IS RAIN HARD   作:ヘタレ侍

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第1話 The New Semester ~未知との遭遇~

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら、

 

 

 

きっとそうしたら、

 

 

 

もう、嘘を吐かないで生きよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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現行の兵器を陵駕するその性能により社会の在り方を一変させた、女性にしか扱えないマルチフォーム・スーツIS。

このISの搭乗者の育成を目的として設立された、女しかいない学校IS学園には、なんの因果か、男が二人。

 

 

 

 

一人は、男の身でありながら偶然ISを起動させてしまい、入学を余儀なくされた者。

名を織斑一夏。世界的なIS搭乗者を姉に持ち、大切なものを守るため日々研鑽に励む男である。

 

 

 

 

もう一人は、男性のIS使用の実験の唯一の成功例としてISを駆る者。

名をアドルフ・ラインハルト。悲しき過去を背負った、IS学園の教師である。

 

 

 

 

これはIS学園にただ一人の男性教師の物語である。

 

 

 

 

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 うららかな春。入学式を終え、教室へと戻った一年四組の面々は、皆思い思いに周囲の人間とのよもやま話に花を咲かせていた。やれ早くISに乗りたいだの、千冬様がどうの、と内容は様々で脈絡のないものも多い。しかし、その中にも絶えず生徒が触れ続ける話題が。まずは一年一組に在籍するIS学園唯一の男子生徒・織斑一夏について。一組と四組では教室も離れているので直接見た者は少ないが、入学式で運よくその姿を見たものがその他の生徒にあれやこれやと、その容姿について語っている。織斑一夏が万人受けする整った容姿をもつことの他に、その姉・織斑千冬が超のつく有名人であることも、この話題性に拍車をかけているのだろう。

 しかし、こと一年四組に関して言えば、騒がしさの原因はそれだけではない。誰が言い出したのかはわからないが、四組の副担が男であるとの噂が出回っているのだ。それもただの男性教諭ではない。IS学園の職員は、ISの性質上ほとんどが女性である。しかし、用務員などの男性職員も極少数ながら存在している。生徒がそれでも騒ぎ立てるのは、件の副担が、なんと「ISが使える男」だからだ。

 多くが女子校出身ゆえか、家族以外の男性と接する機会がほとんどなかった年頃の女子生徒が、同学年に存在するイケメンとまだ見ぬ年上の男性に色めき立つのも無理からぬこと。副担に至っては誰も顔どころか名前すら知らないにも関わらず、相当の美形であるとの予想が立てられたりしている。新学期特有の期待と不安に満ちたざわめきは、担任が教室に来るまで続いた。

 

 

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 ガラリ、と扉を開け入ってきたのは、一人の女性教師。年の頃は20代半ばといったところか。スラリとした長身に手入れの行き届いた黒髪、派手さはないながらも清楚さの滲む顔立ち。いかにも出来る女然とした風貌である。

教師は年上の女性としての落ち着きを窺わせる眼差しで教室を見回した。

 女三人寄れば、と言うとおり、30人もの女子生徒の騒がしさは姦しいどころの話ではないのだが、流石に新学期早々教師を無視してまで話続けようという気概のものはおらず、誰が言うともなく皆次々に話すのをやめた。全員が話すのをやめ教師の方に向き直るのに30秒もかからなかっただろう。

 話ができる環境が整ったのを確認すると、教壇に立った教師は小さく満足気に頷く。

 

「今日から一年間、皆さんの担任を務めます、榊原菜月です。わからないこと、不安なこと、たくさんあると思うけれど、困った時はすぐ相談してね」

 

軽く微笑みながらの自己紹介。簡潔な内容ながらも、その語り口には淀みがない。生徒は皆、榊原が教師としてある程度経験を積んでいることを察した。

 

「まずは全員の自己紹介からしていきましょうか。出席番号1番の人から順番にお願いね」

 

 

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 自己紹介が全員分終わると、続いて諸注意が行われた。

施設の使い方や宿舎での規則に始まり、食堂や部活棟の説明まで。特に榊原が管理する部活棟については入念な説明がなされた。

 一通り、話すべきことを話し終えると、先ほどまでの緊張は緩み、榊原が来る前の雰囲気に教室は戻りつつあった。

 

「他に何か聞きたいことはある?」

 

「はい!副担の先生が男の人って本当なんですか?」

 

質問したのは、先ほどまで特にその話題について熱心に話していた生徒だった。他の生徒も一様に榊原の返答を期待している。そもそもIS学園は担任と副担任が各クラスに存在している。にも関わらず現在この教室には担任の榊原しかいない。担任が何らかの事情で遅れるため、自己紹介や諸注意などの雑事を副担任に任せるならまだしも、副担任が不在というのはいささかおかしい。男性云々はさておき、生徒の誰しもが疑問に思っていることだった。

生徒の質問に対し、担任榊原はなぜか困ったような表情を浮かべた。

 

「そうね、確かに一年四組の副担任の先生は男の人よ。でもね………

 

榊原が言い切る前に教室が歓喜の渦に包まれた。

 

「美形教師が副担任って噂は本当だったのね!!」

 

「IS学園入ってよかったー!!」

 

「やっぱり年上に限るわね!IS学園最高!!」

 

 

まだ見ぬ美形教師の姿を思い浮かべ狂喜乱舞する一年四組の面々と、憂鬱そうな面持ちで彼女らを見つめる榊原。

 

「いつその先生は来るんですか?!」

 

「特に連絡も来てないからもうすぐ来るとは思うけど……。でもみんながイメージしているような人かどうかはわからないわよ?」

 

おそらく返答の後半部分を聞いていた者はほぼいないだろう。生徒の思考は完全に「もうすぐやってくる美形教師」にシフトしてしまっている。榊原は生徒には見えないように大きくため息を吐いた。

 

(どうせならほとぼりが冷めた2限目くらいに来てくれないかしら………)

 

そんな担任の切なる願いを打ち砕くように、教室の扉が開かれた。

 

 

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 不意に開かれた扉に全員の視線が集まる。先ほどまでの狂騒が嘘だったかのように、教室は水を打ったように静まり返った。痛いほどの静寂で満ちる教室に入ってきたのは一人の男

 体格は細身ながらも筋肉質な印象で、身長は180センチほど。生まれ持ったものであろう長い金髪から覗くのは、深い憂いを湛えたエメラルドの瞳。服の襟を立て、ファスナーを一番上まで上げているため口元は確認できないが、見える範囲から推測すると、男の顔立ちがそれなりに整っていることがわかる。

 予想にたがわぬ教師の登場により、生徒たちは先ほどまでの熱を取り戻す。そんな人生の春を迎えたかのような少女たちとは対照的に榊原の顔色は優れなかった。クラスに男性が登場したことで、有頂天になった生徒たちの統率が難しくなったから、ではない。

 

 榊原は知っている。

 

 教室に入ってきたこの男が、生徒が期待するようなただの美形教師などではないことを。

 

 そして間もなく、喜びにあふれるこの教室の空気をぶち壊してしまうことを。

 

 担任教師の憂鬱をよそに、悩みの種である男性教師が口を開いた。

 

「すみません榊原先生。織斑先生に捕まってしまいまして」

 

「い、いえ問題ありません。学園内での諸注意と自己紹介しかしていませんから」

 

「本来は俺の仕事だったのに、申し訳ない」

 

「かまいませんよ。それよりも生徒達への自己紹介をお願いしますね」

 

「わかりました」

 

担任教師に謝罪を済ませると、男は今度は生徒達の方に向き直った。

 

「一年四組の副担任を務めるアドルフ・ラインハルトだ。主に実習での指導を担当する」

 

少々物足りなさを感じさせる簡潔な自己紹介。しかし年頃の、しかも家族以外の年上男性とまともに関わったことのない女子生徒を刺激するには十分すぎた。同年代の男子には出せない低く落ち着いた声を聞いて、再びクラス全体が色めきたつ。

 

 

「生徒の自己紹介はどうします?もう一度させますか?」

 

「いえ結構です、」

 

そこに続く言葉が想像できてしまった榊原は大きくため息を一つ。

榊原の憂鬱など素知らぬ顔で男は続けた。

 

 

 

 

「どうせすぐいなくなる人間の名前なんて、憶えるだけ無駄ですから」

 

 

 

 

 

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 ほんの数秒前までとは一転、クラス内の雰囲気が一気に困惑の色を帯びる。予想すらしていなかったアドルフの発言に対する反応は様々で、近くの生徒と顔を見合わせる者、小声で何かをささやく者、中には敵意に満ちた視線を向ける者もいる。

一方、ざわめきの元凶であるアドルフは生徒に対峙し、何食わぬ顔でたたずんでいる。

両者の温度差を見て、また今年も始まった、と榊原は胸のうちでひとりごちた。

 

(まだ、フォローできる範囲内よ……お願いだから、このまま終わって……!)

 

心中では事態がこれ以上悪化しなことを願いながら、表面上は平静を保つ榊原。

 

「先生、『すぐにいなくなる』ってどういう意味ですか?」

 

言ったのはアドルフに敵対的な視線を送っている女子生徒の内の一人だった。

 

「そのままの意味だ。二学期までに、そうだな………半分残っていたら上出来だ」

 

半分残っていたら上出来、言い換えれば生徒の半数以上が学園を去る。

 IS学園の競争率はそこらの難関大学が裸足で逃げ出すレベルであり、ここにいる生徒達の多くが中学時代からIS学園入学を目指し勉学に励んだ末、熾烈な競争を勝ち抜いたエリートたち。

 そんな生徒達が、アドルフの発言を聞いて黙っているはずもない。

 今までは表情に困惑の色を浮かべていた生徒も怒りを露わにし、みな口々にアドルフへ罵詈雑言を浴びせ始める。そのほとんどが「男のくせに生意気だ」という趣旨のものである。

 新学期早々、見事に学級崩壊したクラスの惨状を見かねた榊原がフォローに回る。

 

「ア、アドルフ先生も本気で言ったわけじゃないわ。ちょっと趣味の悪いジョークですよね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

榊原のフォローを、意外にも素直に受けたアドルフ。担任がほっとするのも束の間、アドルフはさらに生徒の怒りを煽る。

 

「もちろん、半分も残るとは思ってませんよ」

 

せっかくのフォローを無に帰すような男の発言に、榊原は再び大きく息を吐いた。

 

「大半は訓練中に死亡、または後遺症が残るレベルのけがを負って自主退学、PTSDを発症して病院送りって感じで、実際残るのはここにいるうちの三分の一ってとこですかね」

 

「ちょ、ちょっと、アドルフ先生……」

 

「無駄な希望を持たせてしまったという意味では、確かに俺の発言は悪趣味でしたね」

 

これからの学校生活に胸膨らませる新入生への痛烈な皮肉に、さらに紛糾する教室をイメージする榊原。

 しかしその予想とは裏腹に、先ほどまでのギスギスした雰囲気とは一転、生徒達が笑いの渦に包まれた。中には無知な男への憐れみすら感じさせるものもいる。

 違う生徒が、馬鹿にしたような声で言った。

 

「先生知らないんですかぁ?ISには『絶対防御』っていう機能が備わっていて、搭乗者が死ぬことはないんですよぉ?」

 

絶対防御とは全てのISに搭載されている搭乗者保護機能の一種であらゆるダメージを受け止めるシールドである。

この絶対防御の存在によりISの安全神話は世間一般に広く知られている。無論、IS学園で教鞭をとる者として、アドルフがこの絶対防御の存在を知らないわけはないのだが。

 明らかに挑発とわかる生徒の物腰に対してもアドルフは冷静だ。取り乱すことなく爆弾を投下していく。

 

「そうか。なら挽肉になるのがお前から、お前の隣の人間に変わるだけだ。しばらく肉が食えなくなるが、新しいタイプのダイエットだと思えば悪くないかもな」

 

試してみるか?と挑発するような態度をとるアドルフ。この言葉を、誇張した比喩や趣味の悪いジョークだとは、榊原は思わなかった。

 ISは本来宇宙開発を目的としたパワードスーツとして開発された。しかしながらISはとある事件がきっかけで、その機動力、制圧力、武器火力などの兵器として性能の高さが世界中に知れ渡ってしまい、現在は開発当初の目的から逸脱した形で世間には浸透している。ISの軍事利用を禁止するアラスカ条約などの存在や、各国の防衛戦力としてのISの役割から見れば、ISの兵器としての価値は明らかである。

 

 

 では、この教室にいる人間の内、一体何人がISの兵器としての側面について適切に理解しているのだろうか。

 

 

 おそらく、新入生の大半はそれを意識してこの場にはいないだろうと榊原は思う。教師としての経験から言え ば、新入生は純粋にISに乗りたい、ISに携わりたいという気持ちの者がほとんどである。

 それらの感情は決して間違ったものではないが、ポジティブな感情だけで人の命をたやすく奪えるISに接するのは大変に危険である。

 一連のアドルフの発言には、ISについての正しい認識と、それに基づいた行動を生徒に促そうという意図があることを、彼の人となりを知る榊原は理解していた。が、

 

(もっと言い方ってもんがあるでしょうが!!フォローする私の身にもなってくださいよ!!)

 

そんな担任の悲痛な心中を、副担任アドルフ・ラインハルトが知るはずもなく、相も変わらず涼しい顔で生徒と正対している。対する生徒達は余裕の表情を崩さず、副担任を打ち負かす機会をうかがっている。意図していたことが伝わらず痺れを切らしたのか、教室全体を見まわし、小さくため息をつくと、アドルフは再び話し出した。

 

「つい一月前まで中学生だった餓鬼どもに口で言って伝わるとは思ってなかったが、ここまでとはな」

 

不出来な生徒に接するような口調でひとりごとのようにつぶやくと、アドルフはその右手を、口元を隠すように挙げていた制服のファスナーに掛けた。

 

「いいか、ISは立派な兵器だ。使い方次第で簡単に人間を殺せる。簡単に壊せる。この事実を理解してないと、」

 

 

こうなる(・・・・)

 

 

言うなり制服のファスナーを一息に下ろす。すると露わになったのは、外国人らしくよく通った鼻筋と、涼やかな口元、

 

 

などではない。

 

 

まず目を引くのが口元の左右に広がる傷。特に左側は大きく裂け、歯茎がむき出しになっている。顔以外にも衣服に覆われていない部分には大小さまざまな火傷の痕。

 予想だにしなかったグロテスクな光景に、教室が一気に熱を失う。そこには男性教諭を迎えることへの歓喜も、ISを知らぬ哀れな男への嘲笑や侮蔑もない。

 あるのは眼前の男への嫌悪と恐怖だけ。すっかり冷めきった教室を満たす静寂の中で、生々しい傷跡を隠すファスナーを上げる音だけが響いていた。

 

 

「ISをアクセサリーか何かだと思っている奴、自分や他人をタンパク質の塊にしたくない奴は次の授業までに出てけ。退学手続きはしといてやる」

 

 

言うなり副担任アドルフ・ラインハルトは教室を後にした。

 

 

 

 

 

 


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