有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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二軍に落ちた主人公、有賀草悟(ありがそうご)の復帰戦です。
そして草悟を二軍に落とした男、君先正哉(きみさきまさや)と対峙します。

名将美空(みそら)星蘭(せいらん)の反省、草悟対君先の対決が見所になると思います。




第九話 公式戦

 

7月。ガーディアンズ本拠地、防人(さきもり)スタジアム。

スイーツ対ガーディアンズ。3-6でガーディアンズ3点リードの7回表。

ガーディアンズの攻撃を何とかしのぎベンチに戻ってきた南部(なんぶ)無頼(ぶらい)を美空はじっと見た。

「ハァ、ハァ……」

無頼が肩で息をしながらベンチに座った。顔からは滝のように汗が流れ落ち、厳つい顔が苦しく(ゆが)んでいる。

無頼のこれまでの成績は0勝6敗防御率5.24。今日の試合も自責点4。奪三振こそ多いものの与四死球が多い使えない投手。その前評判通りの姿をさらしていた。

しかし美空は無頼を責める気持ちにはならなかった。

無頼は美空の当初の予想を裏切るほどよく働いていた。

打ち込まれ、ボロボロにされ、ファンから「引っ込め、ノーコン!」とブーイングを受けようとも投げることをやめない。

それも自暴自棄によるものではなく、自分の意思で。

 

 

信頼とは、こんなに重いものだったのか……。

 

 

美空は自分が言ったことに後悔する。

同じように信頼する言葉を投げかけた成田(なりた)(いさお)も、自らの身体の不調をごまかしつつも奮闘を続けている。

無論、言った言葉に嘘はない。心から思ったことを伝えた。だが彼らがどんなにボロボロになろうとも、自分の信頼に応えるためにここまで奮闘するとは美空は思ってみなかった。

美空は自分が本当の意味で彼らを信頼していなかったことを恥じる。

 

 

勝たせてあげたい。一つくらいは、どんなに醜態をさらそうとも。どんなに苦しもうとも自分の信頼に応えようとする選手に、報いてあげたい。

 

 

「南部、よくやってくれたわ」

美空はベンチで疲れきる青年に声をかける。

「か、監督……」

自分を見るその目は「まだ行けます!」と訴えていた。そんな青年を勝たせたいと思う美空は首を横に振る。

「すいません……」

無頼は頭を落とした。

「南部の打順に代打を送るわ」

美空はヘッドコーチにそう言うと代打に送ろうと考えている青年を見る。

青年は公式戦始めての出場にも関わらず緊張した様子もなく美空に視線を合わせた。

青年に代打が送られるということで何人かが声をかけたが、青年はどうでもいいと言わんばかりにバットを握り締めた。

「有賀君……」

代打を送られると知った無頼は草悟に歩み寄る。

公式戦始めての同期の緊張を(やわ)らげるために声をかけようとした。

「集中しているんだ。どっか行け」

「何だと!」

傲慢な態度で流す草悟に無頼は声をあげる。

草悟に殴りかかろうとする無頼を、様子を見ていた憂男が慌てて間に入った。

「ま、待てよ。南部!草悟は初出場なんだ。緊張しているだよ!」

そう言った憂男だが、自分が嘘を言っていると自覚する。

草悟は投手だけを見ていた。無頼の存在など、これっぽっちも気にしていない。

目が、全身が、バットが、マウンドに立つ男に集中していた。

 

防人スタジアム、三塁側ブルペン。

ワンポイントリリーフとして起用が多い女性右腕、岡本(おかもと)(えつ)は登板に備えてブルペン捕手に投げ込んでいた。ガーディアンズは上位打線に回るが三人とも右打ち。打たれるか代打が送られない限り一人で投げるようにと軟投派右腕は伝えられていた。

「よし」

テレビの方を見る。

そこには代打に草悟が出たのを嬉しそうに見る久石(ひさいし)譲二(じょうじ)冷泉(れいぜい)冬狐(とうこ)の姿があった。

久石はともかく基本的に周りと干渉しない先輩女性投手が嬉しそうにする姿に、悦は不思議そうに見たが、すぐに投球練習を再開させた。

 

7回表。ガーディアンズは7回に逆転される傾向があることで去年8回を任せていた男、君先(きみさき)正哉(まさや)を7回に登板させるようになっていた。

その選手起用に応えるかのように、君先は17試合連続無失点記録を築いていた。

そしてこの回、7番8番をきっちりと抑えていた。

「来たか!」

(あご)(ひげ)を蓄えた投手がネクストサークルに立つ青年を見る。

そしてコールされる。

『選手の交代をお知らせいたします。九番、南部に変わりまして。代打、有賀。背番号55』

 

7回表2アウトランナーなし。

一軍に昇格した草悟が左打席に立つ。

バットを構えた草悟はそっと目を閉じる。

康友、弥子、荒木大吾三軍監督。自分を支えてくれた三人の顔が浮かぶ。

(三人のおかげで、自分はここまでこれた)

心の底から草悟は思った。

そして目を開ける。

その目には先ほどまで回想していたとは思えないほど、研ぎ澄まされていた。

打者と投手の真剣勝負。今の草悟にはそれしかない。

草悟の脳裏から三人が消え、目の前の敵が映る。

自分の会心の当たりを妨げ、二軍落ちを決定づけた男。借りを返さなければならない男、君先正哉を。

 

「……」

君先は捕手のサインを見ながら脳内にある有賀草悟というルーキーの情報をまとめていた。

君先はオープン戦で草悟をトリプルプレイで討ち取った。だがそれは君先にとって苦い勝利だった。

伸ばした足に当たった打球が偶然トリプルプレイになっただけで、普通ならクリーンヒットになる当たりだったからだ。ルーキー相手に、だ。

プロに入って間もないルーキーにボールを見極められた挙句、会心の当たりを打たれた。ガーディアンズのセットアッパーということに自負を持っている男にとって、屈辱的だった。

君先は密かに草悟を研究した。一流選手の君先が、ルーキーの草悟を、である。

ただし研究と言っても大したことが出来るわけではない。一流選手ゆえに忙しい君先は草悟を見ることが出来なかったからだ。最も草悟が一軍の出る試合は一度しか出ていないため研究しようが無かったという理由もある。

そのため君先は50万円を支払い、地元がスイーツ二軍本拠地近くの高校時代のチームメイトのニートに草悟を調べてもらった。

ルーキー一人調べてもらうのに50万円とも思ったが、それだけの価値はあった。

有賀草悟攻略の糸口がつかめたのだ。

短いバットゆえに初見のバッテリーはほぼ100%の確率で外角低めを集中的に攻める。

そこが落とし穴だった。

草悟はボール球には手を出さない。そのためきちんとコースに決めないという意識が働き四球、もしくは甘く入ったところを打たれてしまう。

二軍戦ではあるが草悟は出塁率4割という数字を叩き出している。だが草悟の選球眼を知る君先にとっては納得の数字だった。

(と言っても全く手が出ない、というわけでもないんだよな)

元チームメイトはどういう状況で草悟が三振やゴロ、フライになっているかも調べていた。

草悟は選球眼がよく速いボールにも対応できるスイングスピードをもっている。ただ速い球から遅い変化球を投げられると凡退する傾向が多かった。

それを知って君先は初めて草悟という打者を理解した。

有賀草悟という打者はルーキーでありながら並外れたフルスイングで当てられる選球眼とスイングスピードを持つ。ボールは見えるが緩急をつけられると身体が我慢できずバットを振ってしまう。

君先は草悟をそのように導き出した。そして緩い球を一球も混ぜなかったからあの時打たれてしまったということも。

(攻略法が明確になっていればどんな選手であっても怖くは無い。あとは投げきる勇気だ!)

投球の組み立てが出来た君先は捕手のサインに大きく頷き投球動作に入った。

 

「……」

ボールは外角低めのストライクゾーン。捕手の構えたところにこれ以上はないボールが収まる。

「ストライク!」

審判のコールに草悟は気にする様子もなくバットを構える。

(相変わらず薄気味悪いルーキーだ)

3ヶ月前に戦ったルーキーを君先は見据える。先ほどの見逃しも手が出なかったのではなく打ち頃の球じゃなかったから振らなかったと君先は確信していた。

君先はその後外角低めを中心にボールになってもいい速球系の球を投げ込んでいく。何球か外れてボールになり、ファールで粘られたもののカウントを2ボール2ストライクに持っていった。

(頃合だな)

有賀草悟はこうやって打ち取ると前もって捕手には伝えていた。捕手は君先の思惑通りミットを内角に構えた。要求する球はチェンジアップ。

(あいつは外の速球系の球を投げられ、目線が外に向いているはず。そこに内角、それも緩い変化球を投げればタイミングが合わず凡打になるはずだ!内角のストライクゾーンに入れば、高低は気にしなくていい!)

君先はそう自分に言い聞かせると腕を振った。

速球が急失速したかのようなボールが内角低めに向かっていく。

そのボールに、草悟の身体が反応するのが見えた。

(打ち取った!)

草悟のバットスイングは速い。今から始動すればバットが先に空を切る。そう思った。

だが次の瞬間、君先は我が目を疑う。

草悟が右足をあげ左足だけで立ったからだ。その打法を君先は知っている。

(一本足打法だと!?)

内角低めに向かっていく遅い球にタイミングを合わせ、草悟はバットを振りぬいた。

打球はライト線ギリギリのフェアゾーンに落ち、フェンスに跳ね返る。

君先は一本足打法で自分のボールを打ったことが信じられなかった。

一本足打法は足を上げることによって、ボールを手元まで引き付けたり、タイミングを取りやすく出来る打法である。

ボールを手元まで引きつける、打つタイミングを取りやすくなるというメリットがある一方、下半身への負担が大きく、下半身の弱い選手は軸もぶれやすいため習得が難しい。上半身に頼らず、強靭な下半身とバランス感覚が要求される。

それ故に難しく、長年多くの打者と対戦した君先ですら知識としては知っていても見たことがなかった。

そして君先は先ほどの打席が運やまぐれでないことを知る。右翼手がボールを取った時、すでに二塁を回っていたのだ。ボールを受け取った二塁手が慌てて三塁に送球する。ボールは高く、三塁手が草悟にタッチしたのはサードベースに滑り込んだ後だった。

二塁打を快速飛ばされ三塁打にされたことで君先はまだ見つけていなかった草悟の武器、快速を飛ばす下半身の強さを知った。

 

防人スタジアム、三塁側ブルペン。

「「よし!」」

小さくガッツポーズをする久石と冬狐に投球練習をやめた悦が声をかけた。

「嬉しそうですね?」

ひやかすように言う悦に久石が反論する。

「そりゃあ俺らリリーフからすれば嬉しいだろう」

「え?どうしてですか?」

察しが悪いな、と久石は暖かみと冷静さを兼ね備えたベテラン投手の顔に変化させる。

「1点でも多く野手が点を取ってくれれば俺らは楽に投げられるのではないのか?」

「……あ。なるほど、確かにそうですね」

ベテラン左腕に指摘され、24歳の女性右腕は苦笑する。

スイーツのリリーフ陣で防御率が3点未満なのは久石と冬狐、悦、そして守護神の響の四人だけ。

崩壊しがちの先発陣が作る穴を、中宮寺優奈子というホームランバッターの加入と隠九条憂男の成長で格段にアップした得点力が埋めつつある。よって接戦が増えて4人の登板が多くなった。一点を死守する、一点も許さないというのはざらにある。

一点でも多く取ってくれる野手が増えるということは自分たちの心に余裕が出来る。大量点を取れば自分達以外の投手を起用することも考えられる。

「私としたことが、察しが悪い」

「ああ。それは考えてなかったなぁ」

そう言ったのは冬狐だった。

「……え?だったら何でそんなに喜んでいたんです?」

悦は疑問の言葉をそのまま出した。

冬狐はテレビに視線を戻して答える。

「……後輩だから。初めて出来た、私の後輩だから」

冬狐の言う意味を悟ったのか、久石はニコニコと笑う。草悟の事を知らず、また草悟と冬狐とのやりとりを知らない悦はキョトンとした顔で思考を巡らせる。

(冷泉さんは大卒8年目の30歳。私は高卒6年目の24歳。私も冷泉さんから見て後輩ですけど……)

そう言おうとした悦だが、口にしなかった。

冬狐の表情が真剣だったからだ。

考えても無駄と考えた悦は「そうですか」と適当に相槌を打った。

そんな二人を穏やかな目で久石は見守っていた。

 

その後君先は一番・八千代(やちよ)智那(ともな)にレフト前ヒットを打たれ1点を失うと二番・杉井貴士(すぎいたかし)に四球、三番・隠九条憂男(いんくじょうゆお)にセンター前ヒットを打たれ満塁。四番の中宮寺優奈子(ちゅうぐうじゆなこ)に満塁ホームランを打たれ、8-6と逆転を許した。五番の入江(いりえ)舞名(まな)は空振りの三振にしとめたものの、もう試合は決してしまったと君先は悟った。

 

「よくやったわね、草悟。後は私たちに任せなさい!貴方の初デビューを勝利で飾ってあげるわ!」

悦に連れ添うようにベンチに現れていた冬狐はベンチに座る草悟に話しかけた。

「別に気にしてませんよ」

草悟は短く答える。

「そう言っても可愛い後輩の初デビューだ。貴方が気にしなくても私は気にするわ」

「試合はもうスイーツの勝ちでしょう?岡本さんや冷泉さん、響さんが投げるんですから」

「ふふっ。そう言われたらますます負けるわけにはいかないな」

後輩の言葉に、力をもらった先輩投手は次の登板に備えてブルペンへと姿を消した。

 

君先の悪い予想は的中した。

無頼の後を引き継いだ岡本悦が7回を、8回を冷泉冬狐が三者凡退で締め、9回裏をスイーツの守護神・(ひびき)梅太郎(うめたろう)がきっちりと三者連続三振でゲームセット。

この試合で無頼は初勝利と、ビジターではヒーローインタビューは一人という事もあり、初のヒーローインタビューを受けた。

 

インタビューが終わったがベンチはまだ騒がしかった。その中心にいるのは逆転の火蓋を切った草悟。

(こいつらうるさいなぁ)

言い寄る先輩たちに心の中で悪態をつきながら、草悟はマウンド上の態度とは打って変わりベンチにお行儀良く座り込んでいた。

そんな草悟に、インタビューを終えた無頼が複雑な表情で近づいた。

笑顔を作ろうとして、作りきれていない顔。

無頼の頭には、7回のいざこざと負けを消すきっかけを作ってくれた感謝が混ぜこぜになっている。

「……有賀君」

呼びかけられた草悟は、顔を向ける。

無頼に対して、何の感情も持っていない顔だった。

「……何だよ」

「ありがとう。助かった」

無頼はなんとか礼儀を貫いたが、

「ところで前々から気になっていたんだけど。何で、お前の背番号は81なんだ?」

草悟は見当違いなことを口にする。

「……」

無頼は一瞬言葉を詰まらせ、意を決して口を開く。

「打者を全て三振で打ち取った場合、最少81球だ。……そういう投手になれるように、という願いからだ」

三振こそ積み上げているものの現実は三振以上に四死球を与え、味方に迷惑をかけている。

理想とはかけ離れた自分の姿に自嘲する無頼。その気持ちを知らない草悟は、

「なぁ~んだ」

と無邪気な笑みで言った。

「81連敗しないようにって意味で81にしたのかと思ったよ」

ベンチ内で乱闘が始まった。

 

勝利投手南部無頼(1勝6敗)

敗戦投手君先正哉(3勝1敗13H)

 

有賀草悟

7月上旬公式戦初安打三塁打(ガーディアンズ、君先正哉)

 

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