「負けた……化身が使えるようになったのに……」
スコアを見て、雪村くんは愕然とした。
かなりショックを受けている。
当初ヴァルキリアに勝って自信をつけさせようという計画だったのに、突如変更した。
その結果。
雪村くんの受け取り方でその変更が吉と出るか凶と出るかわかるわけだけど……。
「これがフィフスセクターの力……!それに、俺の力こんなにレベルアップするなんて……フィフスセクターのシードになれば俺ももっと……!」
「……」
思ってたより感触いいわね。
これが狙いだったわけね。
試合中に意図まで察するのは無理よ。
……まあ大体察しはついていたけれど。
「やったな、雪村!化身が使えるようになったんだな!」
「……!あぁ!」
「これで雷門にも勝てるな」
「……あぁ。雷門に、あの人に……これできっと……!」
「……"雷門"?」
白恋中は負けたけど盛り上がっている。
その中で出てきたワード。
"雷門"。
これから白恋が戦う相手なんでしょうけど、そもそも試合が控えていることにも少し違和感を覚えていた。
今はホーリーロードという大会の最中だから試合があるのはわかる。
でも、元々フィフスセクターの傘下ではなかった白恋の化身使いを求めて引き入れる。
そこまでする理由がわからない。
化身使い二人のチームならフィフスセクター傘下のチームで叩き潰したほうが早い。
と、なると彼らを戦力化しなきゃいけなかった理由が他にあると睨んでいた。
そのキーワードとなるのが……今聞いた、"雷門"というワード。
……あくまで重要ような気がする、というだけれど。
「雷門……フィフスセクターが白恋を支配下に置いてまで潰したいチーム……帝国が反乱軍だと思っていたけれど、まさか……」
「何をブツブツ唱えてんだ。何か気になるのか」
「いえ」
アリアに問われて私は首を振る。
まだ確証はない。
考えが纏まってから話したいのよね。
それよりも。
「ねえ。試合終わったけど……これからどうやってゴッドエデンに帰るの?」
「あー、確かにな。行きしなは眠らされたから……なんか嫌な予感してきたな。おい」
「恐らく的中するわよ、それ」
言ったそばから首元に針を刺すような痛みがチクリと一瞬感じた。
皆が「痛っ!」と叫んだと思ったら次々とバタバタと倒れ始める。
まあそんなことだろうと思ったけど、麻酔を打つにしても1番嫌だと思ってたやり方選んだ……わ、ね―――。
「おい、起きろ。着いたぜ」
「んっ……ん……」
揺さぶられて、私は目を覚ました。
半身を起こして朦朧とする意識とぼやけた視界の中、見渡す。
すると目の前に広がるのは見慣れた光景。
ゴッドエデンの訓練場。
私を起こしたのはアリアね。
顔を見合わせる。
「皆は?」
「お前を真っ先に起こした。キャプテンだろ。機能して貰わなきゃ困る」
「そうね。貴女は流石ね。1番に起きたのね」
「いや、到着してから私もかなり寝てたはずだ。無駄に強い麻酔使いやがったぜ、まったく」
本当にそう思うわ。
まだ後遺症が残ってて最悪。
頭が痛い。
でも、無理してでも身を起こす。
私達を囲むように、皆も倒れていた。
「手分けして起こしましょう」
「あぁ」
皆を起こした。
ゴッドエデンはトップシークレットの極秘事項とはいえ、ここまで身内にもひた隠しにするの何度も言うけど本当にやめて欲しいわ。
体調も悪くなったし、皆も中々起きなくて苦労した。
とりあえず子供たちが眠まなこをこすりながらだけれど、臨時ミーティングを開始する。
「状況を整理するわ。ここはゴッドエデン。それと、白恋との試合から3日経ってないくらいかしら」
「まあ餓死してないからな。そのうち腹も減る」
「そうね。すぐに食事を取りましょうか。今日は休んで子供達以外明日からまた練習を再開するわ」
子供達は小さい身体で強い麻酔の影響が暫く残るでしょうし、3日は休ませたい。
全員が頷いて、皆を引率しいつものエリアへ移動することになった。
けれど、その道中。
「……」
「どうした?ミク」
突如、ミクが立ち止まって急に辺りを見渡す。
アリアが気づいて尋ね、その声を聞いて私達も足を止めた。
すると、ミクは。
「……なんか、聞こえる。これ、サッカーの音?」
「そらゴッドエデンなんだから聞こえるだろ。今更何言って―――」
「違う。ぶつかり合ってる。しかも強い。……!わかった、化身の衝突音だ!」
「……!」
私とアリアが目を見開く。
顔を見合せ、耳を澄ませた。
……確かに。
僅かだけど聞こえる。
聴覚で捉えるより肌で感じた方が分かりやすいわね。
ピリついてるし、化身のエネルギー波も少しだけ感じる。
これは……。
「……確かに1人や2人じゃない、複数いる。試合をしてるんだ。しかもかなりレベルが高い。ゴッドエデンでこの規模の試合ってなると」
「……!まさか……!」
アリアの言葉にミクが慌てて振り返る。
えぇ、十中八九間違いないわね。
施設内で行われる過激な訓練ではないことは確か。
明らかに人と人とがぶつかり合う波動を、特別な少年サッカープレイヤー同士が生み出す衝動を感じる。
それも強い。
恐らく私たちがいる地点とはかなり現場は離れている。
だというのにここまで伝わってくる。
これほどのパフォーマンスができるゴッドエデンのチーム。
該当するのは彼らしかいない。
「アンリミテッド・シャイニング……!」
「だろうな。ついこの間、私達とやり合ったってのにもうこのレベルの試合をしてるとは、元気な奴らだ」
「待ちなさい。おかしいわ。彼らはトップシークレットで、究極を実現する為のチームでしょう。そのコンセプトなら……」
「……!無闇やたらに試合する必要はない。寧ろ計画に必要な質の高い少ない試合を消化する方が合理的……!」
私が言い切る前にミクが察した。
アリアもその反応を受けて少し考える。
今、アンリミテッド・シャイニングが試合をしているのは違和感がある。
彼らに実行されているプログラムを考慮すると、この短期間で試合を重ねる必要性がない。
いくら私たちとの試合が白竜くんの独断だとしても、既に成熟した彼らを、状態が回復しきっていない中で追い込む意味は何?
彼らと戦った感覚を頼りにするならば、もうそんな段階はとっくに過ぎているはず。
しかも肌で感じるこのエネルギーは相当な規模の対決が行われている。
余計に理解できない。
そもそも、ゴッドエデン最強のアンリミテッド・シャイニングとここまでの衝撃波を生み出せる程のチーム……アリアという個人を除いて、ゴッドエデンには存在しな―――
「……!まさか……嘘でしょう?正気……?」
「どうした。何か気づいたのか」
「……えぇ。あくまで憶測だけど、この前アンリミテッド・シャイニングは私達"ごとき"に完敗した。もし、それで……"評価を落としたら"?」
「……っ!!は?いや、待てよ。ありえ……ないだろ」
アリアは私の意図を理解した。
だが、すぐに否定する。
そりゃそうよ。
だって、彼女が口にした通り、ありえないもの。
もし本当に"処分"が決定したなら早計すぎるどころじゃない。
そもそも判断を誤りすぎてる。
いえ、その表現すら甘い。
なぜなら子供でもわかるじゃない。
彼らを処分したら、計画はほぼ破綻も同じ。
また彼らほどのシードを、究極のチームを発掘するつもり?
……思わず鼻で笑いそうになったわ。
この世で最も不可能なことがあるとしたら、きっとそれだから。
「連中がここまで馬鹿とはな。たった一度の敗北で、その内情も考慮せず感情と目先の情報を元に廃棄処分か」
「えっ」
私とアリアはミクを見る。
彼女は目を丸くしていた。
私たちは気づいていなかった。
てっきりミクは話についてこれているものだと、私達と同じように察しているのだと勘違いしていた。
今、ハッキリ言葉にされてミクは、アンリミテッド・シャイニングに下された冷酷な処罰を認識した。
彼女は……想起する。
脳裏に浮かぶのはきっと、血のにじむような努力をしていた彼の後ろ姿。
「は、白竜くん……はく、りゅう……くん」
「待て。どこに行く。まさかあいつを助けに行こうってんじゃないだろうな?」
「……!」
アリアに肩を掴まれて振り返ったミクは……顔面蒼白で酷い表情をしている。
「……行くよ。行くよ!寧ろなんで行かないの!?」
「何言ってんだ。あいつは私情で私に挑み、皆の命を危険に晒した奴だぞ。もう忘れたのか?これは……自業自得ってやつなんだ」
「そ、そうだけど。でも!」
「でももこってもない。奴は敵だ。助ける義理はない。寧ろ、あいつが居なくなった方が私達の昇格に繋がって、生存率が上がるかもな?」
「……!」
ミクが目を見開く。
瞬間、音が響いた。
ミクがアリアの手を叩いた音だ。
彼女は、アリアを振り払い……見たことの無い形相で睨みつける。
子供たちを震え上がらせていることには気づいてない。
ミクだって、……仮にもAランクシードだ。
「んだよ、その顔は。行きたきゃ好きにしろよ。けど、1人で行けよ?こいつらを巻き込むな」
「……!」
叩かれた手を痛がる素振りも見せずに、アリアは一切怖気つくことなく鋭い視線を返す。
彼女には理屈があるから、引くことはない。
白竜くんが敵とか味方とか以前に、アリアにとって皆を無闇に危険に晒さないことが絶対の価値観として確立されてる。
「……っ」
ミクがアリアから視線を外して、俯く。
顔を顰める彼女は迷ってる。
アリアが決して私情で言ってる訳じゃないということをミクも理解できるから。
そんな彼女に……アスカが歩み寄る。
「ね、ねえ。ミク……何考えてるの?もしかして、ホントに私たちを置いて行かないよね?」
「……!アスカ……」
ミクが初めて動揺する。
アスカの悲壮感に、狼狽える。
同時に気づいた。
ここで身勝手に動くことは、彼女達を裏切ることだと。
他を優先して見捨てることがある人間だと、自ら証明することになる。
それでも。
「……ごめん、アスカ」
「えっ。いや。えっ?わ、わかんないよ。わかんないよ、ミク。なんで行くの?」
「……っ」
「もうミクに頼らないよ?守ってもらおうなんて思わない。だから、一緒に戦おうよ。……行かないでよ」
「アスカ……」
泣きそうなアスカに、ミクがたじろぐ。
初めて揺らぐ。
それでも。
「……!」
また、化身が衝突する余波を感じた。
それがミクの決意を加速させる。
「……ごめん、皆。私は……私は……!」
「行けよ。結局お前はヴァルキリアじゃなくて、Aランク棟シードの長門未来だったってことだろ?」
「……っ!!」
「アリア……!!言い過ぎよ!」
「……」
私が注意するけど聞く耳を持たない。
それどころか依然、ミクに険しい表情を向けたまま。
ミクはアリアの指摘を受けて……ゆっくり背を向けた。
「ミク……!」
「そうだよ」
「……!」
ミクがポツリと呟く。
皆が黙り、彼女の言葉を待つ。
……覚悟を、ヒシヒシと感じるから。
そして、彼女は顔だけ振り返って、私達に告げた。
「アリアの言う通り。私は、ヴァルキリアじゃない」
「……っ!ミク!待ちなさい!」
ミクは走り去った。
その後を私は急いで追いかけようとする。
けれど、強い力ですぐに戻された。
「待て!お前は行くな」
「アリア……!貴女、なんで……!」
「お前はキャプテンだろ!このチームを作った目的はこいつらを守るためなんだろ。だったらチームを捨てて行くな!」
「……!ミ、ミクを見捨てろと言うの?ミクを見捨てるの!?貴女は!!」
「……そうだ」
「なっ……」
言葉を失った。
でも、すぐにハッとした。
アリアも決して無情なわけじゃない。
心を殺して訴えている。
彼女も……ミクと同じように決心している。
「優先順位を考えろ。お前だけはこのチームを離れちゃダメだ」
「アリア……」
彼女の言うこともわかる。
だから、私は立ち止まった。
そのまま彼女が去っていった方向を見つめる。
もう暗闇しかない、廊下の先を。