この幸福だった者に幸せを……   作:ウボハチ

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※2018/07/17 : 各章の本文を一部修正
※2020/01/20 : 各章の本文を一部修正



この災厄の討伐を!

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「……はぁ? 何言ってるの、カズマ?」

 

 俺の言葉に最初に反応したのはアクアだった。

 嬉々とした表情から一転、怪訝な眼差しを俺に向けてくる。

 

「『もうやめろ、めぐみん!』……って、めぐみんは何もしていないじゃない。あんたの目は節穴なの? 言っとくけどね、めぐみんはここへ来るまでの間、ずっとあんたのことを心配していたのよ。カズマが連れ去られたのは私のせいだって自分を責めていたの。それなのに、あんたって奴は……」

「いや待て、アクア。……待つんだ、アクア」

 

 そんなアクアの制止に入ったのはダクネスだった。

 彼女は懇願するようにアクアの言葉を中断させると、犯人の方へ視線を向けた。その後、隣にいるめぐみんへ視線を移す。そして、大きく目を見開いた。

 

「ね、ねぇ、ダクネス……なんで黙り込んじゃうワケ? ちゃんと待ってあげたんだから、何か答えてよ。め、めぐみんもあのヒキニートに何か文句を言ってやったら? あいつ、またあなたが何かしたと思い込んでいるわよ」

 

 アクアは焦った様子でダクネスとめぐみんに話しかけていた。

 しかし、二人からの返事はない。ダクネスは目を見張ったまま固まってしまい、めぐみんは自らの身体を抱えながら震えている。二人共、俺の言葉の意味を理解してしまったようだ。……いや、めぐみんはそれ以前から気付いていた感じか。

 

『ど、どういうこと、良太郎? あいつがめぐみんちゃんって……』

『そうやで。どう見たってあいつ、男やないか』

「熊の言う通りだぜ。あいつが爆裂娘ってあり得ねぇだろ」

 

 良太郎――いや、電王も困惑している様子だった。

 モモ、ウラ、キン、リュウの各電王を合わせて四で割ったような姿には、おそらくイマジン全員が良太郎に取り憑いているんだと思う。そのためか、イマジン達の会話が一人コントしているように見えてしまった。

 

『ねぇ、ウラタロス。もしかして君はこのことを……』

『さあ、どうだろうね。ただ、わかっているとは思うけれど、ここまで来てしまった以上、僕達に逃げ道はないよ。最後まであの子と向き合うしかない。覚悟はできているね、良太郎?』

『……うん、大丈夫。どんな理由があっても、僕はあの人を――未来のめぐみんさんを止めるから』

 

 そんな決意の込められた言葉が電王――良太郎から聞こえてきた。

 そういやウラタロス、最初に会った頃から犯人のことをずっと『あの子』って呼んでいたな。あまり気にしていなかったけれど、よくよく考えれば男に対して『あの子』なんて呼ぶことはほとんどない。なるほど……最初に対峙した時点で、犯人が男でないことを看破していたわけだ。

 

「な、何勝手に盛り上がっちゃっているのよ!! あいつが未来のめぐみんなわけないでしょ!! 大体、めぐみんがアクセルの冒険者達を襲う理由が……」

「いいえ、皆さんの言う通りですよ、アクア」

 

 何か反論しようとしたアクアは、途端に犯人へ顔を向けた。

 正体がバレてしまったにも関わらず、動揺を一切見せない犯人は、一度たりとも脱ごうとしなかった緑のフードをゆっくりと上げ始めた。フードの下からは、紅い眸を持った俺の顔が現れた。

 

「この頃のアクアは私に優しかったんですね。それに知力もそこまで高くない。忘れていましたよ。できればずっと勘違いしてくれたままがよかったのですが……まあ、ばれてしまったのなら仕方ありませんね」

 

 そう犯人が言い終えると、突然、相手の身体に異変が起き始めた。

 まるで砂城が海波に呑まれてしまったかのように、小刀を除く全てが土色へと変色していく。衣服や装飾品、さらには皮膚や髪の毛まで泥と化すと、重力に従って地面へ流れていき、その下から夢の中で見た女性が姿を現した。

 

「我が名はめぐみん。サトウカズマの妻にして、災厄の魔女となった者」

 

 それは少女から女性へと変化しているものの、服装と顔立ちだけは変わらない紅魔族――紛れもなくめぐみんだった。

 

 

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「カ、カズマがめぐみんになっちゃった……ねぇ、なんで。なんでよ!!」

「見たままの通りですよ……と言っても、今のアクアには理解できないかもしれませんがね」

 

 フフッと微笑を漏らすめぐみん――いや、大人めぐみん。

 俺と同じくらいの身長に僅かに膨らんだ胸、そして腰辺りまである長い髪と、未来の彼女は見違えるほど美しい女性へと成長していた。正直、俺のタイプだ。そんな彼女が未来の嫁なわけだが、俺はこの現状を素直に喜ぶことができなかった。ゼロライナーの中で語ってくれた未来での話、あれが真実だとすれば、彼女は紅魔族パワー――若返り薬で何度も今の姿へ戻っていることになる。肉体面が良好に見えても、精神面が壊れかけ寸前だとすれば……くっ、俺はどうすればいいんだよ。

 

「それにしても、スリープから目覚めてしまうなんて思いも寄らなかったです。服の焦げ具合からみて、ティンダーを使ったといったところでしょうか。全く、無茶をしますね。カズマらしいといえば、カズマらしいですが……でも、今後はそういった無茶をしないでください。まだリザレクションが効くとはいえ、ああいった行為は私の心臓に悪いですから」

 

 そう注意を促す大人めぐみん。

 柔らかい口調で注意してくるものの、最後の言葉だけは語気が強まっている気がした。おそらく、俺の行動が彼女のトラウマに少しだけ触れてしまったのだろう。

 

「わ、悪い……」

「わかってくれているのならいいです。さて、お喋りはこの辺りにしておきましょうか。続きは電王を倒した後ということで……」

 

 そう話を切り上げた大人めぐみんは、電王に向けて小刀を突き出した。

 彼女の表情に先程までの笑みはない。猛禽のように鋭く冷たい目で電王を睨み付けている。フードで隠れていたから気付かなかったけれど、彼女はこんな表情を浮かべながら、これまでの戦いに臨んでいたのか。

 

「ま、待ってくれ!!」

 

 そんな中、荒げた声で耳に入ってきた。ダクネスのものだ。

 彼女は肩で大きく息をしながら、真剣な表情で大人めぐみんを見つめている。その隣にはペタンと地面にへたりこむアクア、未だ震えっぱなしのめぐみんの姿がある。全員、事件の犯人が未来の身内であることを受け入れられずにいるようだ。

 

「お前は本当に未来のめぐみんなのか!! だったら、なぜアクセルの人達を襲った!! 何が目的でこんなことを……」

「そんなこと、もうわかっているでしょう?」

 

 大人めぐみんは一瞬だけ微笑んでみせると、冷たい表情に戻してから答えた。

 

「カズマを手に入れるためですよ」

 

 これを合図に、大人めぐみんと電王の一騎討ちが始まった。

 『カズマを手に入れるためですよ』、か……。元の世界にいた頃ならば、今の言葉を女性から言われた途端、一生分の涙を流して喜んでいたと思う。しがない自宅警備員が他の女性から想われる可能性など皆無に等しいのだから。この世界に来てからも、そんなことを言われてみたいという願望がないわけでもなかった。でも、こんな状況で言われても、俺はどう答えればいいのか全然わからねぇよ……

 

「くっ……!? なんだこれ、さっきと別物じゃねぇか!!」

 

 二人の一騎打ちは圧倒的に大人めぐみんが優勢だった。

 先の戦いで、俺は大人めぐみんの太刀筋を“雷”と表現したが、今の彼女は移動や身のこなし、体術など全ての動作が雷の如く素早かった。動作が素早くなれば、その分だけ一撃の威力が重くなり、耐えたり受け流したりすることが難しくなる。おそらく、彼女が纏っていた俺の皮――というより泥が本来のスピードを封じていたのだろう。

 

「こ、この野郎……」

「野郎、ではありません」

「なっ!? がっ!!」

 

 目にも止まらぬ速さで追撃を繰り出す大人めぐみん。

 まるで大人が子供を弄ぶように、目の前でワンサイドゲームを繰り広げていた。電王は剣を片手に握り締めながら抵抗するものの、次第に動きが鈍くなり、肩で息をし始めている。正直、電王だけでは勝ち目がない。なんとか加勢しに行きたいが、アクア達は先程の大人めぐみんの言葉で呆けてしまっているし、かくいう俺も身体中が鎖で縛られたように動けない。俺を縛りつけているものなんて実際にはないというのに、だ。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!!」

『モモタロス、避けて』

「む、無理だ!! く、クソったれぇぇぇ!!」

『Charge and up』

 

 全てを切り裂く光の刃――それが大人めぐみんの掌から放たれた。

 電王はベルトのバックル部から放出されたエネルギーを刀身に集約させると、迫りくる光剣(ライト・オブ・セイバー)を受け止める。強大なエネルギー同士がぶつかったことで、辺り一帯が激しい衝撃波に襲われた。

 

「うぉりやややややや!!」

 

 必死に抵抗し続ける電王。

 彼等は前傾姿勢になりながら、押し寄せてくる光剣(ライト・オブ・セイバー)を切り裂こうとしていた。この危機的状況の中、電王は勝利という希望を捨てずに戦い続けている。

 

「…………」

 

 しかし、そんな彼等の抵抗を大人めぐみんは虚しそうに見つめていた。

彼女が光剣(ライト・オブ・セイバー)を横へ薙ぎ払うと、その勢いがさらに増した。

 

『『『『「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」』』』』

「良太郎っ!!」

 

 電王が押し負けてしまった。

 迫りくる光剣(ライト・オブ・セイバー)に対して、運良く直撃だけは免れたものの、薙ぎ払いによって生じた衝撃波は受けてしまい、後方へ大きく吹き飛ばされた。地面に転がった電王はそのまま変身が解け、良太郎と赤、青、金、紫の怪人――タロウズに別れてしまう。

 

「これで最後です……」

 

 冷たい表情の大人めぐみんは、小刀を構えながら一歩ずつゆっくりと近づいてきた。

 以前にも似た光景を目にしたことはあるが、あの時とは緊迫感が全然違った。先の戦いでは実力が拮抗していたお陰で、逆転できる可能性が十分にあった。しかし、今は実力の差が開きすぎて、その可能性が全く見えてこない。

 

「く、くそっ……立て、亀、熊、小僧、良太郎!! このままじゃ共倒れだぞ!!」

「わかってるって、先輩。そんな怒鳴らないでよ。キンちゃんとリュウタは大丈夫?」

「俺は大丈夫や。でも、良太郎が……」

「良太郎!! ねぇ、良太郎!!」

「う、ううっ……」

 

 さらにいえば、状況も最悪だった。

 あれだけ激しく動き回り、且つ大技まで放ったにも関わらず、大人めぐみんに疲労はなかった。一方、タロウズはなんとか戦える状態、良太郎に至ってはうつ伏せで倒れたまま動けずにいる。この状況では電王にも変身できないし、仮になれたとしても、彼女と渡り合えるとは思えない。怪人姿のタロウズがどれほどの強さなのかわからないが、少なくともあのてんこ盛りの時よりはパワーダウンしていると思う。でなければ、わざわざ一人になってまで戦おうとしないはずだ。

 くそっ、この展開は本当にまずい。早く何か手を打たなきゃ、良太郎達がやられてしまう。そのことはよく理解しているんだ。それなのに、なんで俺の身体は動いてくれないんだよ……

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 そんな危機的状況の中で、大人めぐみんを制止する声が聞こえた。アクアの声だ。

 彼女は良太郎達を守るように前へ立つと、大人めぐみんに向けて杖を構えた。そんなアクアに続き、大剣を手にしたダクネスも現れる。二人共、これまでに見たことのないほど険しい表情を浮かべていた。しかし、握り締めている武器はカタカタと震えていた。どうやら相当無理して出てきたらしい。

 

「どいてください、アクア、ダクネス。ここで彼を消せば、私の目的は達成されるのです。アクセルの人達を襲う必要もなくなります。犯人が捕まることはありませんが、代わりに私という脅威がアクセルから去り、いつもの平和な日常が戻ってくるんですよ?」

「確かにそうなのかもしれないな。しかし、そこにカズマはいないのだろう? 私達がここへやって来たのは、犯人を捕まえるためだけじゃない。カズマを取り戻すためでもあるんだ。カズマのいない平和な日常など求めていない!!」

「そうよ!! たとえ鬼畜で変態でヘタレなカズマさんでもね、私達には必要な存在なの!! あんたの都合で良太郎達が殺されて、カズマまで奪われるなんてまっぴら御免だわ!! 何よりあんたの――めぐみんのそんな姿はもう見ていられないの。だから、絶対に止める。言っとくけど、手加減はしないわよ!!」

「そうですか。残念です」

 

 二人の返事を聞き終えた大人めぐみんは、瞬く間にその場から消えてしまった。

 気付いた時、彼女はアクアとダクネスの間合いまで接近しており、二人が行動する前に拳、蹴りを叩き込んでいた。二人は何も抵抗できず、左右に分かれて大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「ね、姉ちゃん達!!」

「心配しなくても、あなた達を手にかけるつもりはないので安心してください。私が消さなければならないのは、電王だけですから」

 

 吹き飛ばされた二人を一瞥した後、再び良太郎達の下へ向かおうとする大人めぐみん。

 

「な、なぜだ……」

 

 しかし、微かに聞こえたダクネスの声で歩みを止めた。

声のした方へ視線を移すと、そこにはボロボロな彼女の姿があった。一撃しか食らっていないにも関わらず、ダクネスの鎧のあちこちがヒビだらけで、腹部には拳一つ分の穴が空いている。とても鎧の役割を果たせそうにない。後ろで一本に結っていた髪も乱れ、口元から一筋の血が伝っていた。騎士(クルセイダー)であり、防御にだけ特化したあのダクネスがここまでのダメージを負うなんて……大人めぐみんの一撃がどれほどの威力か嫌でもわかってしまう。

 

「なぜそこまでカズマに固執するんだ。お前が本当に未来のカズマの妻だと言うのなら、今のカズマに固執する必要はないはずだろ」

「察しが悪いですね、ダクネス。私がカズマを求めている時点で、私のカズマがどうなったかなんて想像がつくでしょう?」

「そ、それは……」

 

 大剣を杖代わりにして立つダクネスは苦々しい表情を浮かべる。

 ダクネスもきっとわかっていたんだと思う。わかっていてなお、訊かずにはいられなかったんだ。本人の口から直接聞かなければ、目の前の非情な現実と向き合うことはできない。……誰もがその行動で現実と向き合えるようになるわけじゃないけれど。

 

「遠回しに言うんじゃないわよ!! 要するに、あんたのカズマはすでに死んじゃっているってことでしょ。私だってここまでくればちゃんと事態を把握できるわ。でも、仕方ないじゃない。冒険者である以上、私達は死と隣り合わせにあるようなものなんだから。冒険者じゃなくたって、いずれ全ての生き物には寿命がくる。それをどうして受け入れられないのよ!!」

 

 ダクネスに続き、今度はアクアが大人めぐみんに訴えかけた。

 彼女もダクネスと同様、ボロボロだった。普段の清潔感に満ちた姿はどこにもなく、服の至るところが破れかけている。服の隙間から垣間見える素肌に傷はないが、その割に肩で息をするほど疲弊しており、彼女の額から尋常でないほどの汗が流れ出ていた。僧侶(アークプリースト)であるアクアは回復魔法も得意としているが、そんな彼女が今の回復にどれほどの魔力と体力を消耗したか……想像に難くない。多分、同じ行動を何度も続けるのは厳しいだろう。

 

「あなたがそれを言いますか。利己的な目的のため、クエスト中に命を落としたカズマを何度も蘇生させたあなたに、そのことを言う権利がありますか」

「あるわよ!! 言っとくけどね、蘇生行為は本来、一度だけって制限が設けられているの。確かに私は利己的な目的でカズマを何度も蘇生させているわ。でも、その目的さえ終われば、カズマもみんなと同じ扱いになるの。これまでみたいに蘇生できなくなって、いずれ寿命もくるわ。仕方のないことなのよ、そういうルールなんだから。それでもカズマとずっと一緒にいたいと言うのなら、死後に天国へ行きなさい。普通の人なら何もない天国へ行くよりも転生することを選ぶでしょうけれど、未来のカズマなら待ち続けてくれているんじゃないかしら。あなたのその有り様を知っているのなら、尚更ね」

「……それじゃあ、意味ないんですよ」

 

 凄んだ声と共に、大人めぐみんはアクアの間合いへと入った。

 瞬きする間もなく接近してみせた大人めぐみんは、そのままアクアの腹部目掛けて蹴りを叩き込む。アクアは数十メートル後方に吹き飛び、地面に転がった。

 

「ア、アクアッ!!」

 

 声を荒げたダクネスは、身体に鞭打って駆け出そうとした。

 しかし、そんな彼女の前にも瞬間移動したように大人めぐみんが現れる。大人めぐみんは俺にも見える速度で剣を横薙ぎに振るい、ダクネスは咄嗟に大剣で受け止めた。

 

「うぐっ……!!」

「私には死んでカズマと会う資格なんてないんです。病気が原因とはいえ、カズマを死に追いやったのは間違いなく私。私がもっと早く立ち直って、カズマの異変に気付いていれば、あんなことにはなりませんでした」

「み、未来のカズマは病で死んだというのか?」

「ええ、そうですよ。娘と同じく、未来で流行った感染症によって命を落としたんです」

 

 鍔迫り合いの態勢で膝をつくダクネス。

 大人めぐみんが手加減しているにも関わらず、ダクネスは小刀を受け止めるのがやっとだった。ピクピクと震えながらもなんとか耐えるダクネスに対し、大人めぐみんは徐々に圧をかけていく。

 

「む、娘までいたとは……ぐっ、確かに病死した者は寿命を全うしたとカウントされ、蘇生できなくなってしまう。かつて、父が病にかかった時、そのことを嫌というほど思い知らされた。日に日に弱っていく父を見て、何もできない自分の無力さを何度も呪った。……しかし、それはアクアの言うように仕方ないことじゃないのか? 人――いや、生き物ならば誰しも寿命があって、いつかは生を終える。その終わり方が望んだ形であれ、望まぬ形であれ、受け入れなければ前に進めないと思うぞ」

「……目の前で大切な人を失わなかったあなたに、何がわかると言うんですか!!」

「がっ……!!」

 

 感情を剥き出しにした大人めぐみんは、小刀を両手で握り締め、大剣ごとダクネスを横へ大きく突き飛ばした。ダクネスは垂直に切り立った小さな岩へ叩きつけられた。

 

「ダクネス!! ……って、きゃあっ!!」

 

 回復魔法(ヒール)を使い、再び全快で立ち上がるアクア。

 だが、彼女は喋る暇も与えられずに大人めぐみんに蹴り飛ばされてしまう。

 

「くっそぉー!! これ以上黙って見ていられるか!!」

「海のように心の広い僕でも、流石に堪忍袋の緒が切れたよ」

「早く姉ちゃん達の加勢に入らなあかんな。というわけでリュウタ、良太郎を頼むで」

「ま、待って、みんな!!」

 

 アクアが蹴り飛ばされたタイミングで、今度はタロウズが動いた。

 モモタロスは剣、ウラタロスは釣り竿、キンタロスは斧を構えると、大人めぐみんに向かって駆け出していく。リュウタロスと倒れたままの良太郎のみその場に残ったが、数秒もしない内にモモ、ウラ、キンタロスが二人の下まで突き飛ばされてしまった。

 

「もう、やめてくれ……」

 

 いつしか、俺の口からはそんな言葉が漏れていた。

 モモタロス達が加わってところで、戦況は全くといっていいほど変わらなかった。せいぜい、アクアがダクネス達に回復魔法(ヒール)をかける余裕ができたくらいで、それも大人めぐみんの攻撃を受ければ全て水の泡と化した。そんな状況下でもアクアの奮闘があってなんとか戦い続けることができたが、やがて彼女の魔力も底をつき、気付けば大人めぐみん以外、その場に立っている者はいなかった。

 

「随分と粘りましたね」

 

 大人めぐみんから称賛の言葉が送られた。

 しかし、今の発言は皮肉にしか聞こえない。果敢に立ち向かったモモタロス、ウラタロス、キンタロス、魔王軍幹部との戦い以上に活躍して見せたアクア、ダクネスはみな、海岸に打ち上げられた魚のように点々と倒れている。息はあるようだが、もはや戦える状態ではない。そんなモモタロス達から目を逸らした大人めぐみんは、良太郎の下へ歩を進め始めた。

 

「こ、これ以上良太郎に近づいたら撃つよ!!」

 

 良太郎を守ろうと立ち上がるリュウタロス。

 彼の両手には持っているだけで辛そうな大型銃が握り締められている。常人や下級モンスターならばこれだけで十分牽制になりそうだが、てんこ盛りですら歯が立たない大人めぐみん相手では何の意味もなさない。無駄な足掻き、と彼女は思っていることだろう。

 ……ぐっ、よく考えろよ、佐藤和馬。本当にもう時間がない。このまま傍観していれば、何もかも手遅れになる。良太郎の、モモタロス達の、アクア達の頑張りが無駄になってしまう。せめて、この場を穏便に済ませる方法を絞り出すんだ。これ以上誰も傷つかず、良太郎達も殺されずに済む方法を……

 

 

 

 

 

 

 ……なんだ、あるじゃないか。

 誰でもない、ただ俺だけが大人めぐみんを止める方法を持っている。みんな傷つくことなく、彼女の目的も叶えられる素晴らしい方法が俺にはある。俺がたった一言、彼女に叫んでやれば、全て丸く収まる。そうだよ、俺は未来の勇者なんだ。勇者らしく、この身一つで世界の危機を救えるのなら最高じゃないか。それにきっと、彼女は俺のことを悪く扱ったりしない。誰もが幸せになれる方法……これしかない!!

 

「待ってくれ、めぐみん。俺は……」

「待ってください!!」

 

 そんな決意のこもった一言は、聞き覚えのある声によって遮られた。

 俺よりも身長が低く、黒いマントに黒いローブ、奇妙なトンガリ帽子を身に着けた黒髪の紅魔族――さっきまで身体を抱えながら震えていたはずのめぐみんが大人めぐみんの前に立っていた。

 

 

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「……今更何しに出てきたんですか、過去の私?」

「無論、未来の私を倒しに来たんです」

「ほう、大きくでましたね。戦場の隅で一人、私に怯え続けていたあなたからそんな戯言が飛び出るとは思いませんでした」

 

 これまで以上に鋭い眼光を放ってくる大人めぐみん。

 だが、めぐみんは怯むことなく真っ直ぐ相手を見つめている。

 

「ええ、全くその通りです。私はずっとあなたに怯えていましたよ」

 

 めぐみんははっきりとした口調で大人めぐみんの言葉を肯定した。

 確かに先程まで、めぐみんは自らの身体を抱えて震えるほど怯えていた。しかし、今の彼女にその面影は一切ない。どこか吹っ切れたように清々しい表情を浮かべている。

 

「カズマが連れ去られたあの戦いの際、私はフードの中から覗き見えたあなたの紅い眸で正体を悟りました。アクセルと関わり合いがあり、カズマを狙う紅魔族――どう考えても私しかいません。しかし、絶対にそうだという確証もありませんでした。アクセルにはゆんゆんもいますし、彼女もカズマと付き合いがあります。それに私の見た紅い眸がイマジンに取り憑かれた影響という可能性もありました。だから、私はこのことを誰にも話しませんでした。……いいえ、単に誰にも話したくなかっただけなのかもしれませんね。未来の自分がアクセルのみんなを傷つけている――そんな事実、認めたくありませんでした。できれば、この予想が外れていてほしかった。ですが、良太郎達からチケットのことを聞いた時、私の予想が外れていないことを確信しました」

 

 そう言うと、めぐみんは少しだけ表情を暗くした。

 しかし、すぐに表情を元に戻して話を続けた。

 

「外れていないことを確信したと同時に、私の目の前は真っ暗になりました。アクセルの冒険者を襲っていたのは、未来の私。私がみんなを傷つけて、アクア達からカズマを奪ったんです。その事実を私は受け入れられませんでした。だからこそ、ここへ来るまでずっと怯えていました。あなたが正体を明かした後も、みんなの反応が怖くて、こんな状態になるまで目を逸らし続けていました。でも、あなたの話を聞いている内に、未来の私如きに怯えるのが馬鹿らしく思えてきたんです」

「馬鹿らしいですか……」

 

 大人めぐみんの語気が強まった。

 眼光もさらに鋭くなっている。明らかにめぐみんが地雷を踏んでしまったようだ。でも、彼女はそんなことを一切気にせず、むしろその地雷を投げ返す勢いで声を荒げた。

 

「ええ、そうですよ!! そもそもカズマのために全てを捨てるという考えがおかしいんです!! 爆裂魔法はどうしたんですか!! 本来の私ならば、爆裂魔法だけを極めつつ、最強の魔法使いになることを志していたはずです!! それがなんですか、数多の上級魔法を使うだけに飽き足らず、他職業のスキルにまで手を出すなんて。……まあ、『災厄の魔女』という二つ名に関してはカッコいいのでよしとしますが、それでもカズマのために爆裂道を諦めるなど腑抜けもいいところですよ!!」

 

 無茶苦茶な暴論だった。

 これまでの戦いにおいて、アクアやダクネス、さらに良太郎は大人めぐみんのしてきた行為を厳しく非難しつつ、人としての倫理的な部分を諭し続けていた。対するめぐみんは爆裂魔法――いや、爆裂道について問い詰めている。自分の理想像と異なるものになってしまった未来の自分を不満に思っているようだ。これがキッカケで立ち直ったわけだが――なんだか論点が違う気がする。

 

「現時点であなたもだいぶ腑抜けているでしょう」

「はい、その通りです。かつての私ならば、恋愛に現を抜かすことなど絶対にありませんでした。仮に誰かと付き合うことになったとしても、きっと相手のことを私の食費を支える財布としか見なかったはずです。それが今ではカズマの気を引こうとする者に喧嘩をふっかけたり、なんとなく彼を誘惑してはお預けさせたりと信じられない行動を取っています。……こういうことを自分で言っていると恥ずかしくなりますね」

 

 こいつ、そんなこと考えていたのかよ。

 しかも、勝手に自爆しているし。

 

「ですが、そんな私は今も爆裂道を歩んでいます。無論、今後もこの生き方を変えるつもりもありません」

「私を見てもそう断言できますか? それに爆裂魔法なんて、一発撃てば終わりという、火力だけが無駄に高いネタ魔法じゃないですか」

「あなたが――未来の私がそれを言ってしまいますか。確かに爆裂魔法はただのネタ魔法なのかもしれません。街の外で放てば騒音になって迷惑になりますし、ダンジョンの中では全く役に立ちません。周りの足を引っ張ることの方が多いと思います。それでもこの数年間、私は爆裂道を歩んできました。私にとって、この生き方は人生そのものなのです。何より……」

 

 めぐみんは少し間を置くと、紅い眸を輝かせながら大人めぐみんを直視した。

 

「この道へ進むよう後押ししてくれたのは、カズマなんですよ」

「…………っ!!」

 

 大人めぐみんに困惑の色が見えた。

 圧倒的有利な立場にいる彼女がめぐみんの言葉に押され始めている。

 

「魔王軍幹部シルビアと戦った時のこと、勿論覚えていますよね? あの戦い後、私は一度、爆裂道を諦めようとしました。ですが、自らの手で爆裂道を終わらせることはどうしてもできませんでした。そこで私はカズマに冒険者カードを渡して、爆裂道に終止符を打ってもらおうとしたんです。その後どうなったか、あなたならよくご存知のはずです」

「…………」

「答えられませんか? では、言いましょう。カズマはあろうことか、残していたスキルポイントを全て爆裂魔法の威力向上に突っ込んだんです。一度諦めかけた爆裂道をこうして歩んでいられるのは、カズマの後押しがあったからなんですよ。あなたはそんなカズマの想いまで捨てて目的を果たそうと言うんですか?」

 

 めぐみんの訴えかけに顔を俯ける大人めぐみん。

 あいつ、紅魔の里での出来事をここまで大切に想ってくれていたんだな。あの時の俺は爆裂魔法を封印すると言い出しためぐみんを見ていられなく、つい真逆の行動を取ったんだっけ。後々、他の上級魔法を習得させればよかったと後悔していたけれど、今の一言を聞いて、俺の行動が間違いじゃなかったんだと思えてしまった。

 

「……カズマを手にいれるためには、仕方のないことです」

「何が仕方ないと言うんですか。あなたが未来で何をしてきたかわかりませんが、少なくともあなたの目的とその在り方は矛盾しています。カズマをもう一度手に入れたいという目的があるにも関わらず、あなたの在り方はカズマの想いを全て切り捨ててできたものです。……あなたは無意識にカズマのことを否定しているんですよ」

「……黙りなさい」

 

 大人めぐみんからドスの利いた声が漏れてきた。

 それでもめぐみんは話を止めようとしない。

 

「黙りません。何度でも言いますよ。あなたの在り方はカズマを否定しているんです。カズマの想いすら捨て、一方的に彼を求める――もはやただのストーカーじゃないですか」

「黙りなさい」

「そんな身勝手で独りよがりな(あなた)に、カズマを求める資格なんてありません!!」

「黙りなさいっ!!」

 

 大人めぐみんは怒鳴り声を上げると、途端にその場から消えた。

 そして次の瞬間、彼女の繰り出した膝がめぐみんの鳩尾へ深々と突き刺さっていた。体重にさほど差があるようには見えないのに、めぐみんの身体は蹴り飛ばされたサッカーボールのようにフワッと上空へ浮かび上がる。

 

「めぐみんっ!!」

「めぐみんちゃん!!」

 

 眼前の光景に俺とリュウタロスが思わず声を上げる中、めぐみんの身体は重力に従ってドスンと地面に叩きつけられた。

 

「ぐっ……ぼ、暴力で訴えたということは、少なからず自覚があるというわけですね。そうでなければ、わざわざカズマに扮することもありませんか。すぐ近くにカズマがいるにも関わらず、彼に拒絶されることを恐れて、カズマを模った皮を被り正体を隠す……カズマを模った皮ならば拒絶される心配もありませんし、彼に守られているような気分になれますからね」

「くっ……!!  黙りなさい、黙りなさい、黙りなさいっ!!」

 

 仰向けに倒れためぐみんに追撃を加える大人めぐみん。

 彼女は相手を蹴り飛ばさず、めぐみんの鳩尾を幾度となく踏みつけていた。踏みつけることにより、相手の身体がその場に固定され、逃れることのできない苦痛を等間隔で与えられる。もはや拷問としか言いようがない。めぐみんは踏みつけられる箇所を両腕で懸命に押さえているが、ダクネスを瀕死に追い込んだ一撃を耐えられるはずもなく、踏みつけられる度に血反吐を吐いている。鳩尾を抑えている細い腕はすでに赤く腫れ上がり、喋ることすらままならない状態だ。それにも関わらず、なぜかめぐみんの顔には余裕があった。

 

「だ、黙りま、せんよ……たと、え、身体中の骨が……すっ、すべて砕け散った、としても、何度だって、言い、続けます……あな、たの在り、方は……うっ、カズマを否定し、ている、と……」

「黙りなさいっ!!  黙りなさいっ!!  黙りなさいっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「もうやめろ、めぐみん!! これ以上はもう、やめてくれ……」

 

 俺は懇願にも近い言葉を漏らした。

 発狂したように何度も過去の自分を踏みつける大人めぐみんと、瀕死の重傷を負ってなお未来の自分を否定し続けるめぐみん――二人がしていることはただの自傷行為だ。そして、この展開がどれほど悲惨な結末を迎えるか、嫌でも理解してしまう。そう、理解しているんだ。だというのに、俺の身体は一向に動こうとしない。眼前の惨状を見ていられないはずなのに、最悪の結末を阻止したいはずなのに、二人を救いたいはずなのに、なんで俺は何もできていないんだ、クソッタレ……

 

「うぅ……あなたなんかに、あなたなんかに……」

「お、おい、めぐみん。何を……」

 

 突然、踏みつけるのをやめた大人めぐみん。

 憤りと悲しみに満ちた表情の彼女は、倒れているめぐみんの首を鷲掴み、身体を宙へ持ち上げた。めぐみんは息苦しそうな表情を浮かべているものの、人形のように手足をプラーンと伸ばすだけで何も抵抗しない。……いや、抵抗できないのだ。手首から関節部まで真っ赤に腫れ上がった両腕に、服の隙間から垣間見える不自然に凹んだ腹部、さらに太腿の内側から目を背けたくなるほどの血が伝っている。今のめぐみんに抵抗する体力は残っていない。それでも彼女は爛々と紅い眸を輝かせ、相手を睨みつけていた。

 

「な、何を……するん、です……!?」

 

 何か言いかけためぐみんが急に目を見開いた。

 信じられないものでも見たような表情を浮かべる彼女は、先程まで動く気配のなかった手足を激しくバタつかせた。しかし、大人めぐみんは手を放そうとしない。

 

「あなたなんかに……あなたなんかに……」

「なっ、なんですか、これ!! や、やめてください!!」

「あなたなんかに……あなたなんかに……」

「やめてください!! やめっ、あっ、ああっ……」

「あなたなんかに、私の何がわかるんですか!!」

「ぁぁああああああっ!!」

 

 大人めぐみんの叫びと共に、めぐみんの悲鳴が辺り一帯に響き渡った。

 どれだけ身体を傷つけられても、相手を責める姿勢だけは失わずにいためぐみんが、恐怖映像を見せられたように激しく震えている。猛毒に侵されたようにもがき苦しんでいる。目尻から滝のように涙を流している。明らかに異常な反応だ。

 

「そうですよ!! 私はカズマに拒絶されることを恐れていた小心者ですよ!! 爆裂魔法を途中で投げ出し、カズマの想いすらまともに応えられない半端者ですよ!! それでも仕方ないじゃないですか!! カズマを死なせてしまってから数百年の間、彼ともう一度生きて会う未来だけを求めて行動してきたんですから!! そのためならば、生まれ故郷にいる両親であろうと、愛してやまなかった妹であろうと、常にライバル視してくる友人であろうと、共に魔王を討伐した仲間であろうと……なんだって私は切り捨ててきましたよ!! 今更後戻りなんてできないんですよ!!」

「あああああああっ、いやああああああ!!」

「やめてくれ、めぐみん!! やめてくれぇ!!」

 

 俺は必死になって叫ぶ。しかし、大人めぐみんは聞く耳を持ってくれない。

 彼女はめぐみんに何をしているんだ。首を強く絞めているわけでも、掌から魔法を放っているわけでもないのに、めぐみんが苦悶の表情を浮かべている。その苦しみ方は時間が経過するにつれて酷くなっているようだ。このままだとめぐみんの身体が――いや、精神が壊れかねない。くそっ、本当に何を……うん? 大人めぐみんの手からめぐみんの身体へ何かが流されている気が……ま、まさか吸収攻撃(ドレインタッチ)か!! でも、そうだとしたらおかしいだろ。大人めぐみんがしているのは、吸収攻撃(ドレインタッチ)による魔力、体力の供給行為であり、吸収行為は一切していない。神聖な魔力をアンデッド系モンスターに流し込むならともかく、人の身である大人めぐみんが魔力、体力の供給をしても、あんな苦しみ方はしないはずだぞ。

 

「やめろ!! めぐみんちゃんから手を放せ!!」

「邪魔しないで下さい!! あなたに構っている暇はないんです!! 後ろで倒れている電王諸共、今すぐ消し飛ばしますよ!!」

「うぅ……」

 

 リュウタロスが銃を構えて威嚇するものの、大人めぐみんは全く動じない。

 動じないどころか、彼女の一喝にリュウタロスが圧倒されてしまう始末だ。

 

「わかりますか!! これまでの蘇生行為がどれほど奇跡的で、喜ばしいことだったのか!! 命は無限ではありません、有限なんです!! 一度でも失えば、二度と戻ってこないんですよ!!」

「あああああああっ!! やめてください!! 見たくない、もう見たくないです!!」

 

 めぐみんの苦しみ方がさらに悪化した。

 もはや一刻の猶予も残されていない。すぐにでも止めないと、予想していた悲惨な結末を本当に迎えてしまう。しかし、大人めぐみんを止めに行こうとする者は現れない。彼女と対峙したアクア達は倒れたまま動く気配がなく、リュウタロスも石のように固まってしまっている。この場で唯一、彼女を止めに行けるのは――。

 

「かつてのように挨拶をしても何も返ってこないんです。顔を合わせることも、カズマに触れることもできなくなるんです。一緒にお出かけすることも、冒険やクエストに出ることもなくなるんです。……楽しくお喋りしたり、笑い合ったりすることができないんです!! そして、その原因を作ったのは、紛れもなく私なんですよ!! カズマとの再会を望んでいい立場じゃないのは承知しています!! それでも私はカズマを取り戻したいんです!! 人として、生を終えるその時までカズマと共に過ごしたいんです!!」

「あああああああっ!! もういやです!! いかないで、いかないでください!!」

 

 かつてないほど思いの丈をぶちまける大人めぐみん。

 こんな彼女を――いや、二人を止めることができるのは、もう俺しかいない。そうだよ、俺しかいないんだ。だから、お願いだ、俺の身体。一歩でもいいから足を前に踏み出してくれ。お願いだ、俺の心。これ以上目の前の現実から逃げないでくれ。俺はどうなったって構わない。めぐみんが――みんなが助かるっていうなら、どんなことでもする。俺が全ての責任を負う。今までだってしてきたことなんだ。どうってことないだろ。だから、お願いだ……

 

「私がカズマを求めて――かつての幸せを取り戻したいと思って、何が悪いんですか!!」

 

 動いてくれよ、俺……

 

 

 

 

 

「何も悪くないよ」

 

 大人めぐみんの吸収攻撃(ドレインタッチ)がピタリと止まった。

 俺の言葉が奇跡的に彼女に通じた――わけではない。彼女の吸収攻撃(ドレインタッチ)が強引に止められた――わけでもない。俺の言葉は一向に通じていなかったし、身体だって一ミリたりとも動かせなかった。大人めぐみんは声に反応したのだ。弱弱しくも、強い意志を持った良太郎の声に。

 

 

------024------

 

「りょ、良太郎っ!!」

 

 石のように立ち尽くしていたリュウタロスがハッとなって良太郎に駆け寄った。

 良太郎はリュウタロスの肩を借りながらゆっくりと立ち上がる。おぼつかない足取りだ。そんな状態でもなお、良太郎は顔を上げて大人めぐみんを見据えていた。

 

「電王……」

「今は『電王』じゃないです。『野上良太郎』です、めぐみんさん」

「知っていますよ。名前で呼ぶのが億劫なだけです」

 

 良太郎へ顔を向ける大人めぐみん。

 冷静さを取り戻した彼女の手にめぐみんの姿はない。使い捨てられたボロ雑巾のように、大人めぐみんの足許に転がっている。どうやらめぐみんから興味を失ったようだ。ひとまず最悪の事態だけは避けられた。

 

「それで野上良太郎、先程のあなたの言葉……一体どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味です、めぐみんさん。失った幸せを取り戻したいと思う気持ちは決して悪いことじゃない。……ううん。むしろ、そう思わない方がおかしいくらいだ」

「……電王らしからぬ言葉ですね。時の運行を守るあなたなら、『自らの運命を受け入れろ』と説教めいたことを言ってくるものだと思いましたが……」

「オーナーならそう言うかもしれないね。でも、僕は違うよ。むしろ、めぐみんさんの考えに共感するかな」

「ほう……」

 

 良太郎の言葉を聞き、興味深そうに目を細める大人めぐみん。

 彼の肩を抱えているリュウタロスは少し戸惑った様子だ。

 

「僕には姉が一人いる。いつもマイペースで穏やか……ううん、天然といっても過言ではないくらい変わった姉だ。料理という名の劇物を生み出して近隣を騒がせたり、怒った時は自転車まで投げつけてきたりするアグレッシブな一面もあるけれど、親のいない僕にとって気軽に接することのできる唯一の家族なんだ。姉――姉さんの支えがあったから、僕はこうして何不自由なく生活を送ることができたし、姉さんの行動があったから、家族との思い出の場所に戻ってくることもできた。今ある幸せは、姉さんがいたからこそ成り立っていると僕は思っているよ」

 

 戦いの最中にも関わらず、照れ臭そうに笑う良太郎。

 なんだかシスコンの気がありそうな発言だが、口には出さなかった。

 

「そんな姉さんが結婚することになった。相手は姉さんが営む喫茶店の常連客――桜井さん。二人は本当に仲が良かった。桜井さんが天文学者だったこともあって、よく街の展望台に行っては天体観測をしていたよ。僕もたまに付き添うことがあったけれど、その時の姉さん、見たこともない笑顔を浮かべていた。これまで大切なものを沢山失った姉さんがようやく幸せを掴んだんだ。僕はそのことがこの上なく嬉しかった。だから、姉さんが婚約した時も、お腹に子供を授かった時も、自分のことのように大喜びした」

 

 照れ臭そうに話していた良太郎だったが、ここで表情に陰りが生まれた。

 俺達と接している時には見せなかった顔だ。

 

「でも、その幸せは長く続かなった。時間改変を企てるイマジンが分岐点の鍵――僕達の未来へ繋がる人の命を狙ってやってきたんだ。その人が殺されてしまえば、僕達の未来は消滅してしまう。姉さんと桜井さんは僕達の未来のため、分岐点の鍵――お腹の中に授かった子を守るためにイマジンと戦った。そして、僕達の未来を守ることに成功したんだ。……でも、戦い続けた代償として、桜井さんは消滅した。死んだんじゃない。元々存在しないことになってしまったんだ。桜井さん自身、こうなることを予期していたと思うし、僕達が今いる時間を守れて満足していると思う。けれども、残された立場からしてみれば、それは決してハッピーエンドじゃなかった。姉さん、悲しそうだったよ。しばらくの間、魂の抜けた人形みたいに過ごしていたのを今でも鮮明に覚えている」

「…………」

 

 良太郎が語り続ける中、誰も口出ししようとはしなかった。

 大人めぐみんでさえ、黙って彼の話を聞いている。

 

「めぐみんさん、あなたは僕の姉さんによく似ている。めぐみんさんも姉さんも、当たり前に続くはずだった幸せを、本当に大切に想っていた人を、ふとした拍子に失ってしまったんだ。違うところといえば、めぐみんさんは失ったものを取り戻そうとしたのに対して、姉さんはそこで諦めてしまったこと。……ううん、諦めてしまったというより、受け入れたといった方が正しいかな。かつてあった幸せは過去のものと受け入れ、再び巡ってきた幸せを掴んだんだ。その選択は悪いことじゃないし、僕だって最初は喜んだ。でも、あの頃の姉さんのことを思い返している内に、それが本当に正しいことなのかわからなくなった。だから、僕はしばらくの間、姉さんに反発したり、喧嘩したりした。そのせいで怪我しちゃうこともあったけどね」

「……なるほど。だから、正反対の行動を取っている私の気持ちに共感したというわけですか」

 

 良太郎の話を聞き終えた大人めぐみんは、その場で目を瞑った。

 まるで考え事をするように、或いは眠ったように目を瞑る彼女は、やがてゆっくりと瞼を開いた。

 

「どうやら嘘ではないようですね。……それで、今の話から私に何を求めているんですか? 同情ですか? それとも共感ですか? 『僕にもあなたの気持ちはわかるから、これ以上の邪魔はしない』とでも言ってくれるんですか?」

「ごめん、それはできない。めぐみんさんの気持ちはよくわかるし、今でも姉さんにはあの頃の幸せを取り戻してもらいたいと思っている。……でも、こうなってしまった以上、僕達は前に進まなきゃいけないんだ。過去に囚われ続けちゃいけない。姉さんもそれがわかっているから、かつての幸せを過去のものとして受け入れ、新たな幸せを掴んだんだ。きっと、未来のサトウさんだってそうなることを望んでいるはずだよ」

「知ったような口を聞きますね」

「うん、そうだね。正直、未来のサトウさんが何を考えていたかなんてわからない。でも、これだけは断言できる……」

 

 良太郎は一呼吸置くと、迷いのない表情でこう言い放った。

 

「未来のサトウさんは、めぐみんさんが不幸になることを絶対に望んでいない」

「……そうですか。それが最後の言葉でいいですね?」

 

 大人めぐみんはそう言い終えると、小刀を前に構えた。

 急襲する様子はない。彼女はあくまで電王と片をつけるつもりのようだ。そういえば、この戦いの最中、彼女はアクア達だけでなくイマジン達の命も奪うことはなかった。その辺りに関して、彼女なりの信条があると思われる。敵前逃亡しようものならば話は変わってくるだろうが、良太郎に限ってそういった行動は取らないだろう。

 

「リュウタロス、ありがとう。肩を放してもらってもいいかな?」

「で、でも、良太郎……」

「僕はもう大丈夫だよ。それにみんなが戦っている中で、僕だけが寝ているわけにはいかないから。あと、リュウタロスにはお願いがあるんだ」

「えっ……う、うん、わかった。カメちゃんに頼んでみる」

「お願い、リュウタロス。それまで僕が時間を稼ぐから……」

 

 小声で相談し終えた良太郎は、ゆっくりとリュウタロスの肩から放れた。

 身体を支えるものがなくなったものの、良太郎は足を引き摺りながら前へ出ていく。左手には携帯型ツールを装着した銀色のベルトが握られ、右手にはパスケースがあった。良太郎はよろめきそうになりながらも、銀色のベルトを腰に巻く。

 

「いくよ……変身」

 

 ベルトのバックルへパスケースを翳すと、良太郎の身体は銀と黒のスーツに包まれた。

 あれはイマジンに取り憑かれていない状態、つまり、良太郎のみで変身した電王だ。あのまま戦うのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。突如、良太郎の手に巨大な大剣が収まると、鍔と柄の間に空いた凹みにパスケースを填め込んだ。

 

『Liner form』

 

 大剣から流れる電子音と共に、電車を模した巨大なオーラが電王の背後からぶつかってきた。

 オーラに触れた電王のスーツは赤と白を基調にしたものへと変化し、その上から同色のアーマーが装着される。仮面は赤い複眼に紫、青、黄色の翼を生やしたものとなり、先程よりも幾分か逞しい姿へと変わった。大剣の鍔部分にモモ、ウラ、キン、リュウ各電王の仮面がターンテーブルのように填め込まれているせいか、どことなくてんこ盛りに見えなくもないが、誰も良太郎に取り憑いていないことから察するに、あの姿とはまた別なのだろう。良太郎自身の強化フォームと言ったところか。

 

「これで終わりにしましょう……」

 

 電王の変身が完了すると共に、大人めぐみんが駆け出していく。

 こうして最後の戦いの幕が切って落とされた。




第七話、投稿しました。
投稿日が随分ズレてしまいました。
本来なら12月中には終わらせる予定だったのですが、諸事象で12月中まともに執筆ができなかったという……正直、12月がトラウマになったかもしれないです。

それと本来、この第七話で戦いを完結させ、第八話で最終回を迎える予定でしたが、文字数の都合上、話を分けることにしました。ということで、あと二話で最終回です。
2月中に二話とも投稿できるよう頑張ろうと思いますので、よかったら読んで下さい。
よろしくお願いします。
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