緑谷出久が無個性のままヒーローを志すだけ 作:fou-kun
路地裏の、街灯さえ届かない宵闇の中を、一つの影が駆け抜ける。
地面を、壁を、まるでゴムボールの如く跳ねまわり、その度に一人、また一人と倒れていく。
少年らは、何の冗談だと思った。
人が、5,6mを一足で駆け上がり、壁を三角飛びして、一瞬にして自分達の死角に回られ、見失った瞬間には意識を失う。仲間を一人、また一人、少しずつ、しかし確実にやられていく恐怖に、少年らは酷く慄く。
「そっ…それが、お前の『個性』か…!?」
影が揺れた。
ビルの壁の、窓枠に手を引っかけて動きを止めるその陰ーーーやっと視認できたその体躯は、中学生程の体躯だ。
「いや、僕は無個性ですよ」
影の言葉に、今度こそ少年らは言葉を失った。
「…む、無個性で…何の個性も使わずに…」
ーーー十人余りいた仲間のほとんどを、倒してしまったっていうのか。
言葉は続かなかった。
「簡単な話だ」
気が付けば、影が、少年の背後にいた。
慌てて後ろを振り返る。そして目を見開いた。
「…お、お前ら…!」
最後に残ったのは、自分だけだったのだから。
声が聞こえたというのに、影は姿を現さない。
「…っ、ど、どこだ!?」
半狂乱状態の少年が、辺りを見渡すーーーと、同時に、首が絞められたことにより、少年の身体は持ち上げられた。
「ひっぃっ…!」
「無個性の僕は、確かに個性のあるあなた達に勝つのは難しいのかもしれない」
影はーーー狐の面の少年は、面の下で確かに笑った。
「だけど、僕が出来ると思った事に、出来ない事など存在しないーーー」
狐面は、片方の腕で人を一人軽々と持ち上げ、もう片方の腕を引き絞った。
「それだけの話だ」
次の瞬間、少年の視界がぶれーーーー
ーーーーーいや、その理屈はおかしい。
少年は、最後に途切れた意識の末に、そんな言葉を残したのだった。
☆
ここ最近、僕の住んでいる地域でちょっとした噂が流れている。
『無個性マン』という都市伝説じみたその存在は、曰く、なんでも無個性であると主張しながら、人外じみた動きで不良やヴィランを倒していく、正義のヒーローなのだという。
多分僕とは関係ないから気にしない事にしようね!
「ーーせぇー!皆とか一緒くたにすんなよ!」
お?なんだなんだ?
僕が周りを見て回ると、いつの間にやら教室中が何やらにぎわっていた。
その中心にいるのはかっちゃんーー僕の幼馴染のような奴だ。どうやらまたやらかしたらしい。
「俺はこんな没個性共と、仲良く底辺なんざいかねーよ」
「そりゃねーだろカツキ!」
「モブがモブらしくうっせー!」
ブーイングの嵐だ。うるさいなぁ。
「あー…確か爆豪は…雄英高志望だったな」
「ええええ!?」
雄英高かぁ。凄いなぁかっちゃんは。
まあ僕も雄英高なんですけどね。ヒーローになるには一番の舞台だ。行かない手はない。
ざわざわクラスメート達が騒いでいると、かっちゃんが机の上に立った。
「そのざわざわがモブたるゆえんだ!模試じゃA判定、俺はうち唯一の雄英圏内!あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローとなり!必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!」
「あ…そういやぁ」
もう慣れたのだろう、かっちゃんの黒歴史確実な奇行に何の文句も言わずに、先生は口を開いた。
「緑谷も雄英志望だったな」
…ちっ、余計なことを。と思わず先生を睨んだ僕を誰が責められよう。
そういう事言うと、絶対にさぁ。
「はああ?!緑谷あ!?ムリっしょ!」
「勉強できるだけじゃヒーロー科は入れねんだぞー!」
うわぁ、めんどくさい。折角今まで目立たないように生きてきたっていうのに…先生には後で嫌がらせしよう。具体的に言うとしばらく足元にひっそりとバナナの皮を置こう。
「こらデク!てめえ、没個性どころか無個性のてめぇが!なんで俺と同じ土俵に立てるってんだ、ああ!?」
「めんどくさ…」
「あ?」
あ、やっべ。
「ち、違うよかっちゃん!別に君と張り合おうってわけじゃ…!そ、それにやってみないとわかんないじゃない…」
「なぁにがやってみないとだ!記念受験か!」
おおう、鋭いツッコミ。正論です。
まあ、その後そんな感じで僕はやり過ごした。先生絶許。
◇
「まだ話はすんでねえぞデク」
「ん?」
放課後。帰ろうとするとかっちゃんがいた。
やだなぁめんどくさいなぁ。どうして絡んでくるかなぁ本当に。
「一線級のトップヒーローはたいてい、学生の頃から逸話を残してる…俺はこの平凡中学から初めて!唯一の!雄英進学者っつー箔をつけてーのさ!完璧主義者な訳よ」
「完璧主義者(笑)」
「あ?」
「い、いいいいいやなんでも無いよ…うん…」
「まあ、つーわけでさ、一応…雄英受けんなよナード君」
なんとも自己中心的な話だ。
というか、そろそろ家帰ってランニング行きたいんだけど…多分、ここで言い返しても長引くだけだしなぁ。今は黙っとくのが良いか。
「いやいや、流石になんか言い返せよ…」
何か失望された気がするけどまあいいか。
「あ、そんなにヒーローに就きてんなら効率良い方法あるぜ」
「?」
かっちゃんは、なんて事無いような顔してこういった。
「来世は個性が宿ると信じて…屋上からのワンチャンダイブ!」
・・・・は?
「殺すぞ、クソが」
やっべ、口にでちゃった。
それからは、一瞬の間に後ろの窓から飛び降りて姿を消してやった。
ほら、飛び降りてやったぞバカ野郎。
何というか、言っちゃいけない事言ったっていうか…本当。
かっちゃん、本当にどうにかしないとダメだなぁ…。
♥
「…」
「な…あ、あれ?」
「…消え…た?」
俺は今、デクがさっきまでいたその場所を睨んでいた。
「消えたわけねえだろが。そこの窓から飛び降りやがったのさ」
「はあああ!?え!?マジで!?」
「ちょ、流石にやばくね…?」
こいつら、さっきの一瞬の事、何一つとして見えなかったらしい。
デクは…奴は、確かに窓から飛び降りた。
まるで曲芸師の様に身体をしならせ、最高速で下へと降りていきやがったんだ。
「…って、あれ?いねえ!あいついねえぞ!」
「本当だ…?何がどうなってやがんだ?」
窓から下を見て騒ぐ二人を見て、俺は歯の奥を思いっきりかみ合わせた。
「…チっ、あいつ…どうなってやがんだ…?」
あいつ、本当に無個性なのか…?
っていうか、最後あいつ「殺すぞクソが」って言いやがったよな!?
ちっ、次会ったらそっこーで殺す。
クソナードが!調子に乗ってんじゃねえぞ!