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とある街の路地裏に店を構えるライブラリーカフェ、ミルク・ディッパー。
隠れ家のようにひっそりとした佇まいをしているこの店の中は、星関連の書籍やアンティーク風の天体望遠鏡、室内プラネタリウムなど、天文学に関する物で埋め尽くされている。これは姉さん――
かつて――というほど昔ではないけれど、僕は時間改編を企てる侵略者イマジンとの戦いに身を投じた。不運で弱い僕は激しさが増す戦いの中で何度も挫けそうになったけど、一癖、二癖ありながらも頼りになる仲間達の支えもあって、最終的には僕達の時間を守ることに成功した。
僕達の守った時間……それだけ聞けば響きのいい言葉だ。けれども、その結果に至るまでの過程で失ったもののことを考えると、素直に嬉しいとは思えない。それでも今の姉さんがかつての嘘偽りのない笑顔を取り戻してくれたというのなら、これまで戦ってきた意味もあったかもしれない。なら、これから僕のすべきことは、ようやく取り戻した幸せを守ること、そして、姉さんにもう一度幸せを掴ませることだ。本当にそれが正しいことなのかわからないけれど。
そんなことを考えながら僕、
「愛理さん、見てください。これ、再来月から公開される映画『我が名は』の試写会チケットなんです。最近何かと注目を集めている映画監督の最新作ってことで、多くのメディアで話題に取り上げられている作品なんですよぅ。その試写会チケットがたまたま……本当にたまたま二枚当たっちゃったんです!! どうですか、愛理さん。できたらご一緒に……」
「おい、尾崎! 貴様ぁ……汚いぞ! どうせあれだろう。記者のコネを使ってどこからか横流ししてもらったんだろ!」
「人聞きの悪いこと言わないでくれよ、三浦君。これは僕がどうしても観たいと思って雑誌で応募したものがた・ま・た・ま当たったチケットなんだから」
「白々しい嘘を……」
ジリジリと顔を近づけながら、互いにガンを飛ばし合う常連客の尾崎さんと三浦さん。
そんな二人を余所に、姉さんは微笑を浮かべながら出来立てのコーヒーをカップに注いでいる。姉さんに対する想いが強い二人だけれど、こうなった時の結末はもう目に見えている。
「はーい、コーヒーが入りましたよ。尾崎さんも三浦さんもこれでも飲んで、一息ついてくださいね」
「「はーい、愛理さーん♪」」
一触即発しそうだったあの二人が、姉さんの一声で途端に表情を緩ませた。
コーヒーを受け取った尾崎さんは、カップの中から立ち昇るほろ苦い香りを嗅ぎながら幸せそうにしている。あの表情から察するに、映画のお誘いをしていたことなどもう忘れているのだろう。コーヒーの味を堪能している三浦さんは、元から喧嘩などしていなかったように穏やかな表情だ。ここ最近、慣例化しつつあるこのパターン。姉さんにアプローチし続ける二人だけれど、この調子では二人の想いが届くことはなさそうだ。或いはアプローチに気付いている上で、姉さんがうまくスルーしているのかもしれない。もし後者だとするならば、鈍感を装いつつ客を引き寄せるその手法は実にあくどい――おおっと、姉さんが僕を見て微笑んでいる。掃除に戻らないと。
そんな調子で日々、穏やかな時間が過ぎていく。かつてのように騒がしい仲間達と現代、過去を巡ることはほとんどなくなったけど、姉さんや店の常連客がいるこの小さな空間で、必要最低限の労働をしながら他愛のない会話を交わす今は僕にとってかけがえのない時間だ。決して大きくはないけれど、かけがえのない、とても幸せな時間。……でも、ふとした拍子に思い返してしまうこともある。あと一人、あの人がいないことを――本当ならば僕達の新しい家族になるはずだった桜井さんがいないことをどうしても思い返してしまう。頭の中ではきちんと理解しているはずなのに、その現実を未だなお受け入れられずにいる。姉はすでに割り切った様子だけれど、やっぱり僕は……。
「良太郎! 良太郎はいますか!」
そう思い耽っていた時だった。突如可愛らしい声が店内に響き渡る。
声のした方へ視線を向けると、店の扉付近に肩で息をする少女の姿があった。綿生地の白いジャケットに黒のワンピース、そして黒いショートカットヘアをした少女。それは可憐な容姿とは裏腹に気が強く、仲間達のまとめ役として時の列車の秩序を守っているコハナちゃん――もとい、ハナさんだった。
「あらぁ、コハナちゃん。お久しぶりね」
「あっ、こんにちは。愛理さん」
「お久しぶりぃ、コハナちゃん。……あれぇ、コハナちゃん、もしかして背伸びた? 伸びたよね! 前に会った時よりも大人びてたから、一瞬君のお姉さんと見間違えそうになっちゃったよ。アハハ」
「あ、ありがとうございます……」
尾崎さんの食い気味な挨拶に若干押されているハナさん。
一緒にいた三浦さんも遅れを取るまいと前に出ようとしているが、尾崎さんに口ごと抑えられ、言葉を発することもできない。やがて解放された三浦さんは尾崎さんに因縁をつけ、喧嘩にまで発展してしまう始末。そんな光景を姉さんは「あらあら」と割と楽しそうに眺めている中、ようやく僕はハナさんの下に辿りつけた。
「えぇと、ハナ……コハナさん。今日はどうしたの? そんなに慌てて」
「あっ、良太郎! ちょっと緊急事態なの! それでえっと、その……あああ! ここじゃあれだし、実際に来てもらった方が早いわよね! だから愛理さん、これから良太郎借りていきますね!」
「え、えぇ!! あひゃあ!?」
突然僕の持ち出し許可を取ったかと思えば、ハナさんは僕の腕をギュッと握りしめ、店の外へ飛び出した。幼い容姿になってもハナさんは強いハナさんのままなので、僕は抵抗できずに身体ごと引っ張られてしまう。そんな僕に対して姉さんは「晩御飯までには帰ってくるのよ」と暢気に見送りをしている。何か言い返したくなったが、今日の晩御飯がひじきサラダだったことを思い出し、でかかっていた言葉を即座に呑み込んだ。膨大な量の
そんなドタバタ劇を繰り広げながら、僕はミルク・ディッパーを後にした。
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「侑斗達が襲われた!?」
「うん、それでゼロライナーも奪われちゃって……」
ミルク・ディッパーから少し離れた街の歩道。
ここはよく僕が怪我(或いは入院)する時に通っている市立病院への近道だ。今でこそ少なくなったけど、仲間と出会うまでは頻繁に大怪我をしていたので、この道にはよくお世話になっていた。最近、またお世話になったけれど……。
「それで侑斗達の容態は?」
「デネブは片腕骨折、侑斗は……直接見てもらった方が早いかも」
「そんなに酷いの?」
「ええ。でも、命に別状はないから安心して。今はデネブが看病していると思うわ」
「そうなんだ。なら、よかった」
ハナさんの言葉を聞き、僕は胸を撫で下ろした。
時間を守るために一緒に戦ってきた仲間であり、過去の桜井さんでもある青年、桜井侑斗。『直接見てもらった方が早いかも』なんて言われた時は、彼の消滅する姿が頭に過ってしまい、心中穏やかでいられなくなった。でも、そういった事態にはなっていない様子だ。
「けれど、デネブが看病しているってことは……」
「……まあ、いつもみたいに変装はしているでしょうね」
顔を引き攣らせながら苦笑を漏らすハナさん。
侑斗の相棒であり、僕達を何度も助けてくれたイマジン、デネブ。彼が頼もしい存在なのは確かだけれど、少し天然の気があるので、彼の行為が裏目に出てしまわないか心配なってしまう(強面な容姿を隠すために変装を試みた結果、余計怪しくなったとか)。
「それでゼロライナーが奪われた話だけれど……その、結構マズい事態だよね? 牙王にデンライナーを盗まれた時は好き勝手に過去に干渉された挙句、時間を消されそうになったし……」
「うん、それはオーナーも危惧してた。だから今、侑斗が入院している病院に向かってるの。侑斗は無理かもしれないけど、デネブからなら何か話を聞けるかもしれないし」
なるほど。道理でハナさんは慌てていたわけだ。
ゼロライナーはデンライナーと同じ“時の列車”。手段さえ選ばなれければ、過去や未来とあらゆる時間に飛ぶことができる。もしゼロライナーを奪った犯人が下手に過去へ干渉すれば、その影響は今、未来にまで反映され、歴史が改編してしまう危険がある。大規模な破壊活動なんて行われれば、歴史改編どころの騒ぎではない。今も未来も消滅してしまう。僕達が守った時間が存在しなかったことになるのだ。そんなこと、絶対にさせない。
「というわけだから、早く病院に行こう、良太郎」
「うん、わかった」
事情を把握した僕は今よりも足早になって病院に向かうことにした。
「あれは俺達が夕飯の買い出しに行った帰りのことだった」
事件当時の出来事を語り始める武蔵坊弁慶のような容姿のイマジン、デネブ。
僕とハナさんは今、侑斗が搬送された市立病院の一室にいる。白く殺風景な空間には入院患者用のベッドが四つ配置されているが、現在この病室で入院しているのは侑斗一人だけなので、僕達は周りを気にせずデネブの話を聞くことができる。
「今日の夕食は鮭のホイル焼きの予定だったんだけど、侑斗がその中に椎茸を入れるなって……。でも、椎茸を入れれば風味もでて、ホイル焼きがもっとおいしくなるからこっそり買ったんだけど、帰り道でそのことがバレちゃって……」
「それ、デネブ達が襲われたのと何か関係あるの?」
冷静にツッコみを入れるハナさん。
どうやらデネブは買い物のくだりから順に説明するつもりらしい。情報としてはありがたいけど、事態が事態なだけに悠長に話を聞いていられない。できれば話の要点をまとめて説明してほしいが、デネブにはこちらの意図が全く伝わっていないのか(或いは性格的なせいか)、その後も買い物のくだりは長々と続いた。結果的にいえば、買い物のくだりは事件と関係なかった。
「――それでこのまま椎茸が投げ捨てられるか、或いは店に返してくるかって侑斗に問い詰められながらゼロライナーに戻ろうとした時、俺達の前にあの男が現れたんだ」
「あの男?」
「ああ。フード付きの緑色のマントを着た男だった。フードを被っていて顔はよく確認できなかったが、声質からして男で間違いない」
ようやく話の本筋に入ってきた。
緑色のマントを着た男――略して、緑マントの男。今の流れから考えて、侑斗とデネブを襲った犯人とみて間違いないだろう。緑色のマントとはまた特徴的な格好をしているけど、それは目の前にいるデネブにも言えることなので黙っておくことにする。
「デネブ達を襲ったのはその男だけだったの? それとも他にもいた?」
「襲ってきたのはその男だけだ。けど、相手が単独犯かどうかまでは断言できない。あの男が俺達の相手をしている間、他の仲間が別行動を取っていたっていうケースも考えられるからな」
ハナさんの質問にそう答えるデネブ。
今の話が本当だとすれば、緑マントの男は侑斗とデネブ、この二人を相手取って勝利を収めたことになる。尋常でない強さを誇るイマジンのデネブに、僕なんかよりずっと運が強く、身体能力も高い侑斗。どれほど劣勢に陥っても、最終的には敵を打ち倒してしまうこの二人が敗れてしまったのだ。嫌でも相手の実力がわかってしまう。それも侑斗をこうなるまで追い詰めたというなら、なおさら――。
「あの男は俺達の前に現れるなり、こう言ってきたんだ。『電車とパスをこちらに渡してください。素直に渡してくれれば何もしませんから』って。勿論、そんなの無理に決まっている。見ず知らずの人間に時の列車を渡せるはずがない。侑斗も俺と考えは同じで、怒鳴って要求を突っ撥ねた。そしたらあの男、躊躇なく俺達に襲い掛かってきたんだ」
「それで侑斗はこんなことに……」
僕はベッドにいる侑斗へ視線を移す。
病室に訪れた当初、僕達はデネブから侑斗の容態について詳しく聞いていた。
腕、足、胸合わせて四ヵ所の骨折に腹部打撲による内臓損傷、さらに脳震盪と重傷ですまされないような怪我を負っている。顔の至るところに処置の跡が見られ、命に別状がないなど奇跡という他ない。
「侑斗は相手が人間だからと変身せずに戦った。でも、あの男は恐ろしく強くて、俺達二人じゃ手も足も出なかった。それでも抵抗し続けたんだけれど、結局あの男の一撃を受けて、俺も侑斗も倒れた。俺は動けない中で、侑斗が持つパスとゼロライナーが奪われる光景をただ見ていることしかできなかった……」
ガクっと項垂れるデネブ。
彼のことだ。ゼロライナーとパスが奪われたこと、それに侑斗を守れなかったことに責任を感じているのだろう。
デネブは自分のしでかしたことを重く受け止めてしまう傾向がある。その度、彼は突飛な行動をして空回りし、ちょっとした騒動に発展した。ある時は侑斗のことを思って家出し、僕達と共闘した結果、優勢だった戦闘が劣勢になった。またある時は、侑斗の身体を無断で借りて行動を起こしたため、デネブ憑きの侑斗に一目惚れする少女が現れてしまった。今回もそういった展開になる恐れがある。
「俺が不甲斐ないばかりに侑斗は……本当に情けない……」
「デネブのせいじゃないよ。デネブは侑斗を守ろうとしたじゃない」
「でも、結果だけみれば、俺は何も守れなかった。パスも、ゼロライナーも、侑斗も全て……。こんな俺が侑斗と一緒にいたってきっと……」
「もうっ! そんなメソメソしてたら、あとで侑斗に怒られるわよ!」
案の定の展開になりかけたところで、ハナさんがデネブを一喝した。
僕じゃできない芸当をやってのけるハナさん。いくら容姿が幼くなっても、気の強い部分は一切変わらない。そんなハナさんに一喝されたデネブはハッと正気に戻ると、ゴシゴシと目元を擦って顔を上げた。どうやら元のデネブに戻ったようだ。
「それでデネブ、その緑マントの男について、他に何か特徴的なところとかないかな? どんな些細なことでもいいんだけれど」
「緑マントの男? ……野上、確かに相手は緑色のマントを着た男だったが、その略称はちょっとどうかと思うぞ」
僕のネーミングセンスを冷静にツッコむデネブ。
……いつもそうだけど、僕のネーミングセンスってそんなに悪いのかな? 相手の特徴をしっかり捉えているし、わかりやすくてしっくりくる略称だと思うんだけれど。
「……略称のことなんて今はいいじゃない。それで他に何か特徴なかった?」
「そう言われても、緑色のマント以外で特徴的だったといえば、服がボロボロなことくらいで……あっ! あと、腰に小刀を差していた。俺達に襲い掛かってきた時は抜刀してこなかったけど」
緑マントに小刀?
デネブから情報を聞き出せば聞き出すほど、犯人像がどんどんおかしな方向にいってしまう。今の話だけで想像するに、緑マントの男は布切れ同然の初期装備を身に纏ったRPGの冒険者みたいな姿をしていることになる。そんな人物が果たしてこんな現代に存在するのだろうか。そもそもそんな装備の男が武器なしで侑斗、デネブと渡り合えることができるのだろうか。謎は深まる一方だ。
「聞いている限りだいぶ奇妙な格好をしているわね、そのみ、み……緑マントの男?」
「ハナさん、そんなに僕がつけた犯人の略称はおかしかったかな?」
「お、おかしくはないと思うわよ、良太郎。『モモタロス』や『ウラタロス』、『電車斬り』に比べればずっとね。それに聞き慣れちゃえばなんともないわ」
「僕はすごく気に入っているのに……」
ハナさんのさりげない気遣いに傷つく僕。
すると突然、デネブは何かを思い出したかのように「ああー!!」と大声を上げた。
「思い出した! 思い出した!」
「ちょっとデネブ、ここは病院なんだから静かにしなさいよ。他の病室の人に迷惑かけちゃうでしょ!」
「うぅ、すまない……って、そうじゃない! 大変なんだ! あの男、足許から砂が零れ落ちていたんだ!」
「す、砂が! それってつまり……」
「十中八九、イマジンが取り憑いていたってことになるな」
「「「!?」」」
ハナさんでもデネブでも、ましてや僕のものでもない声が隣から聞こえてきた。
僕達は声のした方向――つまり、重傷患者が眠るベッドの方へ視線を向ける。そこにはいつもの勝気な表情を浮かべながら身体を起こす侑斗の姿があった。
「ああ、侑斗!! 怪我は大丈夫なのか! 熱は?」
「うるさいぞ、デネブ! お前の大声で目覚ましちまったじゃねぇか! それにこんな怪我、一晩寝ればすぐに……いたたたた」
腕に引っついたデネブを引き剥がそうとする侑斗だが、襲われた時の怪我のせいか、その場で蹲ってしまう。わかっていることだが、彼の怪我は全く良くなっていない。
「ああもう……デネブ! そこに俺のジーパンが置いてあるだろ。そのジーパンのポケットにチケットが入ってるから取ってくれ」
そう侑斗に頼まれたデネブは素直に頷くと、近くに置いてあった彼のズボンを手に取り、ポケットの中身を一つ一つまさぐり始めた。今の侑斗は無地の病衣を着ているため、それまで身につけていた普段着等は隣の小さなテーブルに畳まれて置かれている。いつもの彼ならば物を取り出すなど自分でするところだが、両腕が骨折している以上、デネブの手を借りる他ない。それにしてもイマジンか……そこは盲点だったかもしれない。緑マントの男が二人を相手取って勝利したと聞いた時は耳を疑ったが、そこにイマジンが関わっているとすれば納得もいく。過去に渡り合った相手の中にも、電王とゼロノスだけでは倒しきれない強敵も存在した。そんな相手をたった二人で、しかもゼロノスに変身せずに戦うのはあまりにも無理がある。
と、そんなことを考えている間に、デネブは例のチケットを発見したらしく、すぐに侑斗に渡していた。侑斗はそのチケット受け取ろうとせず、フイっと僕達の方を一瞥する。どうやら僕達にそのチケットを渡せということらしい。
「野上、最初に言っておく。今回俺達を襲撃した奴は相当ヤバい。そのチケットが何よりの証拠だ」
「えっ、それってどういう……」
「とりあえず見てみろ。すぐにわかる」
僕は侑斗に言われるがまま、デネブから手渡されたチケットを目にした。
隣に座っていたハナさんも顔を覗かせている。そして、驚愕した。
「年月日が全て黒く塗り潰されているじゃない! 何よ、このチケット!」
「さあな。俺にもさっぱりだ。しかも、それがイマジンと契約中の人間から浮かび上がってきた」
「イマジンと契約中の人間から? それっておかしいわよ。だって、チケットは契約完了して過去へと飛んだイマジンの場所を示しているのよ。なのに、イマジンが取り憑きっぱなしって……」
たじろいだ様子を見せるハナさん。
通常、チケットは契約完了済みのイマジンの居場所を示す道標みたいなものだ。たとえ江戸時代に飛んでしまっても、チケットを使えばイマジンの後を追うことができる。でも、侑斗の話が本当ならば、イマジンは過去へ飛びながらも、現代に存在しているのだ。契約者一人から複数のイマジンが生まれるケースもあるので、決して不可能な行為ではないのだが、時間改変や契約者に成り代わることを目的とするイマジンにとって、その行為は効率的だと思わない。なぜ、そんなことを……。
「イマジンに何らかの目的があったのかもしれないな。或いは……いや、なんでもない。とにかく気を付けろ。奴の実力は牙王に匹敵――いや、超えていると見て間違いない。それにおかしな技まで使ってくるからな」
「おかしな技?」
「ああ。拾った鉄パイプで奴に殴りかかろうとした時、奴の手が光り出したかと思えば、俺の手許から鉄パイプが消えていた。代わりに奴の手には鉄パイプが握られていた」
「何それ……」
思わず絶句してしまう僕。
緑マントは不可解な行動を取るだけでなく、奇怪な攻撃手段まで持っているようだ。その上、実力が牙王以上と言われてしまうと、肝を冷やす他ない。
「だから、言ってるだろ。おかしな技だって。どんなトリックか知らないが、自分の得物が奪われるのはマズい。奴の手の内がわかるまでは下手に攻撃しない方がいいかもな」
「うん、わかった。気を付けるよ」
「悪いが頼んだぞ。俺はこの通り、戦うどころか動くことも叶わないからな。幽霊列車の時みたいにデネブだけでも貸してやりたいが、今回はそれもできない……」
侑斗は険しい表情を浮かべながら、下唇を噛む。
彼も本当ならば、自らの手でこの問題を解決したいのだろう。
「うん、大丈夫。だから、侑斗は怪我の治療に専念して。その間に僕達がなんとかするから」
「……頼んだぞ、野上」
そう言って、侑斗は頭を垂れた。
……ポケットから軽快な音楽が流れたのは、丁度その時だった。
「……もう、病院での通話はマナー違反なんだよ」
『ああ、わりぃな、良太郎。やっと話が終わったみたいだったから、思わず電話しちまったぜ』
ポケットに仕舞っていた携帯電話――もとい、ケータロスの通話ボタンを押し、耳許に当てる僕。ケータロスのスピーカーからは、懐かしい声が聞こえてきた。
「そんなことしなくても、いつもみたいに直接語りかけてくれたらよかったのに」
『それすると、ハナクソ女が殴ってくるんだよ。俺達はサンドバックじゃねぇっていうのに、全く……と、そんなことより、早くその緑マントって奴を追いかけようぜ! 最近、ずっとデンライナーの中にいるから、暴れられなくて退屈してたんだよ。ナオミのプリンが食えるのはいいんだけどさ』
好戦的でキツイ口調をした赤いイマジンのモモタロス。
最近は顔を合わせる機会が少ないが、電話越しで話をする限り、昔となんら変わりない様子だ。本来なら電話越しでなくとも繋がることができるのだが、勝手に繋がるとモモタロス達が碌でもないことをしでかすからとハナさんが禁じたらしい。ハナさんはやはりイマジン達の抑止力的存在だ。
『案外、その生活の方がお似合いだと思うよ、先輩。プリンを食べている時の先輩って、桃太郎や鬼ヶ島の鬼というより、山へ柴刈りに行くおじいさんみたいだったし。……いや、それじゃあ、働いているおじいさんに失礼か』
そう言ってモモタロスをからかう青いイマジン、ウラタロス。
冷静沈着で頭の回転も早く、よく嘘をついては僕の身体に取り憑き、女遊びをする曲者だ。でも、実は面倒見がよくて、色々と助けてもらっている。今のやりとりからそういった一面は見られないけれど。
『カメの字の言う通りや。それに今のお前じゃ牙王並みの相手は荷が重いやろ? なら、ここは俺が出て、おデブ達の仇を取ったる。俺の強さをその緑マントっちゅう奴に見せたるんや。ということで良太郎、奴を見つけたら、まずは俺から出してくれい』
からかうどころか思いっきり喧嘩を吹っ掛ける金のイマジン、キンタロス。
関西弁で話す彼は基本マイペースで、どんな場所でも熊のように眠ってしまう。でも、今回は珍しく起きていたようだ。モモタロス同様、デンライナーの中で退屈していたのかもしれない。
『ならなら、僕が先に出る! 今のモモタロスなんて身体がなまって弱くなっているし、前よりバカっぽくなっているから、僕の方がいいよ! あと、おデブちゃん達を倒した奴と戦ってみたい!』
モモタロスの導火線に火をつけた紫のイマジン、リュウタロス。
幼い口調の割によく毒を吐く彼は、こういった展開になると高確率で開戦の狼煙を上げてくる。こうなってしまえば、その場に抑止力がいない限り、戦いは避けられない。ちなみにその抑止力は今、僕の隣にいる。
『……ああ、そうかそうか。俺が腑抜けてるってか。なら、腑抜けてるかどうかお前らで試してやるよ!!』
『へぇ、ニート真っ盛りな先輩が僕に喧嘩を売るんだ。面白い冗談だねぇ』
『はん。桃だろうが、亀だろうが、俺の強さを前に泣くのがオチやで』
『どうでもいいけど、この中で強いのって勿論、僕だよね? 答えは聞かないけど』
…………。
『何言ってやがる! 俺が一番だ!』
『いいや、僕だね!』
『俺に決まってるやろ!』
『モモ、ウラ、キン、リュウ、みんな頑張れ!!』
モモタロス達の声が電話から遠のいていく。
ついに戦いは始まってしまった。なぜか乗務員であるナオミさんの声も聞こえてくる。元からこういったドタバタ系が好きな人なので、彼女が止めに入ることはないのだろう。僕の隣で電話のやり取りを一部始終耳にしていたハナさんは、呆れた様子で溜め息をついている。イマジン達の抑止力も大変そうだ。
「それじゃあ侑斗、行ってくる」
「ああ、頼んだぞ。……でも、今の調子で大丈夫か?」
「さあ、どうだろう……」
モモタロス達は僕にとって大切で頼りになる仲間だ。それは間違いない。
でも、こんな調子で大丈夫だろうか。相手は侑斗とデネブを一人で下した強敵だというのに、本当に問題ないのだろうか。まだ戦いもしていないのに、先行きがすごく不安になってしまう僕だった。