優奈子は小さい頃から体格に恵まれた女の子だった。そして男子顔負けの運動神経を持っていた。
高校に入るとバレーボール部やバスケットボール部に熱烈に勧誘を受けたほどだ。
そんな彼女が選んだのはもちろん野球だった。
プロ野球でも女性が活躍するようになった影響もあって能力があれば女子も甲子園で活躍できる時代になっていた。
男勝りの怪力を持つ優奈子。
彼女の母校である松城高校は彼女の活躍もあり甲子園出場を達成した。
ドラフト会議で彼女はドラフト3位でファントムズに入団した。
彼女はすぐに一軍とはいかず二軍で育成されることとなった。
一年後。彼女の超えるべき存在が入ってくる。後にファントムズの正捕手になる男、直衛景勝。
社会人出身の捕手。
年上とはいえプロでは後輩。そして投手の次にアウト製造機とされがちの捕手。この選手が自分の壁になるとは優奈子は思っても見なかった。
二軍でプロの球に慣らし、守備を勉強してきた彼女は持ち前の長打力で七番からすぐにクリーンナップに抜擢された。しかしFAでスイーツに行くまで四番になることはなかった。
ファントムズの四番には直衛が定着していたからだ。当初は外野を守らされていた直衛だが正捕手だった選手が調子を落とすと正捕手に抜擢。その後は捕手と強打者という両立が難しい仕事をこなし、ファントムズのキャプテンに命じられるほどの名選手に成長した。
優奈子は苦しんだ。どんなに努力をしても自分の前にいる男の存在に。
ある日のことだった。
スイーツとの対戦で優奈子はファールを打った。ファールボールは三塁ベンチに飛び込み跳ね返りに跳ね返り、当時投手コーチだった美空に直撃した。
翌日。優奈子は美空のもとに謝罪に向かった。
その時美空は何の前触れもなく優奈子に尋ねた。
「乗り越えられそうにない壁を乗り越えようとする時、貴女ならどうする?」
「え、それは……一旦壁から離れて別の所から上れないか観察してみるとか、でしょうか?」
「そうね」
優奈子の回答に美空は嬉しそうに微笑む。
「あ、あの……美空コーチ。何が言いたいのでしょうか?」
何が言いたいのか理解できず、優奈子は尋ねる。
「元女選手として忠告させてもらうわ。今のままでは直衛選手には勝てない」
「え?」
超えようと思っている相手に勝てないと言われた怒りよりも、直衛景勝を超えようとしていたことを見抜かれていたことに優奈子は驚く。
「外から見てみて。直衛景勝という選手を。そして振り返ってみて。中宮寺優奈子という選手を」
「……あ、はい……。わかりました」
頭が真っ白になる美空の発言の連続に、優奈子はそう言うしか出来なかった。
★
試合が終わって家に帰るなり、優奈子は美空の言葉を思い返していた。
(FAでファントムズを出ろ、と言っていたのか。美空さんは?)
直衛を超えようと考えれば考えるほど大きく感じられる直衛。
美空の言うとおりFAで出るのは逃げではないのか、と疑問を覚える。
だが『振り返ってみて。中宮寺優奈子という選手を』という美空の言葉が頭から離れない。
(どうすればいいのだ、私は!?)
その答えを導いたのはあろうことか直衛本人だった。
ある日のこと。後輩である
そしてチーム一のバカで一番打者、豊繫凶死浪はとんでもない爆弾を投下する。
「ところでファントムズで一番の強打者って誰だと思います?」
と。
その発言にフォローに定評があるギョロ目の二番打者、影沼腐深が凶死浪の口にガムテープを張ると「危危。あら直衛先輩、優奈子先輩。お酒が空になってますよ」と誤魔化そうとする。
「…今のファントムズでは俺。だが中宮寺は俺以上の強打者になる力を持っている」
「嫌味か!!」
ドンッと机が割れそうなほどグラスを叩き落す。
だが直衛はひるむ様子もなく続ける。
「…俺は本当に思ったことしか言わない。お前は本当に俺以上の強打者になれる力を持っている。だが気負いしすぎて――」
「そう言って本当は私が目障りなんだろうが、本当のことを言えよ!」
「悲悲!優奈子先輩、落ち着いて下さい!!」
腐深が止めに入るがそれは無駄に終わった。
「…そう思う限りお前はその程度の選手だ!一生お前は俺には勝てん!」
「いいだろう、お望みどおりファントムズから出ていってやるよ!!」
「疑疑。優奈子先輩話がつながってないんですけど。って待ってください!!」
酔いに任せて店を出る優奈子。
この時のやりとりがきっかけで言い出したら引かない優奈子はFAでファントムズを出て行った。