第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス
2017/8/30
なんとここまででギルド長と教授がアイテムボックスの確認を忘れているという重大事件が発覚したので2話を少し修正しました。
本当に申し訳ない。
これから登場人物も増えるのにこんなんじゃ先が思いやられる……。
「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう――だったか、な」
宝物殿、武器庫へと続く扉の前。死獣天朱雀さんが、澱みなくパスワードをそらんじる。
なんていうか、朱雀さんの声ってやっぱり、こういう難しい文章を読みなれてる声、って感じがする。知的、と言ったらいいんだろうか。
「覚えてたんですか、朱雀さん」
「っていうよりは、知ってる、かな。タブラくんには散々蘊蓄聞かされたし」
立ち並ぶ無数の武器の横を、雑談しながら進んでいく。
ああ、気が重い。ある意味今日ユグドラシルにログインしてきたときよりも気が重い。
駄目もとで提案だけしてみようか、と恐る恐る聞いてみる。
「朱雀さん、その、ですね。この先は、ちょっと」
「ん? 何か新しいトラップでも置いた?」
「いえ、そうですね、はい……」
「……はあーん」
水の中にたゆたう光が、悪戯っぽい笑みの形に歪んだ。
バレますよね。そうですよね。知ってますよね!
「宝物殿の領域守護者、製作者は誰だったかなあ」
「……うう」
ないはずの胃痛の原因となっているのは、昔製作した自分のNPCが原因だった。
散々好き勝手設定した黒歴史が、今は声をあげて動き回るのだから、そのダメージは計り知れない。
先ほどから何度か、激しい感情が沸き上がったときに沈静化される現象が起こっているけれど、それでもアレに向き合う羞恥に耐えきれるのだろうか。
「まあ、会わせたくないなら無理にとは言わないんだけどさ。ここで待ってようか?」
「え」
朱雀さんが一度歩みを止め、つられてこちらも歩くのを止めた。
それは願ってもない申し出だった。
自分ひとりで黒歴史に立ち向かう必要はあるが、それにしたって、誰かに見られるよりはずっとマシだ。
「ほ、本当に良いんですか?」
「うん、君がいいならね」
「?」
朱雀さんの言葉の意味がわからなくて、思わず首を傾げた。
「俺はもちろん、その方がありがたいんですけど……」
「ほんとにそう?」
「……どういう意味でしょうか」
「だって、装備を整えたら、ぼく多分二度と、は言い過ぎかもしれないけど、しばらくは来ないよ、必要ないし。君がいないときにこっそり見に行ったって仕方ないもの」
「そう、ですね?」
「これからきっと、忙しくなるよ。彼を宝物殿から出す予定、ある?」
「……ないですね」
「そうなったら、次来るときは、ええっと、ワールドアイテム? を取りに来るときぐらい? でもその状況って、かなり切羽詰まってるときなんじゃないかな。そうしたら、結局君ひとりで急いで取りに来るよね?」
「…………」
「一度機会を逃したものを、新たに機会を作り直すのって、すごく勇気がいることだと思うよ。きみにその勇気がないとは言わないけど、絶対に、後になればなるほど苦しくなる。そして、ぼく個人の意見としてはーー」
そこで一度言葉を区切り、朱雀さんはこちらを見上げた。
「会える前に死んでしまう予定だった君のこどもに、是非会ってみたいなあ、と、思うんだけど」
やっぱり笑みの形に歪められた目の光は、けれどさっきのそれよりずっと優しげに見えて。
ずるいなあ、と思うのだ。そんなことを言われて、断れるだろうか。
肺もないので、わざとらしくため息の真似事をして、再び奥への一歩を踏み出した。
「……笑わないでくださいね」
「笑わないよ、約束する。けどモモンガさん」
「なんですか?」
「きみちょっとチョロすぎない?」
「そうですね! 自覚は! してますよ!」
死獣天朱雀さんの、笑い声が響いた。
「で、どこ?」
「その辺にいると思うんですけど……」
霊廟へと続く広間、しかし一見したところ、誰かがいるように見えない。
もしや勝手に出ていってしまったのかと一瞬思ったが、ソファの背で隠れていた影がゆらりと立ち上がり、こちらを振り向いた。
死体のような体色を光沢のある革の衣装と銀の装飾で包み、蛸のような頭から生える6本の長い触手を蠢かせながらゆっくりとこちらに近づいてくる、ブレイン・イーター。
その姿がよく見知ったものだったからだろう、朱雀さんが息を飲む気配がする。
しかし、何かを口に出す前に、朱雀さんはちらりとこちらを見上げた。
そう、もしもあれが彼ならば、タブラさんならば、俺がこんなに冷静でいられるわけがない。
「彼、か」
「……ええ。戻れ、パンドラズ・アクター!」
ぐねぐねと形が変わり、本来の姿がかたち作られる。
子供の落書きのような顔をした丸い頭に軍帽を乗せ、きっちりと軍服を着込んだ異形ーーグレーター・ドッペルゲンガー。
正体を取り戻した途端、しゃきぃん! とでも効果音を背負っていそうな動きでびしぃ! と敬礼をし、それは高らかに宣言する。
「んンよォくぞおいでくださいましたァ!!!!! 至高の御ン方々ァ!!!!!」
「ひぃ」
意図せず情けない声が出て、ぱぁあ、と、体から緑のオーラが立ち上る。
ださい。ださすぎる。
当時格好いいと思って作ったというのに、今になって見ると何故こんなにださいのか。
なおもオーバーリアクションで今の感動を表すパンドラズ・アクターと対照的に、やけに隣が静かなのが気になって、おそるおそる朱雀さんの方を見た。彼は首の襟元を押さえたまま、二、三度、首を傾げる。きゅっ、とないはずの心臓が縮む音。死刑宣告を待つ囚人の気持ちが今ならわかる。
少しの間(永遠のように感じたが)、そうしてパンドラズ・アクターを観察した後、うん、とひとつ頷いて、朱雀さんは朗らかに言った。
「いいじゃないか」
「えっ」
「ネオナチの衣装だよね? 欧州アーコロジー戦争の」
「あっ、はい……」
「懐かしいね、やー、昔から格好良いと思ってたけど、当時それ言ったら滅茶苦茶に叩かれて。組織の善悪はともかくとして軍服に罪はないと思うんだけどなあ」
「……は、」
恥ずかしい……!
やばい、沈静化が追い付いてない。
何が恥ずかしいって、当時を知ってる人に、にわか知識で作ったものをまじまじと見られるのが、なにより恥ずかしい!!
朱雀さんはきっと知ってる。いや、絶対知ってる。意匠の由来とか、胸章の階級とか、そもそもの戦争の原因とか、そういうの全部ぜったい知ってるう!!!
ごめんなさい! 服のことしか覚えてなくてごめんなさい!
「ドッペルゲンガーって初めて見たよ。なんかあれだね、すごく愛嬌のある顔してるね」
「
「素晴らしい発音。さすがアクター」
「それこそ私が創造された理由にして存在意義でありますれば!」
心の中で羞恥に溺れる俺を置き去りにして、何やら朱雀さんとパンドラはたのしそうに雑談していた。
ああ、なんか知的な話題に移ってる。うう、すごい疎外感。
やだー! 創造した本人より黒歴史の方が教養があるなんてやだー! そう作ったのは俺だけど!! 俺だけどお!!!
「……なんて言ってもね、年寄りに誉められたんじゃ嬉しくないだろうけど」
「なにを仰いますか死獣天朱雀様! 優れたものを愛でる御心にお歳など関係ありましょうか! いやない!」
「はんご。あはははは、いやー、モモンガさん。面白いね、彼」
「そうでしゅか……」
「恐悦至極にございます、死獣天朱雀様! ……して、お二方。この度は如何なるご用件でこの宝物殿に?」
くりっ、と首を傾げて、パンドラズ・アクターが問うた。正直忘れてた。時間もあまりない。
「ん、んん! そ、そうだ。パンドラズ・アクター。今ナザリックは未曾有の事態に巻き込まれていてな」
「なんと! 偉大なるこのナザリック地下大墳墓が!」
「うむ。そこで、死獣天朱雀さんの
「おお! 死獣天朱雀様の
「そんな名前つけてたんですか」
「タブラくんが勝手につけたんだよ。デザインはこれとあんまり変わらないのに」
着ているシャツをぽんぽんと叩きながら、朱雀さんはため息をついた。
「用途がなんとなくわかるからいいんだけど、大仰だよね」
「かっこいいから良いじゃないですか」
「その通りでございます
「……と、いうことで、だ。指輪を預かってくれ、パンドラズ・アクター」
「畏まりました!」
びしぃ! と敬礼するパンドラに、もはや脱力しながらリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡す。せめてドイツ語だけでもやめさせようかと思ったけどその気力がなかった。
朱雀さんもそれに倣って、腰につけたチェーンから指輪を外して、パンドラの手に乗せた。
朱雀さんの手袋は、見た目は完全に綿の手袋だが、実際の扱いは杖になっている。普通の杖だと「手が塞がってる感じがして嫌」なのだそうだ。結構な額を課金して、外装を無理矢理変更したと聞いている。その関係で指輪の外見上の装備場所に悩んだ結果、今の形に落ち着いたらしい。
「では、任せたぞ」
「後でねー」
お待ちしております! と敬礼する(これもやめさせたい)パンドラへ声を掛け、霊廟へと足を踏み入れた。
「いや、ごめんねモモンガさん。ほったらかしにして」
「……いえ、いいんです。朱雀さんに楽しんでもらえたなら。あいつを作って良かった」
静謐な空気で満たされた霊廟を歩く。
本心からの言葉だった。ギルドメンバーに楽しんでもらえたなら、それ以上の幸せはない。
「それ、本人に言ってあげたら良いよ。喜ぶよ、きっと」
「……そうですね、そのうち」
「そっか。……ああ、ついたね」
託された装備を身につけた、37体のゴーレムたち。
引退したメンバーのアヴァターラ。
かつての思い出が眠る、墓標。
「……なんだか、生前葬って感じだね」
「すみません、こんな、死んだみたいに」
自分の言葉に、思ったよりも傷ついて、その事実にまた愕然とする。
置いていかれた、という自覚がじわじわと湧いてきて、心の奥底では彼らを恨んでいるのかも知れない自分が、恐ろしかった。
「いいんじゃないかな。昔の偉い人は生前に墓を作るのが慣わしだったし」
「そうなんですか?」
「大昔ね。今はもう、日本にあった古墳もエジプトにあったピラミッドも開発でほとんどなくなっちゃったけど」
すごく寂しそうに、朱雀さんは言った。
汚染された環境下で、人類は生存圏を広げるため、残されていた自然保護区や文化遺産のあった場所にも手をつけてしまったのだと、死獣天朱雀さんやブルー・プラネットさんが嘆いていたのを覚えている。
「人は知恵を得て、死の概念を本能でなく理屈で理解するようになった。次に彼らは恐れるようになる。“死者が復活する”という可能性を」
「……あったんですか、そんなこと」
「ちゃんとした死亡の確認ができるようになるまでは、死体に見えていた瀕死の人間が息を吹き返すこともままあっただろうね。身体中痛くて苦しくて、近くにいる人間に呪詛のような声をかけながら縋っただろう。そして周囲の生者は思う。死者が甦って人を襲いはじめた、と」
想像してみたらなんだか間抜けだけど、実際出くわした人間にしたら恐ろしいことだろうと思う。
ゲームにあるネクロマンサーの能力や、昔からあるゾンビ映画なんかのルーツなのかもしれない。
「故に生まれたのが“埋葬”の文化だ。死者が勝手に甦ってこないよう、死体をちいさく折りたたみ、深く穴を堀って、土に埋める。……やがて人々の間に身分がおこり、宗教がはじまるに至って、ときの権力者たちは自分が生きてる間に、巨大な墓を建てるようになった。何故だろう、わかるかな?」
「……権力を誇示するため?」
「その通り。建材の調達。膨大な副葬品の製作。それに伴う人件費。当時にして途方もない財力を持っていること、それを見せつけ、自らの支配力を示すため、権力者は競うように自らの墓を建造した。……尤も、生没年と墳墓の完成年月日がはっきりしないことが多いから、一概には言えないけど」
こつ、こつ、こつ。ゆったりと歩きながら、まさしく骨に染み入るような声で、朱雀さんは講義を続ける。
……なんていうか、すごく、贅沢だな。大学教授のお話が、無料で聞けるなんて。
「さて、先ほども少し述べたように、多くの場合、それらの墳墓には副葬品が付き物であるわけだけど、どうしてだろう」
「え? えーっと、お供え物? 死後の世界で使う、みたいな」
「概ね正解。厳密には宗教によって意味合いの違いがあるけどね。死後の神世で、あるいは復活した後、彼らが不便に思わないよう、あらゆる調度品、人馬を模した土器、あるいは生きた人間を贄にして共に埋葬した。向こうでも労働力が必要だと考えたんだね。さてーー」
どこか遠くを見るように指を立て、先ほどまでとは少し調子を変えて、朱雀さんは話し始めた。
「日本の西の方、三島という土地に、ぼくの友人が死守した古墳……1600年くらい前に建てられた天皇のお墓があってね。前方後円墳といって、こう、鍵穴みたいなかたちをしているんだけど」
指先が、中空に形を描く。丸と四角がくっついたような形。
「諸説あるが、この形は子宮を模していると言われている」
「……あ、なんか聞いたことがあるかも知れない。タブラさんだったかな? 色んな作品で、回帰としてのモチーフに使われることが多いって」
「ーーよく覚えていたね、その通りだ。死者は母の胎内へ帰り、ふたたび生まれでる」
そこで、ふ、と息をついて、朱雀さんはこっちを見上げた。お腹の前でそっと指を組む。
まあ、何が言いたいかっていうとだね、と前置いて。
「こういった霊廟に、回帰や復活の願いを込めた偶像を作るのは、昔から行われているきわめて一般的なことで。恥じ入る必要や落ち込むようなことなんて、何もないってことだよ」
「ーーーー」
理解するのに、いくらか時間がかかった。今、俺の口はかぱっと開いたままになっているんだろう。
しばしの間、言葉を噛みしめて。
慰めてくれていたのだと、ようやく自覚したとき。すう、と、胸の支えが取れたような気がした。
「……朱雀さん」
「さて、ぼくの像はどれだったかな」
「……はい、ええ。あれですね」
あからさまに誤魔化されて、でも、確かにお礼を言うのはなんだか違う気がした。
5年前、自分が作った歪なゴーレムの一体を指差して、そこに移動する。
渋茶色のスーツ一式にダークグリーンのチェック柄のベスト、ワインレッドのリボンタイ。綿の手袋はやっぱり白だけど、縁のところに銀の刺繍がついている。
「……これ、一応全身鎧だから全部脱がないといけないんだよね。めんどくさいなあ……」
「……朱雀さんの中身ってどうなってるんでしょうね」
「んー、とりあえず、脱……、うわあ、ええ……?」
今着ている装備を脱ぎ捨てた朱雀さんには、頭しか残っていなかった。ふよふよと浮かぶだけの水のかたまり。
……なんのモンスターだこれ。
「……身体の感覚が全然ない。服着れるのかなこれ……、あ、持てる、けど、これ持ってるの手じゃない。なにこれ気持ち悪い」
ぶつぶつ言いながら装備を身に付けて、元々着ていた服を手に取ると、アイテムボックスに捩じ込んだ。
「これもなんか変な感じだなあ。便利だからいいんだけどさ」
「そのうち慣れますかね。それじゃあそろそろ戻りましょう。守護者たちに、会わ、なきゃ……」
はあ、とため息が出る。
これまで会ったシモベのことを考えれば、多分いきなり襲いかかってくることはしないと思うけど。
至高の御方々。パンドラズ・アクターはさっきそう言っていた。彼らを創造したものとして、きっと圧倒的にすごい存在だと思われているんだろう。
もし、俺たちが元々はただの人間だってバレたら。朱雀さんはいくらでもごまかしが利くだろうけど、リアルではただの営業職だった俺に、彼らを騙しきれる気がしない。
朱雀さんもなにかしら思うところがあるのか、ふむ、と襟の後ろに手を置いた。
「台本を考える時間があれば良かったんだけどね。あんまり長い時間待たせてもあれだし」
「言葉なしでコンタクトがとれる方法があれば、なんとか……」
「パンドラに何か合図とか考えてもらう? ポーズとか」
「絶対嫌ですよ、何考えてるんですか」
「冗談だよ、どうしようか。なんか魔法あったっけ」
「あっ」
そういえば、と、ある魔法を使うべく、精神を集中する。ほどなく糸で繋がったような感覚を掴み、その力を行使した。
『聞こえますか、朱雀さん』
『え? ああ、聞こえる聞こえる。なんだこれ。<
『良かった。これで相談しながら守護者と会えますね』
『……肉声と分けて使える気がしない』
「あはは……はあ、行きますか。ちょっと時間過ぎちゃってるや」
やや足早に霊廟から出て、パンドラズ・アクターから指輪を受け取る。
去り際、パンドラに、「私の力が必要になればいつでもお呼びください」と言われ、顔を合わせる前よりかはいくらか気楽な気持ちで「近いうちに」と返すことができた。
第六階層に転移して、守護者たちが既に集まっているのを見つけ、遅れてすまない、と言おうとしたとき。
ぞくり、と背骨が震える。
一斉にこちらを睨み付ける、6対の視線に。
モモンガさんがビビってるだけで次回普通に忠誠の儀です。
またたどり着かなかったけどな!!!
おかしいなあ……装備を取ってくるだけでなんで6千字もかかるのかなあ……だらだらした会話文を書くのが楽しすぎるからなんです。です!
教授のお話でなにか間違ったところがあればそれはすべて私の浅学ゆえのことでございます……。
どうにか頭が良く見えそうな文章を! 考えているんですけど!
ごめんなさい許してくださいなんでもしまむら!!!