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――闘牛。
ワープゲートから飛び出してくる巨体を見て、最初に受けた印象はそれだった。
緑色の逞しい体躯に頭部に生えた雄々しい黄角、何より平原一帯に響き渡る荒々しい咆哮はこの世界そのものに威嚇しているようで、思わず身構えてしまった。あんな闘牛が円形闘技場に出た日には、観客はおろか、飄々とした態度の闘牛士まで泣きべそを掻いて逃げるに違いない。だって、俺の二倍以上は体長あるもの。
ただ、本当に闘牛なのかと聞かれたのなら、俺は否と答える。牛にしては妙に長い胴体に全身を覆っている装甲、そして車輪でできた足と生物らしくない要素が多分に含まれているのだ。なるほど……どうやらあれが冒険者達の目撃した巨大な緑の牛――もとい、ゼロライナーらしい。確かにあの外見ならば、こちらの世界の人々が巨大な牛と見間違えても仕方がない。以前、はた迷惑な転生者が放置していた機動戦士風ロボットを『ゴーレム』と呼んでいたし。
「あっ、あれが電車ですか!! 大きすぎますよ!!」
「まさかこれほどとは……他国でもここまで大きな乗り物は目にしたことがない」
「カズマさん、カズマさん。あの時の列車、進行方向にレールを出現させながら走っているわ!! 電車なのに自由に地上を走れるなんて、未来のテクノロジーって素晴らしいわね!!」
まるで希少モンスターに遭遇でもしたように驚くアクア達。
いや、これは驚くというよりもはしゃいでいると言った方が正しいな。この世界は日本のようにどこも安全という保障がなく、また
「あっ、誰か出てきましたよ!」
そんなことを考えている内にゼロライナーは走り去ってしまった。代わりに現れたのは緑色のフードを被った人間だった。シンプルな白い上着に紺のズボン、膝近くまである革のブーツを履いたその格好は俺の服装とほぼ一緒だ。フードを被っていて容貌は確認できないが、わずかに窺える茶髪に中肉中背の体型、そして腰に差しているあの小刀――あれ、もしかして……
「おいおい、どう見たって俺じゃないか」
「そうでしょうか? 私は言うほど似ているとは思いません。あちらの方が身長は高いですし、何より私達を前にしても落ち着きがあります。もしカズマが一人で同じ状況に陥ったとすれば、興奮状態でもない限りは逃走を図るでしょう?」
「否定はしない。否定はしないが……めぐみん、お前は俺をなんだと思っているんだ? 腰抜けかなんかか?」
「腰抜けというよりはヘタレですかね。クエストの時は味方ですら引いてしまうほど鬼畜な作戦で相手を陥れるというのに、いざ行為に発展しかけると、途端に気後れして適当な理由ではぐらかす……」
「それは今の話と関係ないだろ! でも、これ以上言われると立ち直れなくなりそうなんで許してください」
勝ち誇った表情のめぐみん。
まさかこの状況下でやり返してくるとは思わなかった。よほど鬱憤が溜まっていたらしい。くそっ、こんなことならば手を抜かずに
「警察署で聞いていた通り、ほんとカズマさんにそっくりな犯人ね」
「ああ、全くだ。もしあの見た目で正々堂々戦わずに多くの冒険者を圧倒していたという話だったら、私でさえカズマを犯人だと疑っていたところだ」
「お前らもそうやって俺を……ん? ダクネス、今なんて?」
「真正面からやり合う以外ならカズマは強いと言ったのだ」
「わー、なんだろう。嬉しいようで嬉しくないぞ、今の誉め言葉」
しかも、それが自分の利点だと自覚しているからなお悲しい。
犯人を前にして、ここまで自分が貶められるとは……。警察署では疑われずに済んでラッキーなんて考えていたが、こんなことならば一度疑われた後、自力で真犯人を捕まえる刑事ドラマっぽい展開をしてみたかった。許すまじ、犯人。
「お前だよね? おデブちゃん達を襲ったの」
そんな緊張感のないやり取りを続けていると、ずっと黙り込んでいたリュウタロスが口を開いた。その声音には先程までのお気楽さはなく、むしろ子供らしくない殺気が滲み出ている。おデブちゃんとはおそらくゼロライナーの持ち主を指していると思うが、それを聞いても犯人が素直に答えてくれるはずが……
「そうだと答えたらどうします?」
あっさり返事をした。
おいおい、普通に喋れるのかよ。しかも、犯行を認めるとは。そういえばゼロライナーの持ち主が対峙した時も一言だけ喋ったとか話していたな、良太郎。外見は俺っぽいのに丁寧で落ち着いた口調とは……本当にこいつは何者なんだ?
「じゃあ僕、お前を許さないよ。倒すけどいいよね?」
目付きを鋭くしたリュウタロス。
その右手には、どこからともなく現れた銀色のベルトとこの場に不似合いなパスケースが握られている。彼は握っていたベルトを腰に巻き付けると、バックル部の右端についた四色のボタンの内、紫のボタンを押した。
「答えは訊かないけど。……変身」
『Gun form』
紫に輝き始めたバックルへパスケースを翳すと、リュウタロスの身体は変化した。銀と黒で統一されたスーツに胸部へ装着された紫のアーマー、さらに竜を模した仮面と、彼のイメージカラーと名前に含まれる「リュウ」という単語が相まって、その姿はかの竜騎士を彷彿とさせる。ただ、竜騎士のように槍を得物にしているわけではなさそうで、腰に装備している棒状のパーツを組み合わせると、みるみる銃へと早変わりした。
「電王……」
「じゃあ、いくよ。いいね?」
「いいね?」と訊きながらも、犯人に向けて銃を発砲するリュウタロス――もとい、電王。
電王は時の運行を守る戦士の総称だ。基本、特異点しか変身できないので、こうして良太郎が電王になるのだが、彼の基本的ステータスが冒険者の俺並みに貧弱ということもあり、彼に取り憑いているイマジンズが交互に切り替わって戦う仕組みになっている。武器は見た通り銃――というわけではないらしく、取り憑いたイマジンによって棒状のパーツを剣や棍棒、斧に組み替えて扱うようだ。てか、それってすげぇな。俺もそんな多機能な武器が欲しい。
「な、なんだ、あの武器は!?」
「カズマ、カズマ! あの武器、紅魔の里にあった物干し竿と似ていませんか!」
ダクネスとめぐみんの興味が電王の銃に注がれている。
電王に関しては警察署ですでに聞いていた。だからといって、ここまで彼の変身した姿がスルーされると思わなかった。ほんと、文明の利器って凄いな。前にライターを作った時も手軽に火を起こせると驚いていたし、案外、誰でも扱える道具は重視されているのかもしれない。
「ねぇ、カズマさん。私達、二人の戦いをただ傍観しているだけになっているけど、一緒に戦わなくていいの?」
「バーカ。あの戦闘を見てみろ。いつ加勢しに行けっていうんだよ。下手に俺達が加わったら、逆に良太郎達に迷惑かけるだろ。今は様子を見て、隙ができたら例の作戦を実行するんだよ」
「例の作戦って……あの非人道的な作戦を実行するつもりなのか?」
ダクネスが若干引いた様子で訊いてくる。
なんだ、悪いかよ。今のところ、あの作戦ほど相手を傷つけずに捕まえる手段は思いつかないし。
そんなやり取りをしている内に、電王と犯人の戦いは過激さを増していった。最初は両者とも様子を見ながら攻撃を仕掛けていたが、その状況に苛立ちを露にした電王が所構わず銃を乱射し始めたのだ。避けながら戦っていた犯人もこれでは対処しきれないと判断したのか、直撃寸前の弾丸を小刀で弾いている。
「てか、なんで犯人は契約者の身体に入ったまま戦っているんだ?」
「その方が相手に牽制をかけられると思ったからじゃない。ほら、外見はカズマさんだから、平然とそういう手段を取りそうでしょ?」
「おいおい、流石の俺でもそこまで鬼畜な手段は取らねぇよ。それにもし俺が犯人と同じ立場なら、あんなまどろっこしいことはせず、イマジン態になって契約者本人を盾代わりにして戦う」
「うわぁ……。カズマさん、それはないわぁ……」
自分から振ってきたくせにこの駄女神は……。
「まあ、アクアがいる状態じゃそれもあまり効きそうにないし、そうじゃなくてもリュウタロスなら平気で契約者を撃ち抜きそうだから、あまりいい手とは思わないけどな」
「それもそうね。あのイマジン、犯人を倒すこと以外何も考えていなさそうだし。もし犯人が撃ち抜かれちゃった時は私に任せなさい。リザレクションをかけてあげるわ」
「おう。頼むぜ……うん?」
ふとそこで状況が変わった。
先程まであれほど回避に熱心だった犯人がピタリと動きを止めたのだ。弾丸に当たらぬよう小刀で弾く以外何もしようとせず、その不可解な行為に不信感を抱かざるを得ない。そんな犯人を怪訝に思ったのは俺達だけじゃないようで、銃を乱射していた電王も首を傾げながら攻撃の手を緩めた。……否、緩めてしまった。
「……!? リュウタロス、避けろ!!」
「えっ?」
相手の行動をいち早く察した俺は警鐘を鳴らしたが、時すでに遅かった。
犯人は握っていた小刀を左手に移し替え、残った右手を前に突き出していた。そして、次の瞬間……
「『スティール』」
短い詠唱と共に、犯人の掌は瞬く間に輝き出した。
その輝きはおさまることを知らず、一瞬だけ視界が真っ白になる。そして、視界が回復した時、電王の手に握られていたはずの銃は犯人の右手に収まっていた。
「ああっ!? 僕の武器!!」
盗賊スキル、
相手が身に着けているものを何か一つ奪うという俺の得意なスキルで、使用者の幸運値によって奪い取れる物の確率が上がる。良太郎からゼロライナー強奪時の話を聞いた際、このことをちゃんと警戒しておくべきだった。手許にあった武器が突然奪われるなんて、
「……私には使えないようですね」
ボソッと呟く犯人は奪った銃をその場に捨てると、ガラ空きとなった電王へ急接近した。先程までの状況ならともかく、今の電王には武器がない。取りに行こうにも、犯人の斬撃が行く手を阻む。『攻撃は最大の防御』とよく言うが、犯人が実行しているのはまさにそれだ。今はバックステップしながらなんとか避けているが、これも時間の問題……
「うわぁああああああ!!」
「リュウタロスっ!!」
マズイ。犯人の斬撃が電王に当たるようになってきた。
直撃は免れながらも、電王のアーマーにはすでに無数の傷がついている。これ以上武器なしで戦うのは危険だ。だからといって、今から武器を拾いに行くにはあまりに離れている。銃を奪った後に見せたあの急接近、あれは攻めに転じると同時に、武器を拾われぬよう距離を取るという思惑もあったわけだ。電王が取る行動をあらかじめ想定して手を打つとは、あの犯人、かなり頭が切れる。
「カ、カ、カ、カズマさん!! あれ、追い詰められているように見えるんですけど!!」
「追い詰められているように見えているんじゃなくて、追い詰められているんだよ!! お前の目は節穴か!!」
「ああっー!! また私のことを馬鹿にした!! 何よ、何よ!! 事あるごとに揚げ足を取ってぇ!!」
「こんな時に突っかかってくるんじゃねぇ!! 馬鹿にされたくなかったら、さっさとあそこに落ちている銃を拾ってこい!!」
俺の指示に不満を漏らしながらも、アクアは駆け足で電王の武器を拾いに行く。
「ダクネスは俺と一緒にリュウタロスの援護に行くぞ。このままじゃやられるのも時間の問題だ」
「私が囮になって時間を稼げばいいんだな?」
「そういうことだ。でも、厳しくなったら、すぐにでも退けよ。あの戦いを見る限り、ダクネスでも無事でいられる保証はない」
「ふふっ、心配するな。私も伊達にクルセイダーをしているわけじゃない。何があっても皆を守り切るさ」
「……そうか。それでも無茶だけはするなよ」
ダクネスは微笑みながら、俺にサムズアップをする。
「あ、あの……私は?」
「めぐみんはいつでも爆裂魔法が打てるよう準備しといてくれ。もしリュウタロスがやられそうになったら、爆裂魔法を目眩ましにして全員で退散する」
「爆裂魔法を目眩ましに使うという発言は聞き捨てなりませんが……まあ、仕方ありませんね。私はいつでも放てるよう準備しておきますので、撃つタイミングになったら合図して下さい」
「おう、頼んだぞ」
俺の言葉に、めぐみんはコクリと頷く。
こうして全員に指示を送り終えた俺は、すぐに行動に移った。
……行動に移ったのだが、正直、今から援護に向かっても間に合う気がしない。それだけ電王は離れた場所にいたし、仮に間に合ったとしても、あの犯人相手ではせいぜい数分程度しか持ち堪えられないと思う。電王が再び武器を手にすればなんとかなるかもしれないが、それまでに銃を拾ったアクアが彼の下まで行けるかどうか……ならばいっそのこと、今のうちに爆裂魔法を撃って、一旦体勢を立て直した方がいいかもしれない。
『リュウタ、俺が代わるで』
「うぅ……お願い、クマちゃん。あいつ、武器を奪うなんて反則だよぅ」
瀬戸際に立たされている電王。
そんな彼が愚痴を漏らしたかと思えば、突如彼の身体から紫色のオーラが抜け、代わりに黄色のオーラが入ってきた。同時に胸部のアーマーと竜を模した仮面が消滅し、銀と黒のスーツ姿になってしまう。どう見ても、先程より弱弱しい姿だ。身を守るものは何も装備していない。そうした変化にも一切戸惑いを見せない犯人は、上段に構えた小刀を電王の頭部目掛けて振り下ろした。
「リュ、リュウタロス!!」
明らかに決めにかかっている犯人の一太刀。
その速さはこれまでの比ではなく、先程までの斬撃を『雷』と例えるならば、この一撃は『光』だった。刀身はすでに剣筋へと昇華され、どこまで振り下ろされたのか視認できない。そうした光景を前に俺は一心に足を動かす中、電王はその一撃を……
片手で掴み取った。
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「「「「…………はあ?」」」」
電王の下へ全力で駆けていたダクネス、すでに呪文を詠唱し終えていためぐみん、銃を拾ってこちらに向かっていたアクア、そして、物凄い形相で叫んでいたであろう俺は、電王の突拍子もない行動に足を止め、唖然としてしまった。
「……それで終いか? なら、今度は俺から行くで」
「……っ!?」
優勢だった犯人が突如、後ろへ飛び退いた。
そのまま間合いを取って小刀を構える。表情が見えなくてもわかる犯人の焦り。そんな相手のことなど気にも留めない電王は、バックルについた黄色のボタンを押し、腰元にしまっていたと思われるパスケースをバックルの前に翳した。
『Ax form』
再び装着される電王のアーマーと仮面。
但し、先程と違ってアーマーは金色となり、仮面は斧を模した形になっていた。外見も幾分か逞しくなり、全身から力が漲っている。
「俺の強さにお前は泣いた」
「……あなたですか」
その一言で理解した。
今、良太郎に取り憑いているのは、警察署で船を漕いでいた冬眠熊――もとい、キンタロスだ。彼のモチーフとなった御伽噺『金太郎』の如く、自慢の怪力で犯人の一撃を受け止めたらしい。目視できなかったあの一太刀を凌いでしまうとは、良太郎に取り憑いたイマジンはほんと曲者揃いだ。
「おーい、水の姉ちゃん。手に持っているその銃、俺に投げてくれへんか?」
「えっ!? あっ、はい……」
呆気に取られていたアクアは、電王に言われた通り、拾ってきた銃を投げ渡した。
電王はその銃を手にすると、一旦元の棒状のパーツに戻し、素早い手つきで組み替え始める。そして、片手でも手軽に扱えそうな斧が一つ出来上がった。
「ほな、いくで」
意気込んだ電王は斧を肩にのせて立ち尽くしている。
その姿はまさしく鉞を担いだ金太郎であり、隙だらけにも関わらず、味方でも怯んでしまうくらい凄まじいプレッシャーを放っていた。
「……ねぇ、もうあのイマジンだけで事足りるんじゃない?」
「俺もそう思う」
「おい待て、二人共。確かにあの一撃を素手で掴み取るという離れ業は驚かざるを得ないが、だからといって楽観視していると、また何かの拍子に形勢をひっくり返されてしまうかもしれないぞ」
「それはさ、リュウタロスが銃主体の戦闘スタイルだったから起こってしまっただけであって、あのイマジン――キンタロスなら問題ないだろう。あいつ、武器なしでも戦えるみたいだし、何より頑丈だ。ほら、見ろよ。背中を斬られたのにピンピンしているぜ」
俺はすでに交戦している電王と犯人に視線を向けた。
先程までの戦闘とは打って変わり、二人は激しい接近戦を繰り広げている。スピードに関しては犯人の方が上手だが、全体的なパワーと防御力は電王に分があるようで、犯人に死角を突かれたとしても、電王は怯むことなく反撃に移っている。そういえば良太郎達がこの異世界で初めて犯人と対峙した時、キンタロスの大奮闘で相手が退いてくれたって話していたな。一度は追い詰めたはずの相手にここまで攻めあぐねているところを見ると、どうやら犯人にとって今の電王――キンタロスは苦手なタイプのようだ。
「そ、それはそうなのだが、彼も永遠と攻撃を受け続けていられるわけでもないし、何よりスティールなんて搦め手を使ってきた犯人に他の手段がないはずがない。カズマ似の犯人のことだ。次はきっとバインドを使って私のことを……」
「なんでそこでお前が出てくるんだよ」
少しでも油断すると、すぐに自分の性癖を曝け出そうとしてくるダクネス。
こんな時くらいはまともに話を締めくくってほしいものだが、それはそれとして、彼女が懸念している点も確かに無視できない。今はなんともない電王でも、いずれは体力に限界が来るだろうし、何より
「その点は大丈夫だと思いますよ。あのイマジン、ダクネス以上に力はありそうですし、バインドされても力尽くで拘束を解いてしまう気がします」
そう主張したのは、先程まで離れた場所で待機していたはずのめぐみんだった。
てか、いつの間にかパーティー全員が一カ所に集まってしまっている。キンタロスが現れるまではあれほど必死に思考を巡らせて、電王を助けようと動いていたのに、あの気持ちはどこへ行ってしまったのやら。
「ああー、そう言われるとそんな気はするなぁ。キンタロスの元となった御伽噺のことを考えたら尚更な」
「ほう。どんな御伽噺なんですか?」
「主人公が熊と相撲をする話だよ」
「へぇ、一撃熊と相撲を取るんですか。変わった御伽噺ですね」
「誰がそんなモンスターと相撲するか」
もししようとすれば、一撃で持っていかれそうだ。主に首から上が……。
(キンタロスなら勝ってしまうかもしれないけれど)
「でも、ダクネスの言う通り楽観視だけはしない方がいいと思いますよ。私はあくまで『バインドが効かない』と指摘しただけであって、犯人にはまだ何か手があると考えるべきです。たとえパワーや防御力が優れていても、毒や麻痺などの状態異常は効くわけですし」
状態異常か。なるほど、可能性はありそうだ。
冒険者である俺でも相手の動きを封じたり、視界を奪ったりする術を持ち合わせているわけだし、俺の上位互換ともいえる犯人がそういう攻撃手段を持っていてもおかしくはない。俺のように初級魔法二つを組み合わせて使うこともなく、
「おりゃあ!!」
「ぐっ……!?」
そんな心配をしている内に、電王と犯人は鍔迫り合いを展開していた。
電王の攻撃を避けきれず、小刀で受け止めてしまった犯人。犯人は小刀の柄と峰部分を両手で支えながら耐えているのに対して、電王は上から押し潰すように斧で圧力をかけている。なんとか押し返そうと奮闘する犯人であったが、電王のパワーに歯が立たないのか、徐々に押され始めている。どう見たってあれは電王が優勢だ。優勢どころかすでに勝負は決したとも言える。あの体勢から逆転する方法なんて、それこそ相手を状態異常にするなどの搦め手がなければ厳しい。或いは鍔迫り合いを長引かせて、電王の体力を消耗させるかくらいだ。
……ん? 体力を消耗させる?
ちょっと待てよ。
俺には相手の体力を消耗させる、うってつけのスキルがある。いや、消耗させるというよりは、体力を吸収して自分や他の誰かを回復させられると言った方が正しいか。元はアンデッド特有スキルなので、誰それと取得できるわけではないが、仮に犯人が使えるとしたらどうだろうか? 俺に似ているのが外側だけでなく、中身もだとしたらどうなるだろうか?
俺の姿に酷似していることが偶然じゃなかったとしたら……
「ダメだ、キンタロス!! そいつから離れろ!!」
「うん? なんやて?」
俺の警告に電王やアクア達が首を傾げる。しかし、犯人だけは違った。
フード下の口元が僅かに吊り上がったかと思えば、小刀で斧を横へと受け流し、そのまま軽い身のこなしで電王の背後を取った。そして、何も握ってない片手で電王の首元を軽く触れた。
「な、何するん……ぉああああああ!?」
驚愕と悲鳴混じりの声を上げる電王。
その声は同じ被害を受けた者以上に苦しそうな悲鳴で、数秒しか経っていないにも関わらず、電王は片膝をついてしまった。間違いない、
「あわわわわ……!! どうしよう、カズマさん、カズマさん!!」
ダクネスが危惧していた形勢逆転。それが現実に起きてしまい、隣のアクアがアワアワと口元を震わせている。あらかじめこの展開を予想していたと思われるダクネスとめぐみんも動揺を隠せずにいる中、俺は背負っていた弓と矢を素早く手に取り、電王と犯人の間を目掛けて放った。
「………!?」
風を切りながら真っ直ぐ飛んでいく矢。
それに気が付いた犯人は電王から手を放し、背後へ飛び退いた。その隙に俺はダクネスの手を掴んで駆け出し、電王と犯人の間に立ち塞がる。突然手を掴まれたことにダクネスは一瞬戸惑いを見せたが、俺の意図をすぐに汲み取ったのか、大剣を構えて犯人に睨みを利かせた。その間に俺は後ろで膝をついている電王に駆け寄る。
「キンタロス、大丈夫か」
「おお、すまん。助かった。ええっと……カズマやったか?」
「ああ……って、今は暢気に挨拶している場合じゃないだろ。身体の調子はどうなんだ?」
「せっかちな奴やのう。見た通り、力が入らへん。あいつに首元を触れられた途端、身体中から力が抜けていきおったわ。なんや、あれは?」
「多分、『ドレインタッチ』だ。触れた相手から体力と魔力を奪うスキルだよ」
「体力と魔力? ほんまにそれだけか。魔力は知らんが、体力以外にも何か決定的なものまで吸われた気がするで」
決定的なものってなんだよ……。
なんてツッコみたくなったが、なんとか抑え込んだ。
「ダクネス、キンタロスがまともに動けるようになるまで、なんとか時間を稼いでくれ。無理に戦わなくてもいい。きつそうなら避けるだけでも大丈夫だ」
「わかった。それにしてもカズマ、よくあそこで咄嗟に動くことができたな」
全くだ。我ながらよくやったなと称賛したくなる。
ただ、それも現状を打開してからの話だ。頼りにしていた電王は犯人の術中にはまって満足に戦えそうにないし、俺やダクネス、それに少し離れた場所にいるアクアが戦闘に加わったとしても、まともに太刀打ちすることはできないだろう。ならば、今度こそ爆裂魔法を囮に使ってここから退散した方がいいかもしれない。
『キンちゃん、大丈夫? 僕が変わろうか?』
「すまん、亀公。たのむわ」
と、そこで電王がまた独り言を口にし始めた。
いや、これは……
『Rod form』
急に消滅してしまう電王のアーマーと仮面。
代わりに青い亀甲柄のアーマーと甲羅を模した仮面が装着され、電王は亀を擬人化したような姿になった。
「……君、僕に釣られてみる?」
今の今まであった疲労はなんのその、元から何もダメージは受けていなかった風に立ち上がる電王はそう決め台詞を口にした。うん、ウラタロスだ。こんなキザな台詞を平然と言ってのけるのは、あいつしかいない。
「おい、ウラタロス。お前、出てきて大丈夫なのか? 犯人に勝てなかったんだろ?」
「人が颯爽と現れたのに酷いこと言うねぇ、僕」
「子供扱いするんじゃねぇ。それにお前は人じゃなくてイマジンだろ」
「いいじゃない、細かいことは。そんなカリカリしていると、彼女に愛想つかれちゃうよ?」
こ、こいつは……。
「ぐっ……もう、いいや。てか、本当に大丈夫なのか? 勝てなかったは言い過ぎたかもしれないけど、キンタロスが出てこなきゃ戦況が厳しかったのは間違いないんだろ?」
「うーん、正直言うとそうだね。あの子の方が技量は上だし、何より今の僕は本気を出せない。さっきの『ドレインタッチ』って技で良太郎の体力も奪われているから、僕一人だと荷が重いかな。女性を戦わせることだけはしたくなかったんだけど、そう言っていられない状況だし……悪いけど援護してくれる?」
「素直に頼めばいいだけなのに長々と言い訳を垂れやがって……そんなことしなくても、俺達は助ける気満々なんだよ。ダクネス、お前はそのまま前衛に立ってウラタロスの援護だ!! アクアは良太郎に回復魔法をかけつつ、俺とダクネス、それにウラタロスに支援魔法を!! めぐみんは俺の指示があるまで待機していてくれ!!」
「了解した。私はいつでもいけるぞ」
「わ、わかったわ。ヒール!! そして、パワード!!」
「わかりました、カズマ。合図があるまで詠唱を続けます」
俺の指示通りにダクネスは剣を構え、アクアは
「じゃあ行くよ。もし危なくなったら、すぐに退いてね、ダクネスさん。あまり女性が傷つくところは見たくないからさ」
「それはこちらの台詞だ。万全の状態でもないのに、お前達だけを戦わせることはできない。私達にとって手の余る相手かもしれないが、それでも頼ってもらって構わないぞ。こう見えても守りには自信があるんだ」
「へぇ、そうなんだ。なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
互いの身を案じるように言葉を交わす電王とダクネス。
そんな二人はそれぞれの武器を構えると、犯人に向かって駆け出して行った。
「はあ!!」
最初に動いたのは電王。
手にしている棍棒を大きく振りかぶると、そのまま犯人目掛けて叩き込んだ。が、すんでのところで横に避けられてしまい、ガラ空きとなった鳩尾に前蹴りを食らってしまう。
「そこだ!!」
犯人が追撃を始めようとしたところで、今度はダクネスが動いた。
電王に気を取られている犯人の懐へ入り込み、大剣を横に薙ぎ払う。……不思議なことに、大剣は空を切った。犯人は回避行動など一切取っていないのに、だ。
「…………はっ!!」
「くっ!?」
犯人の追撃を受ける電王。
咄嗟に棍棒で攻撃を受け止めているが、威力までは流し切れなかったのか、苦悶の声を上げる。
「ウラタロス! くそっ、ならば!!」
犯人へと急接近するダクネスは、上段に構えた大剣を勢いよく振り下ろした。
振り下ろした大剣は地面に直撃し、山が噴火したように砂埃が舞い上がる。……けれども、肝心の攻撃は当たらない。
「……ふっ、やるね。なら、これはどうかな?」
今の一瞬で体勢を立て直した電王は、脇下に棍棒を挟み、そのまま鋭い突きを放った。
一度目は小刀で捌かれてしまった。しかし、二度、三度と繰り返す内に突きの速度が増していき、犯人も対応しきれず後方へ飛び退く。
「こ、今度こそ!!」
ダクネスは電王と同様、突きの態勢を取って駆け出した。
電王が作ってくれた攻撃のチャンス。まだ体勢を整えられていない犯人へできる限り接近し、渾身の力で剣先を前に突き出す。……大剣は大きく横に逸れていた。
「タイム、ターイム!!」
サッカーやバレーボールでよく目にするT字サイン。
試合の流れを変えるために団体競技の監督が用いるこの手段を、俺は命懸けの戦いをしているこの場で使ってやった。味方勢から怪訝な眼差しを向けられてしまったが関係ない。俺は犯人に一度詫びを入れてから、その傍に立っている聖騎士をこちらへ呼び寄せた。
「……お前、ふざけてるのか?」
「ふ、ふ、ふ、ふざけてなどいない!! この非常事態にカズマは何を言っているんだ!!」
「それは俺の台詞だ。お前が不器用なのは重々承知しているけど、流石にあれはないだろ……。避けようともしない相手に武器を当てるくらい、街の子供にだってできるぜ」
「こ、子供と比較しないでくれ。せめて、せめて街の冒険者と……」
「攻撃が当たらないとか冒険者失格だよな」
「んんっ……ま、まさか敵のいる前で味方の短所を赤裸々に晒し、恥を掻かせてくるなんて……く、屈辱だ。でも、悪くない!!」
息遣いが荒くなる変態。
本当、この非常事態にどういう神経をしているんだ、こいつは。誰のせいで電王が苦戦していると思っているんだよ。確かに援護せずに二人の戦いを傍観していた俺にも非はあるけどさ、それでもあの外し方はない。特に最初の一撃。広範囲に攻撃を当てることを目的とした横の薙ぎ払いを外すなんて、刀身が取れるみたいな仕掛けがなければまずできないぞ。
「うわっ!?」
そんな馬鹿なやり取りを繰り広げている間に、電王は犯人の強襲を受けていた。
一旦は俺の要求を聞き入れてくれたとはいえ、流石に長くは待ってくれないようだ。或いは元から俺達のことなど眼中になく、見逃してくれただけかもしれない。それはそれで腹の立つ話だ。確かに俺達は『もっとも全滅しそうなパーティー』と街で囁かれているらしいが、だからといって、決して弱いわけではない。攻撃が当てられない代わりに優れた耐久力を持つダクネス、ポンコツだが様々な支援魔法で味方をサポートするアクア、頭はおかしいけど桁外れな威力の魔法を放つめぐみん、そんな癖のある連中を一つにまとめ上げる俺と下手すれば魔王と渡り合えるかもしれないパーティーなのだ(実際、魔王軍幹部を何人か倒してきたし)。
「ダクネス!!」
「ああ、わかってる!!」
俺の意図を汲み取ったダクネスは犯人のいる戦場へ再び戻った。
それと同時に俺は再び弓を構え、犯人目掛けて矢を放つ。矢は確実に犯人を捉えていたが、途中で気付かれてしまい、当たる寸前で避けられてしまった。……だが、この展開は想定済み。
「はあ!!」
犯人の気が矢に逸れた瞬間、電王は瞬時に棍棒を横薙ぎに振るった。
俺の放った矢はあくまで囮でしかなく、本命は反撃のチャンスを作ること。そんな俺の考えを察していたのか、電王が棍棒を振るうまでの動作は異様に速く、勢いもあった。あの不利とも思える状況から瞬時に攻勢に転じられるとは、素直に感心せざるを得ない。
「……やっぱり防いじゃう?」
しかし、それさえも犯人は小刀で受け止めていた。
タイミングはよく、手段も悪くなかった。ただ戦闘面において、犯人の方が数枚上手だったらしい。犯人は受け止めていた棍棒を弾くように押し返すと、その反動でよろめいた電王を小刀で一閃する。
「私がいることを忘れるな!」
だが、この展開も想定済み。
犯人の小刀が電王に届く直前、二人の間に割って入ったダクネスがその一撃を受け止めた。たとえ自分から攻撃を当てることができない彼女でも、自ら攻撃に当たりにいくことはできる。むしろ、この変態はそれを強く望んでいる。普段ならば罵倒されても仕方ない行為だが、今回はそれが良い方向に働いた。
「今だ!!」
その隙を逃すはずのない電王は、ダクネスの横へ瞬時に移動し、硬直している犯人に鋭い突きを放った。犯人はダクネスから離れ、後ろへ飛び退く。そんな犯人に対して、電王とダクネスは一気に詰め寄った。
「よし、そのまま一気にいけぇ!!」
俺の掛け声でさらに勢いづく二人。
二人は犯人に反撃の暇を与えぬよう、交互に攻撃を仕掛けた。案の定、ダクネスは大剣をすかしてばかりいるが、それをカバーするように電王が攻撃の手数を増やしているため、こちら側の隙が徐々に減ってきている。それでも犯人が強行突破しようとしてきた時は、俺の援護射撃とダクネスの守りで相手の行動を妨害していく。アクアの支援魔法によって前衛の戦闘力が向上しているので力負けも少なくなり、先程よりも戦況は優勢だ。このままいけば、めぐみんの手を煩わせることなく犯人を捕らえることができるかもしれない。
『………………おい』
ふと突然、ドスのきいた声がどこからか響いてきた。
……気のせいだろうか。
「やっちゃえ、二人共!!」
『…………おい』
応援するアクアに続き、再びあの声が響いてくる。
気のせいじゃない。
「あっ、ダクネス!! そこは大剣で受け止めた方がいいですよ!! なんで自分から当たりにいこうとするんですか!!」
『……おい』
背後から大声でツッコんでいるめぐみん。
でも、それ以上にあの声が気になってしまう。
「そ、そうは言われても、私もいっぱい、いっぱいで……あぅ!!」
『おい』
ダクネスが相も変わらず愉悦に満ちた唸り声を漏らす中、あの声が鮮明に聞こえてきた。
てか、この声はもしかして……
『おい……って言ってるんだよ!! お前等ばっかり戦ってるんじゃねぇ!!』
「せ、先輩っ!?」
怒りを露にした声の主……もとい、モモタロス。
彼が不明瞭な形の赤いオーラで出現した。電王がリュウタロスからキンタロスに変わる時、またキンタロスからウラタロスへ交代した時もたびたび似たようなオーラを目にしてきたが、やはりあれはイマジンそのものだったわけだ。でも、まさかあの姿で喋れるとは……。信じられない光景にアクア達は手を止めてモモタロスを凝視しているし、犯人さえも戦闘を忘れたように呆然と立ち尽くしている。本当、イマジン達の奇天烈さは半端ない。
「ちょっと、どうして出てくるのさ!! 今、結構いいところまで追い詰めているんだよ」
『うるせぇ!! 俺はそいつと戦いたくてうずうずしてるんだよ!! それなのに、ことごとく俺の出番を横取りしやがって!!』
戦闘中にも関わらず激しく言い争う電王とモモタロス。
そういえば取調室で話した時も、犯人と戦いたいみたいな発言をしていたな。それなのに自分の出番をリュウタロスに掻っ攫われてしまうわ、電王の窮地の際もキン、ウラに先を越されてしまうわと、未だ表立って活躍できていない。まあ、怒るのも無理はないか。
「あと少しなんだって、先輩!! そうすれば……」
「だから、あとは俺がやるって言ってんだろ!! 四の五の言わず、俺と代わりやがれ!!」
「ま、待って……うわぁ!!」
制止を促す電王――ウラタロスであったが、そんな彼の言葉にモモタロスは耳を貸さず、体当たりするように電王の身体へ入り込んだ。それと同時に青いオーラが外へ飛び出し、纏っていたアーマーと仮面が消滅してしまう。
「へへっ。ようやく主役の登場だぜ」
『Sword form』
満足げに笑うモモタロス――電王がバックルへパスケースを翳すと、彼の胸部に赤のアーマーが装着され、頭部に割れた桃の形をした仮面が現れた。その姿は彼の元となった御伽噺『桃太郎』を彷彿とさせる――わけでもなかったが、赤という強烈で勢いのある色が力に昇華され、ウラタロス達とはまた違う強さを醸し出していた。
「俺、参上」
両手、両足を大きく広げ、決め台詞及び決めポーズを披露する電王。
先程までの展開についていけず固まっていた犯人だが、電王の姿を再認識した途端、口を一文字に結んで小刀を前に構えた。電王もそれに合わせて犯人を見つめる。手許の武器はすでに剣に組み変わっていた。
「へへっ、ようやく会えたな、緑マント。おデブ達の話を聞いてからずっとやり合ってみたかったんだ」
「……み、緑マント?」
「いっとくが、俺に前振りはねぇ。最初からクライマックスだぜ!!」
「…………!?」
一方的に話を切り上げた電王は、そのまま攻撃に移行した。
真正面からの斬撃。それはお世辞にも太刀筋が良いとは言い難く、キンタロスに比べると威力も劣っていた。だが、素早い動きと手数の多さ、そして、モモタロスの迫力が入り交じって、他に類を見ない強さを発揮していた。犯人も負けじと小刀を振るっているが、これまでの連戦で無理が祟ったのか、うまく攻め切れずにいる。
「ねぇ、あの赤いのが言ってた犯人のあだ名、酷かったわね。何よ、『緑マント』って。まんまじゃない。あだ名をつけるならもっとこう、聞いただけで相手の容姿と中身がわかるようにしなさいよね。例えば『鬼畜』とか、『変態』とか、『ロリニート』とか……」
「それ、全部俺のこと指してるだろ。一、二回しか犯人と対峙していないのに、相手の中身までわかるか。……あっ、お前が馬鹿だってことは最初から見抜いていたわ」
「あんた、どれだけ私を侮辱すれば気がすむのかしら? こんな状況だからホントはしたくないけど、あんたには一度、キッツイのを一発お見舞いしなきゃいけないみたいね」
「おっ、やるか? いいぜ。今の俺はかなり冴えてるんだ。お前なんて目を瞑っていても泣かせられるぜ」
「言ったわね!! 後で謝っても許さないんだから!!」
「やめろ、二人共!! ここまで来てまた喧嘩を始めようとするな!!」
「そうですよ!! それに今なら犯人を捕まえるチャンスじゃないですか!!」
ダクネスとめぐみんに叱咤され、正気に戻る俺とアクア。
眼前で繰り広げられる戦いを見る限り、電王の優勢は今も続いている。ただ、援護していた俺達がまた置いてきぼりにされたこと、相手に
「なら、私達がもう一度彼等の援護に回ればいいんじゃないのか?」
「それはダメだ。あの戦いぶりから察するに、モモタロスは今、ようやく犯人と戦えたことに喜びを感じている。でも、そこへ俺達が下手に介入すれば、気持ちよく戦っているモモタロスのやる気を削ぎ兼ねない。ああいうタイプは一度やる気をなくすと、状況の良し悪し関係なく動いてくれなくなるんだ」
「何よ、それ。面倒くさい性格してるわね」
「お前がそれを言うか。でも、代わりに気分が乗っている時は協力的だし、実力が高ければかなりの戦力になる。これまでの戦いから考えるに、犯人にとってモモタロスはキンタロスに次いでやりにくい相手みたいだ。だから、優勢である今の内に決着をつけたい。モモタロスのやる気を削がずに犯人を捕らえる方法があればいいんだが……」
「モモタロスのやる気を削がずに犯人を捕らえる方法、ですか」
俺の言葉を反復させ、思考し始めるめぐみん。
ようするに犯人を戦闘不能にすればいいのだ。しかし、電王一人の力だけではそれを成せない。無論、彼等以下のポテンシャルしかない俺達は太刀打ち不可能である。はあ……モモタロスのやる気を削がずに犯人を捕らえる方法か。戦うのが好きで暴れるのも好き、なんかめぐみんに通ずるところのある彼は、どんな手段なら援護しても許容してくれるんだろうか。
……ん? めぐみんに通ずるところ?
「めぐみぃぃぃぃぃぃん!!」
「ひゃい!? な、なんですか!!」
俺の急接近に動揺するめぐみん。
よほど思考に耽っていたのか、或いは俺の顔が近すぎるせいか、めぐみんは赤面していた。こうして見つめると、やっぱり可愛いよな……って、そうじゃない。
「爆裂魔法を撃つことを許可する。今すぐにでも撃てるな?」
「えっ、あっ……はいっ!! 勿論です!! いつでも撃てますよ!!」
めぐみんの表情から動揺が消え、眸が爛々と輝き出した。
彼女もモモタロスのように爆裂魔法を撃ちたくて仕方なかったのだろう。そういったところを含めて、めぐみんとモモタロスは似ている。
「ただし、俺の指示通りに撃てよ。わかったな?」
「はい!! 了解です!!」
「ちょ、ちょっと待て、カズマ!!」
「そうよ!! 勝手に話を進めて、一体何をする気なのよ!!」
そんな俺の行動に疑問を示すダクネスとアクア。
「何、簡単なことだよ」
俺はそう答えてから一拍置き、キメ顔でこう言った。
「ヒーローの見せ場を作るのさ」
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「おりぃやあぁぁぁぁぁぁ!!」
「はああああああ!!」
一進一退の攻防を続ける電王と犯人。
一方は己の気迫と素早い斬撃で猛攻をかけ、もう一方は相手の猛攻を冷静に対処しつつ、隙あらば必殺の一撃を叩きこもうとしている。その戦いぶりは魔王軍幹部と渡り合った時以上に緊張感があり、息を呑むような展開が絶え間なく繰り広げられていた。
……まあ、これ以上稚拙な描写をお届けするつもりはないので、一気に決めるけど。
「『エクスプロージョン』――――ッッ!!」
膨大な魔力が一気に地上へ投下される。
それと同時に大爆発が発生し、辺り一帯に強烈な衝撃が走った。大気は震え、草木は激しく揺れ動き、土混じりの爆風が身体のあちこちにぶつかってくる。その凄まじさに一度は目を瞑ってしまいそうになるが、そこをなんとか堪えて目を見開き、爆発地点を確認してからほくそ笑んだ。俺の狙い通り、
「ダクネス!!」
「ああ!!」
最初の爆風が過ぎ去ったところで、ダクネスは駆け出した。
ダクネスの向かう先には犯人の姿があり、それに向かって剣も構えず、前のめりに突っ込んでいる。所謂、体当たりという奴だ。この体勢ならば未だ鎮まることのない爆風から目許を守ることができ、何の準備もしていない相手に対して奇襲も仕掛けられる。
うん? 剣で奇襲をかけた方がダメージは大きいんじゃないかって? 確かにダメージ効率的にはその方がいいかもしれないが……これ以上は言わなくてもわかるよな?
「はああああああ!!」
「ぐっ!?」
ダクネスの攻撃が初めて犯人に当たった。
犯人は防御すら許されず、遠くまで吹き飛ばされる。これにより、剣を使わない方がダクネスは有能であることが証明されてしまったが、それでも奇襲は成功した。丁度、その時点で爆風は弱まり、俺も自力で動けるようになる。俺は犯人を一瞥し、まだ動けないことを確認してから、電王の下へ近づいた。
「お、おい!! あの爆発、もしかしてお前等がやったのか!! 何するんだ!! せっかく良いところだったのによ!!」
「そうだな。だからこそ、あんなことをしたんだ」
「あん?」
首を傾げる電王。
その間も爆発地点からはモクモクと黒煙が立ち上っている。
「ほら、ヒーローには爆発が付き物だろ?」
「……ああ、なるほどな」
電王は納得した様子で頷いた。
おそらく、仮面の下ではほくそ笑んでいることだろう。子供向けのヒーロー番組において、敵が倒された時に爆発する演出は定番だ。元々はグロテスクな表現を控えたり、撮影スケジュールを短縮させたりと大人の事情で取り入れられた演出だが、この演出が生まれたことで視聴者に敵を倒したという実感を伝えられやすくなった。何より爆発は派手だ。めぐみん――というより、紅魔族と通じ合うところのあるモモタロスが派手好きでないわけがない。ヒーローの見せ場を作るためだけに爆裂魔法を無駄撃ちするという、一見間抜けにも思える行動を取ったわけだが、これによって彼のテンションは最高潮に達したはずだ。
「なら、ここで俺が一気に決めればいいわけだな?」
「そういうことだ。頼りにしてるぜ、モモタロス。あっ、ただ間違っても止めは刺すなよ? 犯人を捕まえることが最優先だからな」
「わかってるよ。その辺は良太郎にも念を押されてるんだ」
大袈裟に頷く電王はゆっくりと犯人へ歩み寄る。
電王が近づいた時点で犯人はすでに体勢を立て直していたが、奇襲を仕掛けてくることはなかった。だいぶ疲弊しているのだろう。
「へへっ、結構楽しかったぜ、緑マント。でも、これで終わりだ」
「…………」
警戒した様子の犯人は電王の出方を待っている。
電王は腰元からパスケースを取り出すと、バックルの中央へ翳した。
『Full charge』
「いくぜ。必殺……俺の必殺技……」
バックルから溢れ出した赤い輝きが、電王の身体を伝って、彼の手にする剣の刀身へ集約される。まるで高温で熱した鉄のように赤く輝いている剣を両手で握りしめると、あろうことか刀身部分だけが剣から離れ、空に向かって急上昇した。
「パート3!!」
「………!?」
柄だけとなった剣を電王が勢いよく振り下ろすと、その動作に合わせて刀身が前方へ急下降し始めた。
激しい音を立てながら風を切り裂く刀身。その先には犯人の姿があり、犯人は迫りくる刀身を小刀で弾き飛ばした。しかし、刀身の動きは死んでおらず、今度は弾かれた方向から横薙ぎに迫ってくる。咄嗟の判断で受け止めてしまう犯人だったが、予想以上に威力が高かったのか、苦々しそうに口元を歪めた。
「……と見せかけてのストレートど真ん中!!」
ここで電王が大きく動いた。
犯人が怯んだところを見計らい、電王は疾走して相手の数歩手前で大きく飛び上がった。柄だけだった剣にはすでに刀身が戻っており、赤い輝きも未だ失われずにいる。
「「「「いっけぇ!!」」」」
誰もがここで勝利を確信した。
必殺技を繰り出す電王は勿論、その光景を目にするめぐみん、ダクネス、アクア、それに俺もそう思った。犯人は電王の一撃を見つめているだけで、小刀で受け止めようとも、回避しようともしない。これなら必ず決まる……
そう思っていた時期がありました。
「……『トルネード』!!」
「なにっ!?」
突如、犯人を起点に竜巻が発生した。
その勢いは俺の得意とする
「うわああああああ!!」
さらにその風圧は俺達にも及び、耐久力のあるダクネス以外は枯れ葉のように吹き飛ばされてしまった。
「ぐげっ」
運悪く肩から落下してしまう俺。
いつぞやの時みたいに首の骨を折ってエリス様の下へ送られることはなかったが、落下の仕方が悪かったのか、背骨辺りが凄く痛い。あとでアクアに
そんなことを考えながら身体を起こし、周囲を見渡す。犯人を確認することはできたが、その大きさは手のひらサイズだった。今の風圧で結構飛ばされてしまったらしい。近くには爆裂魔法で魔力と体力を使い果たしためぐみんがうつ伏せで倒れており、アクアと電王は少し離れた場所で転がっている。犯人の近くに残っているのはダクネスだけだった。
「お、おい。なんだよ、今のは!!」
「ちょっと、ちょっと……あれって上級魔法じゃない!! なんでカズマ似の冒険者が上級魔法なんて使えるのよ!!」
困惑した様子の電王とアクア。
なんか遠回しに馬鹿にされた気分だが、それでもアクアが取り乱してしまう理由は頷けてしまった。冒険者と言う職業は他職業のスキルを習得できる反面、スキル習得に使うスキルポイントの消費が激しく、技の完成度も本職には及ばないのだ。元々持っている魔力も多くないので下手に魔法を連発することもできず、正直、冒険者に上級魔法は向いていない。それにも関わらず、犯人は
「……こんなところで倒れるわけにはいかないのです」
急に犯人が口を開いた。
別に無口キャラではなかったので、その点は驚いていない。でも、基本的に言葉を返すだけだった犯人が自ら話し始めたことに関しては珍しいと思ってしまった。
「ここに来て、ようやく幸せを取り戻すチャンスを掴んだんです。そのためにも私は……」
「幸せ?」
犯人の言葉に反応する電王。
でも、その言葉に反応を示したのは、憑依しているモモタロスではなく良太郎だった。戦闘中、一度も表に出てこなかった彼が『幸せ』という単語にだけ敏感に食いついた。別に何か深い意味があって反応したわけじゃないのだろうけど、久しぶりに良太郎の声を聞いたせいか、なんとなく電王に視線を向けていた。
否、向けてしまっていた。
「カズマッ!!」
耳に飛び込んでくるめぐみんの叫び。
その声音から警告であることはすぐわかったが、何の警告をしているのかまでは理解できなかった。しかし、前へ視線を戻してようやく理解した。
犯人の姿がないのだ。まるで先程までいた犯人が虚像だったように、その場から忽然と消えてしまった。最初は逃げられたと思った。でも、周囲を見渡している内に、その認識は間違いであることに気付いた。犯人のすぐ近くに立っていたダクネス、少し離れた場所で転がっているアクアと電王が俺の方を見ているのだ。ここから導き出せる答えはただ一つ……犯人はとてつもない速さでこちらに向かってきている。
そして、犯人は俺の前に姿を現した。
「えっ?」
再びめぐみんの声が聞こえてきた。
ただし、その声音は先程のような悲鳴ではなく、むしろ驚いて呆けてしまう時のものだった。正直、俺も同じように驚いた声を漏らしたかったが、それは許されなかった。腹部に突き刺さる犯人の拳。電王ですら耐え難い犯人の一撃を俺が耐えきれるわけもなく、次第に意識が遠のいていく。
そんな俺が最後に見たもの……それはフードの中から紅く輝く犯人の眸だった。
12月中には完結させたいです(血反吐)。
次話は11月初旬を予定しております。
よろしくお願いします。