この幸福だった者に幸せを……   作:ウボハチ

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この俺にハーレムを!

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「……これは無理だろ」

 

 無意識に俺はそんなことを呟いていた。

 電王と大人めぐみんによる最終決戦――いや、最終決戦と言うにはあまりにも惨めに思えてしまうほど、大人めぐみんの一方的な戦闘が繰り広げられていた。力、素早さ、太刀筋、身のこなしと、一つ一つの動作が電王を遥かに凌駕し、暴風の如く勢いで相手の命を刈り取ろうとしている。電王は大剣の鍔を盾にしながら辛うじて防いでいるものの、鍔の大部分が欠けてしまった大剣にもはや盾の機能はほぼ残されておらず、いつ首が刎ねられてもおかしくない状況だ。

 そもそも、良太郎自身の身体能力はそこまで高くないのだ。イマジン達が取り憑き、尚且つ、電王に変身することでようやく大人めぐみんと対等にやり合えるわけで、彼一人だけでは荷が重すぎる。だからといって、良太郎と一緒に戦ってきたイマジン達はすでに戦闘不能に陥っているし、唯一動けるリュウタロスはなぜか彼から離れた場所にいる。こんな状態じゃ誰の援護も見込めない。

 

『なら、君が動けばいいんじゃないかな』

「…………!?」

 

 俺の中から声がした。

 てか、いつの間にか金縛りにでもあったように身体が動かなくなっている。口を開くことも視線を移すこともできず、なぜか自分の声が身体中で反響している。

 

『僕だよ。ウラタロスだよ』

「お、お前っ!! なんで取り憑いているんだ!! さっさと離れろ!!」

『うわっ!? ちょっと暴れないでよ。この状態を保つの、今の体力じゃ結構辛いんだから』

 

 全身から響いてくるウラタロスの声。

 彼の声に張りはない。それどころか、いつ声が途切れてもおかしくないくらい、か細く、弱弱しいものだ。考えてみれば当然だ。今の今まで、戦闘不能によりその場に転がっていたのだから。むしろ、こうして俺に取り憑いていることの方がおかしい。

 

『そこはめぐみんさんと良太郎のお陰かな。二人が時間を稼いでくれたお陰で、意識を取り戻せるだけの体力は回復したんだ。……まあ、それでも厳しい状況なのに変わりはないんだけれどね。こうして喋るのだけでも一苦労だもの。それに加えて、特異点でもない君の意識を保ちながら取り憑かなきゃいけないし。良太郎に頼まれたことだから仕方ないけれどさ』

 

 人の心を勝手に読んだ挙句、愚痴を漏らしてくるウラタロス。

 そういえばイマジンって、取り憑いた人間の身体を完全に支配しちまうんだよな。取調べ時のセナも、モモタロスに憑依されたまま何一つ抵抗できていなかった。そう考えると、俺の意識が残っているこの状況って、結構特殊なパターンなのか。

 

「んで、どうしてお前は俺に取り憑いているんだ? 俺に取り憑いたところで何も進展しないだろ」

『そんなことない……って、良太郎は考えているみたいだよ。無論、僕も同意見だ。……ううん、同意見どころか、君こそこの戦況を変えられる唯一のカギだと踏んでいる』

「何を根拠にそんな……」

『君自身、よくわかっていることじゃないの? これまで未来のめぐみんさんのしてきた行為は全て、君を手に入れるという目的によるものだった。ゼロライナーを強奪したことも、アクセルの冒険者達を襲ったことも、君を連れ去ったことも、何もかもね』

「…………」

 

 俺は口を噤んだ。

 それでもウラタロスは話をやめない。

 

『そんな彼女に君から歩み寄ったらどうなるかな? きっと僕達と戦っていたことも忘れて、嬉々として君を連れ去ってしまうと思うよ。仮に戦う手を止めなかったとしても、君の行動次第では僕達を見逃してくれるかもしれない。命だけは取らないよう必死に頼み込むとかさ』

「……絶対、じゃないだろ」

『うん、絶対じゃない。でも、可能性はある。それも限りなく高い可能性がね。頭が切れて、仲間思いの君ならすぐに考えつくことでしょ。なんせ、自分一人の犠牲でみんなが助かるかもしれないんだから。……いや、君のことだ。僕達が気を失っている間に、一度か二度は実行に移そうとしたのかもしれない』

「…………」

『それだけ君はこの戦いにおいて重要な立ち位置にいるんだ。君の行動一つで戦況は好転するかもしれないし、今以上に悪くなるかもしれない。これ以上戦況が悪くなれば、今度こそ僕達に助かる道はないだろうね。そんな最悪の選択肢を取らせないために、こうして君の下へ出向いたわけ。わかってくれた?』

 

 そう言って、ウラタロスは話を切り上げた。

 辛い状態であるにも関わらず、ほんと饒舌なこと。しかも、気を失っている間のことまで見通したように話してくる。そこまで理解しているくせにこいつは……

 

「……どうして俺を責めないんだ」

『うん? 責めることなんて何もないよ。……ああ、しいてあるとすれば、君がめぐみんさんへの返事を曖昧にしているところかな。わかるよ、ダクネスさんからも好意的に見られるようになって、どう返事すればいいのか悩む気持ちは。でもね、そういうのははっきりと決めてしまわないと、グズグズしている内に二人から愛想つかれちゃうかもしれない……』

「話を逸らすんじゃねぇ!! はっきり言えよ!! お前のせいでこんな惨状になっているんだって!! お前が何もしないから、みんなが傷ついているんだって!!  何が責めることないだ!! 言いたいことなら山ほどあるはずだろ!!」

 

 自制心に歯止めが利かず、一瞬にして感情が爆発した。

 全身を流れる血液がマグマのように熱くなり、腹の底に溜め込んできた想い(もの)が勢いよく吐き出される。こんなの、ただの八つ当たりだ。子供の癇癪だ。そのことに気付いているにも関わらず、昂り続ける感情を抑えることができない。

 

『それを今の君に言って何になるのかな? 未だこの戦いに介入すらできていない君にさ』

「そ、それは……」

 

 そんな俺の昂りも、ウラタロスの冷たい一言で呆気なく鎮静化した。

 先程までのチャラけた雰囲気が一変し、背筋が急に寒くなる。

 

『君を責めることでこの状況を打開できるって言うのなら最初からそうしていたよ。でも、今の君は何を言われても動くつもりなんてないでしょ。そんな相手と無意味なやり取りをする時間なんてもう残されていないんだ』

「い、言ってくれるじゃねぇか。俺だってな、ここぞという時はやる男なんだよ。覚悟を決められる男なんだよ。伊達に魔王軍幹部と渡り合ってきたわけじゃないんだ。事実、お前等が気を失っている間にめぐみんを止めようと……」

『止めようとしただけでしょ? でも、実際には止めに入っていない。もし止めに入っていたのなら、今頃君と未来のめぐみんさんはここにいないだろうからね』

「…………」

 

 鋭く冷たい口調で論破してくるウラタロス。

 ……そりゃそうだよな。怒っていないはずないよな。必死になって大人めぐみんを止めようとみんなが奮闘しているのに、俺はその戦いを遠くから傍観していただけなんだから。自分でもその辺りのことはちゃんと理解しているつもりだったけれど、その認識だけでは甘かったらしい。

 

『君の気持ちだって理解しているさ。君がこの戦いに下手に介入できないことも、どちらか一方のめぐみんさんしか救えない状況にあることも、それでも現代(いま)と未来、両方のめぐみんさんを救おうと試行錯誤していることも見ているだけで伝わってくる。わかるさ、みんな同じ気持ちなんだから。でも、僕達は君みたいに迷っているわけにはいかない。もし迷って立ち止まれば、目の前から大切な人がいなくなる。かけがえのない仲間達が壊れてしまう。そんな最悪な結末、誰も望んでいない。だから、僕達は戦わなければいけないんだ』

「…………」

『迷うことは一向に構わないよ。でも、迷い続けただけで決断しないのは、何も考えていないのと同じだ。ただの傍観者でしかない。別に彼女と戦えとは言わないけどさ、それでもこうやって僕達が抵抗し続けている以上、君にも動いてもらわなきゃ割に合わないんだよね』

「……なら、俺に何しろってんだ」

『選ぶんだよ。』

 

 短く答えるウラタロス。

 その声は相変わらず冷たい。

 

『君にはわからないかもしれないけれど、未来のめぐみんさん、さっきより動きが鈍くなっているんだ。それに少し動揺しているようにも見える。もし万全の状態で戦っているのなら、現時点で良太郎が倒されていてもおかしくないんだよね』

「おい、それって……」

『そう、めぐみんさんだ。リュウタから大まかにしか話を聞いていないけれど、現代(いま)のめぐみんさん、未来のめぐみんさんを強く非難したみたいだね。それも彼女の在り方を全否定するような形で。そのせいで彼女は負傷した。その時に奇妙な技を受けたって話だけれど、もしかするとその行為と未来のめぐみんさんの動きが鈍くなったことに何か関係があるんじゃないかな?』

 

 そうだ、その通りだ。

 大人めぐみんの吸収攻撃(ドレインタッチ)により、めぐみんは負傷した。そして、様子もおかしくなった。だが、大人めぐみんがしたのはあくまで吸収攻撃(ドレインタッチ)による供給行為であり、それを行えば供給した側の体力、魔力は消費する。大人めぐみんが万全の状態じゃなくてもおかしくはない。

 

『思い当たることがあるみたいだね。つまり、未来のめぐみんさんのコンディションは今、それほど良くないんだ。そして、僕達には戦う意思が残っている。……まあ、残っていると言っても、満身創痍に変わりなんだけれどね。それでも君がここにいる限り、この状況を変えられる可能性はある。だから、良太郎は必死になって時間を稼いでくれているし、その間にリュウタは満身創痍の先輩達を叩き起こしにいっているんだ』

 

 ウラタロスの言葉に力がこもっていく。

 それは先程までとは真逆の、彼らしくない熱い声音だ。

 

『今しかないんだよ。限りなく僅かでも僕達に戦う意思が残っていて、未来のめぐみんさんが万全の状態でない今しか戦況は変えられない。このチャンスを逃せば、これまで僕達のしてきた抵抗が水の泡と化す。誰も救われなくなる。君を責めることなんて後から好きなだけできるさ。でも、戦況を変えるタイミングは今しかないんだ。だから、君は選ばなきゃいけない――』

 

 ウラタロスは間を置くと、こう言葉を繋げた。

 

現代(いま)と未来――いや、本当に大切に想う人はどちらか……今、ここで選ぶんだ。言っとくけれど、これ以上の傍観は許さないよ。もし選ばないと言うのなら、僕もそれ相応の手段を取らざるを得なくなる。君の意思関係なく、自らの手で大切な人を殺めるなんてこと、したくないでしょ?』

「なっ!? てめぇ……」

 

 突拍子もない脅迫にカッと頭に血が上る。

 が、ウラタロスの状況を思い返し、すぐに治まった。

 

『そうしたくないなら選ばないと。君にとって本当に大切に想う人――現代(いま)のめぐみんさんと未来のめぐみんさん……さあ、どちらを選ぶ?』

 

 そうウラタロスは話を締めくくった。

 ――本当に大切に想う人、か。

 今の俺にとって、現代(めぐみん)未来(大人めぐみん)もかけがえのない存在になってしまった。どちらかを選んで、どちらかを切り捨てるなんてできるわけがない。だから、こうしてずっと迷い続けているんだ。それがわかっていてなお、こいつは……

 

「……俺に戦えってか? 未来のめぐみんを倒せってか?」

『…………』

「ははっ、確かにその方があんたにとって都合はいいよな。ピンチの良太郎を救い出せて、うまくいけばイマジンを――未来のめぐみんを倒せるかもしれないんだからさ。今更俺が出てどれだけ戦況を変えられるかかわからねぇけどよ、俺が敵対する意思を見せれば、多少なりともあいつの動揺は誘えると思うぜ。時の運行のことを考えれば、そうする方が正しいのはわかってる。わかってるけどよ……」

 

 一度は沈静化したはずの想いが喉の奥から込み上がってくる。

 噴火寸前の火山のように、もう止められる気がしない。

 

「……そしたら、そしたら、あいつはどうなるんだ!! あいつはさ、俺と会うためだけにこんな馬鹿げた真似をしてきたんだ。もう一度幸せを掴むために大切にしてきたものを――これまで紡んできた繋がりを全て切り捨ててきたんだ。多分、未来じゃとんでもないことをしでかしていると思う。人として許されない行為を平然とやってきたと思う。どれだけ擁護しても、あいつのしてきた行為は人類にとって悪だ。そんなのわかってるんだよ。……でも、あいつをあんな風に変えたのは未来の俺だ。俺の死が引き金になっておかしくなったんだ。そんなあいつを見捨てられるわけがねぇだろ!! 世界でたった一人いるかもしれない味方まで失ったら、あいつは何を希望にして生きていけばいいんだよ!! 俺にはもう、あいつを見捨てることなんてできない……」

『……それじゃあ、未来のめぐみんさんを選ぶ?』

「そういうことを言っているんじゃねぇ!!」

『じゃあ、現代(いま)のめぐみんさん?』

「だから……ああ、クソッ!! 俺が言いたいのはな、ヒーローでも悪人でもないただの凡人に、人の人生を左右させる決断を押し付けてくるんじゃねぇってことだよ!!」

 

 腹の底から包み隠さず自らの想いを吐露した。

 途中から頭の中が真っ白になり、自分でも何を口にしていたかわからなくなった。きっとヘタレでビビりで臆病な奴にしか聞こえない発言をしたんだと思う。あー、こりゃウラタロスに失望されたかな。或いは軽蔑されたか……どちらにしろ、見限られたのに変わりない。

 

『……フフッ』

 

 しかし、そんな彼から漏れてきたのは笑い声だった。それも失笑や嘲笑という感じではなく、むしろ親が子の成長を見て微笑む、そんな温かさがあった。

 

『“似た者同士は惹かれ合う”ってよく言うけれどさ、まさにそれだね』

「はぁ?」

『良太郎にもそういう時期があったんだよ。まあ、君みたいにすぐ不満を口に出すことはなかったけどね』

「なんだよ、それ。全然似てねぇじゃねぇか」

『根本的な部分は同じだよ。自分一人じゃどうしようもできない問題を誰の手も借りずに背負い込んじゃうところとか特にね。まあ、君の場合はちゃんと口に出して言ってくれるから助かるんだけどさ、良太郎やめぐみんさんの場合はギリギリになっても言わないから参っちゃうよ』

「おい、どうしてそこにめぐみんの名前が出てくるんだ」

 

 少しきつめの口調で問い質すものの、ウラタロスは笑って誤魔化してくる。

 こいつ、俺のいない間にめぐみんに何をしたんだ。

 

『あと誤解してほしくないんだけれど、僕は君に“味方になってくれ”なんて頼んでいないから』

「……何?」

 

 俺は耳を疑った。

 確かにウラタロスはそんなことを頼んでいない。ただ、良太郎達の安否を考えれば、必然的に未来(大人めぐみん)という選択肢はなくなる。むしろ電王の本分を全うできる現代(めぐみん)を選んだ方が彼等にとって得なはずだ。

 

『ちゃんと説明したでしょ。たとえ未来のめぐみんさんを選んだとしても、君の行動次第では僕達を見逃してくれるかもしれないって。なら、君がどちらを選ぼうと、僕は構わないんだよ』

「ちょっと待てよ。それを許したら……」

『うん、未来は変わるだろうね』

 

 平然とした口調で言ってのけるウラタロス。

 そこに焦りや戸惑いはない。

 

『仕方ないよ。今回はあまりにも相手が悪すぎた。これ以上下手に抵抗して良太郎が殺されるより、全員無事に生還できた方がずっといい』

「その気持ちはわからなくもないけどよ……本当にそれでいいのか? ただでさえ大幅に時間が改変されているかもしれないのに、それを見過ごすことになるんだぞ」

『それはそうなんだけれど……まあ、その辺りに関してはあまり気にしていないんだよね。ほら、僕ってイマジンだし』

 

 何が『ほら』、だよ。

 気にしていないのなら、そもそも大人めぐみんに立ち向かう必要もなかっただろ。

 

『勿論、君が僕達側に付いてこの状況を好転してくれる方がありがたいよ。でも、それを決めるのは僕じゃない。君が選ぶんだ。君が選ばないと何の意味もない』

「だから、そういうことを俺に押し付けるなって……」

『じゃあ、こうしよう。現代(いま)のめぐみんさんと未来のめぐみんさん、外見が好みの方を選ぶ。そして、そちら側につく。これでどうかな?』

「これでどうかな……じゃねぇよ!!」

 

 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

 

『見た目だけじゃ決められないか。なら、性格も採点基準に加えよう。或いは彼女達のチャームポイントか……あっ、これ以上話を深掘りすると煩悩にまみれた君の思考を刺激しかねないしやめておこう。僕からのアドバイスだけれど、たとえ自分に惚れている相手でも、最初は順序立てて接するのが……』

「だから何言ってんだ、お前は!! こんな非常時にそんな理由で選べるわけないだろ!!」

『そんな理由でいいんだよ。その方が彼女達も喜ぶさ。むしろ、同情や自己犠牲で選ばれた方が傷つくよ。“あなたは可哀想だから一緒にいてあげる”なんて言われて嬉しいと思う?』

「…………」

 

 俺は言葉に詰まった。

 同情や自己犠牲――そういった感情を抱かずにめぐみんと大人めぐみん、二人と向き合おうとしていただろうか。二人の気持ちを汲み取って行動を取ろうとしていただろうか。正直、できていなかったと思う。こうしてウラタロスに止められていなければ、俺は二人を傷つける選択をしていたかもしれない。

 

『さあ、本当に時間がないよ。君が選ばなかった場合のこと、ちゃんと覚えているよね?』

「わかってるよ!! だから、少し黙ってろ!!」

 

 そう荒々しく返事をした俺はその場で思考し始めた。

 ここにはもう、正しさなんて存在しない。時の運行を守るという大義名分も、過去の語りで芽生えた同情心も考慮しなくていい。ただ純粋に、俺が一緒にいたいと思う方を選べばいいんだ。そう、簡単な話だ。ああ、俺はなんて恵まれた男なんだろう。ニート生活から一転して冒険者となり、度重なる窮地を乗り越えて功績を残し、さらにパーティーメンバーとの間に恋が芽生えた。こんなこと、ギャルゲーやライトノベルの中でしか実現しないことだと思っていたのにさ。まあ、ゲームのように途中セーブができず、一人しか選べないのは辛いところだが、そこは腹を括って告白しないと余計に相手を傷付けてしまう。二人が傷つく姿を俺はもう見たくない。それにこんなどうしようもない男を好きになってくれた二人の想いにもちゃんと応えたい。なら、選ばないと。同情や自己犠牲、後ろめたさなど一切なく、自分の想いを全て曝け出せば、どちらを選んでも二人はきっと納得してくれる。そうだ、納得してくるはずだ。そして、何事もなかったように事件は解決するんだ。なんだ、我ながら最高のシナリオじゃないか。これはいい。すごくいい。だったら、早く選ばないとな。めぐみんか、或いは大人めぐみんか……

 

 

 

 

 

「……やっぱりどちらかなんて選べねぇよ!!」

 

 奇声としか言いようのない甲高い声を上げてしまった。

 ウラタロスの要求を突っ撥ねる、最悪の返答だ。それでも俺は止まらない。

 

「こんな選択、ただ現実から目を背けてるだけじゃねぇか!! 倒れているめぐみんを見てみろよ!! 戦っている未来のめぐみんを見てみろよ!! 二人共、辛そうじゃねぇか!! 苦しんでるじゃねぇか!! なんであの二人のどちらかを見捨てろなんて言うんだよ!!」

『そうしないとここにいる全員が不幸になるんだ。何も報われないんだ。君だってそのことは嫌というほど理解しているはずでしょ?』

「ああ、わかってるよ!! でも、それなら両方を選ぶって選択肢もあるはずだろ!! 全員が幸せになる方法が残されているはずだろ!!」

『それはないんだって。僕達に幸福な結末は用意されていない。あるのは全員が不幸になるバッドエンドかどちらか一方の理想が叶うトゥルーエンドだ。今更ハッピーエンドなんて都合のいい結末は迎えられないんだよ』

「ふざけるな!! 誰か一人でも不幸になる結末なんて認められるか!! 俺が求めているのはハッピーエンド、ただ一択だ!! 誰も不幸にならず、全員が幸せになる方法だ!!」

『だから、そんな都合のいい結末は……』

「ないなら俺が考えてやる!! 俺が作ってやる!! ゲームじゃねぇんだ、バッドかトゥルーしか結末がないなんて道理はねぇ!!  冒険者、サトウカズマをなめるなよ!! 幾度となく強敵と対峙してきた俺にとって、今更その程度どうってことねぇんだよ!!」

 

 ウラタロスの否定をさらなる否定で押し潰す俺。

 言っていることが滅茶苦茶だ。非現実的だ。この戦いの間、幾度となく否定し切り捨ててきた希望的観測だ。そんな希望的観測に俺は今、必死にすがりついている。

 

『……君のその選択で事態がさらに悪くなるかもしれない。最悪、この場にいる全員が不幸な結末を辿るかもしれない。そういう可能性があってもなお、君はその選択肢を取るつもり?』

「ああ、そのつもりだよ!! 一人でも不幸になる選択肢なんて選んでいられるか!! それでも不幸になる可能性が残っているのなら、俺がその可能性を全部取っ払ってやる!! 不幸な結末なんかに絶対にさせねぇ!!」

『……その言葉を信用しろと?』

「信用できないならあんたのしたいようにすりゃいいだろ!! そんなに俺の言葉が信用できないのならな!!」

 

 ウラタロスの挑発に思わず喧嘩腰で言葉を返してしまう。

 吐き出される言葉に一切の根拠はない。……ないのだが、その言葉一つ一つが原動力となって身体中を熱くする。

 

『……君はさっき、自分のことを“ヒーローでも悪人でもないただの凡人”と答えたね。君のことを凡人と思ったことはないよ。だからといって、万人の望みを聞き入れ、それを叶えてしまう英雄(ヒーロー)とも思っていない。それは君だけに限らず、僕や良太郎、先輩やアクア様達、それに未来のめぐみんさんも含めてだ。もしこの場にそんな存在がいたのなら、誰もこんな傷だらけになるまで戦うことはなかったし、心が絞めつけられるほど苦しむこともなかった。ハッピーエンドだって実現できたと思うよ。君が言っているのはそういうことだ。超人的存在にしか成し得ない奇跡を君は引き起こすと言っているんだ。あまりにも非現実的すぎる。それを理解した上でなお、君は現代(いま)と未来、両方を取るなんて考えを突き通すつもりかい?』

「ああ、そうだよ。それ以外の選択肢はあり得ない。そのためならなんだってやる。いくらでも責任は取ってやる。男に二言はねぇ」

『……考えを改めるつもりはないんだね?』

「ない。もう決めたんだ。現代(いま)も未来も関係なく、全部ひっくるめて俺が……俺が……」

 

 ここまで来たのに、最後の最後で言葉が出てくれない。

 俺の意思に反して、脳が無意識に警告を発している。あまりに無謀すぎると。これを言ってしまえば後戻りできないと。

 それでも俺は退かない。現実から目を背けない。これ以上、俺のせいで誰かが傷つき、不幸になる様を見たくない。そうだ、俺は決めたんだ!!

 

 

 

 

 

「俺がこの結末を最高のハッピーエンドに変えてやるよ!!」

 

 ……あっ。

 何かが吹っ切れた気がした。

 鎖で拘束されていたような感覚が消え失せ、途端に身体が軽くなる。ウラタロスに取り憑かれたままなのに、身体の主導権が自分に戻ったような感じだ。

 

『……そこまで言い切ったからには何か策はあるのかな、カズマ(・・・)? でなければ、最高のハッピーエンドにするなんて到底叶わないよ』

 

 口を開いたウラタロスはどこか嬉しげだった。

 発言が挑発めいているのに、何も不快感を覚えない。……ああ、そういうことかよ。どうやら俺はウラタロスに――いや、良太郎に乗せられたみたいだ。全く、出会って数時間しか経っていない奴にここまで期待を寄せるなんてどうかしているぜ。でも、お陰でようやく選ぶことができた。

 

「んなもん、決まってるじゃねぇか……」

 

 俺は一呼吸置き、次に言う言葉を脳裏で反芻した。

 ああ、これしかない。これしかないよな。誰も不幸にならず、全員が幸せを掴む最高の方法ってのはさ!!

 

「俺のハーレムを作るんだよ」

 

 恥ずかしげもなく、俺はそう言い切った。

 

 

------026------

 

 電王に猛攻を続ける大人めぐみん。

 彼女の動きに隙はない。卓越した剣捌きとしなやかな身のこなし、上級魔法による一撃で幾度となく電王を追い詰めている。“災厄の魔女”と自ら名乗っていたが、そう呼ばれるのが当然だと感じてしまうほど彼女の力は凄まじい。きっと未来の人々はその力を前に屈する他なかったのだろう。そんな魔女に必死に食らいつく電王――良太郎も十分人間離れしているように思えるが、これまでの激戦で体力を使い果たしたせいか、彼に攻める余力は残されていない。今は防御にまわって時間を稼いでいる状況だ。本当、いつ彼の首が刎ねられてもおかしくない。

 ただ、全く勝ち目がないかといえばそうでもない気がする。ウラタロスが指摘するように大人めぐみんが万全な状態でないというのもあるが、それ以前に彼女には大きな欠点が一つ存在する。何かと言えば、そう――耐久力だ。RPGで言うところの『防御』や『守備力』のステータスのことである。これまでの数少ない戦いの中、他の化け物じみたステータスに比べると、そこだけが明らかに劣っているように感じられるのだ。

 思えば不思議だったんだ。キンタロスが取り憑いた電王と対峙した際、彼にだけ大人めぐみんは苦戦していた。キンタロスの電王は機動力がさほど高くないものの、その欠点を十分に補うほど攻撃と防御に優れている。一方、魔法使い(アークウィザード)である大人めぐみんは後衛職のため物理攻撃の耐性が低く、非常に打たれ弱い。仮に他職業のスキルでステータスが向上していたとしても、電王の一撃を受け切れるほどの耐久力は持っていないだろう。だからこそ、大人めぐみんは戦闘中ずっと相手の攻撃を躱し続けていたし、ヒットアンドアウェイにも似た戦法を取っていた。しかし、キンタロスにだけはそれが通じず、僅かな隙を突かれてやられかけた。

 何が言いたいかといえば、一度でも大人めぐみんに電王の攻撃を直撃させることができれば、彼女を止められるんじゃないかということだ。もし止められなかったとしても、現状の打破には間違いなく繋がる。その段階へ行くことが叶わないからこれほど追い込まれているわけだが、ここに俺という司令塔が加わればどうだろうか。一度とはいえ、俺の作戦で彼女をあと一歩のところまで追い詰めたのだ。今回だってどうにかできる。そのための作戦はすでに立てた。ウラタロスには詳細を伝え、体力を少し分けてから別行動を取ってもらっている。あとは大人めぐみんにこのことを悟られぬよう実行に移すだけだ――

 

 

 

 

 

 

 と、こんな風に打開策を講じていれば、かの名参謀のように知的で格好よく見えてくるんじゃないだろうか――うん、絶対に見えるはずだ。俺がおかしな奴に見えるわけがない。誰かに蔑まれる筋合いもない。てか、女性経験豊富そうなウラタロスにハーレムのことでとやかく言われたかねぇんだよ。それにハーレムは男のロマンだ。ロマンを求めて何が悪い。ハーレムは生き地獄だとライトノベルや二次創作で描かれることは多いけれど、それだって結局はナニを卒業できていない男共の妄言であって……やべっ、俺も当てはまるじゃん。

 

「……っと、こんなこと考えている場合じゃないな。おい、大丈夫か、アクア」

 

 俺は思考の海から飛び出し、現実へ戻った。

 目の前にはアクアがうつ伏せで倒れている。服は以前にも増してボロボロになり、生地の至るところが赤く滲んでいる。一つにまとめられていた後ろ髪は解け、寝癖でもついたように乱れていた。普段、彼女の身体に傷がつくことはない。仮についたとしても、回復魔法ですぐに癒えてしまう。そうなっていないということは、彼女の回復量をもってしても、大人めぐみんの猛攻を受け切れないことを示唆していた。

 

「ううっ……カズマ……?」

「おお、気付いたか。よかった」

 

 ゆっくりと瞼を開くアクアは、俺の方へ顔を向ける。

 

「あれ? 私、確か未来のめぐみんを止めようとして……」

「ああ。でも、止められずに気を失った。今は良太郎が時間を稼いでくれているよ」

「りょ、良太郎が!! まずいじゃない!! 早く加勢しにいかないと……うぐっ、痛い」

 

 身体を起こそうとするアクアだったが、すぐにその場へ崩れ落ちた。

 先の戦闘で受けたダメージは身体の内部にまで及んでいるようだ。

 

「動くな、動くな。いくら自称女神のお前でも、その傷じゃおっちんじまうぞ。俺の魔力を分けるから、そのあとヒールで傷を治せよ」

「……ええ、わかったわ」

 

 コクリと頷くアクア。俺はそんな彼女の首筋に掌を置く。

 彼女は嫌がる素振りも見せず、黙って吸収攻撃(ドレインタッチ)の供給を受け始めた。

 普段の彼女ならば、今の発言(特に『自称女神』の部分)などでネチネチとつっかかってくる。そうならないのは、彼女なりに俺の事情を察しているからかもしれない。これから大人めぐみんと対峙する手前、いつものように喧嘩腰になってくれた方が気は楽だったんだが……まあ、贅沢な望みか。

 

「……ねぇ、カズマ」

「うん、なんだ?」

「その……大丈夫なの?」

「何がだよ」

「未来のめぐみんのことよ。あんた、彼女のことでずっと思い詰めていたんでしょ?」

「……さあ、どうだか」

「とぼけなくたっていいわ。私も同じなんだから」

「…………」

 

 あまり触れてほしくないところをアクアは突いてくる。

 ……いや、この状況じゃそうなるのも必然か。

 

「未来のめぐみんの前じゃ見栄を張っちゃったけれど、正直、私の主張が正しいと言い切れる自信はないわ。誰だって大切な人がいなくなれば、もう一度会いたいと思うもの。人が蘇生する光景を何度も目にしてきた彼女なら尚更よ。私……リザレクションを多用するべきじゃなかった。蘇生という奇跡に依存するべきじゃなかった。奇跡が当たり前になった未来のめぐみんにとって、未来のカズマの死は受け入れがたい現実だったのよ。彼女が狂った原因には少なからず私も絡んでいる。だからね、カズマ……あんただけが責任を抱え込む必要はないのよ」

 

 アクアの口から紡がれる慰めの言葉。

 このシーンだけ切り取って聞けば、彼女は紛うことなき女神である。

 

「……お前、頭でも強く打ったか? いつもはワケのわからない行動を取って、その責任を他人になすりつけるのがテンプレなのに……」

「真面目な話をしているんだから茶化さないで!! 私だってあんた相手にこんな恥ずかしいこと言いたかないわよ。でも、カズマが連れ去られたあの時、私……感じちゃったのよ。焦燥感とか、緊迫感とか、喪失感とか――普段あまり感じることのない感情がどっと押し寄せてきた。ダクネスがパーティーを抜けるって言った時ですら、あんたがいればまた会えるって思っていたのに、今回はそんな気分になれなかった。リザレクションでもどうにもないことが起きてしまっている。このまま二度とカズマは戻ってこないかもしれない。そう思ったら私、不安になった。……あんたがいなくなることが本当に嫌だったのよ!!」

「アクア……」

 

 アクアの声が震えている。

 どうやらふざけた受け答えをしている場面じゃなかったようだ。彼女は彼女なりに、俺のことを心配してくれていた。流石にこれで恋愛フラグが立つなんてことはなさそうだが、それでも大切な仲間として認識されていたのは嬉しいし、心配させてしまったことは本当に申し訳ないと思う。

 

「……大丈夫だよ、アクア。俺はもうどこにもいかないし、一人だけで責任を抱え込むつもりもない。なんなら九割くらいお前に押し付けて、俺は知らないふりをしてるさ」

「はぁ? それはないでしょ。未来の出来事とはいえ、こうなった責任はあんたにもあるんだから、半分くらいは持っていなさいよ」

 

 半分か……アクアにしては甘めだな。

 

「んで、残りの責任は私とダクネスとめぐみんで三等分して……」

 

 前言撤回。

 アクアはやっぱりアクアだった。

 

「だからね……あんたがそこまで責任を感じる必要はないの。わかった?」

 

 普段の調子に戻ったアクアがそう訊いてきた。

 自分はあまり責任を持とうとしないくせに、本当、調子のいいことばかり言う奴だ。……けれども、これがアクアなのである。先程までの弱弱しい彼女はやはり似合わない。

 

「はいはい。わかった、わかった。そう励ましてくれるだけでも感謝ですよっと……おっ、そろそろだな」

 

 俺はアクアの首筋から手を放した。

 これで彼女の魔力は全快――とはいかなくても、半分くらいは回復したはずだ。ただその分、俺の体力と魔力の大半が失われている。残りはニ、三割程度だろう。初級魔法やスキルを一、二回使えば終わりと言ったところか。だが、これでいい。

 

「一度しか言わないからよく聞いとけよ、アクア。今からお前にしてもらうのは、モモタロス達の回復と未来のめぐみんの足止めだ」

 

 アクアが自分に回復魔法(ヒール)をかける中、俺は説明を始める。

 

「まず戦闘不能のモモタロス達を戦える程度まで回復させて、そのあと回復させたメンバー全員で未来のめぐみんに特攻する。彼女の狙いは唯一の弊害である電王――良太郎の抹殺だから、お前やモモタロス達の命まで取ろうとはしてこないはずだ。なんで、存分に当たって砕けにいけ。回復は意識を取り戻した奴から順にしていくのがいいぞ。ちょうどリュウタロスが戦闘不能メンバー全員に声をかけているからな」

 

 俺は一度、遠くで倒れているモモタロス達を見やった。

 実のところ、戦闘不能メンバーのほとんどは意識を取り戻している。みんな、個々の武器や腕を支えにして立ち上がろうとしているが、先程のアクア同様、すぐに崩れ落ちてしまう状態だ。

 

「わかったわ。何がなんでも時間を稼げってわけね。その間、カズマは?」

「俺は良太郎を一旦戦線離脱させて、古城が立っている丘の麓まで一緒に移動する。徒歩じゃちと時間はかかるが、そこはすでに手を打ってあるから問題ない」

 

 俺は現在地から少し離れた場所にある丘の麓を指差した。

 丘の麓は森林地帯になっており、生い茂る草木が森の奥を覆い隠している。

 

「でも、それじゃあ良太郎を少ししか休ませられないじゃない。いっそのこと、もっと遠くまで逃げた方がいいんじゃないの?」

「それは駄目だ。未来のめぐみんの手にゼロライナーがある以上、逃走したところですぐに追いつかれる。それに良太郎以外の命を取らないようにしているめぐみんが強硬策に出るかもしれないだろ。アクア達を人質にするとかさ」

「なら、なんであの丘の麓なのよ?」

「未来のめぐみんを迎え撃つ上でもっとも最適な場所だからだよ。でも、そのためには準備が必要だ。チャンスは一度しかない。だから、アクア達には何がなんでも時間を稼いでもらいたいんだ。それとアクア、良太郎達の動きが前よりも良くなっているように見えるが、支援魔法は何をかけたんだ?」

「えっ? ああ、よわっちいあんたにいつもかけている支援魔法なら全て付加したはずよ」

「なるほど……オッケイ。それなら問題ない」

 

 よわっちいは余計だが、ここは目を瞑ろう。

 頭のよわっちいアクアも俺の作戦を理解してくれたみたいだし。

 

「話は以上だ。何か質問は?」

「ないわ。とりあえず、私はダクネス達を回復させにいけばいいのね? 私の回復も終わったところだし」

「ああ、それでいい……いや、ちょっと待ってくれ。その前に一つ頼みがある」

 

 ここで俺は大切なことを思い出した。

 未来のことを気にしているあまり、現代(いま)のことを蔑ろにしていた。一時的とはいえ、これほど大切なことを忘れているとは……本当、どこまでいっても俺は愚かだ。

 

「めぐみんを先に回復してくれ」

 

 俺は倒れているめぐみんを見据えて言った。

 

 

------027------

 

 倒れているめぐみんの下に辿り着く俺とアクア。

 幸い、大人めぐみんに気付かれることはなかった。電王の必死の抵抗もあり、彼女も彼の相手で手一杯のようだ。このままもう少しだけ堪えてくれ、良太郎。

 

「何よ、これ。どうしてめぐみんがこんな……」

 

 間近でめぐみんを目にし、アクアは絶句した。

 驚くのも無理はない。見るに堪えない傷を負っためぐみんが、使い捨てられたボロ雑巾のようにうつ伏せで倒れているのだから。

 

「未来のめぐみんと色々とあったんだ。事情を説明している暇はない。悪いがめぐみんの回復を頼む」

「……わかったわ」

 

 アクアは問い詰めてくることなく、めぐみんに回復魔法(ヒール)をかけ始めた。

 ほんの数秒経過しただけなのに、めぐみんの傷は時間が巻き戻るように癒えていく。

 

「これでもう大丈夫よ。身体の傷は全て癒えたわ。でも……」

 

 憂わしげな表情でアクアはめぐみんを見た。

 めぐみんはうつ伏せで倒れたまま、何も反応しない。気を失っている――わけではなさそうだ。俺がアクアの下に向かう前まで僅かに身体が震えていたし。

 

「ありがとう、アクア。あとはさっき話した通り、頼む」

「……ここは任せて大丈夫なのね?」

「ああ。これは俺の問題だからな」

「そう……なら、お願い。あと、無茶だけは絶対にしないのよ」

「お前は俺の母ちゃんか。……大丈夫、わかってるって」

「それならいいけれど……」

 

 怪訝そうに俺を一瞥した後、アクアはこの場から離れていった。

 ここまで空気を読んでくれた彼女には今度、旨いものでも奢ってやらないとな。さて……

 

「……めぐみん、大丈夫か?」

 

 俺は地べたに正座して、めぐみんに声をかけた。

 

「…………」

 

 しかし、めぐみんの反応はない。

 本当に気を失っているのか、それとも助けに来なかったことを怒っているのか――きっとどちらでもないのだろう。めぐみんが異常な反応を見せたあの時、気が動転して何が起こっているのか理解できなかったが、そもそも俺はこうなる原因を知っていたんだ。これまで俺が見てきた妙な夢、あれと同じものを俺以上に色濃く見せられていたとしたら――うん、本人でなくとも拒絶反応を起こすよな。

 

「めぐみん――本当にごめん。俺がヘタレで、意気地なしで、愚かだったから、みんなが傷ついた。選ぶことも、行動することもせず、ずっと傍観していたから、戦いを止めることもできなかった。でも、もう大丈夫だ。俺はちゃんと選んだし、こうして自分の意志に従って動ける」

「…………」

 

 依然としてめぐみんの反応はない。

 俺は両膝に突き刺さる小石の痛みに耐えながら話を続ける。

 

「……めぐみんの前で言うのはどうかと思うんだけどさ、俺、ハーレムを作りたいと思ってるんだ。ハーレムといっても、メンバーはめぐみんと未来のめぐみん、ついでに候補のダクネスしかいないんだけどな。アクアとは正直そういう関係にならなそうだからメンバーには入れないけれど、もしメンバーに加入したいとか言い出したら考えるよ。まあ、そこはあまり深掘りしないとして……」

 

 このまま話し続けるとボロを出しかねないので、一旦間を置く。

 ほら、俺って秘密多き男だし。

 

「とにかく俺はめぐみんと未来のめぐみん、どちらにも幸せになってもらいたいんだ。このままじゃどう転んでも不幸な結末にしか辿らないし、そうじゃなくたってみんな、十分辛い目に遭っている。俺、もう嫌なんだよ。自分のせいで誰かが不幸になるのがさ。こういう時の結末は、やっぱりハッピーエンドに限るじゃん。ヒーローものみたいに敵だった相手と和解できた方が嬉しいじゃん。ハーレムにする必要性があるのかって聞かれたら、ちょっと返答に困るけど……まあ、二人共俺にぞっこんなわけだし、幸せにする方法としてはありなんじゃないかな、うん」

 

 無反応のめぐみん相手に俺は何を言っているのだろう。

 彼女に振られたいのだろうか。いや、そんなはずはない。これは……そう、説得だ。説得。お前以外にも大切な女性ができた。だから、二人まとめて愛してやるって言う――俺は別に女ったらしじゃないぞ。

 

「だから俺、戦ってくる。未来のめぐみんを止めてくる。そんでもって、この戦いの結末をハッピーエンドに導いてくる。だからさ、めぐみん……もう少しだけ待っていてくれ」

 

 言いたいことを全て言い切った俺はその場から立ち上がった。

 正座をしていたせいで、足が生まれたての小鹿のようにガクガクと震えている。小石を踏んづけていたためか、両膝に鈍痛が残っている。正座なんてするんじゃなかった。

 

「……待ってください」

 

 めぐみんに背を向けようとした時、右足に違和感を覚えた。

 小さな手がギュッと俺のズボンの裾を掴んでいる。掴んでいる力は弱弱しい。でも、その手を振りほどく気にはなれなかった。

 

「めぐみん……」

「待ってください。いかないで……いかないでください」

 

 うつ伏せのまま、顔を上げるめぐみん。

 彼女は泣いている。流れ出た涙が頬全体を濡らしてしまうほど、彼女は泣き続けている。大声こそ上げてはいないが、その姿はまるで泣きじゃくることでしか感情を伝えられない赤ん坊のようだった。

 

「もう嫌です。これ以上、あなたがいなくなる未来を見たくありません。お願いです、カズマ。もうどこにもいかないでください。私から離れないでください。ずっと、ずっと……ずっとそばにいてください。そのためなら私、なんだってしますから。カズマの望み、なんでも聞きますから。だから、お願いです……どこにもいかないでください」

 

 それはもはや懇願だった。

 自分のプライドさえ捨て、俺なんかに依存する――大人めぐみんとは別の意味で壊れてしまっている。こんなに彼女を追い詰めてしまうほど、未来の記憶は壮絶だったのか……

 

「……めぐみん、『なんだってします』って言うのは良くないぞ。じゃないと、こうタチの悪いことを命令されかねないからな」

 

 俺は腰を低くし、目元を真っ赤に腫らすめぐみんの頭を撫でた。

 本当なら離れたくないし、そばにいてやりたい。その方がめぐみんの支えになるし、俺も楽になれる。でも、俺が望んだ――選んだ道はこれじゃないんだ。

 

「全て終わるまでここで待ってろ。わかったな?」

「なぁ!! ま、待ってください!! カズマッ、カズマッ!!」

 

 堰を切ったように涙を流すめぐみんを尻目に、俺は颯爽とその場から駆け出す。

 我ながら機敏な動きだった。背後から嗚咽混じりのめぐみんの声が聞こえる。俺の名を呼んでいるようだが、もう振り返ることはできない。立ち止まることすら許されない。俺がこれから見据えなきゃいけないのは、誰もが幸せにいられる未来だけなのだから。

 

「カ、カズマ!! そこで何を……」

 

 戦闘中にも関わらず、大人めぐみんは俺に気付いてしまった。

 流石にめぐみんの声が大きすぎたようだ。でも、その余所見で大人めぐみんに一瞬の隙が生まれる。電王は彼女の懐へ飛び込み、大剣を横に振り抜いた。

 

「くっ!?」

 

 不意を突かれた大人めぐみんは間一髪のところで後ろに避けた。

 ダメージは入らなかったものの、彼女と電王との間に距離ができる。

 

「良太郎に用事があってな。良太郎、こっちに来い。一旦退くぞ」

「えっ、でも……」

「でも……じゃねぇよ。こうなるよう仕組んだのはお前なんだから、今は俺の言うことを聞いておけ。わかったな?」

「う、うん!!」

「そんなこと、させませんよ!!」

 

 逃走を図る電王とその背中を追う大人めぐみん。

 二人の差は数メートルもない。すぐ追いつかれてしまいそうになる。

 

「くっ!? これは……」

 

 しかし、それも杞憂に終わった。

 突如、大人めぐみんの進路上に火花が散り、足を止めざるを得なくなったからだ。

 

「これ以上は進ませないよ!!」

「リュウタロス!!」

 

 大型銃を握り締め、大人めぐみんに標準を合わせているリュウタロス。

 電王に変身している時同様、命中率はそれほど高くないようだ。それでも、遠距離から狙い撃ちできる今の状況ならば十分牽制になる。

 

「邪魔しないでください!! 邪魔するというのなら、先にあなたから……」

 

 敵意が一瞬、リュウタロスに向く。

 その瞬間、背後から崩れかけの鎧を身に纏う騎士が大人めぐみんの身体に掴みかかった。大人めぐみんは掴みかかった相手を目にし、困惑の色を浮かべる。

 

「ダ、ダクネス!? なぜあなたが……」

「何をしている、良太郎!! 早く行け!!  カズマのことだ、きっと碌でもないことを企んでいるに違いないぞ!!」

「くっ、放しなさい!!」

 

 ダクネスによる必死の拘束を強引に振りほどく大人めぐみん。

 そのまま背負い投げをする勢いでダクネスを地面に叩きつけた。ダクネスの呻き声と同時に、大人めぐみんは再び電王の後を追おうとする。しかし、それも倒れたダクネスに片足首を掴まれて叶わなかった。

 

「い、いかせんぞ……」

「ぐっ、まだこれほどの力が残っているとは……」

「俺のことも忘れるなよ、未来の爆裂娘!!」

「!?」

 

 大人めぐみんの頭上から振り下ろされる剣と斧。

 片足首を掴まれて避けることができない彼女は、小刀を前に構えて受け止めた。ガチンという鈍い音と共に、受け止めた彼女の表情が少しだけ歪む。

 

「モモタロス!! キンタロス!!」

「はよいけ、良太郎!! 時間は俺達が稼いたる!!」

「あ、あなた達まで……」

「『ゴッドブロー』ッッ!!」

「うぐっ!?」

 

 モモタロス、キンタロスの間隙を縫うようにして神の拳(ゴッドブロー)を繰り出すアクア。

 白く淡い光を伴った彼女の拳は、両手が塞がり無防備となった大人めぐみんの腹部に突き刺さった。さらにそこから一歩前に足を踏み込み、勢いよく拳を振り切る。大人めぐみんの身体を大きく後ろへ吹き飛んだ。

 

「ア、 アクアまで……なるほど、カズマの仕業ですね。くっ……『ヒール』」

 

 アクアの一撃を受けてもなお立ち上がる大人めぐみん。

 実は大人めぐみんに直撃させることのできた初攻撃だったりするのだが、ステータスがカンストしているアクアの一撃でさえ戦闘不能にまでは至らせ切れないようで、回復魔法(ヒール)ですぐ回復されてしまう。やはり電王が放つ凄まじい一撃を直撃させるしかないのか。或いは……

 

「何を企んでいるのか知りませんが、それでも私のすることは変わりません。電王を倒し、カズマを――あなたを手に入れる……ただ、それだけです!!」

 

 俺を凝視する大人めぐみんは勢いよく駆け出した。

 彼女はちょうど合流した俺と電王目掛けて、一直線に向かってくる。突風のように疾走する彼女にリュウタロスは銃弾を当てられず、体勢を立て直したダクネスやモモタロス達を一蹴してしまう。全ての障害を突破し、あと一歩のところまで迫ってきたその時――大人めぐみんと俺達との間を割り込むように新幹線が通り抜けた。

 

「デ、デンライナー!?」

 

 驚愕した声を漏らす大人めぐみん。

 俺はその声を耳にしながら、電王と一緒にデンライナーの乗車口に飛び込んだ。そして、入れ替わるように釣竿を担いだウラタロスがデンライナーから降りる。

 

「悪いね、めぐみんさん。これから二人はパーティーの準備があるんだ。それまでの間、僕達に釣られてくれないかな?」

「……そうですか。では、あなた達を倒して、すぐにパーティー会場へ向かうとしましょう」

 

 各々の武器を構えてぶつかっていくウラタロスと大人めぐみん。

 正直、先程のような隙でも生まれない限りは彼女に勝つ手段はない。それを承知の上で、地上にいるメンバーは時間稼ぎをしてくれるのだ。この時間を無駄にしちゃいけない。

 

「いいか、良太郎。これから未来のめぐみんを止める作戦を説明する。チャンスは一度きり、俺か良太郎のどちらかがヘマをすれば全ておじゃんになる。……良太郎は確実に殺されると思うよ。だから、一言一句聞き漏らさず、作戦を必ず実行してくれ。わかったな?」

「……うん、わかったよ」

 

 閉められた乗車口の前でコクリと頷く電王。

 多分、良太郎は作戦を聞けば反発すると思う。それでも、今はこの作戦しか大人めぐみんを止める術はない。何より頭の回転が速い彼女なら、作戦に気付いた時点ですぐに対処してくるはずだ。それだけは絶対に避けないと。

 

「じゃあ、説明するぞ。まずは……」

 

 説明を始める中、俺達を乗せたデンライナーは目的地である丘の麓へ向かった。

 

 

------028------

 

 天高くそびえ立つ堅牢な造りの古城。

 ここはかつて、アクセルの街を偵察しに来た魔王軍幹部ベルディアが根城としていた場所である。仲間内では爆裂魔法の試し撃ち場として認知されており、よく爆裂散歩で城の周辺まで足を運んでいた。こうして城を見上げられるほど間近まで来るのは初めてだが――うん、中々酷い有り様である。丘の至るところが抉れ、城の一部が欠けている。よく倒壊しなかったな、この城。

 

「見つけましたよ、カズマ」

 

 古城を見上げながら感慨に耽っていると、背後から声が聞こえてきた。

 声の主は勿論、大人めぐみんである。丘の麓に到着してから十数分、デンライナーに乗車していた時間を含めるとニ十分程度しか経過していない。すぐ追いつかれることは予め想定していたけれど、まさかここまで早いとは。

 

「……ここがパーティー会場ですか。パーティーにはあまり向かない場所ですね。バーベキューやピクニックをするのなら悪くない気もしますが」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら、そう和やかに話しかけてくる大人めぐみん。

 彼女の言う通り、俺達がいる場所――丘の麓にあるこの森林は、お世辞にもパーティー会場に向いているとは言えないところだ。鬱蒼と生い茂る木々が日光を遮っているため、森林の中は薄暗く、葉擦れの音や獣の呻き声が辺りで響いている。もはや心霊スポットでしかない。或いは自殺の名所か。どちらにしても、陽気なイベントを行うのにオススメはできない。

 

「いやいや、そうでもないぞ。この辺り一帯を蝋燭で灯して、三角フラッグを木と木の間に括り付けつつ、テーブルクロスを敷いた机に料理を並べれば、自然を直に感じられる神秘的な空間が出来上がるだろ。それならパーティーもいけるんじゃないか?」

「なるほど。確かにそういう趣旨のパーティーならできそうですね。私が想像していたものとは異なりますが、それはそれで楽しそうです」

 

 顎に手を当て、コクコクと大人めぐみんは頷く。

 いい加減なことを言っているのに、ここまで納得してもらえると、なんだか相手を騙しているようで申し訳なくなってしまう。……いや、そのつもりで言ってはいるんだけど。

 

「そうだろ。せっかく過去に遡ってきたわけだし、そういうイベントもガンガンやっていこうぜ。なんなら、今すぐパーティーの準備を始めるからさ」

「それは遠慮しておきます。私はパーティーをするためにここへ来たわけではありませんので。それより電王はどこにいるんです? 先程から姿が見当たりませんよ」

 

 俺の誘いを断る大人めぐみんは、再び辺りを見回した。

 今、俺の近くに電王の姿はない。俺を置いて逃げ出した――というわけではないことだけ言っておく。

 

「さあ。どこへ行ったんだろうな。俺が聞きたいくらいだよ」

「……しらばくれるつもりですか」

 

 俺の返答が癇に障ったのか、和やかな雰囲気が一瞬にして張り詰めたものに変わった。

 俺に危害を加えないことはよく承知しているが、こうして真正面から向き合っていると、彼女の圧で腰が引けてしまいそうになる……いけない、いけない。ここで俺が取り乱せば、今以上に大人めぐみんが警戒してしまうかもしれない。できる限り平静を装わなければ。

 

「しらばくれてなんていねぇよ。俺と良太郎はそれぞれ別の場所でデンライナーを降りたんだ。しかも、俺が先に下車したから、その後良太郎がどこで降りたかなんてわからない。確かにそうするよう指示したのは俺だけど、流石に良太郎の居場所までは掴めないさ」

 

 嘘だ。

 俺と電王は同じ場所――ちょうど今いるここでデンライナーから降りた。彼の居場所も敵感知スキルで大体把握している。これまでの傾向から考えるに、おそらく大人めぐみんも敵感知スキルを使用できると思うが、電王がだいぶ離れた場所にいるためか、まだ気付いていない様子だ。このまま気付かれずに事が運べばいいのだが……。

 

「そうですか。なら、仕方ありませんね……」

 

 大人めぐみんは目を細め、じっと俺を見つめる。

 まるで獲物に狙いを定めた猛禽のように。

 

「お、おい……何する気だよ?」

「上級魔法でこの森を消し飛ばすんです。そうすれば、流石の電王も出ざるを得ませんから」

「いいっ!?」

 

 この森を消し飛ばす!?

 そんなことされたら作戦どころじゃねぇぞ!! 最悪、俺や良太郎も巻き込まれて消し飛んじまう!!

 

「あっ、心配せずともカズマは安全な場所に移ってもらうので大丈夫です」

 

 いや、そういうことじゃないんだ……

 と、心の中でツッコミを入れながらも、俺は少し安堵してしまった。色々と覚悟を決めても、やっぱり生きたいと思ってしまうんだな。……って、そんなことを考えている場合じゃない!!

 

「ま、待て、めぐみん! 確かに良太郎の居場所はわからないけれど、必ずここに現れるから、もう少しだけ待ってくれよ! めぐみんだって、不本意な形で戦いが終わるより、真っ向から対峙して止めを刺せた方が後味悪くなくていいだろ!」

「……そうはいっても、相手はカズマと手を組んだ電王ですし、油断して意表を突かれてはたまったものじゃありません。それに私にも余裕がないんです。待つことはできませんよ」

 

 くっ、これも駄目か。

 俺が戦いに加わったことで、大人めぐみんの警戒心をさらに強くしてしまったらしい。

それなら……

 

「そういやめぐみん、俺の後ろにある古城のことを覚えているか?」

「時間稼ぎですか。その手には……」

「昔さ、この辺りまで散歩しに来ては古城目掛けて爆裂魔法を撃ち込んでいたよな。……あっ、めぐみんにとっては大昔の出来事か」

「むっ」

 

 大人めぐみんが顔を顰めた。

 不満そうな表情で俺を睨んでくる。

 

「女性相手に年齢ネタを出すのは感心しませんね。これでも気にはしているんですよ」

「おっと、悪い、悪い。でも、本当のことなんだから仕方ないじゃねぇか。それにそんな長い間、めぐみんは俺のことを忘れずに想ってくれていたんだろ。なら、俺は悪い気はしない。むしろ、嬉しいよ」

「へっ? あっ、そ、そうですか……嬉しいですか……えへへ」

 

 大人めぐみんは顔を赤らめ、モジモジと両手の指を絡める。

 一先ず、良太郎のことからは気を逸らせたようだ。ただ、らしくもない発言をしたせいで俺の身体も少し熱い。馴れないことはしない方がいいな。

 

「あの頃は大変だったよな。いくら探してもまともなクエストは残っていなくて、ベルディアが来てからはクエストどころか稼ぎまでなくなった。ようやくベルディアを倒したと思えば、今度はアクアのせいで借金まみれ。デストロイヤーからこの街を守ろうと尽力したのに、その度に災難が降りかかって、本当碌でもない日々を過ごしていたな」

「ええ、全くです。私のせいでダクネスが呪いを受けてしまったこともありましたし、カズマも国家転覆罪で死刑になりかけました。今考えると私達、よく生き残ることができましたね」

 

 お互いに昔のことを思い返しながら感慨に耽る。

 異世界に転生した当初――いや、今のパーティーが結成した当初は問題児ばかり抱えてしまい本当に頭を悩ませた。巷では最も全滅しそうなパーティー候補に挙げられ、その予想通り幾度となくピンチに陥ったが、それでもこうして生き残ることができた。今の俺達があるのは、そうした経験を通して逞しくなったからなのかもしれない。

 

「まあ……だからと言って、あんな日々に戻りたいとは思わないけどな。馬小屋で寝たり、借金返済に追われたりする生活なんて二度とゴメンだ」

「私は……戻りたいです」

 

 大人めぐみんは寂しそうに言った。

 未だ辺りで葉擦れの音や獣の呻き声が響く中、彼女は木々の隙間からわずかに見える青空を仰いでいる。

 

「まだまだ未熟で、それでも必死に生きていたあの頃に戻りたいです。この世界を脅かす強大な敵に立ち向かっていたあの日々に還りたいです。『お帰り』と挨拶してくれた私の居場所を取り戻したいです。たとえどれほど辛く、過酷な環境でも構いません。あなたが――カズマが生きているのならば、私はどこへだって行きますよ」

「めぐみん……」

 

 大人めぐみんの頬に一筋の涙が伝う。

 シチュエーションは全く異なるのに、目の前にいる彼女は赤ん坊のように泣きじゃくっていためぐみんを彷彿とさせた。

 

「カズマ……私のそばにいてくれませんか? 私が存在し続けていられる短い間でいいので、一緒に暮らしませんか? あなたにとって、私は赤の他人だと思います。共に過ごした仲間でもなければ、ようやくあなたに告白した恋人でもありません。それでも私はあなたを愛しているんです。数百年もの間、あなたのことだけずっと見てきたんです。カズマが一緒にいてくれるのなら、他のことなんてどうでもいいです。あなたの望むこと、できる限り叶えますから。だから、お願いです……私のそばにいてください」

「…………」

 

 告白……なんて生易しいものじゃないな、これは。

 きっと、大人めぐみんが俺達に与えてくれる最後のチャンスなのだろう。彼女なりに俺達の事情を理解し、その上で情けをかけてくれたんだ。このチャンスを無下にすれば、彼女はもう止まらない。どれだけ俺が声を上げても、聞く耳を持ってくれない。ただ真っ直ぐ、良太郎抹殺という目的を成し遂げようとするはずだ。

 ……わかっている。ここで俺が首を縦に振れば、良太郎達は必ず助かる。誰も命を落とさず、生還することができる。国同士の戦いならば、この選択が正解だ。

 

 

 

 

 

 でも、俺はこの選択肢を取らない。

 

「……悪い、それはできない。俺には大切な仲間がいて、かけがえのない人がいて、現代(いま)がある。めぐみんはそういったものを全て切り捨てて、自分だけを見てくれって言っているんだろ。そんなの、みんなの幸せに繋がらないじゃないか。俺はさ、誰一人も欠けることなく、みんなが幸せになってほしいんだ。めぐみん――お前も含めてな。だから、その要求には応えられない。……ごめん」

 

 俺は大人めぐみんのそばまで歩み寄り、深く頭を下げた。

 

「……そうですか。カズマらしい答えですね」

 

 どこか納得したように返事をする大人めぐみん。

 彼女の口調は柔らかい。想い人にフラれたと言うのに、その言葉に怒りや悲しみは一切感じられない。頭を上げてみると、彼女は微笑んでいた。まるで憑き物が取れたように、清々しいほどの微笑みを浮かべていた。

 

「フラれてしまったのは残念ですが……でも、少し嬉しいです。たとえどんな状況であっても、自分を偽ることなく相手と真摯に向き合ってくれる……そんなカズマに私は惚れたんだと思います。ええ、そうですね。だから、私は悲しくありませんよ。ですが……」

 

 微笑んでいた大人めぐみんの表情が一気に険しくなる。

 先の戦いのように、鋭く冷たい目で俺を見つめている。

 

「ここでカズマを諦めるかといえば別の話です。たとえどんな手段を用いても、私はあなたを手に入れます。そのためにも、唯一の障害になり得る電王を葬らなければなりません」

 

 大人めぐみんは小刀を抜き取り、刃先を俺に向けてきた。

 想い人に剣を突きつける――この行為は彼女なりの覚悟の表れなのだろう。こうなってしまってはもう、これまでのように俺に気を許してはくれない。俺の言葉も届かない。制止することも叶わない。彼女の望みが成就するその時までは。

 

「さあ、昔話はもういいでしょう。早く出てきなさい、電王!! でなければ、あなたごとこの森を消し飛ばしてしまいますよ!!」

 

 森林全土に聞こえるよう、高らかに声をあげる大人めぐみん。

一瞬、周囲の音がピタリと止まった。その後、森林の至るところで動物が駆ける音が聞こえてくる。しかし、電王は姿を現さない。

 

「なんだ、まだ気付いていないのか。良太郎、すぐ近くにいるぞ」

「……へっ?」

 

 大人めぐみんが素っ頓狂な声を漏らした。

 鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。

 

「だから、良太郎はもういるんだって。それも数分前から。わからないのか?」

「な、何を言っているんですか。そんなはずありません。こうして話している間もずっと、周囲の警戒を怠らずにしていたんですよ。近くにいるわけが……」

 

 

 

 

 

『―Momo Sword―』

 

「…………!?」

 

 咄嗟に後ろへ振り向く大人めぐみん。

 振り向いた先には電王の姿があった。大剣を腰元まで下げている彼は、柄についたレバーを素早く、そして何度も引く。

 

『―Ura Rod―Kin Ax―Ryu Gun―』

「な、なぜあなたがそこに!! 敵感知には引っかからなかったはず……」

「俺とのお喋りに夢中だったからな。気付かなかったんだろうぜ」

「そ、それでも茂みに隠れて行動すれば物音くらいするでしょ!! どうやって物音を立てずに私の背後へ……」

「アクアが言っていたんだけどな、良太郎、戦闘前に支援魔法をかけてもらったらしいぜ。それもここ最近、俺がよくかけてもらっているもん一式をさ」

 

 狼狽える大人めぐみんに律儀に答える俺。

 そうしている間にも、電王は大剣のレバーを素早く引き続けていた。一度引く度に、大部分が欠けた大剣の鍔が時計のように九十度回転し、鍔に填め込まれているモモ、ウラ、キン、リュウ各電王の仮面が順番に鍔の上部につく。

 

「……!? ヴァーサタイル・エンターテイナーですか!!」

 

 ご名答。

 大人めぐみんが答えに辿り着けたのでネタ晴らしすると、電王はヴァーサタイル・エンターテイナー――対象を芸達者にする魔法をかけてもらっていた。あのスキルがあれば、性別問わずどんな声真似もできるようになる。流石に自然から発せられる音(風の通り抜ける音や波打つ音など)は厳しいだろうが、獣の鳴き声くらいならいけるはずだ。実際、良太郎も獣――というより、たまたま近くに潜んでいたモンスターの呻き声を真似することができ、接近時に出てしまう物音をうまくかき消した。正直、途中でバレるのではないかとヒヤヒヤしたが、俺との話に気を取られ、大人めぐみんは最後まで気付くことはなかった。囮になった甲斐があったぜ。

 

『―Momo Sword―』

 

 大人めぐみんが答えに辿り着けたと同時に、大剣の鍔の上部に再びモモ電王の仮面がついた。

 電王はそのまま大剣のレバーを奥に押し込むと、彼の足許に鉄道レール状の黄色いオーラが出現する。そのオーラは一直線に伸び、真正面に立つ俺と大人めぐみんを捉えた。

 

「こ、これは……!?」

 

 突如出現した黄色いオーラに狼狽する大人めぐみん。

 実際、オーラの中にいる俺も驚きを隠せずにいる。前もって技のことは説明してもらったが、まさかこんな奇天烈な技だとは……。なんで鉄道レールなんだよ。

 

「……いくよ、サトウさん」

 

 そんな俺達を余所に、電王は黄色いオーラに飛び乗って大剣を横に構えた。

彼の背後からはデンライナーを模した赤いオーラが出現する。赤いオーラは電王の身体を呑み込むと、まるで新幹線のように黄色いオーラの上を駆け始めた。

 

「……なるほど、理解しましたよ。そのまま真っ直ぐ急接近して相手に突撃する――そういう技ですね。大剣を構えている辺り、突撃しながら斬ることも想定されているわけですか」

 

 冷静さを取り戻したのか、大人めぐみんは電王の技の分析をしている。

 眼前に電王が迫っているのにこの余裕とは、伊達に未来の戦場を切り抜けてきたわけじゃないらしい。

 

「オーラから感じられるこの迫力――直撃したら、ただでは済みませんね。ですが、一直線にしか来ないのならば対処も簡単です。このまま横に避けて……」

 

 おっと、ここで良い感じのフラグが立ったな

 接近している俺の前で見せた大人めぐみんの油断――これこそ、俺が待ち望んでいた瞬間だ。

 

「……えっ?」

 

 大人めぐみんは再び素っ頓狂な声を上げた。

 彼女は今、俺に拘束されている。背後から両脇を掬われ、さらに後頭部を俺の両掌で押さえつけられている。俗に言う、羽交い絞めというやつだ。

 

「な、何をしているんですか、カズマ!! 早く放し……くっ、これはドレインタッチ!?」

「へへっ、これで簡単には逃げられまい!!」

 

 俺は両掌から全力の吸収攻撃(ドレインタッチ)を行う。

 いくら大人めぐみんとはいえ、吸収攻撃(ドレインタッチ)の吸収行為に抵抗するのは至難の業だ。ましてや、俺が触れているのは彼女の後頭部であり、他の部位よりも吸収効率が良い。彼女は拘束を解こうと激しくもがいているが、この状態ならば良太郎の一撃が決まるギリギリまで持ち堪えることができるだろう。

 

「くっ、一体何を考えて……で、電王!! あなたも早く止まりなさい!! でなければ、カズマにまで直撃してしまいますよ!!」

「…………」

 

 俺に言っても無駄だと判断したのか、今度は電王に訴えかける大人めぐみん。

 しかし、彼は止まらない。速度を一切落とさず、猛スピードでこちらに向かってきている。

 ……良太郎、今頃どんな顔しているだろうな。きっと怒っているだろうな。この作戦も渋々承諾したくらいだし。

 

「なぜ、止まらないんですか……くっ、カズマ!! 本当に放してください!! でなければ、あなたまで巻き込まれて……」

「そのつもりだよ」

「へっ?」

 

 大人めぐみんは情けない声を漏らした。

 俺は気にせずに改めて言う。

 

「だから、そのつもりなんだって。このままめぐみんと一緒に良太郎の一撃を受けるんだ」

「そ、そんなことすれば私だけでなく、あなたも……」

「ああ、ただじゃすまないだろうな。最悪、死ぬだろうぜ」

「死……」

 

 大人めぐみんの動きがピタリと止まった。

 そして、全身が痙攣したように震え始める。

 

「まあ、大丈夫だって。仮に死んだとしても、アクアにリザレクションをかけてもらえば済む話だしさ。めぐみんが死んだ時もそうするから心配するなよ」

「あっ、ああっ……」

 

 大人めぐみんの震えがさらに激しくなった。

 僅かに窺える紅い眸が煌々と輝き、止め処なく涙が流れ出ている。

 ……我ながらここまで鬼畜な行為ができるのかと思わず引いてしまった。俺を大切に想ってくれている相手に対して、無神経な体を装ってトラウマを抉ったのだから。彼女がもっとも目にしたくない光景――俺の死を今から見せつけようとしているのだから。

 

「だから、このまま電王の一撃を受けてくれ。俺と一緒にな」

「ぁぁああああああっ!!」

 

 発狂したように悲鳴を上げる大人めぐみん。

 それはめぐみんの比にならないほど騒がしく、そして、彼女の悲しみを直に感じられる叫びだった。森の中にいるせいか、悲鳴は辺り一帯に反響し、それに合わせて彼女はじゃじゃ馬の如く暴れ出す。吸収攻撃(ドレインタッチ)をしているというのに、あと数秒も持ちそうにない。

 そんな中、俺は迫りくる電王と目が合った。

 彼はすでに目の鼻の先にいた。一度瞬きをすれば全て終わる……それくらいの距離感しか空いていない。

 ふと、電王――いや、良太郎が何かを訴えかけてきた。口でも行動でもなく、表情で。仮面のせいでどんな表情をしているのかわからないが、なんとなく言いたいことは察した。俺はこう答えた。

 

「いけ、良太郎」

 

 電王は頷くことなく、俺達に突撃した。

 電車斬り――相変わらずのネーミングセンスに苦笑しながら、俺は現実から意識を手放した。

 




最新話、半年ぶりに投稿いたしました。
予告していたより投稿が遅くなってしまい、申し訳ございません。諸事情で中々こちらに時間を割けなかったり、単に綴るスピードが遅かったり、第1話~第7話まで修正していたりと色々としていました。(修正に関して、内容や設定の変更は一切していません)
投稿していない間に、次期ライダーの情報やら、このすば映画の情報やら色々とありましたね。でも、個人的には歌丸師匠の訃報が一番衝撃的でした。今はYouTubeで過去の笑点を見ています。

さて、最終話まで残り2話(前回もそういった気がする)。
一ヶ月に一話の投稿……はおそらく厳しいと思いますが、今年中には完結させたいと思っています。よろしくお願いいたします。
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