縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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毎度お待たせしております。
予告した途端に忙しくなるのほんとなんで?


前回のあらすじ

先遣隊のみなさん VS スケルトン軍団+スケリトルドラゴン
ファイッ!
カーン‼(試合開始)
カーン‼(試合終了)

今回は残党処理からの、(筆者が)おまちかねあの人まで。
微グロ注意。




メメント・モリ 参

 

 

 走る。走る。走った。

 とにかく一番近い家屋へ。扉とも言えないような木の板を引きむしるように開け、身を滑り込ませると同時に勢い良く扉を閉める。

 追いついてきた連中の手によって開け放たれる前に、そこらに置いてあったものを積み上げてバリケードを作った。生活臭が染み込んだ机、ひょろひょろの椅子、ほとんど中身の入っていない虫食いのタンス。なんでも良い。とにかく少しでも頑丈になれば。

 

 どん、どん、どん! もはや立てかけられるような物が無くなってしまった頃、粗末な木の戸が叩かれる。向こう側から、聞きなれた声。

 開けてください、隊長、あけて、あけ……!

 

「馬鹿が! 誰が開けるか! お前らでなんとかしろ!!」

 

 叫び、後ずさり。扉から離れる。

 そんな、とも、ちくしょう、とも聞こえた気がするが、やがて雄叫びとともに離れていくのがわかった。

 それで良いんだ。お前らはとっととスケルトン共を駆逐しろ。

 扉から最も離れた壁に背をつけて、ひとまず、安全は確保できた、だろうか。

 

「はっ、はっ、はっ、……っんぐ」

 

 荒げた呼吸を落ち着ける。つばを飲み込んだ。

 瞬間、どかっ! と跳ねる扉。ひ、と喉から自然に漏れる吐息。ひきつる体。粗末な家具を並べただけのバリケードはしかし、がたがたと揺れるだけでこちらに雪崩れ込んで来る様子はない。つう、と頬を冷や汗が流れた。

 

「ふーっ、ふー……っ」

 

 ぴたりと身を寄せた壁は今にも倒れそうなほど薄く、呼吸をするたび、土の匂いが鼻をつく。土臭い民家だ。薄い壁と、地面がむき出しの床。意匠を凝らした絨毯や、装飾品はおろか、魔法による冷暖房さえついていない、貧乏臭い家。

 藁と泥に塗れながら一生を終える、ちっぽけな農民のすみか。こんな場所、俺には縁のないところだと思っていたのに。

 

 悲鳴、打撲音、金切り声。どん、どん、どん、どん。扉を叩く音。

 やめろ、叩くんじゃない。ここは開かないんだから、さっさと周りの敵を片付けろ。無能共め、本当に使えない。

 ロンデスのバカは何をやってるんだ。この程度の敵も殲滅できないのか。

 

 どうしてこうなった。簡単な任務だったはずだ。馬鹿な村人を追い立てて、殺して回るだけの。それがどうしてこうなった。スケルトンの群れなんて、聞いてない。だから、俺は戦う必要なんてない。

 真っ先に家屋に逃げ込んだことにだって理由がある。俺は、誰を犠牲にしても俺だけは、安全を確保しなければならなかった。俺は特別な人間だからだ。そんじょそこらの、つまらない連中とは違う、選ばれた、資産家の後継ぎなんだから。

 

 この隊を率いることになったのは、箔をつけるためだ。いずれ継ぐことになる家業を、更に発展させるのに、利用させてもらう。それだけの。

 言うことをロクに聞かない無能な部下の尻をたたきながら、ここまでやってきたっていうのに。

 

 あいつだ。全部あいつが、ロンデスが悪い。

 あいつがもっと強く俺を止めていれば。もたもたせずに高台の家を攻略していれば。スケルトンの軍勢が押し寄せてきたとき、一番に助けるべき、俺のところにさっさと戻ってきていれば!!

 

「くそ、くそが……っ」

 

 家に隙間があるのか、じっとりと霧が滲み入ってきている。蒸し暑い。鎧の下、汗と湿気でべたべたと濡れて気持ちが悪い。

 がちがちと歯が鳴る。 身が震える度に鎧が軋む。なんでおれがこんな目に合わなきゃならない。なんでこんな、たったひとりで、嵐に震える虫のように、みじめに隠れ潜まなきゃならないんだ。

 

 畜生。畜生。俺の家がいったい、幾ら国に寄進したと思ってる。俺が死ぬことが、法国にとってどれほどの損害になるのか、わかっているのか。俺の危機を感じたら、すぐに助けにくるべきじゃないのか。

 

 死ね。

 くたばれ。

 みんなくたばってしまえ!

 

「はあ……、はあ……、…………?」

 

 ありったけの呪いを胸の内で叫んだとき、ふいに気がつく。

 

 外から、悲鳴が聞こえなくなった。かしゃかしゃと鳴り響いていた骨の音も、剣と農具が打ち合う雑音も。

 

 しばらくそうやって耳をそばだて、ほっと胸を撫で下ろす。

 恐らく、無能共が無能なりに健闘したのだろう。無事、敵を殲滅した、ということだ。

 

「は、はは……っ! そ、そうだよな。俺の、部隊だからな!」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 良いじゃないか。ベリュースの部隊、スケルトンの軍勢を一網打尽。ありきたりだが、吟遊詩人に歌わせるならまたとない英雄譚だ。

 

 今にも崩れそうな壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。

 まずはあいつらに謝らせなきゃならない。時間がかかって申し訳ありません、隊長の安全を完璧に守れなかった愚かな部下を許してください、と。

 そのあとでなら、まあ、労いの言葉ひとつくらいならかけてやらんでもない。

 

 そう思い、意気揚々と扉に向かおうとした、そのとき。

 

「……?」

 

 無音だと思われた外から。

 なにか、ちいさい物音がする。

 しばし考えて、何やら固いもので壁を引っ掻く音だと思い至った。

 

 かりかり、かりかり。

 かり、かりかりかりかり。

 

 ひとつではない。複数聞こえる。まるで虫が朽ち木を囓るような、こまごまとした耳障りな音に、ぞわりと背中が粟立った。

 俺の隊員達が、俺をびびらせようとしているんだろうか。置いていかれたことを恨んでいるとでも? 馬鹿な。自分の仕事をさせてやっただけだろうに。

 

「お、おい、ふざけてるのか?」

 

 まったく、無能はどこまでも無能だな、と鼻で笑ってやる。指導のひとつもしてやらなきゃならないな、と怒鳴り付けようとしたとき、今度は、背後からも壁を掻く音。わざわざ回り込んだというのか。冗談にしてもたちが悪い。

 

「お、おい! 貴様ら! いい加減にしろよ!!」

 

 精一杯の怒りを込めて叫んだ。

 しかし。

 

 がりがりがりがり。

 かりかりかりかり。

 

 音は止まない。それどころか増えるばかりだ。どんどん大きくなる。

 

「お、おい……?」

 

 がりがりがりがり。

 がりがりがりがり。

 がりがりがりがり。

 がりがりがりがり。

 

 やつらは恐ろしいほどに均一なちからで、おぞましいほど一定に、ひたすら壁を掻き続けている。

 

 やつらが。

 おれの、隊員たちが。

 

 否。数えるまでもなく。

 

 壁を掻く音は、とっくに。

 

 隊員の総数を超えていた。

 

「ひっ、ひぃいいいい!!」

 

 それが意味するところがようやく頭に届いて、音から遠ざかるように、部屋の中央へと四つん這いで走る。

 殲滅されたのはスケルトンじゃない。あいつらだったんだ。

 

 俺が察したことに気が付いたのか、壁を掻く音は更に増す。

 部屋中に反響して、鼓膜を揺るがしている。

 

 がりがりがりがり、がりがりがりがり。

 がりがりがりがり、がりがりがりがり。

 

「やっ、やめろ! やめろおぉおおおお!!!」

 

 耳を塞ぐ。頭蓋が軋むほどにつよく、つよく。

 土臭い床に頭を押し付けて、身を縮こめた。まるで、折檻を受ける童のように。

 

 がっ、がっ! がりっ! と、明らかに壁をぶち抜こうとする音まで混ざり始めた。もうじき奴らが押し寄せてくる。怖かった。怖くて怖くてたまらなかった。

 

「やめろよぉ、やめてくれよぉお……」

 

 とうとう嗚咽を堪えきれず、懇願する。

 なんでだ、なんでだ。なんで俺がこんな目にあわなきゃならない。

 俺がいったい何をしたっていうんだ。

 

 ひ、ひっ、としばらくしゃくりあげている間に、ふと、周囲の空気が変わったことを感じる。

 

 壁を掻く音が、止んだ。骨の音も、足音も聞こえない。

 

「た、助かっ、た……?」

 

 ぱら、と天井から埃が舞い落ちる。

 さきほどまで確かにあった、押しつぶされそうな重圧が消えうせていた。

 

 飽きて、去っていってしまったのだろうか。

 

 はぁあああ、と深く、ふかくため息をつく。

 とりあえず、外の様子を確認しようと、起き上がろうとした。

 

 

「ぎゅぁあ!?」

 

 

――瞬間、天井を勢い良くぶち破り、何かが圧し掛かってきた。

 

「ごふ、おふぅうううう!」

 

 圧倒的な質量に胴を押さえつけられて、空気が肺から一気にあふれ出る。

 ばらばらと降りかかる瓦礫、舞い上がる砂塵に息が出来ない。

 

 なんだ、いったい、何が起きたんだ。

 

 現状を必死に把握しようとしたものの、冑で隠れた視界では、何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。

 ただ、強大なモンスターが俺をどうにかしようとしているのはわかる。喰われるのか、引き裂かれるのか、とにかくろくなことにならないというのは間違いなかった。

 

「こ、こいつを倒せ! 誰か! 誰かぁあああ!!」

 

 肺に残った空気でありったけ叫んでも返事はない。無能共め。何を勝手に死んでるんだ。いったい、いったい誰が、今まで、恩を……。

 胸のうちの憤りもむなしく、ふわりと体が持ち上がる。

 

「ひい!」

 

 どこかに連れて行こうというのか。

 不安に思った時間は、しかし、そう長くはなかった。

 

「うぐぇえ!」

 

 ずん! とふたたび打ち付けられる地面。その衝撃は最初のそれの比ではない。

 

「お、おぎゅ、おぶぅうう!!」

 

 痛い、いたい、いたい。

 めりめりと鎧がきしむ。魔法で軽りょう化された、特ちゅうの一点ものに、ひびが、はいる。

 おもいだす。ふみつぶされる、むしの、からの。

 そして。

 

「おっ、ご」

 

 にくにめりこむよろい。ほねのあし。つちのゆか。けつえきときりのにおい。

 ばしゃばしゃと、なにかでぬれるじめん。くちから、こみあげて。

 

「ぐ、ぶうぇ」

 

 うちおろされる、おとが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高く振り上げられた槌が、その重みのままに目標へと降り下ろされる。がきぃん! と確かな音、骨の竜から放たれる空っぽの悲鳴。あとは、何か潰れるような音がしたような……、気のせいだな、うん。

 

 なにはともあれ、首尾は上々。今のところは問題ない。

 

 アンデッドは生き物の気配に反応する。当然、他に反応するものが山ほどある森の中じゃ発見される確率がぐんと低くなる。やたらと騒ぎになってやがるから、何事かと森のぎりぎりから侵入してみれば、いるじゃねえか、大量のスケルトンがよ。おまけにスケリトルドラゴンまで。大盤振る舞いだな。

 まあ、最悪のところまで想定してた、ほんの範囲内だ。逃げ惑ってるのが村人じゃなくて帝国兵だっていうのがそこそこ誤算だったか。

 

 出方を窺ってたところで、ひとり、一目散に家の中に駆け込んだ奴がいた。あんなうっすい壁だけでアンデッドの探知能力から逃れられるわけないわな。その辺の掃除を済ませたスケルトン共があっと言う間に群がってきて、スケリトルドラゴンも屋根からそいつを引き摺りだそうとする。モテモテでうらやましいこった。

 

 そんな色男のおかげで、俺たちの仕事がいま、上手くいってるわけだから感謝しなきゃならねえが。

 

 民家に取りついたところを狙って、打撃系の武器を持った奴がひとり、上から飛び乗り、神殿で聖別した油を翼の付け根にぶっかけて、脆くなったそこを叩く。ひたすら叩く。

 あんなすかすかの翼だけで飛んでるわけはねえだろうに、付け根からもいでしまえば飛べなくなるってのは、どういう理屈なのかね。別にドラゴンの骨で出来てるってわけでもあるまいし。

 スケリトルドラゴンだけなら、倒すのにそこまで時間はいらない。と、言うより、時間をかければそれだけ不利になる。飛び道具も持ってないし、魔法無効化以外の特殊能力もないが、あの巨体で飛べる、という一点がただただ厄介なモンスターだからだ。どれだけ早く翼を剥がせるかが勝負ってわけだな。

 

 俺達後衛はその間のサポート。飛び道具や投擲でさんざっぱら暴れる奴さんの邪魔をしつつ、わらわら寄ってくるスケルトン共を排除していく。

 西側と南側にそれぞれひとりずつ、射線が十字になるよう配置している後衛は、死者の皮(アンデス・レザー)なんかでアンデッドに対しての探知妨害をつけていて、4人目の仲間も、いざというときのために森の縁に潜ませている。いま、暴れ狂うスケリトルドラゴンやスケルトン共の目に入っているのは、骨竜の上で鎚を振るっているあいつだけってことだ。

 だから、俺達は、後衛は確実に、奴に迫る脅威を排除してやらなきゃならない。信用とか信頼とか、そういう問題じゃなく、それができなければ冒険者のパーティというものは成り立たないからだ。てめえの役割をこなす。当たり前の話だ。冒険者として続けていくなら当たり前の。のし上がりてえってんなら、なおさら。

 

 今も、辛うじて残ってる壁の上にちょこんと乗った天井へとよじ登ろうとしてる一匹がいる。

 

「させねえよ」

 

 こちとら伊達や酔狂でミスリルプレート引っ提げてるわけじゃねえんだ。仕事はさせてもらうぜ。

 

 とぷん、神殿で買った聖水に手頃な石を浸して、スリングショットにセット。狙いを定め、引き絞り、息を止めて……、放つ!

 

 ぱかぁん! と小気味の良い音を立てて、2体の頭蓋骨が粉々に砕け散る。見事な二枚抜き。我ながら惚れ惚れする。

 頭を失ったスケルトンは、手に持った鍬を所在無げに2、3度振り回すと、かしゃん、と膝から崩れ落ちてしまった。

 

 普通は、頭がないくらいじゃ動きは止まらない。身体だけで獲物を探し続けるのがスケルトンだ。

 が、聖別した武器や聖水なんかで対アンデッド用に威力を上げてやればこの通り。スケルトン程度なら一撃で倒せる。

 

 弓より精度は落ちるが、弾を選ばなくて良いのがスリングショットの利点だな。スケルトン相手に矢は効きにくい。火矢なら問題なかったんだが、この霧だ。あの嬢ちゃんが言った通り、どうやっても火がつきやしねえ。

 

 だからこそ、色々と準備はしてきた。

 薬屋で買った瞼への塗り薬で霧を見通し、聖別した魔石の粉末で、ささやかな結界も作っている。念のため神殿でいくらか補給しといたが、やっぱり役に立った。出費は痛いが、命には代えられねえ。ここらへんをケチる奴から死んでいく。俺は知ってる。

 

 壁を背に、淡々と、確実に。徐々にだが、スケルトン共の数は減っていっている。このまま何事も無ければ、無事に殲滅できるだろう。気になることは色々とあるが、考えるのは後だ。

 

 戦士なら鎚なり何なり振り回して終わらせるんだろうけどな。蒼の薔薇のガガーランあたりが突っ込んでったら爽快だろうよ。まあ、パーティ構成上仕方が無い。地道にこつこつ少しずつ。それが心情ってやつだ。ただし。

 

「いずれ、追い付くけど、なっ!」

 

――チャンスを逃すつもりは、毛頭ない。

 

 今回の偉業がどれだけ評価されるかを算用しつつ、新たに2体のスケルトンを土に還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルティアは顔を押さえてうずくまっている。ううう、と可愛らしい呻き声だが、種族の特性上、これだけで軽いデバフが乗っているはずだ。

 それを掻き消すようにぱたぱたと手を振って、その手を頭の後ろで組んだアウラがいたずらっぽくつぶやく。

 

「これは時間の問題かなー」

「ま、まだわかりんせん。これからでありんす!」

 

 強がりを言ってはいるが、あらかじめ命令を与えているわけではないのだろう。目が諦めている。

 

 いま、シャルティアが用意した軍勢は、森の縁に隠れ潜んで様子を窺っていた冒険者の一団に、もろとも殲滅させられつつあった。会場では最初から捕捉していた連中だが、現場にいた低位のモンスターでは存在を把握しきれなかったらしい。

 

 新しく現場に投入されたスケリトルドラゴンは、屋根の上に篭城していた騎士達を見事撃墜し、無力化することに成功。広場の方は既にスケルトンによって片付けられていたようで、ひとり真っ先に家屋へと篭城した隊員を引きずり出すべく、屋根を潰し破って降り立ったところまでは良かったのだが。

 獲物を捕らえて再び飛び上がる瞬間を狙われた。ハンマーを持った重戦士に上を取られ、今もそいつに殴られ続けている。スケルトンたちにはスケリトルドラゴンの救援を優先するようにと伝えてあるのか、重戦士を引き剥がそうと群がってはいるものの、それが逆に仇となっているらしく、他の冒険者から完全に背を向けたところを次々と撃破されていた。

 

 レベルはともかくとして、事前の準備という点において、小慣れた冒険者たちに軍配があがったということだろう。いつも使っている狩場でそうそう遅れを取ってくれる相手ではなかったようだ。

 

 スケリトルドラゴンの様子が痛ましいのか、会場はどことなく沈痛な空気に包まれている。こら、パンドラズ・アクター。煽るんじゃない。それが仕事なのはわかってるけど!

 

 まあ、スケルトンはPOPモンスターから引っ張ってきたし、スケリトルドラゴンも低位アンデッド作成で生み出したものだからコストはゼロ。こちらの懐はまったく痛んではいないし、勝つことは必須条件じゃない。問題は。

 

「……ヒトリ、殺メテシマッタナ」

「ですねえ」

 

 この場でカルマ値が最も高いコキュートスが、ぼそりと事実を漏らし、眼鏡のブリッジを押し上げながらデミウルゴスが同意する。めいめい聞こえるため息は、落胆か、諦念か。

 

 現地の人間はなるべく殺さないように。事前に守護者達に伝えられていた条件であり、さきほど会場で宣言もされた、死獣天朱雀さんからの指令でもある。普段から俺たちを「至高の御方」と過剰に敬う守護者たちは当然、直接与えられた命令に答えるべく、すぐに死んでしまうであろうか弱い現地の人間に対して細心の注意を払っていた。

 ああ、だの、うう、だの、ほとんど泣きそうなうめき声を上げて、シャルティアはおずおずと朱雀さんの表情を窺う。

 

「も、申し訳ありません。至高の御方からのご命令をこなせず……」

 

 彼女は言い訳ひとつせず、深々と頭を下げて謝った。きゅっと目を閉じて、身体をちいさくちぢこませて。

 しかし朱雀さんは彼女の発言になにか思うところがあるのか、ふうん? とため息にも似た疑問符をシャルティアへと向けた。

 

「まあ、やっちゃったものは仕方ないけど。やっちゃったことは事実だからねえ」

「も、もしよろしければ、蘇生魔法を……」

「よろしくない。それで済ませようとするのは、ぼくは好きじゃない」

 

 あと、蘇生魔法ぎりぎり耐えられないと思うんだよね、彼。朱雀さんはそう言って、襟の後ろに手を添える。

 行使できる者は少ないが、この世界にも蘇生魔法があり、レベルダウンのペナルティも存在すると聞いた。5レベル分の消費に耐えられない弱者は、灰になってしまう、とも。<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>ならばあるいは、とも思うが、そういう問題ではないのだろう。少なくとも、朱雀さんの中では。

 

 彼はつんと冷たく逃げ道を塞いでいるように見えるけど、実を言うと、誰かが失敗することを期待していたところが、俺たちにはあった。何もかも順調に行くよりも、軽く失敗した方が印象に残りやすいからだ。

 現地の人間とまともに戦うのはこれが初めてで、ひとりやふたりは偶発的な事故で死んでしまうかもしれない。それを仕方が無いで済ませることはできるが、「俺たちの厳命」にどこまで真摯に対応してくれるかも見ておきたかった。それが彼らの心情に反するもの、「ナザリックの外の人間を尊重する」というものであったとしても、なお、やってくれるのかどうか。

 

 結果が伴わないのはやる気が足りないから。俺はこの言葉が大嫌いだ。現実(リアル)の頃に散々言われたせいで、今でも思い出すたびに胃がきりきりする。

 俺としてはシャルティアはよく頑張ってくれたと思う。戦闘特化の彼女が、「女の子はちょっと頭が弱い方がかわいいよね!」と豪語してやまないペロロンチーノさんが作った脳筋美少女が、周囲の意見を集めながら必死に考えてくれた。それだけでも俺は、今回の催しをやった価値があると思う。

 判断力の低い下級モンスターを事前の命令だけで完璧に動かすということは、要するにプログラミングをするということに近い。あらゆることを想定して、それに対応するなんて、ゲーム時代、メイドたちのAIを担当していたヘロヘロさんでも難しいだろうに。

 

 それでも、失敗には何かしらのペナルティが必要だ、と、朱雀さんと話し合った結果意見は一致した。リスクを軽減させる方法はいくらでもあったし、役割をくじで決めたのも彼ら自身。

 内容については慣れてるからまかせて、と言ってくれたけど、果たして。

 

「じゃあシャルティア、減点1」

「げっ、減点!?」

「みっつ貯まったらひどいことになるからね。覚えておいて」

 

 空の白手袋が立てる三本の指に視線が集まった。言った本人は軽い冗談のような口調だったが、守護者たちは至って深刻である。減点とはなにか、ひどいこととはなにか。そんなことを聞きたくてしょうがない、という雰囲気だが、朱雀さんもまた、教える気は毛頭ない、と言いたげに、画面に視線を戻してしまった。

 

 しかしなるほど、良い案だと思う。具体的な罰じゃなく、回数に余裕を与えることによって、こちらにもあちらにも猶予ができる。先送りと言えばそれまでだけど、俺も朱雀さんも、ギルドメンバーの子供とも言える存在に対して、酷いことなんてしたくないのだ。

 3回までなら大丈夫、と調子に乗るようなことは……、表情を見る限りなさそうだ。みんな十分怖がってくれている。これなら次回があっても、成果を出すために真剣に考えてくれることだろう。

 

 とはいえ、ちょっと怯えさせすぎたんじゃないかな。なんだかかわいそうになってきた。

 

『朱雀さん、すみません』

『うん? ……、ああ、いいよ。どうぞ』

 

 許可を取って、涙目のシャルティアに向き直る。今日は厄日だな、シャルティア。なんかごめん。

 

「お前が何か功績を上げたならば、減点は取り消すと約束しよう。これからも励んでくれ」

 

 できるだけ優しく聞こえるようにそう言ってやれば、蒼白だった顔色に赤みが差し、はい! と元気な返事が戻ってきた。他の守護者たちもほっとしている。よしよし。

 

 さて、画面の方は……、そろそろか。

 

「パンドラズ・アクター」

「はっ! ()()()()間も無く、と!」

「ふむ」

 

 軽いアクシデントはあったものの、概ね予定通りだ。これなら計画もうまくいくだろう。

 

「では悪いがシャルティア。選手交代とさせてもらおう」

「はい、モモンガ様、ご存分に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スケリトルドラゴンの始末を終えた仲間が、最後のスケルトンの頭を打ち砕いた。辺りに動くものが何もなくなったことを確認してから、ふう、と息をつく。こんで片付いたか。

 一応周囲を警戒しながら村の中央に集まると、鎚を担いだ仲間が苦虫を噛み潰したような顔で謝ってくる。

 

「すまん、イグヴァルジ。下で誰か潰しちまった」

「んあ?」

 

 見に行けば、確かに胴で真っ二つにされた死体がひとつ。上から攻撃しに行った時、スケリトルドラゴンの下敷きになっちまったらしい。聞き違いじゃなかったか。帝国兵の鎧を着ているが、隠れ潜んでたってことは大した地位のやつじゃなさそうだ。周囲を見れば、同じ鎧を着た連中がちらほら倒れている。

 

「帝国兵か? 厄介なことになるんじゃないのか、おい」

 

 仲間のひとりがそう言うのに、ううん、と顎をひとつ撫でて、思考を巡らせた。

 

 冒険者には、国の政治や戦争に加担しない、という規約がある。帝国兵の思惑がどうであれ、交戦することは基本許されていない。たとえそれが、村を守るという名目であっても、だ。自己防衛のためならまあ、ってところだが、そもそも国に雇われた兵が冒険者に手を出すなんてことはまずありえねえ。そのためのプレートだ。

 そんな諸々の事情があって、帝国兵を王国の冒険者が殺した、なんてことになれば、少々厄介なことにはなるんだが。

 

「このデカブツが潰しちまった後だろ? こいつが死んだのは」

「……そういうことでいいのかね」

「穴掘って埋めてやりゃ恨まれもしねえだろ」

 

 そうか、と、どうにもバツが悪そうに後ろ頭をがしがしと掻いている。身体のわりに気が小さい。情けねえったらありゃしねえ。おまけにきょろきょろとあたりを見渡して、身震いして言うのだ。恨みと言やあよ。

 

「変じゃねえか……?」

「んん?」

「スケルトンがあんなに、鋤だの鍬だの担いで……」

「まさか、村の連中がいないのは……」

 

 ひとりの言葉に、もうひとりが同調する。あのスケルトンが全部、殺された村人だって?

 ろくでもない妄想に、ばーか、と、ひとこと投げかけてやった。

 

「死にたてほやほやの死体があんな綺麗な白骨になるわけねえだろ。せいぜい墓場掘り返して出てきた骨だっつの」

「そ、そうか……?」

「案外、村がネクロマンサーでも雇ったのかも知れねえしな」

 

 戦ってる最中からおかしいとは思ってた。探知能力に引っかからないよう準備してきたとはいえ、あまりにも行動が単純すぎる。まるで術者が命令だけ与えて、隠れ潜んでいるかのように。姿を見られたくないか、よほどの臆病者か。

 

「これだけの量を操る、ネクロマンサーを、か?」

「冒険者では聞いたことないが……」

 

 蒼白になるのも無理はない、が、あれだけスケルトンを用意した後だ。こんな小さな村にある骨の数なんか知れてる。これ以上、敵は出てこないだろう。

 

 肌で感じてわかった。この霧は、カッツェ平野の霧とは違う。アンデッドへの探知阻害効果を持つ、あの粘りつくような死臭のする霧とは、まったく別のものだ。

 恐らく、誰かが偽装したがってるんだ。カッツェ平野から近いことを良いことに、てめえの仕業を、どうにか隠したいってな。

 

「こんな邪法紛いの術を使うんだから、良くてワーカーだろうな。まあ……」

 

 今から確かめてやる。

 無傷で残っている高台の家。見るからに怪しいじゃねえか。

 

 さて、これだけの騒ぎを起こしたネクロマンサーの首はどれだけの報酬になるかね、と、頭の中で計算しつつ、意気揚々と足を踏み出した。

 

 そのとき。

 

「あだっ!」

 

 勢い良く歩き出した速度と同じ分の衝撃が、顔面に走る。痛みに顔を抑えながら、前方不注意にしたって何も無い広場で、と怪訝に思い、片目をそろそろ開きながら。

 

「んなとこに、壁……」

 

 なんか、と。

 

 続きは、言葉にならなかった。

 

「んぶぉっ」

 

 撥ね飛ばされる身体。ぐりんぐりんと回る視界。懐かしい景色だ。頭のどこかでそう思った。駆け出しの頃、オーガの棍棒でぶん殴られたときも、こんな。

 

「っが、……!」

 

 うつ伏せに叩きつけられた地面。イグヴァルジ!! と悲鳴のような仲間の声。きいん、耳鳴りに混ざって辛うじて聞こえる。いま、どうなってる。どんなときでも、現状を把握しなければ。生き残る。いきのこるんだ。

 

 右腕しか動かない。遅れてやってきた、鼻と、腹と、片腕と片脚に激痛。着地に失敗した。左足が変な方向を向いている。げふ、と、口から血の塊がこぼれた。鼻血と、胃を少し破いたらしい。混ざりもののある、真っ赤な。

 

 敵は、なんだ。今、どうしてる。

 何本か折れてしまった歯を食いしばり、顔を、上げて。

 

――上げなければ良かった。人生で、一番後悔した瞬間だった。

 

「オァアアアアアアッ!!!!」

 

 びりびりと、殺意そのものの咆哮が大地を振るわせる。地面に倒れ付していることを差し引いてもなお大きいと言える体躯。血管を思わせる真紅の紋様が描かれた鎧、悪魔のような角が生えた兜、そこから覗く、腐りかけた人間の顔。その眼は生者を地獄へ引きずり込むべく爛々と輝いており、右手に持った長大な剣には、眼光と同じ色のオーラが心臓の鼓動の如く蠢きながら纏わりついていた。左手にはその身を覆い隠すほどのタワーシールドがあり、あれで跳ね飛ばされたんだろうな、と、やけに冷静にそう思った。

 

 攻撃されたのが剣じゃなくて良かった、とは、思わなかった。なぜならば。

 

「な、なん……」

 

 一歩一歩、化け物が近づいてくる。残された右腕で必死に距離を取ろうともがいた。

 

 わかるのだ。これでも、他人の悪意には敏感なほうだから。

 遊んでいるのだ、あいつは。俺をいたぶって、なぶり殺しにするつもりでいるのだ。

 

「く、来るな……」

 

 懇願むなしく、化け物の丸太のような足が、俺の胴に突き刺さる。げぅ、と、蛙が潰れたような声。ぽきぽきぽき、骨が折れる音も。

 ごろごろと地面を転がる度に痛みが走る。仲間の助けは、期待していなかった。俺ならもう逃げてる。

 

「あ、ぅあ……」

 

 まるで意味の無い音が口から漏れ出る。恐怖と傷と痛みとで、呼吸がままならない。股間の生暖かいものはきっと血じゃないんだろう。

 あーあ、こんなとこで終わりか、情けねえ。嫌だ、諦めたくねえ、英雄になるんだ。頭の中でぐずぐずと回る声は、けれども身体を動かすに至らず、ひゅー、ひゅー、と喉を鳴らすに留まった。

 

 また、やつの足音がする。今度はさっきほど怖くなかった。もう、ほとんど気を失いかけていたから。

 

 視界の端で、やつが剣を振り上げるのが見えて。

 

 

 薄れゆく意識の中。

 

 

「おぉおおおおおっ!!!」

 

 

 まるで、御伽噺の英雄のような叫び声が、たしかに聞こえた。

 

 

 

 

 




\キャー!/ \デスナイトー!/

おかしいなあ……ニグンさん以外は殺すつもりなかったんだけどなあ……。

まあいいや(適当)
3期発表されましたね。めでたやめでたや。

次回は多分日曜日。
どうせ間に合わないなら予告なんてしなきゃいいのに! バカ!

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