「はぁっ!」
音すら置いていく一閃。聞こえてきた声は打たれた後で聞こえてる程の一撃、それを受けた者達はお上の御前だと言うのにただ惚けるばかり。何故打たれた?いつの間に?理解出来ぬ現状に頭を悩ますばかり
「うーんやっぱり沖田さんが出ちゃうとこうなりますよねー。どうしましょうか…いっその事私が完勝しちゃいましょうか!」
そしてそんな彼等の視線は一人の選手に集められていた。白く雪を思わせる髪と肌、まるで白百合を彷彿とさせる美しい容姿。いうなれば絶世の美男子と言ったところだろうか。どんな立ち振る舞いもその容姿で様になるとはこの事。
溌剌とした明るい口調は見るもの心を安らがせる程、この姿を見てしまえばどんなに圧倒的実力差で心を滅多打ちにされても許してしまう。
「沖田さん大勝利目指してがんばっちゃいましょー!」
天下御免の御前試合。沖田総司が名高い道場の参加者達をフルボッコにして大勝利していた。日吉源吉を捕らえる為の任務を殆ど忘れているような目立ちっぷりである。
「土方さーん!近藤さーん!沖田さん頑張っちゃいますからねー!」
圧倒的腕の差で相手の心を叩き折り、その容姿でそんな行為を許してしまうのを誘発する後世語り継がれる絶世の美男子(♀)、天才剣士沖田総司がそこにはいた。
お上の天下御免の御前試合。この試合には名のある道場の実力者に名を聞けば誰でも知っている流れの渡世人、実力のある侍達が集まっていた。
本来ならば表に出る事はない流れの渡世人すらこの試合に出る事が出来た。今回の御前試合で求められるのは実力、ただそれ一つ。最後まで勝ち残った者は大老、井伊直善より好きな褒美を取らせて貰えるとなっては様々な者達が我こそはと集まり己が剣術をお上に見せ付けていた。
『…なぁ人鉄。この御前試合で完勝してその姿をお上に見せ付けるって話だがよぉ。あの餓鬼エラい強いな、太刀筋が全く見えなかったぜ。もしかするとライバル登場かもなぁ』
「…」
『でも…なーんかあの餓鬼見覚えがあるんだよなぁ。何処だったっけ?』
そんな御前試合で別の事で頭を悩ます者達がいた、人鉄と鋼丸である。当然人鉄も稀代の人切りと恐れられた剣術の冴えを見せつけ圧倒的な実力差で対戦相手の心をへし折り勝ち進んでいる。
沖田総司に負けた者は沖田の快辣に笑う姿を見て癒されているが人鉄に負けた者達はこの世の終わりを見てしまったような絶望に満ち溢れた顔をしている。
「おい見ろよ…アイツだよアイツ」
「先輩がアイツに負けて意気消沈してるんだわ。『俺は弱い。こんな醜態を晒して生きてはいられん、こうなれば腹を切るしかない』ってな」
「試合をした相手全員の心をへし折ったんだろ。酷い奴だぜ」
「確か…渡世人の人鉄だったか?大老様が渡世人を認めたといえこの場に出るのが恥ずかしくねぇのかねぇ。何か変な面付けてるし」
「渡世人なんて侍の屑なんだから見つけ次第しょっぴいてやれば良いんだよ」
考え事をしている彼等の耳に届くように悪口を叩く者達。しかし大体正論だから返す言葉もない、人鉄は気にしておらず鋼丸も呆れたように溜息を吐くばかり。弱い犬ほど良く吠えるし集まって自分を大きく見せるものだと鋼丸が納得していると次の試合が始まるのか先程の歓声が消え緊張感が辺りを走った
「よろしくお願いします!」
「まぁそんな固くならず気楽に行こうや。どうせ負けても死なねぇんだからよ」
次の試合は新文武両道を地で行くような好青年。顔もそれなりに整っており、誰もが彼を見ても良印象を感じるだろう。
それに対するは顔に大きな火傷の後を持ったおっさん。話している事もやる気を微塵も感じられず飄々としている姿。誰もがこのおっさんを見ても『なんだこのおっさん!(憤慨)』と感じてしまうこと間違いなしだ。
『次は…新陰流の鉄心と渡世人の火渡りの錬司か。新陰流の方は餓鬼だが火渡りの錬司は顔に火傷のあるおっさんか』
『新陰流といえば知らぬ者はいない名門。こりゃ勝負は見えたな』
そう結論を付けるも人鉄はそんな鋼丸を呆れ果てたような顔をして見る。 人鉄から見れば確かに新陰流の少年も強い、だがそれ以上に流浪人の方が圧倒的な実力を持っているのが分かる。
火渡りの錬司、何処かであった事があるような気がしていると隣から聞き覚えのある声が聞こえてきた
「えぇ。この勝負間違いなく渡世人の勝ちです」
『そうそう渡世人の勝ちって…え?』
先程まで彼等の思考を奪っていた沖田総司がそこにいた。恐らくこの御前試合のダークホース達である沖田総司と人鉄が隣合って話をしている姿を見て他の者達は彼等からバチバチと火花を散らす姿を幻視していた。完璧な幻覚である。当の二人は至って睨み合ってもないし罵倒を言い合ったりもしていない。
恐らく彼等は厨二病なのだろう。早く完治する事を願うばかりである
「だってほらもう決着付きそうですよ」
沖田の言葉通り、人鉄の予想通り試合は火渡りの錬司の圧勝だった。鉄心が振りかぶる竹刀をいなし交し切り払う。まるで赤子があしらわれるような姿、錬司は疲れて肩で息をする鉄心の竹刀を叩き落としそのままその場を後にする。
勝負にすらならないとはこの事だろうか己の自信、矜持を捻り潰されたのだろう
肩を震わせて泣きながらその場を後にする鉄心。そんな姿を一通りみて沖田は言葉を落とす。
「負けて泣くくらいなら刀を握らなければ良いと思うんですけど…そう思いませんか?」
そんな沖田に人鉄はその通りだと頷きを返す。一人は剣の神に愛された才溢れる新選組最強、もう1人は金350両という莫大な賞金がついた稀代の人切り。真に剣で敗北を味わった事のなさそうな者達は何故か意気投合していた。
ナチュラルボーン屑である。この言葉を彼等の対戦相手が聞いていたら発狂するか逆上するかの二択しかないだろう。
「…何故でしょう?貴方は私と同じ匂いがするんですよね」
『…アッシは全く感じませんがね。気の所為では?』
「沖田さんの勘が囁いているんです!間違いありません!貴方と私は同族です!」
『(…駄目だコイツ。間違いなく自分で決めたら梃子でも人の話を聞かないタイプ。つまり人鉄と同じタイプだ)』
顔をヌッと人鉄の方に近付け宣言する沖田。普通の者なら沖田の持つ天性の愛らしさに屈服するだろうが。人鉄と鋼丸には通用しない、人鉄は沖田の言葉に頷くと前を向き鋼丸は確かに人鉄と沖田は同じタイプの人間だと納得する。
「しかし、良かったです」
『…何が良かったので?』
「このまま沖田さん大勝利で御前試合が終わるのは少し退屈でしたので。貴方との試合楽しみにしていますよ」
そう言い残すとその場を後にする沖田。そして入れ替わるように人鉄の隣にあの渡世人が姿を表した。
「やっぱりお前か仁。えらい変な面してるがそれは変装のつもりか?」
『…アッシの名前は人鉄。人違いじゃあねぇのかい?』
「ククッ…ならそういう事にしといてやるよ。なぁ人鉄?」
錬司を見るや否や周りの選手達が人鉄の時と同じように聞こえるように罵声を浴びせ始める。
「おいおいまた渡世人かよ。社会のはぐれ者の流浪人同士、仲が良さそうだな」
「あの新陰流の奴。可哀想に流浪人に負けるとか腹を切って詫びを入れるしかないだろうな」
周りから聞こえてくる言葉に人鉄も錬司も笑う。渡世人とは社会のはぐれ者であり渡世を流れ歩く流浪人。こういう扱いにはお互いなれているのだ。
『…お互い、難儀なもので』
「ちげぇねえや」
互いに笑い合いながら話をする。やれ久しいだの、調子はどうのと取り留めのない話をする
「…以蔵一家のカチコミ以来か?あれからお互い良く生きてるもんだ。お前さんに至っては金350両の賞金首になったり幕府から追手を出されたりと聞いたが良くこの場に顔を出せたな。相変わらず肝がデカイこって」
その言葉に人鉄は思い出す。渡世人錬司。生前、自分が人切り仁と言われていた時一緒の仕事をした事のある流浪人であり様々な鉄火場を渡り歩きついた渾名が火渡りの錬司だと
『…そういうアンタもこんな場所に出るようなタマじゃあ無かったと思うがね』
「…俺もそう思うが本部の旦那にせっつかれてしまってな。何やら敵対する組の奴がこの御前試合に流浪人を送り込んだとか何とかで俺に出て欲しいんだとよ」
『そりぁ…ご愁傷さまで』
「…ほんっとーに嫌になるぜ。俺はそんなしがらみが嫌だから渡世人になったってのに。義理人情に流されすぎたらロクな事になりゃしねぇよ」
そう言いながら懐から煙管を出し煙を吹かす。二人して白煙が上空への霧散していくのを眺め溜息を付く。
「…煙みてぇな生き方が出来れば一番良いんだがなぁ」
『…それが出来ないのが渡世人の悲しい所だろうさ。何処にもしがらみがない分切り捨てたい筈の義理人情を大切にしちまう。それを捨てれば人じゃあなくなっちまう、義理人情を捨てた渡世人は唯の獣だ』
「…だなぁ」
何処にも縛られぬ代わりに己で己を縛り生きるのが渡世人。渡世人にも渡世人のルールがある。社会のはぐれ者は義理人情を大切にし、貰った恩義は必ず返す。借りなら返し仇なら殺す。それが渡世人の生き方。
「なぁ人鉄。結局俺達は互いにドスを向けあった事が無かったな」
『同じ所で雇われてたからな。それにお互いの腕は分かってんだ。無駄にタマ張る必要もないだろ』
「…この御前試合なら互いにタマ張らずに戦りあえる。オメエとの試合、楽しみにしてるぜ」
そう言い残しその場を後にする錬司。そうして残された人鉄は呆然と自分の番が再び来るまで行われている試合を眺める作業に移った。
───
「次はアンタが相手かい?まぁ気楽に行こうや、気楽に」
「気楽にしてもらって良いですよ。その代わり直ぐに終わらせますから」
「おぉ、怖い怖い…だが、これでも渡世人だ。舐めて掛かると怪我じゃあ済まないぜ」
時は流れ沖田総司と火渡りの錬司の試合となる。互いに軽口を叩き合うもその目は至って真剣。実力は前の戦いで確認済み。気を緩めば殺られる、互いに切り合いで身を立てている故に分かる直感。
竹刀を正面に構える沖田に対して腰に掛けた竹刀を構えず飄々としながらもいつでも抜ける体制を取る錬司。
互いに1歩動かず両者の間に凄まじい緊張感が漂う。どちらかが動けば試合は動く。だが、下手に動けば敗北は必死。故に動けない。
「先手は譲ってやるよ」
そう飄々としながらも錬司の手は木刀から決して離れない。食えない狸野郎と言った所か、お言葉に甘えて打ち込みに行けば逆に食べられるのは沖田の方だろう。だが、沖田はその言葉に敢えて乗る。どうせこのままでは試合は動かない、ならばこちらから動かしてやると
「1歩音超え…ッ!」
その瞬間錬司の視界から沖田の姿が消えた。沖田の常人ならば捉えられる事すら出来ない踏み込み。だが錬司も伊達に渡世人として渡り歩いている訳では無い。見えぬのならば感覚に頼る、勘に頼るだけの話だ。
「そこっ!」
「あめぇんだよ!」
狙われたのは背中。大振りではなく鋭い突きが錬司の背中に襲い掛かるも渡世人として渡り歩いた勘でその一撃を察知、そして後ろを向きながら竹刀を振りその一撃を弾き飛ばす。
それからも頭、腕、足、胴と狙われ続けるがそれら全てをいなし続ける。だが、感覚だけで戦うのには限界があるのか、それとも通常の戦いよりも厳しいのか大玉の汗をかき始める。
沖田と錬司の戦いは今までの中で最も激しく美しいと見ている皆が思った。姿が見えぬ程速い沖田の一撃を勘でいなし続ける錬司、その姿はまるで荒々しく神に祈りを捧げる舞踊の様にも見えそこに信仰心があるのならば神もその踊りを喜ぶであろうと。
「チッ…ッ!ったく、きりがねぇな!」
「やりますね。ですが…これはついて来られますか!?」
思わず悪態をつく錬司に沖田は更に速度をあげる。打ち合えば打ち合うほど速度は上がっていきあと何回か打ち合えば錬司では対処出来ない領域まで入るだろうと感じ取った錬司は攻めの姿勢に入る。
次に正面に出た瞬間、その時が唯一無二のチャンスである。
「二歩無か…っ!?」
「とった!」
錬司が竹刀を振りかぶったのは直感だった。先程からの打ち合い、そこから予測をつけ沖田が正面に来る瞬間を感じ取った今の速度ならばまだ間に合う。確信と共に竹刀を振り下ろした
「──惜しかったですがこれで終わりです」
「─── っ!?」
その一撃に手応えはなく竹刀は悲しく地面に叩きつけられる音を響かせるだけだった。そして彼の後ろから感じる感覚、首に竹刀を突きつけられている感触。
「…あの土壇場で速度をあげれたのかよ。完敗だ」
「…今までの中で一番楽しめた試合でした。それでは失礼します」
「…ハッハッハッハッハッ!ハーハッハッハッ!」
そう言い残し立ち去って行くのを感じながら錬司は笑う事しか出来なかった。自分は死力を尽くした、だが相手は己では太刀打ち出来ない実力を持っており自分ではお遊び程度にしか感じて貰えなかったのだと。
「おい!」
「…何でしょうか?」
立ち去る沖田を呼び止め言葉を掛ける。大人気ないと分かっていても言わずにはいられなかった。
「…次会うときは真剣でな」
「…望むところです」
どう考えても負け犬の遠吠え。だが渡世人として渡り歩いてきた錬司にとってこの敗北は耐え難きもの。もし次があるのならばその時は必ず
「次に会うまで負けるなよ嬢ちゃん」
「…なっ!?」
嬢ちゃんと呼ばれ狼狽する沖田を見て思わず拍子抜けしてしまう。身体と顔がどう見ても女子だというのにどうやら隠しているつもりだったらしい
「ちっ違います!沖田さんは美少女じゃなくて美少年です!」
「…まぁそれならそれで良いか」
「何ですかその目は!絶対に信じてませんね!?」
「あーハイハイ信じてる信じてる」
後ろからギャーギャーと喚く声が聞こえてくるが話すのも馬鹿らしくなり適当に話を切り上げその場を後にする。
「馬鹿と天才は紙一重と良く言ったもんだ。ありゃ剣の天才だが底なしの馬鹿だな」
「沖田さんは美少女じゃなくて美少年です!」←自分が可愛いという自覚はあるらしい