「ここがIS学園か……」
今日は俺があのIS学園に編入する日だ。
そう、あのIS学園だ。
ついでに女子校のだ。
この日のために俺は今日まで男友達と遊びまくった。
この汗臭い雰囲気をこれからはなかなか楽しむことがないのかと思うと汗臭さも中々良い匂いに思えるというものだ。
嘘だ。普通に臭い。
けど知らないやつも俺がIS学園に行くと知って混じってきたりして凄く楽しかった。
IS学園との横の繋がりが欲しくて近付いてきたのが見え見えだったやつはさすがに無視したが。まあ気持ちは分かる。IS学園の生徒は可愛い子が多いことで有名だしな。
「確か職員室に行けばいいんだっけ?」
あの後に行われた説明会では当日は職員室に来てくださいと言われたのみで、詳しいことはあんまり教えてくれなかった。
とりあえずこの学校に入らなければ身の安全は保証できないとか暗に強制入学しろと言ってるのと同じだと思う。
今日は秋葉と登校しようと思ったのだが、秋葉は昨日の夜行電車で北海道からこの学校に向かっているらしいので諦めた。
というかまあ編入日が編入が決まった日の一週間後ってのもどうなんだ? 北海道の友達と別れを惜しむ暇なんてほとんどなかっただろう。
「ここは……?」
考え事をしていたらいつのまにやら変な所に来ていたみたいだ。
「……生徒会室?」
絶対こっちには職員室はないのではないだろうか。普通生徒会室と職員室は離れてるものだし。
「まあここにいる人に聞けばいいか。って俺さっきから独り言ばっか言ってキモいな。やめるか……」
「そうね。そのほうがいいわね」
「うおっ、誰だお前」
知らない間に見たことのない女子に背後を取られていた。……見たところこの学校の生徒、だよな?
青い髪が肩まで伸ばされていてかなり可愛い。
……しかし、あの時の試験官といいISに乗るやつは背後を取るのが好きなのだろうか? その少女は俺の言葉にうんうんと頷きながらポーズを取っていた。
「私は生徒会の更識よ。これからよろしくね。相楽君」
「何で俺の名前を……、まあ生徒会だし知ってても不思議じゃないか」
「うんうん、ちなみに同じクラスよ」
「へえ、良かった。最初にちゃんとした女子の知り合いできて。これからよろしくな」
しかもこの少女は生徒会役員だ。中々先行きがいいかもしれない。人脈が大きいやつを最初に友達に出来るかどうかでその後の人間関係が変わってくると言っても過言ではないからだ。
これからは女子しかいない花園で生活するためにそれも大きいだろう。
それに……。
視線を気付かれないようにこっそりと更識を観察する。
――何故かコイツは、信じても良い気がした。
何となく普通の女子とは違うような……。
「……そうだ、悪いんだけど職員室ってどっちにあるか教えてくれないか?」
「いいわよ。……っていうか相楽君が遅いから探しにいってくれって担任に言われたのよ」
思わず時計を見る。本当だ。来てくださいと言われた時間から既に十分は経過していた。
「マジかよ……、悪い。よろしく頼む」
「はいはい。こっちよ、ついてきて」
更識は『任せなさい』と書かれた扇子をパッと広げて見せつけてきた。
……何度も使う機会あるものなのか、それ?
俺は颯爽と歩く更識の後を追いかけた。
歩いていると更識は後ろを向いて話しかけてきた。
「そう言えば相楽君は専用機とかもらったの? 一応超希少なISを使える男子なんだし」
「専用機?」
思わず質問をぶった切ってしまう。
「……相楽君、知らないの? もしかして勉強してなかったりする?」
「ついこの前まで受験勉強してたのにいきなり違うこと勉強しろって言われてもテンション上がらなくないか?」
「……それはお疲れ様としか言いようがないわね」
「まあその意味じゃあ俺ともう一人の編入した秋葉のほうがよっぽどだろうな。あいつなんて北海道から通ってんだし」
「ああ、秋葉君ね。秋葉君は確か隣のクラスだったかしら?」
「隣のクラス?」
「知らなかった? ちなみに相楽君がAクラスで秋葉君がBクラスだけど」
数少ない男子を同じクラスにしないとかどうなってんだこの学校は。もし女子に溶け込めなかったらどうするんだ。
「秋葉と違うクラスかよ……」
「まあいいじゃない。こうやって私とは仲良くなれたんだし」
「……そうだな。まあ、よろしく頼むぜ」
「はーいはい。さ、ついたわよ」
俺が落ち込んでいる間にいつの間にやらついてしまっていたようだ。そろそろ気を引き締めなければならないだろう。
そういえば俺より秋葉のほうが早く教室についているはずだ。大丈夫だろうか。女の子みたいな顔が女子高(IS学園)では上手く作動するかは分からない。
『ねえねえホントに男の子なの?』
『めっちゃ可愛いんだけど!』
隣のクラスから歓喜の声が聞こえてきた。どうやら大丈夫のようだ。まああいつは放っておいてもいつの間にかいじられてるようなやつだしな。
「ほら、あっちの子は大丈夫だったでしょ。いい子ばっかりだってこの学校は。まあぼっちになっても私が構ってあげるから!」
「声がでかい。先行くぞ」
「ちょっと? 元気になりすぎじゃない?」
いくら女尊男卑の世界とはいっても男らしさは見せるに限る。女子に先導されるようでは駄目だ。そして俺はゆっくりと教室の扉に手をかけた。
当然視線が俺に集中する。
「あら、編入生さんが来たようですね。こっちの教卓に来てください。更識さんはご苦労さま、席に戻ってください」
「はい」
担任とは説明会の時に一度会っている。三、四十代の気のいいおばちゃんだ。
俺は張り詰めた空気の中教卓へ移動する。途中、更識がこっそり誰かと会話する声が聞こえた。
「たっしー、どうだった?」
「ちょっと面白い感じにひねくれてて面白いよ。話してて楽しかったし」
「へえー」
サンキュー更識。何とかやっていけそうな感じがしてきた。
「では自己紹介を」
「はい。岸和田相楽です。部活は……」
そのまま簡素に自己紹介を終える。
かなりの視線は感じるが、基本的にアニメみたいな質問攻めにあうやつはよっぽどのイケメンか美少女だと決まっている。つまりはそういうことだ。
「はい、それじゃあ岸和田君は一番後ろの席に座ってください。案内してくれた更識さんの隣の席ね。空いている席が一つあるでしょ?」
「分かりました」
そしてしずしずと指定された席へと向かう。途中で手を振ってくれた女子がいたのでにこやかにそれを返しておく。
普通に、普通にだ。
席に座ると担任の話が始まった。最初だし真面目に聞こうとした……のだが、
右隣から強い視線を感じる。
右隣はもちろん生徒会の更識さんだ。
恐る恐る視線をそちらへと向ける。もの凄いジト目で睨まれていた。
「……どうした?」
出来る限り声量を抑えて話しかける。
「つまんない」
そう言って更識さんは机に顔を突っ伏した。
「何がだよ」
冷静にそう突っ込む。
「自己紹介よ! 私と話してた時はもっと生き生きしてたわよ?」
「いいんだよ、最初だし……」
「最初が肝心なんじゃない。それに男子っていう時点であなたを知らない人なんていないのよ?」
「まあそれもそうだけどよ……」
俺の素っ気ない答えに更識さんは黙り込んだ。もしかしてこの人意外と打たれ弱い人なのか?
しばらく担任は話をすると出ていった。
……さて、これからどうするかだ。
教室から飛び出て秋葉や一年の織斑の所へ行くのもありだ。別にそれはしょうがないことだろう。ていうかそもそも女子校に強制入学とか絶対ふざけている気がする。ごつい兄ちゃん達がいきなり家に現れたときは母さん震えてたし。親父なんてトイレに篭ったきり出てくる気配見せなかったしな。
他は自分から積極的に話しかけていくか更識と話すかだ。更識がどんな人間関係を築いているかは分からないが少なくともうつぶせになって寝るよりかは数億倍マシだと言える。
「ねーねー君、岸和田君でいいんだよね?」
「ん、ああ。えっと……」
とか何とか言っているうちにさっき手を振ってくれた子が話しかけてきてくれた。コミュ障だと思われていないだろうか。
そんな考えばかりが頭の中をグルグルと回る。
「私は御陵(みささぎ)だよ。って私たちは自己紹介してないんだから分かるわけないって!」
「ああ、そうだったな。この状況でどうすればいいか分からなかったから話しかけてくれて助かったぜ」
「あはは、男一人だもんね。でも岸和田君にとっては楽園じゃないの?」
一瞬どう返そうかと迷ったが、隣から横槍が飛んできた。
「あんま夢見ないほうがいいよー」
「って、たっしー! 身も蓋もないことを言わないで!」
……このクラスでの更識の立ち位置が分からねえ。
ていうかたっしーって呼ばれてんのかこいつは。たっしー……? 更識……、龍死とかか? どんな名前ならたっしーってあだ名がつくんだよ。
「そういや更識の下の名前は何ていうんだ?」
とりあえず次の話題もないようなのでそのことを聞いてみることにした。
「あー、気になる? ものすごいよ! ちなみに私の名前は凌華ね。画数多いのがチャームポイントだよ!」
御陵がそう言う。フルネームで御陵凌華か。確かにテストの時とか名前欄埋めるの大変そうな名前だ。
「何なに? 転校生君の名前がどっちも苗字みたいって話? あたしも思ったー。あ、ちなみにあたしの名前は又猫ね」
又猫、と言ったもう一人の女子が後ろからにょきっと顔を出した。
猫目で本当に猫みたいな印象を受ける。
「いやそんな話してないから……」
「ていうか岸和田君困ってるってー」
……ヤバい。これが噂に聞く女子校のノリか。どんどんと女子が俺の周りに集まってきた。
本当に上手くやっていけるのか俺はこのIS学園で……。
なぜここまでIS学園が俺は不安か?
理由は簡単だ。
IS学園の前に通っていた高校は元女子校で圧倒的に女子の数が多かった。
一クラスに男子三人女子二十七人なんて状態だった。数年前の状況ならまだしも女尊男卑の時代だ。
教師やクラスメイトからも俺たち男子は異質な目で見られ続けたのだ。
俺たち男子は結束することで何とか毎日楽しくやれていた。
しかし嫌なことも多かった。
男子と少しでも仲良くした女子が裏でいびられていたことを知ったときは男子対女子で全面的に抗争が行われたこともあったのだ。
俺は女子というよりも女子校と女尊男卑なこの世界が駄目なのだ。
「ぁぁぁぁぁああああああ”あ”あ”あ”あ”!!」
唐突に隣の席のクラスメイトが叫んだ。更識だ。
「うおっ、どうしたたっしー」
「朝ごはんでも食べ損ねたんかい?」
しかしそれはいつものことのようで、大したどよめきは起こらなかった。
「猫又ー! 一時間目何だっけ?」
「確かIS基礎だったけど」
「よしっ、私と相楽君それサボる!」
「え?」
そう言うと更識は俺の手を掴んだ。……ってえ?
「さー行くよ!」
「ちょっと待てって……、その足の青い機械みたいなやつ。まさかISじゃないよな……?」
「そ。部分展開っていうやつよ」
次の瞬間、俺の視界は何者も映さなくなった。
これが高速の世界なのか失神してるだけなのか知らないが、少なくとも自分は転校初日から授業をさぼったということだけは理解した。
「ん……」
目を開ける。
「ここは……」
「ああ起きた?」
目の前で更識がジト目でこちらを見ていた。どうやら俺はどこかの教室の椅子に座らされているようだ。更識はその斜め向かいに座っている。どうやら生徒会室にあった長机らしい。
「ここは生徒会室。ちなみに今一時間目が終わったってとこかな」
「っておい! しょっぱなからサボりをしたのか俺!?」
「そ」
「更識お前な……」
いくらなんでもこれは度が過ぎている。俺が少し不機嫌そうに言うと更識は頬を膨らました。
「つまんないんだって」
「……は?」
「せっかくさ、面白そうな君が来たのにこれじゃつまんないって言ってるのよ」
「……更識」
なんというか心が震えた。更識の笑顔が眩しい。
会ったばかりの人間にここまでできるやつなんてそういない。
「なんとなく」
「なんとなくかよ!」
……俺は、少し意地になっていたのかもしれない。
女尊男卑のこの社会、IS学園は魔境だと勝手に心の中で決め付けていた節がある。
「ま、これから楽しくやっていこうよ」
けど、俺はこの更識の顔を見て、
「……ああ、よろしくな」
もう少し前向きに学園生活を送ろうと決めたのだった。