。不健康になってしまう。いろいろ試してみたところ、さっきのように言えば言う事を聞いてくれる。どうやら彼女には好きな人がいるようだ。その人には隈だらけの顔なんぞ見られたくはないだろう。それに・・・

 

「やっと行ったか」

 

こんなに素晴らしい物を研究できるチャンスはあまりないだろう。やはり私も娯楽を求めて下界へ降りた神の一柱というべきか。目の前のポーションを眼にしてとめどなく探究心が湧いてくる。正直、ナァーザが寝るのを待って1人でじっくりと実験する機会を伺っていた。あの黒い甲冑を着た人物。ちょっと危ない人だがモモンさんがどこで手に入れたか分からないがそんなことはどうでもいい。ここに現物があるのだから。

 

「そういえば・・・」

 

モモンさんといえば、彼はヘスティアの眷属ではなかったな。ではおそらくサトル君の知り合いであったか。うーん。あの臓器といい。死にかけた体といい。妙に納得できてしまう。あ。そうか。ヘスティアの親しい人と言うのは彼なのか。今度は記憶をなくしたか。難儀な人だ。

 

記憶。ヘスティアにもいったが記憶は完全に消すのが難しい。それこそ神の所業だ。だが、彼女が去った後思い出したのだが、記憶に”蓋”をすることはできる。いわゆる自己暗示というやつだ。特定のキーワードを一時的に忘れさせたり、自分はこうだと思い込んだりすること。など様々な効果が期待できる。それと、彼が最後に言った言葉。サトル君がまた世話になるというのはどういうことなのだろうか。もしかしてそのためにポーションを多く置いていったのか?うーん。意図がわからん。

 

まぁ、そのことについても気になるが、今は目の前のコレだ。このとんでもない治癒力をもったポーションだ。私に未知を与えてくれる。ああこれだから下の世界は楽しい。

 

 

下界サイコー!!

 

 

 

 

 

 

「う〜ん。ふたりとも遅いなぁ・・・・」

 

一足先にヘスティアファミリアのホームである廃教会の地下室に帰っていた、主神。ヘスティアは自身の眷属である2人の帰りが遅いことに心配をしていた。時刻は深夜を超えたところを指している。彼らに何かあったのではないかと思ってしまうのは当然だ。

 

「それにしても、さっきのミアハが言っていた”モモン”って何者なんだろう・・・」

 

それと二人の事と別の事が彼女をさらに不安にさせる。エリクサーの代金を頼みもしないで払った男の事だ。名前をモモンと言うらしい。普通ならば稼ぎのいい高ランクの冒険者でも尻込みするような額だ。そんなものをポンと出すのはおかしい。そう、おかしいんだ。

 

それに、ミノタウロスから瀕死の怪我にさせられてしまったベルを助けたのも彼らしい。同じポーションの瓶がミアハのところにあったのが証拠だ。

 

彼の行動は善意なのか。それともなにか裏があるものだろうか?後者なら厄介だがロキやフレイヤの大きいファミリアならまだしも弱小な彼女のファミリアを狙って何の利益があるのだろうか?正直損しか無いだろう。そこのところも不気味なところだ。

 

「だめだ・・・考えてもわからない・・・」

 

彼の意図はわからない。それが彼女を困惑の渦へと巻き込んでいく。人も神もよくわからないというのは怖い物だ。神の場合、何が起こるかわからない未知を求めて下界に降りる者が多いが、愛する眷属まで巻き込むとなると勘弁したいし、望んだ物ではないだろう。ヘスティアもそう思っているに違いない。

 

「これってありがたい事なのかな?いやそうだよね・・・」

 

だが、彼女は今後借金にに悩まなくて良いと言うことにちょっぴりだけ感謝していた。現金な物である。

 

 

ギギギ・・・

 

 

扉が開く音がする。鈴木悟達が返ってきたのだ。

 

「おかえり〜今日は遅かった・・・え!どうしたんだいベル君!」

 

二人が返ってきた事で上機嫌なヘスティアが目にしたのは鈴木悟の肩に担がれた血まみれのベルだった。

 

「・・・すみません。神様」

 

彼は血が抜けすぎたのかとてもぐったりしている。特に背中の肩から肩甲骨あたりまである裂傷がひどい。奇跡的に恩恵が刻まれている部分は無事だった。そして幸いにもまだ意識はあるようだ。

 

彼はすぐさま鈴木悟の肩からベッドに運ばれた。それに合わせてヘスティアはいつも使っている応急箱からポーションや包帯を取り出してベルに使う。

 

「一応、手当はできたよベル君」

 

ベットの周りにはポーションの空き瓶や血で重たくなった布やら包帯などで散らかっていた。常備薬をすべて使い切ってしまった。彼の様態からするとまた必要になるだろう。近くてこの時間でも対応してくれる薬鋪はミアハのところしか思い浮かばない。ポーションさえあれば何とかなるだろう。だからヘスティアは鈴木悟にミアハのホームに行くようにお願いしようとした。

 

「ヘスティア様。薬がないようなのでミアハ様のところへいってきます」

 

彼は状況を見て判断したのか彼女が頼みを言う前に申し出る。それは空気の読める彼の優しさだ。しかし、その声は無感情だ。違和感を覚えてしまう。冷たいのだ。いつもの鈴木悟なら明るい声のはずなのに。

 

「では行ってきます」

 

ヘスティアは当然その違和感を覚えた。だが、それ以上に彼女の心を揺さぶる事があった。

 

それは彼の目にあった。重傷のベルに治療に専念して鈴木悟の事をちゃんと見ていなかったが、ミアハの元へ向かおうとする彼が扉に手を掛けて始めて、ホームに返ってきた鈴木悟の眼を見た。

 

 

 

鈴木悟の瞳からなにも感じる事ができないのだ。

 

 

 

感情の色。喜怒哀楽といったものが何も無い。神は下界の子どもなら誰でも嘘を見抜く事ができる。それは眼から感情が筒抜けてわかるからだ。もちろん例外があるが、訓練しないとできないだろう。

 

そして今日の酒場へと行く前の鈴木悟はとてもわかりやすかった。おいしい食事への期待といったところか。楽しい感情だった。

 

だが目の前にいる彼の瞳はそれを感じさせない。未知の感覚が彼女を支配する。いや近いものを知っている。人では無い物だ。そう、ヘスティアが思ったのは、

 

 

まるで怪物のような瞳だった。

 

 

「・・・ぁ」

 

彼女はあまりにも衝撃的すぎる出来事に放心してしまった。。それもそうだ。近しい人が全くの別物になっていたのだから。

 

 

 

彼が出て行って二時間後。

 

 

 

「ヘスティア様すみません!道に迷ってしまって遅れてしまいました!」

 

鈴木悟がポーションなどが入った袋をもって慌ただしく戻ってきた。彼は走ってきたのか汗が頬を濡らす。彼の表情は先ほど無表情と違い遅れた事に対しての焦りと申し分けないという自責の感情が感じ取れる。そして、

 

「も、もう遅いじゃないか〜」

 

その瞳には感情があった。彼は人間だ。ヘスティアは歓喜した。さっきのは勘違いだったのだ。そうとしか思えない。たまたま調子が悪かったのだそうに違いない。彼女はそう思う事にした。

 

 

 

そして彼らは無事夜明けを迎えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、一つ気になる事がある。

 

 

鈴木悟が道に迷っていた事だ。彼がここに来て最初に行った事はオラリオの地図を作る事である。それに何回も『青の薬鋪』には通っている。いくら明かりが少ないとはいえ、そんな彼が道に迷うなんて事はあるのだろうか?そして彼が道に迷った時間の半分以上でミアハのホームにつけるはずだ。

 

 

 

鈴木悟はその余ったで時間何をしていたのだろうか?

 

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