夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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三十二話:きっと、私の番だから

 目が覚めて、最初に視界に入ったものは、知らない部屋の天井であった。

 

(……どこだここ)

 

 ぼんやりした頭で考えるアキラは、その知らない天井を見つめながら記憶を手繰るものの、そもそも自分から眠りについた覚えが無い。徐々に覚醒していく意識と共に甦る最後の記憶は、自分の家にて巴を振り切り自室へと戻ろうとしていたところまで。

 そこから先の記憶がまるっきり無く、今現在へと至ってしまっている。

 

「…………」

 

 何が何だかさっぱりわからないままに身を起こす。天井以外の情報が目に入ってきたものの、やはりそこがどこであるのかがわからない。が、しばらく部屋を見渡していると、すぐ脇にとあるものを見付けていた。同時に、自分がどこにいるのかを理解するアキラ。

 

「なんだってこんなとこに……」

 

 頭を掻きながらも、とにかく事情を知るために見付けたそれに手を伸ばす。そして、それ──ナースコールを手にすると、躊躇いなくボタンを押した。

 

「すいません、目覚めたんですけど」

 

 それだけ告げて、ポイと枕脇に放り投げたアキラは、どうやらそこそこ長い時間眠っていたらしい自分の身体を目一杯伸ばす。

 部屋の扉が開いたのはその時だった。

 

「──なんだ、起きてたのか」

「巴……と、お前は」

 

 扉の向こうにいたのは、私服姿の幼なじみ。そして、いつか見たピンク色の頭をした女子の姿。その直ぐ後ろから、看護師がひょこりと顔を出す。

 

「お見舞いに来てちょうど目を覚ますなんて、タイミング良かったわね」

 

 背後からの声に、二人は声を返さずに笑顔で答えていた。

 

 

 

 

 

「んで、何がどうなってんだ?」

「どうもこうもあるか。いきなり目の前で倒れられて、こっちは大慌てだったんだぞ」

「……倒れた? 俺が?」

「他に誰がいるんだよ」

 

 ベッドの脇に置かれた椅子に座っている巴が、腕を組んでそう返す。どう見ても怒っているのが伝わってくるのだが、記憶が無いアキラからしてみればどこか他人事のように聞こえてしまう。そんなアキラの態度に、ますます巴はご立腹のようだ。

 

「倒れるようなことした覚えも無いんだが……」

「実際倒れてんだよ。医者が言うには貧血とストレスが主な原因らしいけど」

「ストレス……は、ともかく。貧血ねぇ」

「とにかく! お前は! アタシの目の前で! 倒れたの!!」

「わ、わかったって。心配かけてすまん」

「全く……」

 

 バンバンとベッドを叩かれて憤慨する巴に押され、取り敢えず謝罪するアキラ。過程がどうあれ心配させたことには変わりなく、そこは素直に申し訳なく思うからこその謝罪である。

 ひとまずはそれで落ち着いてくれたらしい巴の様子を見てから、アキラはその隣に座る彼女へと視線を向けた。

 

「んで、君は?」

「忘れたのか? 薄情なやつだな」

「そうじゃねぇ。そんなすぐに忘れる訳ねぇだろ」

 

 まだ怒りは燻っているのか、どことなく攻撃的な巴に肩を竦める。アキラが聞きたいのは、彼女が何者かということではなく……いや、それも知りたいには知りたいが、今この状況で聞きたいのは。

 

「ひまりは、お前が倒れたって聞いて自分からついてきたんだ。自分のせいかも知れないってさ」

「そんな訳ねぇだろ」

 

 本当は黙って聞いてればいいのだろうが、アキラは反射的にそう口から溢していた。自分が倒れた原因には確かに関わっているのかも知れないが、かといって責任があるかと聞かれればそれは間違いなくノーである。

 

「で、でも」

「俺が倒れたのは、まぁ事実かもしれんが」

「しれんが、じゃなくて事実なんだよ」

「だから悪かったって……まぁ、色々あって参ってたのも認める。それが原因で倒れたのかもだ。けれど、それは完全にこっちの話だ。君に責任がいくようなもんじゃない。むしろこれで責任感じられたら、俺はもう肩身が狭くて仕方がねぇよ」

 

 ただでさえ倒れて病院の世話になっている時点でそこそこに恥ずかしいところに、それで目の前の彼女が責任を感じられたらアキラはそれこそ自分が恥ずかしくなってしまう。ここで倒れたのはあれのせいだこれのせいだと言える人間ならともかく、アキラはそんなタイプの人間ではないのだから。

 

「それより、あれから何とも無いのか? 変な奴等に絡まれたりとか」

「それは、大丈夫です。皆がそばにいてくれるので」

「そっか……。男が怖くなったりしてないか?」

「それも、まぁ大丈夫みたいです。一人で移動する時に警戒するようになったくらいで」

 

 ひまりの言葉に、なら大丈夫か、と胸を撫で下ろすアキラ。最近自分のことでいっぱいいっぱいになっていて考えが及ばなかったが、今回の一番の被害者は間違いなく彼女なのだ。その彼女が、目立つ傷も無く無事でいてくれたことに、アキラは自分でも驚く程に安心していた。

 

「そうか……ならまぁ、いいのかもしれないな」

「……えっと。話は聞いてます。あれで、先輩のチーム? が、大会出れなくなったって……」

「アキラでいいぞ。……まぁ、そうだな。それでへこんでたのも、事実だ」

 

 アキラのその言葉を聞いて、ひまりは膝の上でぐっと拳を握りしめる。そして突然立ち上がり、思い切りアキラの前で頭を下げた。

 

「ごめんなさい! わた、私を助けたばっかりに、先輩の、大事な……!」

「あぁ、やめろやめろ。お前は隣の怖い女に怒られたいのか」

「そうだな。ひまり、今のはアタシも怒るぞ」

「え……」

 

 取り敢えず頭を上げて座れ、と。アキラの言葉に顔を上げたひまりは、その涙ぐんだ目を擦りながらも椅子に座りこんだ。そのぼやけた視界に映る彼は、頭を掻きながらも苦笑していて。

 

「ようやく納得出来たところなんだ。そこでお前に謝られたら、色々と台無しになっちまう」

「でも……」

「確かに、大会に出れなくなったことは悔しいし、辛い。……けれど、今こうしてお前が無事だってことを確認したらさ。まぁ、いいかって思えるんだ。もっと上手くやってりゃあ大会も潰すことは無かったんだろうけど、それはもう俺の力不足、判断不足ってな」

 

 もしあの時に自分があそこにいなかったら。もし、気のせいと片付けて素通りしていたりしたら。

 きっと、ひまりは今こうして無事に過ごせてはいない。心にも体にも傷を負って、下手をしたら一生それを引きずって生きる羽目になっていたかもしれない。

 それを思えば、アキラは自分の行動に後悔など有り得ない。だから、これでいいのだと。

 

「だから謝るな。むしろ俺に胸を張らせてくれよ。大会をふいにしてでも、お前を助けることが出来たんだってな」

「なんかカッコいいこと言ってる」

「茶化すな」

「ふふ。そうだぞ、ひまり。ここは謝るんじゃなく、お礼を言うところだと思うな」

 

 二人から言われ、ひまりは溢れそうになる涙をぐっと堪える。なんて優しい人だろうと。私は、本当にこの人に救われたんだと、目の前にして強く実感する。

 だったら、確かに謝るのは違う。自分がこの人に伝えるべきは、謝罪ではなく、感謝だ。それを、言葉にしようとして、ついに涙が堪えきれなくなった。

 

「ありがとう、ございます、ぅ……! ぅぅぅ~……!!」

「忙しいやつだな」

 

 

 

 

 

 ひまりは、この時の彼の姿と、声。それに、優しく頭を撫でられた手の感触を忘れていない。……もしかしたら、撫でてくれていたのは巴だったのかも知れないけれど。

 

 これが、上原ひまりと彼の、最初の出会いだったのだ。

 

 

 

 

 

「……だから今度はきっと、私の番、だよね! うん! がんばろー!」

 

 

 


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