Running On The Rockin' Road 作:あさ。
多田李衣菜。
年齢十七歳。蟹座。血液型A型。右利き。趣味、音楽鑑賞。
346プロダクション所属。同プロダクション内の企画「シンデレラプロジェクト」に選出されデビュー。
アイドルユニット「*(アスタリスク)」のメンバー。
初弟子の情報は、少ないながらもインターネット上ですぐに見つかった。
「プロじゃねえか」
彼女は、こんな素人シンガーソングライターとは違って、正真正銘のプロのアイドルだった。
既視感があったのは、おそらくテレビだか何かで見かけたのだと思う。インターネットで調べるまでわからなかったのは、普段からテレビを観ることが少ないからだろう。
そんな、ある種のプロミュージシャンが、なぜ居酒屋の店員なんてやっていたのか。それは簡単な理由だった。
――あの居酒屋の店名は「多田呑み屋」という。
若い人や、お小遣いの厳しいお父さんにも、気軽に飲みに来てほしいという思いで、店主の苗字である「多田」と「タダ飲み」をかけたのだそうだ。
そんな多田のおっちゃんから見ると、多田李衣菜は大姪に当たる。
彼女には、そこそこのお小遣いをちらつかせ、スタッフの都合でシフトが埋まらない場合などに手伝いに来てもらっているそうだ。
一年ほど多田呑み屋に通っているにも関わらずこれまでに会ったことはなかったが、僕が通い始めたぐらいにアイドルとしてデビューしてから、活動が忙しくてあまり手伝いに来ていなかったらしい。
ここ最近は買いたいものがあるとかで、アイドルの収入に加えて小遣いも欲しかったため、アイドル活動の合間を縫って手伝いに来ているとのことだった。
「すみません。十九時からの田中ですが」
「はいー。Dスタジオですが入れ替えになりますので、もう少々お待ちくださいー。
何かレンタルするものはありますか?」
「ストラト1本お願いします」
「かしこまりましたー。では後ほどスタジオにお持ちしますね」
早速レッスンのために予約したリハーサルスタジオの受付を済ませ、打ち合わせや時間待ちのために用意されている待合スペースの壁に自分の愛機を立てかけ、近くの椅子に座る。
そして椅子とセットで設置されているテーブルに突っ伏し、一休みする。
何故プロのアイドルがギターを習いたいのか。
それはアイドルであることとは無関係で、単純にエレキギターを弾けるようになりたい、という理由で、単純明快だった。
どうも「買いたいもの」というのがエレキギターだったそうで、念願叶って目標金額が溜まってきたらしいが、未だにちょくちょく手伝いに来るため、それを怪しんだおっちゃんが聞くと、「下手くそなまま試奏をするのが恥ずかしい」という理由で、なかなか試奏に踏み切れないまま楽器屋に通い続けて、欲しいギターのグレードだけがどんどん上がってしまっていったんだとか。
僕は、初めてギターを買ったときは、試奏しなかったが、個人的には気持ちはわからなくもない。
だが、それだと埒が明かないので、誰かに弾き方を教えてもらってから買いに行ったらいいんじゃないか、という考えに至ったが、趣味のためなので、当然事務所に頼んでプロにレッスンしてもらうわけにもいかない。
更にギターの弾ける知り合いなんて、彼女にはいなかった。
そんな感じで困っている――そう聞き出したところを、酔っ払った常連客にでも言ってみれば教えてもらえるだろうと思いついて僕に話を振ったんだと、おっちゃんが種を明かしてくれた。
いくらなんでも酔っ払いを舐めすぎだと思うし、可愛い大姪をそんな適当に預けていいのか、とも思ったが、結局おっちゃんの思惑通りに事が進んでいて悔しい。
今度お通しと別に一品肴をサービスしてくれるという報酬だけでは納得していないので、追加でホッピーの中を少し多めにしてもらおうと思う。
「お待たせしましたー!
すみません、遅くなっちゃって……」
まだレッスンの時間まで十五分ほど空いており、彼女がスタジオに着くのに時間があるだろうと思い、煙草に火を着けたところ、少し慌てながら弟子がスタジオに到着した。
女子高生に煙草の臭いが付くのもあまりよくないので、まだ一口しか吸っていない煙草の火を消し、弟子に座るよう促す。
「あれ? 煙草消しちゃっていいんですか?」
「ん? ああ。
それより、まだ時間も結構あるし、ちょっとそこで待っててね」
ちょっと不自然だったか、不思議そうに聞いてくる弟子に気を使わせてしまいそうだったので、 適当に返して、その場を離れる。
まだ時間もあるし、簡単な準備のレクチャーをやってしまおう。
入れ墨が半袖のスタッフTシャツからはみ出ているが丁寧な口調の金髪店員に声をかけ、先ほどスタジオまで持ってきてくれると言っていたギターと、頼まずとも一緒に渡してくれたクリップチューナーを受け取り、初めてのギター演奏に期待を膨らませている弟子の元へ戻った。
輝いた瞳を向けるのは、もちろん僕の持っているレンタルギターだ。
「お待たせ。今日はこれを使って。
ストラトで良かったかな?」
「わー! フェンダーのストラト!
はい! 欲しいのもストラトなので、ちょうどいいです!」
受け取ったギターへチューナーを取り付け、この一時間のレッスンの間、弟子の相棒となるギターを渡した。
そこまで上等なモデルではないが、彼女にとっては初めて弾くギターになる。
ギターを弾く、ということへの期待からか、その端正な顔をほころばせていた。
そして、僕から受け取ったストラトキャスターの、ネックとボディをしっかりと掴んで、膝の上に乗せた。
オーソドックスなサンバーストのカラーが、むしろギターを持ち慣れていない初々しい様子を引き立てているように感じた。
「これって師匠のですか?」
「いやこれはスタジオのレンタル品だよ。僕のはそこに置いてあるやつ。
リハスタって大概こういうレンタル品が置いてあるんだ。だいたい一時間で百円とか二百円とかかな。
ギター買うまでもこうやって借りて練習することもできるし、一人で練習したいときは使うといい」
「はい!」
特にこの弟子はアイドル活動もあるだろうし、ギターを買った後でも、いつでも愛機でスタジオに入れるとは限らないだろうから、きっとレンタル品の世話になるだろう。
初めての講義に対する反応に満足しながら、僕もテーブルを挟んで弟子の向かいに座り、愛機の赤いSGをギターケースから出して、弟子と同じように膝の上に乗せた。
「あ、SGなんだ……」
僕の愛機は、弟子の反応としてはレンタル品に惨敗なようだった。
非常に薄いリアクションと共に、真顔でそう呟いた。
……美少女の真顔は傷つくからやめて欲しい。
まあ今時の若手バンドだとストラトとかテレキャスとかのフェンダー系、ギブソン系でもレスポールが主流だろうし、女子高生の琴線には響かないのだろう。
そう無理矢理自らを納得させ、弟子の微妙な反応には特に触れず、レクチャーを始めるとする。
「ピックは持ってる?」
「はい!」
元気の良い返事と共に、自慢げな表情で眼前に出したのは、べっ甲柄のティアドロップ型ピックだった。
よく見ると、フェンダーだ。
――そして今気づいたが、弟子が今日来ているTシャツも、某ファストファッション店で売っているフェンダーTシャツだった。
先ほどの反応もあって、僕の中の弟子プロフィールに、フェンダー派だという記述が足された。
「よし。じゃあ、弾いてみよう」
「えっ? ここで鳴らしても大丈夫なんですか? うるさくないですか?」
「大丈夫大丈夫。アンプにつないでないエレキなんて大した音も出ないよ」
BGMに流れている流行りのバンドの曲以外には、僕らの会話と、スタジオ店員の作業音しか聞こえない受付前の待合スペースは、確かに楽器の音が響きそうだ。
だけど、たまたま今僕らしか利用者がいないだけで、入れ替えのタイミングになればどうせ騒がしくなる。
それに、待合スペースで軽く楽器を鳴らすぐらい、リハスタでは日常の光景だ。
「そ、それじゃあ……」
きっと、たくさんイメージトレーニングを積んできたのだろう。
意外とピックの持ち方が様になっている上、左手の指も、しっかりとCコードの形に配置されている。
しかし、ピックアップの辺りを覗き込むような形で頭を下げ、力みすぎてぷるぷると震える両腕が、彼女がまだ初心者ですらないことを示していた。
旋毛が見えるぐらいに頭を下げているため表情は伺えないが、きっと緊張しているに違いない。
そして、しっかりピックが握られた右手を弦と垂直に降ろし、彼女が初めて鳴らした六本の弦が奏でた和音は――誰が聞いても不快な不協和音だった。
「……ししょお……」
「ま、まあ待つんだ弟子よ。泣くんじゃない」
出会ってからまだ総計で十数分程度しか会話をしていないにも関わらず、もうこの弟子の表情は色々と見た。
わくわくしたり、しょんぼりしたり、感情が忙しいタイプなんだろう。
なんとか持ち直した彼女に、ギターのヘッド部に着いたクリップチューナーを指さし、説明する。
「左手の方、ヘッドって言うんだけど、そこに機械がついてるだろ?」
「……この光ってるやつですか? BとかGとかに光ってますけど……あっ! なるほど。これがチューナーですね!」
「なんだ、知ってたのか。
ならチューニングは知ってるな?」
「た、たぶん」
「たぶんかー」
自信はなさそうだが、 きっとギターが欲しい気持ちを募らせながら、ずっと下調べをしていたに違いない。
この分だと最低限の知識は持っていそうだし、すぐに実践に入れそうだ。
チューナーの説明を簡単に済ませ、弦を一本ずつ指さし、説明を続ける。
「太い方の弦から、六弦、五弦、四弦と続いて、一番細い弦が一弦。
それぞれチューナーを見ながら、E、A、D、G、B、Eってなるようにペグを回すんだ。
このチューニングをはじめにやらないと、さっきみたいな酷い音になっちゃうわけだ」
「ええ……それなら先に言ってくださいよ……」
恨めしそうに、抗議されたが、これは大事なことだと僕は思う。
自前の楽器であれば、使用しないときに普段から弦を緩めている几帳面なプレイヤーでもない限り、そのまま演奏しても大きくピッチがずれていないことが多い。
だが、レンタル品は大概弦が緩められているため、油断していると、初心者でなくともそのまま演奏を始めてしまうことがある。
一度でも経験するとそこそこ気を付けるようになるから、敢えて不協和音を鳴らさせたのだ。
「酷いですよ師匠……こんな酷い初めてになるなんて……。
初めてはもっと気持ちよくしたかったのに……」
「……誤解を招くような言い方をするんじゃない」
「?」
無自覚な卑猥な台詞にギョッとして周りを見渡すが、まだ僕ら以外の利用者は見当たらなかった。
きっと気持ちよく綺麗にコードをならしたかったんだ。そうだと思う。
女子高生で、それもアイドルにレッスンをする、というだけでも知り合いに見られたら冷やかされそうなのに、かつ誤解されるような会話を聞かれた日には、このスタジオは使えなくなる。
それだけは避けなければと思うが、この無自覚さだと、今後が危ぶまれる予感しかしなかった。
「さっ。気を取り直して、チューニングやってみようか」
「むぅ……師匠って顔に似合わず意地悪なんですね」
「……悪かったよ。でも大事なことだからさ。
ほら、チューニングしてみてくれ」
「はーい」
これまでの会話から、この弟子は立ち直りは早い方であることはわかっている。だが、「初めて」には理想の形があったのかもしれない。未だにむくれている。
……ギターを教える代わりに、彼女から女心を学ばせてもらったほうが良いのかもしれない。
今までのはきはきとした返事とは違い、不満げに間延びした返事で僕に応えた弟子は、さっそく左手で六弦のペグを摘む。
チューニングも、動画でも見ながら予習してあったのだろうか。右手に持ったピックで弦を弾きながら、左手に摘んだペグを
初めてとは思えない手際で、さっそく六弦から四弦、巻弦のチューニングが終わっていた。
そして三弦のチューニングに入ったが、巻弦をチューニングするように、これまた
……見ているこちらが冷や冷やする。
「いやー、チューニングって思ったより簡単なんですね。
ネットで調べたとき、良くチューニングで弦を切るっていうから、ちょっと緊張してたんですよ」
「その通りだから、三弦からはもうちょっと慎重に回したほうが――」
「――えっ? きゃっ!」
三弦、二弦、とさらっとチューニングを終え、最後の一弦に差し掛かり、油断した弟子は、これまた
――回し過ぎたのだ。
瞬間、「ばつんっ」と、弾け飛ぶように一弦がはち切れ、ボーイッシュな弟子からとても女の子な悲鳴が発せられた。
よく見ると、おでこの辺りに、赤い点ができている。よく見なければわからない程度だが、はじけ飛んだ弦の先が当たってしまったのだろう。
そして、数秒の間をおいて、先ほど不協和音を奏でたときよりも数段悲しい顔で、こちらに助けを求めるのだった。
「……ししょぉ……。
初めてって、痛いんですね……」
「わかってて言ってるな? わかってないんだったらお前絶対にバラエティとか出ないほうが良いぞ!?」
この短い付き合いで、この泣きっ面を何度拝んだのか。
そして、これから何度拝まなければいけないのか。
これからの師弟生活、一筋縄ではいかなそうな予感がした。
多田さんが持ってるバンドTシャツ、だいたい某ファストファッション店のやつだと思う。ストーンズとかレッチリとかNIRVANAとか。
あとFender以外にもPearlのやつも絶対持ってる。
書き溜めは以上です。続きはベストエフォートで。