監督室。
プロ野球界初の女性選手にしてスイーツ六代目監督、
「どうしたものか……」
左中指を脱臼した
中宮寺の穴が埋まった、その矢先のことだった。
美空の耳に中継ぎ投手、
調子を落としてきたとはいえワンポイントリリーフとして勝利の方程式に入ってきた変則女性右腕。この時期にベテラン左腕の
スイーツ先発陣は6回以上を安心して任せられるのは完投能力のある
勝利の方程式として7回を任されていたベテラン左腕、久石譲二はグリフォンズ戦で負傷。
急成長した隠九条憂男や新人王候補と聞かれるようになった
8回に魔球“死神の鎌”を会得した
久石の代役として岡本悦が起用されることが多くなった。
もちろん美空も彼女の体調のことも考えて起用はしてきたつもりだった。しかし接戦が増え、落とせない試合が増えてしまった今シーズン。どうしても変則女性右腕の登板過多を止めることは出来なかった。
「冷泉と響を引っ張るか……いや、ただでさえ二人も連投が多い。ここで片方でも離脱されたら……」
コンコン
その時ドアがノックされた。
「……おぉ、戻ったのか!?」
入ってきた男の姿に美空は顔をほころばせた。
★
ファントムズ最後の三連戦の二戦目。
スイーツの先発は成田、超・王臣に次ぐ成績を収める
ファントムズとすれば首位ポセイドンと3位コスモスターズが勝ったため首位1.5ゲーム差、3位だったコスモスターズが同率2位。
首位ポセイドンに差はつけられたもののまだ追いつける段階。
スイーツとしても優勝するには勝ち続けなければならない。優勝を諦めていない両軍にとって今日もまた落とすことの出来ない試合と言えた。
1回表。
ファントムズの攻撃。
西河原は一番打者・
1回裏。
一番草悟はボールを見極め四球で歩くも二番杉井が荒れ球にボール球に手を出してしまいゲッツー。新三番の東鬼がフェンス直撃の2塁打を放つも、四番に座ることになった隠九条がピッチャーフライで得点することはできなかった。
その後両軍は残塁の山を築き5回表。ついに試合が動く。
西河原はファントムズ打線に捕まりつつも、多種多様の変化球と相手の裏をかく古山のリードで何とか4回まで無失点で切り抜けていた。
だが打率一割台と規定打率到達者最低の九番
打席にはス・リーグ打率4位、打点87とトップを走るファントムズの4番、直衛を迎える。
5、6回で崩れる西河原と昨年打率と打点の二冠王を取ったのは伊達ではない成績を残す直衛。
美空は投手交代を告げようとベンチから出て、正捕手の古山博光と目が合った。
「……」
「……」
古山の目は「今日の善一郎なら絶対に抑えられます」とあった。
長年スイーツ投手陣をリードしてきた元正捕手・篠原は昨年人的補償で入った古山を自らの後継者と評価した。その言葉通り古山は投手をリードし、新規加入にも関わらずどの捕手よりも信頼を勝ち取り正捕手の座を射止めた。
そんな古山が軽はずみなことを言うはずがない。
そう思った美空は何も言わずベンチに戻って行った。
そんな事情を知らないスイーツファンは「何で変えないんだよ!」と怒声を発し、ファントムズファンからは「変えられなくて良かった」という安堵と「変えても無駄」という嘲笑。
対して直衛は表情を崩さず目の前の投手だけを見ている。
(相変わらず凄いな、この人は)
明鏡止水という言葉が似合う超えることの出来なかった先輩捕手とファンの反応を聞きながら、古山はタイムを要求するとベンチにグラブを取りに行って戻った。
グラブを構える。要求したのはあろうことかど真ん中だった。
(善一郎、見せてやれ。お前の力を!)
古山はサインを出す。コクリと頷いた西河原はロージンバックをバンバンッ!と叩いていく。西河原の周りに即席の白い霧が現れる。
白い霧が晴れない中、西河原は大きく腕を振り上げ、
「バックションッッッ!!」
投げた。
バシイイイイイイイイイイイイィィィィィィンンンンンンッッッ!!!!
今まで誰も聞いたことのない剛速球がミットに収まる音に、誰もが言葉を失った。
西河原のバックで守るスイーツ選手も、塁上のファントムズ選手も、両軍のベンチも。そして球場に集まった数万人のファンも。
カランッ
誰も見たことのない超剛速球に冷や汗を流した直衛が驚きのあまり力が抜けてバットが地面に落ちる。そんな小さな音が球場で聞こえるほどの静寂だった。
「…、……た、タイム!」
直衛はバッターボックスから飛び出すように出ると急いで素振りを行って先ほどの超剛速球を打てるように修正する。
投げたバッテリーの次に、誰よりも覚醒した直衛の素振りをする姿に、ファンは割れんばかりの声を上げる。
数度素振りを行った直衛が再びバッターボックスに入る。
古山は再びあの球を要求した。
最初同様ロージンバックの粉で即席の霧を作った西河原は再びクシャミと共に超剛速球を放つ。
「……!?」
恐怖心を抑え込み、踏み込んで振り抜く直衛だがすでにボールはミットに収められている。
完全な振り遅れだった。
再び割れんばかりの歓声を送るファンたち。
直衛はバットを短く持って構える。頭から汗が地面にポタポタ落ち、呼吸は乱れている。
それを見て古山はサインを出す。
推定時速200㎞を超える超剛速球が来ると思った直衛は、遅球にすら見える140㎞のストレートに完全にタイミングが合わず空振り三振に終わった。
超剛速球を見せられたファントムズを打ち取るのは赤子の手を捻るようなものだった。
超剛速球を投げてくるかもしれないという思考に
続くファントムズの五番唐沢には超剛速球で腰を抜かした。その後チェンジアップと釣り球に手を出してしまい三振した。
超剛速球を投げてくるかもしれないという恐怖心を持つ
チームの大黒柱である直衛とファントムズの安打製造機の唐沢、得点圏打率の高い不枝木謎葉。
西河原の超剛速球にノーアウト満塁からファントムズ自慢の4,5,6番の連続空振り三振。
1-0と負けていながら試合の流れは完全にスイーツに流れた。
三番から始まる5回裏は東鬼が一打席目のリプレイを見るかのようなフェンス直撃の2塁打。隠九条のショート正面のゴロを遊撃手の豊繫がトンネル。ノーアウト3塁1塁で五番入江の右翼手桜木の頭を超える本塁打で1-3と逆転した。
そして6回表。
ロージンバックが巻き上げなければ超剛速球は投げてこないと読んだファントムズはすぐさま反撃を開始。七番打者、
超剛速球を疲労してから球威は落ち、変化球にキレがなくなったのを見逃さなかった山元はここが勝負に出た。
タッチアップが出来ると思って走った草悟を刺せる強肩と並外れた健脚で脅威の守備範囲を誇る桜木に代打を送ったのだ。
その期待に応えるかのようにファントムズ打撃陣は単発ながら三連打でノーアウト満塁を作る。
再び訪れた絶好の好機に一番打者豊繫が打席に立つ。
ここで美空は立つ。審判の元に歩み寄ると投手交代を告げた。
★
『選手の交代をお知らせします。ピッチャー西河原に変わりまして、久石』
ウグイス嬢のアナウンスに球場に歓声が上がる。
7月に頭部に打球を受けた久石が3週間ぶりに一軍のマウンドに姿を現したのだ。
ノーアウト満塁という大ピンチにも関わらず球場はまるで試合に勝ったかのような大歓声が上がる。
久石は豊繫をストライクゾーンに近いボールゾーンに投げ続け三振に切って取ると、慎重になる二番影沼を見逃しの三振に。
三番不枝木七八が負傷させたような頭強襲のライナーを間一髪で弾く。その球を草悟が見事キャッチ。2回目のノーアウト満塁をファントムズは生かすことが出来なかった。
5回0/3、1失点で降板した西河原の後を引き継いだ久石は7回も一人の走者も許さず8回を任された冷泉にバトンを手渡した。その間にスイーツ打撃陣は本塁打を含む6打点を上げて1-9。最後は敗戦処理以上勝利の方程式以下の中継ぎ投手、