縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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イベントを一個入れるか外すか悩んでたら遅くなりました。申し訳ない!

アニメ見ました。良かった(小並)
リグリットさんかっこいい……かっこよすぎない……?(エンヤ婆みたいな見た目を想像してた人)





飲食(おんじき)はあたたかいうちに・中編

 

「……撃退ですか? 強制帰還や、洗脳ではなく?」

「死んでる。それは確実」

「……ちょっとどういうことか詳しく説明していただいても良いですか」

 

 ああ、あたまがいたい。何も入ってない空っぽの頭なのに。

 

 だってここへ来て、こちらの10位階魔法と同等以上に渡り合う存在なんて。周りにいるのが大したことないからと、完全に油断してた俺が悪いんだけど。

 

「まずこれ、はい」

 

 そう言って手渡されたのは、分厚い紙束だった。ところどころに色違いの付箋が挟んである。資料、かな。

 

 パラパラと捲れば、周辺諸国の地理、凡その人口、文化や生活様式など、詳細なデータが書き連ねてあるのが見てとれた。

 

「こんなにたくさん、いつの間に」

「いやあ、やってると楽しくなってきちゃって。とりあえず黒い付箋のとこ、見てもらえる?」

 

 言われた通りに黒い付箋が貼られたページを開く。そこには、ひとつの国の名前が書かれていた。

 

「スレイン、法国……」

 

 俺の呟きと同時に、水鏡にひとつの都市が映る。

 どこか高い塔の上か、山の上から視ているらしく、随分と遠景で映っているその都市はしかし、一見しただけでも、この世界に来てから確認したどの都市よりも発達しているように思えた。

 

「だいぶ警戒されてるみたいだから、遠くて悪いけど」

「いえ、十分です。召喚獣を倒したやつというのは、ここに?」

「うん。でも先に、経過から説明させてもらっても?」

「お願いします」

 

 映像が切り替わる。

 先ほどの都市とは別の場所、低位の魔法で身を隠した、40人ほどの集団が映されていた。こっちから見れば随分下級の装備に見えるが、この世界の基準ならばそこそこ上等な衣服鎧を揃いで着込んでいる。

 衣装が完璧に統一されているからか、実力はともかく、ずいぶんと洗練された部隊のように見えた。

 

 魔術師の部隊、なんだろうか。

 

「どうもね、こいつらに張り付いてた監視魔法に、通りすがりの八咫烏が引っかかっちゃったみたいで」

「……事故じゃないですかー」

「ねー」

 

 正直、ちょっと気が抜けてしまった。

 

 ユグドラシルにおいても、他のターゲットを監視している最中に、たまたま割り込んだ別のプレイヤーの攻性防壁が発動してしまうことはたまにあった。

 が、慣れたプレイヤーであればそのあたりも織り込んで二重三重に対策をするのが常識のはず。

 

 と、いうことは。

 魔術師の部隊を監視をしていた相手は、少なくとも攻性防壁での騙し合いに長けていない、あるいは経験がない連中だと推測できる。

 ひとつ安心できる材料を得られたと言って良いだろう。朱雀さんのモンスターが無傷で倒されてしまったことは確かに脅威だが、正面から実力者が攻めてくるより、搦め手を使ってくる相手の方がずっと恐ろしい。

 

「監視されていたっていうことは、彼らはスレイン法国? と敵対してるんでしょうか」

「や、聞いてる限り、こいつらの所属もスレイン法国みたい。任務中、おかしなことしないか、見張ってたんじゃないかな」

 

 ……身内からの信用がない部隊なのかな? いや、逆かも知れないな。万一のときに備えて、保険を怠らない組織なのかも。

 その保険もうっかりで無くしてしまったのだから気の毒と言う他ないが。

 

 今この辺なんだけど、と、朱雀さんは地図の上、トブの森の南西あたりを差し、少しだけ東側に指を滑らせる。

 

「なんかね、この辺走ってる……、ガゼフっていう人の暗殺命令が出てるみたい。それで追っかけてるのがこの魔術師連中ってわけ」

「……随分きな臭いですね」

 

 暗殺なんて、ゲームの外ではニュースでしか聞いたことない。テロで周囲ごと、っていうのが多かったから、頻繁に聞いたわけでもないし。

 

 それにしても、情報統制がなってないな。暗殺命令が他所から来た赤の他人に筒抜けとか、大丈夫なのか。

 

「それだけ重要な人物っていうことなんでしょうか。貴族とか?」

「なんか、こっちの……、リ・エスティーゼ王国。そこの戦士長さんなんだって」

「戦士長」

 

 強いんですか、と聞いてみれば、レベル的には30前後、という返事。

 ……それでなんで狙われてるんだろう。悪いことでもしたのかな。

 

「で、その……、なんだっけ、そう、攻性防壁が発動したのが今日の夕方くらいなんだけど」

 

 朱雀さん曰く。

 

 特に目的地を定めずにふらふら飛ばしていた八咫烏が、偶然スレイン法国の監視と接触。攻性防壁が発動し、監視している者の傍にモンスターが召喚された。

 

 そこは暗い室内で、裸同然の女性を中心に何やら儀式のようなものが行われていた。

 一瞬強制召喚でもされてしまったのかと思ったが、周囲の人間は突然現れた召喚獣に錯乱するばかり。口々に発する内容をどうにかかき集め、部屋で行われていた儀式は監視魔法を発動させるためのものだと推測できた、とのこと。

 

「突然だったから状況把握するのに少し手間取って。ちょっとごたごたしたけど、監視者自体はなんとか無力化できたんだ。折角だからもう少し情報集めようと思って、バリケード作ったりしてしばらく部屋に立て篭もって」

「ふむふむ」

「でもついさっき、バリケード破られたのと殆ど同時だね。単騎で突っ込んできたお姉さんにあっという間にやられちゃった」

 

 語る朱雀さんの口調は台詞ほど軽くはなかった。無理もない。自身が持つ召喚獣の中でも5本の指に入る程の戦闘力を持つモンスターがあっさり殺されてしまったとなっては。

 

 ピンキリはあるにせよ、10位階の召喚獣となればどれも強力なもの。戦闘ビルドの100レベルプレイヤーなら負けることはまずないが、ノーダメージで倒すとなると、相当のプレイヤースキルを要求される。それなりの相手がいる、ということだ。

 

「隠密特化の召喚獣にすれば良かったな」

「……いえ、10位階の戦闘特化型をノーダメで攻略する相手がいるとわかったのは収穫だと思います」

「ありがと。で、こっから相談なんだけどさ」

「はい?」

 

 朱雀さんは、ユリが置いていったポットからお茶を継ぎ足し、大皿の縁をきん、と弾いた。

 

「この、法国に対して。もう少し情報が欲しいところだけど、ちょっと八咫烏ではレベルが足りないからさ」

「別に斥候を送り込むか、ということですか」

「そう」

「うーん……」

 

 難しいな。

 唸りながら、手元の資料を見る。

 

 スレイン法国。

 「六大神」を信仰する宗教国家。周囲の国家より数段国力が上で、特に魔法詠唱者のレベルは他の国の追随を許さない。

 半面、閉鎖的で、人類以外を敵と見なしている節があり、奴隷市場にはエルフなども並んでいることから、只人(ヒューム)以外の人間種とも関係は険悪であることが見て取れる。

 まとめるとこんなところか。

 

 基本、既存の国家と好き好んで敵対したくはない。

 この先、問答無用で襲い掛かってくるプレイヤーの相手をしなきゃいけないかも知れないのに、そんなときに周辺国家と小競り合いなんかしていたら背後を突かれる危険性がある。

 

 が、亜人を殆ど無条件に敵視しているとなると、異形種と遭遇したときも同じような対応をするだろう。警備からはなんの報告も上がってないので、ナザリック本体はまだ見つかっていないはず。今のところ。

 

 しかし、見つかったときは厄介なことになるだろうな。向こうの総戦力次第だけど。

 

「……朱雀さん的には、どうですか?」

「とりあえず、この魔術師の一団がこっちに来るまでは待ってもいいかな、と」

「暗殺部隊? の皆さんですか?」

「うん。霧の村辺りまで来るからさ、そのときに何か情報もらえないかなって」

 

 聞けば、別動隊で村を焼き払いながらトブの森に沿って移動しているのだという。

 ガゼフという人がそれを止めるために追いかけているので、挟み撃ちにするつもりなんじゃないか、と。

 

 人ひとりのために大げさなことだ。ていうか、村が焼かれるのを止めるためって、ガゼフってもしかして善い人なんじゃないのかな。うーむ、余計複雑になってきたぞ。

 

 とりあえず人物関係はおいといて、魔術師の一団だ。そんなにうまくナザリックの近くまで来るだろうか。霧も出てるし、迂回するような気がするけど。

 

「来ますかね、こっちまで」

「来る」

「確定ですか?」

「うん」

 

 強い断定。ちょっと珍しいくらいの。

 ちゃんと説明を聞いておこうか、少し迷った。根拠がどこにあるのか、今の俺にはまるでわからなかったからだ。

 

 だけど、と、扉の方を横目で盗み見る。内緒話もあまり時間をかけていたら心配されてしまうだろう。

 

「信じます。どのくらいで来ます?」

「明後日、夕方」

 

 こちらも断定。頼もしい限りだ。

 ここまで断言してくれているのだから、こちらはそれに乗っかろう。

 

「じゃあ、それまで待ちの方向で」

「モモンガさん的にはいいの? それで」

「……ちょっと、場所が遠いのが気になるんですよね。こっちは土地勘もないし。ゲームだったら迷わず送り込んだところなんですが」

 

 確かにこの近くには、水晶で出来た草地や毒の沼なんかの、ダメージを与えてくる地形は見当たらない。

 けど、他の土地もそうだとは限らないし、現地の人間だけが利用できる地形だって存在するだろう。それをいちいち警戒しながらとなると、移動だけで骨が折れる。

 

 イビルツリーを倒したときのように八咫烏の視界を通じて<転移門(ゲート)>を開くという手もあるが、この様子では相当警戒されてしまっているようなので、任意の場所に降り立つのも難しそうだ。

 送り込む斥候にしても、中途半端なレベルのシモベを送っても先の召喚獣の二の舞だろうし、かといって高レベルNPCを送り込んで何かあったらと思うと、とてもじゃないが踏み切れない。

 

 逆に、向こうからこちらに攻め込むのも難しいだろう。朱雀さんの召喚獣という手がかりを自分達で潰してしまったなら、向こうもこちらの存在を確認できずにいるはずだ。

 不自然に広がる霧を上空から見られたら気付かれてしまうかも知れないが、霧の中は簡単に目視できない以上、間近まで突然接近されるということもない。

 加えて、魔法的な観測には滅法強いのもナザリックの強みだ。少々の監視なら跳ね返せる。

 

 スレイン法国の内情を知る者が近日中にこちらに来るのなら、そいつから話を聞いてからでも十分に対処できるだろう。

 

「万一発見されて、<転移門(ゲート)>なんかで侵入されたら、こっちからも部隊送り込んで殲滅しましょう」

「言うねえ、モモンガさん」

「万一の話ですよ。例の部隊が予定から外れた行動を取ったらまた教えてください」

「了解」

 

 チェックされる前にチェックすれば勝ち。ぷにっと萌えさんも言っていたことだ。

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも今朝、第八階層の100レベルNPC、オーレオール・オメガに預けておいた。最悪、ギルド武器さえ守りきればなんとかなる。

 

 それまでに壊したものの代償は、支払ってもらうことになるが。

 

 

 

「報告はそれだけですかね?」

「急ぎのはそれだけ。あとはそこに大体書いてあるよ」

「どれどれ」

 

 あー、わかりやすい。

 情報量は多いのに表とかグラフとかが丁寧に書き込まれてあって、なんていうか、資料を作るのに慣れてる人が作る資料って感じがする。朱雀さんみたいな人が上司だったら俺ももうちょっと楽に働けたのになあ。前の上司はぎりぎりで仕事投げてくる上にデータが判りづらかったんだよ……。

 

 ……はっ! いけないいけない。せっかくあの職場から離れられたっていうのに。

 

「これ、このままプレゼンに出せそうですね」

「なんの?」

「あはは。でもこれ、グラフとか表とかどうしたんですか?」

「ティトゥスに頼んで<製図>の指輪もういっこ作ってもらったんだ。それで応用できるみたい」

 

 へえー。感心しながらページを捲っていく。こういう、用途とは少し違うけど使い勝手の良いアイテムって他にありそうだな。もっと色々実験してみないとなあ。

 

 ……それにしても、何だか情報が偏ってる気がする。いや、気のせいじゃない。確実に偏っている。

 

 他の国や土地はどれも、「データとしては申し分ないけど出張の参考にするには心許ない」程度のものなのに、この「リ・エスティーゼ王国」だけやたらと詳しい。資料を閉じていてもわかる。付箋の間隔が明らかに違うのだ。

 

「……もしかして、王国で協力者なんか見つけてたりします?」

「お、鋭い」

 

 当たった。

 どんなコミュニケーション能力してるんだこの人。こんなに早く、しかも八咫烏で。召喚獣を通して会話ができるようになったりしてるのかな。

 

「どうやって意思疎通してるんですかそれ」

「んー? 向こうの話を聞くのがメインかな。こっちも簡単な合図は出すけど」

「それは、大丈夫……、なんですか?」

 

 つい、場面を想像してしまった。合図は出すけど喋りはしないカラスに延々と話しかける情報提供者。うん、確実にヤバい人だな。

 内心冷や汗をだらだら流す俺をよそに、朱雀さんはいたって涼しい顔でティーカップを傾けている。

 

「大丈夫、大丈夫。資料も別におかしなところないでしょ?」

「まあ、そうなんですけど……」

「ぼくの方も王国語の読みは大体覚えたから、時間はかかるけど会話はできるし」

「そうですか、なら大丈夫ですね」

 

 ……ん?

 

「今、なんて言いました?」

「へ? 時間はかかるけど会話はできるし」

「その前」

「王国語の読みは大体覚えたから」

 

 待って。待って待ってちょっと待って!

 

「は、はや、早くないですか!? もう!?」

「教師が優秀なんだよ。生徒を生かすか殺すかは先生次第ってこと」

 

 あっさりと言ってのけた朱雀さんは、蓋を押さえてポットを揺すっていた。誰か言ってたなそういえば。お茶は最後の一滴が美味しいって。

 ちがう、そんなことはどうでも良くて。

 

 朱雀さんの自力があるにしても、まったく知らない言語を、言葉を発しない相手に覚えさせる?

 

「……どんな、人間なんですか。人間なんですか? その協力者」

「人間。只人(ヒューム)だよ、レベルもそんなに高くない」

 

 なにそれこわい。

 もしかして、この世界の人間はみんなそのくらいの頭脳を持ってたりしないだろうな。

 

「ず、ずいぶん、あたまがいいんですね?」

「すごいよ、これは。中々お目にかかれないレベル」

 

 あ、よかった……。そのへんにほいほいいるわけじゃないんだな……。

 

「こちらの存在に気付いてる、なんてことは」

「気付いてると思うよ」

 

 ひゅう、と鳴るはずのない喉が、鳴るような錯覚。気付いてる? こっちに?

 俺の頭蓋骨が青ざめたように見えたのか、朱雀さんは、ああ違う違う、とはたはた手を振って否定した。

 

「所属とか、正体とかはともかく、召喚獣だって認識した上で、八咫烏の向こうに誰かいることくらいはわかってると思う」

「ああ、そういう……」

 

 そのぐらいなら、まあ、いい……のか? もしかしたら、召喚獣が一般的な情報ツールとして使われてるのかも知れないな。

 

「そういえば朱雀さん、元々何ヶ国語か覚えてるんでしたっけ」

「まあ、腐っても教授だったから、それなりには。王国語はそんなに難しい言語でもなかったし」

「今度また教えてください。覚えられるかどうかはわからないですけど……。

「そのうち辞書でも作るよ。それの一番後ろにもいくつか単語のっけてるけど」

 

 その言葉を受けて、ちらりと該当のページを見た。うわ、本当だ。覚えられる気が全然しない。

 ……なんかほんとに、何から何までお世話になりっぱなしだな。

 

「……俺にできることがあったら、言ってくださいね。できる限りのことは、させてもらうので……」

「もう十分助かってるってば。年寄りは使うだけ使ってくれたらいいんだよ」

「そんな……」

「ぼくが好き勝手できてるのも、モモンガさんが忠義の矢面に立ってくれてるからだし」

「うう……」

 

 なんか最近、感動しかけたところを叩き落す遊びが朱雀さんの中で流行ってるような気がする。

 楽しんでくれる分にはもちろん良いんだけど、できれば、俺「で」じゃなくて俺「と」遊んでほしいなあ……。

 

 

 

 

 

「これ、借りてても良いですか?」

 

 せっかく作ってもらった資料だが、今じっくり読んでいる時間は無い。そろそろ追い出したプレアデスたちを部屋に入れる準備をしないと。

 

「ん? それモモンガさんの。ぼくのは別にあるから」

「ありがとうございます。あとでゆっくり読ませてもらいますね」

「ゆっくり読んでくれたら良いんだけど、まだまだ増えるから急いで読んでね」

「どっちなんですか」

 

 あはは、と笑う朱雀さんだったが、何か思い出したように、はた、と動きを止めると、アイテムボックスに手を突っ込んで何やらごそごそと探し始めた。

 

「そうだ、モモンガさん。これ」

「なんですか? これ」

 

 手渡されたのは、なにやらじゃらじゃらしたものが詰まった袋。机の上に取り出せば、ぴかぴかに磨きあげられた小さな銀と銅の板が入っていた。これは、まさか。

 

「硬貨じゃないですか!」

「そー、蜥蜴人(リザードマン)の集落でもらってきたやつ」

 

 なんでも蜥蜴人(リザードマン)たちは、歴代の旅人たちが持ち帰った分を溜め込んでいて、それを朱雀さんがもらって来たのだという。

 蜥蜴人(リザードマン)の集落まで貨幣を使う種族が入り込んでくることはまずないし、路銀を自分で稼ぐのも旅人の矜持であるから、俺たちが持っていってしまっても困らないのだそうだ。

 

 うろつきながらお酒ばっかり飲んでるなあと思ったけど、これを集めてまわってたのか。気づかないうちにさらっとこういうことをしてくれているからほんと侮れない。

 

「ありがとうございます、朱雀さん。……それにしても、やけに綺麗ですね」

「いや、泥まみれだったからメイドさんにお願いして。そしたらぴかぴかになって戻ってきた」

 

 ナザリックのメイドさんたちは本当に仕事熱心だなあ……。顔が映るぞ、これ。

 

「どのくらいの資金になるんですかね、これで」

「んー、貧乏旅行1ヶ月ってとこかなあ」

 

 正直、俺と朱雀さんでは貧乏の基準が違うような気がするので鵜呑みにはできないが、散財したらあっという間に無くなってしまう金額なのは確かだろう。

 

「何に使うのかも考えなきゃいけないですね。ていうか、全部もらってしまって良いんですか?」

「どうぞ。ぼくは今のところここから出る予定ないし」

「じゃあ、預かっておきますね」

 

 再び硬貨を袋に入れ、資料と一緒にアイテムボックスに仕舞う。

 

 すると、最後のお茶を飲み干した朱雀さんが、これからどうする? と問いかけてきた。

 

「ぼく今から晩酌するけど」

「ばんしゃく」

 

 その言葉に、ふと、机の端に並べられているものへと視線が移った。瓶がやけに多い。それぞれ中には液体が満たされているようだが。

 

「これ、まさか全部酒瓶ですか」

「そ。いやあ、飲めもしないのに買い漁った甲斐があったというか」

 

 やっぱり。え? これ全部そうなの? 後ろに置いてある袋とか木箱に入ってるやつも全部?

 聞いてみようかと思い朱雀さんに視線を映せば、どこからか取り出した酒器をいそいそと並べ始めている。

 

 大丈夫なんだろうか。昨日けっこう飲んでなかったか? いや、毒耐性もあるし、痛める肝臓もないような体だけど。

 そこですこし気になったことがあったので、恐る恐る聞いてみた。

 

「昨日から思ってたんですが、朱雀さんもしかして、お酒好きなんですか?」

「いや?」

 

 えっ、と思わず声に出してしまった、が。

 

「だいすき」

「あっ……」

 

 続く言葉で納得した。そうでしたかそれはそれは。もうご存分に。

 

「で、どうする? 素面で付き合ってくれるならいてもらうのは別に良いんだけど」

「……もう少しここにいてもいいですか?」

「お、なんか理由ありそう」

 

 ぐ、と軽く身をのりだして、悪戯っぽくわらう朱雀さんに、うう、だの、ああ、だのといくらかの逡巡に付き合ってもらった後、少々げんなりしながら理由を溢す。

 

「どうもアルベドに部屋を乗っ取られたみたいで……」

「はあ?」

「いや、なんか、どうしてこうなったのか俺もよくわからなくて」

 

 ふうん? と訝しげな声を出して、彼は襟元を撫でた。

 

「……夫婦なんだから同じ部屋がいい、って主張されただけじゃなくて?」

 

 うう、鋭い。

 ていうか、「だけ」ってなんですか、「だけ」って。こっちは一大事なんですよ!

 

「まあ、そうなんですけど……」

「普通に言ったら良いんじゃない? 出て行ってほしいって」

「言えるわけないじゃないですか……」

 

 そんなこと言ったら悲しむに決まってる。半ば無理矢理嫁入りさせられたような状況だけど、一応俺のことを好いてくれてるみたいなのに。

 

 意気地のない俺を罵ることもなく、朱雀さんはその表情に企みを乗せて、ふっふっふ、と怪しげに笑った。

 

「そんなモモンガさんにもうひとつ夫の仕事を増やしてあげようねえ」

「ええ……」

 

 嬉々として朱雀さんのアイテムボックスから取り出されたのは、1冊の本。きちんと装丁が成されている、真新しいものだった。かなりぶ厚い。なんだろう、魔導書?

 

「なんなんですか、これ……」

 

 ページを指でつまみ、恐る恐るめくる。横からそっと覗き込めば、どのページにも絵と、いくつかの説明が描いてあった。すべて指輪の絵。指輪、指輪、指輪。どれもペアリングだ。揃いのデザインのものや、僅かに違いが見られるもの、中には腕輪と見紛うような豪奢な意匠のものもあり、何故、と口に出す前に、昨夜の記憶がぶわっ! と脳裏に蘇ってきた。

 

「……これか! 昨日言ってたの!」

 

 マーレの指に嵌ったリングを見てしまったアルベドが、朱雀さんの一言で目に見えて落ち着いたから一体何事かと思ってたが、まさか結婚指輪のカタログが作られているとは。

 

「え、これ、どうしたんですか? 誰が?」

「ティトゥスが大体4時間くらいで作ってくれた」

「NPCに何をさせてるんですか!!!」

「だって仕事寄越せってうるさいんだもの。張り切ってたよ、偉大なる支配者モモンガ様の身を飾るならそれに相応しいものでなければって」

 

 確かに、どれもこれもひたすらに美しいものばかりだ。煌びやかな宝石の嵌まったものから、シンプルながら洗練されたデザインのものまで。

 しかし、どれが結婚指輪に相応しいかなんて俺にわかるはずもない。

 

「これ、俺が選ぶんですか? 冗談ですよね?」

「良し悪しはともかく、モモンガさんが選ぶことに意味があるんだよ」

 

 うぐう、先手を打たれた。

 だけど、退くわけにはいかない。NPCたちは、みんなの子供も同然だ。そんな大事なものに手を出すなんて言語道断。許されることではないのだ。

 

「いや、でも、アルベドは! 設定を書き換えてしまったから!」

「ぼくがね? だから責任を取りたいと思ってるんだけど」

「いえ、あの、朱雀さんが悪いというわけでは……」

「せっかくアルベドが仲人って呼んでくれたのに、ぼくの面子を潰すつもりなんだ。ひどいなーももんがさんはー」

「言われると弱いところを的確に突くのやめてもらえませんか!?」

 

 こちらがちょっと怯んだところをピンポイント狙撃。

 ヤバい、もう退きそう。口でこの人に勝てる気がしない。

 

「いや、でも、その、伴侶とか、まだ……」

「まだっていう歳でもないでしょ」

「その、あれですよ、お付き合いもしてないのに」

「支配階級が恋愛結婚したいって? なかなか無茶言うね、モモンガさん」

 

 ころころと笑いながら、朱雀さんは酒の銘柄を選び始めた。

 だめだ、もう勝ちを確信してる。余裕のオーラが滲み出てる!

 

「しは……、お、俺は! 根っからの! 庶民なんですよ! お布団が広すぎると落ち着かないんです!」

「ロールプレイしてる以上今は違うし、アルベドだって立派な貴族のご令嬢だからね? ナザリック地下大墳墓の守護者統括様だよ?」

「うー! うー!」

「せめて言語を使いなさい、往生際の悪い」

 

 はああ、と深くため息を吐き、白い手袋から、カタログを受け取った。

 この際、もう仕方がない。選ぶだけ選ぼう。

 

 よっぽど意気消沈しているように見えたのか、朱雀さんは選んだ1本を机の上に置いて、まっすぐにこちらを見る。

 

「……アルベド個人が嫌だっていうなら、ぼくも無理強いはしないけど」

「まさか、そんなわけないじゃないですか」

 

 それだけは即座に否定して、しかし思い悩む二の句を、朱雀さんは辛抱強く待ってくれた。

 

「……真面目に考えなきゃいけないとは思ってるんですけど」

「うん」

「やっぱり本人にもタブラさんにも申し訳ないし、俺なんかじゃ釣り合わないよな、っていうのが、先に立ってしまって」

 

 進むにも戻るにも踏ん切りがつかないというか。ぼそぼそと呟くようにそう溢せば、たっぷりと呆れたようなため息。実際は転移してから聞き慣れてしまった水音だったが、なんとなく、込められた感情を判別できるようになってきたと思う。

 

「モモンガさんの長所は謙虚なところだけど、モモンガさんの短所は自己評価が低いところだね。表裏一体とは良く言ったものだ」

「実力相応だと思うんですが」

 

 まったくしょうがないな、とでも言うように朱雀さんは肩をすくめて、まあとりあえず選んであげてよ、と目の光をそっと細めた。

 

「結婚指輪が重たいっていうならさ、イビルツリーの討伐とか、普段の働きへのご褒美だと思えばいいんじゃないかな」

「……そっか。そうですね」

 

 そうだ、昨日着いてきてくれた、シャルティアとアウラ、セバスにも何か考えないと。

 仕事が偏ると報酬も偏るから、業務の配分にも気をまわさなきゃいけない。うう、今から胃が痛い。頭も。

 

「上司って大変なんだなあ……」

 

 うっかりぽろりと零れた台詞をしみじみと噛み締める。会社の歯車でいたときは大変だったけど、ある意味楽だったのかもしれない。そう思い直し、直面する現実をどうにかやり過ごす決心を固めた。

 

 

 

 

 

「ところでこれ、何本くらいあるんですか?」

 

 ユリたちを部屋に入れる前にこれだけは聞いておこうと、部屋を見回しながら尋ねた。

 部屋の主は、背凭れに片肘を乗せつつ、んー、と少し考えて。

 

「本数は忘れたけど、1500種類ぐらい」

 

 と、のたまった。なにそれすごい。

 

「自分で作ったんですか?」

「いやいやいや、全部市販品。買ったの」

 

 ログインして、ギルドの用事がないときは、採集がてら市場へと買い物に出ていたのだという。他ギルドに直接買い付けに行ったりもしていたのだそうだ。

 

「けっこう面白かったんだよ。現実(リアル)だったら酒造権のある酒蔵でしか作れないけど、ゲームでは気にしなくていいから、色んなギルドが作ってて」

「へえ……」

「酒造専門ギルドもいくつかあったんだけど、神殿とかの宗教系ギルドからが一番多かったかな? ドワーフ専門ギルドとかもあったし、中身はおまけ同然だったけど、陶器とかガラス細工作ってる工芸ギルドとか。あとは……」

 

 楽しそうに指折り数える朱雀さんを見ていたら、なんとなく嬉しくなって、つい一言。

 

「……朱雀さん、意外とユグドラシル楽しんでたんですね」

「えっ、なに、意外とって」

「ああ、すみません。特に他意があったわけでは」

 

 軽く手を振りながら謝罪する。ギルドメンバーとうまくやっていたのは知ってるけど、いつも飄々としていて、ここまでディープに何かを収集しているとは知らなかったのだ。

 

「しかし、ほんとにすごいですね。異形種に解禁されたマーケットだけで、これだけの種類はなかなか」

「んん? いや、買い物のときは普通に……」

 

 朱雀さんはそこまで言って、あ、となにかに気がついたように、ぽんと手を叩いた。

 

「できるかも知れない」

「なにがですか?」

 

「飲食。モモンガさんが!」

 

 

 





情報の内容を思いっきり濁すの巻。
反省はしてます……許して!

次回こそお食事回! 
待ってました!(筆者が)


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