縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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ガガーランさんの絶対領域が気になりすぎて遅れました。申し訳ない。

前回のあらすじ

なんかいっぱい集まってきた。


カルネ村イベント(大盛り)はぁじまぁるよー


第二章 接触
メメント・モリ 壱


 

 

 

「レィディーッス! エンッッ!! ジェントルメェン!!!」

 

 かっ! と真っ暗な会場に突き刺さるスポットライト。その熱と煌きをものともせず、長い手足をキビキビと動かすひとりの演者。その堂々とした立ち居振舞い、マイク越しによく通る声。どれひとつとっても、名司会者と言って差し支えない。実際すごいと思う。なんなら誉めてやってもいいくらいだ。

 あれが、あの特徴的な軍服を着ていなければ。いちいち敬礼をしなければ。ことあるごとにドイツ語を挟まなければ。

 あれが、俺の黒歴史(パンドラズ・アクター)じゃなかったら!!

 

「皆様方がここにお集まりいただきましたことは、まさに至高の御方の崇高なるご意志……! おお、Gott sei Dank(神に感謝を)!」

 

 そんな俺の内心など知ったことかと嘲笑うように、黄色い軍服を着込んだグレーター・ドッペルゲンガーは高らかに口上を述べる。

 広い闘技場に朗々と響き渡る声。ひとことひとことを彩るオーバーな仕草。もう何度目の沈静化だろう。数えるのも嫌になってきた。

 

「さあ参りましょう! ただいまより! 至高の御方主催!! “ナザリック完全隠蔽作戦”大中継会を開催致します!!!」

 

 わぁあああっ! うおおおお!!

 ぱっと照明が点くと同時、天よ割れよとばかりに響く歓声、打ち鳴らされる拍手、盛り上がる会場。ぴゅーい! と口笛を吹く音まで聞こえ、催しとやらが始まったばかりだというのに、シモベたちのテンションは既に最高潮だ。

 

 1500人の侵攻以来めっきり敵が入って来なくなって、しばらく本来の用途では使われていなかったはずの円形闘技場(アンフィテアトルム)だが、いま、客席には観客が大勢集まっている。

 

 わあい、おきゃくさんがいっぱいだあ。むかしはゴーレムしかすわってなかったのになあ。

 

 ……現実逃避してる場合じゃない。状況を整理しなければ。

 何年かぶりに座る貴賓席、隣に腰かけた朱雀さんにこっそり<伝言(メッセージ)>で問い掛ける。

 

『朱雀さん、これは一体』

『モモンガさんのリクエストに最大限答えた結果このように』

『いえ、まあ、そうなんですけど』

『……うん、ごめん。流石にここまで集めろとは言ってない』

 

 いや、そっちじゃなくて。そっちもなんですけど。

 

「なお司会を務めさせていただきますのはこの私、偉大なる支配者モモンガ様に創造いただきました、パンドラズ・アクターでございます。以後お見知りおきを!」

 

 びしっ! と格式張った見事な敬礼と共に、丁寧な自己紹介。やめろ。俺の名前を出すんじゃない。

 パチパチと暖かな拍手が逆に辛い。お願いだから気を遣わないで。

 一旦精神が沈静化するのを待ってから、状況を把握するべく、言葉を選ぶ。

 

「……ひとつ良いか、アルベド」

「はい、モモンガ様。なんなりと」

 

 後ろの席、並ぶ守護者たちの真ん中に座るアルベドが身を乗り出した。落ち着いた涼しげな声は、この状況になにひとつ疑問など持っていないように思わせる。

 

「私は、志願者を集めろと伝えていたはずだな?」

「はい、すべて志願者でございます。このナザリックに、至高の御方が開いて下さった催しを拒む者などおりません」

 

 そっかあ。ありがたいなあ。

 

 いや、ちがう。ちがう! 流石にこれはちょっと集まりすぎだし、盛り上がりすぎだろう。“隠蔽作戦”の規模自体は地域の祭り以下なのに。そこのところはちゃんと説明されてるのか?

 もう、逆に馬鹿にされてるんじゃないのか、とも思えてくる。もしくは、初めて生まれた子供の一挙手一投足に興奮する若い夫婦みたいな。

 ……たっちさん、あなたはどうでしたか? 娘さんはお元気でしょうか。こちらは一応元気です。体重は随分減ってしまいましたが。

 

「ですが、まことに申し訳ございません。防衛や業務の関係上、領域守護者など、どうしても持ち場を離れられない者もおりまして。何とぞ、ご容赦いただけますでしょうか」

 

 宙に飛びかけた意識が、心底申し訳なさそうなアルベドの声に引き戻される。しおらしく謝る姿が容赦なく罪悪感を与えてきたので、お前が謝ることはない、と、慌てて手を振った。

 少ないのは良い。多いことに困ってるんだ。

 

「むしろよくここまで集めてくれたな、感謝しよう」

「感謝など……、いえ、お褒めいただきありがとうございます。モモンガ様」

 

 おお、なんだっけ。「死獣天朱雀とのお約束事項その2」だったかな、どうやら広まっているらしい。良い傾向だ。いちいち感謝もできないんじゃ息が詰まるし。

 

 ちょっと気分が落ち着いたので、改めて舞台の方を見た。

 かつて侵入者とモンスターを戦わせていた舞台には、現在特大の球形スクリーンが設置されており、そこには霧に覆われた例の村が映し出されている。

 

 意図せず盛大になってしまったが、この催しのきっかけは、俺のわがままだった。

 NPCを成長させたい。そう朱雀さんに相談したのが発端である。

 

 

 いくつかの実験を経て判明した。NPCたちは、今以上にレベルが上がらない。100LVのカンスト勢は勿論、1LVのメイドや使用人であっても、だ。

 拠点のNPC製作可能レベルを全部使いきってしまっているからなのか、そもそもNPCに経験値というステータスが存在しないのか。

 

 理由はともかく、数値の上で成長することができないのなら、NPCに経験を積ませることで、“学習”してもらうわけにはいかないだろうか。

 そんな話を朱雀さんに持ちかけた結果、何やら様々な勢力が集まりつつあるらしい、このカルネ村という農村を使わせてもらおう、ということになり、現在に至る。

 

 狙いは大まかに分けてふたつ。

 いくつかの条件をつけて、シモベだけに作戦を任せた場合、どこまでこちらの要望に答えられるのか。

 また、それを観たときに、彼らがどこまで思考を巡らせることができるのか。

 

 すべてはナザリックの戦力を強化するため。

 朱雀さんに数日間索敵をしてもらい、この近辺に脅威と呼べる敵はいないとわかったが、もしかしたら索敵の範囲外に強者がいるかもしれないし、こちらが予想だにしない未知の力が存在するかもしれない。

 もはや課金できる運営もいないし、金貨も以前のように容易く集めることはできなくなった。出来る限り、資源を節約しながらアインズ・ウール・ゴウンを強くしなければならない。

 

 そのための実験とも言えるのが、今回の催しだった。

 

 

 ……の、だが。

 結果がこれである。ちょっと泣きそうだ。

 まあ、呼びつける範囲をきちんと決めておかないと後悔する、ということがわかっただけ良しとしよう。

 

 しかし、と、この催しの主旨を身ぶり手振りを交えて解説するパンドラズ・アクターを眺めた。

 何人か持ち場を離れられない、と聞いたはいいが、あいつも同様に。

 

「領域守護者……」

 

 の、はずなんだが。

 思わず漏れ出た声に、隣でお茶を啜る朱雀さんが返事をくれる。

 

「ああ、それぼく」

「ん"ん!?」

「こういうのって司会がいた方が楽だし」

「いやそうかもしれませ、しれないが……」

 

 なにもあいつじゃなくても良いじゃないですか!!

 この鬼! 悪魔!! 水精霊!!!

 

 <伝言(メッセージ)>も使っていない俺の心の叫びなど聞こえるはずもなく、度重なる沈静化の元凶は、悠々と空になったコップに手酌でお茶を注いでいる。

 ……なんだか朱雀さん、こっちに来てからやけに水分を欲しがるな。蒸発してる分を取り戻そうとしてたりして。大丈夫なのか。加湿器とか置いといた方が良いのかな。

 

 ふう、とまたもや強制的に落ち着いた精神は、半ば諦めの境地に足を踏み入れて、まあいっか、と心から呟ける程度の余裕をもたらした。

 心なしか、宝物殿にいたときよりは、パンドラズ・アクターの挙動もおかしくないような気がする。広い場所だから、大袈裟な動きがそこまで気にならないのかもしれない。こんなことがなかったらずっと宝物殿にしまいっぱなしだったろうし、いい機会だったのかもな。

 うんうん、とようやく自分を納得させたそのとき。

 

「……では、至高の御方よりひとこと!」

「ぇっ」

 

 すっ、とパンドラから差し出されるマイク。殊更に沸き上がる会場。ちょっと待ってなにそれ聞いてない。

 受け取ってしまった手前返すわけにもいかず、朱雀さんに視線で助けを求めれば、どうぞお先に、のジェスチャー。あっ、そうですよね、慣れてますよね大学教授ですもんね!!

 

 なんなのだこれは。どうすれば良いのだ! と叫び散らすわけにもいかず、とりあえずコホン、とひとつ咳払い。

 しん、と場が静まり返る。衣擦れの音さえ聞こえない静寂。

 余りの緊張が精神を平静にもどし、もう後で喋る朱雀さんにフォローしてもらえばいいや、と、ほとんど投げやりに言葉を紡ぐ。

 

「んん、あーー、今回は想定を大きく超える数の者が集まってくれて、ひとまず感謝する。意識が高いことで何よりだ。私は嬉しい」

 

 オオ……、と感動のさざめき。生身のままならマイクが手汗でびっちょりだろうな。

 さて、上司の長話ほど鬱陶しいものはない。できるだけ簡潔に、要点だけを……。

 

「今回、村に集まって来ている人間たちの強さは正直大したことがない。迎え撃つ側も低位のものに限らせている。派手な戦闘になるとは考えにくいが……」

 

 ごく少数の例外を除き、前線に出るのは低位のモンスターだけ。使用できるのも、低位階の魔法と、下級クラスで使えるスキルのみ。圧倒的な力で終わらせてしまったら、実験の意味がないからだ。

 欲を言えば、もう少しだけレベルの高い現地人が集まらなかったものかなー、と思わなくもないけど。村へと向かってる勢力の半分は、偶然こっちに来ちゃったみたいなものだし、贅沢は言えない。

 

「時として、人間は思わぬ手段を用いて敵に立ち向かうものだ。どんな些細なことでも良い、そこから何か学ぶところがあれば、あるいは自分ならどう対処するか。考えてもらうきっかけになれば良いと思う。……以上だ」

 

 マイクを下ろす。静寂が痛い。

 なにかやらかしてしまっただろうか。そう思った瞬間、ぱちぱちと拍手の音がひとつ。

 朱雀さんの、と認識した途端。

 どっ! と押し寄せる白熱の波。

 拍手と喝采の嵐。

 モモンガ様! 至高の御方万歳! と、高らかに……、いや、だから盛り上がりすぎだろ! 大したこと言ってないよね!?

 耐えきれず、さっさと朱雀さんにマイクを渡した。守護者の何人かはハンカチで涙を拭いてるし。なんでだ。なんの状態異常だ。

 

 あからさまに戸惑う俺が可笑しかったのか、朱雀さんは顔を逸らして忍び笑いを漏らしている。このやろう。

 ひとしきり笑った彼は、指先でこつこつとマイクの頭をつついた後、一息ついてから、すっと片手を上げた。それだけで、再び会場は静まり返る。

 

「はい、規模と内容に関しては先の二人から説明があった通り。ぼくから言うことはひとつだけだ」

 

 ひとつ、という言葉と同時に人差し指が立つ。普段より少し固い印象だったが、それでも落ち着いた、ひとに物を教えることに慣れた声だった。

 

「今回、兵を動かす者には、出来る限り現地の人間を殺さないよう努めてくれ、そう伝えてある。生かしておくのも作戦のうち、ということもあるけれど……、こちらの実験に巻き込む以上は、それが最低限の礼儀であると考えてほしい」

 

 隠蔽するだけなら霧を消せば済む話。どのみち、今来ているレベルの人間では、ナザリックの監視網を潜り抜けることはできないだろう。

 それを、もう一捻りほしい、と実験がてらカルネ村を使うことにしたのは、こちらの我が儘だ。ならば、対価は支払わなければならない。それが朱雀さんの、唯一とも言える主張だった。

 対価は、命。殺さないこと。こちらの存在を知られたくない以上、特別なにか与えることはできないし、その必要も無い。人間というものは生きてさえいれば、何かしら得るものがあるのだと。

 

「疑問に思うものがいるかも知れない。外の生き物に、ましてや人間などに礼儀を払う必要があるのか、と」

 

 ナザリック至上主義とでも言えば良いだろうか。NPCたちはナザリックの外の者、特に人間種を過剰に蔑視する傾向にある。原因は恐らく、全体的に低めのカルマ値と、俺たちギルドメンバーのロールプレイのせいだ。ユグドラシルで散々人間種相手にPKとPKKを繰り返してきたツケが回ってきている。

 この前の晩酌のとき何も言われなかったから、変身する程度は問題ないだろうけど、元々人間だってことがバレたら一体どうなるのか。

 

「その疑問の答えとしては、大いにある、と言わせていただこう。本来払うべき礼儀を、相手のステータスや種族によって引っ込めるのは、ナザリックに所属する者の品位として相応しくない」

 

 正直に言うと、人間に対してそこまで親密な感情を抱いているわけじゃない。精々昆虫くらいの愛着が関の山、というところだ。

 ……朱雀さんは、どうなんだろう。人体の7割くらいは水で出来てるっていうし、生者と死者よりは、人と水の方が近いのかもしれない。文化人類学が専攻だって、言ってたっけ。本当は直接街とか見に行きたいんだろうけど。

 

「ユグドラシルはぼくらの庭のようなものだったから、ぼくらもかなり好き勝手なことをしていたけれど、ここは、違う。君らから見れば未熟なものに見えるかも知れないが、この世界には独自の成り立ちがあり、文明があり、文化があって、その価値はとても重いものだ」

 

 外の価値。外の価値ってなんだろう。

 外の世界が、俺にとって、ナザリックより大事なものになることなんて在り得ない。せいぜい、ギルドメンバーも転移しているかもしれない、というくらいか。

 

 ……朱雀さんは。

 ナザリックと、外の世界と。どっちが。

 

「それがどのような価値であるかは……、これ以上は長くなるね。今のところはとりあえず、君らでよく考えてもらえれば嬉しい。以上!」

 

 締めくくられた言葉と、周囲の歓声に、はっ、と意識を目の前に引き戻した。軽く頭を振って、雑念を頭から追い出す。

 よく考えなくても失礼な話だ。現状散々朱雀さんの世話になっておいて、自由意志を縛るようなことを。好きなときに好きなところに行ってもらえばいい。安全を確保できてから、という前提はあるにせよ。

 

 マイクが再びパンドラの手に渡り、ありがとうございました、至高の御方々! と気合の入った敬礼。やめて。

 

「……おっと、今情報が入ってまいりました。最初の一団が間も無く霧の縁に到着するとのことです!」

 

 画面が切り替わり、スクリーンに騎兵隊が映る。視界に突如霧が入り、動揺しているのだろう。これからどうするのか少々揉めているようだ。

 

「無事こちらに誘い込まれてくれると良いが」

「そのために色々準備したからね。突貫だったけど、どう?」

 

 朱雀さんが守護者たちの方へ振り返れば、彼らはみな、自信ありげに微笑んだ。なにひとつ問題は無い。そんな表情だ。

 

「第1部隊、既に配置を終えていんす」

「ナザリック警備ノタメノ人員モ整エテオリマス」

「スキル部隊も位置についてます! ()()()やつも発動を確認しました!」

「む、村人たちの安全も、確保してあります!」

「現在、こちらの動きを察知されている様子はありません。魔法的な監視も今のところないようです」

 

 最初の報告は上々と言ったところ。特に問題は見当たらない。

 よし、とひとつ頷いて、朱雀さんも画面へと視線を戻した。

 

 実のところ、結構わくわくしている。この世界の戦闘をちゃんと見るのは初めてだ。

 

「お手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 ほどなくして、騎兵達が霧の中へと突入して行った。

 

 

 




というわけで前提条件がだいぶぬるくなってしまいましたが、退屈な展開にはならないといいなあ、と祈りながら書いています。

次回なる早。
順番に処理していきますよー。

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