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俺の名は
かつては日本のネトゲランカーとして名を馳せたゲーマーだが、ふとしたキッカケでぽっくりと死んでしまい、水の駄女神に唆されてこの異世界に転生してしまった。そんな俺はこの駆け出しの街、アクセルの冒険者として順風満帆――とは言い難い生活を送っている。上級職揃いのパーティーなのに、メンバー全員がポンコツなせいで最弱職の俺がリーダーをしていたり、街を脅かす魔王軍幹部や機動要塞を討伐したにも関わらず、その度に多額の借金を背負わされたり、挙句の果てには国家転覆罪にかけられたりと散々だった。
最近になって抱えていた借金と国家転覆罪の嫌疑が綺麗さっぱりなくなり、街の悪徳領主が行方をくらましたことでようやく生活に余裕を持てるようになった。それだけではなく、これまで悪徳領主から不正に徴収されていた賠償金が還付され、俺の下には莫大な財産が舞い込んできた。こうして俺は富裕層の仲間入りを果たしたのだが、未だ俺のパーティーは問題児揃いなので、気を抜くことなく今日も今日とてひっそりと生きている。
「サトウカズマ! サトウカズマはいるか! いるなら、今から署まで同行しろ!」
そんなこんなで冒険者としての本分を忘れ、いつも通り屋敷でゴロゴロと過ごしていると、国家検察官であるセナが俺のところに押し掛けてきた。彼女とは例の国家転覆罪騒動の時に顔見知りとなり、嫌疑が晴れるまでの間、色々な意味でお世話になった。そんな彼女と会うのも久しぶりだ。魔王幹部バニルを討伐し、感謝状を貰った時以来か。
「おいおい、なんだよ。今や俺はちょっとした貴族だぜ? そんな俺に対して、国家転覆罪にかけられていた時みたいに怒鳴られても困るんだけど?」
「あっ、ええと……申し訳ございません。最近、職場が王都になった関係上、本編の出番がなかったものでつい……」
そんなメタ発言をぶっこんでくるセナ。
なんだよ、本編って。アニメじゃ二期の途中までちゃんと出番はあったしいいじゃないか。俺達のジャイアントトード討伐に同行した結果、酷い目に遭ってはいたけれど。
「ですがサトウさん。今、どうしてもあなたの力を借りないと対処しきれない者が署の取調室にいるんです。私も王都から派遣された身なのですが、全く手に負えなくて……」
「そっか。セナの手に負えないのなら、俺なんて全く相手にならないな。うん、力になれなさそうで残念だ。それじゃあ、他を当たって……」
「お願いです、サトウさん! あなたしか頼れる人がいないのです! 無理は重々承知していますが、何卒……何卒、お力添えいただけませんか!」
「お、おい、頭上げろよ。……ったく、弱ったなぁ」
頭を下げるセナを見て、俺は後頭部を掻いてしまう。
正直、俺はセナが苦手だ。……いや、嫌いとかそういう類いの苦手ではないのだが、彼女は俺のことを正義の味方か何かと勘違いしている節があり、頼まれごとをされる度、非常に窮屈な思いをする。俺、そこまで出来た人間じゃないのにな。
「いいじゃないですか。最近のカズマは屋敷に籠りっぱなしで身体も弛んできた頃でしょうし、外に出るいい機会だと思いますよ」
「めぐみんの言う通りだ。それに自分のことを貴族というのなら、困っている市民の為に自らの力を惜しまず使い、世に貢献することも大事な務めだぞ」
そんなセナの援護射撃にまわるのは、ロリ属性持ちの中二病
「えぇ……。でもさ、俺達エルロードから帰ってきたばかりだぜ? もうちょっと旅の疲れを癒す必要が……」
「エルロードから帰ったのは一ヵ月も前の話だろ! お前はそれを理由に何度もクエストの誘いを断ってきたんじゃないか! 今日という今日は許さんぞ! これから私達に無理矢理クエストに連れて行かされるか、彼女に手を貸すかどちらかにしろ!」
カッカと怒鳴ってくるダクネス。
最近まで俺達はカジノ大国エルロードという隣国に滞在していた。その国はかつてより俺達が住むベルゼルグ王国と協力関係にあったのだが、突如その関係が悪化し、それまで行われていた資金援助が打ち切られそうになった。そこで俺達はベルゼルグ王国の王女、アイリスと共に資金援助打ち切りを阻止すべくエルロードに赴いたわけだ。……というのは単なる建前で、真の目的は王女で俺の
「ったく、しょうがねぇーな。行くよ、行きますよ。警察署に」
「ありがとうございます、サトウさん! 本当にありがとうございます!」
「流石は私のカズマ。なんだかんだ文句を言いながらも、困っている人を助けてしまう典型的なツンデレですね」
さりげなくこっ恥ずかしいことを口走るめぐみん。
なんだよ、『私のカズマ』って。いつ俺がお前の物になったよ。まあ、あんなことがあった手前、否定できないのも確かだけど、時と場所を考えなきゃ面倒事になるだろ。ほら、ダクネスがお前に何か訴えかけているし。……面白そうだからスルーするけど。
「というわけだ。外に出る支度をして、とっとと行くぞ、アクア」
「えぇ、いやよ。今日はゼル帝と一緒に屋敷から出ないって決めてるんだから」
そう愚痴を溢しながらキングスフォード・ゼルトマン――略してゼル帝(ただのひよこ)を抱きかかえているのは、俺のパーティー随一の問題児である青髪のポンコツ
「ゼル帝はお前がいなくても大丈夫だってよ。むしろバニルの方がいいってさ。わかったらとっとと出る支度をしろ、駄女神」
「ねぇ、今とんでもないことを口走ったわね? 私よりあの悪魔の方がいい? ……麗しいこの私よりも寄生虫みたいに人間の悪感情を好むあの悪魔の方がいいですって! なんでゼル帝が私よりもあの悪魔を選ぶのよ! あいつはゼル帝生誕の時にたまたま立ち合っただけでしょうが! それにね、ゼル帝はまだ子供なの。子供の面倒は親がちゃんと見ないといけないものなの。だから、私はいかない! カズマが駄女神なんていうから絶対にいかない!!」
「ギャーギャー、ギャーギャーうるせぇぞ、クソ駄女神!! お前のどこに親要素なんてあるんだ! 生まれたての赤ん坊よりも知力が低い親なんて聞いたことないぞ!」
「ああっ、また駄女神って言った! それだけじゃ飽き足らず『クソ』までつけてきた! もう怒ったわ! ここまで女神を侮辱してくるなんて! そこになおりなさい、ヒキニート! あんたの腐った性根を叩き直してやるわ!」
そんなアクアからゼル帝をひったくり、今日の晩御飯にでもしようと脅して彼女を泣かせた俺は、冒険者として相応しい装備に着替えてから屋敷を出た。アクアは外に出ることを頑なに拒否していたが、そんなに嫌ならバニルの技をゼル帝に覚えさせるぞと脅すと、渋々ついてきた。ちなみにゼル帝は屋敷でお留守番になった。
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「ごがぁーーーーーー」
屋敷を出て数十分、警察署の取調室まで通された俺達は、部屋に入ってすぐセナが置かれている状況を理解した。取調室の中央、俺から見て正面にある椅子に金色のメッシュが入った長い髪の青年が座っていた。それもただ座るのではなく、腕を組みながら椅子の背にかけ、人目を気にせず大きくいびきを掻いている。これってどう見ても……
「眠ってるな」
「眠ってるわね」
「眠っていますね」
「完全に眠っているな」
全員が声を揃えてしまうくらい、青年は気持ちよさそうに眠っていた。
こいつが今回、俺が対処しなければいけない相手のようである。……いや、ここまで来て言うのもなんだけど、一体どうしろというんだ、取調室で堂々と眠っている面倒そうな奴相手に。
そんな愚痴がポロリと出そうになる中、後から取調室に入ってきたセナは青年を見るなり、心底疲れた様子で溜め息をついた。
「また眠ってしまいましたか。これで三度目です。最初はオドオドしているだけのひ弱そうな青年だったのですが、突然チンピラのように人が変わったかと思えば、逆上して暴れ始めたんです。他から職員を呼んでなんとか落ち着かせたんですが、しばらくすると、今度は二枚目を気取りだしまして、一緒にいた女性職員が口説き落とされました。まともな証言もしようとせず、私が怒鳴ろうとすると、必ずこんな風に眠ってしまうんです……。こうなってしまうと、起こす方法は一つしかありません。サトウさん、申し訳ないのですが、少し机から離れていただけますか?」
理解できそうで理解できない説明を終えたセナは、俺達を部屋の隅まで誘導すると、なぜか手にしていた数十枚の白紙を取調室の机に置いた。そして……
「本当にもう……泣けてきます」
演技と本心が入り交じった言葉を漏らした。
「……泣ける? 泣けるで!!」
セナの言葉に反応し、パチリと目を見開く青年。
彼は勢いよく飛び起きると、机に置かれていた白紙を豪快に掴み取って頭上に放り投げた。白紙は紙吹雪のように宙を舞い、散り散りになって床に落ちる。あまりの光景に俺達は呆然とする中、セナは一人、頭を抱えていた。
「……野上良太郎です」
辺り一面に散らばった白紙を拾い集めて数分、ようやく片付けが終わり、取調室の椅子に腰をかけた頃、目の前にいる青年――野上良太郎はそう名前を名乗った。オドオドとした様子の彼だが、先程まで豪快に爆睡し、取調室を滅茶苦茶にしたのも彼である。とても同一人物には見えない。
それにしても野上良太郎か……俺に近しい形式の名前であることから考えるに、彼も俺と同じく日本からの転生者なのだろう。奇怪な言動を取る転生者とは、また厄介そうなのを異世界に送り込んでいたものだ、後ろの駄女神は。
「あの……す、すみません。また居眠りしてしまって……」
「本当ですよ、もう。私達の苦労のことも考えてください」
そう文句を垂らしながら深い溜息を漏らすセナ。彼――野上良太郎の取調べだけでだいぶストレスを溜め込んでしまったようだ。可哀想に……。
あれっ? ということは俺もこれからセナと同じようにストレスを溜め込むことになるわけか。いや、俺のことだ。幸運(笑)が幸いして、さらに酷い状況になるに決まっている。それは背後にいる三人を相手して得た教訓だ。よし……。
「まあ、それくらいにしてやろうぜ、セナ。あんたが苦労しているのはわかるけど、そんなにガミガミと文句言われ続けたら、流石の彼も参っちゃうだろ。確かに俺も彼のおかしな言動に関しては驚かざるを得なかった。けど、そういった言動が事情聴取のせいだとすれば納得はいくさ。こんな密室空間の中、犯人であること前提に話が進んでいたら、どんなに神経が図太い奴でも取り乱しちゃうって。容疑者経験のある俺が言うんだ。間違いない」
「ううっ、それはあるかもしれません。最近、職場の同僚に『セナは容疑者への当たりがキツすぎる。だから、婚期が遅れるんだ』と注意されたばかりですし、今回も無意識にキツくなってしまったのかも……」
そんなこと言われているのか、セナ。
日本だったらセクハラで訴えられそうな案件だな。
「ならいっそのこと、ここらで一旦休憩を入れて、気分をリフレッシュさせた方がいいんじゃないか。その方が今よりも落ち着いて話ができると思うぜ」
「なるほど。それは悪くないかもしれませんね。長時間もあんな取調べを続けていたら、身体に毒ですし……」
「だろ? リフレッシュすればお互いに気分が一新できて、ちゃんとした取調べを行えるようになる。まさにウィンウィンじゃないか。俺は凄くいいと思うぞ、うんうん」
俺は何度も頷きながら、ゆっくりと席を立つ。
「というわけだから、俺もこれから屋敷に戻ってリフレッシュを――」
そう言って、俺は後ろに振り返り……
「させると思ったか?」
ダクネスに両肩を掴まれた。
「「…………」」
突如、取調室内に静寂が訪れる。
そうした静寂の中、ダクネスが向けてくる屈託のない笑顔がとても痛い。
なるほど、俺の目論見はすでにバレていたというわけか……。
「だあ、放せ!! 俺はこんな面倒な奴の相手なんかしねぇ! てか、したくない!」
「おいぃぃぃ! 本人がいる前で本音ダダ漏れだぞ! こういう場でくらい、少しは自重できないのか、お前は!」
「自重ぅ? はっ! 俺の辞書に『自重』なんて文字はありませぇん! それに俺だって何もしなかったわけじゃねぇからな。精神的に疲弊していたこいつやセナのために、リフレッシュ休憩することを提案したからな。セナだって検討していたし、それでいいじゃないか!」
「その提案で一番得するのはお前だろ! 残りの仕事を彼女や警察に全部押し付けて、自分は屋敷でだらけようとする魂胆が見え見えなんだ! 仕事を引き受けたからには、最後までやり通せ!」
気付かぬうちに俺とダクネスの口論が白熱していく。
そんな俺達をセナは止めようと試みているが、俺の言い分も理解しているためか、口を挟めずにいる。確かに俺の提案はこれ以上面倒事に関わりたくないという気持ちが少なからず――いや、だいぶあるのだが、それでもセナやこいつ――野上良太郎にかかる精神的負担を極力少なくし、ちゃんと話し合える状態にまで持ち込めるので、割と悪くないものだと言える。……まあ、ダクネスの言うように、これで一番得するのは俺なんだけれど。
そんなわけで、俺は目論見がバレても諦めず、持論を展開して抵抗し続けていると……。
「なら、こうしましょう。彼がまた眠ってしまうまでの間はカズマが聴取を続ける。そして、眠ってしまったらカズマの提案通り休憩を入れるということで」
例によってめぐみんが俺とダクネスの中間案を出してきやがった。
このロリっ子、一度でもこいつと関われば面倒事になるのがわからないのか!
と大声で怒鳴りたくなったが、セナの前でこれ以上の暴言を吐く気にもなれず、ダクネスもそれならばと了承してくれたので、俺も渋々その妥協案を呑むことにした。
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「悪いな、見苦しいところみせちゃって。俺はサトウカズマ。この街に住んでいる一介の冒険者だ。事情はよく知らないけど、話し相手くらいにはなれると思うんでよろしく」
「よ、よろしく、サトウさん。でも、あんな目の前で『面倒な奴』呼ばわりは流石に傷つくよ……」
「ああ、確かにあれは言い過ぎたな。でもさ、それだけインパクトに残ることを初対面でされたんだぜ。面倒だなぁ……って思われても仕方ないだろ。えっと、良太郎でいいか?」
「あっ、うん。インパクトに残るってことに関しては僕も否定しないよ。僕自身、あんな自分を初めて見た時、思わず卒倒しかけちゃったし。でも、初対面の相手に『面倒な奴』ってはっきりと言い切っちゃうのはなんていうか……。ここの人達が君を連れてきた理由がなんとなくわかった気がする」
落ち着いた雰囲気で聴取は進んでいく。
どれくらい落ち着いているかといえば、普段ならば隙をみて人の揚げ足を取りにくるあのアクアが、取調室に入ってからずっと静かにしているくらいだ。こういう場では意外と冷静なめぐみんやダクネスはともかく、パーティー屈指のトラブルメーカーであるアクアが何も問題を起こさないのは珍しい。ダクネスとの口論の時だって、アクアだけは参加せずにまじまじと良太郎を観察していた。
「でも安心しろよ、良太郎。この街にはそんな面倒な奴がごまんといるからさ。俺の後ろにいる一度魔法を撃てば使い物にならなくなる爆裂狂や自らの欲望を満たすためだけにモンスターの群れにつっこんでいく変態クルセイダー、呼吸するようにロクでもないことをやらかす宴会の女神様とか……イテテテテ!? 何するんだ、アクア! 指折れるだろうがぁ!」
ただし、自分が貶されるとわかれば、容赦なく反撃してくるみたいだ。
良太郎にわかりやすいよう、一人ひとり指を差しながら紹介していたのが仇になった。無防備な人差し指の関節を極められたせいで、指が変な方向に曲がっている。てかこれ、折れてるんじゃね?
「だーれが宴会好きの面倒な女神よ、この変態ロリニート! あんたの方がずぅぅぅぅぅぅっと面倒なところあるじゃない! 特にロリが絡んできた時とか!」
「ああ!? 俺の方がお前より面倒だって! 何おかしなことほざいてやがるんだ、こらぁ!! 何事も差し引きゼロにしなきゃ気が済まないポンコツ女神と比べれば、俺はずっと優秀だよ!」
「はぁ? 優秀ぅ? あんたほど欲望に正直で、すぐその場をかき乱すめんどっくさい男はいないっての!!」
「なぁにぃ!? お前って奴は――」
「もう、二人共やめてください! ようやくまともな事情聴取が始まったっていうのに、なんでまた面倒事を起こすんですか! これじゃあ収拾がつきませんよ! あっ、言っておきますけど、私は全然面倒じゃありませんからね。常にパーティーメンバーのフォローに回っていますし、どんな相手でも爆裂魔法で仕留めてしまいますから。優秀なアークウィザードなんです、私」
…………。
「……『頭のおかしな爆裂娘』なんて不名誉な通り名まであるお前が何言ってるんだ?」
「私も戦闘時のめぐみんよりは面倒じゃない自信はあるの」
めぐみんの余計な一言で一気に冷静になる俺とアクア。
ただ、俺達も余計なことを口走ったためか、沸点の低いめぐみんの瞳が爛々と紅く輝き始める。
「ほう……それはつまり、私への宣戦布告と考えていいわけですね? よろしい、ならば戦争だ」
「おいぃぃぃ!? こんなところで魔法の詠唱を始めるな! 洒落にならねぇんだよ! くそっ、ダクネス! 早くめぐみんを止めて……」
「……私は自らの欲望に忠実で面倒な変態クルセイダー。ああ、流石はカズマだ。ただ人を罵るだけでなく、それぞれの特徴を的確に挙げた上で罵倒してくるとは。それもこんな公共の施設内で……ハアハア、たまらん!!」
「お前は相変わらず平常運転だな!!」
こういう時に限って、制止役のダクネスは暴走していた。
身から出た錆とはいえ、俺のパーティーは本当にロクでもない奴ばかりだ。
俺のパーティーをある程度理解しているセナや署の職員は「ああ、またいつものか」とすでに呆れているし、初対面である良太郎にも苦笑される始末。本当、人のことをどうこう言っていられないな。
……なぜだろう、どこか遠い場所で誰かに苦笑されている気がする。
「あれを見たら、僕の方はまだマシなんだなって気がするよ」
「確かに俺のパーティーと比べたらそう感じるかもしれないけど、良太郎もだいぶ面倒な部類に入るからな。そこはちゃんと理解しとけよ」
魔法を詠唱していた爆裂狂を
せっかくセナに頼られて事情聴取に協力しているというのに、今のところ何一つ良いところを見せられていない。見せられていないどころか、まだ何も始められていない状態だ。ああ、なんて情けない。頼まれた仕事をほっぽって、アクア達とドタバタ劇を繰り広げているだけとは……あれ? だったらいつも通りじゃん。
それにしても、良太郎はああいうやり取りに慣れている感がある。セナの話から推測するに、彼は解離性同一性障害――所謂、多重人格だと考えられるが、多重人格でも違う自分同士でコミュニケーションを取ることがあるのかもしれない。もしあるとすれば、非常に骨が折れそうな話だ。なんせ、良太郎は自分ではない自分をたった一人で相手しなければいけないのだ。しかも、その相手が所構わず喧嘩を吹っ掛けるチンピラや女性を口説き落とす二枚目、場所を弁えずに眠ってしまう冬眠熊だったとするならば面倒なことこの上ない。そんな自分を相手していれば、自然と耐性はついてくる。だから、良太郎は俺達のやり取りを見てもそこまで動じなかったのかもしれない。
まあ、医学的根拠のないただの推論だけれど。
「んじゃ本題に入るけど、まず何して捕まったんだ?」
「いきなりストレートな質問だね。うーん……何して捕まったって言われても、そもそも僕は何もしていないんだよね」
「はぁ? 何もしてない? おい、どういうことだよ?」
「それについては私から説明しましょう」
そう躍り出てきたのは、俺に良太郎の聴取を任せたセナだ。
彼女の出たがりスキルが発動したらしい。
「出たがりスキルなんて持っていません!! ……コホン、失礼。話を元に戻しますが、実は彼、最近アクセルの街で立て続けに起きている冒険者襲撃事件の容疑者として疑いがかかっているんです。サトウさんも事件についてはご存知ですよね?」
いや、存じていないけど。
ここまで来てなんだが、最近の俺はグータラ生活を極めつつあったので、外から情報を仕入れてくることすら怠っていた。一応、新聞のような紙媒体が毎日屋敷に届いていたけれど、それも掲載されている四コマ漫画を読むだけで終わっていたので、事件のことなど一切耳にしなかった。
「最近、この街でクエストを受けた冒険者が相次いで襲われる事件が発生していてな。発生件数自体はそれほど多くないんだが、被害者がかなり出ていて問題になっているんだ。被害を受けた冒険者はみな、大怪我を負って運び込まれてくると聞く。中には昏睡状態にまで陥っている者もいるようで、事態は思った以上に深刻だ」
「へぇ、そんな物騒な事件がこの辺鄙な街で起きていたのか。随分と事情通だな」
「お前が知らないだけだ……というのもあるが、ダスティネス家もこの件で警察に全面協力している。だから、それなりに情報が入ってくるんだ。まさかこの取調べがその事件に関するものとは思わなかったがな」
俺の事情を察して説明してくれたダクネスの眸が急に鋭くなる。
事件の捜査に関わっている都合上、この件の犯人と思われている良太郎を訝しんでしまうのは無理もないかもしれない。それにしてもこの街随一の貴族が事件の捜査に関わっているとは、ダクネスが言うように事態はだいぶ深刻なんだな。
一方、ダクネスに目をつけられた良太郎は蛇に睨まれた蛙のようにビクビクとしたまま動けずにいた。もう少しで泡を吹いて気絶しそうだ。疑われているとはいえ、これはなんだか可哀想である。
「ダスティネス卿のおっしゃる通りです。その後、捜査していく内に、話を聞くことができる被害者全員からこんな証言が取れました。……『巨大な緑の牛に乗った男に襲われた』と。犯人が使役していた牛型のモンスターについてはまだわからないことだらけですが、相手の容姿や性別、それに服装など犯人に繋がる有力な手掛かりは掴めました。事件の性質上、犯人はクエスト中――つまり、街の外で活動している時を狙っているようなので、私達署の職員も街の外に出て捜索を開始しました。そうしたら、彼を発見したのです」
「良太郎……お前がやったのか?」
「ちょっと待って! 最後まで話を聞いて!」
俺に疑いをかけられて狼狽しだす良太郎。
セナの話から察するに、犯人と良太郎の特徴が一致していたというのが結論だと思ったが、何か違うのだろうか。
「彼の言う通り話はまだ終わっていません。それに犯人の特徴だけで言うのならその……」
「どうしたんだ、セナ? いきなり言いにくそうにして。取調べ中なんだし、別に何を言ったって問題ないだろ」
「それはそうなんですが、その……犯人の特徴だけで言うならサトウさん、あなたと一致している点が多いんです」
「はあ!! 俺っ!?」
突然、容疑者の一人として挙げられた俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
ふざけるな! 紅魔族みたいに喧嘩を吹っ掛けられたとかならともかく、理由もなく街の冒険者を傷づける真似なんかしねぇ! てか、そんな度胸はねぇ!
……おいアクア、なんだよその疑いの目は! 本当に俺がそんなことすると思っているのか!
「あっ、誤解しないでください。いくら一致している点が多いとはいえ、サトウさんを疑っているわけじゃないんです。なんせ犯人は、対峙した冒険者を脅威の身体能力と卓越した剣捌きで圧倒したという話でしたから。パーティー内でも参謀ポジションにいるサトウさんにそんな芸当ができないことくらい、私達を含め街の人は全員知っていますから」
「なーんだ。だったらカズマじゃないわね。正々堂々戦わないことで有名な鬼畜のカズマさんにそんな真似、絶対できないことだし」
「おい。俺だってな、傷つくことはあるんだぞ」
疑いが晴れたというのに、なんだろう、この素直に喜べない気持ちは。
いや、間違ってはいないんだ。間違っていないからこそ否定できないんだが、もう少し表現を柔らかくできたんじゃないのかなと思う。
「んじゃあ、なんで良太郎はここに連れてこられたんだ? 今の話通りだとしたら、良太郎は事件と関係ないじゃないか」
「実はそうでもないんです。彼を発見した時、近くに長細い巨大な生物が佇んでいました。先程お話しした中で『巨大な緑の牛』という証言があったと思うんですが、その牛型のモンスターも外見は長細かったようです。生憎、彼の近くに佇んでいた長細い巨大な生物は赤く、牛とは言い難い外見でしたが、それでも共通点がある以上、無関係ではないと思います。何より……」
そう言ってセナは良太郎に視線を向ける。
良太郎はセナの意図を理解した様子で頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「実は僕もその『巨大な緑の牛』を探しているんだ」
なるほど。事情は大体把握した。
確かにそれならば良太郎を容疑者として疑う理由も理解できる。長細い巨大な生物が良太郎の近くにいたという話はただの偶然には思えないし、何より良太郎自身が例の『巨大な緑の牛』を探しているときた。仮に犯人でなかったとしても、何か裏があると睨んでもおかしくはない。
「セナが目撃したっていう長細い巨大な生物はその後、どうなったんだ?」
「私達が近づこうとした時、大きな音を立てながらどこかへ走り去ってしまいました。まるでリザードランナーに運ばれる竜車のように。その後、残された彼を署に連れていき、今に至るわけです」
ちなみにこれまでの証言に嘘はないらしい。
俺達が取調べする前に犠牲となった多くの嘘を見抜く魔道具がそれを証明してくれたようだ。というか、警察署の備品を破壊するというのは、それはそれで問題になりそうだが。
「現在のところ、彼は事件の容疑者か、容疑者ではないかの間を行き来している状態です。もし無実を証明したいのならば、私達が目撃した長細い巨大な生物のこと、それに『巨大な緑の牛』について話していただければいいのですが……」
そう言ってセナはまた良太郎に視線を送る。
だが、今度は先程と違って申し訳なさそうに首を横に振った。
「すみません。これ以上はちょっと……」
「こんな風に黙秘されてしまうのです」
「それで困っているわけか。ちょっと厄介だな」
厄介というか、頑固というか。
セナが相手をしていたというチンピラ良太郎や二枚目良太郎、それに俺達も目の当たりにした冬眠熊良太郎は、会話が成立しなさそうなタイプだなと聞いていて思った。その点、今の良太郎は何事も問題なくコミュニケーションが取れているので聴取自体はしやすいのだが、先程のように事件の根幹に関わる話を持ち出すと急に口を閉じてしまう。なんていうか、本当に頑固である。
まあ、人は他人に言えないことをいくつも抱えているので、こういった態度を取ること自体間違いではない。ただ、それでも隠し事に疚しさがないのならば、ここで吐いてしまった方が得策な気がする。良太郎自身、完全に容疑者と断定されているわけではないので、証言次第では釈放される可能性も残されているのだ。
しかし、良太郎はそれをしようとしない。ただ単に疚しいことを隠しているのならば、まあ――仕方ないのだが(本当は仕方なくないけれど)、良太郎を見ている限りそういうことでもない気がする。むしろ、規則やら秩序やらと世界規模の何かが絡んでいるような、そんな面倒さを感じられてしまうくらいだ。またまた俺の推測だけど。
そう良太郎からどう話を聞き出そうかと考えを巡らせていると、拘束状態のめぐみんが体全身を使って器用に立ち上がり、俺の隣に並んだ。
「そういえば彼の名前って、どことなくカズマに似ていますよね。紅魔族的になんかこうビビっとくるものがあります。私達と同類のような、でもちょっと違うような……」
「紅魔族のセンスと同類って言われることほど悲しいもんはないな。まあ、俺の元いた国の人は大体こんな名前だったけど――」
そこでふと思い至る。
よくよく考えれば、良太郎も俺と同じ転生者だ。ならば、共通の話題――元いた世界の話を餌にして、うまく事件の情報を引き出せるんじゃないだろうか。自分でいうのもなんだが、俺は口達者なところがあるし、トラブルばかり引き起こす駄女神さえいなければ、どんな相手とでも信頼関係を築けると思う。この時点で計画はだいぶ破綻しているけれど、手段がある以上、試してみる価値は十分ある。何もせず取調べが滞るよりはずっといいしな。
「おい、紅魔族のセンスと同類だと悲しいという話、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
「めぐみんの名前はすごく変わってるよねってことだよ。でも、そのお陰でいい案が浮かんだ。ありがとう、めぐみん。流石はこの街随一のアークウィザードだ」
「え、あっ、いえ、それほどでも……って、そんな言葉には惑わされませんよ!! はっきりと耳にしましたからね!! 私の名前がすごく変わっているって!!」
一瞬だけしおらしい姿を見せ、すぐに怒りを爆発させるめぐみん。
そんな彼女をスルーした俺は良太郎を除いた全員を一旦部屋の外へ連れ出し、彼と二人きりにしてもらえるよう頼んだ。最初はみんな渋った表情をしていたが、良太郎と同郷であることを踏まえて説得を続けると、取調べの責任者であるセナがまず折れてくれた。アクア達も「一体何を企んでいるんだ」という目で訴えかけてきたが、なんとか首を縦に振ってくれた。
そして部屋に戻った時、取調室には俺と良太郎の姿しかなかった。
「えっと、サトウさん? これはどういうこと?」
突然の退室騒動に状況を呑み込めていない良太郎。
気軽に話せるよう他の人には席を外してもらったが、これだと逆効果だったのかもしれない。ふむ、今後のトークで良太郎の警戒を少しずつ解いていくしかないみたいだ。
「お互いに腹を割って話せるよう、セナに頼んで二人きりにしてもらったんだ。本当なら俺達を異世界に送り込んだ張本人、アクアも交えてお喋りしたいところだけど、それだと変に疑われるかもしれないし、そうでなくてもどうせあいつがなんかやらかすだろうから、今回はなしな」
「異世界? 送り込んだ? サトウさん、一体何を言って……」
「ああ、そういうのはいいから。俺もな、良太郎と同じ転生者なんだ。あの駄女神に唆されてこの異世界に来ちゃってさ。だから、せっかくだし元いた世界――日本での思い出とか語り合おうぜ」
「えっ、転生者? それに日本って……サトウさん、もしかして日本人?」
「おう。てか、姓と名で構成された名前なんて、この異世界じゃ俺達日本出身の転生者くらいしかいねぇよ。……あっ! 似たようなのだと紅魔族っていうおかしな集団がいるけれどな」
ドンッという鈍い音が響いてきた。
かなり強めに壁を叩いたのか、音はこの部屋まで突き抜けて聞こえてくる。
おかしいな。俺達の話が聞かれないよう、取調室から離れた場所で待機してもらっているはずなのだが。
「ちょ、ちょっと待って! サトウさんが日本人なのはわかったけど、その前に『転生者』って何? それに紅魔族? さっき話していた『異世界』のことといい、もう何がなんだか……」
「そんなとぼけなくてもいいって。ここなら誰も聞いてないから、隠さず話しちゃえよ。あっ、特にないなら日本の話題じゃなくてもいいぜ。例えばそうだな……さっき良太郎にガンを飛ばしていたあの金髪クルセイダー、あいつのこととかさ。ちなみにあいつ、冒険者稼業なんてしてるけど、実はこの街の領主の娘なんだぜ。冒険者であり、貴族のお嬢様なんだ。そのせいで最近はまた腹筋が割れて、どうすれば女性らしさを持てるのか悩んでいるらしいけど」
また鈍い音が響いてきた。
……あいつら、俺の指示通り離れた場所で待機しているよな? 二、三室隣の部屋で聞き耳を立てていたりしていないよな? そうであったとすれば面倒なことこの上ないのだが、もし違った場合は……。今後、あいつらへのセクハラ発言は控えた方がいいかもしれない。
ちなみに金髪クルセイダーの悩みは、とある魔道具店のアルバイトから聞いた話である。……うおっ!? 悲鳴混じりの怒声が響いてきた! 心の中まで読んでくるなよ。
「ま、ま……待って!! だから話を……」
「なんだ、あいつのことでも駄目か。さっき絡まれそうになってたし、怖かったなーとか、美人だったなーとか何か一つくらい感想あると思ったんだけどな。んじゃあ、ここは気分を変えて男同士でしかできない話でもするか。実はこの街にサキュバスが運営する夜の店があるんだ。夜の店なんて言うけど、全然いかがわしくなくてさ。ちょっとお金を払えば、どんな夢でも見せてくれるんだよ。今、俺の手許にはその店の無料券が一枚ある。同郷のよしみだ。これを良太郎に渡すから、その店に行った時、どんな夢を見させてもらうか考えようぜ。……あっ、ただ俺のパーティーメンバーを夢のネタに使うのは止した方がいい。見てくれはいいし、夢の中の相手としちゃ悪くないかもしれないけど、現実に戻った時のガッカリ感がそれはもう凄まじいから。特にあの青髪ポンコツプリーストはオススメしない。あれは女神の皮を被ったただの親父だし……」
「だから、話を聞いて!!」
取調室の内外から『ドンッ』『バンッ』という音がリズミカルに響いてきた。
『ドンッ』という音は言わずもがな、あいつら(多分、例の青髪ポンコツプリースト)の仕業であるが、『バンッ』という音は驚くなかれ、あの良太郎が机を叩いた音である。取調べ中、基本的にオドオドした態度を取っていた良太郎がここまで感情を露にするとは。一方的に話し過ぎたか。
「さっきからサトウさんの話に全然ついていけないんだ。異世界って何? 送り込まれたって誰に? それに転生者って……。特異点って呼ばれたことはあるけど、そんな風に呼ばれたことはないよ」
「はあ? 何言ってるんだ、良太郎。若くして死んだ人間はあの駄女神――アクアによってこの異世界に送り込まれるもんだろ。それもチート持ちの転生者としてな。良太郎はそうじゃないのか?」
「うん。……というより、そもそも僕、まだ死んだことないよ」
「死んだことがない? だったら、どうやってこの異世界に送り込まれたんだ? アクアを女神って呼ぶのは癪だけど、あいつくらい神聖で特殊な存在がいなきゃ、世界から世界へ渡り歩くなんて不可能じゃないのか?」
「そ、それはその……」
俺の質問に言葉を詰まらせてしまう良太郎。
感情の赴くまま行動を取ったせいで、完全に墓穴を掘ってしまったらしい。想定していた形ではないが、これはこれで情報を聞き出せるいい機会だ。
「そういえば良太郎はさっき話してたよな。『僕も巨大な緑の牛を探している』って。もしかしてさ、良太郎がこの異世界に来たのと、『巨大な緑の牛』を使役した犯人が街の近辺で事件を起こしていることと何か関係があるのか? 例えばそうだな……『巨大な緑の牛』は世界を渡り歩くための乗り物で、それを犯人に盗まれたとか」
「ッ!? ち、違うよ! あれはそういった乗り物じゃなくて……」
「乗り物であることは否定しないんだな」
「そ、それは、うぅ……」
わかりやすい反応だな、おい。
セナが『巨大な緑の牛』のことを牛型モンスターと話していたので、勝手にモンスターだと解釈していたけれど、これが乗り物――人が扱える道具だというのなら話は変わってくる。
この異世界には『神器』と呼ばれる転生者専用の強力な魔道具が存在する。神器は基本、所有者以外本来の力を発揮できない仕様となっているが、中には本来の力でなくとも十分脅威になり得る代物もあり、働き者の女神様が度々下界に降りては回収して封印を施している。何が言いたいかといえば、それだけ便利な道具には危険が潜んでいるということだ。ライト兄弟の飛行機然り、ノーベルのダイナマイト然りと便利な道具ほど制作者の意図しない形で扱われることが多い。悪用されることだってある。おそらく良太郎もそういった被害に遭ってしまったのだろう。
こうした事情を知ってしまうと、良太郎が『巨大な緑の牛』に関して、頑なに黙秘し続けた理由も頷ける。生きたまま世界を渡り歩く機能が備わっている『巨大な緑の牛』のことを世間に知られれば、必ず悪用しようと企む輩が現れる。だから、良太郎も安易に他人に頼ることができないのだ。俺も伊達に銀髪盗賊団の活動をしてきたわけじゃないので、その気持ちはよくわかる。さて、困ったことになった。どうしよう。
「えっ、ちょっと待ってモモタロス。流石にこれ以上はマズいよ」
柄にもなく俺が試行錯誤していた、その時だった。
突然、良太郎が独り言を漏らしながら焦り始める。俺に問い詰められて動揺しているのかと思ったが、そうでもないらしい。話の断片を耳にする限り、必死で何かを抑え込んでいる様子である。
……なぜだろう。ただ良太郎が一人で焦っているだけなのに、このままではマズいと俺の勘が告げている。面倒事に巻き込まれたくない、相手にしたくないという強い防衛本能が働いている。どうしてここまで敏感に反応してしまうのか。少し考えて、思い出した。そうだ、これは冬眠熊良太郎を目の当たりにした時と同じなのだと。
ようやく事態を理解した俺であったが、時すでに遅かった。
良太郎の身体に何かが入り込んだかと思えば、突如彼の雰囲気が変わった。
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「……俺、参上」
低く威圧のこもった声で呟く良太郎。
髪は逆立って赤いメッシュが入り、瞳はめぐみんのように紅く輝いている。身体は先程よりも筋肉質になり、あのオドオドとした様子はどこにも見受けられない。まるで力を具現化したようなその姿に俺は一瞬たじろぎそうになったが、なんとか耐えた。なるほど、こいつがセナの話していたチンピラ良太郎か。
「よう、兄ちゃん。お前、すげぇじゃねぇか。頑固な良太郎から情報を聞き出すなんてよ。おかしな連中のリーダーかと思ったが、俺を目の当たりにして物怖じしないところ、見直したぜ。流石はあの眼鏡の姉ちゃんが助っ人として頼るだけのことはあるな」
褒めているのか貶しているのか、そんなよくわからんことをチンピラ良太郎は言ってくる。
ふむ、なんだかヤクザの下っ端に絡まれた気分だ。一応チンピラ良太郎なりに高評価してくれた様子だけれど、その情報を聞き出した相手が彼自身なのだと考えると複雑な気持ちになる。報復とかなければいいが。
「そんな頭の切れる兄ちゃんに相談なんだがよ、ここは一つ、俺の脱走に協力しちゃくれねぇか? 正直な話、俺は警察に構っている暇はねぇんだ。全部解決したらなんでも話してやるからさ。どうだ? 早く家に帰りたいと思ってる兄ちゃんには悪くない話だろ?」
「うーん……まあ、俺もこんなところに長居したいわけじゃないし、悪くない話ではあるな。……でも、良太郎の逃亡に協力するのは嫌だぜ。そんなことすれば、今度は俺が警察に追われる羽目になるんだよ」
「そうかてぇこと言うなって。俺と兄ちゃんの仲じゃねぇか。頭の切れるあんたに腕っぷしの強い俺、そんな二人で手を組めば、こんなところ簡単に脱走できるぜ」
「……かつて、俺はそんな風に煽てられて誘いに乗った結果、かなり酷い目に遭った。もう同じ轍は踏まない。だから断る。てか、俺には脱走する理由がないんだよ。協力した時のメリットも少ないし」
「そこをなんとか頼むぜ。ここの奴等、一人ひとりは大したことねぇくせに、集団で来られると厄介なんだよ。火の玉とかぶっ放ってくるしさ。……まあ、ある程度は返り討ちにしてやったけど」
「そんなことするから疑われるんだろ」
「ああん? 仕方ねぇじゃねぇか。事件のことなんざ一切知らねぇって言ってんのに、ここの奴等は全く話を聞かずに俺達を犯人に仕立て上げようとするんだぜ? あの……なんだ、嘘を見抜く道具だったか? あれを使ってもなんも反応がなかったってのによ」
「あぁ、そういえばそんな話だったな。それなら抗議したくなる気持ちもわかる……ん? 『俺達』?」
「あっ……マジィ」
またも墓穴を掘ってしまう良太郎――いや、チンピラ良太郎。
『俺達』というのは、残りの良太郎を指しているのだろうか。でも、それなら『俺』のところも『俺達』と言っていないとおかしいし……。あっ、そういえば良太郎が発見された時、『巨大な緑の牛』に似た生物が近くにいたって話だったな。それも『巨大な緑の牛』と同じく乗り物だとすれば、乗車していた人がその中にいたんじゃないだろうか。乗り物が独りでに動くとは考えられないし、良太郎はその人達を含めて『俺達』と言ったんじゃ……。
苦々しい表情を浮かべるチンピラ良太郎の前で、俺の頭は冴えていく。
「こいつが一番厄介なんじゃないのか? 今、ここで伸しておいた方が……」なんて物騒な独り言も聞こえてくるが気にしない。そんな中、突然バンッと大きな音を立てながら取調室の扉が開いた。
「ちょっとカズマ! 取調室の方から大きな音が聞こえてきたんですけど。一体何が……」
「サトウさん、先程の音は……あっ!? あなたは!!」
「ちっ、来ちまったのかよ」
取調室にアクア達が入ってきた。
が、チンピラ良太郎を前にしてアクアは言葉を失い、セナは悲鳴に似た声を上げてしまう。ふむ、どうやら良太郎の机を叩く音を聞いて駆けつけてきたようだ。あの時点でここへ向かい、数分経過した今到着したことを考えると、アクア達は俺との約束をちゃんと守ってくれていたらしい。なるほど、よし……今後はセクハラ発言、控えよっと。
「また出てきたんですか、あなたは!! あなたが出てくると、署内が大変なことになるんです!! そのせいでどれだけ頭を下げる羽目になったか……」
「だあ、うるせぇ!! そんなに頭を下げたくねぇなら、俺をここから出せってんだよ!!」
「駄目です!! 私にあれだけ恥をかかせたあなたをそう易々と逃がしてたまりますか!!」
「完全に私情じゃねぇか!! 俺は姉ちゃんの恨み辛みに付き合っているほど暇はないんだよ!! それに知っていることなら兄ちゃんに伝えたし、後はこいつに聞けばいいじゃねぇか!! そうだよな、兄ちゃん?」
「まあ、一応は……」
「それでも駄目です!! 少なくともあなたの口からもう一度、直接、詳しく話を聞くまではここから絶対に出しません!!」
「ああ、もうめんどくせぇ……そんなんだから婚期が遅れるんだよ!!」
「なぁ!? あ、あなたには関係のないことでしょう!!」
ギャアギャアと俺達並みの口論を繰り広げるセナとチンピラ良太郎。
その様子をめぐみんとダクネスは引き攣った表情で見つめている。……おや、ダクネスの表情が苦々しいものに変わった。あの口論の中でダクネスの気に障る内容でもあったのだろうか。
「……どういう状況か、説明いただけませんか?」
「良太郎が突然チンピラになって、セナに喧嘩を吹っ掛けた」
「それは見てわかりますよ。そこではなく、なぜ彼――良太郎があんな風に突然変異したのか詳しく事情を聞きたいのです。どうせまたカズマが良からぬことをしでかしたんだと思いますが」
「お前は俺をなんだと思っているんだ。あれだよ。犯人が使役してたっていう『巨大な緑の牛』はさ、俺達が想像しているよりも規格外な存在だったんだよ。んで、その情報が良太郎の口から漏れそうになった時に現れるのが別の人格――つまり、今のチンピラ良太郎なんだ。多分、二枚目良太郎や冬眠熊良太郎も似たような存在なんだろうぜ。いうなれば……良太郎を守護する使い魔って奴だな」
「使い魔ですか……」
「めぐみんならわかるだろ?
「……! はい! 全くその通りですね!!」
妙に興奮した様子で頷くめぐみん。
銀髪盗賊団の一員にして、さらに下っ端盗賊団の頭領を兼任しているめぐみんからしてみれば、他人には言えない共通の話題で通じ合えることは嬉しいのだろう。ちょっと厨二臭いけど。
ちなみに今、彼女に掛けられていた拘束は解けている。別室で待機している際、アクアにでも解除してもらったのだろう。そんなアクアは一人、顔を俯けたまま黙り込んでいる。取調室に入ってきた時といい、本当に珍しいことがあるもんだ。今日は槍でも降ってくる気がする。ダクネスに関しては……ああ、なるほど。ドンマイ。
「だああああああ!!」
耳をつんざくような叫びが取調室内で木霊した。
あまりに唐突な出来事に、俺やめぐみんにダクネス、さらには口論中だったセナとチンピラ良太郎までもが全ての行動を中断して耳を塞いでしまう。何が起こったのか把握できなかったが、誰の仕業かはすぐにわかってしまった。どうやら、これまで静かだった問題児が起動し始めたようだ。
そんな問題児ことアクアは、周囲がどういう状況か知ろうともせず、耳を塞ぎながら訝しんでいるチンピラ良太郎に近づき、グイッと胸倉を掴んだ。
「あんた、イマジンだったのね!! この子が特異点だから、危うく騙されるところだったわ!!」
「な、なんで俺達のことを知ってやがるんだ!! ……あっ、やべ」
どれだけ墓穴を掘れば気が済むのだろう。
いや、今注目すべきはそこじゃない。悪魔やアンデッド相手にしか見せないおっかない表情を浮かべるアクアが口にし、チンピラ良太郎が敏感に反応した『イマジン』と『特異点』、このキーワードについて訊くのが先だ。『特異点』は先程、良太郎がサラッと話していた気がするけれど。
「あんた達のせいでね、私達女神も危うく消えそうになったの!! ……何があったかはほとんど覚えていないけど。そんなイマジンがなんでまだ生き残っているのよ!! 早くこの子から出ていきなさい!! そして、私に倒されなさい!!」
「や、やめろ!! なんなんだよ、この姉ちゃんは!! 自分のことを女神とか頭おかしいんじゃねぇのか!!」
「ああっ!? イマジン如きがこの麗しき女神を侮辱したわね!! 絶対に許さない!! 私のゴッドブローでぶっ飛ばしてやる!!」
「おいやめろ、自称女神。それ以上良太郎を困らせるな。それよりさっきお前が話していた『イマジン』や『特異点』って何のことだよ?」
「……カズマ、いい度胸しているわね。今の私は機嫌が悪いの。あんたが先にゴッドブローの餌食になる?」
それは遠慮したい。
現状、アクアを強引に止める手段がここにはないし、知力と幸運以外のステータスがカンストしている彼女の一撃なんて受けたら洒落にならない。
というわけで、俺はアクアに謝罪して許しをもらってから、先程の話を改めて訊くことにした。
「一度しか説明しないからよーく聞きなさい。『特異点』っていうのはね、それはもう特殊な存在なの。ただ普通に生活しているだけなら何の役にも立たないんだけど、時間が関わってくるとある意味不死身な存在よ。過去や未来の干渉を一切受けないんだから」
「過去や未来の干渉を受けない? なあ、もう少しわかりやすく説明してくれないか?」
「はぁ、全くこれだからヒキニートは……」
呆れた様子で溜め息をつくアクア。
こいつに呆れられるのは無性に腹が立つな。
「じゃあ、例えばの話だけど……カズマ、あんたがめぐみんと結ばれて、子供が産まれたとするわね」
「!?」
「お、おい! なんだよ、その唐突な例は!!」
「何焦っちゃってるのよ。例えよ、例え。もしかして本気にしちゃった? バッカじゃないの! そもそもめぐみんがカズマなんかに好意を持つなんてあり得ないじゃない! プークスクス」
本気で一発殴ってやりたい。
ただ、そんな気持ちよりも恥ずかしさの方が上回ってしまい、何も言い返すことができなかった。隣のめぐみんはあまりに突拍子もない発言に動揺を隠せずにいる。普段ならなんなく対応しているのに、今は身体をもじもじさせながら、頬を赤らめていた。
「……カズマから辛辣な返しがないのは珍しいわね。まあ、いいわ。話を元に戻すわよ。子供が生まれて幸せなカズマとめぐみん。でも、そんな二人の幸せに嫉妬したダクネスが、過去に飛んで結ばれる前のカズマを寝取るとしましょう」
「なぁ!? アクア、その例えはなんだ!! 仮にも貴族であるこの私がそんなことするはずが……い、痛いっ! ちょっ、めぐみん! 杖で頭を叩かないでくれ!! 本当に痛いから!!」
……なんだろう、これ。
例え話だというのに、みんながみんな、アクアの話を本気にしてしまっている節がある。めぐみんは絶賛ご立腹中だし、ダクネスは変態なのに涙目になっているし、セナとチンピラ良太郎に至っては目を輝かせながら俺の反応を待っている。……俺はこの状況を喜べばいいのか、それとも悩めばいいのか、なんかもう複雑な気分だ。
そんな修羅場と化している俺達のやり取りなどお構いなく、アクアは話を続けた。
「ダクネスがカズマを寝取った時点で、めぐみんと結ばれるという未来はなくなり、当然生まれるはずだった子供も存在しなくなるわ。でも、仮に二人の子供が『特異点』であった場合、二人が結ばれていなくても、子供は未来で存在し続けていられるの。まあ、時の流れが変わっちゃう時点で、カズマ達の子供は二人が親であることを忘れちゃうと思うけどね」
なるほど、確かにある意味不死身というべき存在だ。
ただ、俺のよく知る不死身と違い、『特異点』は時間という限られた条件の中でしか活かせそうにないので、仮に俺がそういう存在であっても宝の持ち腐れになるだけなのだろう。てか、時間が絡んでこなければ役立たずといってもいい。
「なあ、なんでアクアはそこまで特異点のことを知っているんだ? というか、そんな凄いもんなのか? 良太郎の前で言うのもなんだけど、今の話を聞く限りじゃアクアが注目するほどの凄さが伝わってこないんだが」
「バカねぇ。特異点はある意味不死身だって話したでしょ。不死身ってことは存在が消えないのよ。……言っとくけど、私達が生きる時間は記憶の繋がりでできているの。記憶こそ時間なのよ。もし過去で時間が消滅する事態に陥っても、その先の未来に特異点が存在すれば、時間を修復することができるわ。消えることのない特異点の記憶を支点してね。言ってみれば、特異点のお陰で今の私達が存在できているようなもんなのよ」
「ふーん。特異点の重要性はわかったけど、なんかさらに話がややこしくなってきたな。てか、そもそもの話、時間が消滅することなんてあるのか? 過去や未来に飛ぶなんてSFチックな行為、普通はできないだろ」
「それをしてくるのが今、特異点に取り憑いているこのイマジンよ!!」
語気を強めながら、アクアはチンピラ良太郎に指を向ける。
取り憑いているということはつまり、これまで見てきた良太郎は多重人格で生まれた別人格ではなく、イマジンにただ身体を乗っ取られていただけなのか。なんかバニルに類似した能力を持っているんだな、イマジンって。
「こいつらはね、人の願いを一つ叶える代わりに、その人の時間を奪う詐欺集団なの」
「おい、俺をあんな奴等と一緒にするんじゃねぇ!!」
「イマジンは黙ってなさい!! 人の願いを叶えたこいつらは、その人にとって思い入れのある時間に飛ぶの。そして、その人に成り代わって過去の時間を破壊するわ。過去を破壊すれば未来も変わり、多くの人の時間も狂うことになる。人の信仰によって存在が成り立つ女神の私も例外じゃない。だからこそ、こいつらイマジンは危険なのよ!!」
ああ、だからここまでイマジンを敵視しているのか。理解した。
アクアの話を要約するに、イマジンは人間にとって侵略者ともいえる存在なわけだ。それも破壊対象が『時間』であることを考えると、この異世界に蔓延るモンスター……いや、モンスターどころか人々を脅かす魔王軍よりよっぽど質が悪い。
ただ、そんなイマジンと対照的な存在である特異点の良太郎が一緒につるんでいるところを見ると、少しひっかかるところはあるが。
「だから、他の奴等と同じにするんじゃねぇって言ってんだろ!! むしろ、俺は時間を守る善良なイマジンだ!!」
「はあ? 臆病そうなその子をチンピラ顔にして、どこが善良なのよ!!」
「なっ! てめぇ、俺が下手に出てりゃあ好き放題言いやがって……」
急にチンピラ良太郎の表情が険しくなった。
散々アクアに暴言を吐かれたことで、ついに堪忍袋の緒が切れてしまったのだろう。今にも飛びかかってきそうな勢いである。
そんな空気を察したのか、先程まで強気だったセナが口元に手を当ててアワアワと震え始めた。内輪揉めしていたはずのめぐみんとダクネスもすでに身構えている。これは思った以上にマズい状況かもしれない。
『全く先輩は……女性に手をあげるとか、どうかしてるよ』
今にも一触即発しそうな、その時だった。
どこからか艶めかしい声が聞こえてきたと思えば、チンピラ良太郎の身体にまた何かが入り込んだのだ。それと同時に彼の身体から力が抜け、ガクッと項垂れてしまう。あれほど暴れそうだったチンピラ良太郎の沈黙に一同は目を合わせ、怪訝そうに首を傾げていたが、俺だけは違った。そう、これは良太郎がチンピラ良太郎――イマジンに取り憑かれた時と同じ光景なのだ。ということは、つまり……
「……ごめんねぇ、アクアちゃん。せんぱ――いや、今のイマジン、見た目以上に喧嘩っぱやくてさ。誰彼構わず力技で解決しようとするバカなんだよ。後で僕がよーく言い聞かせておくから、今回は許してくれないかな?」
良太郎でもチンピラ良太郎でもない、新たな良太郎が現れた。
彼は爽やかな笑顔を浮かべながらアクアに話しかけてくる。
「ア、 アクア『ちゃん』ですって……」
良太郎に『ちゃん』付けされて戸惑いを見せるアクア。
……というより、これは引いている感じか。俺に鍛えられ、多少のことじゃ動じなくなったこの駄女神が、ここまで嫌悪感たっぷりな表情を浮かべるとは。チート持ちの勇者、ミツルギと出会った時以来の反応だ。
そんな良太郎の容姿は先程と打って変わり、非常に知性的な顔つきになっていた。髪は七三分けになって青いメッシュが入り、瞳はアクアよりも青く輝いている。どこから取り出したのかわからない黒縁メガネをかけるその姿は、日本の歌舞伎町にでもいる№1ホストのようだ。
「あれ? そんなに『ちゃん』付けは嫌だった? ごめんね。じゃあ……アクア『さん』はどうかな?」
「……アクア『様』ならいいわよ」
「そう。なら、アクア『様』。これでいい?」
コクリと頷くアクア。なんか餌付け中の犬でも見ている気分だ。
なるほど、こいつがセナ以外の女性職員を口説き落としたという二枚目良太郎か。パーティー内で一、二を争う問題児のアクアをこうも容易く対応してしまう辺り、チンピラ良太郎とは違った意味で厄介な相手である。すでに俺のことなんか見向きもしてないし。
「それにしてもこの街には美しい女性が揃い踏みだね。誰よりも仕事熱心なセナさんもそうだけど、女神のように神秘的で美しい青髪を持ったアクア様に人形のように可憐な容姿のめぐみんさん、凛としながらも女性らしさを兼ね備えているダクネスさんと……どうやら僕は君達と出会うためにこの世界へやってきたみたいだ」
現れて早々、口説き文句を垂れる二枚目良太郎。
今の台詞だけで彼が女好きであることがすぐにわかってしまった。ただ、そんな台詞はうちのパーティーに通用しな……あれっ!? なんか満更でもない表情を浮かべているぞ!
「おい! お前らそれでいいのか!! ちょっと言い寄られれば、どんな男にも靡いちまう軽い女だったのか!」
「か、軽い女だと!! き、き、貴族である私を侮辱する気か! 私は軽くなんてない! まだ誰とも付き合ったことはないし、籍も綺麗なままだ!!」
「ダクネスは知りませんけど、少なくとも私は軽い女じゃありませんよ。……な、なんですか。なんですか、その疑いの目は! ちょっと私が他の男に言い寄られそうになったくらいで、カズマは動揺してしまったんですか!!」
「ど、ど、ど……動揺なんてしてねぇし!! 街中じゃ頭のおかしな子扱いしかされていないから、良太郎の言葉でコロッといっちゃったのかと……」
「おい、喧嘩を売っているのなら買おうじゃないか。……そ、それに、私が誰彼構わず惚れたりしないことは、カズマが一番わかっていることでしょ?」
「…………。…………。……いや、それはどうかな」
「待てカズマ! 今の間はなんなんだ! それにめぐみんも何を言って……」
「ちょっと! みんな、冷静になりなさい! あいつはイマジンなの。人の望みを適当に叶えて時間を破壊する詐欺師みたいな存在なのよ! そんな奴の口車に乗せられちゃ……」
「その詐欺師の言葉で頬を赤らめているのはどこのどいつだ、女神様?」
「あ、あ、あ、赤らめてないわよ! こ、これはそうね、さっきの口論で興奮しちゃって、身体が火照っちゃっただけよ。……照れてないから。全然照れてないから!!」
お互いの主張がぶつかり合い、場は混沌としていく。
アクア達を正気に戻すつもりが、むしろややこしいことになってしまった。この二枚目良太郎、相当頭が切れる。俺達のやり取りを楽しそうに眺めている辺り、こうなることをあらかじめ予測していたのだろう。道理でセナがあれだけ愚痴を漏らしていたわけだ。
ふとそう思った時、セナがこの場にいないことに気付いた。アクア達が俺に何か言ってくるのを無視して辺りを見回すと、彼女は部屋の隅で顔を俯けていた。俺達のドタバタ劇を見てまた呆れてしまったのか……と思ったが、そういう感じでもない。なぜか人形のように身動き一つせず静止している。よく見れば、セナの髪に赤いメッシュが……。
「……てめぇ、このスケベ亀!! いきなり出てくるんじゃねぇ!!」
「せ、セナ!?」
セナに動きがあったかと思えば、突然、二枚目良太郎の胸倉を掴み始めた。
生真面目なセナの信じられない行動に、口論していたアクア達も言葉を失ってしまう。胸倉を掴まれた二枚目良太郎も目を見開いていたが、次第に冷静さを取り戻し、むしろおかしそうに笑い始めた。
「先輩、なんでセナさんに入っちゃってるの? セナさんは先輩みたいなバカが入っていい女性じゃないよ」
「うるせぇ!! 誰のせいでここに入っちまったと思ってるんだ!! 俺だってこんな女から早く出ていきたいんだよ!!」
「こんな女って失礼でしょ。セナさんは仕事を真面目にこなす優秀で美しい女性だよ。ここで唯一、僕のアプローチを受けても落ちなかったんだから。そんなセナさんに先輩が入っちゃったらバカが移るじゃない。見苦しいから、早くセナさんから出て行ってよ」
「お前が良太郎から出て行ったらな!! ったく、せっかく良いところだったのによ」
「良いところって、先輩が暴れようとしていただけじゃない。それじゃあ駄目でしょ。僕達がわざと良太郎を置いてきた理由を忘れたの?」
「あの緑マントの情報を得るためだろ? それならもうここの奴等から十分聞けたんだしいいじゃねぇか。そんなことよりよ、早くここから出て緑マントを探そうぜ。緑マントと戦えなくてウズウズしてるんだ」
「そんなこと言ってるから、みんなから『バカ』とか『単細胞』って呼ばれるんだよ」
「そう呼んでくるのは、ほとんどお前と小僧とハナクソ女だけじゃねぇか!」
二枚目良太郎とセナの口論がヒートアップしていく。
いや、正確にはあのセナはセナ本人じゃないのだろう。髪の赤いメッシュもそうだが、チラリと見える紅い瞳にチンピラのような口調と態度、あれは間違いなくチンピラ良太郎と同じだ。ということは、つまり――
「あんた、今度はセナに乗り移ったのね!」
「あぁ? 仕方ねぇだろ。この亀が勝手に良太郎に入ってきたんだからよ」
「勝手に……って、あそこで止めなきゃまた暴れていたでしょ、先輩」
「それの何が悪いんだよ?」
「悪いに決まってるでしょ! 何度も言うようだけど、僕達の目的は情報収集!! せっかく情報が釣れそうな時に先輩が暴れ出したら全て水の泡だよ!!」
「そりゃわかってるけど、この姉ちゃんが……」
「私が何よ、この詐欺師!! 何も間違ったことは言ってないじゃない!!」
「だから、俺達は善良な――」
「あ、あの……」
アクアも混じって口論がさらに激しくなりかけた時、めぐみんがおそるおそる手を挙げた。
「もうこの辺で言い争うのはやめにしませんか? 私が言うのもなんですが、このままじゃ収集つきませんよ。あなた達がこんなことを続けて一番迷惑するのは、取り憑かれているセナと良太郎じゃないんですか?」
めぐみんの指摘に苦い表情を浮かべる二枚目良太郎とチンピラセナ。
確かにこうしてイマジン達が暴れていても、直接的な被害を受けるのは取り憑かれているセナと良太郎になるな。
「アクアもです。イマジンがどれだけ危険な存在かは理解しましたが、今は事件の情報収集が最優先です。イマジン相手だからと喧嘩ばかり売っていては、解決するものも解決しませんよ」
めぐみんから説教を受け、シュンとなるアクア。
それはめぐみんにも言えることだと思うが、ここは黙っておこう。
「理由は違えども、私達の目的は同じようです。なら、ここはお互いに情報を共有しませんか? もし外部に情報が漏れてほしくないということでしたら、私達の間だけで話は留めておきますから。幸い、ここには領主の娘もいますし、そういった配慮もしてくれるでしょう。そうですよね、ダクネス?」
「ああ。ダスティネス家の権力を行使するというのは、正直あまり快く思わないのだが、今回ばかりは仕方ない。あなた達が望むなら、できる限りダスティネス家が助力しよう」
冷静なめぐみんに柔軟な判断を下すダクネス。
あれ、俺のパーティーにこんな頼れる仲間はいたっけ? 確かにめぐみんは知力が高いし、ダクネスもこの街の領主の娘なので、頼ったり助けてもらったりする機会はあった。……あったのだが、それ以上に二人が何かしでかして、俺が尻拭いすることの方が多かったので、頼れる仲間というよりも問題児の印象が強く根付いてしまった。そうか、俺はこんな頼れる仲間達と一緒にクエストに参加していたんだな。ちょっと感動した。アクアの場合は……うん、
そんな二人の説得に二枚目良太郎とチンピラセナは黙り込んでしまう。思案顔をしている辺り、もう一押しってところか。
「俺もめぐみんと同意見だな。あんた達に深い事情があるのは理解したけど、それを隠したまま目的達成に漕ぎつけないことくらい、これまでのやり取りでわかっただろ? 別に知っていることを洗い浚いに吐けって言っているわけじゃない。俺達が求めるのは事件を解決するための手掛かり――『巨大な緑の牛』と犯人に関する必要最低限の情報だけなんだ。もっとわかりやすく言うなら、お互いの目的を達成するために今だけ俺達に協力してくれって話さ。それでもあんた達が難しいって言うなら仕方ないけど、できれば信じてほしい。こう見えても俺達、数々の魔王軍幹部を撃破してきたパーティーなんだぜ」
そう言い切って、俺は恥じた。
何キャラに合わない台詞を言ってのけているんだ、俺は!! こんなはずじゃなかっただろ。本来なら面倒事なんて早く済ませて、家でダラダラと過ごすはずだったんだ。それなのにこんな……なんだよ、めぐみん。なんだよ、そのしたり顔は! 主人公に絶大な信頼を寄せるラノベヒロインみたいな顔をしてくるんじゃねぇ、恥ずかしい!!
「……はあ、これは僕達の負けみたいだね、先輩」
「ああ。この兄ちゃん、良太郎ほどじゃねぇが、肝が据わってやがる。ふざけた態度を取っている癖にこうも信頼されている理由がわかった気がするぜ」
「僕達と良太郎との関係に似ているのかもね。でも、それだけじゃ……フフッ。なんでもないよ」
全てお見通しみたいな顔で笑ってくるんじゃねぇ、腹が立つ。
でも、説得はうまくいったみたいだ。なぜか過大評価されているようだけれど。
「それじゃあ、君の提案に乗ることにするよ。ただし、条件はある。一つ目はこれから君達に話す内容を外部に漏らさないこと。先輩に取り憑かれているセナさんは今、意識がないから、彼女にも漏らしちゃいけない。二つ目は良太郎をここから釈放すること。この二つを守ってくれるというなら、僕達は『巨大な緑の牛』とそれを奪った犯人について話すけど……どう? 僕に釣られてくれる?」
「おう、釣られてやるよ。お前らもそれでいいか?」
「私は言い出しっぺですし、それで問題ありません」
「私も異論はない」
「……仕方ないわね。今回だけは見逃してあげるわ」
全員の意見が一致したところで、俺達は二枚目良太郎の話を聞くことにした。