――第2話、帰り道
キーンコーンカーンコーン
「じゃあ今日の学校はこれでおしまい。気を付けて帰るんだぞ」
放課後を知らせるチャイムとともに先生の帰りのあいさつが終わった。結構な時間ぺちゃくちゃ連絡やら世間話をながーく話していたがようやく家へ帰ることができる。
ん? 部活はどうしたんだって? 大丈夫、ラグビー部は毎週火曜日に部活が休みになっている。
基本的には日曜日に練習試合をして月曜日に筋力トレーニング、火曜日に筋肉または全身の疲れを取ろうという顧問の意向により毎週火曜日がラグビー部定期休みの日となっている。顧問は超回復がどうたらこうたらなんて言っていたが難しい話はわからないので右から左へ流しておいた。
さて、週に1度しかない休みの日なのでもちろん有意義に過ごしたい。
「じゃーなー」「また明日なー」
新しく高校でできた友人たちと一言二言かわし、その場で別れを告げ、帰りの支度をした。家に帰ったらラグビーの動画を見てタックルの勉強でもしようかな、とかそれとも今日新しく提出された宿題を早めに済ませておこうかな、なんて思っていると……
「あー! やっと来た! 一緒に帰ろーよ、しゅう!」
校門を出ると目にとまったのはひまりの制服姿だった。ひまりたち俺以外の幼馴染組は羽丘女子学園という女子校に通っている。
羽丘女子学園の制服の特徴はネクタイとスカートが緑の基調となっていてその上にブレザーを羽織るといった形になっている。
そんな制服姿で待っていたひまりを見たうちの学校の人たちは少しざわざわしていた。大方『彼女じゃない?』とか『リア充爆発しろ』とかいう言葉だろうな。残念だが彼女でもないしどちらかといえば俺も『リア充爆発しろ』側だ。
ただ一つよかったなと思ったのは夕日に照らされたひまりの姿がとてもきれいに見えたことだ。
いやもちろん可愛いのはいつもの事なのだがなんだか雰囲気と風になびく髪がひまりをより可愛く、美しくさせていた。
俺の胸がドキンと高鳴ったのが自分でも感じることができた。顔がどんどん赤くなっていくのも手に取るようにわかる。
「よ、よお。な、なんでひまりがここにいるんだ?」
動揺して声が上ずってしまった。
そして未だに抑えきれない胸の高鳴りと顔の赤らみを隠すように俺は下を向いてひまりに向けて喋った。
赤い顔なのはばれていないだろうか……とりあえずこのまま何事もなく時間が過ぎるのを祈るだけだ……
「いやーたまたまバンドの練習も部活も休みでさ!」
説明が遅れたがひまりはバンドだけでなくテニス部にも所属して掛け持ちをしている。
俺はラグビーと学校の勉強でいっぱいいっぱいだっていうのにひまりは部活にバンドに勉強、かなわないな……
まだまだ顔の照りが冷めそうにないので下を向いて待っているとひまりはそのまま続けて喋った。
「それでね! そういえばしゅうも火曜日休みだったなーって思いだして、待ってたら来るかなーって! ってどうしたの!? 下向いて……まさかお腹でも痛いの!?」
もちろんそんな俺の儚い祈りも届くことなく、ひまりは俺の気持ちも知らずに顔を覗き込むように聞いてくる。
また目の前にはひまりの顔があらわれて恥ずかしさのあまり紅潮してしまう。やっぱりこいつ空気読めねぇな……
「い、いや! 大丈夫! 大丈夫だからさ! 気にすんなよ! ほら、この通り!」
俺が慌てて顔をあげ体調の万全を報告するようにマッスルポーズをとるとなぜかひまりも急に慌てだした。
「えぇっ!? しゅう顔赤いじゃん! やっぱり全然大丈夫じゃないよ! 早く帰らなきゃ! 大丈夫? 歩ける?」
そういって俺を心配するひまりは手をとって帰り道を走り出す。
ひまりの手は俺のごつごつしたような怪我だらけの手とは全く違ってとても柔らかく、そして優しく包み込んでくれるようだった。
すらっと伸びてきめ細かやかな指。傷一つなくまさに女の子というのにふさわしい手。
そんな素晴らしい手に握られているとふと考えるだけでまた自然と顔が赤くなってしまう。
「わわっ! さっきよりまた赤くなってる! これはやばいかも……ちょっと熱測るね」
俺の顔がさっきよりも赤くなっていたらしくひまりは走るのをやめてそういってひまりが顔を近づけてくる。”まさか”とは思うがおでことおでこをくっつける熱の測り方なのか……? そんなマンガみたいなことあっていいのか?
俺が覚悟を決して目をつぶって待っているとひんやりとした感触がおでこに触れた。
ゆっくりと目を開けるともちろん”まさか”なんて起きているはずもなく、当たり前のようにひまりの手が俺のおでこに触れていた。
いや、もちろん好きな人の手がおでこに触れているだけでうれしい状況なんだが……
あ、いや期待してたわけじゃなくてだな……
「あっっっっっつーーーーーーい!!!!!!」
俺が必死に自分に問いかけていたら、ひまりが急に悲鳴を上げだした。俺のおでこがよほど熱かったらしく今も手をフーフー冷ましている。
嘘だろ!? って思って自分でも頭を触ってみるとそれはもうアツアツに熱された鉄板を触ったような熱さだった。
周りを歩いていた近所のおじいさんや犬の散歩をしていた人は一体何が起こったのか言わんばかりの表情でとこちらを見ている。まさか赤の他人にまで俺の紅潮した顔を見られるなんて……今後生きていけないかもしれない。
っとそんなことよりひまりがすごい悲鳴を上げていたからこんなことになったんだった。
「ひまり、大丈夫か……?」
「うぅー……だ、大丈夫なんだけど、しゅうはなんでこんなに熱くなるまで頑張ってたの? とりあえずすぐ家帰るよ! 看病してあげるから!」
そういってひまりはまた俺の手をぎゅっと握って走り出す。
俺の通っている高校は家からそれほど遠い距離ではないのですぐに到着するのだが、俺はまだまだこの幸せな時間をもっと過ごしていたいと思ってしまった。俺の手を引くひまりをそのまま立ち止まり引きとめた。
「ひまり! 俺の顔は熱いけど、風邪はひいてないから! この通りピンピンだからさ! ほら、その……ゆっくり帰らないか?」
顔は熱いのに風邪はひいてないって事情を知らない人からすれば何を言っているかわからないとは思う。
けどこの幸せな時間を長くするためにはこれしかなくて、これくらいしか言えなくて。我ながら強引だとは思ったけど動揺してた中で考え付いた言い訳はこれが限界だった。
「そ、そうなの? しゅうがそういうならいいんだけど……じゃあゆっくり歩いて帰ろっか!」
案の定ひまりは困惑してたが一緒に帰る時間を延ばすことに成功することはできたのでよかった。
少し歩くと手が少しじわっと汗をかいているような気がして、なんでだろうと思っているとふと手のほうへめをおとすとまだつないだままの手を目で確認できた。なんだかいい匂いが近くからすると思ったら、こういうことだったのか。
「で……ひまり、この手どうしようか……」
「あわわわわっ! ごめん! いやだったよね! すぐ離すから!」
俺が手を胸のところらへんまでもっていきどうしようかひまりに尋ねるとひまりも慌てて手を振りほどいた。
ひまりの手の感触がとても名残惜しく感じてしまい、言わずに家までこのままずっと手をつないでいればよかったなと思った。手もつないでいればさっきも言ったようにお互いの距離やにおいも近いわけで、手を振りほどいたひまりの顔がとても近くにあった。お互い一瞬目が合ったがすぐにそらしてしまった。後から考えたら俺は汗臭くなったかなと考えたりもしたけどその時はそんなこと考える余裕もなくて、ひまりからするいい匂いを何とか感じたりチラッとだけひまりの顔を見るので精いっぱいだった。チラッとひまりのほうを見たときひまりはなぜだか頬を赤く染めていた。
「なんかひまりも顔赤いけど大丈夫か?」
「……」
返事がないな……もしかしてひまりも急に風邪でもひいたのか? いやこんな短期間で風邪なんてひくわけないか、夕日にでも照らされて顔が赤く見えたんだろう。
「ひまり? ひまり!!」
「は、はいっ!!!! あ、しゅうどうかした?」
俺がちょっと声を大きくしてひまり呼ぶとようやくひまりが反応してくれた。授業中に寝ていて先生に起こされたくらいにいい返事だった。
「どうかした? じゃねぇよ、何度呼んでも返事がないから……大丈夫か? ひまりも疲れてないか?」
「う、うん! 大丈夫だよ! なんともないよ! あ、あははー……」
何でもないと本人は言ってるがどうも大丈夫そうには見えない。ただ俺もさっき同じ状況だったのでそのままひまりに対して何もできなかった。
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そのまま無言の状態が10分ほど続き結局何もできないまま家の前まで来てしまった。
いや、無言というのは正確ではなくて会話という会話をすることができなかった。
会話がない状態から俺が勇気を振り絞って『最近バンドどうなんだ?』って聞けば、『うん! 普通だよっ!』とか逆にひまりのほうから『しゅう部活楽しい?』なんて聞かれても変に意識してしまって『おう、楽しいぞ』とか一言二言で終わる会話ばかりで話を広げられなかった。
無言の時も俺はどうにか会話できないかとか、さっきの会話をまた持ち出したら変に思われてしまうかな、なんて考えていたらいつの間にかお互いの家についてしまった。ということだ。
「さて、家に着いたし今日はここでお別れだな」
俺がひまりと別れを告げようとするとひまりは何か不思議なものを見るような顔でこちらをみつめた。
「んー……ほんとに看病しなくて大丈夫? しゅうのおでこ、感じたことのない熱さだったけど……」
また校門での出来事が思い出されて顔が赤くなってしまいそうだったのでなんとか抑え込んだ。
「だから大丈夫だって言ってるだろ? 心配するなって。それよりひまりも手は大丈夫か? やけどとかしてないか?」
俺が心配するとひまりはニコッと笑ってみせた。
「うんっ! 大丈夫だよ! なんかあんなに熱かったのになんともないし!」
よかった、なんともないらしい。自分も確かに触って熱かったはずなのになんともなかった。
「じゃあここでお別れだな、バンドに勉強にいろいろと頑張れよ。また一緒に帰ろうな、ひまり。」
「うんっ! しゅうもほかの部員の人に負けないようにラグビー頑張るんだよ! 私にいつかかっこいい姿見せてよねっ! バイバイ!」
かっこいい姿をいつか見せてなんていわれてまた心臓がドキッと鳴った。今日だけでひまりは何回ドキッとさせるつもりなのだろう。やはり空気が読めないらしい。
とりあえずその場でひまりに手を振り、家に入っていくのを見送った後俺は一目散に家へと入り自分のベッドへと飛び込んだ。枕に顔をうずめて足をバタバタさせていた。
これで俄然ひまりにかっこいいところをみせてやろうと決心が固まった。明日からめちゃくちゃ頑張ろう。
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どうやらベッドに飛び込んだまま寝てしまっていたらしい。日頃の疲れだろうか、結構な時間寝てしまっていたみたいだ。
まだまだ眠かったので今日の晩御飯は諦めてもう一度寝ようかなとベッドに身体を預けるとなにやらベンベンベンベン……と微かに音が聞こえた。
この音には聴き覚えがあった。ひまりのベースの音だ。
俺はベッドから降りて立ち上がり、窓からひまりの部屋を覗くとベースと楽譜と必死ににらめっこをしているひまりが見えた。
なんだかこうしてひまりを見ているといつも自分がみじめに感じてしまう。
明日から頑張ろうと決心して満足していた自分がとても恥ずかしいからだ。明日の部活から真剣にやろう。明日の学校の授業から真剣に受けよう。もちろんそう思うことは大切だ。しかし、行動に移さなければ何も意味がない。思うだけなら幼稚園児でもできるからだ。俺は行動に移すことなくひまりは行動に移している。
ひまりは今の状況に満足することなく先を見て歩き続けているのに俺は休みだからと言って気を抜いていた。
ひまりは休みの日を生かしてベースの練習をしている。俺は相当な時間寝ていた。
もしひまりが家に帰った時点でベースの練習をしていたとしたら、どんどんひまりは歩き続けて遠く離されていることになる。
そんなひまりに追いついてひまりの隣を歩いてかっこいいところを見せてやろうとなんて甘い考えだ。
そう思った俺はベースを弾いているひまりを見た後にリビングへ降りて遅めの夕食を取った後に筋トレをするのだった……。
「俺は絶対お前のそばでそのベースを聴いてやるからな……」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第2話も楽しんでいただけたなら幸いです。
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それでは次話でお会いしましょう。