縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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前回のあらすじ



モモンガさんビビりすぎ問題。



ようやく忠誠の儀ですよ奥さん。







昨日はもう死んだ時間、明日はまだ生まれてない時間

 叛乱。謀反。クーデター。

 守護者たちの鋭い視線に、それらの言葉がぐるぐると過ぎる。

 駄目だ。一回宝物殿に戻ろう。そう思ってリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに手を伸ばしかけた瞬間。

 ざっ! と音を立てて6人の守護者たちが一斉に跪いた。

 

「お帰りなさいませ! モモンガ様! 死獣天朱雀様!」

 

 一切の乱れなく揃えられた声。

 あらかじめ練習してあったかのような十全十美の完璧な跪拝。

 言葉はなくとも態度でわかる。

 こちらの疑心を嘲笑うかのような絶対的な忠誠がそこにあった。

 

「いや……、うむ。面を上げよ」

 

 やはり同時に上げられる6つの頭。……みんなで集まって練習してたのかな。俺なら練習する。いっぱいする。

 

「待たせてしまったようだな。遅れてすまない」

「いいえ、モモンガ様! 御身が謝られることなど何ひとつございません!」

 

 即座に返されたアルベドの叫びにも、守護者たちは「その通りです」と言わんばかりにまったく、これっぽっちも異を唱える気配がない。

 あ、駄目だこれ。このままじゃ話が進まないやつだ、と、いえいえそんなこちらこそと営業同士の応酬を経験したこの身は悲しく察する。気持ちを切り替えて先を促すべく、「俺が考えた支配者っぽい声」を絞り出した。

 

「……そうか。うむ、今戻った」

「ごめんね、ぼくが着替えるのに手間取ってたから」

「滅相もございません、死獣天朱雀様! 死獣天朱雀様が心行くまで御召し換えいただければ……」

「ありがとう。でも遅れたのは事実だからね。上が時間を守らないと示しがつかない。モモンガさんもごめんね、付き合わせて」

「ん? ああ、気にするな、友よ」

 

 途中から謝る相手を変えて有無を言わせず話を切ったか。

 なんていうか朱雀さん、口調は割と砕けてるのに知性と上位者のオーラがすごい。そりゃあそうだよな。元々上流階級の人だもんなあ。

 

「……では。略式ではありますが、至高の御方々に忠誠の儀を」

 

 アルベドがそう言うと、守護者たちはその場に跪いたまま、乱れもない居住まいを更に正す。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御前に」

「第五階層守護者、コキュートス。御前ニ」

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御前に」

「お、同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。御前に」

「第七階層守護者、デミウルゴス。御前に」

「守護者統括アルベド。御前に」

 

「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御前に平伏し奉る。我等の忠義全てを、御方々に捧げることを、誓います」

 

――――誓います。

 

 アルベドの声に合わせて、階層守護者全員の声が唱和する。その声は力強く、金剛石のような忠義と、それを死しても実行せんとする信念に満ち溢れていた。

 大きく手を広げ、高らかに宣言する。

 

「素晴らしいぞ、守護者達よ。お前たちならば私の目的を理解し、失態なくことを運べると今この瞬間強く確信した」

 

 守護者全員の顔をもう一度見渡す。

 一人たりとも微動だにしない。忠義ゆえのことでもあるんだろうけど。

 ……なんだろう。表情が不自然に固い。

 自分の発言になにか問題があったかと不安になったが、彼らの意識が隣にいる人物に注がれているのを感じて、そちらを見る。

 死獣天朱雀さんが、襟の後ろに手を当てて、彼らをじっと注視していた。まるで実験対象を観察するかのような、温度のない目で。

 少なくとも、自分と話していたときや、パンドラズ・アクターと談笑していたときとは違う光が、暗い色の水中に漂っていた。

 

「……なにかあったか、死獣天朱雀さん」

 

 声は、震えてはいなかっただろうか。

 さきほどまで確かに見知った友人だったはずのものが、まるで別のものになってしまった気すらして、じっとその姿を見つめる。

 すると、その目に、ふ、と良く知った光が灯り、いつもの朱雀さんの声で、いや、と呟いた。

 

「……驚いただけだよ。頼もしいとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。うん、ぼくも、君たちに大いに期待しよう」

 

 それを聞いた守護者たちはやはり姿勢を完璧に保ったままだが、はりつめた空気がほんの少し緩んだ気がする。上司に観察されて、緊張してたのかな。そりゃそうだよなあ。

 一応、朱雀さんに理由を聞いてみるか。

 

『……どうかしたんですか?』

『……後でね』

 

 ……やっぱりなにか、あったらしい。

 どうしよう。俺が気づかないだけで謀反の兆候とかを察知したのだろうか。

 仲間の予感は信じたくても、守護者の忠誠はもはや疑うことができない俺に、朱雀さんが次いで言葉を放った。

 

『とりあえず、こちらに絶対の忠誠を尽くしてることは疑いようもない。いまのところは、安心して良いんじゃないかな』

 

 その言葉に、内心ほっと息をつく。そこさえはっきりしたなら、個人的には、どうにでもできると思う。

 

 それから、守護者たちに各階層で異常が無かったかどうか尋ね、ナザリックそのものは――NPCに意思が宿っていることはともかく――何ら変わりないことがわかった。

 その報告を聞いて間も無く、セバスが情報を持って戻ってくる。

 ナザリックの周辺が、草原になっていた、と。

 ダメージやバッドステータスを与える地形ではなく、モンスターも見当たらず、ギルド拠点も周囲にはない。ひとまず、すぐさまナザリックに脅威がなだれ込んでくる状況でないことはわかった。

 各守護者に担当階層の警戒レベルを一段階引き上げるように伝え、アルベドとデミウルゴスにナザリックにおける情報共有システムをより完璧なものにし、第八階層を除いたすべての階層にシモベたちが出入りできるよう手はずを整えろと命令した。「至高の方々の御座すところにシモベの進入を許可して良いのか」と畏れられたが、緊急事態であるゆえに、と許可を出す。もとよりこちらとしては全く問題のないことであったが。

 外壁に土をかぶせて隠蔽するよう、アルベドを宥めながらマーレに指示を出し、まあこんなところか、と一息ついた。

 

『朱雀さんからは、何かありますか?』

『今のところはないよ、大丈夫』

 

 朱雀さんからもお墨付きをもらったので、あとは、そうだな。軽い意識調査でもやっておこうかと、守護者たちを見た。

 

「最後に……、お前たちに聞きたいことがある。まずはシャルティア。お前にとっての私たちとはどのような存在だ?」

 

 シャルティアは美しい顔に恍惚の表情を浮かべて即座に語りだす。

 

「モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります。死獣天朱雀様は例えるならば深海の宝石。いえ、この世の如何なる宝石でも、その美しき蒼には輝きを曇らせるでしょう」

 

『びのけっしょう……?』

『いやあ、評価基準が見た目とは、女の子なんだねえ』

『女の子は骨に美を求めたりしません……』

 

「コキュートス」

「モモンガ様は守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方。死獣天朱雀様ハ、数多ノ獣ヲ指揮スル力ニ長ケタ、類稀ナル将デアラセラレルカト」

 

『……なんだか、朱雀さんの評価が低いような』

『そりゃそうでしょ。多分ぼく、コキュートスと闘ったら0対10で負けると思う』

『朱雀さん、凍結被ダメージ8倍ですからね……』

『誉めるべきところは誉める。そうでなければ無理には誉めない。実直な武人って感じがしてぼくはいいとおもうけど』

『……そっか。そうですね』

 

「アウラ」

「モモンガ様は慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。死獣天朱雀様は冷静沈着で、とても多くの知識を有された方です」

 

『こういうビジネス用の無難な答えがすらすら出てくるあたり茶釜さんの作った子なんだなあと思います』

『そつがないよね』

『でも、慈悲深いってどういうことだろう』

 

「マーレ」

「モ、モモンガ様はすごく偉大な方だと思います。し、死獣天朱雀様は、とても頭の良い方だと思います」

 

『シンプルだね』

『なんかこういうのが一番胸にくるかも……』

『孫がいたらこんな感じかなあ……』

 

「デミウルゴス」

「モモンガ様は賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です。死獣天朱雀様は、ナザリックにおける資源・兵站の補充という重大な事業に関わっておられた方であり、また、聡明叡知、洽覧深識、知をあらわす言葉は数多ございますが、御身の深慮を正しく意味する言辞は存在しないものかと」

 

『採集採掘がメインだったのがバレてるのか』

『……たんげいすべからざる、ってどういう意味ですか……?』

『んー、推し量るべきではない、って意味かな。多分モモンガさん物凄く頭が良いと思われてるよ』

『ひい』

『がんばってね!』

『うう……!』

 

「セバス」

「モモンガ様は至高の方々の総括に就任されていた方。そして私達を見放さず最後まで残っていただけた慈悲深きお方です。死獣天朱雀様はその深い知識で至高の方々を支えておられた方。お帰りをお待ちしておりました」

 

『ああ、なるほど。慈悲深いってそういう』

『……やっぱり置いていかれたって思ってるんですかね』

『なのかなあ。ぼくも置いてった側だからなんとも言えないけど』

『戻ってきてくれたじゃないですか。……それに、もどれなかった人にも事情があるって、いつか……説明、できるのかな』

『…………』

 

「最後になったが、アルベド」

「死獣天朱雀様はその知識と地道な収集活動によってナザリック運営の一助を担っておられた、賢者と呼ぶにふさわしきお方。そして私とモモンガ様の仲を取り持って下さった仲人でもあります。モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人でございます」

 

 アルベドはそこで一旦言葉を区切ると、ふわり、と、花が綻ぶように笑った。金色の瞳が、水の膜の向こう側できらきらと揺れている。

 

「そして、私の愛しい、旦那様です」

 

『仲人、ね。やったやった』

『……朱雀さぁん』

『冗談だって。しかし設定を書き換えたことも認識されてるとは』

『……俺、その、童貞なんですけど』

『へーきへーき。アルベドはサキュバスだし』

『全然平気じゃないですよ!!』

 

 少しの間そうしてじゃれ合った後、ふと頭の中に響いてくる声音が真剣なものになった。

 

『……モモンガさん、ぼくからも少し、いいだろうか』

『どうぞ。俺としては、これ以上この場で聞けることは思い付かないんで』

『じゃあ、遠慮なく』

 

 <伝言(メッセージ)>でそう言った朱雀さんは、守護者たちの方へと1歩、足を踏み出した。 

 

「ぼくの方からもいくつか聞きたいことがあるんだけど良いかな。ああ、立ちたかったら立ってもいいよ」

 

 朱雀さんの申し出にも、その場の全員微動だにしない。忠誠心がすごい。

 

『……おじいちゃん見てるだけでお膝が痛いんだけど』

『まあ、大丈夫なんでしょう。みんなLV100だし』

 

「そうだな、まずシャルティア」

「はい!」

「以前、ここに1500人の敵が攻め込んできたことは覚えてるかな」

「……忘れようがありんせん」

「そのときシャルティアは何人倒した?」

「え……っと、細かくは覚えていないのでありんすが……、10人もいかなかったと……」

「そっか。そのあとペロロンチーノさんが君に何か言ってたと思うんだけど、どんな様子だった?」

「……獣のようなお声で咽び泣いてらして、ふ、不甲斐ない私を、よくやったと、何度も褒めてくだ、さっで……! ず、みませ……、すぐ……!」

「うん、よくわかったよ。思い出してくれてありがとう」

「ん、ん゛ん……っ、……失礼、いたしました。こちらこそ、勿体なきお言葉を、ありがとうございます」

 

 あったなあ。ペロロンチーノさん、「んごめんよおジャルディアァアアアアア!!!! よぐがんばっだねえええええ!!!!!」って、おんおん哭いてたっけ。NPCを大事にしてるのはよくわかったけど、シャルティアの足元にぐりぐりすがり付いてるのはちょっと引いた。

 ……と、いうか。覚えてるのか。そのときのこと。

 ペロロンチーノさんの痴態を見ていた割には、シャルティアは頬を赤く染めて、全力で感動しているとばかりに涙まで流している。

 まあ、大事にされてるってことは伝わってるのか、な。

 

「じゃあ次、デミウルゴス」

「はっ」

「君が覚えている一番古い記憶は?」

「……ウルベルト様が私を御覧になりながら、『やっぱり赤よりオレンジかな』と仰られているところ、でしょうか」

「服のこと?」

「はい。ご納得がいくまで色を微調整していただいたと記憶しております」

「そうか。ちなみにデミウルゴスの好きな色は? 理由も合わせて聞きたいな」

「白、ですね。建材として映えるので」

「ふむ、いい趣味だね。覚えておくよ」

「ありがとうございます」

 

 建材? あー、なんか聞いたことある。日曜大工が趣味なんだっけ、デミウルゴス。

 見た目も設定も拘ってたなあ。ウルベルトさん、自分の理想の悪魔にするんだって張り切ってた。懐かしい。

 

「次、アウラ」

「はい!」

「君の年齢は76歳ということだけど、生まれて最初に見たものは覚えてる?」

「はい、ぶくぶく茶釜様が『どっちにしようかなあ、やっぱりキュロットかなあ』とお悩みになっているところです」

「それって何年前?」

「8年と7ヵ月前だったと思います」

「なるほど。ちなみに君自身はキュロットとスラックス、どっちが良いと思う?」

「スラックスです! ぶくぶく茶釜様に選んでいただいたので!」

「うん、ぼくも似合ってると思うよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 76歳と設定されて産まれたって自覚があるのかな。これから成長していけばいいんだけど。

 ……アウラのズボンが長くなったのは、ペロロンチーノさんがアウラを見て、「絶対領域……」って呟いたからなんだよなあ……。あの後の茶釜さんは怖かった……。

 

「じゃあ、マーレ」

「は、はい!」

「ぶくぶく茶釜さんが君の造形について最も時間をかけたところは?」

「ス、スカートの長さ、だったと思います」

「……そのときの彼女の発言で一番印象に残ったのは?」

「え、えっと、あ、『あと2mm……』と仰ったことです」

「う、うん。そのことについて君はどう思う?」

「ぼ、ぼくみたいなシモベでも、いっぱいこだわっていただけて、す、すっごく嬉しいです!」

「そうか、マーレが嬉しいとぼくも嬉しいよ。ありがとう」

「……ふわ、あ、ありがとうございます!」

 

 あの朱雀さんが引いてる……。

 そう。これに関しては。ペロロンさんと茶釜さんはほんとに姉弟なんだって実感した。遠くから離れて見たり、後ろにまわりこんだり、下から覗き込んだりして、最高にかわいい男の娘を作り上げるのに必死だった。「数字変えるだけじゃすまないんだよお!!」って、グラフィック担当を泣かせてたっけ。

 

「ふむ、コキュートス」

「ハッ」

「武人建御雷さんが君に与えた武器の中で、ナザリックの外から持ち込まれたものはある?」

「ハイ、ゴザイマス。ニヴルヘイムヨリ、黄金ノ橋ヲ守ル巨人ガ落トシタトイウ大鉈ヲ賜リマシタ」

「ほう、それじゃあ、ニヴルヘイムについて君の知ってることをざっくりと」

「土地スベテガ霧ニ包マレタ氷ノ世界デアリ、“フヴェルゲルミル”ト呼バレル泉ニハ、世界樹ノ根ヲ囓ル大蛇ガ住ンデイルト聞イテオリマス」

「正解。良く覚えていたね、コキュートス。武人建御雷さんも誇らしく思っていることだろう」

「オオ、有リ難キオ言葉……!」

 

 うわあー、なつかしー……。そうなんだよ、ニヴルヘイムの黄金橋イベントでいい感じの大鉈が手に入るらしいからって建御雷さんを手伝ったんだけど、ドロップ率がむちゃくちゃ低くて、ひいひい言いながら巨人狩りまくったんだよ。巨人も女巨人だったんだけど恐ろしくかわいくないし。そっかあ、知ってるのかあ、そっかあ。

 

「よし、セバス」

「はっ」

「君の目の前に、ひどく弱っている人間がいるとします。その人間をどうする?」

「助けます」

「ぼくがその人間を殺せって言ったら?」

「……殺します。即座に」

「嫌そうだね」

「滅相もございません。御方のお言葉こそすべてでございます」

「そうか。まあ、そのときが来たら出来るだけ便宜をはかると誓うよ」

「感謝の極み」

 

 ……ああ、たっちさんだ。

 困ってる人を見捨てられなくて、いつもいつも、つい助けに入っちゃうたっちさんだ。

 ……でも、忠誠心が勝っちゃうのかな、セバスは。心置きなく人助けさせてやれればいいけど。

 

「最後にアルベド」

「はい」

「君が、君自身の造形で一番気に入っているところは?」

「すべてです。この髪一本、爪のひとつひとつ、からだから衣服に至るまで誇れぬところなどひとつとしてございません」

「ふむ。もし、タブラさんに何かひとこと伝えられるとしたら?」

「……モモンガ様と私の婚姻を望んで下さってありがとうございます、と」

「もし会えたら伝えておくよ」

「ありがとうございます、死獣天朱雀様」

 

 ……なんだろう、タブラさんが考えた姿を、誇りに思っているのは伝わるんだけど。

 アルベドはなんでずっとこっちを見てるんですか。俺は食べてもおいしくないですよ? 骨しかないからね!!

 

「……うん、うん。みんなありがとう。……マーレ」

「!? はっ、はい!」

「もし、作業中に知的生命……会話が通じる生き物と遭遇したら、殺さずにぼくたちのところまで連れてきてもらえるかな?」

「っは、はい! もちろんです!」

「よろしく頼むよ。じゃあ、モモンガさん」

 

 朱雀さんの視線がこちらを向く。移動しようか、という合図のようだった。

 

『はい。そろそろ行きましょうか。転移先は……レメゲトンの前で良いですか?』

『うん、問題ない』

 

「うむ。各員の考えは十分に理解した。今後とも忠義に励め」

 

 それだけ言い残し、2人で第六階層を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レメゲトンに入るなり力が抜けて、よろよろと壁に手をついた。

 もうやだ。疲れた。疲労のバッドステータスはつかないはずなのに心が疲れ果ててる。もうむり。むーりぃ……

 

「はぁあ……」

「お疲れ、モモンガさん」

「ありがとうございます朱雀さん……、ああ、このやりとり何回やるんだろう」

 

 とりあえずの指示は出したし、少しの間、時間は稼げるだろうけど。この先は一人で彼らと対峙することも増えるかもしれない。

 やだなあ、ボロが出そうだなあ。……ユグドラシル時代のことを覚えてるなら、あんまり思い詰めることもないのかもしれないけど。

 

「俺、支配者できてましたかね……?」

「大丈夫大丈夫。すごく支配者だった。ザ・理想の上司って感じ」

「それなら良かった……、今度は何偉そうにしてるんだって怒られそうで怖いけど……。あ、鎮静化した。ところで朱雀さん」

「うん?」

「何か気になることがあったみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

 あのときの朱雀さんは正直、すごく怖かった。古代の水精霊(エルダー・ウォーター・エレメンタル)の意識に引っ張られたのかと思うくらい。……死の支配者(オーバーロード)よりは凶悪じゃないとおもうけど。

 

「ああ、もう平気。そのあとの質問で大体納得したからね」

「そうですか、それなら良かった。……じゃあ、一旦現状をまとめましょうか」

「だね。まず、彼らはぼくらを“至高の方々”と呼んでいて、ナザリックを手に入れNPCを作った者たちを創造主と認識し、絶対の忠誠を誓っている」

「ナザリック自体にも異常はなし。あとでギミックが動くか確認しとかないと。周りは草原で、特に敵影もなく、ナザリックごとどこかに転移してきたもの……、と考えて良いですかね?」

「そうだね。そしてNPCたちは過去のことを覚えていて、設定にしたがってそれぞれの能力や性格、感性などが顕れている、か。設定が少なければ創造主の性格にだいぶ引っ張られるみたいだね」

「ですね。今日のところはセバスしかわからなかったけど、今後彼らにアインズ・ウール・ゴウンの皆の影が見えてくるかもしれない」

 

 色々と大変だけど、それに関してはちょっと楽しみだ。関係性も似てたりするんだろうか。落ち着いたら、パンドラズ・アクターをシャルティアに会わせたりしてみようかな。

 

「うん、中はとりあえず心配ないでしょう。後は、外……、外かあ、どうしましょうか。シモベに頼んで厄介なことになっても困るしなあ……」

 

 できるだけ穏便に、がちゃんと理解できるシモベがどれだけいるのかわからないし、トラブルがあってから発覚しても遅い。メンバーが作った子たちはあんまり遠くに出したくないし、ほんとにどうしよう。

 

「んー……何か安全な索敵方法が……、あっ」

 

 朱雀さんはなにか閃いたように目を光らせて、手をぽん、と打ち合わせた。

 

「あるじゃないか、なんだ。なんで気がつかなかったんだろ」

「えっ? ……あ、そうか。朱雀さん、召喚師(サマナー)でしたね」

「やー、すっかり忘れてたよ。えーっと、第3位階水精霊召喚(サモンウォーター・エレメンタル・3rd)第5位階水精霊召喚(サモンウォーター・エレメンタル・5th)

 

 空中にふたつ、魔方陣が浮かび上がり、そこからそれぞれ幻影の水魚(フレンドシップ・ドリーム)水霊殿の乙女(アクア・メイデン)が現れた。透けて見える骨をぼんやりと光らせながらあぶくを吐く魚と、水でできた羽衣のような着物を纏いぷかぷかと浮かぶ青い肌の少女は、朱雀さんの手がひらめくのに合わせて、追いかけっこをするように宙を泳ぎ、朱雀さんのまわりをくるくるとまわる。そして朱雀さんが片方の手をぐっ、と握りしめると、水霊殿の乙女(アクア・メイデン)幻影の水魚(フレンドシップ・ドリーム)をぱくりと食べてしまった。数秒の後、音もなく3つの魔方陣が浮かび上がり、3匹の幻影の水魚(フレンドシップ・ドリーム)が姿を現す。

 

「無詠唱化も三重召喚も問題なし。再召喚の時間もそのまま。なるほどね」

 

 何度か頷きながら、朱雀さんが水精霊達を俺の前に移動させたので、まとめて火球(ファイアーボール)でそれらを焼き払った。

 

 朱雀さんは、手袋型の杖、覆水不返の効果により、リキャスト時間を半分にする代わり、召喚獣の<帰還(リターン)>と<回復(リカバリー)>ができなくなっている。

 フレンドリーファイアが出来なかったユグドラシルでは、時間経過や敵による撃破を待つしかなかったが、今となっては大したデメリットになっていない。 

 

「でもこうなると便利だな、フラ、フリ……フレイムフレンド、違うな」

「フレンドリーファイア」

「そう、それ」

「朱雀さん、人名は覚えられるのに……」

「なんでだろうねえ、不思議だねえ……」

 

 心底ふしぎそうに言う朱雀さんだったが、口元に拳を当て、こぽ、と咳払いをするように泡音をひとつ立てて、こちらを向き直った。

 

「……咳もできないのかこの体。……それはそうとしてモモンガさん、ひとつ確認したいことがあるんだけど」

「はい?」

「帰らないね?」

 

 一瞬、何を言われているのかわからなかったが、続く朱雀さんの言葉がその意味を示す。

 

「ぼくはもう向こうに帰るつもりはない。残してきたものは何もないし、身体はどこも痛くない。力も思考も前以上で、まあ不便や不慣れもあるけれど、メリットを考えたら微々たるものだ。モモンガさんが帰らないと言うなら、もうぼくは帰還の方法については一切考えないけど、それでいいかな?」

「……考えて、どうにかするつもりだったんですか」

「どうにかなるものさ、こういうものは。で、どうする?」

「……俺は、俺も、帰りません。帰りたくない。友達も、恋人も、家族もいないし、仕事も別に好きじゃない。帰る理由は、ないです」

 

 何よりもう、ユグドラシルは終わってしまった。

 元々俺にとって帰る場所は、何もなかった現実じゃなく、ゲームの中だった。たとえ誰もログインして来なくても、あそこが俺の家だった。

 そして、いまは、ここが。

 

「よし。じゃあぼく、外に出てくるよ。……屋根に登ったら怒られるかなあ」

「朱雀さんなら大丈夫ですよ! 多分」

「たぶん?」

「あはは。それじゃあ、お願いします。俺もちょっと調べものしたらすぐ行くんで」

「はーい」

 

 遠足にでも行くような軽い調子で、朱雀さんは索敵をするべく転移していった。

 

 さて、そうか。ナザリックのギミックを確認しとかないといけない。

 アルベドに<伝言(メッセージ)>を送ろうとしたとき、部屋の入り口に、ひとつの影が現れた。

 

「失礼いたします、モモンガ様。御側に侍るため、馳せ参じました」

「ああ、セバスか。うむ、ご苦労」

「ところで、死獣天朱雀様は何処に……?」

「ああ、彼なら外、に……」

 

 外、という単語を聞いた瞬間、表情こそ変わらないものの、セバスの気配が異様な空気を纏う。

 それは完全に、怒らせたときのたっちさんそのもので、俺が思わず1歩下がると、さきほどよりもずっと低い声が、唸るように響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「お一人で、でございますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 





他の方の二次創作を見ても思ったのですが、ノーリスクで広範囲索敵ができるキャラクターがいたらオーバーロードの異世界ってほんとにイージーモードになってしまう。

書き溜めがなくなってしまったので次回は少し遅れるかもしれません。



本日の捏造とか


・偉大な人です
双子のお水イベントをすっとばしてしまったので、モモンガさんが優しいかどうかはマーレにはまだわかりません。

・シャルティアの撃破人数
ガチ装備をしたガチビルドのNPCなんで100LVのプレイヤーが相手でもちょっとは健闘できる……のかな? 正直侵攻してきたプレイヤーの腕がどんなものかわからないのでなんとも言えませんが。なんとなく7階層までで乙ったプレイヤーの殆どが罠で逝ったイメージがある。

・アウラの作成年月日
くがね先生詳細な年表くださいな。

・ニヴルヘイムについて
完全捏造。うぃき先生におたずねしました……。
ユグドラシルはデータクリスタルで武器を作りますがこんなイベントアイテムがあってもいいよね

・水精霊
適当に作りました。ここしかでてこないのでどうぞ忘れて。



あとは本当にいろんなことを間違いすぎ問題。教えてくださった方々は本当にありがとうございます。
知識不足と確認不足がもろバレではずかしい。
またなにかありましたらば気軽にお願いいたします……。

誤字修正に関しても本当にありがとうございます。
個々にお礼をする時間まではちょっと持てないのですが大変に助かっています。大変毎度毎度多いですが温かく見守ってくだされば幸いです……。

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