配役は脇役で   作:t、

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手の届く範囲

 

 二課の職員……というか、弦十郎さんに捕まってしまってから数日。

 響と未来、立花の家族に頭を下げまくり、悪いのは赤髪の喋るゴリラだと説明して、全員からようやく許しを得た。

 響なんて、いつもはニコニコ楽しそうにしてるのに、俺が帰ってきた日はずっと不機嫌そうだったからな。話を聞いてくれなかったどころか、目も合わせてくれなかったのだ。

 学校の帰りに甘いものでも買ってこなかったら、今でも無視されていたかもしれない。死ぬ。

 

「ねぇお兄ちゃん、重くない?」

 

「いや、全然」

 

「そっか」

 

 で、今はこうして二人で映画を観たりしている。

 響が俺の膝の上に座って、身体を全て預けている辺り、彼女からの信頼が窺える。と同時に、きっとしばらくは離れてくれないんだろうな、と苦笑も浮かんでしまう。

 俺を響の兄にした神様、マジぐう有能。

 こんな体験が出来るなら、多少ノイズやら二課やらに関わったとしても問題……

 

「? お兄ちゃん、携帯鳴ってるよ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 手の届く範囲に置いておいた携帯が、ぶるぶると震えていた。

 何というか……すごく、嫌な予感がする。

 メチャクチャ出たくない。が、このまま放置するのもうるさいので、とりあえず身を乗り出して手を伸ばし、通話に出る。

 

『お、出たか。もしも──』

 

 二秒で通話を切り、無言で携帯を元の位置に戻す。

 

「もしかして、間違い電話とか?」

 

「ああ、多分そうだな。きっと急いでいて掛け間違え……」

 

「また鳴ってるよ?」

 

 ゴリラって言ったこと、根に持ってるんデス……?

 おそらく、電話を掛けてきたのは弦十郎さんだろう。声聞いただけで分かったわ。

 というか、邪魔しないんでくれませんかねぇ。俺、いま響とお楽しみなんすよ。

 若干の苛立ちを覚えつつ、再び通話に出る。

 

「お掛けになった電話番号は、現在使われて──」

 

『今すぐ迎えを出してやろうか?』

 

「──っと。この辺、結構電波が届きにくいんですよ」

 

『そうか……まあ、律と話ができて何よりだ。それで、今傍に誰か居るか?』

 

「最愛の妹が一人」

 

『なら、妹さんに聞かれないようにしてくれ』

 

 チッ、面倒だな。

 とはいえ、二課関連の話題を響に聞かせる訳にもいかない。

 仕方なく響を膝の上から下ろし、立ち上がる。そして、ちょっとお外にでも、と思ったところで服の裾が引っ張られた。

 

「どこ行くの? 電話の相手って、もしかして女の人……?」

 

「はは、まさか。電話の相手はおっさん……知恵の付いたゴリラだよ。大事な話があるみたいだから、すこ~しだけ出てくるな」

 

「そっか……早く戻ってきてね」

 

「もちろん」

 

 笑って答え、響の頭を優しく撫でてやってから、家を出た。

 父さんが電話の相手を邪推していたが……まあ構わないだろう。

 

「すみません。もう大丈夫です」

 

『そうか。実は明日、君にもう一度二課に来てもらおうと思ってな』

 

「また、ですか?」

 

『そう面倒そうな声を出すなよ。ある程度は顔合わせも必要だ。

 九時頃には迎えをやるから、準備して家で待機していてくれ』

 

 話は終わりだ、と締め括って通話は切れた。

 はぁ……憂鬱だ。なぜ携帯の番号を知っているのか、やっぱり住所とか把握してるのかよ、なんてぼやきより先に、ただただ面倒だと思ってしまう。

 顔合わせ、顔合わせか……今日まで奇跡的に会わなかったが、もしかしたら、そろそろあの人とも。

 考えるだけで嫌になってきた。あのおっさん、今度会ったら宝具の一斉射撃を食らわせてやる。……いや、全部避けられるか。

 

 小さく溜め息を漏らし、家に入って響の元へ向かう。

 父さんがニヤニヤ笑いながら、電話の相手を探ってきたが無視した。

 女とこっこり電話してきた、とでも思っているんだろうか。んな訳ないっての。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 短く言葉を交わし、また二人で映画を観始める。

 もちろん、仲良く身体を重ねながら。……なんか、ちょっとアレな表現になったな。

 実際は、ただ俺の上に響が座っているだけである。健全健全。

 響の女の子らしい、柔らかい感触を背後から抱き締めて、そっと息を吐く。

 他は割とどうでもいいけど、響だけは守らないと……いや、守るのは響と未来と立花の家族と……結構多いな。

 まあ、とりあえず俺の手が届く範囲か。これ以上広がっていかないことを願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束通り、二課からの迎えを玄関先で待っていると、予定されていた時間より五分ほど早く黒塗りの車がやって来た。

 だから、そのヤバそうな車やめろっての。家には普通に母さんたちが居るんだぞ?

 しかも、窓ガラスから中が覗けないようになってるし。

 たぶん、これ銃弾とか簡単に防ぐ防弾仕様だろう。安心はあるけど、こんな迎え嬉しくねぇ。

 

「お久しぶりです、律さん」

 

「ああ、迎えって緒川さんだったんですか」

 

 助手席から現れたのは忍者・緒川。いつものようにスーツが似合い過ぎるほど似合っている。

 

「じゃあ、よろしく──なんで奏が?」

 

 適当に会釈して車の中に乗り込もうとすると、後部座席の奥には奏が居た。

 えぇ……お前、また勝手に来たんじゃないだろうな。

 不審に思って緒川さんに視線を向ける。が、司令の許可は貰っているのか、ただ笑みだけが帰ってきた。

 なら良いか。弦十郎さんに怒られることも、俺が巻き添えを食うこともないだろう。

 

「なんで居んの?」

 

「水くさいな、わざわざ迎えに来てやったのにさ」

 

「そいつはどうも。……で、本当の理由は?」

 

「んー、ちょっと話がしたくてさ」

 

 話がしたい、か。

 さて、どんな話題が出てくるやら。ぶっちゃけ、魔法使いうんぬんに関しては何も答えられないしなぁ。

 

「律って嫌いな食べ物とかあるか?」

 

「…………ない、けど?」

 

「そかそか、そいつは良かった。ま、律が何言っても、今からじゃ間に合わないんだけどな!」

 

 楽しそうに笑っていて何よりだ。俺にはさっぱり事情が呑み込めないが。

 けど、分からないってことは、分からなくても良いってことなんだろう。難しく考えすぎても仕方ない。

 というか、まさか本題が食べ物の話ってこともないだろう。

 視線で続きを話すよう訴えると、奏がニヤリと笑った。

 あ、嫌な予感しかしない。

 

「今度、良ければあたしと模擬戦でもしないか?」

 

 うっわ、予感的中。

 模擬戦って……そんなもん、俺と奏じゃ結果は分かりきってるじゃん。

 戦闘時間を無理矢理にでも引っ張って持久戦すればワンチャンあるかもしれないけど、基本的には一発の火力が違うしな。

 流石に俺も、もうちょい投影に慣れないとキツイか。

 

「やめとけやめとけ。俺とやっても何にも面白くないって。結果なんてやる前から決まってるだろ」

 

「へぇ……すごい自信だな」

 

「自信っていうか、確信?」

 

「今の聞いて、ますます試したくなってきたよ」

 

 なんでさ。

 思わず溜め息を吐きたくなってしまう。

 俺とやってもメリットなんて無いって。間違いなく翼と訓練していた方が有意義だ。

 少なくとも、俺がある程度投影を使いこなせなければ、模擬戦なんてしない方が良いだろう。

 

「んじゃ、その内な」

 

「だからやらないっての……ああ、そうだ。奏に言いたいことがあったんだ」

 

「言いたいこと? 何だ何だ、告白でもしてくれんのか?」

 

「アホ。

 いや、ほんとに大したことじゃないからアレなんだけど……歌、上手かったな、って」

 

 それは、原作で翼とユニットを組んでいた、ツヴァイウィングも含めての話だ。

 俺は、基本的に装者の歌が好きなんだと思う。実際に生で聴いてみて、よりそう感じた。

 何がどう、なんてハッキリとは口に出せないけど、胸に来るものがあったのは確かだ。

 

「……そんなに、上手かったか?」

 

「ああ、最高だった。一瞬でファンになったわ」

 

「ファンはよせよ……ただ、上手かった、か……うん、ありがとな。

 あたしがプロになったら、律をライブに一番に誘ってやるよ」

 

「それは嬉しいな。期待して、ファン一号は応援しながら待ってるよ」

 

 天羽奏の歌は好きだ。大好き、と言っても過言ではない。

 だから、彼女の絶唱は……聞きたくない。そう、思ってしまう。

 僅かに暗くなりかけた表情を誤魔化しつつ、奏と他愛もない話を繰り広げていく。

 内容なんて、本当にくだらないものばかりだ。が、どこか波長が合うらしく、話は不思議と弾んで途切れることはない。

 

 しかし、互いの家族の話題だけは、一度も出なかった。

 おそらく奏は無意識に。俺は意識的に。

 俺に妹がいると言ったとき、奏はかなり苦しそうな、辛そうな表情を覗かせていた。

 だから、家族の話は禁句だ。

 ノイズに家族を殺され、その復讐として、無理を通してシンフォギア装者になった奏に、大切な人が生きている俺が掛けてやれる言葉なんてない。

 彼女の心境は、簡単に理解してやれるものなんかじゃないのだから。

 

 二課本部へ続く、果てしなく長いエレベーターに乗り込み、数秒の沈黙があって……奏が口を開いた。

 

「気、使ってくれてありがとな」

 

「気を使った覚えなんて無いけど?」

 

「……なーる。律ってシスコンの上にツンデレだったのか」

 

「余計な属性を追加するな。誰がいつデレたよ」

 

「はは、ついさっきだよ。ってか、ツン率が九割は多すぎだろ。もうちょいデレてみたらどうよ」

 

 何故か笑い始めた……もとい、俺を小バカにしてくる奏に向けて深い溜め息を吐き、緒川さんの案内に黙って付いていく。

 さっきから緒川さんの表情が緩んでいるのは、きっと気のせいではないだろう。というか、普通に笑ってるな、アレ。

 

 何はともあれ、呼びつけてきた弦十郎さんが居るという部屋を、緒川さんに促されるまま開けて────

 

「ようこそ! 人類最後の砦、特異災害対策機動部二課へ!」

 

「………………いえーい!」

 

 幾つものクラッカーが鳴り響き、弦十郎さんの歓迎の言葉から少し遅れ、俺も何とか気分を上げて乗ってみた。死にたくなった。

 というか、まさか今日俺を呼びつけた理由って、これ……? この"熱烈、歓迎会! ようこそ立花律さま!!"とかいう席のため?

 まったく嬉しくないわけではないんだけど……それなら響と一緒に過ごしていたかった。

 最近、響成分が足りない。未来ともあんまり会えてないしなぁ。

 

「なんだ、いやにテンションが低いな」

 

「俺的には上げ上げデスよ」

 

「そう、か? なら良いんだが……

 っと、改めて自己紹介が必要だな。俺は」

 

「風鳴弦十郎さん。ここのトップで、俺より遥かに強いのにノイズに触れたら死んじゃう人」

 

「先に言ってくれるなよ。まあ概ねその通りだ。で、こっちが──」

 

 続いて弦十郎さんが視線を移したのは、メガネを掛けた茶髪の女性。白衣を羽織っているからか、やたら研究者やら技術者としてのイメージが強く現れている。あと胸がデカイ。

 

「私の名前は、"櫻井了子"。よろしくね、立花律くん」

 

「ええ、よろしくお願いします、"櫻井"さん」

 

「もう、そんなに硬くならないでよ。気軽に了子さんって呼んでもいいのよ?」

 

「じゃあ、そうさせて貰いますね」

 

 あまり関わりたくなかった櫻井了子さんと手早く挨拶を済ませると、他の二課の職員の人とも顔合わせをしていく。

 なんというか、意外と歓迎ムードなことに驚いてしまう。

 全員が全員、笑顔で俺を迎えてくれていた。

 俺、正式に二課に入った訳じゃないんだけどな。それどころか、これから先ここに来るつもりも無いという……

 

「律」

 

 全員と挨拶を交わすと、もはやただの立食パーティとなっている会場の中で、翼に声を掛けられた。

 

「よ、翼。久し振りだな」

 

「久し振りって……まだ一週間も経ってないじゃない。

 それより、歓迎会は楽しんでくれてる?」

 

「ああ、もちろん。ちょい唐突で驚いたけどな。なんか飾り付けとかやたら派手だし」

 

「ふふっ。叔父様、ずいぶん気合いを入れて準備してたから、そのせいかも」

 

「あ~、弦十郎さん、こういうの好きそうだしなぁ」

 

 弦十郎さんは、今も飲み物片手に二課の職員と笑って会話をしていた。すげーハメ外してるな。ささっと料理にも手を伸ばしてるし。

 

 俺も用意されてあった食事をムシャムシャやりつつ、ノンアルコールの物だけ口にする。

 うーむ、美味い。けど、ハッキリとは言いにくいが店の味がする。たぶん、ここのは全部そうなんだろう。

 誰も作れる人が居ないんだろうな。二課の弱点を見付けてしまった。

 

「やっぱり、律は二課に入ってくれる気になったんだ?」

 

「微妙なところだけどな。ここで何すれば良いのかも分かってないし、そもそも何もしなくて良いって言われてるし」

 

 精々ノイズが現れたとき、現場に颯爽と乗り込んで被害0で抑えるってくらいか。

 それも、別に俺が居なくても装者二人でどうにか……いや、短期決戦・高火力広範囲殲滅型の奏と、長期戦は出来ても近接特化の翼じゃ、限界もあるよな。

 

「ま、とりあえずよろしく」

 

「うん。よろしく、律」

 

「お、二人ともすっかり仲良くなったな。結構結構」

 

 と、さっきまで職員それぞれと直接やり取りしていた弦十郎さんが、俺と翼の方にまでやって来た。

 責任者として、全員と顔を合わせておきたかったんだろうか。

 

「弦十郎さん、歓迎会を開いてくれてありがとうございます」

 

「なに。こういうことは恒例行事だからな」

 

「? 翼、そうなのか?」

 

「ううん。歓迎会はたぶん三回目」

 

 恒例行事、な……まあ悪いことではないか。

 気になるのは、こういうイベントが恒例にされることだけ。正月やらクリスマスやらハロウィンやらにまで催されては困りものだ。

 

「気にするな。歓迎会は悪いもんじゃないだろう。

 それで、律はここに慣れそうか?」

 

「みなさん優しいので、その辺は大丈夫かと。

 ただ、俺は正式に所属した訳でもないですし、歓迎会をされても何をしたら良いやら……」

 

「ふっ。前も言ったが、子供が気を使う必要なんてないんだ。

 正式に職員として所属したくなったら、そのときに改めて言ってくれ。

 だから今は、翼や奏と仲良くしてくれると嬉しい。二人は……その……」

 

「あ~、わかりました。二人とも俺に良くしてくれるので、嬉しいくらいですよ」

 

 流石に弦十郎さんも、本人の前では「友達の居ないぼっちなんだ」とは言いにくいだろう。

 身近に同年代の子供が少ない上、ノイズとの戦いやシンフォギア関連で学校にもあんまり行けてないんだろうし、当然だ。

 

「それと、ノイズが近くで出たときは要請してください。翼と奏だけに任せる訳にもいきませんし」

 

「……ああ、わかった。正直、子供にそんな無茶を大人がさせるのは心苦しいんだが……すまないな」

 

「いえ。子供には子供の、大人には大人の役目があるんですよ」

 

 知らないですけど、と内心で付け加え、ふと隣の翼に視線をやった。

 俺が弦十郎さんとばかり会話をしていたからだろう。大分拗ねているのか、むすっとしている。子供には退屈で仕方なかったのかもしれない。

 

「はは、ごめんな翼。せっかく俺に話しかけてくれたのに」

 

「べ、別にそんな……」

 

 何この剣、可愛すぎッ。

 思わずマリアさんのような感想を抱いたところで、背後から肩を叩かれた。奏だ。

 

「よ、律。二課の施設とかはもう大体聞いてるんだろ?」

 

「んー、何となくな」

 

「じゃあ説明とかはいらないよな。

 ってことで……ここらで模擬戦とかどうよ」

 

「慎んでお断りさせて頂きます」

 

「奏、いきなりはダメだって言ったでしょ。しかも、今日はそんな話してなかったのに」

 

 いや、翼さん? 俺、いきなりだからダメなんじゃなくて、模擬戦が嫌なんですよ。負けるのが分かりきってるし、俺にも奏にもメリットなんてないし。

 

「ふむ。互いに切磋琢磨するのは良いことだが……奏は最近LiNKERを使いすぎている。

 そこでだ!」

 

 このおっさん、何でそんなに満面の笑みを浮かべてんの?

 何で俺のことを試すような目で見てくるの?

 どうして奏も、「まあそれはそれで良いか」みたいな顔で俺と翼を交互に見てるの?

 ええー……うっせやろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りたい。神様、頼むから死んでくれ。

 誰にも聞こえないよう小さく呟き、目の前で構えている翼に視線を向ける。

 彼女はもう既に天羽々斬を纏っていて、そこそこやる気があるらしい。

 ある程度なら暴れても平気だという二課の訓練場には、俺と翼、邪魔にならない位置に奏と弦十郎さんが居る。んで、ガッツリこっちを見てる。

 つーか、どうしてこうなった……俺の実力なんて測るまでもないだろうに。

 

「よし、何かあったら俺が止めるから、安心して鍛練に励んでくれ」

 

 安心できねぇっての。

 弦十郎さんの言葉にこくりと頷いた翼を見つめても、彼女の真剣さが窺えるだけ。おそらく本気で模擬戦に臨むつもりなのだろう。真面目が過ぎるねぇ。

 仕方なく俺も、いつもの赤い外套と干将・莫耶を投影。

 横からの口笛は無視して、油断なく構えをとった。

 

「────始めッ!」

 

 弦十郎さんの怒声と共に、刀を携えた翼が突っ込んでくる。

 が、何かおかしい。

 振り下ろされようとする剣に合わせて動こうとし、その違和感に気付いた。

 翼のスピードが遅いのだ。いや、より正確に言うなら、弦十郎さんと比べて圧倒的に、か。

 数日前にボコボコにされたときの速度は、正直目で追うのもキツイレベルだった。

 しかし。

 

「は……!」

 

 上段から下ろされた刀を、干将と莫耶を重ねて弾き、そのまま追撃に出る。

 態勢を僅かに崩した今の翼になら……とも思うが、やはり腐っても防人。きっと簡単に対処されてしまうだろう。

 だからまず、一撃を与えることだけを考え、翼から見て左側に回り込みつつ干将を振るう。

 

 もちろん、その攻撃は当たり前のように防がれるが、若干やりにくそうに顔をしかめている。

 それもそのはず。翼はアームドギア()を右手で持っている。それなのに、敵は左側へ回り込んでくるのだ。

 その上、俺は小回りの効く短剣。懐に潜られると面倒に感じるだろう。

 

「ッ!」

 

 だが、そんな攻防で押されるようでは、シンフォギア装者など務まらない。

 翼は歌いつつ、俺から距離を取るために剣を振るった。狙われた手足への攻撃を避け、干将と莫耶で防ぐと、詰めていた距離はあっという間に離されてしまう。

 わかってたけど強いな。これで中学生って……大人が大人なら、子供も子供じゃねぇか。

 深く息を吐いて、再び距離を詰める。

 翼の得意な距離で戦っていても勝ち目はない。なら突っ込んで、少しでも勝率を上げてやる……!

 

「はぁああっ!」

 

 ますます扱いになれてきた双剣を振るう。投影にも慣れ、精度も遥かに増している。

 が、どうしても剣が届かない。

 翼の動きを目で追えない訳ではない。剣技でも負けているようには見えない。

 じゃあ、なぜ? どうして俺は、翼に迫れないんだ。

 

「ッッ!」

 

 速く鋭い突きが繰り出されるも、干将で弾くだけで軌道を逸らすことが出来る。

 二度、三度と続いても変わらない。両の手の短剣で防ぎ、ときに跳躍して翼の剣を躱していく。

 防御だけに集中したら完璧だな、おい。

 …………そういえば、ここまで翼からは何度も攻撃されているが、一度も致命傷を受けてはいない。

 

 あきらかに俺は、攻撃側に回ると不利になってしまう。

 これまでの攻防で、それは分かっている。

 なら、どうしてか。翼の動きを視線から察知して躱し、頭を回す。

 

 が、たぶん考えるまでもないことだ。

 自分の浅はかさっぷりと、投影を扱いきれないことに自嘲して笑みが漏れる。

 初めて俺が戦った相手は、不用意に触れたら簡単に死んでしまうノイズだ。だから無意識の内に死を恐れ、何よりも身の安全を優先していたのだろう。

 

「は……っ!」

 

 斬りかかってきた翼を双剣で押し返し、静かに目をつぶる。

 脳裏に描かれるのは、干将・莫耶から伝わるエミヤの経験と技術。それを余さず受け入れる。

 これまでの比ではないほどに集中し、まず双剣から投影し直す。

 こんなモノで、まだ未熟な自分が憑依経験の共感などできるはずもない。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 創造の理念を鑑定し、

 基本となる骨子を想定し、

 構成された材質を複製し、

 製作に及ぶ技術を模倣し、

 成長に至る経験に共感し、

 蓄積された年月を再現する。

 

「憑依経験、共感終了」

 

 呟いて、手元の作り替えた双剣を見つめる。

 まだ完璧とするには程遠い。エミヤならきっと、これより遥かに精度を上げられるんだろう。

 けれど、今の俺の限界はここ。

 投影した干将・莫耶は、俺の手によく"馴染んでいる"。壊れるかもしれない、という不安は微塵も感じない。

 

 足りない理解を補ったものは、実際に目の前で戦った、剣技に通じた者の動き。

 翼の一挙手一投足にはムダが見えなかった。素人の俺からしても、その場における最適解の行動を取っていたように思える。

 そんな翼が居たから、まだ力を引き出しきれていないことをハッキリ自覚できたのだろう。

 

「呆けていられるなんて、随分余裕があるのね……!」

 

 余裕な訳じゃ、と内心で笑いつつ、翼の刺突を躱す。

 さっきまでの俺なら、ここで一度距離を取っていたはずだ。しかし、今は下がらない。

 一歩踏み出して、莫耶を振るう。その動きは以前までより精練されている。

 中途半端に攻め、中途半端に逃げることの方が、より危険だ。

 

「……ッ!? こ、これは……!」

 

 翼の瞳が驚きに見開かれた。

 まあ、そりゃそうだよな。翼視点、いきなり相手の剣技が上達し、その手にした双剣までもが強度を増しているのだから。

 だが、それでも食らい付いてくるのが風鳴翼だ。

 

「はぁッ!」

 

 剣閃が走る。

 一度目の斬撃を防げば、第二、第三の攻撃が届く。

 手数が増している……というよりは、速度が一段階上にいったのか。

 恐ろしく完成度が高い。しかも、これで尚、以前見せた"蒼ノ一閃"や、今も出来るだろう"逆羅刹"なんかを使わないのだ。間違いなく、かなり手加減してくれているのだろう。

 シンフォギア装者強すぎかよ。別の武器試してる余裕なんてないな、これ。

 

 気付くと、翼のスピードは最初の頃より遥かに増していた。

 こちらも双剣で全て弾き、致命傷は互いに受けてはいない。受けてはいないが……流石に疲れてきた。

 何せこっちはシンフォギアとは違い、まともに攻撃を受けたら普通に死んでしまうのだ。何かあっても弦十郎さんが止めてくれるとはいえ、こうも集中し続けていると、疲労で剣の冴えも鈍ってくる。

 もちろん、それは翼も同じだが。

 

「……!」

 

 俺が一切攻めに回らず、高速で動き続ける翼の剣を防いでいるからか、体力の消費は思った以上に多いのだろう。僅かにだが額に汗が滲んでいる。

 いくら防人さんでも、まだ成長途中で、かつ素人相手に手加減していれば決めきれない、か。

 ぶっちゃけ、蒼ノ一閃なんて使われたら対処に困るんだが……っと、危ない。距離を離されると面倒だ。

 そうして翼の攻めを何度も封じ、防御の正確性を確かめていると──

 

「そこまでッ!」

 

 ──弦十郎さんの声が、訓練場に響いた。

 う、うるせぇ、そこまで怒鳴らんでも……そう思いつつ双剣を下ろし、翼に視線をやる。

 まだ未完成、と言っていたからか、翼はシンフォギアを重りのように感じているのだろう。立っているのもやっとに見える。

 

「はぁ、ぁ……っ、ぁ……はぁ……っ」

 

「お疲れ、翼。大丈夫か?」

 

「……大丈夫……っ、平気、だから……」

 

「ったく……お前ら、一体どれだけ戦っているつもりなんだ」

 

 は? どれだけも何も、まだ数分……精々数十分ってとこだろ。

 投影品を破棄しながら近付いてきた弦十郎と言葉を交わす。隣には奏も居たが、何かを考え込むように黙っている。

 

「もう一時間以上はぶっ続けだぞ? お前たちの体力や集中力の方もそうだが、シンフォギアを使っての長時間の戦闘はまだ認められん」

 

 マジかよ、もう一時間もやってたのか……なら、この疲労感にも納得だ。

 しかし、いざ模擬戦が終わってみれば、どっと疲れが押し寄せてきた。

 ああ、帰りたい。

 

「じゃあ、今日はもうお開きで良いですかね? そろそろ時間もアレなんで」

 

「そう、だな……魔法に関して色々聞かせて欲しいところだが、無理に詮索はしない。

 今日はわざわざ来てもらってすまなかったな」

 

「いえいえ、歓迎会ありがとうございました。

 それと、さっきも言いましたけど、ノイズが現れたら連絡ください」

 

 さっきご馳走になった分くらいは頑張りますよ。

 

「ああ、わかった。学校の方にも、裏から手を回しておこう」

 

「裏から……あ、ありがとうございます。

 なら、弦十郎さんは司令官として、責任者として、どーんと構えていてくださいよ。

 俺がやらかしたとき、責任取るのは任せましたから」

 

「ふっ、任せとけ。だが、あんまり無茶はやらかすなよ?」

 

 最強の男の仕事は、今のところは前線に出てくることじゃない。

 ヤバければ頼るかもしれないけど、そう簡単に組織のトップが出ていくことはないだろう。

 俺も、出来る範囲で手伝えるときは現場に向かうつもりだし。何より、あんまり奏や翼に戦わせたくないんだよなぁ。

 まあ響さえ関わらせなければ、二課に所属しても問題はないはずだ。

 ……段々、深く付き合っていく未来が見えてしまった。おそらく気のせいだろう。気のせいだ。気のせいだと良いなぁ。

 

 訓練場で弦十郎さんたちと別れ、またしても黒塗りの車に乗せられながら、気のせいであることを祈っておく。

 いや、祈ったりしたらフラグが立ってしまうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練場での戦闘をモニターで見つめていた女性──櫻井了子は、先程まで戦闘を繰り広げていた立花律の姿を思い浮かべる。

 自称&他称"できる女"の了子は、シンフォギア・システムを開発し、運用を可能にさせるほどの研究者である。

 だが、そんな研究者の中でもトップクラスの知識と技術を持つ彼女でも、律の使っているモノの正体は掴めなかった。

 

(やっぱり聖遺物ではないみたいね。けど、ならあの出したり消したりを繰り返してる武器は一体……)

 

 観測するのに用いた計器は役に立たない。

 異端技術の影も見えない。もちろん、"錬金術"などでもない。

 本当に"魔法"があるのか、と脳裏を過るが即座に一蹴する。

 

「弦十郎くんに止められなかったら、もっと身体の中を弄くれたのに……残念」

 

 笑って、広げていた資料を纏めていく。結局成果は0。

 だが、そもそも了子が律を気に掛け、こうして時間を割いているのは、魔法という不思議な力のためだけではない。

 

 立花律が口にした、神への罵倒の言葉が引っ掛かったからだ。

 

("神なんて居ない"に、"神様死んでくれ"、ね。

 どういう意味をもってのセリフなのか……

 彼の言う魔法に関係している? あるいは、全く関係のない、私の勘繰りすぎか)

 

 後者であれば、この疑問はただの徒労で終わる。

 が、もしそうでなければ────

 

(ま、私の考えすぎよねん。

 ちょ~っと警戒されてるような気もするけど……)

 

 思春期の男の子ならそんなものだろうか、と結論付け、了子は風鳴翼の元へ向かう。

 シンフォギアの調整に改良、装者のメディカルチェック。その他etc.etc.

 彼女には色々とやらなければいけない事があるのだ。

 けれど、と一度足を止めて考える。

 立花律の目的、あの(魔法)の謎、実力の底。全ては試してみないと始まらないだろう。

 敵なのか、味方なのか。

 答えを出すのはまだ早い。そう呟いて再び歩き出す。

 

 




 
弦十郎さんが気兼ねなく前線に出られたら、ぶっちゃけノイズが自壊するまで時間稼ぐとか楽勝な気がします()
当たらなければ以下略。
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