緑谷出久が無個性のままヒーローを志すだけ 作:fou-kun
「はー…」
僕はため息を吐きながら、夕暮れの中一人帰路に着いていた。
今日は色々と嫌なことが続いたから、気分が下がっていけない。今から家に帰って、着替えてランニングに行かなければいけないと思うとさらに気がめいった。
まあ、好きでやってるんですけどね。
ちなみにランニングは小学生の頃始めてからほとんど途切れさせたことは無い。晴れの日も雨の日も風の日も嵐の日も、絶え間なく走り続けたお陰で今では一日に一度は走って不良を倒さないと落ち着かない身体になってしまった。
ちなみに、一度インフルエンザに罹った時に走ろうとしたら、流石にお母さんに泣かれて止められたのでそういう時は休む事にしている。
それと、僕に触発されたのか二日に一回はお母さんもランニングに出かける姿をよく見る。お陰でお母さんのスタイルはかなりいい。なぜかその事に違和感を感じざるを得ないけど、なんでだろ。
っていうか、明日からどうしよう…かっちゃん絶対めんどくさくなるよなぁ。
あの時、一瞬冷静じゃなくなってしまった。まだまだ未熟だな、僕は。
もっと強く、強くならなきゃ。
そうじゃなくても、僕のスタート地点は他の人よりも下なんだ。
「…道は遠いn----」
その次の瞬間だった。
ぼこっ、と音がして、マンホールから影が持ち上がる。
ーーーゲロ以下の匂いが、そこから吹きあがった
「Mサイズの…隠れ蓑…みぃ~っけ…」
視界の端から黒い影が、僕に迫った。
から、身体をひねってそれを避けて、全力で距離を取った。
「ヴィラン…!」
素人相手にいきなり奇襲とか!僕じゃなかったら普通に捕まってたぞ。
相手ーーいきなり僕を襲ってきたそいつは、身体中を泥で形作った、まさに化け物のような姿をしていた。
「おいおい、逃げるなよ…少し身体を乗っ取るだけだからさ…」
「…」
ちっ、流動系の個性か。こういうタイプはいささか分が悪い。倒すのに一工夫必要なんだ。
だけど…。
「まあ、格好の練習相手だ。逃げる訳ないんだけど…!」
「オイオイオイ、やるってのかよ。死んだわお前…!」
敵がぐにゅりとその身体を不定形に変形させ、一部を鞭の様にしならせて右、左から高速度で打ち付けてくる。
だが、その程度の速度なら避けられる。僕は地面を蹴って敵に思いっきり近寄り、その身体に手を付けた。
流動系の個性を持った敵は、物理攻撃に高い耐性を持っている。内臓、脳もドロドロに溶けて混ざっているケースが多く、ただ殴るだけじゃまずダメージは与えられない。
だが、身体は身体。表面からの吹き飛ばすような衝撃に強いのなら、内部から徹底的に破壊してやればいいだけの話だ。
「バカが!流動的なんだよ、効くわけが…!」
バカはお前だ。次の瞬間には地面を舐めさせてやる!
と、身体に力を入れたと同時に、ばかんっ、と、マンホールが吹き飛び、僕と敵は動きを止めた。
「もう大丈夫、私が来た!」
そこには、オールマイトがいた。
□
「いやぁ、普段はこういうミスしないんだけどね!慣れない土地に浮かれちゃったかな!?」
「でももう大丈夫!」とオールマイトはそのたくましすぎる腕でペットボトルを突き出した。
「こうして無事ヴィランを詰めれた!君のお陰さありがとう!」
そういってキラン、と歯を輝かせるオールマイト。
ほ、ほほほ、ほんもっ…本物のオールマイト!
「あ、ああああの僕、あ、サイン、サインを…!」
ややややばい、緊張でどもっちゃうやばい!リアルのオールマイト、やっぱり全然画風が違いすぎて鳥肌立ちっぱなしだ!
しかも、あの流動系個性の敵を拳の風圧一つで吹っ飛ばしてしまうなんて、すごすぎる…!僕には到底できない事だ。
「こ、このノートに…って、もう書いてるううう!?」
「それじゃ、私はもう行くね!」
え、ちょ、ま、待って!
「僕、まだあなたに聞きたい事が…!」
「プロは常に時間か敵との闘いさ!それじゃ、今後とも応援よろしく!」
そういって、オールマイトは思いっきり身体を引き絞り、ジャンプして上空へと…。
「って、こらこら!熱狂が過ぎるぞ少年!」
足をとっさにつかんだ僕と一緒に、飛び立っていた。
「だ、だって、まだ聞きたい事ががががが!」
「んー…!」
ここで無理やり離すわけにはいかなかったのだろう、オールマイトはそのまま僕を拾い上げて、ビルの上に着地した。
「あ、あの…」
「NO!待たない!プロは忙しいんだ!」
オールマイトがそのまま飛び立とうとした瞬間、僕は口を開いていた。
「無個性でも、ヒーローになれますか!?」
「…」
オールマイトが、動きを止めた。
「僕、無個性なんですけど、でも、ヒーローにどうしてもなりたくて!あなたみたいな、どんな時でも笑顔で人を助けられるような、強いヒーローに…」
僕は顔を上げた。
そこには、身体がしぼんで骨だけになってしまったオールマイトの姿があった。
「…え?」
「…」
「え、は、ええ!?お、オールマイトがしぼっ、しぼんで…!?だ、誰!?誰ですかあなた!?」
「…私は、オールマイトさ」
「ええええええ!?」
それから、話しを聞いた。
オールマイト。5年前のヴィランとの戦いの際、重症を負い、度重なる手術により弱体の一途を辿っているのだという。今ではあのオールマイトの姿でいられる時間は一日に何時間か程だと、話された。
「そんな…」
ずっと憧れていたヒーロー、オールマイトの真の姿。そのあまりにも生々しい話に、僕は言葉を失って立ち尽くした。
「…私が笑っているのは、ヒーローとしての重責、己の内から湧き出る恐怖を欺くためだ」
オールマイトが僕の目を見ていった。
「プロは何時だって命がけだ…個性がなくても成り立つとは、とてもじゃないが言えないな。…夢を見るのも良いが、現実も相応に見なければな、少年」
その言葉は、僕の心にどうしようもなく突き刺さった。
□
あれから、オールマイトはそのまま僕の前から姿を消した。
ジャンプして飛んで行ったんじゃなく、その姿のまま、扉を開けてだ。
「…」
僕はしばらく立ち尽くして、そして無心のまま歩き出した。
オールマイトは、僕に諦めろと言ったのだ。
世界一のヒーロー、あの、オールマイトが。
僕は歯を食いしばって、食いしばって、食いしばって…それから。
口角を、思いっきり持ち上げていた。
「ふざけるなよ、バカ野郎が…!」
僕の頭の中でフラッシュバックする。幼いころの記憶。お母さんに、無個性で生んでしまってごめんと、何度も何度も泣き縋られたあの記憶が。
かっちゃんにバカにされ、クラスメート達に指をさされる今の日常が。
オールマイトの、あの痩せこけた目が。
「…あのオールマイトですら、個性が無くてはヒーローにはなれないと断言した」
僕は、拳を握りしめた。鍛えに鍛えて、この拳は既にコンクリートの壁程度なら軽く砕ける程の力を持っている。
これが、これが僕の力だ。僕の『個性』だ。
無個性なんかじゃない。いや、超能力的な意味では完全に持っていないのは確かなのだけれど、力がない、という訳では、決してないのだ。
あの憧れのオールマイトに諦めろと言われた。そんなことが僕がヒーローになる事を諦める理由にはなりえない。
あのオールマイトですら否定する、個性を持たないヒーローの存在に、僕がなろう。
僕がなって、僕の力だけで全てを救って、最弱の正義のヒーローに僕がなろう。
壁は、高ければ高いほど燃えるというもの。
うん、僕は、やっぱりヒーローになる!
気持ちも新たに、僕は早速家に帰ってランニングの続きをすることにしたのだった。