一回表。
マウンドに立つのはスイーツ最多勝、防御率1.96という驚異的な成績をたたき出している新外国人投手の
「ス・リーグ一と称されるファントムズ打線。相手にとって不足なし!」
台湾の英雄はキャッチャーボックスで構える古山のミットをジッと見る。
コースは甘め。それは「多少甘くなっても打たれないというお前の投球をファントムズに見せてやれ」という意思表示だった。
王臣は古山のサインに大きく頷き、腰を大きくひねる。
右腕から放たれる火の球のようなストレート。
バシンンンッッッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
「く、ストレートに強い俺がファウルするのが精一杯とは!!」
ファントムズの斬り込み隊長、
バシンンンッッッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
「
バントや進塁打などの小技や当てるバッティングを得意とする
バシンンンッッッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
「グググッ、速すぎるだろ!」
ファントムズ最多本塁打の
この回。王臣は9球で三者連続三振とス・リーグ一とも称される重量打線の1,2,3番を完膚なきまでに叩き潰した。
★
一回裏
「……」
左打席に入るスイーツの一番打者、
(なんか見下すような表情を浮かべる女性、
草悟は構える。
誰もが注目する1球目。内角高めギリギリに決まったノビのあるストレートに草悟は空振りする。
「クッ……」
草悟は思わず声を漏らす。
選球眼に自信を持ち、絶対的な自信を持つバットスイングを持つ自分が完全に振り遅れたからだ。
2球目。外角低めギリギリに決まった緩いカーブに手が出ず2ストライク。そして3球目。
「くっ!」
真ん中高めのボールが急にストライクゾーン低めギリギリに左右に揺れながら落ちた。
昨年最多勝と澤村賞を獲得した鳳火呼子の伝家の宝刀、ナックルボール。
木の葉と称されるほど大きく揺れるナックルに惑わされ、草悟のバットは空を切った。
「あれが、ナックル……ッ!」
ベンチに戻りながら草悟は唇をかんだ。
★
右打席に入った中性的な容姿の二番打者、
「杉井、貴方には同情するわ。自分より打てるからという理由で自分のポジションだったサードを隠九条に奪われた。そして隠九条に出来ない守備や進塁打、バントなどでチームに貢献することで自分の立ち位置を確立させた。たとえ自分の成績が下がろうとも。その献身的な姿は嫌いじゃないわ。でも!」
鳳は腕を大きく腕を振り上げる。
「容赦はしない!」
鳳が投げたのは思わず大きくのけぞってしまう内角高めのストレート。判定はボール。
2球目。外角に来ると思った杉井はストライクゾーンに決まった内角高めのストレートに思わずバットを振ってしまいピッチャーゴロに討ち取られてしまう。
「鳳さん!勝負!」
右打席に入る
「入江。アンタは良い子よね。裏では何を考えているのかわからないけど」
ファントムズのエースは投げる。145kmの少し外れる外角低めのストレート。入江はそれを見逃す。
(そういえばこの女は私のナックルを特に苦にはしてなかったわね。あくまでスイーツ時代の、だけど。……そんなに変化球を待っているならお望みどおり投げてあげようじゃないの)
変化球に強いことを思い出した鳳は変化球のサインを出した直衛にニッコリとした笑みを浮かべながら投げる。ボールは真っ直ぐ先ほどより甘い外角低め。チャンスと思った入江はそれにタイミングを合わせてバットを振る。
クリーンヒット!
打者がそう思った瞬間、ボールはキュッとボール半個外角低めに落ちた。
鳳が投げたのがストレートではなく小さく変化するスライダーだと気づいた入江だったがすでに遅かった。打球は一塁手の不枝木謎葉の正面。半老半女の一塁手はそのままベースを踏み、ファントムズ同様スイーツも三者凡退に終わった。
★
二回表。
打席に立つのはファントムズの攻守の要、
コーナーを突きながら3球で2ストライクに追い込んだ王臣&古山のバッテリーだったが4球目、ボールになっても構わないコースのインコース高めのシュートを、直衛は持ち前のテクニックとパワーで三塁手隠九条の頭を越えるところに運ぶ。すかさずフォローに入った草悟だったが足が決して速くない直衛でも悠々間に合う内野安打。
その後五番
2アウトランナーなしがノーアウト2塁1塁で迎える打者は直衛に次ぐ得点圏打率の六番
1アウト3塁1塁。迎えるのは一発も秘めている七番十曲躯。ここで古山はまだ投げていないスライダーを要求。センター前に抜けそうかという打球を二塁手杉井が飛び込む好プレイからのグラブトス。二塁ベースに入った遊撃手草悟から一塁手岡本純一に渡りゲッツー。
「ふっ、さすがはメジャーで最高4年30億円の値をつけられた男だけあるわね。あの美空に慕ってスイーツに来たのでなければ!」
一瞬王臣に対して鬼のような表情を向けたファントムズのエースだったが、それ以上はせず投球準備をするためベンチに戻った。
★
二回裏。
昨日に引き続き
「隠九条か」
直衛のサインに頷いたエースは腕を振りかぶる。
(体力の衰えからクリーンナップから外れた純さん(一塁手、
内角低めに来たボールをカットする隠九条。二つボールが続いてからの四球目。
外角の真ん中付近に来てしまった球を、
カッギィィィンッ!!
隠九条は打った。打球は伸びていき、ポールの横を通過した。あと10cmほどずれていたらポールに当たりホームランになっていた。
「うわ~、ちょっとでも気のない球を投げたら持っていくとは……流石というべきかしら」
額に浮かぶ汗をポケットのハンカチで拭う。
そして、
(本気で投げてあげようかしら)
直衛に向けて笑う。
正捕手は小さくため息をつくと彼女の望む変化球のサインを出す。
(これで終わりよ、隠九条!)
2ボール2ストライクになった五球目。遅いストレートと思って振りにいこうとする隠九条はコンマ数秒の世界で異変に気づく。軌道がストレートではなかったのだ。
遅いストレートと思っていた球は分身したと思うほど激しく左右に揺れる。
「……ッ!」
その動きに迷わされ、隠九条のバットは見事なまでに空を切った。
球速を表す電光掲示板を見て、バッテリー以外の人間は言葉を失った。
123km。
通常は100kmを超えないと言われるナックル。そのナックルを、120kmを超える速さで投げてきたのだ。
高速ナックル。隠九条がまだ鳳と同じチームにいた頃には投げていなかったボールだった。
バッターボックスから退く隠九条の変わりに五番
鳳&直衛バッテリーは東鬼を三球三振。追い込まれる前に打とうと強引に打ちに来た六番白藤をサードフライに討ち取った。
★
三回表。
八番投手鳳から九番
王臣に変わってマウンドに立つ鳳は打席に立つ男、七番岡本純一を見る。
(まさか、私が紅白戦以外で純さんと戦うことになるなんてね)
これまでスイーツと何度も戦った鳳だったが、その時はまだ正一塁手の
(純さんには色々助けられたわね。試合でピンチを作った時、現役を引退された
直衛のサインに頷いたファントムズのエースは昔を思い出しながら腕を振りかぶる。
(右も左も分からない私に、野次に対する方法など色々アドバイスしてくれて)
「でも!」
投球動作をしながら、誰にも聞こえない声で呟く。
(今の私はファントムズのエース、手加減はしない!)
右腕から放たれたのは思わず腰が引けてしまいそうな150キロ後半のストレート。ストレートを待っていた岡本純一がバットを振り抜いた時には、ボールはすでに直衛のグラブに収まっていた。その後鳳はストレート狙いの岡本純一をあざ笑うかのようにあと少しで160キロに届く剛速球をコーナーに決めて空振り三振を奪った。
次に右打席に入るのはスイーツ正捕手の八番、
バットを短めに持つ打者を見て、ファントムズのエースは小さくため息をつく。
(古山博光。貴方には悪いことをしたわね。私がFAでファントムズに入らなければ、あの女が指揮するスイーツの選手にならなかったのに)
同情はする鳳だが、それだけだった。
内角のストライクからボールになる変化球で二つの空振りを奪うと、外角のスライダーで空振り、もしくは見せ球を使うと読んだ古山をあざ笑うかのようなど真ん中のストレートで見逃し三振を奪う。
そして。左打席に入る九番投手、超・王臣を睨み付ける。
(超・王臣。あの女のためにスイーツに入った人間。こいつだけは、全力で叩き潰す!)
美空に絶対的な怒りを持つ怨恨のフェニックスは正捕手のサインに首を振る。
ホームランを三本打つなどバッティングを苦にしない流星の如く現れた凄腕外国人投手に、18球団でも十指に入る女性投手。その初球、直衛のサインに首を振って投げたのはナックル。不規則に動くボールを振りにいく。打球は三塁方向のファールゾーンに転がる。
その後二球目と三球目は明らかなボールのナックルに手を出さず四球目。外角に向かって揺れながら落ちるボールを強振。打球は一塁方向ファールゾーンへ小飛球。一塁手の不枝木謎葉が飛びつくがあと一歩及ばずファール。
五球目。ナックル以外投げるつもりはないことを察した直衛は高速ナックルを要求。隠九条を空振りさせた激しい変化に王臣は三振。しかし直衛も取れず振り逃げで走る。それでも体の前で止めた直衛はすぐさま一塁に転送。間一髪でアウトに取った。
★
その後両軍は一歩も譲らない展開を見せる。
四球やヒット、エラーで走者は出しつつも失点は許さない王臣。
圧巻のピッチングで走者を一人も許さない鳳。
お互い一歩も譲らぬ投手戦。
五回裏。鳳火呼子からどうしたらヒットを打てるかしか考えていない草悟と王臣以外の人間はあることに気づき、重い雰囲気が漂い始める。
完全試合。
試合中、一人たりとも塁に出さない事で達成されるその記録は、一試合における投手の記録の中で、最も誉れたるものである。
しかしそれはあくまで“やった側”の話であり、“やられた側”としては不名誉極まりない。
どうやったら打てるかと自分のことしか考えていない草悟以外の野手はプレッシャーを感じ、気分を落としている。
不名誉から逃れようと肩に力が入り、空回りする。
先頭打者の隠九条に続き五番の東鬼が空振り三振に終わる。
ずぶずぶと、独特の緊張感に飲み込まれていく試合。完全試合特有の緊張感に、草悟を除く野手が飲まれていく。
六番白藤はキャッチャーフライに終わり3アウト。
完全試合を更に意識させられ、草悟以外の野手が暗い顔を見せる。
そんな周囲をよそに、王臣は平然としている。
「さて守備の時間だ」
余計なことを言わず毅然とした態度でマウンドに立ち、ファントムズの打者を待ち構える。
常時150kmを越えるストレートと切れ味のあるシュートを正確に投げ込み、走者を許しても生還はさせない投球を続ける。
六回表を三人で片付けると王臣はベンチに座り汗を拭う。
「王臣さん。飲み物です」
「ありがとう。おや、君にもこういうことが出来たのかい?」
そんなことを言いながら草悟から飲み物を受け取る王臣。
「俺だってエラーしたら申し訳ないと思う気持ちはありますよ」
草悟はこの試合、すでに2つのエラーをしている。ただし五回のエラーはレフトに抜ける打球に飛びついて前に弾いたという褒められたエラーであるが。
「ハハハッ、君にもそんな気持ちがあったとは」
「それ、褒めているつもりですか?」
そう言いながらも草悟も笑う。
「ちょっと、貴方達。今がどういう状況なのかわかっているのですか!?」
場違いな会話に入江が噛み付いた。
普段は怒りを表すことがない女性がめずらしく苛立ちを隠せずにいた。
「ああ、わかっているつもりだが?」
思ったことを素直に口にする王臣。そして王臣は続ける。
「ならば問おう。君達が小難しい顔をすれば打ち始めるのかい?それに――」
少し貯めを作った後、王臣は決して大きな声ではないものの力強く言い放った。
「この超・王臣がファントムズを無失点に抑えれば問題ないのでは?」
「……確かに」
強固な自負によって紡ぎだされた言葉に、近くで聞いていた中宮寺が同意した。入江も反論しない。
七番岡本純一がセカンドフライに終わり、バッティンググローブをはめた王臣がネクストサークルに向かう。
「打たれたら恥をかきますよ」
ネクストサークルに向かおうとする王臣に捨て台詞を吐く入江。そんな入江に王臣が尋ねる。
「入江殿。今日の試合はどういう試合と思われる?」
「どういう試合、ですって?」
王臣の意図がわからず入江は言葉を詰まらせる。
そんな入江を鼻で笑った王臣はバットを持ってネクストサークルに歩き出した。
「?」
草悟は王臣の後姿を見た。