この幸福だった者に幸せを……   作:ウボハチ

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※2018/07/17 : 各章の本文を一部修正
※2020/01/05 : 各章の本文を一部修正



この無知なる者に真実を!

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 気付いた時、俺は夢の中にいた。

 くすんだ青空の下、目の前には墓場が広がっている。

 ここはウィズと最初に出会った共同墓地だ。お金のない人や身寄りのない人がまとめて土葬されているためか、お墓の手入れはあまり行き届いておらず、地面の下からアンデッドモンスターらしき腕や足がちらほら見受けられる。未だ成仏できない魂も多く彷徨っているようで、かつてはその魂達をウィズの手で天に還していた。現在は諸々の事情でアクアが担当しており、今もサボらずに続けていることだろう。

 

 しかし、不可解である。俺はどうしてこんなところにいるのだろうか。

 夢という時点で5W1Hがランダムに設定されるのは仕方のないことだが、それでも場所が墓場となると、少し怖気づいてしまう。ウィズとの思い出に浸りたかったのか、或いは屋敷での除霊騒動を……いけない、トラウマを掘り起こしてしまった。

 

 ふとそこで一つの墓が俺の目に留まった。

 それはさほど規模がないものの、手入れのしっかりされた墓だった。墓の前には紫の花が束ねて置かれている。あの花は確か『クリス』だったか。花言葉は諦めない心。働き者の女神様が地上での仮の名として使用するくらい好きな花で、以前、子供から手渡された時に嬉しそうな表情を浮かべていた。でも、なぜあまり人の寄り付かない共同墓地にこの花が添えられているのだろうか……。

 

 そんなことを考えながら墓石へ視線を移した時、俺は目を疑った。

 墓石には信じられない文字が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 “サトウカズマ”――紛れもなく、俺の名前だった。

 

 

 

------017------

 

 デンライナーでの出来事から数時間後、僕達はゼロライナーを発見した。

 オーナーの推測通り、犯人は時の中に身を隠していた。モニュメント・バレーを思わせる荒野のようなこの異空間は、地上と行き来する者が出ない限りは最高の隠れ家となる。そのためか、発見時のゼロライナーは何もない荒野の中心でただ停車しているだけだった。

 デンライナーが姿を現すと、停車していたゼロライナーは脱兎の如く逃走を始めた。こちらも逃がすまいとゼロライナーの後を追った。数分ほど激しい鬼ごっこが繰り広げられた後、僕達を振り切れないと悟ったからか、ゼロライナーはワープゲートを出現させてこの異空間から飛び出していった。こちらもその後に続いた。

 

「おいおい、また妙な場所に出てきたなぁ」

 

 僕達は地上に戻ってきた。

 眼前に広がるのは、ようやく日の出が上がり始めた異世界。周辺にアクセルの街はなく、代わりに古城が丘の上に聳え立っていた。モモタロスが言うように妙な場所である。周りに危険がないか気になったけれど、時の列車が現れた途端、近くにいたモンスター達が一目散に逃げ出したので、ひとまずモンスターに襲われることはなさそうだった。

 そんな確認作業をしている内に、追跡対象のゼロライナーは古城を背景にして停車した。デンライナーは相対するように距離を空けて停まる。オーナー、ナオミさん、ハナさんを除く一同がデンライナーから飛び出していく中、緑色のフードを被った犯人がただ一人、ゼロライナーから降りてきた。

 

「出やがったな、緑マント!!  てめぇ、さっきはよくも逃げやがって……男なら正々堂々戦えってんだ、この野郎!!」

「そうよ、そうよ!! それに女神の従者を勝手に連れて行くなんて許されない行為だわ!! この場でとっとと捕まりなさい!!」

 

 デンライナーから降りて早々、犯人を威嚇するモモタロスとアクアさん。

 犬猿の仲である二人だけれど、共通の敵を前にすると息がピッタリになるらしい。なんだか一昔前の少年漫画に出てくる主人公とそのライバルみたいな関係だ。アクアさんの発言に関してはツッコミどころ満載だけれど。

 

「ちょっと待って、二人共。まずは犯人から話を訊かないと……」

「止めるんじゃねぇ、良太郎!! 話なんざあいつをぶっ倒してからでいいじゃねぇか!!」

「こいつの言う通りよ!! それに今、話を訊こうとしたところで答えてくれるはずがないわ。ほら、見なさい。あっちはもうやる気満々よ」

 

 そうアクアさんに指摘されて視線を移すと、犯人はすでに小刀を構えていた。

 確かに相手は準備万端のようだ。でも、それは二人が敵意を向けているからであって、もしこちらが矛を収めて対話の意思を見せれば、犯人もきっと構えを解いて話に応じてくれるはずだ。それだけの話題を僕達は握っているのだから。そのためにも、まずは興奮気味のモモタロスとアクアさんをなんとかしないと……。

 

「まあまあ、モモの字。ここは一旦、良太郎に任せてみるのはどうや?」

「アクアもだ。カズマを取り戻すのに必死なのはよくわかるが、まずは良太郎の言う通りにしよう。それから戦っても遅くはないはずだ」

 

 そんな二人を宥めてくれたのはダクネスさんとキンタロスだった。

 最初は反発するモモタロスとアクアさんだったけれど、ダクネスさん達の懸命な説得もあってか、渋々と矛を収めてくれた。犯人もこちらに戦う意思がないことを察してくれたようで、構えだけは解いてくれた。小刀は抜刀したままだけれど。

 

「ええと、訊きたいことは山ほどあるんだけれど、きっと全ての質問には答えてくれないと思うから一つだけ……どうしてアクセルの街に来たの? その目的は何?」

「…………」

 

 無言の返事だった。

 こうなる可能性を考慮していたとはいえ、実際にされるとくるものがある。やはり、犯人から直接話を聞き出すことは容易ではないようだ。それならば……

 

「もしかして、サトウさんと何か関係してる?」

「……そこまでわかっていますか」

 

 反応があった。

 しかも、返事はまさかの肯定だ。

 

「そうですよ。私の目的は彼と深く関係しています。その調子ならば、いずれ真相に辿り着けると思いますよ。……まあ、そこの紅魔族だけはすでに辿り着いているようですが」

「…………!?」

 

 ビクリと全身を震わせるめぐみんさん。

 地上に出てもなお、調子の戻らないめぐみんさんの表情がさらに悪くなった。皆の視線が一気に彼女へ集中しているけれど、今は仲間内で疑っている場合じゃない。たとえ、めぐみんさんが真相に辿り着いていたとしても。

 

「ねぇ、めぐみんちゃんをこんな風にしたのって、もしかしてお前? だったら僕、許さないよ」

「ちょっとリュウタ、落ち着いて」

「邪魔しないでよ、亀ちゃん。めぐみんちゃんがこうなったのも、全部こいつのせいなんだよ。踊るのを拒んでいるのも、こいつが余計なことを言ったからだよ」

「いやぁ、それとは関係ないんじゃないかなぁ……」

 

 ウラタロスが苦笑を漏らしている。

 リュウタロスが怒るのはもっともだけれど、踊るのを拒んでいるのは別の理由だと思う。別の理由というよりは、自業自得といった方が正しいかも。

 

「これで質問は終わりですね。なら、今度こそ……」

「ま、待って!! こうやって普通に話し合えるのに、どうして戦わなきゃいけないの? それになんで僕達だけの命を狙うの?」

「質問は一つだけじゃなかったんですか? ……まあ、いいでしょう。私があなたの命を狙うのはただ一つ――」

 

 犯人は一呼吸置くと、こう言葉を繋げた。

 

「あなたが唯一、私の障害になり得る存在だからですよ」

 

 そう言い切ると、犯人は口を閉じて再び小刀を構えた。

 対話の意思なし、と妙実に示していた。どうやらここまでのようだ。あとはモモタロスの言う通り、犯人を倒してから直接聞き出すしかない。

 

「ようやく話が終わったみたいだな。それで良太郎、最初は誰が行く? 勿論、一度は緑マントを追い詰めた俺だよな?」

「いやいや、先輩は皆のおいしいところを掻っ攫っていっただけじゃない。やっぱりここはダクネスさん達とも連携が取れるこの僕が……」

「待ってよ!! 僕、まだあいつと勝負ついてないよ!! だから、もう一度やらせて……」

「みんなでいくよ」

 

 その場がシーンと静まり返った。

 そして、キンタロスが口を開く。

 

「俺はそれがええな。うん」

「……そうだね。熊ちゃんはこんなんだし、てんこ盛りの方がいいかも」

「良太郎が言うなら仕方ないか」

「ちぇ、てんこ盛りかよ」

「あの良太郎……てんこ盛りって……」

 

 おそるおそる尋ねてくるダクネスさん。

それに対して僕は、携帯電話型変身ツール――ケータロスを装着したデンオウベルトを腰に巻き付けた後、自信をもってこう答えた。

 

「みんなが取り憑いて戦う、とてもカッコいい電王ですよ……変身」

『Climax form』

 

 デンオウベルトのバックルにライダーパスを翳した瞬間、僕の身体は電王の素体形態であるプラットフォームに包まれ、モモタロス達は各フォームの仮面を模したレリーフへと姿を変えた。その後、新たに出現した赤白のアーマーが身体に装着されると、右肩にウラタロス、左肩にキンタロス、胸部にリュウタロスと各レリーフが嵌め込まれ、モモタロスのレリーフだけが頭部にくっつく。そして、桃の皮が剥けるように頭部の仮面が変形した。

 

「俺達……参上!! ……って、良太郎。てんこ盛りに『カッコいい』はねぇぜ」

『僕もこれに関しては先輩に同感』

『まあ、良太郎やからしゃあないなぁ……』

『僕、てんこ盛りは好きだけど、かっこ悪いと思うよ』

 

 みんなから非難を受けながらも、変身は完了した。

 電王クライマックスフォーム。ソード、ロッド、アックス、ガンの各フォームの長所を併せ持つ電王の最強形態。ケータロスを通してモモタロス達の心が一つにならなければ変身に辿り着けない姿だけれど、今回は凄くすんなりと変身できた。先程の非難の都合上、何が原因で心が通じ合ったのかは考えたくない。

 

「だ、ダサい……」

「これがカッコいいって……良太郎、やっぱりセンスないわ」

 

 アクアさん達の反応も芳しくなかった。

 なんだか胸に釘を打ち込まれたようで、ちょっと泣いてしまいそうだ。唯一の理解者であるめぐみんさんは身体を抱えながら震えているので、フォローしてくれる感じではない。まさに四面楚歌である。

 それにしても、めぐみんさんは本当に大丈夫なのだろうか。めぐみんさんが事件に無関係でないことは、先程の犯人の発言で明確になってしまったわけだけれど、それが本当だとしたら、これまで事件解決のために動いていた彼女の行動自体が矛盾でしかなくなる。犯人もめぐみんさんも、それにウラタロスも何を知っているんだろう。

 

「おい、ねぇちゃん達は後ろに下がってな。今回は俺達だけ十分だ」

「な、何よ!! 五人が一人になって戦力が減ったっていうのに、なんでそんな自信をもって言えるわけ!! どう考えたって不利な状況でしょ!!」

「一人になった分、これまでよりもずっと強くなってるんだよ。まあ、亀公達も一緒に取り憑いているから、窮屈であまり好きじゃないけどな。それにねぇちゃん達が助太刀しても、あまり役に立たねぇだろ」

「なんですって!! それはあんたが私達と連携を取ろうとしないからでしょ!! 大体あんたはね……」

「まあまあ、アクア。めぐみんもこの状態だし、ここは良太郎達に任せよう。……それでいいか、良太郎?」

 

 僕はコクリと頷き、犯人に視線を移した。

 犯人はいつでも戦える態勢でいる。無防備の僕達を襲わなかったのは、犯人なりにこちらの都合を配慮してくれたのだろう。どういうわけか、これまでアクアさん達に危害を加えようとしていなかったし。

 

「……ったく、わかったわよ。今回も良太郎達に任せるわ。でも、カズマのこともあるんだから、これくらいのことはさせなさい」

 

 そう言って、アクアさんは僕達に支援魔法をかけてくれた。

 筋力、速度、防御力の強化に幸運値の上昇、そしてなぜか相手を芸達者にするスキルもかけてくれた。その後、アクアさん達はめぐみんさんを連れて後ろに下がったけれど、最後の芸達者は必要あったのだろうか。

 

「こっちの準備は終わったぜ。さあ、どこからでもかかってきな、緑マント」

「……では、遠慮なく」

 

 腰に手を当てながらモモタロスがそう言い終えると、犯人は動いた。

 相手は僕達との間合いを一気に詰め、胸部目掛けて鋭い突きを放ってきた。明確な殺意をもった一撃。それを当たる寸前のところで躱すと、モモタロスは腰に装着しているデンガッシャーを組み立て始めた。

 

『イタッ!? ちょっとモモタロス、ちゃんと避けてよ!! かすったでしょ!!』

「かすったぐらいでうだうだ文句垂らすんじゃねぇ、小僧。大したことねぇだろ」

『大したことなくても、痛いものは痛いんだよ!! それにどうして今になってデンガッシャーを組み立てるのさ。組み立てる時間くらい、十分にあったでしょ!!』

「馬鹿野郎。こういうのはな、戦闘中に準備するのがカッコいいってもんだろ。お前等だって普段はそうしてるじゃねぇか」

『先輩の言うことは確かに否定できないけれどさ、それでも時と場合くらい考えなよ。これまでの戦いで、あの子に余裕を見せる暇がないってことは理解してるはずでしょ。それに今の電王は先輩が主導権を握っているようなものなんだから、ちゃんと戦ってくれないと、被害を受けるのは僕達なんだよ。キンちゃんだって万全の状態じゃないし』

『俺のことは心配せずともええで。こうして戦いに身を投じている時点で覚悟は決まっとる。でもな、モモの字。なんだかんだ言って一番負担がかかるのは良太郎なんやし、やることはちゃんとやってから戦いに臨んでくれへんか』

「お前等は俺の親か! 自分が主役の時は好き勝手している癖に……」

『喧嘩してる場合じゃないよ、皆。来るよ』

 

 犯人の二撃目が来た。

 二撃目は左上から振り下ろされる斬撃。目にも止まらぬ速さで振り下ろされるそれを、すでに組み終えている剣型のデンガッシャーで受け止めた。

 

「へへっ、そんなもんかよ。それじゃあ俺達には届かないぜ」

『気を付けて、モモタロス。ドレインタッチが来るよ』

「おっと、そうだったな」

 

 モモタロスは伸びてきた犯人の右腕を避け、デンガッシャーを握っていない左腕で犯人を突っ撥ねた。今の左腕を担当しているのはキンタロス。力が半減しているとはいえ威力は十分あるようで、突っ張りを受けた犯人は苦悶の声を漏らしながら後退した。

 

「おらおら、どうした!! 最初の頃の勢いがないぜ!!」

「くっ……『トルネード』!!」

「うおっ、あの時の竜巻か!!」

 

 僕達が追撃しようとした直後、犯人の前に巨大な竜巻が発生した。

 先の戦いで見せたあの上級風魔法(トルネード)である。魔法を放ったばかりとはいえ、その勢いは以前と比べ物にならないほど凄まじく、竜巻の範囲も広くて回避しようがない。このままだと致命的なダメージは免れないけれど、そんな中でモモタロスは……

 

「へっ、緑マントは知らねぇみてぇだな。俺に同じ技は通用しねぇことをよ」

 

 そんなあるはずもない特性を開けっ広げに明かした後、あろうことか竜巻へ飛び込んでいった。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 砂埃が目にぃぃぃぃぃぃ!!』

『何、アホなことしとるんや!! モモの字ぃぃぃぃぃぃ!!』

『痛い、痛いッ!! モモタロスのバカ、モモタロスのバカァァァァァァ!!』

 

 各部位の装甲となっているウラタロス達が呻吟している。

 その痛みは僕にも伝わった。勿論、モモタロスにもあるはずなのだけれど、彼は足を止めずに竜巻の真ん中を突き進んでいる。何度か吹き飛ばされそうになりながらも堪え、出口が見えた瞬間、一気に駆け出していった。確かに無謀なやり方ではあるが、下手に背を向けてしまうよりは、犯人と離れていない今の内に攻めた方が有効的なのかもしれない。それにこうして正面突破する方がモモタロスらしい。

 

「おうぉぉぉぉぉぉ!! 突破してやったぜ、緑マントォォォォォォ!!」

「なっ!? ……くっ!!」

 

 結果として、竜巻を突破したモモタロスは犯人に一撃を加えることができた。

 ただし、犯人に与えられたのは左腕への掠り傷だけで、すぐに後退されて態勢を整えられてしまったけれど。

 

『何やってるのさ!! 僕達があんなに痛い思いしたのに、掠り傷一つで終わりって!! モモタロスのバカ!! モモタロスのおたんこなす!! モモタロスの役立たず!!』

「うるせぇぞ、小僧!! 竜巻のせいで前がよく見えなかったんだから仕方ねぇだろ!! ……って、勝手に動くんじゃねぇ!!」

 

 暴れ出すリュウタロスとそれを制止させようとするモモタロス。

 リュウタロスはあれだけ怒っているけれど、その割に受けたダメージはあまりなかった。多分、アクアさんにかけてもらった支援魔法である程度ダメージを抑えられたんだと思う。先の戦いでもそうだけど、アクアさんの支援魔法の効力は本当に凄い。それに今のモモタロスの行動で、一つ気になることを見つけた。

 

『傷口から血、出てないね』

『うん。出てないね、良太郎』

『せやな。おかしな身体してるで、あいつ』

 

 そう、傷口から出血がないのだ。

 僕達の放った一撃がそこまで深く――いや、むしろ浅いくらいのものだったとしても、多少なりとも皮膚を切れば出血は免れないはずである。でも、犯人についた傷口からは一滴も血が流れていない。回復魔法で治癒したという可能性はあるけれど、だとすれば、傷跡だけをわざわざ残したままにするだろうか。

 

「……まさか竜巻の中から奇襲を仕掛けてくるとは思いませんでした。やはりあなたは――いえ、あなた達は私にとって一番の障害というわけですね」

 

 そう驚嘆の言葉を口にしながら、再び小刀を構える犯人。

 息を切らしている様子はない。雰囲気から察するに、同じ手は二度と通じないだろう。それもモモタロスのように出任せではなく、本当の意味で。

 

「亀公やおデブ達を追い詰めたあんたにそう言われるとは光栄だねぇ。でもよ、一つだけ勘違いされちゃ困るぜ。あんたは障害を――俺達を絶対に超えられないんだよ!!」

 

 まるでヒールの如くモモタロスが台詞を吐き捨てると、お互いにまた動き出した。

 犯人は魔法や搦め手を使うことなく、純粋な剣術と俊敏な動作で僕達を翻弄してくる。光速ともいえる斬撃は、一度直撃すれば肉片ごと吹き飛ばしてしまうのではと感じるほど凄まじく、さながら殺し屋のようだ。一方、僕達はモモタロスの剣撃にキンタロスの怪力、ウラタロスの冷静な判断にリュウタロスの身のこなしで犯人の猛攻を対処し、隙あらば攻勢に転じている。アクアさんの支援魔法の影響もあって普段以上に力を発揮することができ、戦況はまさに拮抗状態だ。

 

「す、凄い……」

 

 ダクネスさんの言葉が左耳から右耳へと通り抜けていく。

 直接戦っているのがモモタロス達とはいえ、周囲の音にちゃんと耳を傾けられないほど、今の僕は切羽詰まっている状態だった。かつて、侑斗から犯人は牙王以上の実力があると聞いていたけれど、正直、牙王と比較するのが失礼だと感じてしまうほど犯人の実力は高い。戦いの緊張感だけでいえば、僕達の時間を消し去ろうとするカイと対峙しているくらい緊迫していた。すでに何度か命の灯が消える感覚を味わった。

 

「クッソ……このままじゃ埒があかねぇ」

『先輩、ここで焦ったらあの子の思う壺だよ』

「わかってるよ、そんなことくらい。でも、このままじゃ良太郎の体力ももたねぇだろ」

『なら、ここらで一度決めにいくか、モモの字?』

「決めにいくたって、緑マントが俺達に隙を見せるはずが……」

『なら、僕とクマちゃんで隙を作るよ。その間にモモタロスはパスを準備して』

「おいおい、大丈夫なのかよ? 熊公はまだ万全じゃないんだろ」

『何らしくないこと言ってるんや、モモの字。俺達がやることはもう決まってるやろ?』

「……ああ、そうだったなぁ。この俺がうだうだしても仕方ねぇなぁ!! なら、とっとと決めるぜ!!」

 

 ここで動きがあった。

 犯人から放たれる斬撃を直撃寸前で避けた僕達は、一瞬だけ無防備になった相手の腰元に左腕を添え、出せる限りの力で突っ撥ねた。そのまま流れるように右手でパスを取り出し、犯人が態勢を整える前にバックルへ翳す。

 

『Charge and up』

『いくぜ、必殺……俺達の必殺技……』

 

 バックルから溢れ出す虹色の輝きがデンガッシャーの刀身へ集約されていく。

 僕達は手にしているデンガッシャーを強く握り締めたまま、体勢を整えたばかりの犯人へと駆け出した。

 

「クライマックスバージョン!!」

 

 犯人との間合いをギリギリまで詰めた状態で放つ横一閃。

 体勢を立て直したばかりの犯人は、先程のように上級風魔法(トルネード)で迎撃してこなかった。代わりに……

 

「『リフレクト』!!」

 

 両腕を前に突き出し、眼前に光の壁を出現させる。

 

「やっぱりそういう手段はあるよなぁ!! うぉりゃああああああ!!」

「くっ……!!」

 

 光の壁を破壊しようと剣を押し込む僕達に、必死に耐える犯人。

 あまりに凄まじい力のぶつかり合いで地上に衝撃が走る中、先に音を上げたのは……犯人だった。

 

「これで決まりだぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐっ……!!」

 

 光の壁にヒビが生じていく。

 そのヒビは光の壁全体に広がり、寸秒もしない内に砕け散りそうな域まで達した。

 

 

 

 

 

 勝った。

 

 そう勝利を確信した僕達は、それでも油断せずさらに一歩、剣を押し込んだ。そんな中、犯人は左手だけをゆっくりと僕達の顔の前まで移動させた。

 

「カ……『カースド・ライトニング』ッ!!」

「なあっ!? クソッ!!」

 

 犯人の掌から放たれる黒い稲妻。

 それが犯人自身を守っていた光の壁をも貫通し、僕達の顔面目掛けて一直線に飛んできた。幸い、モモタロスが間一髪のところで頭をさげてくれたのでなんとか回避できたけれど、もしそうでなかったらどうなっていたか。あまり想像したくない。

 一方、犯人はすでに僕達と間合いを取っていた。相変わらず相手にダメージは入らないけれど、あのせめぎ合いを繰り広げたからか、小刀を杖代わりにしながら肩で息をしている。

 

「リフレクトにカースド・ライトニングですって!! 上級魔法はともかく、リフレクトなんてカズマさんが覚えそうなスキルじゃないでしょ!! しかも、物理攻撃まで防ぐなんて反則よ!! リフレクトは本来、魔法だけを跳ね返すんだから!!」

「そうなのか。やはり、あの犯人は一筋縄ではいきそうにないな。私達もそろそろ加勢した方が……めぐみん?」

「あ、あれ……」

 

 犯人と間合いを取っているからか、アクアさん達の声を聞き取れるようになった。

 会話の内容は犯人に関してのものだったけれど、相手がイレギュラーであること以外、わかることはなさそうだ。でも、それ以上に気になったのは、めぐみんさんの発言。これといって意味のある言葉を口にしたわけでもないのに、なぜだか嫌な予感を覚えてしまう。

 そして、その予感は的中した。

 

「りょ、良太郎!! 良太郎さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 突如、狼狽し始めるアクアさん。

 彼女へ顔を向けると、ダクネスさんと俯いていたはずのめぐみんさんが唖然とした表情で対面の空を見つめていた。アクアさんも同じ方向へ指を差していたので、僕達もそちらへ視線をした。そして、驚愕してしまった。

 

「か、カズマッ!!」

 

 慟哭にも近い叫び声をあげる犯人。

 そんな犯人の視線の先、そして、僕の眸に映ったのは……

 黒煙が立ち昇っているゼロライナーの姿だった。

 

 

------018------

 

「……うーん、うん?」

 

 目覚めた時、まず目に入ったのは知らない天井だった。

 どうやら気付かぬ内に眠ってしまっていたようだ。頭がボーっとして、すぐに身体を起こせそうにない。二度寝してしまうかと考えたけれど、あの夢のことが脳裏に過ってしまい、それはできなかった。あの夢とは、今しがた俺が見ていた不気味でどこか暗示めいた夢のことだ。

 

「目が覚めたようですね」

 

 そんな気分の悪い中で身体を起こすと、誰かが声をかけてきた。

 聞き覚えのある男性の声だ。男性の声というか、俺の声。自分以外に同じ声を持つ奴なんて、俺の知る限りじゃ一人しかいない。

 

「ああ。かったい椅子の上で気持ちよく寝させていただきましたよ」

 

 俺は憎まれ口を叩きながら声の主――犯人を見た。

 犯人は腕を組みながら壁に凭れ掛かっていた。相変わらず緑のフードを被っているので、表情を確認することはできない。最初、なぜこいつが俺の前にいるのかと疑問に感じたが、すぐに思い出した。そうだ、俺は連れ去られたんだった。

 

「調子はいかがですか? 腹部に痛みは残っていませんか?」

「腹部の痛みって、それはあんたがしてきたことだろ。……あっ、でも、痛みはない」

「そうですか。それは良かったです」

 

 安堵した様子で頷く犯人。

 ……あれ? もしかして心配されていた?

 どういうわけか、先の戦いで見た犯人の雰囲気と違いすぎる。なんだよ、今の柔らかい口調。良太郎達がいる前じゃ研いだナイフみたいにおっかない感じだったのに。……ハッ!? もしかしてこいつ、ホモの気が……

 

「それはないので安心してください」

「人の心を勝手に読んでくるな。なんだ、俺のプライバシーは皆無ってか。ふざけるなよ」

「あっ、すみません……」

 

 俺が声を荒げた途端、犯人はシュンとへこんでしまった。

 本当になんなんだよ、こいつ。調子狂うなぁ。こんな奴が街を脅かしていたなんて、今じゃ信じられないぞ。

 

「はぁ、もういいよ。あいつらにやられてもう慣れたし。そういや、ここって……」

「時の列車、ゼロライナー。あなたと一緒にいた電王――野上良太郎が使用しているものと同じ、タイムマシンです。今は他の時間へ飛ぶことはできませんが、それでも相手を巻く足として非常に役立っています。これがあれば、少なくともあの街の人には捕まりませんからね」

 

 ペラペラとよく喋る犯人だ。

 捕虜的な立場とはいえ、敵である俺にこれだけ情報を漏らしてしまうのはいかがなものだろうか。正直、考えられない。それだけ自分の腕に自信があるのか、或いはただの脳筋なのか……いや、あの戦いぶりを見る限り、それはないか。

 

「なあ、自分で言うのもおかしいと思うけどさ、俺をこんな野放しにしていいのか? いつ何時逃げ出すかわからないぞ」

「その点は心配ありません。仮に逃げ出してしまっても、あなたはここへ戻ってくるしかありませんから」

 

 そう言って犯人は扉へ視線を向けた。

 どうやら外に出て確かめてみろとのことらしい。俺はそれに従って車外へ飛び出した。眼前に広がっていたのは、何もない荒野だった。

 

「……なるほど。確かにここへ戻ってくるしかなさそうだな」

「でしょ。さあ、中へ戻りましょう」

 

 そう犯人に言われ、仕方なくゼロライナーへ戻った。

 まあ、ここが良太郎達の話していた異空間だとすれば、デンライナーと遭遇できる可能性もあるわけだが、どこまで続いているかわからないこの異空間をほっつき回るよりは、ゼロライナーに乗って助けを待つ方がリスクは低そうなのでやめた。都合のいいことに、犯人が俺に危害を加えてくる様子もないし。

 

「あんたが言っていたことは理解したよ。だからといって、俺を拘束しないのはどうかと思うぜ。逃げないにしても、隙を見てあんたを襲う可能性だってあるんだからさ」

「仮に襲われたとしても、私は負けませんので問題ないです。何より私はあなたを拘束したくありませんので」

「ほーう。なんか俺のことを知っている口振りだな」

「当然ですよ。なんせ、あなたは未来の勇者なんですから」

 

 心臓が止まりそうになった。

 今、こいつはなんて言った? 未来の勇者って言ったか? 誰が、どいつが、どんな奴が勇者だって?

 

「だから、あなたが勇者なんですよ、サトウカズマさん。数年後の未来、あなたは魔王を倒して勇者になるんです。勇者らしくない勇者として」

「おい最後。なんで上げて落としてくるんだ」

 

 勇者らしくない勇者って。いや、確かに勇者らしくないけれど。

 でも、マジか。良太郎から未来の孫の話を聞いた時は羨ましいと思ったけれど、改めて自分の未来を聞かされるとなんとも言えない気持ちになるな。未来の俺すげぇとか、果たして俺がそうなれるのかとか……のび太くん、こんな気持ちを抱えながらしずかちゃんと結婚するために奮闘しているんだね。十年ちょっとしか生きていない俺にとっては重すぎる事実だぞ、これ。

 

「心配せずとも大丈夫です。今まで通りの生活を送っていれば、いずれ未来に繋がりますから。むしろ、色々と抱えすぎると破滅します」

「現実味のあるアドバイス、どうもありがとう。……ってことはなんだ? お前のその格好は俺のコスプレなのか? もしかして、未来の俺は人気者?」

「えっ、あっ……はい」

「おい。なんだ、今の返事。どうしてそんなに曖昧なんだよ、こら。顔を背けるんじゃねぇ」

 

 勇者にはなったけれど、人気者ではないらしいです。

 なんか傷つくわぁ。俺の性格上、勇者になった後に色々としでかしていそうなので、仕方ないといえば仕方ないけれど。それでも普通はさ、勇者って周りからチヤホヤされるもんじゃん。色んな女の子から話しかけてもらえるもんじゃん。子供から憧れの存在として見られるもんじゃん。それがないって、えぇ……

 

「だ、大丈夫です! 勇者としてはそこそこかもしれませんが、人脈は誰よりも広かったようですから!」

「なんとも言えないフォローだな。だったら、どうしてあんたは俺なんかの格好をしているんだ? それも紅魔族であるあんたがわざわざ……」

「へっ?」

 

 素っ頓狂な返事がきた。

 気付かれていないとでも思っていたのだろうか。

 

「あんたに腹パンされる瞬間、少しだけ顔が見えたんだ。それで紅い眸を確認した。最初はイマジンに取り憑かれているせいかと考えたけど、その割には既視感のある紅で、めぐみんの眸に似ているなって思ったんだ」

「…………」

「勿論、根拠はそれだけじゃないぜ。今しがた話していた内容だが、もしイマジンが取り憑いた状態だとすれば、絶対にできる会話じゃなかっただろ。それにあの上級魔法、冒険者にしては精度が高すぎる。その点を踏まえて考えた結果、あんたは紅魔族なんじゃないかという結論に至ったんだ」

「……流石ですね」

「そうでもねぇよ。あんたがどうしてスティールやドレインタッチを使えるかが全然わからないし。でも、今くらいのことならめぐみんも気付いていたと思うぜ。俺が襲われた時、結構近くで倒れていたからな」

「……そうですか。確かにそうですね」

 

 顎に手を当てて考え込む犯人。

 この反応を見る限り、こいつが紅魔族なのは間違いなさそうだけれど、それでも疑問点はまだまだ残っている。窃盗(スティール)吸収攻撃(ドレインタッチ)のこともそうだが、そもそもなぜ紅魔族なのに戦闘で魔法を使わなかったのかとか、どうして執拗にアクセルの冒険者を狙うのかとか、どれほど先の未来からやってきたのかとか……ええい、考えれば考えるほど疑問が出てくるじゃねぇか。

 

「あなたの洞察力には脱帽ですよ。流石という言葉しか出てきません」

「いいから質問に答えてくれよ。あんたが俺の格好をしている理由とこの時間に来た目的をさ」

「一つ増えています……まあ、いいでしょう。でも、その前に私の昔話をさせてください」

 

 そう言って犯人は一呼吸置くと、ゆっくりと語り始めた。

 

「私は元々、王都で魔王軍と戦うアークウィザードでした。日々、王都へ攻め入ろうとする魔王軍を完膚なきまでに叩きのめしていましたが、ある日、妻となる女性と運命的な出会いを果たしました」

「妻!? あんた、結婚してるのかよ!!」

「ええ。こんな姿ではありますが、年齢は今のアクアより上なので」

「アクアより年齢が上って……いや、なんでもない。……いや、なんでもあるわ!!  どうしてあんたがアクアの事情を知っているんだよ。それに普通の人間ならそんな長生きできないだろ。あっ、もしかしてリッチーになったんじゃ……」

「そういうものに手は染めていません。アクアに関しては未来の彼女から直接聞きました。長生きしているのは、そう……ただの紅魔族パワーです」

「紅魔族パワーって何!? そんなもんで若い肉体のまま長生きできるのかよ」

「ええ。私達にはそれだけの知力があります。もう少し詳しく話すと、若返り薬を作ることに成功したんです。紅魔族は天才なんです」

「まじかよ。紅魔族、すげぇな」

 

 今度はこちらが脱帽してしまう羽目になった。

 幼い頃から魔法使い(アークウィザード)の素質が備わっていることは知っていたが、まさかここまで出鱈目な奴等だったとは。そういえば、アクセルの商店でたまに目にするスキルポイント増加アイテム、『スキルアップポーション』も紅魔族産だった。知力が高ければ、クエストを受けずとも稼ぐ手段があるなんて、凄く羨ましい。

 

「話を戻しますね。妻と出会った私は、長い交際期間を経て結婚に至りました。その後、彼女の故郷であるアクセルの街に住むこととなり、娘一人を授かって幸せな日々を送っていました。……あっ、この頃にはすでに魔王も倒されていましたよ。あなたは勇者としてみんなから持て囃されていました」

「どうせ一時的なもんなんだろ? わかってるよ。じゃないと、あんな曖昧な返事はしないよな」

「すみません……悪気はなかったんです」

「そう謝られてもなぁ……あっ、そういえば俺が勇者になった話は聞いたけれど、その後の俺はどうなったんだ? 冒険者稼業を続けたのか? 或いはニートになったのか? 誰と結婚したかも気になるなぁ」

「さあ、どうだったでしょう……」

 

 言葉を濁してくる犯人。

 絶対に知っている感じだけれど、この様子じゃ口は割らなそうだな。まあ、いいか。変に聞き出すと、抱える必要のない事実が増えていくだけだし。

 

「俺がどうなったとかの話はいいや。それで幸せな日々を送っていたって話だったけど、その口振りから察するに何かあった感じだな」

「ええ、ありました。そのせいで私の幸せな日常は崩壊しましたから……」

「どうしてだよ? 第二の魔王が現れたりしたのか?」

「いいえ、そうではありません」

「じゃあ、誰かの恨みを買って罪を着せられたとか?」

「あなたじゃありませんし……」

 

 こ、こいつ……。

 

「じゃあ、なんだよ? はっきりと言ってくれないとわからない……」

「病気です」

「びょ、病気?」

「正確には感染症ですかね」

 

 予想だにしないキーワードが飛び出してきた。まさか感染症とは。

 でも、確かに感染症は第二の魔王誕生以上に厄介だ。元の世界では感染症が原因でヨーロッパの人口の三割が死亡したなんて事例もあったし、科学が進歩した現代でさえ未だ命を落とす人が後を絶たない。回復魔法しか取り柄のないあのアクアでも対処するのは難しく、専用のワクチンがなければ、完治はほぼ不可能だ。それだけ感染症――というよりも病気は侮れないのだ。

 

「今から数十年後の未来、この国では未知の感染症が発生します。主に子供が感染することの多かったその病気は、一度かかってしまえば助かることは難しく、ワクチンを開発するのに数年という時間を要しました。私の娘はワクチンが開発する前に感染しました。それで……」

「…………」

 

 犯人が話したいことを理解した。

 理解した上で、俺は耳を塞ぎたくなった。アクセルの街に異常な執着心を見せていた犯人がこれだけで話を終えるはずがない。多分、もっと辛い事情を抱えているはずだ。でも、逃げるわけにはいかなかった。情報を得るためとはいえ、興味本位で訊いたのは俺なんだから。

 

「娘を失ってから数年後、今度は妻を失いました。娘と同じく、感染症にかかったんです。子供にしか感染しないのではと思ったでしょう? でも、稀にあったんですよ。免疫力の低下した大人が感染症にかかってしまうという事例が。妻もその一人でした」

「じゃあ、あんたがこの時間に来た目的って……」

「ええ、もう一度妻と会うためです。そして、全てをやり直したいんです」

 

 そう犯人は言い切り、口を閉じた。

 時間を超えて想い人に会いに来るなんて、泣ける話じゃねぇか。でも……

 

「やり直したいってなぁ、それはまずいだろ。第一、下手に過去に干渉すれば、今のあんたが消えるかもしれないじゃねぇか」

「わかっていますよ。イマジンの記憶を通して、その辺りに関しては理解しているつもりです。それでも私はやり直したい。今の状態のままなら、僅かですけれど、あの人と一緒に過ごせますし」

「僅かって……うん? ちょっと待てよ。今、『イマジンの記憶を通して』って言ったよな? 『今の状態』って言葉から察するに……あんた、もしかして憑いていたイマジンを取り込んだのか?」

「ええ、そうですよ。もしかして、気付いていませんでした? 先程の推理もありましたし、てっきりわかっているものかと……ふふっ、これは私の勝ちということでしょうかね」

 

 いや、そもそも勝負なんてしてねぇから。

 そう心の中でツッコんでしまった。でも、悔しさは少しだけあった。それはレースゲームでずっと一位を独占していたのに、突然の番狂わせで最下位まで転落した時の悔しさと同じだ。……なんだ、結構悔しんでいるじゃん。

 対して犯人はすごく嬉しそうだった。イタズラが成功してはしゃぐ子供のような反応をしている。まあ、自分の素性を特定した相手から一本取れたら嬉しいか。

 

「でもよ、イマジンを取り込んだだけで時間改変の影響を受けずに済むのか?」

「はい。イマジンとは本来、そういうものですから。新たな自己を手に入れようと時間改変を目論む存在。野上良太郎の下にいるイマジンもそうですが、彼らは過去へ飛んだ後も自己を保つ術があります。でなければ、飛んだ先で破壊活動などできずに消滅してしまいますからね。私はそんなイマジンの能力を利用して、この時間に居座っているんです」

「へぇ……でも、さっきの発言から考えるに……」

「えぇ、ずっとこうはいられませんよ。もし想定以上の時間改変が発生してしまえば、流石の私も消滅するでしょう。私のいた未来も一緒に消えてしまうわけですから」

「だったら、尚更あんたの行動はどうかと思うよ。仮にあんたが奥さんと出会って気持ちを伝えられたとしても、肝心の相手は突然のことに戸惑うかもしれないし、最悪拒絶する可能性だってある。そんな結末になってもいいのか?」

「うっ、それでも私はやり直したいんです…………」

 

 徐々に犯人の声が弱弱しくなっていった。

 ……もしかして、言い過ぎちゃったかな。

 

「ま、まぁ……そうならない可能性もあるかもしれないな、うん。俺だったら悪い気もしないし」

「ほ、本当ですか!!」

 

 犯人が敏感に反応してきた。

 フードで顔はほとんど見えないけれど、目を輝かせているのはなんとなくわかる。

 

「あ、あぁ。……ただ、もし俺が想い人の立場だとすれば、街の外で冒険者を襲撃することはやめてほしいと思うかな。理由はなんであれ、関係ない人を巻き込むのはダメだと思うぜ」

「そうですね……わかりました。今後はそうしないようにします」

 

 犯人はそう素直に返事をした。

 落ち込んだと思えば、急に元気を出すと慌ただしい奴だな。てか、俺の言葉に敏感に反応しすぎている気がする。本人は否定していたけれど、やっぱりホモの可能性が……いや、やめよう。こいつは違うと言っていたし、女性と結婚しているとも話していた。なら、ここは素直に信じてあげようじゃないか。

 

「話も脱線しかけているし、そろそろ本題に戻るか。あんたの目的はよくわかったよ。でも、その姿をしている理由やこの時間に来た方法についてまだ訊けていないぜ」

「また一つ増えています。まあ、この際なので話しますけれど……」

 

 犯人は呆れながらも話を続けた。

 

「この姿をしている理由は、あなたに対するその……憧れからきていまして……」

「そうやって俺を調子づかせた後、また落としてくるんだろ? あんたの手口はもう知り尽くしているんだ」

「だから、そういうつもりはありませんって。……まあ、確かにこの姿でいる理由は他にもありますが。ほら、私って紅魔族じゃないですか。基本、魔法しか使えない私が外の世界を出歩いていれば、面倒な輩に絡まれたりするんですよ」

「そんなことないだろ。紅魔族は他国でも名が轟くくらい有名だし、あんたの場合は剣術だってあるじゃないか。そんな化け物じみたあんたに向かっていく馬鹿がいるのかよ?」

「化け物じみたって……まあ、事実なので否定しませんが、そうですね……この世界ならいないでしょうね。でも、あなたの世界ならどうでしょう?」

「ああ……話が変わってくるな」

 

 犯人の言いたいことがわかった。

 確かに紅魔族は超がつくほど有名な一族だ。だが、それはこの世界だけの話であり、俺の元いた世界――それも日本ならば事情が変わってくる。紅いカラコンを入れた外国人――そう認識されるのがオチだろう。さらにそこへ紅魔族の服装を合わせれば、イベントもない日に街中でコスプレをするただの変人だ。そうなると、面倒な輩――警察のお世話になること間違いなしというわけである。おそらく、日本でそういう目にあったのだろう。それを避けるために選ばれたのが俺の格好だったわけか。

 

「あなたは日本出身ですからね。あの環境に馴染む服装として、真っ先に思いついたのがあなたの格好でした」

「多分、その格好じゃ全然馴染めてなかったと思うけどな。せめて上下ジャージにしておけばおかしくなかったのに。てか、どうして俺が日本出身だと……ああ、未来の俺から聞いたのか」

「ええ、アクアの時と同じです」

「アクアはともかく、パーティー以外の奴によく素性を明かそうとしたな、未来の俺。それだけあんたと仲が良かったってわけか」

「はい、それはもう……」

 

 力強く頷く犯人。

 おいおい、やめてくれよ。そういう反応を度々見せるから、俺の中に犯人ホモ疑惑が生まれるんだ。

 

「でもさ、そもそもなんで日本なんかに行ったんだ? 自力じゃ日本へ渡ることなんて不可能だし、大体行く理由もなかっただろ?」

「ええ、確かに行く理由はありませんでしたね。でも、状況的に行くしかありませんでした」

「うん? なんでだ?」

「無理矢理日本へ飛ばされたんですよ。地上にある門から突き落とされて……」

 

 犯人は衝撃的な発言をしてきた。

 地上の門から日本へ飛ばされた、だって? おいおい、マジかよ。まさか俺達が不可能だと断定していた方法で日本に渡っていたとは思わなかった。正直、信じられない。入ったら最後、外に出られるかも怪しい空間から日本へ辿り着くことができ、さらに時の列車を手に入れるなんて。犯人が今、自らの望みを叶えるためにこの時間にいることを考えると、これほど好都合な展開はないはずだ。何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。

 

「それであんたはこの世界に来て、目的のためにアクセルの冒険者を襲撃していたわけか」

「はい。あまりクエストに出たがらないあの人を街の外へ誘い出すために……」

「なんだよ、それ。あんたの奥さん、俺みたいな性格だったんだな。でも、それなら直接アクセルの中に入って会いに行けばよかったのに」

「それはできませんよ。私にはあの街に入る資格はありませんから……」

 

 哀愁に満ちた様子で言う犯人。

 日本へ飛ばされたくだりでも気になったことだけれど、こいつは未来で何をしたんだ? アクセルの中に入らず、ずっと外で想い人を待ち続けたことを考えると、アクセルに対して後ろめたさがあるとしか考えられない。

 

「なあ、どうしてそこまで亡くなった奥さんとやり直すことにこだわっているんだ? 病気で亡くなったんだろ? 仕方のなかったことなんだろ? 言っちゃあ悪いけど、このまま戻ることのない相手に依存するより、あんたが新しい人生を始めた方が、亡くなった奥さんも喜ぶんじゃないのか?」

「………」

 

 犯人は何も答えてくれなかった。

 ……あれ、もしかして今の質問はタブーだったかな?

 

「……ないですか」

「へっ?」

「……できるわけ、ないじゃないですか!!」

 

 と思えば、犯人は俺に向かって怒鳴ってきた。

 堰を切ったように吐き出される怒りの感情。でも、同時に深い悲しみも伝わってきた。心なしか、犯人の声は酷く震えている。

 

「あの人は私のせいで死んでしまったんですよ!! 私がもっと早くあの人の気持ちに気付いて支えてあげていたら、病に倒れることもなかった!! 私が、私が……」

「お、おい! 落ち着けって! 俺が言い過ぎたよ!! 悪かった、本当に悪かったって!!」

 

 俺はワケもわからず謝り続けた。

 それだけ犯人の動揺ぶりは半端なかった。まるで泣きじゃくる赤子のように喚いている。俺はしばらく犯人を落ち着かせることに専念した。その甲斐もあり、犯人は少し経ってから正気に戻った。

 

「失礼しました。取り乱してしまって……」

「ああ……いいよ、別に。俺も他人の領域にズカズカと入り込みすぎたんだ。少し自重するよ」

「他人の領域……ですか」

 

 悲しげに口を開く犯人。

 おいおい、今の発言の何が気に障ったんだよ。さっきのことがあった手前、下手に質問できないぞ。

 

「あんたの過去について、これ以上は訊かないよ。だから、一つだけ……なんであんたはスティールやドレインタッチを使えるんだ? 紅魔族は生まれつきアークウィザードみたいなものなんだから、他の職業のスキルは覚えられないはずだろ?」

「ああ、それはですね、一度だけ冒険者にクラスチェンジしたからです。勿論、今はアークウィザードですが」

 

 ま、まじかよ……

 

「えっ、上級職が冒険者にクラスチェンジってできるの? 冒険者から他の職業にクラスチェンジする話は聞いたことあるけれど……」

「できますよ。ただ、公式で推奨されているわけではありませんし、そもそもしようとする人がいませんね」

「だったら、なんで……」

「覚えたいスキルがあったからです。スティールやドレインタッチはその過程で習得したに過ぎません」

 

 そう端的に答える犯人。

 なるほど、納得のいく答えだ。冒険者という職業はステータスこそ全職業の中で最弱だが、他の職業の持つ全てのスキルを自由に習得できるという利点がある。これならば、窃盗(スティール)吸収攻撃(ドレインタッチ)を習得している理由も頷けるが……

 

「冒険者にクラスチェンジしてまで習得したかったスキルってなんだったんだ?」

「…………」

「あっ、もしかしてあんたの過去に関わる感じ? なら、別に教えてくれなくても……」

「リザレクションです」

「り、リザレクション?」

「ええ、リザレクション」

 

 コクリと頷く犯人。

 復活魔法(リザレクション)――それは僧侶(アークプリースト)にしか習得できないスキル。アクアが俺を蘇生させる時によく使ってくれるけれど、そんなスキルをなんで……あっ。

 

「もしかして、奥さんか?」

「ええ、そういうことです」

「でも、待ってくれよ。仮に習得できたとしても、奥さんはすでに亡くなっているんだろ? 亡くなってからかなりの時間が経過しているんだろ? リザレクションって、死んだ直後にしか効果はない魔法じゃないか。しかも、病死した人は寿命でなくなったというカウントで無効のはずだ。蘇生させることなんて不可能じゃ……」

「そんなことはありませんよ。どんなスキルでも使用し続ければ進化して、不可能なことを可能にしてくれるんです」

「スキルが進化するだって? でも、そんなことできるはずが……」

「実際に成功していますよ。取り憑いていたイマジンを私の身体に取り込んだのもドレインタッチですし」

 

 ゴクリと息を呑んでしまう俺。

 スキルの進化――確かに考えたことはなくもなかった。この世界のスキルは冒険者カードを通して習得、且つ能力を向上させることができる。しかし、単一のスキルに別のスキルの性質を付加させたり、元々ある制約を破った使い方をしたりすることはできない。もし似たようなことをしたいのであれば、複数のスキルを合わせて使うか、或いはその目的に合ったスキルを習得する他ない。

 でも、この前提がそもそも間違っていたのならどうだろう。単一のスキルに別のスキルの性質を付加させられないのではなく、誰もしようとしなかっただけだとすれば、研究次第でスキルを進化させることは可能じゃないだろうか。

 

「私のドレインタッチは魔力と体力を吸収するだけではありません。記憶を吸い取るんです。ただし、相手に記憶障害を起こさせるわけではないので、正確に言うのならば記憶の一方的な共有――透視に近いですかね。相手が人間や動物ならば記憶を透視するだけで害はありませんが、記憶から存在が形成されているイマジンには十分効果があったようで、ドレインタッチをした途端、イマジンは私の身体に取り込まれていきました」

「おいおい、ドレインタッチでそういう現象が起こったってことは……」

「ええ、リザレクションでも同じことが起こりましたよ……」

 

 そう答えながらも、犯人の声に抑揚はなかった。

 

「どうしたんだよ。ドレインタッチみたいにスキルを進化させられたのなら、リザレクションもそうなったんだろ? リザレクションの場合は……ああ、時間経過や寿命とかを無視して対象を蘇生させるって感じか。なら、それで……」

「できませんでした」

 

 犯人の声が小さくなった。

 

「確かに肉体の蘇生はうまくいきました。すでに朽ち果てていた臓器も復元され、生きていた頃のようにちゃんと機能しました。でも……」

 

 犯人は涙ぐんだ声で言葉を繋げた。

 

「蘇生した時点であの人は廃人でした。容姿はあの人のままなのに、声をかけても碌に喋ることができず、私のこともちゃんと認識できない。生気のない目でどこを見ているかもわからず、だらしなく涎を垂らしている。何かに支えられていないと立つことすらままならず、支えがなくなった途端、軟体動物みたいにグニャリとその場に倒れこんでしまう。……蘇生したあの人は、あの人の姿を模した別の生き物でした」

「ま、マジか……」

 

 俺は絶句してしまった。

 そういえば何かの漫画で肉体と精神は別物だって書いてあった気がする。あの時は作品上の設定なのだろうと納得したが、もし今回の例がそれに当てはまるとすれば、こいつの想い人が蘇生しなかった理由も頷ける。というより、多分これで間違いないはずだ。だって、俺がエリス様の下から蘇生される時、強引とはいえ彼女の了承を貰っているのだから。

 

「もしこれが成功すれば、あの人だけでなく娘も生き返らせるつもりでした。ですが、何度繰り返しても、結果は同じ。……わかりますか? どれほど蘇生させても、本当のあの人が戻ってこない現実を。そして、そんなあの人を何度も手にかけなきゃいけない時の気持ちを……」

「…………」

「それでも私は諦めませんでした。たとえどれだけの人に軽蔑され、血反吐を吐くことになっても、あの人ともう一度生きて会う未来のため、幾度となく同じことを繰り返しました。それまでの間に使用した若返り薬の数、あの人を蘇生させた回数……そして、あの人を殺めた回数は覚えていません。多分、あの人に伝えたらドン引きされるかもしれません。けれども、私は……」

「もういい、もういいから……」

 

 気付いた時、俺の口からそんな言葉が飛び出していた。

 話を止めてはいけないはずなのに、それ以上に『聞きたくない』という気持ちが全てを勝ってしまった。話のさわりしか聞いていないのに、こいつの過去――いや、未来が垣間見えてしまった。もう、情報収集という理由だけで訊ける気がしない。こいつの未来を受け止めてやれる気がしない。

 

「……すみません。余計なことを喋りすぎてしまいましたね」

「いや、いいんだ。俺の方こそなんか……悪い」

 

 そう謝罪を述べた。そして、俺達の間に沈黙が流れた。

 

 

------019------

 

 沈黙し始めてから数時間が経過した。依然として相手から話を振ってくることはない。この状態がベストなのだと考えているのかもしれないが、俺は違った。自分から話を中断させたくせに、これ以上何もしないのは体力的にも精神的にも耐え切れなかった。

 

「……あんたさ、そんなに奥さんとやり直したいのか?」

「……当たり前じゃないですか」

「どうしてそこまでこだわるんだよ? それだけの理由があるのか?」

「…………」

 

 再び沈黙する犯人。

 話を振る上で、できる限り相手の過去に触れないようにしたかったのが、こんな状態になった以上、避けられる話題ではなかった。ならばいっそのこと、俺なりに助言してこの空気を変えてしまおうという魂胆だ。我ながら名案だ。流石、未来の勇者様だぜ。

 

「あんたの気持ちはよくわかったよ。話を聞いて痛いほど伝わった。でもさ、そこまでして蘇生させることは本当に正しいのか? あんたからすれば正しいことなのかもしれない。でも、あんたの奥さんからすれば、そこまでしなくてもいいと思っている気がする。さっきの話を聞いた俺でさえそう思ったんだ。多分、間違いないぜ。……まあ、それでもやり直したいっていうなら、俺からはもう何も言わねぇよ」

 

 捕虜側の言う台詞じゃねぇよなぁ……と、言い終わってから思った。

 こんな偉そうなこと言われたら、普通の奴はカチンときて殺しにかかってくる気がする。今回の場合はそうならなそうだけれど、代わりにまたこいつが取り乱しそうだ。

 

「……あの人は、初めて私のことを認めてくれた人なんです」

 

 でも、犯人は取り乱したりしなかった。

 どこか優しい口調で語り始めた。

 

「私は他のアークウィザードと比べると少し特殊でした。一つのことに固執して、他がおろそかになってしまう……おそらく、周りからは癖のある奴と煙たがられていたでしょうね。勿論、それでも私のことを認めてくれた人は沢山いましたよ。ただ、その殆どが上っ面で、何か問題を起こすと必ず私を責めてきました。当初はあの人もそうでした。でも、あの人の場合は色々と文句を並べながらも、なんだかんだ私を助けてくれました。自分の道を諦めかけていた時も手を差し伸べてくれました。私にとってあの人は、私の価値観を見出してくれたかけがえのない人なんです。だからこそ、あの人とは最後まで一緒に生を全うしたかった。なのに、私は……」

「ああ、もういいよ。そんなネガティブになるなって。こっちが胃もたれしちゃうじゃねぇか」

「あっ、すみません。また……」

 

 シュンと頭を垂れる犯人。

 これでは先程の流れと同じ……と感じるかもしれないが、今回はここで話を終わらせるつもりはない。

 

「これまでの話であんたの想いはよく伝わった。ならさ、もうこんなまどろっこしい真似をせず、アクセルにいるあんたの奥さんに会いに行こうぜ」

「……はぁ?」

 

 犯人から素っ頓狂な声が飛び出てきた。

 アクセルには入れないと話したのに、何を言っているんだ……と言いたげな様子だ。

 

「あんたの今のやり方じゃ遠回りすぎるし、何よりアクセルの人達に迷惑しかねぇんだよ。だったらさ、正面から直接本人に会いに行って想いを伝えた方が早い。『当たって砕けろ』って奴だ。あんたも男ならそれくらいの度胸はあるだろ? 心配するな、アクセルへ侵入する方法や奥さんと会う段取りは俺も一緒に考えるし、良太郎達が来ても少しくらいなら時間を稼いでやる。それで奥さんに断られた時は……まあ、また考えようぜ」

「……あなたはいいのですか? その行為はアクセルの人々や電王に対する裏切りに等しいんですよ?」

「わかってるよ、そんなこと。でも、あんな話を聞かされた後じゃ見過ごせねぇんだ。ただし、条件はあるぜ。結末はどうであれ、全てが終わったらゼロライナーを良太郎達に返却すること、襲撃した冒険者に謝罪しにいくこと、あんたは元いた時間に戻ること……だ。それを守れるのなら、俺はあんたに手を貸す」

 

 犯人は呆けた様子だった。

 ……かと思えば、突然クスっと笑いを漏らした。

 

「あなたらしい考えですね。『度胸』という言葉がもっとも似合わなそうなのに、意地を張ってそういうことを言い切ってしまうところがまた……」

「う、うるせぇ! あんたにそこまでのこと言われる筋合いはねぇぞ!!」

 

 なんだよ、こいつ。人がせっかく提案したっていうのに、小馬鹿にしてきやがって。未来の俺と仲がいいからって、言って良いことと悪いことがあるんだからな!!

 

「すみません。なんだかすごく懐かしかったのでつい……」

「すごく懐かしかったって……ああ、もしかして未来でも似たようなことがあったのか?」

「ええ、何度も何度も……」

 

 犯人は胸に手をあてて何度も頷いている。

 多分、あいつの中でかつての出来事を思い返しているのだろう。

 

「魅力的な提案、ありがとうございます。ですが、私は……っ!?」

「うおっ!? な、なんだ、この音!!」

 

 犯人が何か言いかけた時、突如車内にアラートが響き渡った。

 一定間隔で鳴り続ける轟音は、何か危機が迫っていることを容易に感じさせる。

 

「見つかってしまいましたか……」

「えっ? 見つかったって、もしかして良太郎達に?」

 

 犯人は何も答えない。

 どうやら、危機が迫っているのはあくまで犯人だけのようだ。俺にとっては救いらしい。

 

「……って、どこに行くんだよ!! 今の話はどうするんだ!!」

「その話については後です。今は逃げることが先決ですから」

「おい、だから待てって……」

 

 俺は室内から出ていこうとする犯人の腕を掴んだ。

 ふと、その拍子に犯人のポケットから何かが落ちてしまった。掌サイズの四角い物体……そうだ、良太郎も使っていたパスだ。

 

「わ、悪い……って、えっ?」

「み、見ないでください!!」

 

 犯人は俺の拾い上げたパスを強引にひったくった。

 そのまま流れ作業の如くポケットにしまい、俺に背を向ける。まだ何もしていないのに、犯人は息を荒げていた。対して、俺は異常なくらい冷静になっていた。

 

「……なぁ、一つ聞いていいか?」

「……なんでしょう?」

「あんた、王都で魔王軍と戦っていたって話していたな。それっていつ頃からだ?」

「さあ。詳しくは覚えていません」

「そうか。今、ちらっと見えたパスの日付、その頃俺達も王都にいたんだ。王都近くの最前線にある砦が魔王軍幹部の攻撃を受けているって言うからな。あの時、日本から転生してきた冒険者は沢山いたけど、紅魔族なんて俺のよく知る奴等しかいなかったぜ?」

「…………」

「さらにそれからしばらくの間、俺は王都に滞在していた。別に街の中を散策したわけじゃねぇけど、その時もやっぱり紅魔族は見なかった。そもそも、紅魔族がいれば、戦力としてクレアやレインが目をつけないわけがない」

「…………」

「あんた……何か嘘をついているな?」

 

 車内に轟々とアラートが鳴り響いているにも関わらず、俺と犯人の間は酷く静かだった。まるで二人の間だけ時が止まってしまったかのように。犯人は背を向けたまま黙ってしまっている。

 

「もし王都から離れていたって言うなら、あとで確認させろよ。本当にあんたが王都にいたかってことを。あっ、そういえばあんたの名前、まだ聞いてなかったわ。これじゃあ、確認もクソもないな」

「…………」

「なぁ、黙ってないでなんか言えよ」

 

 語気を強めて言ってみるが、犯人は何も答えてくれない。

 ふむ、何かを偽っていたことは間違いなさそうだ。けれども、何を偽っていたのかはわからない。正直、今の話から疑う箇所はほとんどないのだ。

 ……とりあえず、これまでの話を一つずつ紐解いてみよう。

 

 

1. 王都で冒険者をしていたことについて

この時期に王都にいたかは怪しいところだけれど、魔法使い(アークウィザード)として魔王軍と戦っていたことは間違いなさそうだ。

 

2. アクセルへ移り住んだことについて

関わり合いがなければ、そもそもアクセルで襲撃事件を起こしたりはしない。

 

3. 家族について

結婚して、子供がいたことは間違いないと思う。且つ、感染症でその家族を失ったことも。この辺りが偽りだとすれば、話の途中で見せたあの動揺ぶりを説明できなくなってしまう。あの時の動揺ぶりが偽りだと思いたくない。

 

4. 日本にいたことについて

日本で目撃されている時点で証明されている。

 

5. 窃盗(スティール)吸収攻撃(ドレインタッチ)を使えることについて

目の前で使用している時点で証明されている。

 

6. 奥さんとやり直すことについて

あそこまで生々しい話をしている時点で偽りだと思いたくない。

 

 

……と個人的な感情が入り交じりながらも考察してみたが、明らかに嘘だと思う箇所が見つからない。なんだよ、もう。あと考えられるとすれば、奥さんとの馴れ初めくらいだぞ。本当に王都で運命的な出会いをしたか怪しいし……

 

 

 

 

 

 うん? 奥さん?

 ちょっと待てよ。確かこいつ、最初は”妻”って言っていたよな。でも、途中から”あの人”って呼んで……

 

 

 

 

 

「……へっ?」

 

 気付いた時、俺の口から素っ頓狂な声が漏れていた。

 頭の中が真っ白になりかけた。でも、すんでのところでなんとか意識を保った。なぜ、こんな事態に陥ったのか……犯人が俺に抱きついてきたからだ。

 

「……ねぇ、何してるの?」

「…………」

「あんた、ホモじゃないって言ったよな? えっ、それが嘘だったの!? もしかして、俺の貞操をずっと狙っていたのか!! やめろ!! 俺にそんな性癖は……」

「ずっと会いたかったです、カズマ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は全てを理解した。

 理解した上で、これまでこいつの正体に気付けなかったことを悔やんだ。

 ……てか、ヒントなんてそこら中に落ちていたじゃないか。見た目は俺なのに妙な丁寧口調で話し、俺の得意とするスキルとなぜか上級魔法を使用してくる。アクセルと関わりのある紅魔族で、どうしてか俺のことをよく知っている。そういえば、他の冒険者は全員襲撃されただけなのに、俺は連れ去られたんだよな。俺に対してだけ妙に口調が優しかったことを考えると、これまでの行動と全て辻褄が合う。極めつけはパスに記された日付。だって、あの日付は……

 

「カズマの提案、とても魅力的でしたよ。ですが、私の目的のためにお断りします。何より、すでに叶っちゃっていますから」

 

 耳に入るのは俺の声。

 だが、その声はもはや別物のように感じてしまう。

 

「これから全てを終わらせてきます。大丈夫、ゼロライナーはちゃんと返却しますよ。アクア達を手にかけるつもりもありません。唯一の障害だけは排除しますが……」

「ま、待て……」

「それまでここで待っていてください、カズマ。――『スリープ』」

 

 相手を眠りへと誘う魔法――睡眠魔法(スリープ)

 それを耳許で囁かれ、俺の瞼が次第に重くなる中、不意に犯人と目が合った。緑のフードから覗き見える紅い眸。感情が高ぶっているためか、眸は爛々と紅く輝いている。俺はそんな眸に見届けられながら現実から離れていった。

 

 

------020------

 

 また夢を見た。

 目に映ったのは、駆け出し冒険者の街――アクセル。

 俺達が拠点にしている街なわけだが、そこには普段ののどかな雰囲気はなく、辺り一面火の海と化していた。駆け出しの頃に何度もお世話になった大衆浴場やあまり泊まることのなかった宿屋、クエスト受注や食事するために訪れていた冒険者ギルドは盛大に燃え、建物はすでに半壊している。他の建物も同じ有様で、人気など一切感じられなかった。

 

 ふと視線を下へ移すと、黒い物体がそこら中に転がっていた。

 大小様々な大きさのあるそれらは、未だ燃えているものもあれば、燃え尽きて灰になっているものもある。目を凝らしてみると、その物体に枝のようなものが生えていた。ちゅんちゅん丸の柄より少し太く、途中で不自然に折れ曲がっている一本枝。枝先には五本の小枝があって、一番左にある小枝は他より太くて短かった。……あっ、これは手か。つまり、ここに転がっているのは全て人か。なぜか熱さは感じるのに、匂いはなかったので全然気付かなかった。そして、俺は唐突な吐き気に襲われた。

 

 場面が変わった。目の前には俺達の住んでいる屋敷があった。

 いや、その言い方だと正しくないのかもしれない。屋敷の門だけは現存していたが、建物自体は何もなかった。草木が生い茂っているところから察するに、だいぶ前に取り壊されてしまったんだと思う。そんな草木もこの火災で囂々と燃え盛っていた。

 

 屋敷の前に立っていると、背後から声が聞こえてきた。

 後ろへ振り返ると、そこには青い鎧に身を包んだ、いかにも勇者らしい青年の姿があった。最初はミツルギかと思った。でも、違った。ミツルギにしては少し背が低すぎた。

 青年は殺意に満ちた形相でこちらを睨んでいた。重量のありそうな剣を構えると、獣のような雄叫びを上げて突撃してくる。とてつもない速さだ。数秒経ち、青年の首は上空に舞っていた。視線を下へ移すと、そこには青年だったものが転がっていた。

 

 命の散り際を目の当たりにして再び吐き気を覚える中、青年だったものが握る剣に目が入った。重量感があって、切れ味の良さそうな剣。刀身が太いためか、鏡のようにこちらの顔が映っている。それを見て、俺はわかっていながらも、真実から目を背けたくなった。

 

 だって、そこに映っていたのは……

 

 

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 熱さの中、俺は目が覚めた。

 室内は黒煙でほとんど何も見えなかった。その発生源である俺の緑マントは首筋まで燃え切っており、穿いているズボンや着ているシャツにも少しだけ燃え移っている。俺は咄嗟に緑マントを脱ぎ棄て、消火にあたった。同時にズボンとシャツの火も手早く消した。

 

 一か八かだった。

 睡眠魔法(スリープ)で眠らされる直前、俺は密かに着火魔法(ティンダー)を使って俺の緑マントを燃やしていた。着火魔法(ティンダー)はマッチ代わりの火を生成するので、うまくやればばれずに発動させることができる。しかし、火の勢いが弱いので、ふとした拍子に消えてしまったり、逆に勢いが強くなりすぎて火の衣を纏う羽目になったりと懸念点は沢山あった。特に睡眠魔法(スリープ)の効力は相当なものだと聞いたことがあるので、下手すると俺があの黒い物体になる可能性もあった。全く、起きられたことが奇跡だぜ。

 

 でも、喜んでいる場合ではない。

 俺にはやらなければいけないことがある。だからこそ、こんな自殺行為をしたのだ。本当ならばこのまま逃げ出したいのだが、良太郎達の命がかかっている以上、そうも言っていられない。何より、未来の俺のせいでおかしくなってしまった未来の嫁を止めなければいけないのだ。今のため、そして、未来のために……

 

 俺はゼロライナーから飛び出した。

 外に出てみると、眼前に広がったのはあの荒野ではなく、日の出が上がり始めた地上だった。アクセルの近くではないようだが、一体どこに……ああ、わかった。昔、爆裂散歩のために何度も足を運んだ古城の近くだ。この場所を最後の戦いの地に選ぶなんて、悪趣味としか言いようがない。

 

『さ、サトウさん!』

「あっ、本当だわ! ダクネス、めぐみん、カズマが出てきたわよ!! おーい、カズマさーん!!」

「カズマ、大丈夫か!! ところどころ火傷の跡が見受けられるが……」

「か、カズマ……」

 

 ゼロライナーから飛び出してすぐ、良太郎とアクア達が俺の存在に気付いた。数時間ぶりの仲間との再会に歓喜の声をあげたいところだが、今は喜びに浸っている時ではない。

 

 俺は仲間の言葉を無視して犯人へ顔を向けた。犯人は安堵した様子でこちらを見ている。

 ……いや、もう犯人という呼称はやめよう。仮にも彼女は未来の俺の妻なわけだ。ここまで来た以上、名前で呼ぶのが道理というものだろう。たとえその結果、この戦いが混沌と化しても……。

 

「……ん」

 

 大声を上げようとした。しかし、思ったように声が出てくれない。

 想像以上に参っているようだ。声が震えている。泣き出してしまいたい。それでもやるしかないんだ――覚悟を決めろ、佐藤和馬!!

 

 

 

 

 

「もうやめろ、めぐみん!!」

 

 俺は犯人――めぐみんに向けて、そう力強く言ってのけた。




第六話、投稿しました。
物語も終盤です。次で最終話……にしたかったのですが、内容の都合上、残り二話になる予定です。でも、一ヶ月も残っていないのに二話……投稿できるだろうか。
頑張りますので、よかったら読んで下さい。

P.S.
アマゾンズが映画化決定しましたね。
個人的には嬉しい反面、プライムから飛び出して自由な作品づくりができるのかなという不安があります。色々な規制のせいで陳腐なストーリーにならないことを祈るのみです。
春、楽しみです。
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