有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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今回はスイーツにとって大きな山場を迎えます。


第十一話 ヒーロー無きヒロイン

7月下旬。グリフォンドーム。

『スイーツエンジェルズの選手の紹介を申し上げます。1番ショート有賀(ありが)。背番号55――』

ウグイス嬢がスイーツの選手を紹介する。そして八番古山博光(こやまひろみつ)が紹介された後、

『9番ピッチャー。久石(ひさいし)。背番号32』

「え、嘘だろ?」、「まさか久石が?」、「どうして?」

ウグイス嬢の案内に会場がどよめく。久石譲二(ひさいしじょうじ)が元グリフォンズの選手だったこと。そして中継ぎ投手である久石が先発として登場することに。

 

「不思議な感覚だな」

一回裏。三者凡退に終わりマウンドに立つ男、久石譲二は感慨深くドームを見ていた。

かつてグリフォンズの一人として投げていたドーム。敵となってしまった今も何度も登板している。しかし先発としてはグリフォンズでもスイーツでも一度もなかった。さらに言えば人生初めての先発だった。

本来ならば今日の先発は新外国人スグニ・ヌケーロだった。だが試合が始まる数時間前にヌケーロが腰の違和感を訴え急遽降板。代役に久石が投げる事になった。

言われた直後は戸惑ったものの、久石はすぐに了承した。

 

 

一度は先発で投げてみたい。

 

 

そんな感情があったからだ。

(よしっ!)

心の中で、久石は気合を入れるとキャッチャーミットめがけてボールを放った。

 

(いつもと違うな、久石さん)

後ろで守る草悟は久石がいつもと違うことに気づいた。もちろん久石は今まで通り淡々と投げている。しかしどこか嬉しそうだと草悟は感じていた。

久石は内野ゴロ三つで三者凡退に抑えた。三回まで両投手は完璧な投球を見せたが、四回に試合が動く。

先頭打者の草悟がライト前ヒットで出塁すると二番杉井(すぎい)貴士(たかし)がバントで送って1アウト2塁。三番隠九条憂男がレフト前ヒットで3塁1塁の形を作ると四番中宮寺(ちゅうぐうじ)優奈子(ゆなこ)の犠牲フライで先制。五番入江(いりえ)舞名(まな)は内野フライに終わり2アウト1塁になるが、一軍半キラーの六番白藤(しらふじ)(ひじり)の予想外のホームランで3-0と久石に援護点をプレゼントした。

(よし、次の回を0に抑えれば久石さんに先発初勝利をプレゼント出来るぞ!)

草悟は心の中でガッツポーズをしていた。

草悟にとって久石は仲間であり、自分に多大な影響を与えた恩人の一人である。

久石は新人の草悟に色々教えて、持ち前の兄貴分で人間関係の良くない草悟をサポートしている。

恩返しがしたかった。

だがこの日、神ではなく悪魔の掌にいることを草悟は知らなかった。

 

5回裏。悲劇の幕開けはすぐに起きた。

グリフォンズの先頭打者は一番。一番打者は久石のスローカーブに手を出してしまいボテボテのゴロを打ってしまった。

打球はショートの草悟に。草悟は待って取ろうとする。その時、バウンドが変わり取ることが出来なかった。すぐにファーストに転送したものの、セーフ。

2番3番にシングルヒットを打たれノーアウト満塁。

ここで内野陣が久石を中心に集まる。

「す、すいません。久石さん。俺のせいで」

傲慢と言う言葉が服を着ているような草悟が申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。

「気にするな。お前は不慣れなポジションでよくやっている。それより次の打者を料理するぞ」

四番打者は久石が良く知るグリフォンズ時代の後輩だった。久石は彼にどういった球を投げれば内野ゴロに打ち取らせるかを知っていた。

必ず内野ゴロで打ち取ってやる。そう言い切った久石は内野陣を元に戻させる。

四番打者が打席に入ると内野陣は極端とも言えるほど前進守備を敷いた。

(俺の所にボールが来たら即座に本塁に送る……俺の所にボールが来たら即座に本塁に送る……)

草悟は心の中で何度も呟く。

久石は投げた。相手の懐に飛び込むようなスローカーブ。相手は窮屈なバッティングで振ってしまった。打球は草悟の真正面に飛んだ。

(よしっ、ゲッツーだ!え――!?)

草悟は自分を疑った。先ほどまで本塁に投げるように心の中で呟いていたのに身体が投げたのは二塁。

極端な前進守備を敷いていたため二塁手の杉井が取れるはずもなくボールは外野に転々と転がる。

3-0の2アウト3塁2塁が、3-2のノーアウト2塁1塁。再び集まる内野陣。

「……」

謝罪の言葉も出ないほど動揺する草悟に、久石がグローブでポンと草悟の頭を叩いた。

「草悟、試合はまだ続いているんだ!しっかりしろ」

「あ、はい……」

消え入りそうな声で答える草悟。そんな草悟に久石は再び声をかける。

「いいか。この回同点に追いつかれてもいい。逆転さえ許さなければいい。そういう気持ちで行くぞ!」

「……」

「俺を信じろ、草悟!」

「……あ、はい!」

まだ気持ちは落ち着いていなかったが、草悟は久石の目を見て返事をする。

その言葉通り、久石は続く打者二人を三振にきって取った。

ノーアウト2塁1塁から2アウト2塁1塁に持ち込んだ。

七番打者に対しても久石は緩急をうまく使って追い込んでいく。

2ボール2ストライク。4球目で追い込んだ久石の5球目。

 

 

――ッ!

 

 

(え?)

草悟は言葉を失った。

振りぬかれた打球が、久石の頭に直撃した。

「うわあああぁぁぁっっっ!!」

崩れ落ちる久石。高く上がるボール。

草悟は上がったボールを捕球しようと飛び込む。

(頼む、届いてくれ!)

必死に祈りながらグラブを必死に伸ばす。ゆっくりとスローモーションのように落ちるのが草悟の目に映った。そして。グローブの先に当たっただけで地面に転がるのも。

捕手の古山がすぐさまカバーに入るが投げられず2アウト満塁。

「久石さん!」

ピクリとも動かない久石の様子を確かめるため触れようとする草悟を憂男が身体を引っ張った。

「な、何を!?」

キッと睨む草悟に憂男は言い放つ。

「バカッ!頭を動かすな。脳に支障が出ているかもしれないんだぞ!」

憂男の言葉に草悟は近寄りたい衝動を抑え久石から離れる。

担架を持った救護班が久石を乗せてグラウンドの外へと運んでいく。

グッタリと動かないまま運ばれる久石を、草悟はただ黙って見るしか出来なかった。

3-2。2アウト満塁。久石が抜けたマウンドに上がったのは女性右腕、岡本(おかもと)(えつ)

ワンポイントリリーフの彼女だが、肩が充分出来ていない急の登板だったため8番打者にストレートの四球で押し出し。3-3に同点にされてしまった。

9番投手の打順でグリフォンズは左の代打を送ったが、岡本悦はファーストゴロに打ち取った。

 

六回表。

8番打者が四球。九番岡本悦の所で代打が送られたが内野ゴロ。

先ほどのミスを帳消しにしようと打席に立つ一番草悟だったが、気合が空回りピッチャーゴロ。1塁走者はコースアウト。ヘッドスライディングを見せた草悟だがあと一歩及ばずアウト。ゲッツーに終わった。

その後六、七回をお互い一歩も許さず八回。

八番古山はショートゴロに終わったものの、九番投手の所に送られた代打がレフト前ヒットで1アウト1塁。代走には美空に活躍を託された代走の切り札、新城護が送られる。

そして打順は一番。草悟に4打席目の打席が回った。

 

「……」

草悟は何も考えずに打席に入った。否、何も考えることができなかった。

頭に浮かぶのは五回の自分のエラー。久石の頭に直撃したピッチャーライナー。

(俺が、俺があの時にエラーをしなければ……久石さんは怪我をしなかった。先発での勝利投手が久石さんに……)

悔やみきれないプレイ。心の中で自責の念が草悟の心を責め立てる。

投手が投げる。

(俺が、俺がッ!)

草悟はバットを振った。だがそれは打とうと思って振ったのではなく、自責の念を振り払うために振ったスイングだった。

「……え?」

気づいた時には草悟は2塁ベースを回っていた。スイーツ側の観客席の大歓声、膝をつく投手、立ち上がって盛り上がる自軍のベンチ、ゆっくりとホームベースに向かう1塁走者。

(あ、俺……ホームランを打ったんだ……)

他人事のように思っていた。プロ初めてのホームランにも関わらず。涙を流しながらダイヤモンドを周る。

ホームベースを踏み、ベンチに戻ると「この野郎!」「いい所で打ちやがって!」と歓迎するが、なぜ俺が、という思いでいっぱいだった。

スイーツの攻撃が終わり八回を冷泉、九回を響が抑えてゲームセット。

スイーツは5-3で何とか逃げ切った。

 

試合が終わり、多くの人が自らのミスを帳消しプロ初ホームランが決勝打になった有賀草悟がヒーローインタビューだと予想した。

テレビカメラはドラフト会場を大いにざわつかせた未知数中の未知数のルーキーのヒーローインタビューを捉えようと待つ。

しかし待てど待てどもその本人が現れない。

ざわめく観客。ざわめきが苛立ちで怒声に変わるか否かの所で、進行役のアナウンサーが困惑顔でアナウンスをした。

「え、えっと。有賀選手はヒーローインタビューには出るのを拒否する、とのことです」

突然の発表に観客はざわついた。

 

草悟はバスタオルを被ったまま球場を後にするとすぐ様久石が入院した病院に向かった。

「大丈夫だ。有賀。球の跳ね返りからみておそらくダメージは残っていないはずだ」

「……」

付き添ったコーチの言葉に、草悟は何も言わなかった。

 

美空は頭を悩んでいた。

勝利はしたものの期待していたベテラン左腕が抜けた。

ただでさえ左腕は不足がちである。そして久石は計算できる投手であり精神的な主柱も兼ねている。

これから佳境に入るリーグ戦。ベテラン左腕の離脱は若い選手の多いスイーツにとって大きな痛手だった。

「誰を、あげるべきか」

 

翌日。グリフォンドーム。

草悟は合同練習で皆と共に練習を行っていた。ただその表情は暗い。

(俺が、あの時俺が。エラーをしなければ……)

そんな心情を察してか、他のメンバーも刺激させまいと少し距離を取っている。

そんな時だった。

「ん?」

草悟の視界にスイーツのユニフォームではない人物が入る。

久石に打球を当てたグリフォンズの七番打者、徳山則之(とくやまのりゆき)だった。

(ケッ)

草悟は心の中で吐き捨てた。久石が負傷したのは自分に責任があると草悟は考えている。だが美空に頭を下げている選手が打たなければ久石は負傷することもなかった。

美空に謝罪の言葉を述べると、徳山は草悟の方へ歩いてくる。

「有賀選手。よろしいでしょうか?」

「なんすか――ウガッ!?」

いつの間にか傍にいた憂男が草悟の頭に拳骨を与える。

目を大きく見開いた顔には『他球団の先輩選手になんて口のきき方をしているのだ』と書いてあった。

「何でしょうか?」

嫌そうな顔を隠そうとせず、草悟は言い直した。次の瞬間、草悟は言葉を失った。

「有賀選手、申し訳ございませんでした!」

徳山がいきなり地面に手をついて頭を下げたのだ。

「え、あの……その……え……?」

「どうしたんですか、徳山さん?」

混乱する草悟の代わりに憂男が尋ねる。

「俺、じゃなくて私、聞きました。私が久石投手に当てたばかりに有賀選手が、大変悔やまれていると……。昨日のヒーローインタビューの拒否も……ご自身のエラーを責めていらっしゃっていると。私が久石投手に当てたばかりに……」

ポロポロと涙をこぼしながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ年上選手を前にして、草悟は初めて気がつく。

(そうか、久石さんを負傷させた件で苦しんでいるのは俺だけじゃなかったんだ)

と。

一方で当ててしまった相手の気持ちを考えず一方的な怒りを抱いていた自分の醜さに胸が痛くなる。

「……い、いえ……あまり気になされないで、下さい……」

自分の事しか考えず、相手の苦しみに気づかなかった自分の身勝手さに気づいてしまった草悟は、そう言うしか出来なかった。

 

 

 

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