有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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第二話 親友

第二話 親友

「失礼しますね、大吾さん」

憂いじみた目を嬉しそうに細めた三十代前半の選手が一升瓶を片手に三軍監督、荒木大吾(あらきだいご)の部屋を訪れていた。

久石譲二(ひさいしじょうじ)

強豪グリフォンズを支えていた左の中継ぎ投手だったが、左腕の故障と若返りのため戦力外になり、その後スイーツに加入したベテラン投手だ。そして先日行われた草野球チームとの対戦で降板した草悟の火消しをした人物である。

「譲二。これが試合だったら鉄拳が飛んでるぞ」

試合(・・)だったら『荒木監督』ってちゃんと呼びますよ。大吾監督(・・・・)

「口だけは達者だな」

そういいながらも大吾の口元は綻んでいる。

二人には奇妙な縁があった。

まだ久石がグリフォンズにいた頃、プロ初対戦の相手が当時スイーツのクリーンナップだった大吾だった。結果はもうすでに勝ちが決まっていた試合にさらに勝ちを印象付ける特大のスリーラン。

真ん中とはいえ低めのボールをスタンド上段に運ばれた。プロにはこんな人がいるんだ、と久石は思い知らされた。

そして大吾の現役最後の相手も久石だった。結果は初登板にホームランを打たれた球一つ分落としたフォークボールに手を出して尻餅をつく空振り三振だった。

三振にしとめた自分を久石が涙を流しながらニカッと笑っていた。

 

 

大吾さん、俺。ここまで成長しましたよ。

 

 

そう言っていた。

「ところで譲二。その一升瓶は特別な日以外酒を飲まないというワシに対するあてつけか?」

現役時代、大吾は大好きな酒がたたり体調を壊し怪我に悩まされた。ある日妻が脳出血で倒れた。一命は取りとめ軽い後遺症。『三流の妻として亡くなってほしくない』と心を入れ替えた大吾は大好きな酒を断ち、若手に混じって自ら特守を志願するなど人が変わったように野球に打ち込んだ。

そしてその年、スイーツ初のタイトル、首位打者に輝いた。

手首に当たった死球が原因で引退を決めた後も特別な日以外飲まないことにしている。

「あ、これ水です」

ズルッ!

大吾は転ぶ。

「いやぁ、やっぱり男同士で話し合うには酒が必要でしょう。でも大吾さんが飲まないから雰囲気だけでも」

「お前と言うやつは」

呆れつつも大吾の口元はやはり緩んでいた。

大吾はちゃぶ台にコップとツマミを置く。

「「乾杯」」

二人は水が入ったコップを一気に飲み干す。

「ふうぅ、美味いなぁ」

「ええ、便所の手洗いの水は」

「!?――」

流し台に向かおうとする大吾を久石は呼び止める。

「嘘です。実家から送られた名水百選にも選ばれる水です。手洗いの水だったら俺が飲むわけないじゃないですか」

「次やったら今度こそ許さんぞ」

大吾は元の位置に戻る。

「で、わざわざこうして来たのだから話があるんだろう?」

「先日の試合のことで」

「試合?」

「先日の試合、大吾さんが仕組んだことでしょう。有賀君のために」

「気づいておったか」

一回り以上も年下の相手の言葉に大吾は苦笑する。

「それはそうでしょう。三軍は俺みたいなリハビリ組や素質はあるけどプロで戦うには力がない新人(ルーキー)の場所。試合感覚を養うには弱すぎるし新人に自信をつけさすにしても弱すぎる。はっきり言って試合をする意味はなかった」

「……」

先ほどまでふざけていた男の言葉に大吾は一言も発さず耳を傾ける。

「となると答えは一つ。ある意味ドラフトで注目になった未知数の中の未知数の新人、有賀草悟の実力を見極めるため……いや、投手として失格だということを教えるため。違いますか?」

「その通りだ――」

だが何故気がついた。そう言いかけた大吾は唇をそっと閉じる。

久石譲二という男はプロの世界で何百人と投手を見てきたのだ。当然「この投手がプロの世界で通じるか否か」は判断できるはずだ。それが草野球チームに打たれるほどならばなおのこと。

「じゃあ聞こう、久石。お前はあいつがプロで通じると思うか?」

「無理ですね」

間髪(かんぱつ)いれず久石は言い切った。

「ほぉ、何故だ?」

「彼の身体能力は素晴らしい。身体能力だけ見れば俺が今まで見た新人の中でダントツです。だが、それだけです」

「……」

「野手はやることがいっぱいです。例えば塁に出たとき。彼はいい足を持ってますが足が速いだけでは盗塁は出来ません。今の彼では塁に出ても相手のけん制で即アウトでしょうね。少なくとも俺だったら間違いなく10回やって10回ともアウトに出来るレベルですね」

久石は自信満々な笑みを浮かべる。

一塁走者は左投手では盗塁はしにくい。左投手は右投手と違い一塁方向が見えるからだ。左投手である久石は何度も走者をけん制でアウトにしているが、それは彼が左投手だからという理由だけではない。

クイックやけん制が抜群に上手いのだ。走らせたい相手を走らせない抑止力。粒ぞろいの投手を多く持つグリフォンズの中で一歩抜き出すために習得した久石の武器だ。ス・リーグ(いち)の盗塁技術を持つと言われるコスモスターズの走り屋、鈴木真人(すずきまさと)も「久石&谷田(グリフォンズの正捕手)から盗塁を試みるのは銃弾が飛び交う中に飛び込むくらい緊張する」と認めるほどだ。

「じゃあ塁に出た後の投手との駆け引きの練習は頼んだぞ」

「……へ?」

 

リハビリ組ではない三軍選手(強化指定選手)の朝は早い。

高校球児が朝練を開始するような時刻から、地獄の練習はスタートする。そのキツさは「血の汗が出る」と口をそろえていうほどである。当然慣れていない者は魂の抜けたような顔を見せる。

「……」

他の人間がテレビやゲーム、過酷な練習の弱音や待遇への不満、将来の不安などを愚痴っている中、草悟は一人で野球の本を貪るように読んでいた。

最初は仲間はずれにならないようにと話しかける先輩もいたが、監督にさえ暴言を吐きまくる草悟が周囲にあわせるなど出来るはずもなく、今では完全に孤立している。

もっとも一人に慣れておりかつ三軍の選手を選手と思っていない草悟にとってはありがたい環境だったのだが。

「……」

そんな草悟を長身の若者がジーッと見ていた。

 

某日早朝。第三練習場。

「……」

草悟は目を開けるとベッドの端に常備しているスポーツ飲料水とカロリーメイトを口にする。それからベッドの端に置いている本に目を通す。

食べてすぐに運動すると体に悪い。でも何もしないのはもったいない。そう考えてのことだった。

ある程度時間がたったのを確認すると、草悟は外に出てストレッチを始める。朝早くでかつ冬ということもあり入念に行う。

その後すでに生活の一部となっている素振り500回を始める。

それが終わるとグローブを持ち、今まで受けたノックを思い出しながらボール処理のイメージトレーニングを行う。

一日でも早く守備になれるための、草悟が考えた練習だ。

これを皆が起きる少し前の時間まで続けた後、草悟は“普通の”三軍選手としての生活に戻る。

「……」

そんな草悟を長身の若者がジーッと見ていた。

 

某日。第三練習場。

土日祝日の三連休。多くの者が実家などに宿舎を離れる中、草悟は一人練習場で汗を流していた。

「雨が降ってきたな」

(体を冷やして怪我をするわけにはいかないな)

そう思った草悟は練習を切り上げ宿舎に戻ることにした。

「よお。ほれ」

玄関に立っていた長身の若者が草悟にスポーツドリンクを投げ渡した。

赤木康友(あかぎやすとも)

ドラフト会議後に行われた入団テストに合格した高校卒で草悟とは同期になる。

 

 

身体能力では俺より劣る所はあるが、選手としての技術は俺より上。だけどすぐに俺の方が上手くなるけど。

 

 

それが康友に対する草悟の第一印象だった。

「……どうも」

誰とも交流を取っていない草悟はペコリと頭を下げると康友の横を通り過ぎようとする。

康友が何故いるのかはわからないが、草悟には関係なかったからだ。

「お、おおお、おい。ちょっと待ってくれ!話があるんだ!!」

慌てて康友が引き止める。

「話?俺にか?」

「そうだ、大事な話だ!」

変な男だ。草悟はそう思った。ここでは何だからと二人は食堂に場所を移した。

 

「俺がいたからビックリしただろ、お前?」

話を円滑に進めようと康友は笑顔で語りかける。

「確かにビックリしたけど、だから何?」

「え、えーと……」

興味がなさそうな顔でバッサリと切り捨てる草悟に康友は戸惑う。合同生活の中で、コミュケーション能力の低い男と理解していたが、実際に話してみると異様な話しにくさを感じた。

「あ、あのさ」

このままでは話が進まないと思った康友は思い切って言う。

「俺を仲間にしたいんじゃないか?」

「……お前、何を言ってんだ?」

あきれ果てる草悟に康友は心が折れそうになる。「あ、違うんだ」と言い訳をするかのように言葉を続けた。

「『仲間にしたいんじゃないか?』というのは言葉の綾で……あ、そう!俺をお前の練習に混ぜて欲しいんだ!」

「何で?」

草悟の表情は変わらない。

「そ、それは……」

康友は意を決して言った。

「お前が凄いやつだからだ!」

草悟に色々言葉を並べたところで通じない。むしろ誤解を招く要因になりかねない。そう考えた康友は思ったとおりの言葉を伝えた。

「はぁ?」

一気に不機嫌になった草悟は嫌味に話し出す。

「高校時代は野球部のキャプテンで倍率200倍という入団テストを合格したって聞いている。そしてこの間の草野球チームとの練習試合では満塁ホームランを含む7打点の大活躍。そんな赤木康友様が、草野球チームに防御率135という目を(おお)いたくなるような成績を叩き出され投手失格の烙印(らくいん)を押された俺のどこが凄いと思うんだ?」

(人はこんなに嫌味に話すことが出来るのか!)

そう思いつつも康友は(くじ)けず続ける。

「確かに実績だけなら俺の方が凄いかもしれない。でも、俺がお前を凄いといっているのはそんなところじゃない」

「へー、ふーん、そうですか!だったら俺のどこが凄いのか言ってみろ!」

今にも暴れだしそうな勢いで言い放つ草悟に、康友は真正面から受け止めた。

「なら言おう!俺が凄いと言っているのはまさに“有賀草悟”という男そのものだ!俺は有賀草悟という男を尊敬している!近くにいて少しでもその凄さを見習いたいと思っている!」

「……!?」

康友の言葉に草悟が動揺する。まるで壊れたロボットのように右に左に小刻みに揺れる。

そして。

「4月1日だからって騙されねえぞ!」

「いや、今日エイプリルフールじゃないし!」

「さてはかぼちゃのお化けが俺を地獄に連れて行こうとしているんだな!そうはさせねえぞ!」

「ハロウィンじゃねぇよ!」

どこから取り出したのか。康友は巨大なハリセンを草悟の頭に叩き落した。

 

数分後。

「落ち着いたか?」

「……ああ」

草悟がいつもの誰とも関わろうとしない鉄面皮に戻ったのを見て、康友は話を続ける。

「まあ、ほとんど話したことのない人間が話しかけてきたんだ。信用なんてできるわけないよな。とりあえず話を聞くだけ聞いてくれないか?」

納得はしていないけど。その表情を隠さないまま、草悟は頷いた。

「俺がお前を凄いと思う理由。まず練習量だ。正直あり得ないだろ、あの練習量は」

「下手だから練習してるだけだ」

「そんな理由じゃ片付けられねえよ」

康友は諭すように言う。

「悪いがお前のことを観察させてもらった。言っておくけどストーカー目的じゃねえぞ」

釘を刺し、康友は続ける。

「お前は無駄口一つ叩かず常に何かを考えながら練習している。練習をさせられてる俺達と、練習をしているお前。練習の差は歴然だ」

「……」

「そして自由時間。お前は誰かの輪に加わることなく野球の本を読んでいた。お前は体を動かさず、野球の練習をしていたんだ」

「……」

「そして朝の時間。隠れて自主練している事に気付いたときは、本当に凄いと思った。お前はこの朝の時間で、夜の自由時間に見た本の内容や今まで練習を思い出しながら今の自分にはない野球の動きを染み込ませようとしているのは見て理解した」

だから、と間を置く康友。この後の言葉を印象付けるために。

「誰よりも多く、誰よりも質の高い練習をしてるお前を、凄い!と思うわけだ」

「――!?」

言葉を失う草悟に康友は続ける。

「次に凄いと思ったのは、お前の立ち直りの早さだ」

「立ち直り?」

何のことだ?という顔をされ、康友は『何のことだか解っていないのか!?』と焦る。

これ以上考えても時間の無駄と結論づけた康友は話を戻す。

「お前は自分でも言っていたように、前回の草野球チームとの試合で投手失格の烙印(らくいん)を押された。普通今まで頑張っていたのに配置換えされるのはショック受けるものだ」

「ショックを受けるも何も、他に向いているといわれたから」

「それだよ!」

ドン、と康友が机を叩く。

康友の声が急に大きくなり、草悟はビクリと身体を跳ね上らせた。

「お前は配置換えをあっさり受け入れた。受け入れただけではなくそのポジションを我が物にしようと一生懸命練習している。もう、それは執念といえるくらいに!」

「しゅ、執念?」

草悟の反応がわからない。が、気にせず話を続ける。

「……ちょっと昔語りをさせてもらおうか。ちょっと自慢話になるかもしれないが、許して欲しい」

草悟がコクリと、子供のように頷いたのを見てから、康友はポツポツと先ほどまでの悠長(ゆうちょう)な話し方とはうってかわった様子で話はじめた。

「親父が野球好きだったこともあって俺は昔から野球が好きだった。そして運がいいことに元プロ野球選手が近くで野球を教えているというくらい環境も整っていた」

「……」

「環境もそうだが元々才能があったのだろう。小学生の頃からその人の下で野球を学んだ俺は中学高校とキャプテンに任命されるほどの実力を身に付けた。残念ながら甲子園出場は出来なかったが、それでも楽しかった……本当に楽しかった。後悔がないくらいに」

「……」

後悔がない。その言葉は本当なのだろう。しかし苦痛をこらえるように言う康友に草悟は違和感を覚えた。

「情けない話だが。俺は満足してしまったんだ。周りより出来るということにあぐらをかいて。上を目指そうとしない。執着しない、これは野球選手として致命的な欠点だろ」

「……」

「高校を卒業する直前になって俺は気づいた。『もっと野球がしたい。もっと上手くなりたい』って。だから入団テストを受けた。高校を卒業したら家業を継ぐという約束を破って」

「……」

「そして俺は見つけた!俺にない、執念を持ったやつを!それはお前と一緒に進んでいくことで自分の物にできると!つまり、お前の勝利への執念を見習いたいってことだ!」

困惑している草悟をみながら、康友は更に続けた。

「最後のお前の凄さは、信じているところだろ」

「信じている……?」

「頑張っていればいつかは必ず報われる、そう信じているからあんなに練習しているんだろ?」

「そんなわけねえよ。ただやらなきゃ何も始まらないからやるだけだろ」

「それを信じているって言うだろ。練習はキツイし、効果が上がっているか毎日目に見えるわけじゃない。だからみんな、楽になるためにどうしても自分に言い訳をする。『やっても無駄だ』、『こんなもんでいいか』とか言って」

「……」

「だがお前は徹底的にやる。やるって事に関して、全く迷いが無いんだ。それはお前がお前自身を信じているからだろ?でも俺は出来ない。自分に言い訳してしまう。だから、お前のそばにいてお前からその姿勢を学びたいんだ!」

草悟には自分なんかを凄いという康友の気持ちが理解できなかった。

しかし、これだけは理解できる。

康友は、本気で自分と一緒に野球をしたがっている。

「……」

「……」

沈黙が流れる。

「……俺と」

ポツリ、ポツリと草悟が口を開く。

「俺なんかと練習しても、メリットなんて……」

「そんなことはない。お前だってキャッチボールをする相手だったり、ノックとかしてくる相手がいた方がいいだろ!」

「……だけど」

「草悟!」

何かを言おうとする草悟に机を叩いて言い放つ。

「俺はお前に一緒に練習させてくれって頼んでいるだけだ。お前はYESかNOといってくれるだけでいい!」

まあ、最も……と康友は続ける。

「俺はお前がNOといってもお前にまとわりつくつもりだがな」

康友の笑顔に嘘はなかった。

「本当に俺のことを凄いと思っているのか?」

「ああ!」

「本当に俺と野球をするのか?」

「そうしてもらえると嬉しいのだが」

草悟の顔がぱあっと明るくなる。

「そ、それならしょうがないな。べ、別に嬉しくないからね!」

「これからよろしくな、草悟」

康友は初めて草悟という人間を理解した。

本当は誰かと接したかったのだ。ただそのやり方がわからなかっただけ。

行動のいろんなことに納得がいく。

敵意には過剰な敵意で返すが、好意に対する返し方を知らないのだろう。

その後二人は色々なことを話し合った。将来の自分がどんな選手になっているか。どんな活躍がしたいか。はたまた黒歴史にまで。

「あのさ、そういう話は周囲に誰もいないことを確認してから話そうよ」

ドラフト5位の高校卒の女性左腕、青津弥子(あおつやこ)に突っ込まれるまで。

もちろん弥子に聞かれていたことに二人は大きな心の傷を作ったのは言うまでもない。

 

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