ASH SNOW ~それでも俺たちは生きたいと願った~   作:苺ノ恵

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寂しさの理由

 

 

 

 

 

 

感受性が強すぎると不幸をもたらし、感受性がなさすぎると犯罪に導く

 

タレーラン・ペリゴールの「語録」より

 

 

 

 

 

 

人が人である所以。

 

それは、集団を形成することに他ならない。

ある者は力を誇示するため。

 

ある者は助力を得るため。

 

ある者は弱さを隠すため。

 

ある者は利用するため。

 

何れにしろ、平等という名の平和的理念を掲げる社会基盤そのものがその実、カースト制度の思想に傾注するいることを容認しているのだから笑えない。

 

だからこそ、人は人らしく在るともいえる。

 

それでは、人の輪から弾き出された者、自ら望んで離れた者達は人ではないのか?

 

残念ながらそれは、少々穿ち過ぎた考えのように感じる。

 

そもそも、集団とは【個】の集合体であり、集団を構成する上で重要な因子は、間違いなく【孤】なのだ。

 

それは、本来あるべき形に戻ったというだけのこと。

 

ただそれでも、【孤】の在りようによっては前言を撤回せずにはいられない。

 

そう考える理由は、彼らが歩んだ道筋が教えてくれるだろう。

 

不幸に導かれし罪の咆哮は在りし姿の忘却と共に静かな産声をあげる___

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 比企谷八幡はぼっちである。

 

 誰もが知る。

 

 いや、誰も彼のことを知らないからこそ言える矛盾した周知の事実。

 

 これは覆しようのない漫然たる事実なのだが、いざ文章に起こしてみると悲しいことこの上ない、何とも切ない心情になる。

 

 ただ、それは見るものによっては羨望の的となることもある。

 

 少なくとも、一人でいることを苦に思わない人種は、彼のことを好意的に評価するのではないだろうか?

 

 話を戻そう。

 

 比企谷八幡はぼっちである。

 

 その、日々培ってきたぼっち力は遺憾なくその真価を発揮し続けている。

 

 例えば、こんな場所で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、いーち…にー…さーん…」

 

 やる気のない声がマズルフラッシュの影に隠れて漏れ出る。

 

 トリガーを引く指は、まるで意思を持たないマリオネットのように淡々と関節を伸ばしては折り曲げての作業を繰り返す。

 

 偶に空薬莢を排出して再充填はするが、それが終われば前述の繰り返し。

 

 単純作業は頭を使わなくても良いのでよく楽だと思われがちだが、実際体験してみると想像を絶するほどの苦痛に見舞われる。

 

 例えるなら、夏休みの宿題を最終日にやろうとして、真っ白な漢字ノートをひたすら埋めていくあの感じだ。

 

 あとは、約一か月本の絵日記を捏造することだな。

 

 夏休み初日にラピ〇タなんて見た日には、その後絵日記に延々と雲が描かれ続けることになる。

 

 次の日になっても中指から鉛筆の跡が消えなくて微妙に痛いんだよなあれ…。

 

 先生とクラスメイトがこちらに受ける痛いものを見るような視線を向けていたこともそうだけど…。

 

 …あれ?なんかスコープが曇って…。

 

 そんなことを戦場で考えている俺の精神は相当参っているらしい。

 

 ここはわざとらしく閑話休題として現在の状況を整理しよう。

 

 標的のモデル:スパイダーのガストレアはそれほど強くもなく、突進攻撃と糸による遠距離攻撃に気を付け、バラニウム弾で核を破壊しさえすれば、プロモーターだけでも始末できる程度の、所謂stage1の雑魚だ。

 

 なら、何故俺がこんなにも憔悴しているのかというとそれは敵の数にある。

 

 最初に俺が倒したあのガストレア、どうやら子持ちシシャモならぬ子持ち蜘蛛だったらしく、引くぐらいの数の蜘蛛がご臨終した母蜘蛛の腹を食い破ってあたり一面に黒い波を作った。

 

 先ほど、「進行方向に向かって回れ右して後ろ走りでもするか」とか軽口叩いてた俺だが、ホントに回れ右してお家帰ろうかと思った…。

 

 でもそれだと帰ってからドS社長と冷酷な相棒に殺されるので、ちょっとだけ後ろに後退するだけに留めた。

 

 俺はそれで精神的にも肉体的にもある程度落ち着けたのだが、現場近くにいた相棒はそうもいかなかった。

 

 ひゅっ…っと、まるで稲川〇二の話を聞いた後の小学生みたいに息を吸い込んだ相棒は、そのまま消えた。

 

 通信したが返事がない。

 

 ただのシカトのようだ。

 

 笑い事じゃないぞ?

 

 それから、こうして一人せっせと残業に勤しんでいるわけだが、撃てど暮らせど一向に数は減ってくれない。

 

 火炎放射器で一掃できたら良いのだが生憎とガストレアに通常兵器は効果が薄い。

 

 全く効かないわけではないのだが、ガストレアの驚異的な再生・回復力がこちらの与えるダメージを上回ってしまい、こちらの攻撃のほとんどが徒労に終わってしまう。

 

 そのため、人類がガストレアに抗う手段として用いられているのがこのバラニウムである。

 

 黒い輝きを放つこの鉱石は今や、人類にとって欠かせない資源となっている。

 

 バラニウムは銃の弾頭や剣など様々な箇所に加工を施し使用されてはいるが、未だに加工技術の研究は難航しており、大量破壊兵器へのバラニウム組み込みは現時点で事実上不可能となっている。

 

 (まあ、そんな便利なものが開発されたら自然と民警という職業も廃れていくんだろうな。失業するのは痛いがそれが実現してくれればどれだけいいか…)

 

「なんて、あるはずのない未来に頭使ってる場合じゃないか…」

 

 俺はライフルを撃つ手を止めて立ち上がる。

 

 左右にガストレアが散らばるのは防いだ。

 

 無駄弾使って正解だったな。

 

 ここでの出費は痛いが、命には代えられない。

 

 敵は一直線に俺のいる方向へ向かってきている。

 

 想定通り、誘導は完了した。

 

 あとは____

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に任せたぞ、【留美】」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 鶴見留美は強情である。

 

 気が強いというよりは単に負けず嫌いというべきか。

 

 情人離れした可憐さに、十代とは思えないほど達観した性格。

 

 さらに、プライドが高く頭の回転が速いため、同世代の子供たちと一緒にいるとどうしても浮いているように見られがちだ。

 

 いや、本人も浮いているという自覚はあるらしい。

 

 それでも、自分を少しも曲げようとしないのは彼女の美徳のように感じる。

 

 彼女は一人でいることが好きだ。

 

 嫌いじゃないのではなく、強がりでもなく、本心から一人でいることを好んでいる。

 

 だから、しつこく言い寄ってくる他人には容赦なく侮蔑の視線をぶつけてきた。

 

 まるで、人を人とも思わないような美しき空虚な瞳で。

 

 彼女にはそれが普通のことだった。

 

 ただ、そんな彼女が一つだけ例外を許した存在がある。

 

 自分よりも弱く、自分よりも脆く、自分よりもあらゆる意味で劣っている人物。

 

 でも、一緒にいて凄く安心する。

 

 自分よりも【孤独】を知っている人。

 

 弱いのに強い。

 

 脆いのに壊れない。

 

 自分の弱さを許してくれる。

 

 自分の存在をずっと見てくれている。

 

 冷たい目の下で、誰よりも温かい心を持った人。

 

 初めて一人でいることを寂しいと思わせてくれた人。

 

 だから、鶴見留美は____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___こうなること、知ってたでしょ?」

 

 私は手袋を外し、八幡の背後からゆっくりと近づく。

 

 私がここにいるのは当然だという風に肩を竦めながら彼は嘯く。

 

「いや、知らん。俺は何も知らん。俺は無実だ」

 

「なんで、無実の罪を着せられそうになった容疑者みたいな口調なの?」

 

 私は彼の隣に立つと、脚音の発生源である前方に目を凝らす。

 

 そこには、数分観た時よりも巨大化した蜘蛛の大群が血走った眼でこちらを見つめている光景が広がっていた。

 

 なんとなく鳥肌が立った私は、無意識の内に両腕で体を抱き、腕をさする。

 

 そんな私を見た彼は、私の頭に手を置き、粗雑だけど優しい手つきで撫でてくる。

 

 子供扱いされていることにムッとした私は、目を細めて彼の方を見上げる。

 

 目が合うと、所在なさげに目を逸らし手を放す。

 

 心地よい温かさが離れる喪失感を少しだけ残念に思ったが、頭を振ることで煩悩を滅却する。

 

「なんとなくだ。それより、早く終わらせようぜ。そろそろプリキ〇アの一挙放送の時間だ。録画予約してないからやばいんだよ」

 

「だから、【天誅ガールズ】観ろって何回言えば分かるの?どう考えてもプリキ〇アよりも可愛いし、強いし、何より面白いでしょ?」

 

「プリキ〇アのプの字も知らないお子様が何言ってやがる。…上等だ。帰ったら徹底的に論破して泣かしてやるからな」

 

「そうなったら、『八幡に泣かされた』って結衣お姉ちゃんに言うから」

 

「なっ…なんだそれ、卑怯だろ…。もうそんなんビーターやないかい…」

 

「はいはい中二病乙。お喋りはお仕舞よ。………ん」

 

 私は手袋を外した右手を八幡の方に伸ばす。

 

「…毎回思うんだけど、何でそんなに手繋ぐの恥ずかしがるんだ?ただの握手だろ?」

 

「うるさい、黙って繋ぎなさい。だから貴方は八幡なのよ」

 

「おい、それだと八幡が違う意味に聞こえるだろうが」

 

「いいから集中して。今回は範囲が広いんだから」

 

「俺に人権はあるのだろうか…」

 

 八幡は目を覆い嘆きながら、空いた手を私に伸ばす。

 

 彼の手が私の手を包み込む。

 

 肌が触れる。

 

 それだけで、私の心臓は壊れた噴水のように跳ね上がる。

 

 私は鼓動の高鳴りを悟られないよう必死に左手で胸を押さえ込む。

 

 ちらりと八幡の方を窺うと、彼は既に両目を閉じて同調(・・)の用意に入っていた。

 

「おい、人に集中しろとか言っときながら何人の顔見てんだ」

 

 私は直ぐに顔を逸らし、視界に敵の姿を映し出す。

 

「ちょっと!リンクさせたなら早く言いなさいよ!ホント八幡なんだから!」

 

「いや、報告する前にこっち見てたのはお前なんだが…?」

 

 私は大きく深呼吸すると、話を逸らすように自身の状態を問う。

 

「それで?やれるの?」

 

「ああ、問題ない」

 

 返ってきた言葉はそれだけ。

 

 無理もない。

 

 今彼の脳には、人間二人分の感覚情報(・・・・・・・・・・)が流れ込んでいるのだから。

 

 想像すらできない情報の混濁による奔流を彼は額に冷や汗を滲ませながら解析していく。

 

 私は、そんな彼に何もしてあげられないことを歯がゆく思いながら、せめてもとほんの少しだけ手をギュッと握る。

 

 すると、少しだけ口角を上げた彼は私の手を優しく握り返す。

 

「あとは留美_____任せた」

 

 そう呟いた瞬間、私の視界が蒼炎に染まる。

 

「うん。任せて」

 

 私は左手を胸の前で握りこみ、祈りを捧げるようにそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

【永久の雪原に眠れ_____広域振動減速(ニブルヘイム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の雪が降る。

 

 死を告げる氷の結晶は、燦燦と降り積もり深い雪原を作り出す。

 

 その光景はどこまでも神々しく無情で、感情が凍えるような冷たさだった___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも九条明日香です。

まだまだ残暑が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか?

第二話では一話で意図的に名前を伏せていた二人の登場人物が姿を現しましたね。

プロモーターは皆様の想像通りかと思いますが、イニシエーターの方はどうでしたでしょうか?

ここで一つ補足しておくと、原作では八幡が高校2年生のとき留美ちゃんは小学6年生で12歳。

10年前にガストレア戦争が起こったのでこのままだと留美ちゃんは呪われた子供たちとして誕生していないことになります。

なので、この作品では八幡と留美ちゃんの年齢差を6歳差として物語を進めていけたらなと思います。(八幡と蓮太郎、留美ちゃんと延珠ちゃんはそれぞれ同い年→ということはつまり…)

その他にも補足しなければならないことは山ほどあるのですがそれは今後のお話の中でということで今回は筆を置かせていただきます。

前回に引き続きご愛読ありがとうございます。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

それではまたの機会に
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