有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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最後の亡霊三連戦第22戦前編

北方ファントムズ。

『肉を切らせて骨を断つ。骨を断たせて命を絶つ』という打高投低のチームでス・リーグ一とも言われる打撃力でAクラスが7回。優勝3回、日本一1回になった強豪チームである。

ファントムズ球場内ミーティングルーム 

「これよりミーティングを開始する。全員、よく聞け!」

白髪混じりの縦にも横にも大きい男が集まった選手たちに気炎を吐く。

山元(やまもと)頼勝(かつ)

現役時代はファントムズの中心人物として活躍していた名選手であり、現役&監督時代に退場を11回も宣告されている『燃える闘将』の愛称でファンから愛されている監督である。

「今日からはスイーツ3連戦。そして首位にいるポセイドンは3位のオーディンズと戦う。ここでスイーツに3連勝すれば、オーディンズ次第で首位に上がれることも可能だ」

だが、と山元は一度切る。

「逆に言えばここで負け越すことがあれば掴みかけたポセイドンの尾を逃すばかりか、2位転落する可能性は高い。ファントムズが優勝できるかどうかを占う天王山の戦いがこのスイーツ戦と思え!」

山元は僚友といえる福島氏康ヘッドコーチに説明を続けさせる。

「もうすでに何度も対戦しているが、それでも特に注意しなければならない人間をピックアップ!」

福島はホワイトボードに選手の名前と写真を貼り付ける。

「まずは有賀草悟。2017年ドラフト会議で前例のない野球部に所属していない謎のルーキー。だが7月に一軍登録されたのにも関わらず主に一番打者を務め打率.298。得点40。安打81。盗塁19とルーキーとは思えない活躍をしている。まだルーキーだと思って油断していると痛い目を見るぞ」

「福島ヘッドコーチ殿!!我々に油断するなど微塵もございません!!この凶死浪、同じ一番打者として正々堂々戦い打ち破ってごらんにいれます!!」

気合たっぷりに言うのはファントムズ一番打者を務める男、豊繫凶死浪。

「嬉嬉。正々堂々戦うというのは意味不明だけど、その意気はいいわね」

ギョロっとした目の二番打者、影沼腐深が微笑を浮かべる。

「有賀草悟もヤバいがそれ以上にヤバいのはこいつだ!」

福島はバンッとホワイトボードを叩く。

「スイーツの若き主砲、隠九条憂男!」

その言葉に全員がピクリと反応する。

「通算高校本塁打数75という長打力を買われてスイーツに入団したがその後はプロの壁に苦しめられ伸び悩んでいたが二軍落ちして再昇格してからはサードのポジションを自分の物にしたばかりか、成長した打撃と勝負強さでチームに貢献。貧乏球団スイーツじゃなければ間違いなく億超え!まさにこの二人は脅威……ま、ということはスイーツで怖い打者と言えばこの二人くらいということでもあるが」

その言葉にある選手が呟く。

「入江舞名は今の所普通の打者だし、ウチを裏切った中宮寺優奈子(あの胸デカ女)はウチだと極端に調子を落とし――ッ!」

言葉が止まった。止めるしかなかった。

ファントムズ正捕手にして4番、直衛景勝が睨みつけたからだ。

「……ま、まあ先発と言えるのは3戦目の超・王臣くらいだし」

「今日は気合入れて点を取って3連勝と行きますか」

和やかにミーティングが終わる中で、直衛と直衛の脇に座っていた凶死浪と腐深、そしてFAでファントムズに入団した鳳火呼子だけは笑顔を見せていなかった。

 

 

ファントムズ最後の三連戦。

先陣を任されたのは成田。この2位のファントムズ、4位のスイーツ。その差はわずか2.5ゲーム差。首位ポセイドンと0.5ゲーム差につけているファントムズとしては首位奪還する絶好のチャンス。まだ優勝を狙える位置にいるスイーツとしては三連勝すれば3位コスモスターズ次第では2位に浮上する可能性もある。どちらも大事な三連戦といえた。

「ふうぅ~」

マウンドで帽子を直し、成田は大きくため息をつく。

左打席に入るのはファントムズの一番打者、豊繁凶死浪。変化球には滅法弱いがストレートには滅法強く、今期だけで先頭打者ホームランを4回しているなど意外性と長打力を持ち合わせている。一番最初から油断の出来ない相手だった。

(どうする?)

成田は正捕手の博光のサインを確認する。外から入る緩いカーブ。変化球に弱いとされる凶死浪からすれば定石だと言える。

頷いた成田は要求通り外角の緩いカープを投げる。完全にタイミングを狂わされた凶死浪は尻もちをつくほど大振りをする。

(空振りのストライクを取れるとはいえ、怖い奴だ)

尻に着いた砂を払いバットを構える凶死浪にホッと一息つく成田。

次に博光は釣り球のストレートを要求する。要求通りのストレートを投げる。釣られた凶死浪はそのストレートにファール。

三球目。サインは最初に投げたような緩いカーブ。成田は頷くと緩いカーブを投げた。構えたのは外角低め。初級と同じカーブ。そのカーブを。

 

 

カキィンンンッッッ!!

 

 

凶死浪は迷いなく振り抜いた。

打球はファントムズファンが待つレフト側スタンドへと飛び込んだ。

「な、何故だ!?」

呆然とする成田。

(張られていたか!)

キャッチャーマスクの下で苦虫を潰したような顔で凶死浪を見る。

「ん?」

博光はあることに気づいた。気づいたのは博光だけではなかった。次の二番打者、影沼腐深も先頭打者ホームランを打った殊勲者に向かって大声で何かを叫ぶ。

だが博光はそれを許さなかった。

「審判。豊繁選手、ホームベース踏み忘れています」

 

 

「もうこれで何回目かしら。もうここまで来ると形式美と言っていいかも」

怒り狂うファントムズベンチで優雅に笑う妖艶の女性、桜木傾子。

野球界の百鬼夜行と呼ばれるほど特徴的な容姿が集まる中で、唯一写真集を出版するなどモデル顔負けの容姿でサキュバスと呼ばれる9番右翼手。

「ちょ・い・と、待って!」

「だめだめジャーン、でしょ!」

妖艶な美女に双子の選手、不枝木七八&謎葉の兄妹が突っ込んだ。

 

「怒怒!あの馬鹿がぁぁぁっっっ!!」

ネクストサークルで影沼は怒り狂った。

先頭打者ホームランで先制点が入る場面がアウト。幸先良い場面がなかったことになる落胆は大きい。ただアウトよりも性質が悪かった。

「無無。ここで私が感情に任せていてはいけない。私が塁に出る。それしかないわね」

そう自分に言い聞かせると影沼は右打席に入る。

しかし先制点が入らなかったという落胆からすぐの打席で立ち直れるほど彼女は強くなかった。

フルカウントまで粘ったものの先制点を取られずにすんだことによる安堵で精神状態を取り戻した成田の前に見逃し三振。三番打者不枝木(兄)はストライクゾーンから外のボールゾーンに落ちていくカーブに手を出し空振りの三振。

一回表。ファントムズは先頭打者の豊繫の失態によって三者凡退に終わった。

 

一回裏。

左打席に立つ。

ファントムズ先発は左腕、大塚秀幸。成績は王臣と成田の中間ほどという印象を草悟は持っていた。

初球に投げたのは外角低めを狙おうとして甘くなったストレート。

王臣や冬狐、無頼より遅く、かつ久石や君先のような投球術を持っていない左腕のストレートを打つことは草悟にとってたやすいことだった。

踏み込んだ草悟は迷うことなく振りぬいた。

スイーツでは1,2位を争うスイングスピードを誇るルーキーの打球は失速することなくライトスタンドに飛び込んだ。

ファントムズを見返すような先頭打者ホームランを放つ草悟はしっかりとベースを踏んでベンチに戻っていった。

盛り上がるスイーツベンチと観客。

うつむきかけるファントムズ。そんな中一人の男の声が彼らを立ち直させる。

「まだ1点だ!」

正捕手、直衛だった。

その一言でなえかけたファントムズ選手の瞳から活気が戻る。

直衛は草悟に続こうと大降りになった2番杉井をボール球で三振。杉井の三振を見て慎重になった3番憂男を早々と追い込みセカンドゴロに打ち取る。

そして。

右打席に中宮寺優奈子が入った。

直衛は考える。

全身から吹き出る闘志。これはサヨナラホームランなど多くの本塁打を量産した時に発する姿。

(……この姿の中宮寺と戦うのは得策ではない。そしてこの戦いはファントムズの優勝を占う大事な試合。これ以上の失点は避けたい。……仕方ないか)

直衛は立ち上がり、グローブを構える。

1回裏の2アウトランナーなしの状況から直衛は敬遠を選択した。

この状況に球場全体がざわめく。ファントムズ守備陣も驚きを隠せないが、直衛が考えなしにランナーなしの状況で敬遠するという選択をするわけがないと気を入れなおす。

大塚は心の中の疑問をねじふせて立ち上がる直衛のミットにボールを投げた。

 

(……ど、どういうことだ!?)

敬遠で歩かされた後、舞名の四球で二塁ベースにいた優奈子は第一打席の敬遠のことを考えていた。

敬遠は相手が強打者の時、打たれることを恐れ歩かせる戦法の一つ。基本的に敬遠をされるということはその打者と戦いたくない=実力を認められるということになる。

(あの状況で私を敬遠する必要はない。私がホームランを打つとでも思ったか、それとも私との勝負を避けて……いや、あいつはそんな奴ではない。ということは、もしかして私を軽んじているのか?いや、それだったら勝負をするはず……ハッ!)

大塚のけん制で慌てて二塁ベースに戻る。

二塁ベースに入った遊撃手が投手にボールを投げる動作をした後、優奈子はリードを取りながら再び考える。

この時、初打席のことを考えて過ぎていた優奈子は舞名が叫んでいる声が聞こえていなかった。

「タッチでござる!!中宮寺の姐御!!」

豊繫のグラブにはボールが収められていた。

「え?」

「アウト!」

(しまった、隠し球か!?)

二塁塁審のコールで優奈子は目線を切っていた自分を歯軋りした。

 

博光の前に直衛が右のバッターボックスに入る。

(さてどうするか……)

思考を巡らせながら博光はサインを出す。

(直衛さんは苦手な球種やコースは存在しない。どこを投げられてもヒットにする技術を持っている。逆に言えば得意なコースもない。だったら揺さぶっていくしかない!)

今でも尊敬する先輩捕手に博光は胸元近くにミットを構える。球種はストレート。

頷いた成田が博光の構えるミットめがけて投げ込む。

直衛は体を少し後ろに逸らす。判定はボール。

(次は……)

博光が要求したのは外角のカーブ。多少甘くなってもいいというジェスチャーをする。

成田のボールはほぼ真ん中の高さの外角に曲がるカーブ。

「!」

直衛はそのボールを振りぬいた。しかし先ほどの内角のストレートが効いていたのか、それとも狙い球と違ったのか打球は草悟の正面のゴロ。草悟が一塁手の岡本純一に転送しアウト。

(打ち損でくれて助かったな……)

打者は3割打てば強打者と言われる。逆に言えばどんな打者でも7割近くは打てないことを意味する。その理屈は理解している博光だったが打たれるイメージがちらついた博光はホッとため息をつく。

「おっと博光。一息つくのはまだ速いんじゃないロボか?」

右打席に立った某プロレス漫画のロボ超人の素顔のような顔をした男、唐沢繰夫がかつてのチームメイトに声をかける。

「別に舐めちゃいませんよ」

博光はそっけなく返す。

ファントムズは一部選手を除き、どこか特徴的な容姿の人間が多い。

戦場で血と敵の首を求めて彷徨っていそうな一番打者、豊繫凶死浪。

幽霊屋敷にいたら思わず絶叫をあげてしまいそうなギョロ目の二番打者、影沼腐深。

顔右半分が老人で左半分の美青年の三番打者、不枝(ふえだ)()七八(しちや)

阿修羅像のような固い表情の四番打者、直衛景勝。

三番不枝木七八の双子の妹で顔左半分が老婆で右半分が美少女の六番打者、不枝(ふえだ)()(なぞ)()。普段は美形だが試合前は食事を取らないというルーティンから骸骨のようにやせこけて見える七番打者、十曲(とまがり)(むくろ)

ファントムズでは数少ない純粋な美形でかつ妖艶な雰囲気を持っているためサキュバスと呼ばれている九番打者、桜木傾子。

ファントムズのレギュラーは変わりすぎた名前(本名)で普通ではない容姿の者ばかりだが、博光はロボットのような唐沢がなぜか苦手だった。

(とりあえずこいつの苦手なところからいこう)

博光は足元近くの内角低めに構える。

ボールは要求どおりに決まり、ストライク。

次に構えるのは内角高め。徹底的に内角攻めだった。だが

「甘いロボ!」

多少ボール気味のそのボールを唐沢は振った。打球は大きく跳ぶ憂男のグラブの上を通過しレフト線に転がる。

二塁ベースでガッツポーズする唐沢。

(あいつには打たれたくなかった!)

自分を見てニヤリ?とするロボット顔の男に苛立つ博光。ふと成田を見る。ジッと自分の方を見る視線は「次いくぞ!」とあった。

「お手柔らかに」

気を取り直す博光に左打席に入った女性が声をかける。

不枝木謎葉。チーム事情により打順の中で一番変化すると言われる六番。その不動の六番打者はいないというプロ野球で史上初と言ってもいい不動の六番打者に据えられた女性選手。ホームランも打てるが状況によっては返すバッティングや進塁打なども出来る曲者。

存在意義が曖昧で軽視されることも多い六番打者だが、ス・リーグ屈指のクリーンナップが終わったからと言って気が抜けない存在が不枝木謎葉という存在だと博光は考えている。

そして不枝木謎葉は成田を得意としていた。

古山はボールになっていい外角のカーブを要求した。しかし苦手意識を持っているせいか成田のボールは真ん中近くに来てしまう。

その甘い球を見逃す不枝木謎葉ではなかった。

((しまった――ッ!?))

成田と博光の心の声がシンクロする。

振りぬいた打球はセンター前に抜けると思われたライナーを二塁手杉井がダイビングキャッチ。飛び出した唐沢を、ボールを転送された遊撃手の草悟がタッチ。

この回1アウト二塁をゲッツーで切り抜けた。

 

2回裏。先頭打者の六番岡本純一を四球で出塁を許すも後続を抑えたファントムズ。

3回表。

「……」

(相変わらず不気味な奴だ)

右打席に入る男を見て博光は小さくため息をつく。

十曲躯。

本人曰く痩せやすい体質らしく顔が異常なまでに痩せて骸骨のように見える男である。

ただし顔が異常なまでに痩せているからと言って体もそれに比例しているかと言えばそうではない。大柄ではないが服の下にはしっかりとした筋肉がついていることを元チームメイトの博光は知っている。

(塁がいないからな。こいつは一発を狙っているだろう)

博光は十曲が一番好きな内角のベルト付近に構える。ただしボールゾーンに。

博光の想定どおり十曲はそのボールに手を出してしまいサードゴロ。

八番投手の大塚には二塁手と右翼手がお見合いしてしまうポテンヒットを打たれたが博光は焦っていなかった。

「ふふふ。もう二年になるのに慣れないものね。貴方とこうして相まみえるのも」

「そうですね」

笑顔で挨拶をする九番桜木傾子に少しだけ笑いながら答える。

(桜木さん。規定打席に到達している選手の中でぶっちぎりの打率が低い。そして――)

成田がボールを投げる。投げた箇所はまさかのど真ん中。

(塁に誰かいると高確率でアウトになるんだよな)

そのど真ん中に来たボールを魅惑の女性は振りぬく。打球は二塁手杉井の真正面に飛び二塁ベースに入った草悟、一塁手の岡本純一の元に渡りゲッツー成立。

この回もファントムズは三者凡退に終わった。

 

「…どうだ、成田と古山のバッテリーは?」

悔しがる様子もなく微笑を浮かべたままベンチに帰る妖艶さを醸し出す美女に直衛は尋ねる。

「紙一重でしたね」

「…ずいぶんと厚い紙一重だな」

 

3回裏。

草悟から始まる好打順だったが三者凡退で終わる。

 

4回表。一番豊繫凶死浪から始まる好打順。先頭打者の豊繫をライト前ヒット、二番影沼の送りバントで二塁に、三番不枝木を空振り三振。四番直衛はフルカウントからの四球で2アウト2塁1塁にしてしまうも、五番唐沢をサードゴロに打ち取った。

ベンチに戻りながら古山は考えていた。

(次のファントムズは六番の不枝木妹。七番が十曲。そして八番はピッチャーの大塚さん。三者凡退に抑えると、先頭打者であの人に回る……。打率はセ・パ・ス全リーグで規定打率到達者最悪。なのに試合中盤で先頭打者で回るとホームに帰る確率が上がるチャンスメーカー、桜木傾子に)

 

4回裏。

右のバッターボックスに入った中宮寺はチラッと直衛を見る。

(腰を落としたまま。つまり勝負するということだな)

大塚が投げる。ボールは

「ボール!」

ストライクゾーンから大きく逸れるボールだった。

(まさか、この期に及んでまた敬遠、いや……私と勝負するつもりはないのか?勝負する価値がないと……。いや、たまたまだ。たまたまに決まっている)

だが次に投げたのは再びストライクゾーンから大きく離れた高めのボールだった。

「クソッがぁ!」

何が何でも打ってやろうと手を出した結果、高めの釣り球に手を出してしまいセンターフライに終わった。

五番入江はピッチャーライナーに終わり、六番岡本純が遊撃手の豊繫のエラーで出塁するも七番白藤がセカンドフライで攻撃は終了した。

 

5回表。

古山は右打席に入る女性を見ていた。

(桜木傾子。100試合近く出場していながら未だに打点は0。出塁率は2割をやっと超える程度。そんな打てない女がほぼフルイニングしているのは守備や強肩だけじゃない。試合中盤の先頭打者の場合ビックイニングの起点になることが多いからだ)

古山はミットを構える。

(桜木さんはパワーはない。ここは球威で押していこう。コースを狙いすぎて四球というタダで塁に出す必要はない!)

カキンッ!

真ん中に近い外角低目のボールを叩きつけるようにして打った。

高々と舞い上がった打球は三遊間に向かう。草悟がすぐさま一塁に送球するが、魅惑の九番打者はすでに一塁を駆け抜けていた。

古山の予感は的中した。

桜木は盗塁を警戒した古山を揺さぶり偽走を重ねて三球連続でボールを投げさせた。

そして四球目。緩いカーブを待っていたかのように桜木は走った。

矢のような送球が二塁ベースに入った草悟に送られた。間一髪でアウトといえる送球だった。だが桜木は身体をなんと身体をひねって草悟のタッチをかわして二塁をもぎ取った。

裏はかかれたとはいえ、刺せると思ったらセーフにされてしまった。

ここで古山の心は折れてしまった。考えることを半分放棄してしまった古山は豊繫を四球、続く影沼にヒットを許し満塁にしてしまうと流れに乗るのに上手い三番不枝木七八に逆転の満塁ホームランを許した。

 

一度集まる内野陣。心の安定を失った古山を助けたのは投手の成田だった。

成田は古山に言った。

「古山、俺はスイーツのエースだ」

「え?」

なぜそんなことを。そう尋ねる前に成田は続ける。

「エースとは”責任を負うことの出来る投手”だ。打たれて逆転を許すのはエースのせいだ。お前はピンチをどうすれば回避できるか、その確率が高い選択を選べ。失敗してもそれはエースのせい。打たれたらエースのせいにしろ!」

ホームベース前に戻った古山は心の中で呟く。

(エースのせいにしろ、か)

成田功は自分をエースと呼んでいる。そして監督の美空も彼をエースとして扱っている。

だが一番勝っているのは超王臣だ。チームで一番優秀な人間がエースと言うならば成田はエースとはいえない。

(でも何故だろう、自称エースの癖に。心はエースと認めたがっている)

成田と古山のバッテリーは四番直衛を四球で歩かせてしまうもののそれはストライクゾーンからボールになる三振を狙った投球だった。その後五番の唐沢は草悟のエラーでノーアウト2塁1塁にしてしまうが二人は冷静だった。

(不枝木謎葉。こいつは直衛さんに続くファントムズ2位の打点を稼いでいる。だが直衛さんがチャンスで凡退することがあるようにこいつだってコースを間違えなければ!)

 

 

打たれても成田のせい。

 

 

そう考えられるようになった古山は外角を中心に2ストライクと追い詰めると胸元に食い込むシュートを要求。内角のストライクゾーンからボールゾーンに行くシュートに当ててしまった打球は深めに守っていた隠九条の正面に。

隠九条は三塁ベースを踏むと二塁に転送。

ノーアウト2塁1塁が2アウト1塁に変わる。

七番十曲は真ん中高めに浮いたボールを打ったが風に押し戻されセンターフライに終わった。

 

「成田投手の投球を引き出すリード、流石は古山さん。ウチにいたときは正捕手の直衛さんや第二捕手の秋山さんのせいで第三捕手に甘んじていたとはいえ、捕手が乏しい他球団なら一軍レベルと言われていたことはある。直衛さんに次ぐ得点圏打率を持つ私が好機でゲッツーなんて」

「…不枝木」

阿修羅像のような顔の正捕手が、うなだれる半老半少女の女性投手の頭にポンッと手を置いた。

「…さっきのゲッツーでお前の評価は変わらない。失敗を恐れて縮こまることだけはするな」

そう言うと直衛はグラウンドへと足を進めた。

「は、はい!」

気力を取り戻した一塁手は後を追うように自分の守備位置に向かって走った。

「ふふ」

そんな様子をサキュバスと称される美女、桜木傾子は微笑ましく見ていた。

(直衛景勝。阿修羅のような無愛想かつ威圧感のある容姿の通り自分に厳しく他人にも厳しい。でもああいう優しさも実は兼ね備えている)

「本当にいい男よね、直衛さんって」

「さっさと守備位置につかんか、この馬鹿女!」

「きゃん!?」

ファントムズ監督、山元に尻を蹴られた桜木は、尻をさすりながら守備位置に向かった。

「痛いよぉ。私、お姉さまキャラなのに……」

 

 

5回裏。

4-1と逆転を許したスイーツだったが、ここから猛反撃を始めた。

八番古山が2球で追い込まれるも、そこから脅威の粘りを見せて外角低めのボールをフェンス直撃の二塁打に。息を吹き返した古山に続くように九番成田は一二塁間を抜けるライト前ヒット。

ノーアウト3塁1塁。一番に戻って草悟。3ボールから空振りとファールでフルカウント。美空は草悟が打ったら一気に走るヒットエンドランのサインを出す。そのサインに応え、草悟は左中間を破る二塁打を放つ。

3塁の古山は悠々生還。打った瞬間、投手である成田が全力で走っていたこととそれに焦ったファントムズ守備陣の中継プレイの乱れに乗じて成田も生還。

ノーアウト2塁。4-3と一点差まで詰め寄った。

 

『二番、セカンド杉井。背番号2』

常識的範囲のリードをしながら右打席に入る先輩選手と相手バッテリーを草悟は見ていた。

(杉井なら俺を進ませることを考えて一二塁間に飛ばそうとするだろう。そっち方向のゴロなら躊躇なく走ろう)

草悟がそう考えていると初球。杉井は打った。打球は風の影響もあって外野の方に向かって伸びるが右翼手の守備範囲内。桜木が助走をつけて取る。

(よし、タッチアップだ!)

草悟は三塁に向かって走り出した。その足は盗塁王争いをしたほどの御山スカウトが認める脚力。

しかし草悟は知らなかった。亡霊集団、野球界の百鬼夜行と呼ばれる中、美しすぎるばかりにサキュバスと呼ばれる女性が邪悪な笑みを浮かべていたことを。

そして草悟は思い出すことになる。自分の一軍のチャンスを潰した君先の時に感じた屈辱を。

三塁ベースコーチが止まれという合図を無視して草悟は駆け出した。

(ん?)

三塁手のグラブが目に入る。三塁手のグラブはちょうど三塁ベースの前。だがボールはまだ来ていない。

それでも草悟は頭から飛び込んだ。次の瞬間。

バシッ!

ボールが後ろから突然グラブに飛び込んだ。草悟の手はまるで自分からボールが収まったグラブに当たりに行くようにアウトになった。

ノーアウト2塁から2アウトランナーなしに変わったものの、まだスイーツは諦めていなかった。三番隠九条がセンター前ヒットを放つと、四番の中宮寺に回った。

 

 

 

 

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