新訳女神転生(仮)   作:混沌の魔法使い

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チャプター3

チャプター3 死の先に

 

目を開くと保健室の白い天井が視界に飛び込んでくる。さっきまでの出来事を思い出し一瞬夢かと思ったが、保健室の中を飛んでいる妖精を見て夢じゃなかったんだと理解し、ゆっくりとベッドから身体を起こす。私が起きたのに気付いた雄一郎君が金属バットを手にしたまま近寄ってくる

 

「目が覚めたんだな。良かった」

 

「楓は……?」

 

私の事を心配してくれているのは判ったが、楓の姿が見えない。それだけで身体が震えて来た……思わず自分の身体を抱きしめるようにして蹲る。雄一郎君は気にした様子も見せず隣のベッドを指差して

 

「楓も今眠っている。ここまで来るのに怪我をしていてな。正直歩くのもやっとと言う怪我なんだが……桃子が心配でここまで走って来たからか傷口が開いてな」

 

楓が怪我をしていると聞いて慌ててベッドから立ち上がり、カーテンを開けて隣のベッドを見ると、ベッドの横に久遠先輩が腰掛け、楓の額に濡れたタオルを置いていた。傷の所為で熱が出ている筈なのに青い顔をして横たわっている楓を見て、傷が相当深いのだと理解する。右足を怪我しているのかズボンが真紅に染まっている……それを見て再び意識が遠退きかけたが、ここで気絶する訳には行かない。

 

「手当てはしましたか?」

 

「え?あ、はい。傷口にガーゼと包帯を巻いて、あと火傷をしていたので軟膏を……それとピクシーが治癒術を」

 

【はーい♪もう少ししたらまた治癒術が使えるから、それで傷口は完全に塞がると思うよ】

 

にこにこと笑う妖精。愛らしい姿をしているが、妖精や妖怪は苦手なので顔が引き攣るが、楓を助けてくれたのでそんな顔をするのは失礼だと思い

 

「ありがとう。楓を助けてくれて」

 

【良いよー♪お兄さん格好良いからね~死んじゃうのは勿体無いからね♪】

 

勿体無いって……やっぱり私達とは価値観が違うと言うのを思い知らされ、憂鬱な気持ちになっていると久遠教授が私を呼ぶ

 

「紅桃子、無事で何より。信じられない話だと思うが、これが真実だと先に言っておく。質問も受け付けない、楓君が起きたら直ぐ行動に出ないと夜になってしまう。私達には時間が無い」

 

早口で言う久遠教授はそのまま話を始めた。それは到底信じられない物だが、現に私は見ているので信じるしか無かった。悪魔が現れ、人間を殺して回っている。守護霊様と言う都市伝説を実行し、楓と雄一郎君と久遠先輩は悪魔と契約することに成功した。今は生存者および武器と食料を得る為に行動する準備をしているとの事

 

「事情は判ったな?質問は後で余裕が出来てから聞くが、今は黙って今私達が置かれている状況を理解して欲しい」

 

異論は許さないという強い口調の久遠教授に頷くと、目の前にチョコレートバーと水のペットボトルが置かれる

 

「今の所の食料はこれしかない。辛い光景を見ることになると思うが、何か食べておかなければ動く事も出来ないだろう。食べておけ」

 

「ありがとうございます」

 

差し出されたチョコレートバーの封を切り、それを齧りながら友達や故郷のお父さんやお母さんのことも心配だが、それ以上に楓の事を心配している自分が居るのに気付き、私ってこんなに薄情だったけ……と軽い自己嫌悪に陥ってしまった時

 

「……寝てた!?なんで起さなかった!雄一郎の馬鹿がッ!!!今時間が無いと言うのにッ!!!」

 

カーテンの中から楓の怒声が聞こえてきた。ああなったら雄一郎君じゃ楓を説得するする事が出来ない、私は食べかけのチョコレートバーを机の上に置き、興奮している楓を説得する為に楓が眠っていたベッドへと足を向けるのだった……

 

 

 

30分ほど眠っていたと雄一郎に聞き何故起さなかった!と俺は激怒した。雄一郎も、美雪先輩も、久遠教授も寝ていないのに俺だけが寝ていた。暗くなるまで時間が無い、やらないといけない事が山ほどあると言うのに貴重な30分を無駄にさせた。俺のせいでだ。雄一郎に怒鳴った事も、激しい自己嫌悪として戻ってくる。美雪先輩も雄一郎もカーテンの外に追い出したが、桃だけはなんでもないようにカーテンを開けて俺の前にやってきた

 

「楓。皆心配してくれていたんだよ?」

 

桃が優しく俺に声を掛けてくる。心配してくれるのは嬉しい、嬉しいが今は俺の心配をする前に生き残る事を優先して欲しかった……最悪足手纏いとなる俺を置いて行ったとしてもだ

 

「楓。皆にごめんって言おう?ね?皆許してくれるから」

 

いつもこれだ。俺は頑固で、直ぐ頭に血が上る。田舎でもそれで爪弾きになった時いつも桃が仲介になってくれた……昔の事を思い出し、思わず笑っていると桃が不思議そうな顔で俺の顔を見つめてくる。こんな状況になったから判る、桃が俺にとってどれだけ大切な存在だったのか……

 

「ありがとな、桃」

 

桃に感謝の言葉を口にし、俺は雄一郎達に謝る為にベッドから立ち上がる。右足が痛むと思っていたのだが、全くの無痛に驚いているとピクシーがカーテンの隙間から顔を出し立っている俺を見て楽しそうに笑いながら

 

【お兄さんの傷は治しておいたよ。時間は掛かったけど、これで走ったり、跳んだり出来るよ】

 

笑顔で告げるピクシーにありがとうと感謝の言葉を口にし、俺はカーテンを開けると同時に

 

「雄一郎。美雪先輩、ごめん!俺を心配してくれたのに怒鳴ったりして」

 

深く頭を下げながら謝ると雄一郎も美雪先輩も気にしてないと笑って許してくれた。それが嬉しくて、そして絶対に全員で生き残りたいと言う思いが更に強くなった

 

「さて楓君も起きた所でそろそろ探索を始めよう。と言ってもだ……時間は15時45分……大学棟まで捜索をしていたら間違いなく夜になるだろう。だから今日は野球部部室、そして高校の購買の捜索をしたら保健室に戻り休む。方向性としてはそれで行くが異論のある者は?」

 

異論なんてある筈も無い。確かに大学を調べたいという気持ちはあるが、それで夜になって化け物が活性化したら間違いなく全員が死ぬ。ならば夜になる前に戻ってきて、保健室で1夜を過ごすべきだ。幸いこの保健室は窓が廊下側に向いて作られている。グランド側に窓は存在しないので外から覘かれて襲われると言う可能性も低い、恐らく今この高校で1番安全のは間違いなくこの保健室だろう。

 

「異論は無いようだな。では出発する、目的地は野球部部室。美雪、桃、判って居ると思うが、ここから先は人の死体などを見る事もあるだろう。叫ぶなと言うのが難しいと言う事は判っているが、決してパニックになるな。それで周囲の悪魔を呼び集めることになれば全員が死ぬ、良いな?」

 

桃と美雪先輩が頷いたのを確認し、俺と雄一郎を先頭にし、野球部の部室を目指して移動を開始するのだった……目的地の野球部の部室は保健室からは割と近い。と言うのも、俺達が目指している部室は校舎内の部室で、ロッカーや高校から準備された道具が納められた部室で、部室と言うよりかは部活準備室とも呼べる所だからだ。だが部活準備室なんて言うのは明らかにおかしいので皆部室をして呼んでいる。校舎の中の部室だけあり、距離としては歩いて数分の距離なので直ぐに目的地に到着出来ると思っていたのだが、それが甘い考えだったと言うのはすぐに思い知らされることになった

 

「こっちも駄目そうだな。となると2階に上がって、2階の廊下を通って部室へ移動するか?」

 

最短ルートで部室を目指していたのだが、そこには野球部員らしき死体が幾つも転がっており。それを貪り食う異形の群れの姿があった。それは保健室にいた異形と同じ姿をしていて、俺の予想では餓鬼だと思う。カソを呼び出して倒せるか?と聞いてみたが倒すことは出来るが数が多すぎるという返事だった。どこかで力尽きればそれで囲まれて終わりだ、女性を3人連れている事もあり無茶をすることは出来ない

 

「……」

 

「おい、雄一郎?」

 

「!すまない、考え事をしていた。2階からだな、それで行こう」

 

……やっぱり流石の雄一郎もショックを隠せないようだな。同じ部活で友人同士に違いない、そんな相手の死体を見て平常心を保てる訳が無い……もしかしたら生き残りがいるかもしれないと思ったが、雄一郎には酷な結果になってしまったな……

 

「楓君。やっぱり最短ルートは無理そうですか?」

 

「はい、なので2階から移動します。もし2階も駄目ならば、1階をカソとコロポックルで強行突破します」

 

美雪先輩と契約しているピクシーは戦闘力はカソとコロポックルよりも低いが、その代わり治癒術を使う事が出来、小型でしかも素早く空を飛ぶことが出来る。それならば前に出るのではなく、俺や雄一郎、そしてカソとコロポックルが負傷しても治癒出来る存在として、または飛行能力を生かしての斥候役として活躍して貰い。戦闘では温存しておきたい、となると俺のカソと雄一郎のコロポックルが手持ちの戦力となる。幸いカソの炎は広範囲にも対応出来るし、コロポックルの氷の連射速度は凄まじい物があるので強行突破も不可能ではないだろう。だがそれはあくまで最終手段にしたい

 

「強行突破はあくまで最後の手段だ。もし2階に行くならそのまま購買を確認し、部室を明日捜索にして引き返すという選択肢もある」

 

久遠教授の言葉に判っていますと返事を返す。確かに武器を手に入れるのは最優先課題だが、その所為で悪魔を誘き寄せる可能性を考えれば、今日無理をして手に入れるだけのメリットが無い。1日でかなり色々なことがあった、食料を手に入れて引き返すことも当然選択肢に入ってくる

 

「桃。出来るだけ足元は見ないで着いて来い。見るには辛いからな」

 

「……う、うん」

 

野球部の部室に続く廊下は正直血塗れだ。美雪先輩や桃に見せる訳には行かない、久遠教授は平気そうにしているのが本当を言うと不思議なのだが、平気だと言うので俺と雄一郎は桃と美雪先輩に集中できる。俺は消火器を抱え、雄一郎は金属バットを手に桃達を階段の前まで案内する。幸いと言って良いのか悩む所だが、餓鬼は野球部員の死体に夢中になっているのでこっちを見ることが無い。一気に階段の所まで移動し、2人で階段の先を確認しようとして、直ぐに階段の陰に身を隠した。俺と雄一郎の反応を見て美雪先輩が顔色を変える。この反応を見れば悪魔が居るって判るわなと思わず苦笑する

 

「楓君悪魔がいるのですか?」

 

小声で尋ねて来る美雪先輩に頷き、人差し指を口に当てて静かにしていてくださいと言うジェスチャーをする。ゆっくりと

立ち上がり階段の先の悪魔を確認し、再びしゃがみ込む

 

(餓鬼が1体。後ろを向いているな)

 

階段の所で蹲っている餓鬼。動く気配が無いので眠っている可能性もあるが、それが囮で仲間が何処かに隠れている可能性もある。とは言え考えすぎと言う可能性もあるが、今まで見た餓鬼は集団行動をしていた。それが1人で動いているというのがどうしても気がかりだ

 

【う、ウボアア……】

 

急に苦しみだした餓鬼はそのまま苦しそうに暴れ回り、暫くすると足の方から粒子となって消えて行き。餓鬼がいた場所には拳大の青い宝石が落ちていた……なんだあれは?俺と雄一郎が首を傾げているとピクシーが教えてくれた

 

【契約者も無しに存在している悪魔は魂食いで存在を維持しているんだけど、それも無くなったら存在していられなくて消えるだけなんだ。それであの石は魔石って言ってね?魔力を蓄えている石で、私とかカソの治療とかにも使えるしお兄さん達の傷を治すのにも使えるよ】

 

そ、そうなのか……じ、じゃあ拾っておくか……餓鬼から出て来たので若干気持ち悪いなと思いながら魔石とやらを拾う。

 

ひんやりと冷たいそれはまるで氷のようだなと思いながらズボンのポケットに詰め込み、桃達を踊り場に残し階段を上り2階の廊下の様子を伺う。見た感じ1階と違って血溜まり等は見えないが……逆に言うと綺麗過ぎる

 

「雄一郎。どう思う?」

 

「嫌な予感しかしない」

 

だよな……今までは明らかに知性の無い悪魔としか遭遇していないが、カソやピクシーのように知性のある悪魔も居る……

 

一旦踊り場に戻り久遠教授に相談しよう。俺と雄一郎は相談した結果そう結論を出したのだった

 

「ふむ、綺麗過ぎる廊下か……確かに嫌な予感しかしないな」

 

久遠教授も同意見だった。今まで散々血塗れの廊下を見てきたのに、急に綺麗な廊下が続けば誰がどう考えたって罠としか思えないだろう。

 

「どうする?楓引き返す?」

 

引き返す……確かにそれも選択肢の1つに入ってくるが、それは久遠教授がNOを出した

 

「引き返すにしろ、1度購買部は見ておきたい。今日はまだ良いが次の日から空腹で捜索をする訳にもいかない、明日食料を求めて購買部に来て何も無ければ精神的にも大ダメージを受けるだろう。だからまだ体力にも精神的にも余裕があるうちに購買部だけは見ておきたいんだ」

 

購買部か……購買部はこの廊下の先……予定では部室で武器を手に入れてから階段を上って、そこから購買部を見に行くそれが最初の計画だったが……部室の前には餓鬼の群れ、購買部の方に続く廊下は明らかな罠……どうするか正直判断に悩んだ。だが良く考えればここであれこれ考える必要は無い事に気付いた

 

「ピクシー。廊下の所の様子を伺って来てくれないか?悪魔とかが居るかどうかで構わないんだ」

 

【OK!任せてよ!】

 

折角こっちの味方に悪魔が居るんだ。その力を借りないのは馬鹿と言う物だろう、俺の頼みを聞いたピクシーは即座に教室の中を覗き込み回り階段の所まで進んだ所で戻って来た

 

【えっとね!一番奥の教室にだけノッカーが居るよ、他の教室はなんにもないや】

 

何も無いか……となると1階でパニックになっている間に2階の生徒はどこかに避難した可能性があるな……避難が間に合ったから廊下が綺麗で血の匂いも少ないって事か……死者がいないことに安心したが、問題はピクシーの報告の方だ。ノッカー?聞いた事の無い悪魔の名前だと首を傾げる。それよりも重要なのは悪魔としての危険度の方だな……ピクシーにそっちのほうはどうなんだ?と尋ねるとピクシーは腕を組みながら

 

【襲ってくる可能性があるかも……ノッカーは縄張り意識が強いし……でもそんなに強い悪魔じゃないよ?カソが居れば全然大丈夫!ノッカーは火に弱いから】

 

火に弱いか……それなら確かにカソの出番だろう。ただ戦闘になるとして、その音で他の悪魔が襲ってくる可能性もある。例えば研究室の壁を破壊して逃げている狼男だ。あれに遭遇したら今の俺達ではどう足掻いても勝つことが出来ない

 

「どうしますか?久遠教授」

 

「……進もう。リスクはあるが、どうせ悪魔が闊歩しているんだ。どこかで戦う可能性は十分にある、慣れておいた方が良い」

 

久遠教授の言葉に頷き、廊下を歩いているとピクシーの言葉の通り階段の前の教室を通ろうとした瞬間。扉が勢い良く開き

 

【人間め!ここは俺達の縄張りだ!】

 

【出て行け!】

 

そう叫びながら手にした金槌で殴りかかってくる。それを咄嗟に後ろに飛んで回避し、ノッカーの姿を観察する。身長は……30cm前後か……思っていたより結構大きい。手にしているのは錆付いた金槌か……あんなので殴られたら骨折する可能性が高いな……妖精って割には殺意に満ちてるぞこいつら……

 

「楓。時間を掛けると危ない、一気に決めるぞ」

 

「判ってる!来いッ!カソッ!!!」

 

カソの名前を叫ぶと、俺の目の前に魔法陣が描かれ、そこからカソが現れる。炎を纏うカソの姿を見てノッカー達の顔が恐怖に歪む。ピクシーの炎に弱いという言葉は本当だったようだ

 

【キエロッ!!!】

 

カソが吼える同時に炎が飛び出し、ノッカー達に襲い掛かる。肉の焼ける匂いを想像していたが、予想に反して氷が解けるような音が響き2体のノッカーの内1体が炎に飲まれて消える

 

【このおッ!人間がああッ!!!】

 

「どっらああああッ!!!!」

 

身体を焼かれながら突進してきたノッカーは雄一郎がバットを振りかぶり殴り飛ばす。骨の砕ける音の後に野球ボールのように吹っ飛んでいくノッカーを見てこれであいつも倒せたなと心の中で呟く。そしてその時に気付いた、生き物を殺したのに全く動じていない自分に……そう言った感情が麻痺してきている事に気付いたが、仕方ないことだと割り切る。生き残る為には必要なことなんだ……だから仕方ないと言い訳のように呟き、ノッカーが消え去った場所に落ちていた魔石を拾い上げ

 

「行こう。購買と部室はもう目の前だ……」

 

暗くなるまで時間が無い。なんとしても食料と武器を確保して保健室へ戻ろうと呟き、俺はカソと共に廊下を歩き出すのだった……

 

 

 

バットでノッカーとか言う悪魔を殴り飛ばした感触が手に残っている……嫌悪感は僅かに感じるが、自分が生き残る為だったから仕方ないと割り切っている自分が居る

 

(これは不味いかもしれないな……)

 

その内俺も楓も壊れてくるかもしれない……生き物を殺して何も感じないと言うのは明らかに問題だ……だが殺さなくては自分達が死ぬ……本当にどうしてこんな事になったんだろうなと苦笑しながら廊下を進む

 

「購買だ!やっと着いたね」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

桃子の言葉にも楓の反応が薄い。俺と同じでやはり罪悪感を感じない自分を感じているのだろう……今日は早い所保健室に戻って休まないと身体を壊す前に心を壊しそうだ……

 

「購買の食料には手がつけられていないですね……良かったです」

 

安堵の表情を浮かべる久遠先輩。食料を確保出来た、それだけで気持ちに余裕が出てくるな……2階から避難した生徒や教師はまさかこんな事になっていると思っていなかったんだろうな。だから食料がこんなにも残っているって事か……しかし生徒や教師が全員死んだとは思えないので、どこかに隠れているのだろうか?それとも部活用のマイクロバスで外に脱出したんだろうか?……そんな事を考えながら購買の中に足を踏み入れる

 

「保健室には給湯器があったな。使えるかどうかは判らないが、カップラーメンも持って行こう。まだ水とかのライフラインは生きている、使える内に使うべきだ」

 

ここの購買部は部活終わりの生徒が来ることを想定しているのでカップラーメンやおにぎりと言った軽食にパンやお菓子なども取り揃えている。お金は……払っても意味無いな。そもそも硬貨や紙幣がこんな状況で役に立つとは思えないからな……持って来た鞄に惣菜パンやおにぎり、飴やペットボトルのお茶を片っ端から詰め込む。4人で食べるには多いが、他の生存者に会う事も考えて多めに確保しておこう、一通り食料を鞄に詰め込んだ所で楓が口を開いた

 

「久遠教授。コロポックルを護衛として残しておきます。俺と雄一郎で部室からバットとかヘルメットを持ってきます」

 

「……全員で行動すると言った筈だが?」

 

久遠教授が強い口調で何を考えている?と楓に尋ねると楓は周囲を見て

 

「幸いここら辺は悪魔も少ないです。コロポックルとピクシーが居れば対応出来るはずです、それに野球部の部室は狭い、全員で行動して狼男に遭遇したら逃げる事も出来ない。だから2人で素早く道具を回収して引き返して来たいんです、全滅のリスクを避けるために」

 

……確かにあの部室はあくまで用具置き場としての面が強い。複数の人間が入るには少し厳しい物があるか……久遠教授もそれを思い出したのかその通りだなと呟いてから判ったと頷き

 

「私と桃子と美雪はここで待っている。無理をするなよ」

 

「楓、雄一郎君。気をつけてね」

 

「もし回収できそうに無いなら、無理をせずに戻ってきてくださいね?食料と水を確保出来ただけでも良しとしなくては」

 

「「はい!」」

 

久遠教授や桃子に久遠先輩の気をつけての言葉に頷き購買を後にする。階段の陰に隠れながら廊下を伺うと、さっきまで居た餓鬼とか言う悪魔の姿は無かったことに安堵の溜息を吐き部室の扉に耳を当てる。すると中からごそごそと動く音が聞こえてくる

 

「生存者かもしれない!」

 

「ああ、そうだな!」

 

扉もしっかり閉まっているので悪魔が居る可能性は低い、そう判断し初めての生存者と会う事が出来るかもしれない。そんな期待を抱きながら部室の扉を開けた俺と楓に待っていたのは受け入れがたい現実だった……

 

「「うっ」」

 

部室の扉を開けた段階で立ち込める血の臭いに楓と共に顔を歪める。悪魔が居るかもしれない……やっぱり生存者は居ないのか……バットを手に部室の奥へ進み俺と楓は絶望した

 

「う……そ……だろ……」

 

そこに居たのは悪魔ではなかった。寧ろ悪魔のほうが良かった……俺達の目の前に居たのは手足や頭部の1部を欠損した人間。それが動き回り死体を喰らっていた……それは俺と同じ野球部員達だった者……ゾンビと呼ばれる存在へと変貌したかつての仲間達の姿がそこにあった……

 

「「「あああ……ああああーッ!!!」」」

 

止めろ……来るな……手を俺と楓に伸ばすゾンビ……田中……東……止めろ、やめてくれ……そんな目で俺を見るな……

 

「雄一郎!おい!雄一郎!!!しっかりしろ!」

 

楓の声が遠くに聞こえる。これは夢だ……夢なんだ……こんな、こんな事あってたまるかよ……なぁ?そうだろ……皆良い奴だったんだ……こんなことする訳が無い……だからこれは夢なんだ。思わず手にしたバットを落としてしまう

 

「おいっ!うっわ!?や、止めろぉッ!!!か、……わああああッ!!!!」

 

「「「ああ……あああああッ!!!」」

 

楓が田中に引きずり倒され、噛み付かれそうになっているのを見て……楓を助けなければ……もう何がなんだか判らない……何も……俺には何も判らない……ただ楓を助けなければ……それしか考える事の出来ない俺は足元に転がっているバットを拾い上げるのだった……

 

 

 

噎せ返るような血の臭いの中金属バットを片手に肩で息をしている雄一郎とその足元のユニフォームを着た男子生徒だった者を見て。俺は後悔した……悪魔と違う完全な人型を見た事で混乱しカソを呼び出すことが出来なかった。そしてそのせいで雄一郎に辛いことをさせてしまった

 

「はぁ……はぁ……うっ、うぐう!げえっ!おえええええッ!!!」

 

雄一郎が蹲り何度も何度も戻す、雄一郎を追い詰めたのは俺だ。俺がカソを呼び出せば、雄一郎がこんなに苦しむことは無かった。俺の一瞬の判断ミス……それが雄一郎をここまで追い詰めてしまった。俺も正直吐きそうだったが、辛い思いをしたのは雄一郎だ。吐きそうなのを必死に飲み込み、戻している雄一郎の背中を撫でる

 

「雄一郎……すまん」

 

謝る資格なんてない、それは判っていたが謝らずにはいられず雄一郎に頭を下げる。雄一郎はYシャツで口元を拭いながら立ち上がり、もう動かない友人達を悲しそうな目で見つめ涙を流しながら

 

「良いんだ……これは俺がやらないといけなかったんだ……カソやお前にはやらせたくなかった。友達だったから……仲間だったから……これは俺がやらないといけない事だったんだ……」

 

だから気にするなと泣き笑いの表情で言う雄一郎。こんな状況でも俺を気遣ってくれる雄一郎に感謝しながら、カソを呼び出す

 

「焼いてやろう……もう迷い歩かないように……」

 

「あ、ああ……頼む」

 

もう動かない雄一郎の友達達を一箇所に集め、カソに頼んで火をつける。凄まじい炎で焼かれていく死体を見ながら2人で手を組んで祈る。どうか彼らが天国へいける様に……もう苦しまないようにと祈り続ける

 

「すまん。楓……直ぐに戻るはずだったのに」

 

「いや、謝るのは俺だ。すまなかった」

 

炎が消えるまでは30分掛かった……きっと美雪先輩達が心配しているだろう……だがこれは必要なことだった。雄一郎が踏ん切りをつけれるように……そしてもう2度と彼らがさまよい歩かないようにするにはこれしかなかった……

 

「急いで戻ろう……皆待っている」

 

備品置き場からヘルメットを4つ。そしてキャッチャー用のレガースが2つと金属バットを2本……後手を保護するバッティンググローブを左右1組を2つと予備で1組。それが手にする事が出来た武器だった、もっとあるかと思ったが、皆も馬鹿じゃない。避難する前に持ち出した痕跡があった、それはもしかすると生存者が居るかもしれない。そんな小さな希望となった……だがゾンビの姿を見た事でもしかすると同級生や知り合いの教師に遭遇するかもしれない……そんな恐怖も知ってしまった。だがそれは俺達にも言えた、もし誰かが死んでゾンビになったら……俺は……桃や美雪先輩そして雄一郎を殺す事が出来るのか……

 

「行こう……ここにはもう居たくない」

 

「あ、ああ。行こう」

 

俺と雄一郎は言葉少なく部室を後にした……ただお互いが何を考えているのかは判った。もし隣に居る雄一郎が、俺がゾンビとなった時。俺達はそれを手に掛ける事が出来るのか……悪魔だけではない、ゾンビまでが校舎に存在する。知りたくなかった事実を知り、それを何と桃達に説明すれば良いのか?武器を手にすることは出来たが、重すぎる事実を手に俺と雄一郎は購買へと引き返していくのだった……

 

チャプター4 脱出への壁へ続く

 

 




死んだ友人がゾンビ化……これもメガテンでは結構ある要素だと思います。悪魔だけでなく、ゾンビと遭遇した事で更に精神的に追い詰められていく雄一郎と楓、保健室での休息と情報整理でどこまでSAN値が回復するのか?そこを書いて行きたいと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

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