内海唯(ウツミ ユイ)
大音春馬(オオオト ハルマ)
仮面ライダー
仮面ライダー妖狐(カメンライダー ヨウコ)
第一話 夏はループする
「信じらんないっ!」
内海唯は、目の前の後輩を怒鳴り付けた。だが、後輩——大音春馬の方も負けておらず、
「こっちの台詞ですよ!」
などと言い返している。
ここは藍露町のシンボル、龍雲寺へ続く小道である。藍露高校生徒会に属する二人は仲睦まじく、藍露祭りへ出掛けた、はずだった。
きっかけはもうどちらも覚えていない。ただ、疲れと悪天への不満が合わさってしまっただけなのだ。
唯も春馬も意地っ張りなタチなものだから、一度出した言葉は引っ込めない。口論は加熱していく一方だった。
「……帰る」
言いたいことを言ったあと、唯はポツリと呟いた。
「それじゃ、気を付けて帰ってください」
春馬は迷わずにそう返した。その皮肉めいた返事がまた唯の怒りを刺激する。
唯は来た道を引き返し、春馬はそのまま龍雲寺へ進んだ。龍雲寺からは花火がよく見える。だが、春馬も花火を一人で見たいわけではなかった。ただ同じ方向に進みたくなかっただけなのだ。
一人で小道を歩きながら、唯は、ぶつけようもない怒りや後悔や哀しみに苛まれた。初めて二人で祭りに出掛けたのだ。唯はそれを楽しみにしていた。春馬も、話を聞く限りそうなのだろう。
どちらが悪いということではなく、ただすれ違っただけなのだ。それを承知しても、今引き返して謝ることなど、できなかった。
寂しい暗がりが続く。冷静になると恐怖が込み上げる。唯の目から、ぽつり、ぽつりと涙がこぼれた。
がくん、と地面が揺れたのは、そのときである。
地震ではない。唯はそう直感した。その揺れは物理的なものより、むしろ誰かの精神がひどく混乱したさまのように思えた。
「……止まった?」
誰もいないのに、つい疑問系で口にしてしまう。それが腹立たしくて、恐怖も哀しみも忘れ、ただ歩くことだけを考えて帰路についた。
蒸し暑いのに、布団をかぶって寝る。祭りの喧騒や花火の音すらも遮断したくて、窓を閉め、エアコンをつけた。
もちろん、花火は見なかった。
✳
目が覚める。
セミの鳴き声があまり聞こえない。カーテンの隙間から差し込む日は熱を帯びていて、背中の汗と相まって不快感を呼ぶ。
「学校か……」
そう、八月二十五日は夏休み最終日だ。最悪な終わり方をしてしまった。その上、また学校で春馬と会わなくてはいけない。
「休もっかな」
そう呟いて、唯はハッとした。仮にも自分は生徒会の一員。私情を挟んではいけない。
——きっとどこかで、兄も見ている。
唯は朝食を食べ、いつも通りの時間に家を出た。だが、少し歩いて、おかしなことに気がつく。
誰一人として知り合いの姿が見えないのだ。知り合いどころから、藍露高校の制服を着た人間にすら会わない。八百屋の曲がり角を通っても、いつもの坂道を上っても、ようやく正門の前へ着いても、誰もいない。
得体の知れない恐怖を感じた。家族は家にいたし、町の住人とはすれ違ってきた。だが、藍露高校の生徒だけは、どこにも見えないのだ。
「神隠し……」
何年も前から、少なくとも唯の生まれる前から藍露町で起き続けている現象。ある日突然人が消え、一ヶ月で戻るときもあれば、一年で戻らないときもある。唯の兄——藍露高校生徒会長の内海才治も、神隠しにあってから既に五ヶ月経っている。
今までにも複数人が消えることはあった。しかし、藍露高校の生徒総数は六百を超えている。そんなに大規模なものが存在するのか?
「先輩?」
唯がそんなふうに考え込んでいると、後ろから彼女を呼ぶ声があった。
その声は、つい昨日、怒気を帯びて唯へ飛んできた、あの声だった。
「春馬……」
春馬が消えていなかったという安心感と、昨日の喧嘩から来る気まずさに挟まれる。唯は一瞬迷ったが、
「ねえ、大変なの! 生徒が誰もいなくて……っ」
「はぁ?」
春馬は呆れながら、一言、こういった。
「今日から夏休みですよ、先輩」
✳
「そう、それで昨日春馬と喧嘩して、私は帰って……それで、朝起きたら一ヶ月前に戻ってたの!」
「俺の知ってる先輩は頭だけは良かったはずなんです。暑さにやられましたか」
「どうして信じてくれないの……」
「どうして信じると思ったんですか」
藍露高校の生徒会室で、春馬と唯の茶番が繰り広げられていた。
何度説明しようと、春馬はいっこうに信じる様子がない。それどころか、唯が熱を上げて話すたびに段々と哀れみの視線を投げ掛けてくるようになった。
「先輩がそんな馬鹿な話をしながら仕事をきっちり終わらせてるのが本当にムカつきます」
カバンを背負いながら春馬がこぼした。
昼を少し過ぎた辺りで二人は仕事を終えた。
「結局誰も来なかったね」
「みんな受験生だからしょうがないですよ」
藍露高校の生徒会は年々人が減っており、二年、一年の立候補者は唯と春馬の二人だけであった。
「お兄ちゃんも志沢先生もいないんじゃ……ね」
生徒会顧問の志沢利樹もまた神隠しに遭っている。生徒会の衰退は目に見えていた。
「私……このループと神隠し関係あるんじゃないかって思うの」
「まだ言ってるんですか。言っときますけど、神通力の方もまだ半信半疑ですからね」
「またじゃんけんする?」
唯が春馬に提案した。春馬が渋々差し出した手を見て唯は、
「チョキ」
「本当に何で分かるんですか……」
「未来視、だからね。内海家代々に伝わる秘密の力」
「それ、会長も持ってるんですか? ……ああ、いや、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫。お兄ちゃんも持ってるよ。物と物を融合させる力」
「先輩のものより凄いですね」
「それ本人の前で言うの?」
唯は春馬と会話しながら、昨日の様子とは大違いだな、と考えていた。やはりあれは夢だったのだろうか?
「……春馬?」
ふと横を見ると、春馬は足を止めていた。そして、彼の指差す先の「何か」が原因であることは見てとれた。
唯もつられて目を動かす。
白い毛を荒々しく立てた犬のような何かは、目を赤く光らせ、異常に鋭い牙を剥き出しにしていた。そして、何より異質なのは、その化物が人間と同じくらいの大きさの体を持っていることであった。
「ねえ、血が」
化物の牙は赤く染まっていた。
「逃げて!」
化物が一直線に春馬を狙う。
春馬は飛び退き、草むらへ転がり込んだ。
「……お面!」
「お面⁉」
「どこかにない⁉ それがあれば……」
「また神通力ですか?」
「信じて!」
「信じますよ。今は藁にでもすがりたいんで」
春馬が、狐の面を取り出した。
「どこでそれを⁉」
「拾いました! これを……つければ良いんですか?」
「そう!」
春馬が狐の面を顔に押し付ける。面は彼の顔と同化し、それから、体を包んでいった。
終わらない夏休みより、あの化け物より、何より、唯はこの光景を信じることができなかった。
狐の耳のような角を持ち、体にはタトゥーのような紋様が刻まれている。体格は小柄な春馬のものではなく、大柄で屈強な成人男性を思わせた。
「勝負だ化け物」
すっかり変わってしまった自分の掌を見ながら、春馬がいう。
言葉を理解してか、それとも本能に従ってか、化け物は春馬を目掛けて一直線に突っ込んできた。
春馬は避ける素振りを見せない。化け物との距離はもうゼロに等しいというのに。
化け物が春馬の体を突き抜けた。春馬の体があった空間には、もう何もない。
「——幻術か。さしずめ妖狐の力、かな」
様子見をする化け物に向かって、今度は春馬が仕掛ける。拳を小刻みに繰り出し、化け物の出方を窺う。化け物が一歩後退したので、春馬も後ずさった。
——どう来る?
春馬が一瞬思考した瞬間、化け物は大きく咆哮した。地面が震える。春馬が身構えた頃にはもう化け物はいない。
「しまった!」
——上か。
重力をものともしない移動で、化け物は春馬の真上にいた。目も牙も爪も、すべてが春馬へ向かっている。
「春馬っ!」
唯がつんざくような声を上げた。だが、無慈悲にも爪は振り下ろされる。そして——飛び散った。血ではない。春馬を狙う鋭い刃だ。
そこには、寸分狂わず春馬と同じ姿の戦士がいた。
「幻覚は——現実に進化する」
再び春馬の姿が増える。空に浮くもの、地に足をつくもの。
「これが俺の必殺技だ」
そのすべてが化け物目掛け、流星のごとく飛び蹴りをした。火花が散る。蹴りが化け物を貫いた直後には、春馬は一人に戻っていた。
仮面を外し、春馬は戦士から元の学生の姿へとなった。
「それ、何……?」
「こっちが訊きたいです。先輩がつけろっていったんじゃないんですか」
二人は危機を凌いだことを心から喜んでいた。だが、まだ得体の知れぬ化け物が襲い掛かってくるのではという一抹の不安を胸に秘めていた。
それを口に出せば、この一時の平穏が崩れる。そんな予感から、二人は、夕焼けの道で、ただ笑い合っていた。