「明日の正午となると今からできる特訓もレベルアップもないわね。もう直前の作戦会議の段階よ」
私が断言すると、体育座りで聞いていた皆が顔を見合わせた。
まあそらそうだよね、などと小声で話し合ってるのも聞こえる。
納得はしてくれたようね。
とはいえ芳しくない状況だわ。
アンリミテッド・シャイニングの襲来は想定外だから当然と言えば当然だけれど、試合が明日で特訓する時間が無いのは本当に痛い。
アリアだけはそれを理解しているようで、副キャプテンとして座らずに私の隣で腕を組んでいた彼女は、私と目が合うと俯いた。
えぇ、私もそうしたいくらい深刻な問題だわ。
でも、私は気持ちに従って下を向く立場ではない。
顔を上げて皆と向き合った。
「相手が最大でも海王や帝国レベルなら特訓の成果を発揮しましょうと言いたいところだけれど……今回も私とアリア、ミクの3人が主体よ」
「まあ、しゃーねえな。相手はゴッドエデン最強のチームなんだろ」
「じゃあ私たちは帝国戦みたいにサポートやる感じ?」
「いえ……私たち3人だけで戦うわ。貴女たちは手出ししないでちょうだい」
私は皆の目を見れない。
そう告げるしかない。
これが現実。
彼女たちはアンリミテッド・シャイニングが太刀打ちできない相手なのは理解しているけれど、その差が明確にどの程度かは把握していない。
正直言ってアンリミテッド・シャイニングからすればヴァルキリアは相手にならない以下もいいところ。
そこを伝えておかなければならない。
でないと皆、タダでは済まないから。
「試合が始まったら貴女達はラインを下げてサイドに極端に寄ってちょうだい。でないと―――」
「あ、ねえ。話の腰折ってごめんなんだけど、3人だけで戦うならさ。私達への指示ってそれだけだよね?」
「え?まあ……えぇ。そうね」
「だよね。じゃあさ、練習戻っちゃダメ?作戦会議は3人だけでやってよ」
「お、そりゃいいな。試合であたしらができることねえならこの時間も有意義に使いてぇな正直」
「えー!ユマ練習やだー!」
「ユアもやー!」
「ちょ、ちょっと貴女達……話はまだ」
私が制止するもアスカの発言を皮切りにそれぞれが自由に会話を始めてしまった。
マズイ。
このまま解散の流れに持っていかれるとこの子達はアンリミテッド・シャイニングに……!
「てか戦わなきゃいけないシズク達には申し訳ないけど、今回私たちは楽だよね」
「……………………は?」
勝手に幕引きを察知したアスカが立ち上がりながら発した言葉に私は面食らった。
彼女は私の表情に気づかず続ける。
「えっ?楽?なんで?」
「いやいや、だってそうでしょ。向こうはアリアが目的なんでしょ?で、白竜くん?だっけ。あの人とアリアがバトって私達はそれをただ見てりゃいいんでしょ?」
「むっ。確かに今回は傍観のみ」
「そそ。しかも試合に負けてもなーんもないって話じゃん。ぶっちゃけ楽勝―――」
「甘いな」
「えっ?」
アスカの楽観的な意見を遮ってアリアが鋭く短く否定で差す。
皆の注目が彼女に集まると、アリアは瞬きを挟みつつ全員を鋭い目線で見渡した。
そして、彼女は残酷な現実を口にする。
「私とあの白竜って奴が本気でぶつかれば、その戦いの余波が周囲に影響を及ぼす。お前達の実力じゃ、ただ突っ立てるだけってのは危険だ。下手すれば命が散るぞ」
『……!?』
空間が衝撃と動揺で一瞬で染まったのが分かる。
アスカ達は瞠目して、一度立ち上がったアスカは力が抜けて尻餅をついてしまった。
それでも絶望の表情で固まったその顔は崩さない。
さしずめ、彼女たちが抱く感情はそんな残酷なことある?また?といったところ。
いつもはアスカに駆け寄り助け合うサエも腰が抜けたアスカに手を差し伸べることはなく、冗談だろ……?と絶句している。
しかし、私やアリアの表情を見れば脅しでないことはわかる。
サエはそれがわかって「ち、ちくしょう……」と全く力のこもってない拳を人工芝にぶつけたが、パフっと柔らかい音しかしなかった。
その後彼女はただ俯いてしまい、下を向いて顔が見えない中押し黙ってしまう。
他のみんなもさほど反応は変わらない。
そう、アンリミテッド・シャイニングはそれだけヴァルキリアと力の差があるチーム。
現実は、ずっと惨い。
それどころかどんどん悪化している。
「理解してくれたようね。だったらこれ以上貴女達の楽観的な態度を責めるつもりはないわ。でも……悪いニュースはまだあるわ」
「う、嘘だろ?」
サエが青ざめる。
それでも知っておかなければならない話。
心構えを整え、対策を練り、全員が指示通りに完璧に動かないと誰かが死ぬかもしれない。
結局、試合に負けてもペナルティなしだとしてもそうなる。
なんなら作戦を完壁にこなしても最悪の結果が待ってるかもしれないということも覚悟しなければならない。
それを周知させる為にまず伝えておきたいことは1つ。
「まず初めに。ハッキリ言ってアリアは、白竜くんには勝てないわ」
『えっ!?は?えっ……?』
全員が同じ反応をしてアリアに目を向ける。
当の本人はその視線を受け入れて、微動だにしなかった。
アリアは白竜くんより弱い。
その事実を本人は既に受け入れてる。
彼と最初に対峙してその実力を直に肌で感じ取ってから、ずっと。
そして、皆のアリアに対する絶対的な過信と、今目の前にしている反応も。
アリアは、現実を呑み込むのが上手い。
上手になってしまった。
そんな彼女を隣に置いて、私は皆に説明する。
「アリアが白竜くんとマトモに対等に戦えるのは"精々【10分間】"。これは、私とアリアの共通認識。2人で導き出した分析の結果よ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!えっ……?アリアが?負ける?しかも10分しか戦えない?え、待って待って。無理。ちょっと。は?」
「……」
アスカはまた立ち上がってこめかみを抑えて動揺する。
困惑してるのはアスカだけじゃない。
皆、発言しないのは動揺し、理解が追いつかず言葉を失ってるだけ。
彼女たちにとってアリアは絶対的な存在。
アリアが最強のプレイヤーで、しかも彼女のプレイは理解の範疇を超えている。
測れないほどに強いプレイヤーを既に目撃している今、彼女達の"最強"が話をしただけで更新されることはない。
なぜならアリア以上を想像できるほど強い力を知らないから。
アリアの強さがチーム内で精神的な支柱というのも彼女達の動揺を誘っているけれど、それ以上にあまりに高次元の世界の話についてこれていない。
唯一ついてきたのは混乱してるアスカが隣にいて冷静になったのか、サエだけ。
「……おい。試合は90分あんだぞ。10分はアリアが白竜ってやつの相手をするとして……残りの80分はどうすんだよ」
『……っ!!』
皆が目を見開いてサエを見てから私に視線を移す。
サエ以外は盲点で、サエは気づいたわね。
そう、問題はそこ。
「サエの言う通り。重要なのは、アリアの10分間の"本気"をどこで使うかよ。プランは3つ」
私は3本指を立てて、皆はその指に注目する。
今回、命運を分けるのはその切り札の切り時なのは誰でもわかる話。
アリアの10分を①最初に使うか、②小分けにするか、③ラスト10分まで温存するか。
この3つ。
まず、1つ目。
試合開始と同時にアリアが10分初っ端から全力全開で白竜くんに突っ込む作戦。
最初に使ってその実力を白竜くんが気にいれば、彼が満足して事なきを得る。
けれど10分間しか白竜くんと対等に戦えないという結果を彼が求めてるかしら?
もし白竜くんが機嫌を損ねて私達に牙を向けば、その突進を誰が止める?
アリアはガス欠で動けず、私は稼げて1分、ミクは多少彼の相手を出来るかもしれないけど……全員は守りきれない。
さすがにもしもの時に無防備すぎるわね。
よってプラン①はなし。
「安牌なのはプラン②?」
「そうね」
アスカの指摘通り、1番安全なのは9分おきに1分間アリアが本気を出すこと。
もしくは大事な場面だけ本気を出し、他はオフ、つまり出したり引っ込めたりする作戦。
メリットはみんなを高確率で守れること。
デメリットは時間が分散してアリアの体力が減りやすいのと、臨機応変な対応を求められるからプラン通りに進むとは限らないこと。
そして、何より皆を守ることに意識を割きすぎて白竜くんの求めるアリアとの対決が疎かになるから彼を逆上させることになりかねないこと。
これが1番危険。
皆を守ってそうなると、白竜くんの気持ちの矛先は当然皆にいく。
守る対象がいなくなればアリアは白竜くんにだけ集中せざる負えなくなるから。
だから、このプラン②は1番安全で、1番危険。
最もさじ加減が難しい集中力が重要な作戦。
悪くはないけど、私は選びたくないと思ったわね。
「……最後に、プラン③。私はこれを1番推してるわ」
私がそう言うと、皆が薄々気づいていたような反応で頷く。
まあ基本的に私が作戦を告げる時は相談ではなく報告と共有。
皆に伝える前に結論は出している。
でないと私がこのチームの頭脳とキャプテンを務めている意味がない。
最適な判断をして正解を導き示すのが私の仕事。
皆もそれは何となく理解してる。
ここまで他の選択肢も提示したのはあくまで選ばなかった理由を明確にして納得してもらうため。
他の選択肢への誘惑を断ち切るためよ。
試合中、こうした方がよかったんじゃ……って雑念も省ける。
これでやっとプラン③、つまりもう既に決めてある作戦の本題に入れる。
それは。
「アリアの本気はラスト10分まで温存しておくわ。これは決定事項よ」
「了解。シズクがそれが正しいって思ったならそうなんだろうから従うよ」
「ありがとう」
「あたしもアスカに同意だ。ただ3つ目を選んだ理由とかメリットとか他の候補みてーに聞きてぇな」
「そうね。当然それも説明するわ」
私は頷いて、私の思考プロセスを公開する。
プラン③を選んだのは。
まず、アリアが10分間しか白竜くんと渡り合えないということを隠したいというのが第1。
だってそうでしょう。
基本的に白竜くんを逆上させてしまうことが最も避けたい展開。
そして、なぜそうなるかというと彼がアリアに期待してることを果たせなかった場合が要因だから。
要するにアリアは白竜くんが思ってるほどの実力ではないということを知られてはいけない。
白竜くんの性格は強者特有の余裕が基本的にはあるからそうそう格下相手に八つ当たりすることはないけれど。
切羽詰まったり、思うようにいかなかってりすると暴走する事例は過去の記録に載っていた。
彼のその爆弾をどう刺激しないかが今回のミッション。
問題はどうやってアリアの本気を隠し通すかというところと、ラスト10分まではどうやって耐え凌ぐかということ。
「ラスト10分になるまで当然向こうは私達の陣地に踏み込み放題よ」
「そうか。アリアの本気でしか奴らの攻撃を止める手段ねえしな……」
「向こうの攻めをどう耐え抜くか、だな。具体的にどうする?」
「……正直私とミクで頑張るしかないわね」
もうラスト10分までの択は消去法で選ぶしかない。
もちろん選ばされるということは、完璧な作戦じゃない。
「てかアリアはラスト10分まで試合に参加出来ないんだよね?ヤバくない?ミクとシズクだけでホントに向こうの攻撃止めるの?」
「いえ。試合には参加してもらうわ。80分10人で試合するという話ではないの」
「あ、そうなの?てっきりそういうことかと思ってた」
「あー。あたしもそう思ってたな。悪い。アリアの件は80分間どういう話になるんだ?」
「80分間、アリアはゴールキーパーよ。ラスト10分までアリアを遊ばせる訳にもいかないもの」
「アリアを試合に出さないと白竜くんは文句言うだろうし尚更だね」
「でもそれって結局アリア温存できてないんじゃ……」
「同意見。ゴールキーパーのアリアに挑みくるだけでは」
「ほんとじゃん。なんならストライカーの時より相手しなきゃいけないんじゃない?」
「あー。フォワードと違って逃げ場ねえしな」
「大丈夫よ。アリアは本職がゴールキーパーのプレイヤーより体力があるし、動きの少ないポジションなら回復もしやすいし消費も抑えられるわ」
そりゃ理想はアリアを蚊帳の外にすることだけど、白竜くんの執着を考えると難しいし、それがなくてもアリア抜きでアンリミテッド・シャイニングと渡り合う―――いえ、"試合を成立させる"戦力は今のヴァルキリアにはない。
例えサブポジションのゴールキーパーでも、ゴールキーパーのアリアが参加するなら猫の手より遥かに上の助けになる。
ゴールキーパーのアリアですらそれだけの戦力アップになる。
それがこのチームの現状。
とてつもなく弱い。
総合力で言うならゴールキーパーのアリアと、ヴァルキリアというチームでどっこいくらいには弱い。
一度ゴールキーパーのアリア1人を相手に対戦してみましょうか。
きっといい勝負になるわよ。
「白竜くんはそれでいいとして、他のアンリミテッド・シャイニングのメンバーはどうするの?私もシズクもアリアも白竜くんで手一杯でしょ」
「そうね。そこも問題よ」
ミクが発言する。
いい指摘。
というか正直言ってそっちの方が深刻なのよね。
「それな。それも厳しいよな。向こうが余裕ぶっこいて全員で攻めてこないことを祈るしかない」
「……?白竜くん以外はシズクやミクが対抗できるんじゃないの?」
「私達は白竜くんに手一杯だと言ってるでしょう。他に意識を割く余裕はないわ」
「白竜くんがいなければ確かになんとかなると思うからアスカの言ってることも間違いじゃないけどねー」
「奴らもゴッドエデン最強のチームのメンバーだ。片手間に相手できるレベルじゃない」
「あぁ、そっか。ごめん。私からしたら皆凄いから程度が分かんなくてさ……」
そうね。
わからないわよね。
ずっと言ってるけど、アスカ達の知ってる世界では想像力に欠ける。
こればかりは仕方ない。
だから、敵に実感させられる前に私達が事前に現実を教えなければならない。
嫌な役目だけど、これも仕方ないわね。
アリアにアイコンタクトをとってそういう視線を送ると、彼女は目を見開いたあと、頷いた。
「……そうだな。あの白竜って奴以外は少なくとも全員シズクと同等だと思った方がいい。個人差はあるが、平均すればシズクと互角にやり合えるくらいだ」
アリアがそう告げて、一瞬空気が固まる。
皆の顔を見渡すと案の定、空いた口が塞がらなくなっていた。
「……マ、マジで言ってる?」
「マジだ」
アスカが青ざめる。
サエが顔を片手で覆って天を仰ぎ。
チェンファはこっそり吐いてるわね。
チェンナイは泡を吹いてて彼女を助けられない。
私たちからすればそりゃゴッドエデン最強のチームはそれくらいやるでしょうと思うけど。
この子達にとってはそれは常識ではない。
そのくらい弱いこの子達を最強のイレブンから守らなきゃいけない。
自分で選んだ道ではあるけれど、絶体絶命がこうも毎度更新されると疲れるわね。
……本当に先が思いやられるわ。