前回のあらすじ
女子3人と執事を連れてついにお外に出たモモンガさんと教授。
リザードマンの集落の傍に聳え立つ巨大なイビルツリー。
100メートルを超す巨体を相手に、果たして勝機はあるのか!(勝ちます)
ただいまー。
今回は初めての現地人視点です。
十分に理解していたつもりだった。
自らに降りかかってくる物事が、自分に理解できる範疇のものだけでは決してない、と。
あるいはそれすら驕りだったのかも知れない。
だが、こればかりは魂あるものの常だと思うのだ。
これ以上の驚愕はない、と。
未知の出来事に触れるたびに、逃避のように言い聞かせてしまうのは、意思を持つものとして褒められぬながらも仕方の無いことであると。
命を繋ぐための
少しでも見聞を広められたら、そう願って出立した先で、魚が養殖できると知った、あの旅も。
運良く戻って来られた村で、試行錯誤しながら生け簀と格闘した日々も。
表だってのことではなくとも、確かな助けと声援に満たされていた、恵まれた時間も。
そんな穏やかな日々が、まるで悪夢から這い出てきたような異形によってあっけなく潰されてしまうことも。
せめてもの抵抗にと、周囲の部族から戦士を集める最中、見たこともないような美しいメスと出会ったことも。
それぞれが、それぞれに。
もう二度とはあって欲しくはないと、もう一度戻れないかと、願っても届かぬと、決して手放しはしないと。
与えられる感情は違ったとしても、思ったのだ。これ以上はない、と。
これに勝る感動が、驚愕が、決意が、あってたまるものかと、そう思っていたのだ。
つい先ほどまでは。
しかし、今。
いまこのとき、眼前に広がる光景は一体なんだというのか。
吹きすさぶ風、膨れ上がる熱。
この身で受けるには些か過剰な重圧を受けながら、半ば呆けた心で、思う。
まるで、神話のような光景だと。
大樹の異形が、赤黒い焔に炙られて凄まじい悲鳴をあげる。
首が痛くなるほどに見上げても、その頂きが覗き込めぬような強大な化け物を相手に戦っているのは、こちらとさして変わらぬような身の丈の、人間だった。
否、あれらは人の形をしてはいるが、きっと人ではないのだろう。
そっと撫でるだけで
あろうことか思いきり振り下ろされたそれを、黒い鎧を着た――恐らく――女は片手斧だけで軽々と跳ね上げた。
次の一撃のためにのたうつ触手を、赤い鎧を着た少女が楽々と切り刻む。
こちらとあちらでは随分と距離があったが、実に軽やかな動きで敵を翻弄する少女の表情は涼しげで、微笑んでいるようにさえ見えた。
ばらばらにされてなお身の丈ほどもある大樹の欠片は、
夜を切り取ったような漆黒の布を纏う者が次々に放つ魔法は、祭司長はおろか、今まで見たどんな魔法よりも強大で多彩だった。
負けじと大樹は頭蓋骨ほどの大きさもある種を無数に飛ばしてきたが、殆どの攻撃は彼らに届く前に弾かれる。
合間をすり抜けて飛んできたものも、顔中に白い毛を生やした黒服のオスに叩き落とされてしまった。
……叩き落とされてしまったのだと思う。彼の者の動きを目視できたわけではなかったからだ。
突如として現れた、生きた地獄。
この世の終わりのような地響きを鳴らして、川を枯らし、沼を干上がらせ、森を殺しながらやって来た、山ほどの大きさの化け物。
ちっぽけな我々が、どうあがいたところで絶望しかなかったはずの恐怖の塊が、まるで枝葉を刈られる木のように、碌な抵抗もできぬまま蹂躙されている。
頑強な金属が擦れる音。
まばゆく弾ける火花。
大樹を舞うように切り刻んでゆく赤と黒。
色彩の洪水。
炎が、氷が、雷が、風が。
吹き荒れ、煌めき、輝いてほとばしる。
誰もがその光景に魅せられていた。
目が離せなかった。
戦うことは疎か、逃げることも忘れ、ただただその場に立ち尽くしていた。
狂宴はやがて終わりを告げる。
すべての触手を切り飛ばされながらも、雄叫びを上げて身もがいていた大樹の異形が、ぴたりと動きを止めた。
幾多の魔方陣が展開し、顕現した魔法もまた、炸裂する寸前でその形を保っている。
自分には祭司の才能がなかった故に、魔法には詳しくない。
一体何をどうしたらあんなことが可能なのかまるで見当もつかない。あるいは幻術の類なのではないか、とも思った。
しかし、あくまで直感だったが、わかってしまった。
ああ、あれは、遊んでいるのだ、と。
確かにあれは、大樹の命を削るに足る魔法で、それを何らかの形でその場に留めて、飾っているのだ。
一方的な戦いだと思っていた。その認識すら甘かった。
戦いですらなかった。戯れだったのだ。
脳裏に大樹の咆哮が蘇る。
空も割れよとばかりに鳴り響く、怨嗟と激憤に満ちた雄叫びに、悲痛な慟哭が混ざっていたのだと思い直すのは、なにも俺の願望だけがそうさせたのではないのだろう。
許せるはずもない。数多くの同胞を殺め、住処を潰していった異形にかける情などない。
ただ、敬意は払おう。
その生き様に。強さに。年月に。
神世の伝説の如き存在に立ち向かっていったその無謀に。
煌々とかがやく光の奔流が、大樹を追悼しているようにも思えた。
いつのまにか、雨が降りだしていた。
恵みの雨だ。これがなかったら、今頃舞い散る火の粉で森が焼けていたことだろう。
大樹がいたはずの場所は始めから何もなかったかのように跡形もなく、先ほど戦っていた4人に加え、ダークエルフと思しき子供と、なにかよくわからない人のような生き物が集まって何やら話していた。
どうやら黒い布を纏った
ダークエルフの子供が何か手渡し、
それは初めての狩りに成功した子供を誉める父親の姿そのものだった。狩られた獲物があの大樹であったと一瞬忘れそうになる。
話が通じるのではないかと、希望があるのではないかと錯覚させる程度には、微笑ましい光景であった。
黒い布の中身が、真っ白な骸骨でなければ、だ。
アンデッド。
生きとし生けるものを憎み、冥府に引きずりこまんとする、邪悪なモンスター。
先ほどの悪趣味な戯れも納得がいく。周囲の者たちも、やはりそれに類する化け物の類いなのだろう。
我々には暴虐の矛先は向かわぬだろう、と日和見などしていて良いはずもなく。
どうする、と逡巡したそのとき。
すぐ横から、ひとつの影が飛び出していった。
草で編んだ外套を投げ捨ててひた走る、白い、背中――!
「待て、クルシュ!」
思わず引き留めたが、そう言われて大人しく止まるメスではない。
そこに惚れたのだから仕方がない、と意識を切り替えて、兄に向かって叫んだ。
「兄者、すまん! 追いかける!」
「ザリュース!」
強く引き留めようとした兄はしかし、はっ、と息を飲み、二の句を次がぬまま数呼吸押し黙る。
ばしばしと地面を叩く尻尾がその内心を如実にあらわしており、心の中でもう一度、兄に謝罪した。
「……わかった。行ってこい、ザリュース」
「感謝する、兄者」
返事もそこそこに、クルシュの後を追った。
きっとこれが最後の会話になるだろう。心苦しくはあったが、未練はなかった。
素晴らしい兄を持った、と心底思う。
あのシャースーリュー・シャシャならば、すぐさま部隊を編成し直して、多くの同胞を生かしたまま帰してくれることだろう。もし我々が連中に殺されてしまったなら、その時点で行動に移してくれる。
思えば、兄はいつだって俺を助けてくれた。
至宝、フロスト・ペインは兄が共に戦ってくれたからこそ今この手にあり、旅に出るときもなんだかんだと言いながら受け入れてくれて、兄からの助力によって生け簀を形にすることができた。
今回だって、かなりの無茶を言った。
どうせ死ぬのなら、と戦士達を鼓舞して、異形に立ち向かうべきだと主張した。
長老たちは渋っていたが、なんとか受け入れさせることができたのは兄の賛同があってのことだ。
やがて来るかつてのような食糧難から
兄に誇れる弟である自信は正直ない。
が、今ここで惚れたメスに添えぬようでは、オスである資格すらないだろう。
余程必死に走ったのか、祭司とは思えぬ速さで駆けていったクルシュとの距離はかなり開いてしまっている。
急がなければ。
脚に力を込めて、全身全霊をもってひたすらに駆けた。
行き着く先がたとえどこであろうとも、後悔は微塵もなかった。
足がもつれる。肺が軋む。
それでも走った。とにかく走った。
一刻も惜しかった。代表を選ぶ、なんて相談している時間もない。
気付いた私こそが、いま、行かなければ。そう思った。
本当は、相手の出方を待つべきだと、頭ではわかっている。
私が勝手に代表として出ていくことが、後々部族の不和に繋がるかもしれないということも。
しかし、一体、どれだけの者が気付いているというのだろう。
この雨が、第六位階魔法、<
あの巨大な魔樹を倒した魔法が、この世に有り得ざるべき位階の魔法であることを。
昔、一度だけ。
一度だけ、年老いた祭司から聞いたことがある。
人の身では唱えられぬ神代の魔法に、時を操るものが存在する、と。
最後のあれは、きっとそうだ。
動きを完全に止められて、目眩がするようなたくさんの光を撃ち込まれていた魔樹。
世界を滅ぼせる力を、一切の抵抗を許さないまま蹂躙する圧倒的な魔法。
怖い、こわい。恐ろしい。
止まりそうになる足を必死に動かして、ただ、ただ走った。
今、私が感じている恐怖は、あの魔樹に対する恐怖とは、まったく違うものだった。
勿論最初から死ぬくらいは覚悟していたけれど、勝ち目のない戦いでも、それでも赴こうと思えた。
私を求めてくれるオスがいたから。逃げたとしても、それを養うだけの食べ物がないから。
もうごめんだった。同族の肉を喰らうようなことは、二度と経験したくなかった。
さっきまで私たちが歯向かおうとしていたものは、知性のない暴風のようなものだった。
私たちとは比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいに強大な、けれども知恵を使わない、獣とすら呼べないほどのばけもの。
私たちの村は確かにあの魔樹によって酷い目に遭わされたけれど、あれにとって私たちの村はただの通り道に過ぎなかった。
どこから来て、何が目的だったのか今となってはわからないけれど、私たちが命を懸けて戦う決意をするような被害を受けたのは、あの魔樹がただ途方もなく大きかったというだけで、あれには、悪意も敵意も存在してはいなかったのだ。
けれど、今はちがう。
6人。たった6人。
一生かけて泥を積み上げても、尚その頂きには辿り着けないであろう大きさの魔樹を。
指折り数えることができるほどの時間で、ほとんど遊びながら、無傷で屠ってしまったのが。
私たちとほとんど変わらない、小さな生き物だということが、どれほど恐ろしいか。
知性あるものが、知性なき災害より強い力を持っていることが、どれほど恐ろしいか!
遊んでいた。
間違いない。遊んでいたのだ。信じられないことに、あの魔樹を使って、彼らは遊んでいた。
でも、と、欠片ほどの希望を、そっと胸に抱く。
私が近づいていくのに気が付いたのだろう、今はこちらを見て警戒しているけれど、さっきまで彼らはまるで親と子のようにじゃれ合っていたのだ。
もしかしたら、話が通じる生き物なのかも知れない。
黒服の男は私たちに攻撃が当たらないように動いてくれていたようだ。
もしかしたら、もしかしたら私たちを助けに来てくれたのかも知れない。
……それならば、助けに来たと最初に言うものではないだろうか。
そんな考えが、僅かな希望を蝕んでいく。
邪推であってほしい。
けれど思考はどんどん悪い方向に転がっていった。
いたぶっていた。弄んでいた。
自分達よりも遥かに大きな化け物が、為す術もなくもがき苦しみ、のたうちまわる様を、ひどく楽しんでいるように、私には見えた。
ほんの少しでも脅威に思っていたのなら、最初から動きを止めてしまえば良かったはずだ。
けれどあの
この雨だって、魔樹をできる限り長く痛めつけるために降らせているのではないか。
あれが終わってしまったから、次は貴様らの番だと、襲い掛かってきたりはしないか。
魔樹の大枝を切り落とす怪力が、この世に存在することさえ信じられない数々の魔法が、私たちにふるわれる。それだけなら、まだいい。
もっと、私が想像すらできないような悪辣な手段で、私たちを苦しめる気なんじゃないか。
嫌だ。怖い。
辿りつきたくない。
それでもなんとか、身の内に残る僅かな勇気を振り絞って、必死になって地面を蹴った。
説得が通じるかはわからない。懇願が届くかはわからない。
そもそも同じ言葉を扱うのかさえわからないけれど。
敵か、味方か。それだけわかれば良い。
ザリュースなら、彼ならきっとなんとかしてくれる。
私に注目している間に、皆が逃げ出す準備を整えてくれる。
私が殺されている間に、少しでも多くの同胞が生き残る術を考えてくれる。
住処を失って途方に暮れていた私に、もう一度生きる気力を与えてくれた彼なら――。
「止まりなさい」
冷たく放たれた声に、思わず体が竦みあがる。黒い鎧の女性が、こちらに向かって真っ直ぐに斧を構えていた。
距離はまだ随分と開いていたが、あそこからでも私の首程度なら軽く飛ばせるのだろう。べちゃ、と、ほとんど反射的に泥の上に跪いた。
「獣如きが、偉大なる御方の許可無くこんなところまで近付いて。無礼にも――」
「よい。武器を下ろせ、アルベド」
「はっ」
殺意すら滲ませて私を叱責しようとしていた女性は、アンデッドが放った命令ひとつで言われた通りに武器を下ろす。
低く、平坦で、穏やかな声。まるでそのあたりにいる普通の男性のような声だった。
それが余計に恐ろしい。言葉が通じる、なんてことは、とうに喜べることではなくなっていた。
きっと彼が「偉大なる御方」なのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ、良かった、と、そう思った。あの絶大な魔法を扱う者が、彼らの中で一番偉いものでなかったらどうしよう、とも考えていたから。
「……それで?」
「偉大なる御方」の声に、びくり、と身体が震える。
僅かに小首を傾げる様が、生きた人間のようで酷くいびつだった。
「教えてもらえるだろうか。何のために、ひとりでここまで来たんだ?」
「わ、わた、わたしは……」
舌が回らない。強まる雨足が、容赦なく体温を奪っていく。
恐怖と寒さで震える体を抱きしめて、懸命に自身を鼓舞したが、言葉が喉に張り付いたままちっとも出てこなかった。
はやく、なにか、言わないといけないのに。
私だけが殺されるならまだいい。彼らの気分次第で、みんな殺されてしまうかも知れないのに。
なのに、突き刺さる視線が現実をつきつけてくる。殺意だけで生き物を殺せるような、そんな眼。
人間の表情はよくわからないが、その眼光の冷たさが物語っている。
覚悟していたはずだったのに、たったひとかけらの言葉を紡ぐ勇気が出ない。
こんなとき、こんなときどうしたらいいんだろう。
「早くしてよ、
「いっそ魅了してしまった方が早いんじゃありんせんか?」
苛立ったようなダークエルフの声に、けらけらと笑いながら紅い鎧の少女が提案する。
内容とは裏腹に、許可を求めるような眼で「偉大なる御方」を見上げるさまは、玩具をねだる童のものと寸分変わりが無く。
きっと私たちの存在も、玩具と大差ないのだと、改めて認識させられて。
もう、何を言ったって、駄目なんじゃないかって。
呼吸が、心音がうるさい。雨が地面を叩く音は、こんなにも大きくなっているというのに。
「わたしは……!」
ありったけの気力をかき集めても、虫が鳴くような声しか出せない私を、別の私が嘲笑う。
なんのためにここまで来たの、臆病者、と。
ああ、私の心までもが、私を裏切るのだと、力なく落ちそうになった肩を――。
「妻が失礼をした。我々は、感謝を述べるために、ここに来たのだ」
――支えてくれる、ぶ厚い掌があった。
「ざりゅーす……?」
「遅くなってすまない」
小声で問うた私に、ぼそぼそと返す彼の声はいつもと変わらず穏やかで、胸のなかに、ぽう、と火が灯るのがわかる。
私を追いかけてすぐに走ってきたんだろうけど、雨の音にかき消されて、足音に気がつかなかった。
どうして来たの。
殺されてしまうかもしれないのよ。
みんなはどうするの。
ていうか、妻って。
わたし、まだ、返事をしてないんだけど。
言いたいことはたくさんあったけど、ぐっと飲み込んだ。その眼差しが、出会ったときと変わらない瞳が、お前ならできる、と、期待してくれているように思えたから。
たったそれだけで、もう一度頑張れるって思わせてしまうんだから、このオスはずるい。
それに絆される自分に呆れながら、首を伸ばして、しっかりと前を見た。
「お待たせして、申し訳ありません。そして、私たちを助けていただいて、ありがとうございました」
敵かもしれない、ということは一旦忘れよう。
あの魔樹を倒してくれた、ということは、事実なのだから。
「あれは、あの魔樹は、我ら
反応はない。
取るに足らないと思っているのか、それとも他のことを考えているのか。
じっとこちらの様子を伺っていた。
「心から、お礼を申し上げます。我々を救っていただき、本当に、ありがとうございました」
深く、深く頭を下げる。
言うべきことはすべて言った。あとはなるようにしかならない。
首のひとつでも持っていけばいい、そのくらいの気持ちだった。
そのまま十数秒、もしかしたらもっと待ったのかもしれない。
ふいに、肩を掴む手に力が込められたのを感じて、こっそりと前を見た。
目の前の、ほんの2、3歩の距離。
そこには、人の身体の上に水の球を浮かべた奇妙な生き物が立っていた。
音もなく歩いてきたとでもいうのだろうか、まったく、一切の気配を感じなかった。
遠目からはなんの生き物かまるでわからなかったけれど、今は……、今も、確証があるわけじゃない。
けれど、これは、私たち祭司が使役する精霊に近しい、
やけに整った服装の、しかし確かに異形と言える存在は、私たちを前にして。
おもむろに、片膝をついた。
「ヒッ――!」
「し……!!」
赤い鎧の少女が、悲鳴のように息を飲んだ。
何事か叫ぼうとしたダークエルフの口を、黒い鎧の女性が塞ぐ。
先ほどまでの余裕が嘘のような彼女たちの狼狽えぶりに、はた、と思い出した。
さっき、ダークエルフの子供は言っていた。「御方々」をいつまで待たせるのだ、と。
この、水精霊(勝手にそう呼ぶことにした)もまた、彼女らに心酔される「偉大な御方」のひとりなのだろう。
目の前の状況にやっとのことで思考を追いつかせたとき、す、と、水精霊の手が挙がる。
向こうを見れば、赤い鎧の少女の手がぶるぶると震えていた。血が出そうなくらい槍を強く握りしめて、ぎりぎりと唇を噛み締めている。
彼が止めなければ、私の頭にはきれいな穴があいていたに違いない。
彼女は多分、この水精霊が私たち程度に膝をついているのが我慢ならないのだろう。
そして、少なくとも、水精霊自体には、私たちを害するつもりがないことがわかった。
「こんにちは」
「こ、こんにち、は?」
「……こんにちは」
挨拶された。
思わず返してしまったが、これで良かったんだろうか。
幾らか歳を経た男性の声。
どこから出ているのかもわからないけれど、不思議と恐ろしくはなかった。
水の中の2つの光が水面の三日月のように歪んでいる。
優しく微笑んでいるのだろうと、何故か理解することができた。
「そう怯えなくて良い。ぼくたちは、君たちが崇める存在に頼まれてここに来た。あの化け物を消し去ってほしい、と」
「祖霊、に……?」
「まあ名前なんて生者が勝手につけるものだから、好きに呼んでくれたらいいけど」
ほら、と、まだ半信半疑の私たちの視線を、空へと誘導する。
いつの間にか、雨は上がっていた。
夕日で真っ赤に染まる空には、無数の光が煌めいている。
まるで、魂そのもののような、あたたかなひかり。
ここはもう、あの世だと言われても信じてしまいそうな、幻想的な光景。
後ろの戦士たちにも見えているのだろう。ざわざわと動揺がこちらまで伝わってくる。
まさか、あれはなんだ、祖霊だ、俺たちの祖霊だ、と、私の心中を代弁するかのような声が聞こえた。
視界がぼやける。頬に触れれば、手のひらには水滴。知らず、涙を溢していたらしかった。
「あ、あなた方は……!」
ザリュースが何か言おうとするのを、片手でそっと制して、水精霊は厳かに仰った。
「君らの、
その声は、私たちを導いてくださると、確信に足るもので。
もう一度、今度は心底からの気持ちで、深く、深く頭を下げた。
『朱雀さんに見せたことありましたっけ、苦しみますツリー』
『ねんまつはがくせいのれぽーとがあったのでろぐいんできたことがないです』
『あっ……』
演出は大事。古事記にも書いてある。
ちゃっかり薬草も入手。
あと2、3話くらい蜥蜴人の村に滞在しますよ。
次回は多分日曜日。今週の日曜日だといいな!